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ランス ~another story~

作者:じーくw
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第1章 光をもとめて
  第10話 並木の間を歩きながら

~リーザス城下町 妃円屋敷~


 レベル屋、そしてその後必要そうな道具も揃えてこの場所へとやってきたユーリ。
 あのコロシアムでの戦いで、剣は壊れてしまったが、まだ2本目の剣をもっている為、特に戦闘には問題ない。だから武器屋には寄らずに妃円屋敷へと来ていた。

「ランスの事だ。……もう、中には入っているだろうな。扉、開けっ放しだし」

 ユーリは、開かれた扉の前に立ち、そう呟いた。何しろ、ここは悪霊住まう屋敷となってしまっているから、よくよくみれば、外観こそ高貴な屋敷を表しているが、今は違う。全体に漂う雰囲気、おどろおどろしさが出ているせいもあり、殆ど幽霊屋敷だ。
 だから、ここが開かれる様な事は、中々無いだろう。好き好んで街中の危険地帯に足を踏み入れる者もいるとは思えないから。

「ん……、パティにいろいろとサービスをして貰えたから、かな。アイテムの質も中々のモノが揃ったし、問題ないだろう」

 ユーリは、少し重くなったアイテム袋を軽く背負い直し、帯革にしっかりと固定。これで戦闘時に動いてもあまり邪魔にはならないのだ。
 1人での確認になっているけれど、ランスとは中で合流をすれば良いだろう。

「……文句を言われるが、まぁ 良いだろ。いつも通りだ」

 まだ、数日程度の付き合いなのに、もう阿吽である。

 そして、屋敷に近づこうとしたその時だ。何か気配を感じたのは……。

「………」

 勿論、ユーリはその気配に気がついた。だが、気にする様な、警戒する様な素振りは決して見せず、軽く腕を回して、調子を整えていた。


 その妃円屋敷の屋根の上、ユーリの姿を見ている者がいた。装束に身を包んでいる女。あの女忍者である。

「……アイツが最初に来ていれば、あんな仕掛け、簡単に解けたでしょうに」

 ユーリが来たのを確認すると、軽くため息を吐いていた。丁度ひと仕事を終えて、この幽霊が蔓延る屋敷から出てきた所だったのだ。如何に気配を殺しきっても、ここの根付いているモンスター達に気づかれずに、事を終えるのは難しい。正面からの戦闘は基本的に得意とは言えないから、更に面倒だったのだ。

「……まぁ、これで大丈夫かな。……多分」

 女忍者は、ここに来た経緯を思い出していた。

 

~王女の大居室~


 それは、ユーリが情報屋やレベル屋、アイテム屋へと色々必要なモノを整えていた時だ。ランスは一足先に、屋敷へと足を踏み入れており、地下へと通じる扉を見つけたのだが……、開く事が出来なかったのだ。だから、経過報告、と言う名目で お近づきになりたいと思っていた王女リアと侍女マリスの下へと来ていたのだ。

『かくかくしかじか、と言う訳でな。オレ様のスーパー冒険者アイが妖しい場所を見つけた訳だが、そこを開ける手段を探している。開かないのだ』
『まぁ! そんなばしょが……!! はつみみですわー。そのさきも、ばんばんしらべてくださいねー!』

 明らかに声色が、おかしいのだが、ランスは気にする素振りはみせなかった。意気揚々と笑っていたのだ。まだ開けられる手段を探しきっていないと言うのに。

 そして、更には勢いもあって、王女に性欲を向けてしまうランス。性欲、と言うより獣欲である。普通であれば、即刻逮捕~~になってしまいかねないのだが、笑って許すリア。それどころか、『考えてあげる♪』との事だった。
 
 そを訊いたランスは更に気分をよくした様だ。ランスの中では、《考えてあげる=OK》だと考えていたから。

『ところで、ランスさん。もうひと方、ユーリさんは一緒ではないのですか?』

 マリスがランスにお茶を差し出しながら、そう訊いた。

『おお、このお茶、うまいな……。む? ああ、あの下僕か。オレ様の為に、色々と買いに行かせているのだ。ま、あまり遅く、グウダラしていたので、さっさと解決に向かったのだ』
『……そうですか』

 マリスは、意味深に頷く。

『がははは。今日はそろそろ帰るぞ。それじゃなー!』
『ええ、お疲れ様』

 ランスはそのまま、部屋から出ていった。それを見送ったリアは、呆れ+驚愕が篭った表情で。

『ちょ、ちょっとちょっと……、あんな入口、簡単に開くのに、何してるの? あの男……』
『一緒にいたあの男がいれば、変わってくると思いますが、今、行動を共にしていない以上、あの性格ですし、力尽くで、となりそうです』
『……まぁ、そうは思うけど、何時合流するか判らないし、それに仕掛けの事もあるから、待ってられないわ。 《あのコ》を使いましょ』

 リアは、そう言うと軽く二度、手を叩いた。

『……お呼びですか? リア様』
 
 リアが手を叩き終えるとほぼ同時に、天井裏から、音もなく女忍者が姿を現した。

『屋敷に先回りして、あそこの開ける方法を紙にでも書いておいてきて、判りやすい場所によ』

 リアの指示に、やや戸惑いを隠せられない様子だった。だが、主君の言う事だ。背くなど、する訳も無く 確認を取った。

『……それは、あの男が、一度見た筈のところに置いておくんですか?』
『でなきゃ見落とすかもしれないでよ? さ、早く行ってきて。……ああ、後鍵も適当にね?』

 そう指示を出すリア。単純明快な男であれば、疑いもしないだろう。

『……判りました』

 忍者はゆっくりと頷き、そして 向かおうとしたところで、マリスが声をかけた。

『わかっていると思いますが、もう1人の男には、注意を怠らない事です。万が一も、捕まらない様にしなさい』
『はっ! ……マリス様も、あの男を危険と感じますか?』

 そう訊いたと同時に、マリスは頷いた。

『ええ。警戒する事に越したことはありません。頭は、ランスと言う男と比べたら、比較にならないでしょう。監視する際にも、注意をしなさい』
『……判りました。では』

 忍者は、返事を再び返すと同時に、音もなく姿を消した。

『まってく……、こんなところで躓かないでよね。せっかく面白くなりそうなんだから……』
『リア様、あの男だけは……』
『マリスがそこまで警戒するんだもん。判ってるわよ。だけどね。……ケンカ、売ってきたのは向こうなんだし。……それとも何? マリスは逃げた方が良いって言うの?』

 マリスは、そこまでは言ってはいない。警戒をする事に越したことは無い、それはさっき女忍者にいったばかりであり、まさにそれしか考えられないのだ。
 お戯れが過ぎる、とは想っているが、 リアの事を最優先に考えている為、否定をする筈も無い。

『いいえ。私はリア様について行きます。逃げるなどとは、リア様にふさわしくありません』
『でしょ? あ、マリス。お茶、おかわり』
『はい。ただいま』
『ふふふ……、もう少し、観察しましょう。あの場面になったら、どういう行動を取るのか……をね』

 妖艶な笑みを魅せるリア。そして、盲目とも言える程に信頼、心酔しきっているマリス。その狂気の遊びは、まだ 始まったばかりだった。



~妃円屋敷~


 リアの命令通り、手紙を置いてきたばかりだった。後少し 設置するのが遅れていたら、あの男と鉢合わせをしていた可能性もあった為、少なからず肝も冷やしていた。

「……監視は一応、しておこうかな。気配を完全に……」

 そう呟くと、意識を集中させる。視覚的には見えている筈だと言うのに、まるで姿までが薄くなったか? と思える程、彼女は無になりつつあった。

 そして、ユーリはと言うと。
 妃円屋敷の扉の前に立ち、そしてこの建物全体を見ていた。

「………ふ」

 そして、軽く笑っていた。その僅かに漏れた吐息の程の笑みと声は、確かに女忍者の研ぎ澄まされた聴覚に確実に届いていた。だが、何故笑うのかが判らない。

 その時、だった。

 凄まじい、何かが自分の身体全体を叩いた感じがしたのは。

「……ッ!!」

 思わず、叫び声をあげてしまいそうだった程だ。全身を叩いた何か、それは言うならば殺気だ。
 似たようなモノを何度か感じた事はある。それは敵だったり、モンスターだったり、と種類は様々だが、その中でも、一番の強敵と天秤に梳いえても、軽すぎる。まだかなりの距離があると言うのに、まるで、自分自身に向けられている様だった。

「おいコラ! 下僕1号」

 そんな時、だった。2人組の内の1人、ランスが再びこの屋敷へと到着していたのだ。

「……ん? ああ、ランスか、てっきりもう中に入っていると思っていたが」
「馬鹿者、オレ様はもうとっくに、中に入って調査をしてきているのだ! その中間報告を、あの可愛い王女にしてきたばかりなのだ」
「ああ、成る程な。……道にでも迷ったか?」
「誰がだ、アホ!」

 軽口の言い合いをする2人。先ほどまで放っていた殺気も、瞬く間に霧散し、消えゆく。

「さっさと準備しろ。そして、ちゃちゃっと解決するのだー! がははは。大人の男の違いと言うものをみせてやろうではないか!」
「うるさい 一言余計だ」
「がーーっはっはっは! オレ様は普通の事を言っただけだがなー。別に貴様の事を言ったつもりはないぞ~」
「ぬぐぐぐ、ああ言えばこう言う」

 ユーリは、ムカつきながらも、ため息を吐き。今だにバカ笑いを続けているランスに向かって、買ってきたばかりのアイテムを投げ渡していた。 すこんっ! と言う音と共に、ランスの頭にHIT! 当然 悪態をついてきたが、てきとうに流しつつ、中へと入っていった。

 
 それを上から見ていた女忍者は、心底安堵していた。

「い、位置までは……バレてない? わよね。……」

 動悸が止まらなく、 足が上手く動かない。だが、それも あの男が殺気を消し、屋敷内へと入っていった為、何とかなった。

「……マリス様も、私の直感も、ま、間違ってなかった。正面からは、いや 奇襲でも気づかれる。……気配を殺しきっても、……無理」

 軽く落ち着かせながら、そう考える。だけど、彼女に逃げると言う選択肢は無かった。自分の中で、葛藤を続けていた二択、その答えを出したから。

 『リア様(あの人)の為(リーザス)の為』

 それが彼女が導き出した答えだった。それは、恐らくユーリに感じた力が強大だったからこそ、守らねばと思った事が大きいだろう。

「戦士を止める方法は……、やはり、魔の力を……」

 女忍者は、そう呟くと、軽く手足を動かす。何とか問題無く動かせるのを確認すると、音を限りなく殺し、この場から立ち去っていった。




 妃円屋敷の中へと入っていくユーリとランス。
 
 すると、一瞬 青白い何かが光った。そして、更に一歩踏み出した途端に背中で、扉が派手に閉まる音がした。

「歓迎、してくれている様だな。逃がさないとは」
「がははは! 一度、入ったが、オレ様はふつうに抜け出したがな。幽霊なんぞに、オレ様を止められる訳など、なーい! さ、騒がしい何かがいるなら、さっさとぶっころーす!」
「はぁ、なら最初に来た時に済ませておけよ」
「バカを言うな。貴様に楽をさせてたまるか!」
「……変な所で、ムキになるなよ」

 ため息を吐くユーリと、ずんずんと、大股で進んでゆくランス。 目の前に現れた幽霊は直ぐに姿を消していた。……が、気になったのはあの幽霊の表情だ。

「(……女の子の幽霊、か。気のせいか? オレ達が来て、安堵した様な様子だったが……)」

 生きている者を羨み、そして妬み、最後には憎悪に繋がってゆく。それが悪霊が人間を襲う一連の流れでもあるのだ。
 だが、今の女の子の佇まう雰囲気と表情は何処か違う様に感じた。

「……やはり、何かありそうだ」

 ユーリはそう感じていた。優希の情報もあり、自分自身が得たモノを総合させると この1件に関しては あの連中が黒なのは、明白だった。

 だけど、それ以上の何かを感じた。あの優雅な姿の裏に潜む何かを。経験から判ると言うモノだ。特に、悪意に関しては 多少なりとも敏感になる。今回の相手は少し読みにくかったけれど。

「後は、さっきの気配、か」

 ユーリは、怪しげな気配を、視線を感じた為 多少(・・)威嚇をしたのだ。そして、この場所は室内だ。音も反響しやすく、後を付けてくるのであれば、更に察知しやすくなるだろう。

「コラ、サボるんじゃない!」

 ランスは、先に続く扉の前で、怒鳴っていた。それも勿論いつも通りである。

「はいはい」

 ユーリはてきとうに返事を返すと、先へと続いていった。
 
「がははは。可愛い女の子幽霊が悪さしていたら、それはそれで考えモノなのだー」
「………(何でもアリ、か。こいつは。まぁ、ランスだし)」

 2人は、そのまま屋敷内を探索し始めた。

 やはり、幽霊屋敷と言うだけあり、モンスターも多数潜んでいた。
 ハニーをはじめとし、ぬぼぼ、ミートボール……etc 特に問題視する様な相手ではないが、数が多い。

「でぇぇい! らぁぁんす・あたたたぁぁぁっく!!」

 ランスは絶好調だ。
 キレと重みのある剣技、豪腕を生かした剣技を披露していた。明らかに格下なのだが。

「雑魚相手に、力使いまくってたら、最後までもたないぞ?」

 ユーリがため息を吐きつつも、ぬぼぼを始末し終えて、そうランスに忠告した。

「がははは! オレ様をそこらへんの3流と一緒にするんじゃあない。それに、こーんなに、アイテムがあるのだ。使わなきゃ損だと言うものだ」
「オレが買ってきたんだけどな」
「馬鹿者! オレ様のモノはオレ様のモノ、奴隷と下僕のモノもオレ様のモノ、だ。それに、これは貴様が投げよこしたモノではないか。未練がましい」
「ぁ、確かに、そうだったな」

 肩に剣を担ぎながら、納得はしていた。傍若無人だから、納得しにくい所もあるが、いい加減なれると言うものだ。……ユーリは、何度、こう想っているか判らない様子だった。

「ぐむむむ、それにしても、やはり ここは広いぞ。以前はあっさりと攻略したと言うのに、なんなのだ」
「知らん。……が、モンスターの数は多い気がするな。辺境よりも、あの盗賊共の住処よりも、だ」
「むがー、そうだった! 数が倍増しではないか。貴様が、モンスターを引き寄せているのではないのか!」
「オレに魔物を操る様なスキルは無い」

 ランスが暴れるのも無理はなく、モンスターの数が多いと思っていたら、ランス曰く 先ほどよりも多いとの事だった。時間帯と言うものがあるのか、何かが呼び寄せているのかは判らないが。

「一先ず手分けして調査するぞ。屋敷だから、と思っていたが、ここまで広いとは思ってなかった」
「ぐむ……、楽できると思ったら、更にめんどうになるとは」
「はいはい。じゃあ、オレは右回りで」

 ランスはまだブツブツ言っていたけれど、とりあえず置いといて、ユーリは先へと進んでいった。

 そして、ユーリはその後、時計の間、書庫等の部屋を探索していき、探索を続けていくと。ある部屋へと到着。その中を更に調べていて。

「………」

 ふと、足を止めた。そして、軽くため息を吐きながら、ゆっくりとした動作で振り返る。

「いるんだろう? 出てこいよ」

 部屋に備え付けられていた効果な茶箪笥の方を向いて呼びかけた。すると、妙な影が動き出す。

「やっ♪ ひっさしぶり!」

 出てきたのは、見知った女性だ。露出度の高い盗賊服を装備し、その紅色の目が、暗い屋敷の筈なのに、はっきりと見える。

「はぁ、何してるんだ? ここで。空き巣か?」
「あーら、つれないわねー。あなたの事が忘れられなくって、ついてきたっていうのに~」
「アホ」

 ため息を吐いて苦笑いするユーリ。そう、この相手は、例の盗賊団の副団長をしていたネカイだ。ニコニコと笑みを浮かべているけれど、追いかけてきたとネカイは言っていたので、ユーリは。

「それで? 首尾はどうだ?」
「う~ん、王族の別荘っていうから、期待はしたんだけど、思ったよりショボイし幽霊は出るし……、もう帰ろうかな? って思ってたトコ」

 引っ掛けるつもりで言ったのだが、ネカイはやられた、とは思っていない様だ。最初から隠すつもりは毛頭なかった様子。

「成る程な」
「あは♪」

 そして、悪びれる様子も無い。不法侵入は罪に問われる事だが、生憎とそれを取り締まる様な依頼も受けていないから別にどうこうするつもりはユーリには無かった。
 そして、ネカイは、くるくると鍵の様なモノを指先で回しだした。

「ん? それは、ここの屋敷の鍵か?」
「ああ、これ? ここにあった部屋の鍵よ。2本とも、なんでか目に付く所に、ぽいっと置いてあったの」
「……目に付く所に、ね」

 ユーリは、ネカイの言葉を訊いて、少し考え込む。そして部屋を改めて、見わたす。目立つ所、と言えばこの部屋の中央に設置されている豪華なテーブルだろう。

「そこにあったのか?」
「ん? ええそうよ。結構大きな燭台があるでしょ? それに立てかけてあったの」
「光源の場所に、か。如何にも見つけてください、だな」

 薄暗いこの屋敷の中で、光があれば間違いなくそこが一番目立つ。モンスター達の中でも、わずかながらに発光するタイプもいて、丁度良い狙い目にもなっていたのだから。

「うふふ~。そ~だ。こ・れ 欲しい?」

 ネカイは、妖艶な笑みを浮かべながら、鍵をくるくると回していた。確かにこの屋敷の鍵であれば、あって不自由はしないだろう。それにあからさまに置かれていた事も考慮すれば、何かがあると言う事も間違いない。

「……何が望みだ? 生憎 酒は切らしているが」
「うっふふ~♪ そーねー。ランス君のは堪能したしね~」

 ぺろりと、唇を舐めると、僅かながらに頬を紅潮させて。

「君のも、堪能させて♪ すっごい良さそうな気がするのよね~。 私の経験上」
「………」

 何を言い出すかと思えば、いろんな意味でぶっ飛んでいる。こんな場所で情事をするなどと、やはり何処かランスに似ているとも言えるだろう。……これがランスであれば、喜んで、といいそうだが。

「嫌だ」

 即刻拒否。

「え~、どーしてよー。(これ)、欲しいんでしょ?」

 ネカイは、唇を尖らせながら ブーイングをしているけれど、勿論 ユーリは縦にはふらない。

「こんな場所で無防備な姿になれるかっての。……それに、ネカイなら 誰も拒否なんかしないと思うが、世の男の誰もが乗るとは思うなよ?」

 ため息を吐きながら、そう言うユーリ。色々とされている間に、更に何されるか判ったものではない。

「ブー、イケズなんだから(ま、そこも良いんだけどんね♪)」
「それに、この辺の部屋の扉を見たが……、確かに頑丈そうな扉だ。……が、問題ない」
「何が?」
「壊すのが」
「……あんた、私より性質悪いじゃない。ここ、一応 王族の別荘なのよ?」

 ユーリのまさかの実力行使を訊いて苦笑いをしてしまうのは、ネカイだった。強引なやり方はランスの方だと思っていたから。

「ここの幽霊をどうにかしてくれ、と言うのが依頼だ。……注意事項も無かったし、壊すな、と名目もなかったんでな。勿論、最終手段として考えていただけだがな。ネカイが鍵を持っている以上、他の鍵は無いだろう? 探す手間も省けた」
「ま、まぁ そうね。……はぁ 判ったわよ。以前見逃してくれた事もあるし」

 ネカイは ため息を吐きながらそう言う。

「……いかなごと交換でいいわよ? これなら、私っぽいでしょ?」

 ネカイの申し出を訊き、今回ばかりはユーリも頷く。確かにネカイが要求しそうなモノで、まだ健全な方だから。

「ん。アインシュタインが持ってるヤツか。酒のつまみとしては確かに良質だな。店には置いてないし」
「お~、判ってるじゃん! やーっぱし、違和感バリバリね~」
「………なんの違和感だ? なんの?」
「怒らない怒らない♪ おねーさんの戯言だから、笑って流さないと、いい男にはなれないわよ~?」

 ネカイはそう言うと、ぺろりと指先を舐めていた。納得出来ないユーリだったが、辺境に行っていた際に、アインシュタインとは戦っていた為。

「ったく。……ほれ」

 ユーリは、ブツブツ言いつつも、いかなご(それ)を取り出した。

「ぎょぴるぴーー!!」

 まだ生きている為、盛大に鳴いているいかなご。それを見るやいなや、ネカイは目の色を変えた。

「きゃーーっ♪」

 両手をぱんっ! と叩き、キラキラと輝かせていた。

「ほんっと凄いわねー♪ こ~んなイイお酒持ってたと思えば、イイつまみも持ってるなんて♪ ますます 好きになっちゃうわよ~♪」
「はいはい、それはどーも。んじゃ 約束のモン頼む」
「はいはーい♪」
「……2本か?」

 ユーリは、ネカイに渡そうとした直前に、ひょいと上に持ち上げつつ、その手に持っている2()本の鍵を見ながら言った。ネカイの事だから、その内の1つだけを渡して、もう1つはまた別の条件を出してきそうだと思ったから。

「……しっかりしてるわね?」
「お前程じゃない。……で? このいかなごと釣り合わないんなら、葡萄酒も一応持ってるが?」
「きゃ~ん♪ 愛してるわ~~♪」
「知らんから。で? 対価としてはどうなんだ?」

 ネカイは 目を輝かせながら親指と人差し指でOKの形を作った。

「もう、おーけーよんっ♪ はい、どーぞ!」

 ネカイは鍵束事、こちら側に投げよこした。

「需要がありそうだけど、これだけのモノだったら、十分だわ」
「そうか。そりゃ良かった。ほら」
「まいど~♪」

 ホクホクとした様子で、酒とつまみを受け取ったネカイ。

「それで? まだ家探し再開するのか?」
「ん~、しようと思ってたんだけど~。ちょっとやな感じがしてね。もうイイわ」
「やな感じ?」

 そういろいろと話している際。

「だぁ! 鍵が掛かって入れないではないか! 何だか、エロい声が訊乞えてきているというのに!」

 扉の向こうから、ランスがやってきた。何やら不機嫌の様子だ。

「あら?」
「む? おお! お前はいつかの美人ねーちゃんではないか。がははは! 今度こそ、やりたい様にやるぞ! とーーっ!」

 出会うなり、全くユーリは目に入らず 一目散にネカイへと飛びかかったけれど。

「ほいっと」

 持ち前の身軽さで、軽く回避するネカイ。

「いったでしょ? 私はそんな安くないって」
「………(説得力ないって)」

 ユーリは、軽くため息しつつ、ランスとネカイの一連の攻防を眺めていた。


 そして、いろいろ話を訊いていると、どうやら ランスは前回挫折した仕掛け扉の先へと進む事が出来たとの事。……妙な手紙が置かれており、それの通りに仕掛けを解いていけば問題なく。 あからさまに不自然な手紙。中を見せてもらったが、何やら可愛らしい文字で、記載されていた。ご丁寧に鍵の在り処もそうだ。

「成る程、うしの鍵とかえるの鍵、ねぇ」
「くそう……。む? おい それは?」
「そうそう、そのうしとかえるの鍵は、あげたわよ」

 ランスが、ユーリの持っている鍵に注目し、ネカイが説明をしていた。勿論ランス、発狂。じゃなく、大笑い。

「がははは! さぁ、下僕1号! その鍵をよこすのだ!! その先で可愛いこちゃんがオレ様を待っているのだ!」
「はいはい。やるって 調査もしっかりしておけよ」
「がははは! オレ様にかかれば其れくらい朝飯前なのだ!」

 ランスはユーリから、鍵を受け取る、と言うより奪い取ると、でへへへ、と笑いながら、来た道を帰っていった。

「やれやれ……。さて、オレも行くか」

 ユーリも軽く服を払うと そのまま向かおうとした時だ。

「やな感じがした事、訊かないのかしら?」

 ネカイがユーリを呼び止めた。ユーリはその言葉に振り返る。

「感じた、という種類の情報なら、自力で大丈夫だ。酒も切らしているしな」

 ユーリはそう言って手を振った。ネカイは少しだけ、真剣な表情になる。今までの彼女の事を考えれば不自然な程だ。

「……この屋敷、へんなのよ。別荘、とは訊いてたけど、変なモノが多い。拷問道具が多くてね。特に女の子を責めたりする類なのが」
「………」
「それもね。ライハルトが楽しむ様なレベルじゃないのよ。文字通り命に関わりかねないのだってある。鞭は刺付きなのもあるし、木馬は……まぁ普通にSMが好きなら無い事は無いけど、研ぎ澄まされすぎね。焼印もあり。電気ショックも。……流石の私でも胸糞悪くなる様な、拷問器具が多くあったのよ。……随分と歪みに歪んだ性癖の持ち主、なのね? ここの所有者は。誰か? とは考えないけど」
 
 ネカイは、少なからず顔を歪めていた。あの盗賊団も女の子は連れ込んでいるし、酷い事をしている。ネカイは参加はしていないにしても、黙認、と言うより興味ない様子だったが、事実は知っていた。
 そんな彼女も表情を顰めるレベルの代物が多かったとの事だ。

「それから、だったかしら? 幽霊が頻繁に現れる様になったのは」
「……成る程な。それで、その部屋は何処にあるんだ?」
「この屋敷の地下、よ」

 ネカイは軽く指さした。

「それにしても、情報をオレに寄越して大丈夫なのか? 見返り要求もせずに」
「ふふ。ま ちょっとだけ良心の呵責があった、って事よ。私だって女の子だしね~♪」
「盗みはしているがな?」
「……それでも、残虐なマネはしないわよ? 人の、女の子の尊厳と命までは盗まないわ」

 ネカイは真剣にそう返していた。ユーリはそれを訊いて、軽く笑う。

「ありがとな」
「いーえ。ま、これでイーブンって事で。次は あなたの、ユーリの貞操、いただくわね♪ 覚悟しといてね~~♪」

 ニコニコと妖艶な笑みを浮かべながら、ネカイは去っていった。それを訊いたユーリはため息を吐く。
 
「貞操って…… オレ、経験者なんだがな」

 別に大きな声で言う必要もなければ、わざわざ追いかけていって説明をする必要も無い。現段階で、条件出してきても余程の事がない限り、却下なのである。
 誓って語っておくが、ユーリはホ○ではない。




~妃円屋敷 かえるの間~


 その後、ユーリは屋敷内を探索し、かえるの間とプレートに書かれた部屋を見つけた。勿論、鍵は掛かっていない。

 扉に手を掛けた時から判った。部屋の中に誰かがいる。気配を感じたのだ。

「………」

 慎重に警戒をしつつ、扉を開けると、その先には……。

「ぁ……ぅ……」

 全裸の女の子が、椅子に座っていたのだ。顔はがくり、と下に下がっており、時々痙攣もさせている。

「ランス、だな。状況から考えて。……ったく、アイツは。でも……」

 ユーリは、椅子周辺に散らばっていた拘束具に目を向けた。全てが無造作に外され、放置されているのだ。

「一応、最後には拘束を解いてあげたのか。……ヤルのはあれだけど、優しい所はあるんだな」

 ユーリは、道具袋から 何かを取り出そうとした時だ。ぴちゅんっ と言う水滴か何かが落ちてきた音がしたかと思えば。

「あっ……うっ……」

 もう、意識は朦朧としているだろうと思えるのに、その度に身体がまるで強制的に反応をさせている様に 身体がぴくりと動き、喘いでいた。

「……薬も、使われているな。これは」

 この手の女の子は見た事がないわけではない。囚われた少女を助けて欲しいと言う依頼の中では、誘拐系の依頼の中では、少なくないのだ。

「シ……ちゃんがいれば良かったんだがな」

 ユーリは、口元を押さえながら、そう呟くと。プレラン・ローブを取り出し、少女の身体を覆った。

「ぁんっ……」

 絹が触れるだけでも、激しく反応してしまう少女。

「あ……や、ゃめ……」

 首をブンブンと左右に振っている。……が、身体は反応をしてしまう様で、相反する思考と身体。今も戦っている様に感じた。

「とりあえず、これ、飲めるか?」

 ユーリは、小瓶を取り出すと、コルクを指先で抜き去ると口元へとあてがった。

「ぃ、ゃ……、も、もう……」
「違う。そんなのじゃない。……一度だけでいい、信じて飲んでみてくれ、元気の薬だ」
「ぁぅ……」

 簡単に信じられる訳じゃない、そして信じた訳でも無い。でも、囚われてからかけられた事のない、優しい声と 暖かいローブ。何か、感じるモノがあったのか、或いはただの偶然なのか、判らないが彼女は小さく僅かに口を開いていた。

「ん……」

 そして、ゆっくりと流される液体。僅かに苦いが同時に甘味も広がり、心地よくも感じる。

「……大丈夫か? 声が聞こえるか?」
「ぁ……ぅ……」

 力無く、返事も曖昧だが、何とか ゆっくりと頷く仕草も出来ていた。命に別条はないのを判断すると。

「さて……」

 ユーリは徐に立ち上がると、剣の柄を握り締めていた。




 同刻・某所。


~リーザス城・??????????~

 

 そこはリーザス城内でも、選ばれた人間以外は立ち入る事が一切許されない一室。そこでは、冷やかな声が漏れていた。先ほどまでは、玉を転がすような笑い声がこぼれで落ちていたと言うのに、まるで逆だ。
 
「あぁあ。つまんないわね。さっきの男は、容赦なく 鬼畜って言っていい所業で、面白かったのに。なーに? アイツ」

 王女の視線の先では、先ほどまで拘束されていて、別の男、ランスに嬲られていた少女が介抱をされている。これは、魔法ビジョンと同様の技術であり、監視ビジョンなのだ。本来は脱出させない為の装置なのだが、それを楽しむ様に見ているのは、リア王女だった。ユーリの行動に興ざめをしている様だ。

「あーあ、辛いのか気持ちいいのか、後で訊こうと思ってたのに、あんなアイテムあげちゃったら、治っちゃうじゃない」
  
 嗜虐の熱を宿していたというのに、それをも覚めかねない状況だった。

「マリス」
「はい。リア様」
「あの男は要らないわ。確かにコロシアムを制する実力があるんだろうけど、ユランは負けちゃってるし、あのランスってコは棄権したんだし、レベルは下がってるでしょ? それに、何だか邪魔になりそうなのしか浮かばないから」
「承りました」
「それと、エンエンだけど、このままじゃ あの男が逃がしちゃいそうでしょ? 屋敷には部屋にしかビジョンをつけてないし、逃がしても直ぐに連れ戻せる様にしてちょうだい。リーザスの冒険者じゃないみたいだし行く場所は限られてるでしょ」
「承りました」

 はぁ、とため息を吐きつつ、映像に集中していた。あの女の子、エンエンを安心させる為に言っている言葉も、音声として十分に聞こえてくる。その言葉の中から 何処へ逃げるのかを聞き逃すまい、としたのだ。

 ……だが、次の瞬間、奇妙な事が起きた。

 男が立ち上がったかと思えば、その次の瞬間、映像がブツっ! と途絶えてしまったのだ。

「なっ! 何? どうなってるの!??」

 本当に前触れも無いいきなりだ。こちら側は受信装置だから、どうする事も出来ない。それは 設置したマリスがよく判っているのだ。

「……ダメです」
「ちょっとー! 突然の故障? 信じられないんだけど。 マリス、……あの技術者、クビにしといて」
「……承りました」

 リアは、これを作らせたリーザスの技術者を怒りのままに、解雇通知の連絡をしていた。が、マリスはただの故障とは思えない。映像が途絶える前の光景は、男が立ち上がり、何故か剣の柄を握っていた。その後、突然映像が途絶えたのだ。

「………(解像度は、これくらいが限界、ですから、あまり早い動きを正確に捉える事は、このビジョンでは出来ない。……恐らくは あの男が……)」

 マリスは、コロシアムでの戦いを思い出していた。リアはユーリの戦いを見ていないからこそ、知る由もない。魔法ビジョンで見ていたのは、ユラン戦までだったのだ。あの凄まじいと言う言葉がふさわしい程速い剣速を知らないのだ。

「もう……。ん? あははは!」

 イライラしていた筈のリアは、何故か、笑いだしていた。部屋に設置してあるもう1つの魔法ビジョンの中に写ったからだ。

「やっぱし、最高よね! あのコは!」

 本当に楽しそうに笑っているリア。それを微笑ましそうに笑みを浮かべ、見守っているマリス。

 歪。歪んでいるとしか形容しがたい光景だった。



~リーザス城下町・ふらんだーす~



 ユーリは、その後、意識がはっきりとしない少女を抱えて 妃円屋敷から脱出をしていたのだ。
 勿論あの映像を壊したのはユーリ。薄暗い部屋の中で薄ら光っている何かを発見したのだ。それが魔法ビジョンだと言う事は直ぐに判った。

「出歯亀は感心しないんでな……」

 映像を途絶えさせ、何処に連れて行くのかを判らない様にしたのだ。探し出す可能性も捨てきれないからこそ、信頼できる酒場へとやってきた。
 まだ、時間帯的には準備中であり、営業はしていない。 が、人目を忍ぶ為には高都合だった。奇妙な視線も今は感じられないから。

 ゆっくりと、扉を開くと、酒場のテーブルを拭いている少女の後ろ姿が目に飛び込んだ。

「あ、いらっしゃいませー。すみません、営業はまだなんですー……って、あ。 ユーリさん?」
「ああ、精が出るな。……悪いが、オヤジさんはいるか?」
「あ、はい。ちょっと待ってくださいね」

 目があったのはパルプテンクスだった。どうしたのか? と訊こうと思ったのだが、そのユーリの表情から、何かを感じたのか、直ぐに父親を呼びに行ったのだ。

「おお! どうしたんだ? ユーリ」

 酒場の奥、厨房から顔を出したオヤジ。ユーリは、少しだけ周囲を確認すると ゆっくりとカウンター席に背負った少女を下ろした。ローブですっぽりと身体を覆っていたから、何かを背負っている、程度にしか思わなかったのだが、その中に少女が出てきた事を見て、2人は驚いていた。

「……すまない。この子を匿ってあげてくれないか。料金は払う」
「いったいどうしたんだ?? この子は……?」
「っ……」

 パルプテンクスは、少し顔を顰めた。嗅いだことのある臭いがしたからだ。
 あの盗賊団のアジトで……、男性のモノの臭いを。

「……誰にも、この事は話さないで欲しい。この子も誘拐されていた子だ。……全てが解決するまで、国の憲兵にも話さないでくれ。……根が深い問題だ」
「………」

 オヤジも、ユーリの目を見て何かを感じた様だ。直に頷いた。

「パルプテンクス。この子の身体を洗ってあげてくれ。今のままじゃ可哀想だ」
「あ、うん。……任せて」
「頼む」

 パルプテンクスは、頷くと自分の肩を少女に貸し、その酒場の奥へと向かっていった。

「……何人いるか、判らない。頼っても大丈夫か?」
「ああ。任せてくれ。ユーリには大恩があるんだ。あのコも、娘と同じ歳頃だしな。ほっとけない」
「すまない」

 ユーリはそう言うと、立ち上がった。

「ユーリ。……その、誘拐犯っていうのは」
「ああ。……予想がついたか? この国(・・・)だ」

 周囲に気を配りつつ、小さな声でそう言うユーリ。オヤジも表情を顰めていた。 予想はしていたものの、衝撃は大きかった様だ。

 ユーリはそのまま酒場から出ていった。再びあの屋敷へと戻る為に。




 
~妃円屋敷~


「さて……、探索を続けよう、と思うが。まずは、こいつらを片付けたら、だがな」

 屋敷で出迎えてくれたかの様に現れたのは、3体のモンスター。
 ゆらゆらと揺れている白い影≪一つ霊≫。まるでフードを被っていて装備が似ている≪ゴースト≫ 頭だけしかなく、そして浮いている≪さけび男≫。

「うわぁぁぁぁっ!!」
「その身体、すり抜けさせていただきます。」
「生きてるって羨ましいな!チクショウ!!」

 三位一体だった。
 まるで、幽霊にも連携があるのか……と思えるような攻撃だったが。

「……所詮はこんなモンだろう」

 ユーリは難なくそれを避けた。そんなに強くないのは間違いない。……そもそも、街中で強いモンスターがいればとっくの昔に、軍を派遣するだろうとも思える。幾ら、なんでもだ。街の外へと広がる可能性だって高いから。

「物理攻撃は効き難いのが難点だが、問題なし」

 ユーリは、一文字の太刀。水平に薙ぐその一撃で、モンスター達を散らす。物理の攻撃は確かに効き難い性質だが、HPが存在する以上、それ以上削れば消滅する。

 ……筈だが。

「っとと、二刀目の剣は、リーチが短いんだったな」

 自身でも錯覚してしまったが、刀身が短い為、目測を誤ってしまったようだ。今まで同時に複数の敵が出た事が無かったから。

「うわぁぁぁぁ!!!」
「経験値を吸わせていただきます!」
「あれ? 俺って何で死んだんだっけ?」

 最後の一つ霊は、攻撃じゃなく。意識が朦朧としているモンスターの為、混乱しているようだ。……それはいつも通りと言うヤツだ

「鬱陶しいな。……ふむ、アレを使えばこの剣でも問題ないが、っお?」

 ユーリが視線を向けた先、暖炉の奥に壁に飾られている銀色の光を見つけた。それは剣のようだ。飾られており、装飾が施されている所を見ると、実用のものではなく、観賞用だと思われたが。

「丁度いいか」

 ユーリはその剣を握ると、振り向き様に背後にまで迫ってきた3体のモンスターを薙いだ。今回は、目測を謝る事はせず正確に剣を当てた。技の威力は、武器の強さに依存するものだ。一撃の破壊力は以前まで愛用していた刀となんら遜色はなかった。

「成程……、観賞用だろうと決め付けていたが。訂正しなきゃな。……良い剣だ」

 その一撃で、3体のモンスターは零体のそれをまるで破裂したかのように散らせていた。
絶命……、強制成仏出来たようだ。冒険の最中、アイテムを手に入れるのは醍醐味でもある。……ここは王女の別荘だ。報告に行った時に、言われれば返す事にしようとユーリは決めていた。

 壁に刻まれているこの剣の名前は≪妃円の剣≫。

 屋敷と同じ名だ。恐らくは名匠に打ってもらったであろう一品と言う事だろう。ユーリは、そのまま剣を腰に掛け探索を再開していた。



 その後も、再び囚われていた少女を見つけだ。例によって、彼女もランスにヤられてしまったのだろう。それだけをみれば、最低だ、と思わずにはいられないが、しっかりと拘束は解いてあげている所を見ると、まぁ 許せる範囲内だろう。
 拘束をされていた場所がえげつないから、とも言える。

 そして、再び少女を助けて、映像を壊し、ふらんだーすへと逃がしてあげる事は出来た。
 
 再び妃円屋敷へと戻ってきて、探索を続ける。次に開いたのは、いかの間と書かれた部屋だ。


~いかの間~


「少し、時間がかかってしまったが、仕方ない。……ランスの辺りが文句言いそうな気がするが、良いだろ」

 ユーリは、扉を開けながらそうつぶやいていた。が、直ぐに 気を引き締めなおした。
 この部屋にも、沢山のモノが散乱していた。 床に広がる縄や鞭、そして注射器。そして、拘束具も大小様々だ。

「………」

 ユーリは、暫くそれを見つめていたその時だ。目の前に、屋敷の入口で見かけたあの幽霊が漂っている。……己の生前の記憶を頭に見せていた。

 それは拷問の日々。

 甚振られ、そして治され、苦しみ意識を失っても、……また 薬によって意識を保たれる。無間地獄と言っていいだろう。

「………いた、ぃ。も、もう……いや……、た、たすけ……だれ……か」 

 全てを見せ終えた後、幽霊は悲痛な表情で呻くように言葉を漏らし、消えてしまった。

「悪霊、ね。……どっちがだか」

 ユーリは、それを想うとこの部屋を後にした。部屋には何も無かったから。……目を背けたくなる様な道具以外は。



 そして、妃円屋敷2階へと続く階段で、ランスと合流した。

「ぬおおお!!」
「なんだ??」

 合流した、と言うよりは、上から落ちてきたのを見た、と言うのが正しいだろう。広い階段。そこには無数の大樽が散乱していた。どうやら、上から転がり落ちてきたらしい。

「むかぁぁ! いったいなんだというのだ!」
「成る程、上に何かいる様だな?」
「おいこら! 来るのが遅いぞ、下僕!」
「お前さんが 放置した娘達を助けてたんだよ。ヤルだけヤって放置するなよ」
「なにぃ! オレ様の女の子達に何かしたのか!! 後で、また美味しく頂く予定だったのだぞ!」
「助けただけだ。……ってか、助けろよ、と言いたいが、一応拘束は解いていたみたいだしな。それに、今は上だ」

 ユーリは、剣を抜き、構えた。

「樽は斬ってやる。ランスは飛び越えて上を目指せ」
「がははは! 使ってやる! さっさと行け!」

 幾つもの大樽が、次々と転がってくるが、その全てを一刀両断。左右に分かれて行くから、後方なら、樽の影響もなく、上へと進める。

 ある程度登った所で、ランスは。

「がははは! ラーーんす・じゃぁぁぁんぷっ!!」

 盛大に飛び上がり、ユーリの頭を超えた。
 その先には、樽を抱えたまま、盛大に地団駄踏んでいるパワーゴリラがいた。

「お前のせいか、コラーーー! 散々苦労させやがって!!」
「まぁ、苦労したのは主にオレだがな」

 全ての樽を斬り伏せたユーリも到着。
 ランスと二人で、パワーゴリラを一蹴した。

 ものの数分で、そのパワーゴリラの巨体は崩れ落ちた。

「ふん。怪力だけのモンスター風情がオレ様の邪魔をするからだ」
「まぁ、肩慣らしにはなったな」

 剣を仕舞うユーリ。

「ふん。さぁ、とっとと行くぞ 幽霊とやらを追いかけないといかんからな」
「……ああ」

 ランスも大体の事情は判っているのだろう。あの時、ユーリも見た幽霊がみせた記憶。あれをランスも見たのだろう。

「いろいろとあるみたいだな。この屋敷には」
「ふん。超一流冒険者であるオレ様がさっさと解決してやる」

 足取りよく、先へと探索を進めていき、とある部屋の中に入った。

 狭くて、小さな部屋。目につくものはベッド、小脇のナイトテーブル。そして、その他には……。

「………」

 あの幽霊だ。

「む……」

 ランスはゆっくりと手を伸ばした、が やはり幽霊だ。その手はすり抜けてしまう。

「……ランス」
「なんだ?」

 幽霊に集中していたランスは、ユーリの言葉で振り返った。そのユーリの手には、一冊の本が握られていた。

「幽霊の正体だ。……見てみろよ」

 そう言うと、日記を投げ渡した。ランスは、それを受け取ると……ぱらぱら、とページをめくった。


『―――×月×日。天気は、判らない。買ったばかりの日記帳にこんなことを書くなんて思わなかった。なんで、どうしてこんな目に遭ってるのか判らない。心を壊さないために……こっそりと日記をつけることにした。私は、ラベンダー。パリス学園の一年生。これをまず書いておこう。……忘れてしまわない様に』

 出だしはそれから始まった。パリス学園。勿論聞き覚えがある名前だ。 その名前もそうだが、そこから先の内容も悲惨なものだった。

 人としての尊厳など、どこにもない。あの拷問部屋に転がっていた道具全てを遺憾なく使用されて、毎日おもちゃの様にされた。
 泣いたら、狂った様に笑われ、苦しんでも笑われ、反応すれば、反応したと叩かれ、反応しなければ反応しないと叩かれる。 普通じゃない。
 或いはモンスターに犯され、そして…… 全てが奪われてしまった。


――あの時計が9回なったら私はおもちゃだ。……11回鳴る、その時まで。助けは来ない。終わりも見えない。……もうヒトでいられる方法は……1つしかない。ヒトのまま、命を絶つ事。

 全てを確認したあと、もうあの幽霊は消え去っていた。

「ラベンダーと言う名、らしいな」
「うーむ……。成る程な。よし、行くぞ」
「……ああ」

 ランスは何か判った様で、ユーリもあとについていき、2人はこの部屋を後にした。


それは、妃円屋敷にある柱時計がある部屋。部屋を象徴している、とも言っていい。

「9回から11回鳴るまで、か。気に入らんな」

 ランスは、時計を睨みつけながら呟く。

「ランスもそう思うか」
「当たり前だ! 女の子をあんな鞭で叩いたり、甚振るのはありえん! 例え、悪いことをした女の子でも、お仕置きは、オレ様の棒で、と決まっているのだ!」
「それは、知らんが……。まぁ 前半は同意だ」
「9時13分で止まってるな。つまり、今は地獄の時間帯と言うヤツだ。……気に入らんから、ぐるぐる回してやる」

 ランスは、柱時計を乱暴に開けると、その針をぐるぐると動かした。10時を過ぎ、更に一回転して11時になった所で……。

 ぼーん ぼーん ぼーん……

「うおっ!」
「っ……」

 壊れていたと思われていた柱時計が盛大に鳴り響いた。
 回数にして、きっちり11回。 11回鳴り響いて、時計は沈黙した。

 そして……。

「ありが……とう」

 あの幽霊の声、だろうか、それが聞えてきた。

「わかって、くれて…… 終わらせて、くれて………」

 音もなく、女の子は姿を現した。その表情は、儚げなものだったが、今まで出会った時に比べると、どこか安らいだ雰囲気があった。

「ラベンダー、だな?」
「はい……」

 ユーリがそう訊くと、女の子は静かに頷いた。

「この屋敷で、お前は殺された。それで恨みが溜まって化けて出たのか?」
「はい……」

 次にランスがそう訊く。ラベンダーは同じ様に静かに頷いた。

「何も分からずに、この屋敷に攫われて、叩かれて、汚されて、罵倒されて……、爪や、歯、……目も指も……。毎日毎日おもちゃにされて…… ただ苦しめるためだけに苦しめられて……。それに耐え切れなくなって、自分で命を………」

 日記に間違いはない様だった。ランス自身は自殺する事などは有り得ない。が、好きこのんでした訳ではないのは、あの日記を見たから判るのだろう。 そして、ランスもあの幻を見ているとも思える。

「……でも、あの人は、それで終わったりしませんでした。単に代わりの子を攫ってきただけでした。それで、私と同じことを延々と……生前はおもちゃにされて、死後はただ壊れたおもちゃ……、それだけでした。……とても、悔しかった。どうして私が、って何度も思いました。許せませんでした。……あの、王女が……」

 そのラベンダーの告白は、事件の真犯人を完全に明らかにした結果だった。

「王女? 王女って、リア王女の事か?」

 ランスもそう訊くと、ラベンダーはその名前を訊いただけで、小さく眉を寄せて頷いた。

「……あの外見で、そんな真似をしているってのか。……信じられんな」
「綺麗な花には刺があるって事じゃないか」
「ふん! オレ様なら、優しく愛でてやるのだがな!」
「間違い、ありません。ずっと仮面をつけてましたが、本当です。鞭で叩かれ続けた時に、勢いで一度だけ仮面が外れて……」

 間違い無いだろう。……命を絶った今 誰も彼女の口を縛る者はいない。

「君を治していたのは、あの側近のマリス、だろうな」
「……名前は、知りません。長身の女性、でした」

 ラベンダーは、そう言っていた。リアの側近だといえばほぼ間違いないだろう。

「それに、犠牲者が何人になるのか、正確にはわかりません。……私の前にも誰かいたのかも……。……ユーリ、さん」
「ん?」

 幽霊に名前を呼ばれて、ユーリは多少驚いた。

「あの女の子達を……、助け出してくれて、ありがとう。……苦しんでるのは、自分の事の様に、辛かった……」
「む!」

 ランスは 何か言いたげだったが、言わなかった。

「誰かが、あのコ達に、ひどいこと……、またしてたみたい……で。こえ、聞こえて…… でも、そのあと、ユーリさんが……、ここからつれだしてくれて……」
「オレ様の指示の通りだ。がははは!」

 酷い事をしたつもりは全くないランス。だが、ここは言わない方が良いと判断したようで、捏造をしていた。

「まぁそれでいい。ランスも拘束を解いてあげていたのは違いないんだ。それより、何故 あの王女は君に、君たちにそんな非道な真似を?」

 そう訊くと、ラベンダーは首を左右に振った。

「判りません………、ただ、楽しいから、ただしたいからする。……そうとしか見えませんでした。お願いです……、王女を停めて……、私には、なんにも…… ここで泣いて同類を呼ぶことしか……。う、うわぁぁぁっ」

 もう、我慢できなくなったのか、大声で泣きだした。

「ま、毎日、痛かった……っ しに、死にたくなんて、なかった……う、うわぁぁっ お、おとおさんっ、おかあさんっ」

 泣き続けるラベンダーにランスは手を伸ばす。ユーリも表情を顰めつつ、腕を組んでいた。

「……泣くな。そんなふざけた女、言われなくても止めてやる」
「……えっ」
「可愛い女の子をいじめ殺すなんて、世界の財産の無駄。オレ様にとって有害そのものだ」 

 ランスは大真面目だ。……相手の名を聴いても、それを決して曲げる事はしない。自分の欲望にまっすぐであり、正直。……故にその場限りの嘘ではない。間違いなく、相手がこの国のトップであっても、するだろう。

「ランスはバカで、無茶だけど、嘘は言わない。安心しろ。一応、オレも一緒に行く」
「だれがバカだ! ガキが!!」
「だれが、ガキだ! このバカが!」

 大真面目に話していたかと思えば、今度は子供じみた口喧嘩。それを訊いていたラベンダーは次第に笑顔が戻ってきていた。いや、初めて見た笑顔、彼女本来の素顔なのだろう。

「ぐすっ……、ふ、ふふ……」

 いつ以来、なのだろうか。彼女は判らない。でも、安らぐ事は出来た。

「少し、少しだけ……、安心しちゃいました。……じゃあ、いきます、ね」
「……ああ。次に生まれ変わる事があったら、その時に精一杯幸せになれ。……いろんな人を頼ってな」
「がははは! 幸せなど、オレ様がしてやろうではないか! 生まれ変わったら、お礼でセックスだ!」

 本当に安心する事が出来た様だ。二人の顔を交互に見て。

「本当に、ありがとう……。最後に、お2人の様な、仲良しな、格好いい……優しい男の人と、話せて良かった……」
「おい、こいつはオレ様の下僕だ。それに格好いいのも、オレ様だけだ!」
「……下僕じゃねえっての」

 そうして、空気の中に溶け合うように、消える瞬間、少しだけ、笑顔が見えた。

「さて。……どうする?」
「ここにはもう用はないだろ。さっさと行くぞ。オレ様は忙しい。……行き先は、王女の所だ。きっちりとお仕置きをしてやらんといかんのでな。がははは!」

 敵の強大さ、巨大さを物ともしない様子だ。次第に、ユーリの口元もゆっくりと笑みをみせた。

「さて……、ここからが大仕事の始まりだな。相手はリーザスか」
「ふん、相手が誰だろうと関係無い。悪い娘にはお仕置きをするのが良い男の務めだ」
「ふふ、それは命がけの仕置きになるぞ?」
「この程度、何とでも無いわ!」

 ランスは、そういいながら向かう。そして恐らくこのユーリと言う男は、初めからリーザスが黒だという事わかっていた様子だと、ランスは感じた。
 ただ、物的証拠が無いから 強く出て無かっただけで、覚悟の類は常に出来ていると。

「それに貴様……ユーリも、リーザスを敵に回す事くらい考えていたのだろ? 今までの行動をみれば、この超戦士のランス様には 一目瞭然だぞ」
「愚問……だな。悪いものは悪い。その相手が大きいか小さいか関係無い。オレ自身が同思うか、だ。自身の気持ちに従う」

 ユーリはそう答えた。
 手を組んだとは言え、方向性がピタリと同じだったわけでは無い二人だったが、この時、パズルのピースが埋るが如くピタリと同じ方向へと向いていた。

 敵は、リーザスの中心とも言える存在。

《リーザス王女 リア・パラパラ・リーザス》

「では、行くぞ」
「……ああ」

 2人の闘志が、まるで吹き荒れた瞬間だった。

 ランスの後ろに続いて歩くユーリ。この時、背中に温かみを感じられていた。それは、もう成仏していなくなったと思っていた存在。

「……頑張って、ユーリさん。私の為に、怒ってくれて、本当に嬉しいです……」

 背に回された手。もう目視では捉えられない程か細い存在。だが、ユーリもはっきりと感じられていた。ユーリはその温かみに手を触れ。

「……任せろ」

 ユーリは、そう一言だけ言っていた。次の瞬間には、ぬくもりは消え去っていた。







~リーザス城下町 パリス学園~


 シィルはこの日も必死にランスの役に立とうと行動をしていた。魔法の通じない相手には仕方ないが、それでも情報収集だけは怠らないようにと。

「はぁ……、学園って楽しい所ですね。以前は修学旅行中に、あんな事になってしまいましたが」

 シィルは思い出しながら呟いていた。ゼス出身の彼女は学園の修学旅行の際に奴隷商に捕まってしまったのだ。そこを、助けた?のがランス。それから、ずっとこの人についていこうと思っていたのだ。

(ランス様……、捜査は順調でしょうか……? お怪我はして無いでしょうか?)

 休み時間、シィルは一旦休憩のつもりで1人で廊下に佇んでいた。窓の外に見えるのはリーザス城。今朝の情報共有+軍資金の調達の時で、リーザス王女が犯人である事の可能性が大きいという事はシィルも聞いていた。……青ざめるような事実だった。
 ただの誘拐事件ではなく、それは嘗て無い程の大きな存在が相手なのだから。

(どうか、無理はなさらないで……。私もお傍でお役に立ちたいのですが)
「シィルさん? 先ほどからどうしたのですか?ずっと上の空ですが」
「あっ! スアマさん。いえ、なんでもないんです。少し疲れちゃって……。授業についていくの難しいですね」

 シィルに話しかけてきたのは、クラスメイトであるスアマだ。その大人びた雰囲気のそれは同い年にはまるで見えないが……、前例はある。人は見かけで判断できない事があると、シィルはそう考えていた。

(ですよね……。外見で判断するなんて、失礼です。……ね? ユーリさん)

 ……ユーリの事を思う時点で結構失礼な気がするが……、とりあえず、自覚がないシィルだった。この時、何処か遠くでくしゃみが聞こえてきた気がしていた。

 そして、何を隠そう、彼女こそが、ランスに以前報告した思考をシールドの魔法でガードしているたった一人の女生徒なのだ。

「あ、もうそろそろ、予鈴ですよ。教室に戻りましょう」
「あ、はい」

 シィルは言われたとおり、窓際から離れて教室に向かって歩く。
 当初は魔法を防がれた事、そして容姿の事で要注意人物だと思っていたが、まるで怪しい素振りを見せていなかった為、杞憂と考え直していたシィル。
 
 だが、それゆえの油断だった。

「シィルさん。教室に戻る前に少し話しがあるのだけれど、良いかしら?」
「はい。なんでしょうか?」

 そして、不幸はそれだけでは無い。今は全てがもう揃っている今の現状。このまま、クラスメイトごっこをする理由ももう無いと言うこと。

 シィルがそれを知る由もない。
 ただ、判ったのは次の瞬間に腹部に走る強烈な衝撃。何が起こったのか一瞬わからなかった。薄れゆく意識の中で聞いたのは言葉。

「おやすみ、シィルさん」

 スアマのその言葉だった。何処か……邪悪を孕んでいる言葉。

(ら、ランス……さ……)

 それを聞いた後にシィルは意識を手放した。崩れ落ちるシィルをだ抱かかえるスアマ。そして、軽く手を挙げたその時、天井から女忍者が降りてきて、シィルを代わりに抱かかえた。

「マリス様。2人が妃円屋敷から出てきました」
「ご苦労様かなみ。それでは、直ぐに城に戻らないと。……かなみは引き続き、2人の同行を見ていてください」
「判りました」
「宜しく頼みましたよ」

 そのやり取りからわかる様に、彼女はただの女生徒では無い。

 正体はランスとユーリに依頼をした人物。リア王女の侍女・マリスであった。

 ……その齢から考えたら、若干無理がある変装だがそこは、シィル同様の考えを持っている。あの男に出会ってその考えも更に強くもてていたようだった。







~リーザス城 城下町城門前~



 妃円屋敷の幽霊の問題を一応解決したランス。
 その後、報告をする為に城門前へと来た。

「ええぃ! 通行手形は見せているだろうが! 何故入れんのだ!?」
「通行手形の偽物、模造品が出回っているという情報が流れていてね。……今城内へと確認を取っている最中だからちょっと待って」

 凛とした立ち振る舞い。
 決して規則を曲げたりせず、ランスの強引な物言いにも対応していた優秀な門兵、メナドだ。以前から、ランスの事はマークしていたのだ。突然、通行手形を手に入れていたから。

「むかむか……。こっちは王女直々に依頼されたスーパー冒険者だと言うのに」

 ランスは、むかっ腹が立っていたようだが、ここは我慢をしていた。
 更に警戒される様な事になれば、折角フリーパスで入れるのが台無しになってしまうからだ。

「それに……、その、ユーリはどうしたんだ?」
「はぁ? ユーリ? それがどうしたのだ?」

 城内へと確認伝令を施していた門兵が戻ってきてランスにそう聞く。
 ランスは何のことかわかっていない様子だった。

「いや、君と一緒にいたのを見たから。……居なくなってるし」

 ずっと、それを考えていた門兵メナド。あの助けてくれた時から、まだ会っていない。出会えたかと思えば ランスだけだ。

「ガキをどうこうする趣味はオレ様には無~~い! それに、アイツはただの下僕だ。オレ様が下僕をどう使うかはオレ様の勝手だー」

 大声を上げながら笑うランス。

「む……?」

 不快に感じているメナド。口ではそう言っているが、今ここにいない以上、何かされていると思ってしまうのは無理も無いだろう。
 彼女の中のユーリのイメージなら。もう一度、何かを言おうと詰め寄ったが……。マリスがランスの後ろに現れたため、未遂に終わった。

「ランス様」
「ん? マリスか。なんだ、外に出ていたのか」
「ええ、まぁ……野暮用がありまして。それよりも、屋敷の依頼の件、終わらせていただいたのですね?」
「お? 流石に耳が早いな。これを終わらせたのはついさっきだぞ」
「以前にも言いましたが、リーザスの情報網は完璧ですから。ああ、この方の通行手形は大丈夫ですよ。私が保証します」
「……は! 失礼しました」

 敬礼をするメナドだったが、まだ納得したわけじゃない。もう1人の事をだ。

「あと……、ユーリ様はどうしましたか?」

 マリスがランスにそう聞いていた。その言葉が耳に入ったメナドは思わず聞き耳を立ててしまう。そのユーリと言う人物が自身が心配していた存在だと思ったからだ。

「なんだ? 幽霊の1件は終わらせたのに、それは知らんのだな。ま、オレ様も知らんが少し寄る所があるそうだ。それでいなくなったからオレ様だけでやってきたのだ。下僕の癖に働かないつもりだったら、承知せん」
「そうですか……。彼は優秀な冒険者ですからね。まさか屋敷のモンスターにやられてしまったかと心配もしそうになりましたが、杞憂だったようです」
「あほか。オレ様程ではないが、それなりにやるヤツだ。あんな雑魚モンスターにやられる筈が無いだろう」

 珍しくユーリの事をそう言うランスに一瞬不思議に思ったマリスだったが、特に気にする様子も無くそのままランスを案内するため先導していった。

 そして、残ったのは門兵のメナド。

「やっぱり……ユーリはすごいんだ。マリス様にまで認められて、知られているんだから……」

 以前一緒に戦っていた時の事をメナドは思い出し、僅かながら頬を紅潮させているのだった。 


そして、そんなこんなで、ランスはマリスの案内の下、王女の間へと向かった。だが、その時違和感をランスは感じていたようだ。

「おかしいな。ここに来るのは、まだ3回目だが、こんな道順だったか? 明らかに違わないか?」
「よくお気づきになりましたね。王女様の部屋までは特殊な結界を張り巡らせてます。故に許可された者以外は進入できないようにしているのです。ここにたどり着ける者がいたとしたら、結界を破壊できるような高位の魔法使いでしょう。ですから、私の案内がないと王女様に会うことは出来ません。……次にユーリさんが来れば私の元へ連絡を寄越すように伝えておかないと」
「ふぅん」

 ランスは、魔法の事はさっぱりわかっていない。そして、前回ここに訪れたときもマリスの案内の元、王女の部屋へと来たから入れたのだ。

 そして、攻撃的な魔法であれば、これまでにも喰らった事もあり、わかるが、高度な魔法に至っては知らないし、興味も無い。だから、聞いた数秒後には忘れているようだった。

 ……その様子を見てもマリスは表情を変えることなく、王女の間へとランスを案内していた。



~リーザス城 王女の大居室~


 扉を開け、再び王女の前へと行くランス。
 それを確認したリア王女は、ランスを確認すると同時に口を開いた。

「あら、ランスさん。ご苦労様。また、経過報告? それとも他のご用?」
「報告する事がある」
「報告する事? あら楽しみ。聞かせてくれる?」

 王女は機嫌を良くさせて、笑みを浮かべている。ランスは、報告して真相を聞かなければ、と口を開いた。

「まずは、そうだな。屋敷の幽霊は消えたぞ」
「ん、ありがとう。これでまた、あの屋敷を使えるわ」

 王女は嬉しそうにそう言う。ここからが、訊きたい事だ。

「攫った女の子をおもちゃにするのに、か?」
「ん? ええ。我慢のし過ぎは体に良くないもの」

 全く問題無い、と言わんばかりにそう返すリア。

「ここと繋がってて、普段は無人なのって、あの屋敷しかないから、使えないと不便だったのよね」

 あくまで、自分のしている事の事を悪いとは毛頭思っていない様だった。その言葉と表情を見て、ランスは改めて訊く。

「なんでだ? なんで、女の子をいじめ殺すようなことをする?」
「別に殺そうとして殺している訳じゃないわ。結果的に、死んじゃう事があるだけ」

 次には、さも心外、と言わんばかりに王女は唇を尖らせていた。

「私はね。可愛い子、可愛い女の子で遊びたいだけなの。泣き叫んで、私に許しを請う、あの姿。……たまらないわ。最高よ」

 全くの邪気すら、その目にも表情にも無い。そのまま唇をつり上げた。

「はじめは拒んだり、反抗したりするのにね。だんだん、縋り付いてくるの。『お願いします。許して、もうやめて』って。許すも何もないのにね。私はその顔がみたくてやってるんだから」

 そのうっとりとした表情は、まるで花でも愛でるかの様だ。そして、王女は美貌を綻ばせていた。

「ラベンダー。……可愛かったでしょ? とっても、お気に入りだったんだけど、おもちゃにしすぎて、自分で死んじゃった。……あの頃は加減が甘かったわね。……あ、そうだ。お気に入りといえば、あなたの探しているヒカリも、ここにいるわよ」
「なんだと……?」
「ふふふっ、今はまだこっちが使用中だから、言う義理なんて無いんだけど…… 報酬の一環だしね」

 ランスはその言葉を訊いて、ユーリが言っていた言葉、最初の方から言っていた言葉を思い出していた。『相手はリーザス』 忍者が現れてそこから紡ぎ出したベクトルの先にいたものは、この王女だった。

「嫌な予感はしていたが、お前がヒカリちゃんを攫ってた、と言う事か」
「ええ。パリス学園は、私のおもちゃを探すための施設なの。ヒカリは今のお気に入りね」
「……さっさと、ヒカリちゃんを返せ。もう他の報酬は要らん」

 流石のランスも、この無邪気と言っていい王女の言葉には怒りが沸いているのだろうか。いつもの軽口ではなく、低く、重いモノだった。だが、リアはそんな事は判らない様子だ。

「んーー、しょうがないわね」

 リアが手を叩くと、マリスが扉を開いた。その先には、身体の至る所で痣が出来ており、息も絶え絶えの状態になっているヒカリがいた。

「まぁそこそこ使ってたし、代わりの子にしようかしら」
「この、変態レズ王女が……」

 脇に控えているマリスの眉がぴくりと、上がっているが ランスは気にする素振りをみせなかった。

「そう言えば、貴方も女の子のパートナーがいるんでしょ? あの男じゃなくって。そう、あのシィルって子。あのコでイイわ」
「なんだと!!」

 シィルの名前を出され、更に怒りが沸くランス。

「転入してきたときから、次はあのコにしようと思ってたのよね。少し、繰り上がるけど、妥協してあげるわ」
「お前、シィルをどうした?」
「ん~、もうちょっとで合わせてあげるわ。……もう1人の男も来てないみたいだし。全員揃ったら、ね?」

 笑みをあくまで絶やさないリア。

「もういい。判った。お前みたいな、いかれた女にはお仕置きが必要だ!」

 ランスは、踏み込み、同時に剣を引き抜いた。そのまま峰打ちで叩き伏せようとしたその瞬間。

「―――失礼します、リア様」
「む!」

 突然、控えていたマリスがいつの間にか手にしていた槍で、止めていたのだ。そして、空いた方の手をかざし。

「…………神聖分解波!」
「ぐぉっ!!」

 警戒をする暇も全くない。至近距離からヒカリを浴びて、ランスはイカマンになったかの様にぐにゃぐにゃになってしまっていた。

「ちっ、力が入らん……!!」
「………」

 マリスは、淡々と槍の石突きをランスの後頭部に叩き込み、意識を絶った、筈なのだが。ランスはものの数十秒~数分で瞼を開けた。

「ぐ……くそ……」

 僅かに失っていた意識の間に、ランスは、頑丈な椅子に座らされ、がんじらがめに縛られていた。 そして、周囲にはいくつもの、カートにてんこ盛りになった拷問器具だ。

「おはよう。と言っても、ほんの数分くらいだけど。マリスにやられて、その程度っていうのは凄いわね」
「ぐむ……っ」

 ランスは冒険者として、力は常人のそれを遥かにしのいでいる。……が、そのランスでも動けない。よほど念入りに縛っている様だ。

「なんで、急に暴れる気になったのか判らないけど、まぁイイわ。 貴方は私のペットにしてあげる。強さだって、闘争心だって、そして貪欲さに精力。全部ふさわしいわ。……もう1人は論外だけどね。私の可愛いペットを逃がしちゃったんだもん」
「なんだと……? オレ様がペットだと……!」
「そうよ。意のままに女の子を犯す動物が欲しかったのよ。モンスターだと壊れやすいし。あ、そうだ。マリス」

 リアは、ランスから目を離し、マリスのほうを見た。
 マリスは、ランスを拘束したあと、 再び脇の方へと戻っていっていたのだ。

「もう1人の男、ユーリ、だっけ? 指名手配しちゃって。ペットを盗った罪は重いし。私の気分だって害したの。ん~ 最初から殺す気のあるいじめ、ってした事無いけど、それを試すのも、悪くないかもね」
「承りました」

 非道な命令を平然とするリア。そしてそのリアの言葉を平然と素直に返答するマリス。
 大きな権力を持つ者ほど、国の上層部にいるものほど、歪んだ≪もの≫を持つものは多い。倫理感が消失していると言ってもいい程に。つまりは、同じ人間として見る事が出来ない程にだ。それは、何処の国にもある云わば醜い闇の部分。

「ああ、そうだったわね。もう1つの報酬が」

 リアは、手を二度、叩いた。すると、音もなく天井裏から女忍者が降りてきた。

「この子が、貴方達が探していた女忍者。かなみ、っていうのよ」
「ちっ……」

 今更だ。驚く筈も無い。女忍者のかなみは、無表情のまま、ランスを見ていた。

「さ、どうする? 私のペットになれば、女の子を沢山犯せるわよ? セックス好きなんでしょ?」

 王女は勝ち誇っている訳ではない。ランスを拘束し、多勢に無勢の状態にしているのだが、そういった表情や気の持ちではない、そして悪事の共犯者を求めている風でもない。依頼したときの様に、淡々としていた。

「け、ごめんだ。オレ様はしたい時に、したい様にする」
「あらら? どうしたのかしら?」
「バカ女に従うのなど、まっぴらだ、と言っているのだ」
「まさかだけど、今更義憤に溢れたとでも言うのかしら? あなたが屋敷のペットたちにした事だって、なかなか素敵だったと思うわよ?」
「ふん。一緒にするな、変態女が。女の子を殺したり、壊したりして、喜ぶ様なヤツに手を貸してたまるか」
「………ふーん。そう」

 途端に、リアの目つきがすっと冷えた。かなみとマリスを手招きする。

「一先ず、何も考えられない様にしてあげて。首締めて、ギリギリと保たせて。その上で(これ)も」
「……はっ」

 かなみは、ゆっくりとした動き、だったが即座に視界から見えなくなる。
 そして、いつの間にか 背後に回られ、細い糸の様なモノで首を締め上げられた。

「ぐ、ぐぇ……」
「……私はあの時、いった筈よ……」

 ランスに密着し……ランスにしか聞こえない大きさでそう囁く。

「これで終わりだって……」
「ぐ……ぐ……」

 徐々に意識が遠ざかってしまう。

「さ、かなみ。そろそろじゃない?」
「……はい」

 右手には、首を絞めている糸を、そして左手は渡された薬入りの注射を。

「………御免なさい」

 最後にいった言葉は、謝罪、だった。……どんな相手でも、これから、1人の男の人生を、いや3人の人間の人生を狂わせてしまうのだから。だからこそ、せめてにと謝罪をしたのだ。 

 そして、ランスの意識が途絶えようとしたその時だ。
 

「炎の矢!!」

 ランスの意識が殆どなくなっていたその時。王女の間に声が響き渡った。その声と共に、赤い炎が迸る。

「ッ!?」

 突然の事で反応できなかったかなみは、眼前にまで迫ってきた炎の矢を避ける事は出来ず、隙だらけの身体に直撃し、王女の間の壁の方へと吹き飛ばされた。……が、かなみの持つ紐は、握りこんだままだった。吹き飛んだ勢いもあって、ランスももう少しで絞殺されるギリギリの刹那。

「煉獄・居合」

 その刹那、ランスの命の紐をユーリが手繰り寄せ、命を奪う紐を居合いで断ち切った。そのまま、かなみはランスと言う錘を失ったため、勢い良く吹き飛んだ。

「シィルちゃん! ランスを頼む。」
「はい!! ランス様!? 大丈夫ですか!?いたいのいたいの、とんでけーーーーっ!!」

 シィルはユーリに言われたとおりに慌ててヒーリングをかけた。するとランスの首に巻かれていた紐の痣が見る見る内に消え去り、そして息苦しさも無くなっていった。そして、縛られていた拘束具もシィルの魔法で焼き切る。

「が、げほっ! げほっ! ……ば、ばかもの、助けに来るならもっと早くに来ないか。」
「きゃん!? す、すみません……。」

 折角シィルが治してくれたと言うのに、理不尽な拳骨をするのはいつも通りのランスということ、だろう。大事無くてよかったと、横目で見ていたユーリはほっとしていた。
 だが、逆にこの状況に慌てるのはリアとマリスだ。

「いきなりなんなの!?  それに、あの娘は隣の部屋で縛っていた筈じゃないの? マリス」
「はっ、確かにそうです。……なぜ、貴方がここにいる!!」

 娘が脱出したのは、100歩譲ってありえるとしよう。
 だが、男の方はありえないのだ。この場所に来るためには突破しなければならない≪壁≫があるのだから。

「判っていたと思うが、シィルちゃんとも情報の交換はしていた。ラベンダーの話しも聞いててよかった。……そもそも、一生徒に買出しを頼んでいた時点で、不自然だと思ったさ。まぁ、学園に行った時には、既に誘拐された後だったのは誤算だったが」
「ふ、ふん! シィル! オレ様の奴隷の癖に、不手際が多すぎる! こうしてくれる!!」
「ひんひん……いたいです、ランス様……」

 ぐりぐり~っと両拳で締め上げられるシィル。そのモコモコの桃色の髪を震わせながらシィルは痛がっていた。……が、これもいつも通りのやり取りだ。
 そのままユーリは説明を続ける。

「ラベンダーもパリス学園。……お前がペットだと言っていた妃円屋敷の彼女たちも同じ学園。十中八九、学園自体が、その長もグル。鎌かけて見たら即、襤褸を出した。……攫うは慣れてたとしても、自身に向けられる刃には慣れてなかったみたいだな?」

 ユーリは、親指で首筋を切る仕草を見せた。そこから連想できるのは簡単だ。……学園長が喋ったと言う事。恐らくは拷問を受けて。

「あの学園長……処刑ね? 全く使えない」

 リアが冷たく言い放つのとほぼ同時に、マリスがリアを庇うように前へと出てくる。

「その事については、理解しました。……だけど、どうしても解せないのは、貴方がここにまで来ている事。なぜ結界を突破出来たというのですか!? アレは最低でも魔法Lv2は必要とされる程のもの、いえ、それ以前に貴方は魔法使いでは無いでしょう!?」

 マリスには珍しい程、取り乱している。当然だろう、間違いなく一流の使い手が3人もこの場にいるのだ。無力化していた1人ももう、殆ど解放されている。
 状況はとても悪いから。

「ああ。ここまでに施されていた結界。迷宮結界か?」

 ユーリは、マリスの疑問に答える。……勿論全てを馬鹿正直に答える事はしないが。普通に考えたら、戦士である者が王女を守る為に仕掛けられた結界を突破するのは不可能だろう。だが、それを嘲笑うかのようにユーリは、指先で円を描くと撃ち放つ様にした。

「残念。……≪見た≫からな、オレにはあの結界はもう、通用しない」
「くっ……!」

 結局なぜ結界が突破されたのかわからない。見ただけで結界を突破出来るようなことなど、常識的にはありえるはずも無い。だが、今目の前にあの男、ユーリはここにいる。こちらは、侍女の自分、そしてかなみの2人。それに対して、向こう側はトーナメントを勝ち上がった強者と従者である魔法使い。それに今回の一件は全てリア王女の胸の内にのみ秘められている事。そして、散らばった拷問具の数々もある。……だから、リーザス兵士を呼ぶわけにもいかないのだ。
 城内で無用な混乱が起きれば、男達は捕らえられたとしても、リア王女が咎められる可能性も大いにありえるのだ。

 考えられる最悪の状況。マリスは額に一筋の汗が流れるのを実感した。それは冷たい汗だ。それを察したかなみは、一歩前へと出てユーリとランスの前に立ちふさがる。

「リア様、マリス様、……ここは私にお任せください」
「ッ……。頼みましたよ」

 その言葉を受けて、マリスはリア王女を連れ、部屋の奥へと下がり、壁の絵画の裏に仕掛けてあったレバーを引いた。それにより、玉座が回転し、床が開く。
 王族を逃がす為の隠し階段のようだ。そのままマリスとリアは地下へと消えていった。

「シィル、あそこで倒れているヒカリちゃんをと治療しておけ、死なせるんじゃないぞ!? ユーリ、この場はお前に一任してやる! オレ様はあの王女にお仕置きをしてやらんといかんからな! ただーし! 殺すのはダメだ! あの女忍者も、オレ様が断罪する!!」

 口調こそは真面目ぶっているが、内容はとても褒められたものじゃなく、表情もイヤらしいものだった。だが、采配は悪くない。今治療が必要なのは何においても倒れているヒカリだけだ。ランス自身はすっかりと回復しているから、問題なさそうだ。

「ああ、任せろ。ラベンダーや他の女の子たちの為にもな。願いを叶えてやれ。……止めるんだ」
「簡単にいかせると思ってるの!? 甘く見すぎよ!!」

 行かせる筈が無い。かなみは、怒声と共に、数本のくないを飛ばすランスは走り出している為、無防備な背中に直撃する筈だったが。

「……甘く見てるのはどっちだ?」

 くないが、ランスに当たる寸前で吹き飛ばされてしまったのだ。

「なっ……! か、風の魔法!?」
「剣を軽く振るっただけだ。……お前がオレ達2人の相手を出来ると本気で思っているのか? もう一度言う。《正気》か? ……随分と自信家なんだな忍者と言うのは」

 ユーリは、鞘に再び妃円の剣を収めてそういった。

 かなみは、この男、ユーリと対峙しているだけで、冷や汗が止まらなかった。
 確かに、甘く見ていたのは自分自身かもしれない。リア王女の為、マリスの為に、この場に残ったが……2人を相手にするには技量が足りなさ過ぎるとしか思えなかった。

 なら、1人でも……必ずここで止めてみせる。

「そうね。……アンタを殺した後、あの男を殺すわ!」

 懐から手裏剣を取り出して、撃ちはなった。回転させながら正確に向かってくる手裏剣。胴体、そして頭に。
 だが、難なく避けるユーリ。その時、シィルがこちらを援護しているのがわかった。

「シィルちゃん。俺はいい。ヒカリちゃんの治療を続けてくれ!」
「は、はいっ!!」

 思わず叫びをあげるユーリに、驚きながらも頷いたシィル。屋敷でラベンダーの末路を見てしまっているからヒカリの事が心配だった様だ。

「く、いつまでも避けれると思わないことね。……織り交ぜてやるわ」

 女忍者は、左右にくない、手裏剣、そして腰にかけている忍者刀を使う仕草を見せる。三連撃の技を使うのだろう。

「お前を止めるのが、厚生させるのが、オレの今の仕事だな」
「私を更生させる……? 舐めてんのはアンタよ!! 死ねぇっ!!!」

 怒声と共に、先ほどの倍はあろう数の飛び道具を使用する。そして、高速に動き四方八方から刃を飛ばした。忍者の速度を最大限に活かした空間攻撃だ。
 仮に避わせたとしても、バランスをとる事など出来ない。その隙に喉をかき切る狙いだ。

 狙い自体はは悪くない。だが……。

「甘い」
「なっっ!!」

 忍者刀を既に手にかけていた女忍者だったが、その柄を抑えられ、出せない。さっきまで、数mは離れていた筈なのに、一瞬で……それも自分が気がつかない程の速度で間をつめられたのだ。ありえないと思ったその瞬間。腹部に、鳩尾に異様な痛みを感じた。

「ぐぇっっ!??」

 女の子にするような攻撃じゃないし、声でもないと思われるが、斬られるよりはマシだろう、とスルーする。威力を少しでも殺そうと後方へと飛ぶが……、もう衝撃が腹から背中へと突き抜けている為、無意味な行為だった。

「ぐ、げ、げほっ……がはっ……。は、はぁ、は、」

 肺が、上へとせり上がる。新たな空気を吸引する事をまるで拒んでいるようだった。息も吸えず、悶絶する痛みもまだ襲ってくる。女忍者は倒れたくない。倒れるわけにはいかないと踏ん張っていたが……、最後には膝を落としていた。戦闘中にはそれは致命的なものだ。

「隠密であるお前が姿を現して戦う時点で悪手だ。忍者って言うのは、気配を消して、敵を無力化するのが基本戦術。それこそが必殺技と言うだろう」
「が、……はぁはぁ……」

 ユーリの言葉をかろうじて訊きとっていたかなみ。確かに気配を消して、敵を無力化するのが、基本的な忍者の戦い方だ。そして必殺の型。

 だが、まだ手がないわけじゃない。

「……む?」

 突如、この葉が周囲に吹き荒れだしたのだ。かなみの周辺から発生した不自然な風とこの葉。

「な、なら!」

 視界も僅かながら塞がれてしまい、一瞬だけ、かなみを視界から外してしまう。

「私の必殺技、見せてあげるわ」
「む!」

 叩きつける様な言葉と共に、炎が現れる。

「……リア様は必ず守る。私の居場所は、リア様の傍にしか無いもの。例え、死んだとしても……!!」

 炎が猛り狂う。それは、敵を狙っているのではない。

「いくわ……。――餮・火丼の術!!」

 かなみの体内から、燃え盛る炎が吹き出し、尋常ではない速度で荒れ狂い始めた。そして、その炎は壁に当たっても消えたりせず、まるでボールの様にはずみ、またあらぬ方向へと飛び交う。

「魔法、ではないか」

 ユーリは、その炎を回避しつつ、見ていたが……魔法ではなく、忍術の類だと直ぐに理解した。
 そして、着ているマント、そして僅かに触れたフードの端が炭化している。当たれば、『熱い』程度ではすまないだろう。

「ぐっ……!」

 炎が跳ね回り、避けようとしたかなみにもかする。やはり、術者から離れれば、あの炎は無差別に動くモノを襲う様だ。

「ゆ、ユーリさんっ」
「大丈夫だ。……シィルちゃんも、動くなよ? 標的にされる」

 ユーリは至って平常心だった。

「本来なら、高みの見物、でもするんだろうが。無理みたいだな?」
「ぐ、で、でも……火力ならこれよ! 例え、この身が滅びようとも!!」

 かろうじて、暴れまわる炎と共に襲いかかってくるが。

「……少し、本気を出すぞ」

 ユーリは、剣を鞘へと収める。

「あんたのスタイルは判ってるわ!!」

 かなみは、素早く動きつつ、距離を縮める。戦い方はコロシアムで見ているのだ。尋常じゃない程の剣速。あの鞘に収めた状態から、考えられない程の速さで放つ攻撃。なら、絶え間なく全力で動き続ければ、回避はできる。
 速度の領域で忍者に敵う道理はない。

 かなみはそう考えていた。

 だが、見誤っていたのだ。……目の前の男の力量を。

「煉獄・居合」

 まだ、間合いより遥かに外。だが、それも関係ないと言わんばかりに、剣を抜き、剣を振るった。

「なんの真似……っっ!!」

 突如、とてつもない衝撃を受けた。どう、形容すれば良いのだろうか? まるで 鋼鉄のパイプか何かで腹部を思い切り殴られたかの様な衝撃。

「ぐげぇっ!!」

 女の子が発する様な声ではない、と再びおもえてしまうが、仕方が無い。
 あの暴れる炎を抑えたかった事もあるのだ。

「そ、ん……な……」

 かなみは、得体の知れない痛みを受け倒れ伏してしまう。そして確かに見た、あの放った自身最強の技もあっさりと、切り裂かれてしまった所を。

「………」

 そして、近づいて来る男も、見た。

 得体の知れない痛みに苦しむ最中、自分はここで殺されるだろうと覚悟を決めていた。身体は、暫くすれば回復するだろう。斬られた訳ではないから。だが、その間この男が待ってくれるとは到底思えないのだ。

 大した時間稼ぎも出来なかった事……リア様やマリス様を残して逝ってしまう事、それだけが心残りだった。

 だけど、新たな痛みが来る事は無かった。

 息も徐々にではあるが整える事が出来るようになっている。腹部の痛みも同様に。男はそれを見越したかのように話しかけてきた。

「もう、武器を収めろ。少しだけ、聞きたい事がある」
「な、何よ。…… げほっ、た、たとえ拷問されたって、リア様たちの事は話したりしない!こ、殺せ……。ひッッ……」

 そうは言ってるが、その足は震えている。目を見たその瞬間殺されるそんな気配がした。これが殺気、本当の本物の殺気なのだと理解できた。目の前の男に心底恐怖も抱いている。

 覚悟を決めたと、意識しても……、いつその時が来るのか判らない。その待ち時間が心底怖かった。かなみは、目の前のこの男が同じ人間だと……思えなかった。

「……」

 だが、男は握っていた剣の柄から手を放した。何故か、完全に戦闘モードを解いたようなのだ。

「……君がオレ達の前に姿を現したのは何故だ?」
「な、なんのこと……?」
「隠密を主体とする忍者である君が敵の前に姿を現す事。……その時点で任務失敗と言っても良いだろう。……なんで、姿を見せたんだ?」
「べ、別に意味なんか……無い」

 かなみは、顔を逸らせた。目を見て話が出来ないから。目を見られたら、全てがバレてしまうと感じたから。

「そうか。なら……話を変えよう。お前は、正しいって思っていたのか? これまで、リア王女がしてきた事を」
「……っ。り、リア様に間違いなんか、ある筈が……」
「あの子達は、その歳はきっと君と変わらない。……生まれさえ違えばひょっとしたら、友達になっていたかもしれない。そんな年端もいかない少女達を自分の快楽のために殺す事、それが正しい、上に立つ者の行動だと。お前は……そう思うのか?」
「ッ………」

 ユーリの言葉に、返せない。
 なぜなら、それはずっとずっと自分自身で自問自答していたんだから。任務で、学園を監視することは何度かあった。その過程で……、自分もあの輪の中にいたら、と何度も思い描いていた。

――……一緒に勉強をして。
――……お昼には一緒に弁当を食べて。
――……休みの日には一緒に遊びにいって。
――……時には恋の話だって……。

 でも、それは儚い願い。自分は主の為に忠を尽くす女忍者なんだから。

 唯一、出来た親友である彼女、メナドとの話も楽しかった。
 でも、心の底から喜ぶ事は出来ない。自分がしてきた所業が……心を縛る枷になってしまっているから。

「オレの目を見ろ」

 ユーリはフードを外した。この時、童顔がどうのこうのは全く考えてなかった。
 ユーリは、ただ、目の前の少女は、もう敵として見られなかったのだ。少女の主を守ろうとした姿勢も、自らの命を捨てようとして、放ったあの自爆技を使った時も。そして、今迷っている表情も全部本物なのだから。

 いわれて、恐る恐る ユーリの目を見る少女。
 美しくてとても澄んだその目。見てるだけで、とても辛い気持ちになる。

「ッ……。自分の意思なんか……関係無い。私は、忍者。忍ぶ者と書いて忍者なんです。どんな事でも、どんな事があっても、ただ、主の為に」
「……そうか。なら何でそんなに辛そうな顔をしているんだ?」
「!!」

 かなみは思わず顔を背けた。その仕草を見て、ユーリは続けた。

「無駄だ。……幾ら感情を隠そうとしても、お前は、機械じゃないんだ。……いくら忍びだとしても、忍びである前に、君は1人の女の子だ。……リア王女の事を大切に思っている心優しい女の子。本当に王女を思うなら、もっと違った形で彼女を支えてやれ。そうしていれば、王女が歪む事も無かったとオレは思うぞ。……それに目を見たら判る。間違っていると思ってるんだろう?」

 かなみの声色はもう泣き声のそれとなんら代わらない。涙が静かに流れていた。それがやがて嗚咽に変わる。

「わ、わたし、わたしも……、あんな事、したくなかった……。わたしのせいで、命を……何もしてない女の子が、……自分の事の様に辛かった。……でも、恩義に報いる為に……、リア様は、私を……助けてくれたひと、……だから」

 ユーリはその答えを聞けただけで十分だった。

「……初めに戻るぞ。なぜ……姿を現したのか。いや、オレが代わり答えようか」

 そう言うと、女忍者は涙で覆われた顔を向けた。

「あれは、お前の。君自身の意思だったんだな。……せめて、犠牲者が少なくなるようにと。君の良心の呵責だったんだな」
「っ………」

 無言で頷くかなみ。
 彼女には王女は止めることは出来なかった。だからこそ、巻き込まれてしまい、犠牲になる人を、少しでも1人でも多く減らしたかったのだ。だから、忍者としてはタブーとも言える行為。人前に晒し危険を覚悟で忠告をしたのだ。

「君が、君達がしてきた事、それは間違っている。だが、君のその思いは間違っていない」
「う……うぅ……。あぁっ……、わ、わたしは……」
「忍者、失格だな。……キミは優しすぎる。非情になりきれないから」

 ユーリは胸元で泣きじゃくるかなみの頭に手を載せた。落ち着くまで……こうしてあげようとしたのだ。

 ヒカリを介抱しているシィルも一部始終を聞いており、思わず自分も目に涙を溜めていた。

 そして、暫くした後。泣き止んだ彼女は恥かしそうに頬を染める。

「すみません。恥かしい所を……、本当に忍者、失格ですよね……」
「いや、感情は大切にするもの、だ。……必要な時は必ずあるんだから。それも全部含めた修行だって思えばいい」
「……はぃ」

 少しだけだけど、笑みを見せる事が出来ていた。

「そうだ。君がリア王女から受けたと言う恩義が少し気になるな。聞いてもいいか?」

 彼女の本心を聞いた今、目の前の少女が悪人でないのはもう承知だ。心優しい女の子なのだ。でも、そんなコが意志を押し殺してまで、あの悪行に手を貸す。
 ……中々考えられることじゃない。

「……その、リア様は命の恩人なんです。祖国のJAPANに帰れず、大陸を行くところもなく……もう、死ぬしかないのかって彷徨っていた私を、リア様が救ってくださったんです」
「成程……な」

 リア王女、これまでの彼女を見れば、そんな人間だとは到底思えない。だが、生まれながらの純悪などは人間の世界には存在しない。恐らくは環境が彼女を変えたのだと、推察する事が出来たのだ。王族のキナ臭い話は、決して少なくは無い。

 権力争いに巻き込まれる。孤独。考えられる事はいくらでもある。

「オレの知っている忠臣はな……」
「え?」

 ユーリが話しかける。
 昔……一度だけ会っただけのひと?だが。

「間違えたことをしてると判断したら、主君だとしても容赦なく間違えてると言っていたな? 『喝ーーーッ!×3』とか言って」
「え……?」
「言える事は一つただ、盲目に妄信するのではなく、明らかに間違えていると言うのなら、背いてでも正させるのが真の忠臣だとオレは思う。……そんな人が1人でもいたら、……きっと救われる」

 その言葉を聞いた女忍者は再びユーリの胸に頭を預けた。もう、涙はあまり見られたくないようだから。

「まぁ、これからだ。……まだまだ、若いんだからな」
「うぅ……私よりも若そうなのに、凄くしっかりしてる。み、見習わらないと……」
「……それはどういう意味だ?」
「あっ……」

 シィルは思わず顔を上げていた。なんと言ってもユーリだからだ。凛とした表情でも……やっぱりそう見えてしまうのだから。

「え……? だ、だって、ユーリさんって……」
「オレは19だ」
「ええ!! あ、そ、そういえば、マリス様も……」
「ふん……。どーせ、どーせ………」

 いじけてしまうユーリ。
 結局は最後はこんな感じになってしまうのだ! とどこか自棄になりつつ。 

 でも、そんなの見たら可愛いという言葉しか思い浮かばなかった。

「ご、ごめんなさい………」
「ふふっ……」
「シィルちゃん! 笑うなよっ! 本当に気にしてるんだから!」
「あぅ……ご、ごめんなさいっ……」

 シィルは必死に我慢していた。
 この時ちょっぴり、Sの気持ちがわかった気がしていた。

「むぅ……、あ、、あーそうだそうだ。因みになんでJAPANに帰れないんだ? 戻れないって事は、恐らくは抜け忍だとは思うが、捨て駒扱いされたとか、何らかの秘密を握ってしまったとかか?」

 ユーリは話題逸らしをする為にそれを聞いていた。純粋に気になった事と言えばそうなのだ。真面目なこのコが帰れない理由が気になったのだ。

 だけど……、今度は彼女の方がピクリと身体を揺らせていた。
 明らかになにか、言いにくそうにしている。話題逸らしにはもってこいの事だ。

「そ、その……で、…ご…なった……から」
「……ああ、言いにくいんだったら、妄りに言わなくていい。そうだ。誰にでも言いたくないことはあるんだからな」

 そこは同意しつつそう言うが、彼女は意に返さず話をしてくれた。なんとも可愛そうな出来事を。

「その……研修旅行で迷子になって……それで勘違いで抜け忍扱いにされて……、それで帰れなくて」

 その言葉を聞いた瞬間。場の空気が寒くなった気がした。おまけに風が吹いているような気もする。

「……それはそれは、……くくっ」
「笑った!! 笑いましたね!?」
「お返しだ。俺の顔の事で、……ッうぐ。 笑っただろう!?」

 自分で自分の事を言うのは、思いの外、ダメージが大きい。でも、かなみは負けてなかった。

「うっ……で、でも! まだ全然良いじゃないですか! 私のこのドジに比べたら! ぜんっぜん!」
「そんな事無い!! 俺だって、ずっとずっと苦労してるんだ!」

 やいのやいのと言っている二人。
 でも、一番我慢できなかったのはこの2人のどちらでもなく……。

「お、お2人とも落ち着いて……ぷっ……くくっ……!」
「うわぁぁぁんっ!!」
「だから、笑うなーーっ!!」

 ……必死に笑いを我慢しているようで、まったく出来てなかったシィルだった。


 そして、その後。

 女忍者は、ユーリに頭を下げていた。それはおふざけでやっているようには見えない。きちんとした一礼全く乱れていない。

「すみませんユーリさん。私がどんな罰だって受けます。……その代わりに、リア様を許していただけないでしょうか?」

 忍者刀を自身の前に置き……そして 土下座をもしていた。それを見たユーリは。

「はぁ……、何を考えていたのかと思えば。一冒険者のオレに一国の王女を裁くような権利はないだろ? ……でも止めに行ったのは、ランスだから アイツ次第かな。そろそろ ランスの様子を見に行こうか。シィルちゃんはどうする?」
「あ、私も行きます。ヒカリさんはもう大丈夫です。ここのベッドで休ませてもらいましょう」
「そうだな。じゃあ行こう。案内を頼む」
「判りました」

 ユーリと女忍者はランス達のあとを追いかけていった。




~リーザス城 地下~


 リア王女が恐らく逃げていったであろう通路を歩いていた。多少は入り組んではいたが 殆ど一本道だ。なぜならここは逃走用の通路。万が一にでも間違えた道に入り込んでしまったら、本末転倒だからだ。

 そして、更に先へと進むと、埋没遺跡? らしき場所に到達した。

「ここから先も大体は一本道か?」
「はい。その通りです」
「判った。……姿を消して隠れながらついて来てくれ」
「え?」

 かなみは、ユーリが言っている意味がわからなかった様だ。

「まだ、戦っている可能性だってあるし、まだ追いついていない可能性もある。……そんな状態で、オレと君が一緒にいる所は見られたく無いだろ? 全部が終わってから、顔を出して、説得してやってくれ」
「そうですよ。あまり、見たく、無いです。その、仲間割れみたいなのは……」

 確かに裏切ったと思われるだろう。……間違いない。足止めするつもりだったのが、ユーリの傍で歩いているんだから。

「……判りました」 



 そして、ランスはと言うと。

「がははは! リア王女がどうなってもいいと言うのだな? さっさと槍をのけるんだな。うっかり刺さってしまうかもしれんぞ?」
「くっ……」
「ま、マリス……」

 形勢逆転、と言っていいだろう。運良くリアを発見したランスは、リアを羽交い締めにしつつ、拘束し、マリスの襲撃も躱したのだ。

「ランス・チョーーっぷ!」
「ぁぐっ……」
「り、リア様っ!!」
「暴れられると面倒なのでな。眠ってもらっただけだ。っと、動くなよ?? こんな時の為に拘束ロープを持ってきておいて良かったな」
 
 がはは、と笑いながらランスはリアを縛り、手頃な木に結びつけた。勿論、マリスへの警戒は怠らないで。
 リアを人質に取られた以上、何もする事が出来ない。

「がははは。さぁ 言うことを聞いてもらおうか?」
「う……」

 マリスは命令のまま、持っていた槍を捨てた。それを見たランスは更に。

「よーし、全部脱いで、尻を突き出せー!」
「ぐっ……」

 マリスは命令のまま、衣服を脱ぎ去ると、遺跡の岩に手をつけ ランスに見える様につきだした。

「よーし、いい眺めだ。さぁこれからお仕置き開始だー!」

 ランスはそう叫ぶと、ランス自身も全ての衣類を脱ぎ去り、後ろからマリスに抱きついた。そのまま、乱暴にまだ準備が全く出来ていないマリスの秘部に出し入れを続けるランス。

「んん、あっ……やっ……。ぐっ……ああっ!」

 突かれる度に、淡く声を上げてしまうマリス。

「がはははー! 抜かずの3連発は覚悟しておけよー!」

 そのまま、ランスはマリスの身体を嬲り続けるのだった。


 宣言通り、3度、ランスは皇帝液と称するモノをマリスの中に吐き出すと。

「えがった……」

 流石に3度連続はつかれたのだろう。軽く力を抜く。

「がははは、演技だとは思うが、感じていたな? まぁ、後半は濡れてきていたから、身体は反応していた様だが」
「わ、わたしは、そんな……。あんなこと、されて……」

 マリスは顔を手で覆って、嘆く様な仕草をしていたが、ランスには通じない。今までしてきた所業と比べたら、どれば楽な事だろうか。
 その時だ。

「ま、マリス……」

 ランスとの情事のあと、リアは目を覚ましたのだ。

「む? 目を覚ましたのか」
「リア様っ!!」
「むおっ!!」

 力なく、倒れていたと思っていたマリスが、まるでバネじかけの様に顔をあげると、ランスを押しのけた。 軽く力が抜けてしまっていたランスは、マリスの力でも、押しのける事ができ、素早く石を拾ってランスに投げつける。

「いでっ!!」

 ランスの顔面に石がヒットし、ひるんだ所で、地に落ちた槍を手に持ち、リアを縛っている縄を立ち切った。

「リア様、お逃げください!」
「っ……!」

 リアは、マリスを一瞥したあと、ドレスの裾を掴んで駆け出した。

「あ、こらー! 逃がさんぞ!」
「あなたの相手は私です! 丸腰のままで、避けられるか!?」

 槍を構えるマリスと、マリスの言う通り、完全な裸であるランス。更に武器に至っては、マリス側にある。

「ぐ、くそ!」

 身を守るモノが何もない状態。流石に素手で魔法や槍を使うマリスを相手にするのは無理があるだろう。 マリスが迫ってきたその時だった。

「何やってるんだバカ」

 マリスとランスの間に、人影が割って入ったかと思えば、その迫る槍を受け止めていた。

「っっ!!」
「ち……、王女が逃げるな。ランス。止めておいてやるから、さっさと追え」
「ら、ランス様っ その、服と剣です……」

 シィルも慌てて傍へとやってきた。

「遅いではないか、こら!」
「助けてやったんだから、文句言うな」

 シィルから装備を受け取り、さぁ王女を、としたとき、マリスは素早く掌を翳した。

「ッ! 順番シャッフル!!」

 ランスとシィル周囲の時間が狂っているかの様に、シィルやランスは動きが遅く、そして、リア王女は素早くなった。

「厄介な魔法を使えるんだな。攻撃用神魔法か」
「まだ……まだです。貴方の相手をするのなら、これを使わざるをえない! ――――ヒーリング9!!」

 マリスがそう唱えた瞬間、彼女の身体に異変が起きた。

「えっ!」
「ま、マリス様っ!!」

 シィルと、そして離れて隠れて見ていたかなみが驚きを上げていた。
 マリスは、通常のヒーリングの様に傷が治っていく、のだが、それだけではない。身体のあちこちが、奇妙に盛り上がり始めているのだ。

「ヒーリング9は、回復しすぎて身体をおかしくしちゃう魔法ですよ! こ、こんなの……!」

 女とは思えない形相と身体付きとなったマリス。さっきまでの綺麗とも呼べるその身体ではなくなっている。

「ちっ……、力も超人級だな」

 鍔迫り合いの最中、僅かずつ、ユーリが押されたのだ。

「リア様ノ、元ニは、行かせナイ!」

 目も赤く染まり、宛ら悪鬼とも呼べる様な姿に成り果ててしまうマリス。

「ランス。……任せろ。さっさと行け」
「そ、そんなユーリさん1人では。その魔法は、おかしくしちゃうけど、全ての力が、強制的あがります。上がりすぎる魔法です、なのに……」

 シィルが心配して、ユーリを見ているが、ランスがシィルを叩く。

「馬鹿者、アイツができると言ったんだから、オレ様達は先に進めば良いのだ」
「そうだ。ランスの言う通り、だ。……心配しなくていい」
「ふん。ガキじゃないのなら、証明してみろ」
「一言余計だ! が、気合は入ったわ!」

 ぎぃん! と大きな金属音を発生させながら、強化されたマリスの槍を押し返した。

「グッ……!」

 だが、身のこなしも常人を遥かに超えている。忍者であるかなみのそれよりも速い。

「しマつすル!」
「………やってみろ」

 ヒーリング9で強化をしなくても、優秀な術者であるマリス。それが強化されたのだとすれば、その力は未知数だろう。間違いなくリーザスで戦ってきた中でも最強の相手だ。

「ふっ……」

 ユーリは、僅かながらに笑っていた。

「まだ、出てくるな! 今のマリスは見境がない。 殺される」

 マリスの槍を何度も躱し、時にはいなしながら、ユーリは叫ぶ。

「何ノ、コトだ」
「こっちのコトだ」

 ユーリは、一切攻撃をせずに、マリスの攻撃を只管躱し続けた。

「コ、ノ!!」

 マリスは、思考までも狂ってきていても、当たらない状態に苛立ちだけは隠せられなかった様だ。もう、数にしてフタ桁を超える回数の攻撃を放ったのだが、最初の鍔迫り合いの中、押し込めた時しか、感触が全くない。

「……ただ、力だけをあげただけで、オレに勝てると思っていたのか?」

 躱す度に、聞こえてくるユーリの声。狂ってしまっている筈なのに、その言葉は、心に突き刺さる。 まだ、かろうじて残っている理性の中にも。

「盲目に、リアに従い、数多くの命を奪ってきたと言っていい、マリスは当然許されるものじゃない」
「……ッ」

 マリスの表情が歪む。だが、それも。

「ダマレ。リア、リア様の、タメに……」

 マリスは、槍で、ユーリの頭を狙う。……が。その一撃を頬を霞める程度の、最低限度の動きで躱すユーリ。

「こ、コレハ……!」

 懐にまで接近された瞬間、マリスは思い出していた。

 コロシアム準決勝。

 あの異国の戦士を倒した目にも止まらない連撃を。

「煉獄・乱閃」

 槍で防ぐコトも叶わない。そして、マリスはランスに嬲られた時のせいで、身体を守る衣類を一切つけていない。マリスの身体を守るのは、異常強化された肉体だけ、だ。
 だが、その肉体も意味を成さなかった。

「あぐっ! グガッ……!!」

 無数の連撃を受けたマリスは、身体がくの字に折れる。そして、まるで糸の切れた人形の様に倒れふしてしまっていた。

 そして、ヒーリング9の効果時間が切れたのだろうか、その身体は元に戻って言っていた。……その傷も。

「………」

 ユーリは、剣を肩に担ぎ、ゆっくりとマリスに近づいていく。その時だ。

「ま、待ってくださいっ……、お、お願いします」

 かなみが、現れた。マリスの身体に覆いかぶさる様にし、彼女を庇う仕草をするのだ。

「マリス様も、私の恩人なんです。わ、私はどうなっても……っ」

 虫のいい話だと言うコトは判っていた。マリス自身も殺す気で攻めたのだから。そして、自分も同様に。
 目をぎゅっと瞑りながら、かなみは マリスにしがみつき続けた。

「……勘違いをするな」

 ユーリは、そんなかなみを見ながら、ゆっくりとした動きで道具袋から、予備のプレラン・フードを取り出す。

「はぁ、これでもう予備は無いな。後で請求するからな?」

 ユーリはそう言うと、裸になっているマリスの身体に掛けた。

 その感触と、かなみのしがみついている重みで意識を取り戻したのか。マリスは手を伸ばした。

「ま、まって……、王女を、リア様を……、許して、あげて…… 優しい、優しいかた、なんです…… こ、こどもの頃は、ほんとうに、お優しくて、虫も殺さない、ような……」
「なら、何故今ああなった? ……大体察しはつくが、王族独特の事情、といった所か」
「は、はい…… リア様の心は、お心は、壊れて、いるんです……」

 マリスは、ユーリから受けた攻撃のダメージが残っている身体で、必死に続ける。

「ずっと、ずっと……、ご兄弟と、幼少の頃から、継承権の問題で、争い続けて……」

 そこから更に続く。


 今のリアになった最大の切欠。
 それはある時、仕えていたメイドが、リアが飼っていたイグアナをこっそりいびって殺してしまったコトにあった。
 それを知ったリアは、同じ目に遭わせる。と言って、厳しく責めて、それ以来エスカレートしていったとのコトだった。

「………」
「だから、どうか……どうか……」

 マリスは必死に顔をあげて、懇願をしていた。そんなマリスを見て、ユーリはゆっくりと手を上にあげた。
 そして、あげた手を一気にマリスの頬に向かって叩き落とした。

 ぱちーん、と言う音が周囲に響く。

「本当のリア王女を知っているのなら、何故、今みたいに『間違っている』と正してやれなかったんだ」

 険しい表情のままに、ユーリはマリスを見た。

「良くも悪くも、環境は人を変える。本当にリアを大切に想っているのなら、一緒に堕ちるのではなく、時には、その横っ面を思い切り弾いてやれ! 全てを肯定し、どんな事でも従うのが本当の忠誠ではない。……助けてやれるのに、助けないのは、それだけでも罪だ」
「ぁ………」

 マリスは、叩かれた頬を手で沿え……ユーリの言葉を噛み締めていた。

「……これを使ってやってくれ」
「あ、は、はい!」

 ユーリは、持っていた回復アイテムをかなみに渡した。そして、かなみもゆっくりとマリスに与える。

「……かなみ、なんで、貴女が……」

 この時、漸くマリスは、横にかなみがいる事に気づいた様だった。

「……私も、怒られてしまいました。ユーリさんに」

 かなみは、そう言い、マリスに回復のアイテムである元気の薬を与えていた。

 そして、暫く休息をとり、マリスの意識もはっきりしだした時だ。マリスはゆっくりと頭を下げた。

「ユーリ様。本当に、返す言葉も、ありません。……私は全てはリア様の為にと今まで行動をしてきました。全てを肯定してきました。どんな事でも、リア様を……。ですが、そのせいで、歪んでしまったんですね。私は勿論、リア様も。……愛するという事はそれだけじゃないはずなのに。判ってるつもり、だったのに。……全ては私、私が元凶です」

 表情を歪めながら、告白を続けるマリス。

「……私が一番傍に、リア様の傍に仕えていたんです。私が、間違いを正してあげなければならなかったんです」

 後悔するマリスだったが、その役目を託すのには酷というものだった。聞けば彼女はリアより歳上だが、その数は7つ。妹の様に見てきたのだろう。その為か、強く言いつけることが出来なかったんだ。


――……今回の真の元凶はいないと言えるかもしれない。


 これまでに命を落とした女の子達には本当に申し訳ない。なんにも悪くない理不尽なままに命を絶ってしまったのだから。

 だが、幼い頃からの環境で時間をかけて歪まされたリア王女。
 彼女の行いは許される事ではないが、彼女もまた……被害者のひとりなのかもしれないのだから。

「……ランス、次第だな。今後どうなるかは」
「……その、大丈夫なんですか? あの男、いきなり私の身体を要求してきた男です。それに、さっきはマリス様を……。正直、リア様と2人にさせるのは、更生どころの騒ぎじゃない気が……」
「………」

 至極まともな意見がかなみからやってきた。ここでそれを言われるとは思ってなかったし、本当の最後の敵と思っていたマリスをも、止めるコトが出来たから、あまり考えていなかった様だ。

「って! 何で顔逸らすんですか!!」
「その、行ってみてのお楽しみにしておけ」
「そ、そんなの 全然、楽しめませんよ!!」
「でもまぁ……、ラベンダーとの話しを聞いている時のランスは真剣だったからな。見た事も無いくらい。それに、マリスともやったんだろ? なら、……大丈夫だろう……多分。」
「多分!? 多分ってなんですか!!」
「……とりあえず、行きましょう。リア様はこの先の湖のほとりに隠れている筈ですから。」

 マリスは、2人の言い合いを何処か楽しそうに見ていたが、今は急がなければならない為先へと進めた。

 そして、数分後。長い地下通路を抜けることが出来、日の光が射し込んできた。その先にはマリスの言うように大き目の湖があったのだ。

「「リア様っ!」」

 2人は一目散に駆け出したが、見当たらない。


 だが……。

『あ……う……』

 何処からかとも無く声が聞こえてきたのだ。

「リア様の声です!!」
「あっちだな?」

 耳のよさは隠密を生業としている彼女が一番良い。だから、直ぐに場所を突き止めて向かった。

 ……だが、そこで広がっていた光景は。


「は、ふぁい……、はんせい、してます……」
「がははは!! そうかそうか、それなら、また中でぶちまけてやるぞ。嬉しいか!」

 それは、湖をバックに盛大にヤッている姿。お仕置きと称したリア王女とランスの姿だ。もう殆ど虚ろな様子だったが『反省』と言う言葉を訊けただけでも良いだろう。
 ……勿論、ユーリは、だが。


「は……」

 マリスは、一瞬ナニが行われているのか理解するのに時間がかかっていた。そして、理解した瞬間に……。

「はうぅぅぅぅ……」

 糸が切れた人形の様に崩れ落ちていた。

「ま、マリス様っっ!!」

 それを急いで抱えあげた女忍者。もう少し遅ければ頭から落ちていたかもしれないから、ファインプレイだろう。

「や、やっぱり! ユーリさん分かってましたね??アイツと一緒になったらどうなるか、絶対に判ってましたね!?!?」
「さぁ……どうだろうな」
「ちょっとーーっ! 今度は私の目、見てくださいよ!!」
「良いじゃないか。……彼女も反省したって言ってるんだし。ほら、今は『ありがとう、ございまひゅ』って」
「何処が良いんですか! 女の子をこんなに乱れさしてぇぇ!!」

 ランスにとってはどんな地位を持ってる者でも関係無いのだろう。

 それが平民でも、奴隷でも、王女でも。平等にする。ある意味は、リアの理解者になってくれるのかもしれない。

「あんなのが理解者になるわけないじゃないですかぁぁ!!」
「落ち着け、誰にツッコミを入れてるんだ」

 テンパってしまうかなみ。主君のあられもない姿を目の当たりにして落ち着けという方が無茶だ。その間もピンク色の宴は続く。

「がはははは! それなら、これで最後にしてやろう! 嬉しいか? ファイナルあたぁぁぁぁっく!!」
「ん、ぐっ……ふぁ、ふぁい」
「いくぞーーー! しっかり受け止めろよー!」
「ふぁい……」

 盛大にしている。
 普通はこんなの見せられたらこちらも欲情しそうになるのが男の性だが、生憎、ランスとの付き合いは少々ある。相手が相手だから驚いたが、行為自体は、まぁ……見慣れた光景なのだ。

「ほら、あれはあれで、良いんじゃないか? 最後だって」
「全然、よくなぁぁぁぁい!!!」

その泉のほとりに、リアの喘ぎ声、そしてかなみの絶叫が木霊していた。









数日後



~アイスの町 ランス宅~


 あの後だが、リア自身が納得? した上での性行為だった為、他のマリスやかなみが怒ったとしても、文句はもう言えず、そのままランスは睨まれているのを尻目にアイスの町へと戻ってきていたのだ。 
 そもそも、今までの所業を考えたらあの程度で許してもらえた、と考えれば良いだろう。命を奪われてもおかしくない事態だったから。

 そして、勿論ヒカリは家へ送り届け キースから今回の報酬を受け取った。
 報酬全体額は50,000GOLDその内の3分の2、6割強がランスとシィル。即ちランスの下へとくる。

 その額は計33,333OLD。

 ユーリは、『そんなハンパ額は数えるのが面倒だ』と言い、きりが良い34,000GOLDをランスへと渡したのだった。


 その日の夜はシィルと共に風呂に入っている。
 ただの風呂じゃない。湯の変わりにGOLDで敷き詰められている風呂。超贅沢な風呂に入っていたのだ。

「がははは!!! 大もうけだ!これで、当分は遊んで暮らせるぞ! がははは!」
「ひゃんっ!ランス様……、このお風呂痛いです」
「む!? 文句を言うんじゃない!……と言いたいが、確かに痛いだけだな。もうこれっきりにしておこう」

 シィルとランスの言い分も最もだ。
 金属を敷き詰めただけだから、丸みを帯びているGOLDとは言えそれなりに痛い。……と言うか、完全にGOLDの風呂だけじゃなく、湯を張り、その中にGOLDを軽く入れるだけでよかったんじゃないか?と思えるが、ランスはこれがしたかったようだ。

「良かったですね、ランス様。それにしても、こんなに分け前をくれるなんて……、とても良い人でしたね」
「……ふん。あのガキ。……ユーリか」

 ランスは一枚のGOLDを弾きながら呟く。オレ様の邪魔もせず、戦闘も使え、且つ金払いも良い。アイテムが切れた時など重宝できる男とも言えるだろう。……兎も角、手を組めばそれなりに楽が出来るし、報酬も早く手に入る。いなくても良いがいても邪魔にならん男。それが、ランスのユーリに対する今回の仕事での評価だ。……思うところはあるようだが、決して考えないようにし且つ決して口になんかださない。

「おう! そうだシィル。お前も少し、ほんの少~~しとは言え活躍したのだ。お前にも服を買ってやろう」
「本当ですか! 私、外出用のお洋服が欲しいです! おしゃれなお洋服が!」
「ふむ。ならば、スケスケのネグリジェ、スケベ下着、超ミニスカートをお前の為に買ってやろう! がはは!」
「ぁぅ……、ありがとうございますぅ……」

 その一式を買ってもらったとしても、ランスとのH用にか使われないであろう服に悲しげに俯いてしまうシィル。外出用の洋服は当分はお預けのようだ。
 この時、ランスに今朝届いた手紙の事を思い出し、とててて、と早走りに持ってきた。

「そういえば、ランス様にお手紙が届いてましたよ?」
「なに?成程、この超英雄のオレ様だ。ファンレターかラブレターが届いたのだな?」
「ええっと……、お城からのお手紙みたいですね。リーザスのマークが記しています」
「……城だと?」

 ランスはシィルから受け取った封筒を開いた。封筒を開けたその時、……何故だかこの時若干悪寒が走っていた。

 手紙の差出人はリーザス王女のリアからだった。



~親愛なるランス様~


――…我が王家には、初めて交渉をしたものと結婚をしなければならないと言う代々の慣
   わしが有ります。それに従いあなたには責任を取って私の伴侶となって頂きます。
   では、これより直ぐにあなたの所に嫁がせていただきます。

                     リーザス王女リア・パラパラ・リーザス




 それを最後まで読みきったランス。その顔からは血の気が引いていた。
 自分はまだまだ結婚などするつもりは毛頭無い。何より、世の中の女は全て自分のものであり、1人に縛られる事自体ゴメンなのだ。

「………」
「あの……ランス様?」

 シィルが固まっている恐る恐る声を掛けると…、ランスは直ぐに立ち上がった。

「い、いかん。逃げるぞ! シィル!」
「は、はい!でもこのGOLDのお風呂はどうするのですか?」
「全部集めてる暇など無い。出来るだけ持ってだなっ……」

 シィルに指示をし、GOLDも持って行こうとするが、時は既に遅しだ。家の扉からドンドンとけたましいノックの音が聞こえてきて、更に声も聞こえてきた。

「ダ―――リンっ! 開けて――!! リアが嫁いで来たの! 開けて――!!」
「リア様……、リア様に想い人が出来るなんて……良かったですね」

 共にいるのはマリスだろう。
 最初こそ、ランスの行為に憤怒の意思だったが、今は違う。リアの心の孤独を癒してくれた男性であり、リアの愛する人へと変わったからだ。

 だが、そんな事、ランスにとっては迷惑極まりない事。

「GOLDは持って行ったら走りにくい、全部置いていけ! 逃げるぞシィル着いてこい!」
「は、はいっ……! ランス様、どこへでも!」


 こうして一つの大きな事件は幕を閉じたのであった。





~この事件を皮切りに、歴史の歯車は回りだしていく~










~アイスの町 キースギルド~



 ユーリはキースギルドに顔を出していた。
 報酬は貰ったが、一応他の依頼内容を確認する為だ。

「おいおい……。お前さんあんなでけぇ山片付けたのに、さっそく仕事に行く気か?」
「いや、ただ確認をするだけだ。特に急いでいくつもりはない」
「やれやれ、根っからの仕事人だな。女房が出来たら泣くぜ? 泣かすなよ」
「んな存在いねーっての! と言うか、勝手にオレの写真を使うんじゃない! 何でカウンターに置いてるんだよ!」
「お前がギルドの顔って言ってもいい存在なんだからよ。ラークとノアもそうだが、文字通り頭ひとつ飛びぬけてる。使わせてくれよ。ウチの宣伝にもなる」
「断る! 却下だ! 続けるなら燃やす! 断るならギルドごとだ!」
「わーーったわーーった」

 苦笑いするキース。これは彼のユーリをからかう時の笑みだ。目の前の男は絶対に悪くない容姿なのだと思えるが、あちこちで色々とあってから、頑なに信じられないようなのだ。ランスとはまた違ったからかいかたが出来る存在と言えるだろう。

「おめーの結婚式ではたんまりエピソード聞かせてやるからな? 友人代表で頼むぜ」
「絶対却下だ」
「あら。私もですか?」
「う……ハイニさんまで。と言うより、オレにはそんな相手はいない! だーもう。今日は帰るからな!」

 ユーリはそう言うと、ぷんぷんと怒りながら出て行った。

 残ったのはハイニとキース。2人は、笑いあっていた。

「本当に可愛いですよね。ユーリさんって」
「まーな。からかい甲斐があるってもんだ。だが、あんま思い込んでるからよ? アイツの事真剣に好きって想ってるヤツは泣くだろうな。なかなか伝わらねーんだし」
「ふふふ……。それもまた青春でしょ?」
「ああ、まぁな」

 今日は特に笑う話題が尽きない日であった。





~アイスの町近辺 街道~


 ユーリは1人街道を歩いていた。特に消耗している事も無いから、次の仕事に行くつもりだったが、思わず受けずに飛び出てしまったのだ。……彼を一番からかっているのはキースなのかもしれない。

「ったく、キースのヤツ。……暫く仕事やらないでやろうか……?」

 逆に嫌がらせを考えようとする程のようだった。だが、いつもの事と言えばいつもの事だ。気にしていてもきりが無いから直ぐに表情を元に戻していた。

 また、依頼に行く為。

 力をつける為。

 自分の目的の為。

 まだまだ、足りないからだ。 幾ら力をつけても、まだまだ……。




 その時だった。
 風がすっと舞っているのがわかる。今日は快晴の日。風も心地良く頬を撫でており、気分も心地良い。

「ふぅ……そこにいるんだろう?」

 ユーリは、足を止め、街道にある並木の1つの上を眺める。そこには人影があった。その影は素早く動くとユーリの傍へと降り立っていた。

「流石、ですね。ユーリさん」
「良いのか? 王女側近で、忠臣である君がこんな所にいて」
「そ、そんな……、私はまだまだ修行中の身です。それに大丈夫。リア様は傍におられます」
「……王女が? 何でこんな辺鄙な場所に?」
「それはもう少ししたらわかりますよ。……ほら、アレです」

 彼女が指差す方向をユーリは見た。……と言うか見るまでも無かった。姿より、叫び声の方が先に届いたからだ。

「待って―――!! ダ――リンっ! 愛してる―――っ!!」
「だぁぁぁ!! オレ様は結婚なぞせんぞ―――!!!」

 その姿は、男がパートナーを引き連れて全力で逃げており、その後を王女と侍女がこれまた全力で追いかけている姿。リアは、純白なウェディングドレスを羽織っていると言うのに、走る速度が凄く速いのも驚愕だ。

「………成程な。生まれて初めて叱ってくれたのがアイツだ。……でも極端すぎると想うがな」
「……畏れながら同感です」

 かなみも頭を痛めているように抱えていた。

「しかしまぁ……、似たような話題を……」
「っっ!!」

 そのユーリの言葉に驚きを隠せられなかった。

「ひょ、ひょっとして……ユーリさんもご結婚を?」
「ん……?? そんな訳無いだろう。色々とギルドで言われたんだよ。……オモイダシタクナイカラ ヤメテクレ」
「あ……。(なるほど。……ほ。)」

 何処かほっとしている様子の彼女。ユーリは向きなおすと本題に入っていた。

「それで? 後を追いかけなくて良いのか?」
「あ、はい。直ぐにおかけます。でもその前に、どうしてもユーリさんに一言お礼が言いたくて」
「……礼か。俺は思った事をしただけだ。自分に正直に、そして自由に。それが冒険者の醍醐味だからな。勿論グレーゾーンはあるから、その辺りは弁えている」
「あはは……。それでも言わせてください」

 すっと、ユーリの目を見た。決してそらせたりはしなく、真っ直ぐな瞳で。

「私はユーリさんに救われました。……ユーリさんの言葉を胸に、真の忠臣と呼ばれる様に、これからも尽くしていきます」
「そうか……。だが、次同じような依頼があったら「大丈夫です。」……ほう」

 ユーリの言葉を遮る。その表情は自信に満ちているのがわかった。その先の言葉は聞かなくても良いと思える程に。

「万が一でもその様な事になったら……、私が、私とマリス様が、戻します。戻しますから」
「ふふ。安心した」
「はいっ! っとと、それでは!!」

 笑い合う2人。だが、ゆっくりしていられる時間は短い。あの4人の足は思いのほか速く、もう相当遠くになってしまったのだ。流石に離れすぎるのはマズイし、真の忠臣を目指すのに、それでは駄目だから。

「ああ、そうだったな。待ってくれ」
「はい?」

 ユーリは彼女を呼び止める。もっと早くにしておけばよかった事を問いかける。いや、違う。改めて……だ。

「名前、まだ聞いて無かったし、オレ自身から名乗って無かったよな。オレはユーリ・ローランドだ」
「あっ……///」

 そのニコリと笑った顔。とても輝いて見えた。自分の事をひとりの女の子として初めてみてくれた異性であり、救ってくれた恩人であり……そして。

「私、かなみです! 見当かなみです!」



――……初めて見惚れた相手だから。好きになった人だから。


 満面の笑顔を向けてくれるかなみ。
 さっきまでからかわれており、気分的にはマイナスだったのだが、それを吹き飛ばす程のものだった。手を振り見送るとユーリは再びキースギルドの方へと向かう。


「……次はさっさと依頼を受けるか。こんな日はやっぱり身体を動かした方がいい」

 そう言うと、草木が囀る街道の道を再び引き返していった。  
 

 
後書き
〜人物紹介・再度〜


□ リア・パラパラ・リーザス

Lv2/20
技能 政治Lv2

リーザス王国の王女。気品溢れ、美しい女性だが、その裏では若い少女を誘拐させて虐めを起こしていた。つまり今回の誘拐事件の真の黒幕。
だが、ランスとユーリの2人組みにより、陰謀は暴かれ、ランスによってお仕置きと称しヤられてしまう。
その後、初めて叱ってくれたランスにすっかりと惚れ込んでしまった為、今ではランスの事をダーリンと呼び慕っており、執拗に追いかけているとか。

……ランスは1人の女に縛られる気が無いと逃げ回っている模様。


□ マリス・アマリリス

Lv25/67
技能 神魔法Lv2 政治Lv1 メイド Lv1

7歳の頃からリアに仕えている筆頭侍女。しかし、実際の所はそれ以上の権力を持ち、頭脳も随一でリーザス王国の政治を司っている陰の実力者である。
……が、その裏では実はかなり腹黒でおっかない人であり、リアを妄信している為、リアがする事は何でも正しいとし、不利益な者は排除すると言う考えも持っている。

今回の件で、ユーリの言葉と平手打ちに感銘を受け、以前程ではなくなったが、まだまだ リアLOVEなのは相変わらずであるが、間違った道へは行かせまいとしてはおり、リアの幸せは自信の幸せと言う程で、それを心から願っている。基本的にリアやかなみ以外の人間を信頼する事は無いが 今回の件でそのメンバーにユーリとランス(リアが好きな為)が追加されたようだ。

……余談だが、この年齢で、学園の女子生徒に化けるのには無理がある筈なのだが、誰も口に出してはいえなかった模様。


□ 見当かなみ

Lv14/40
技能 忍者Lv1

リーザス王女リア直属の女忍者。赤い忍者装束と紫色の髪が特徴で、マリスと並ぶリアの忠実な側近……なのだが、実際の所は、リアにもマリスにも逆らえない個人的なパシリなのである……。本人は、不本意にも抜け忍となってしまったところを救ってもらった恩義に報いる為、と従い続けてきた故に、実態には気づいていない様子……
っとと、今は違う違う。
マリス同様にユーリの言葉に救われたひとりであり。そこから、少しずつではあるが、自分自身の意見を言えるようになる。
真の忠臣を目指す傍ら、ひとりの女の子として見てくれたユーリの事を想い続けている。

……だが、第一印象でユーリが気にしている事をズバリ言ってしまったコト、そして敵として高激してしまった事もあり、出だしは最悪だと非常に後悔している。

 
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