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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百三十七話 陰惨な真実



宇宙歴 796年 12月 31日  ハイネセン  ホワイトユニコーン  ミハマ・シェイン



「随分と慌ただしい一年だったわね、シェィン」
「そうだね、でもそれも今日で終わるよ」
姉さんが氷の入ったグラスを軽く揺らしている。俺と姉さんはシングル・バレル・バーボンをオン・ザ・ロックで飲んでいるんだがシングル・バレル・バーボンって何だ? 俺には良く分からん。姉さんが選んだのだけど結構酒にはこだわりが有るようだ。意外では有る、知らなかった。

ヴァレンシュタイン委員長はサングリアを少しずつ、ゆっくりと飲んでいる。アルコール度の低いわりと甘口のカクテルらしい。度数の高い物は酔いが回るから飲まないと言っている。委員長はあまりアルコールは強くないようだ。カラカランと氷がグラスにぶつかる音がした。良いね、軽すぎもせず重すぎもせず透明な感じのする音だ。自然と頬が緩んだ。

ホワイトユニコーン、俺達姉弟とヴァレンシュタイン委員長が飲んでいるこの店はハイネセンでもかなりの老舗で有名だ。自由惑星同盟の建国前、ロンゲスト・マーチの時代に宇宙船内に有ったバーが始まりというのが店側の主張だけど本当かどうか分からない。伝説みたいなものだろうけど事実ならなんとも楽しい話だ。

それだけに店の中は結構重厚で荘厳な感じがする。室内に流れる音楽もクラッシックだし客も飲んで煩く騒ぐような奴は居ない、皆静かに談笑している。酒を飲む事だけじゃなく雰囲気を楽しむ店なのだろう。ヴァレンシュタイン委員長が帝国にある高級士官専用ラウンジ、ゼーアドラーに雰囲気が似ているかもしれないと言っていた。結構カップルもいるな、俺も彼女が出来たら連れてこようかな。お洒落だと喜んでくれるかもしれない。

それにしても姉さんにも困るよな、この間はデロリアン委員、そして今日はヴァレンシュタイン委員長。姉さんにとっては同僚、直属の上司で気安いんだろうけど新米少尉には大物過ぎるよ。いきなり呼び出して“飲みに行こう”、それで店に来たら
ヴァレンシュタイン委員長と一緒なんだから……。トホホだよ。

それにしても委員長、本当に若いよな。俺と殆ど変らないんだから……。これで政府の重要人物って溜息が出ちゃうよ。周囲も委員長には気付いていない様だ。或いは知らない振りかな、この店なら有りそうだ。
「どうかしましたか?」
ヤバイ、本当に溜息が出てしまった。
「あ、いえ、その、帝国軍はイゼルローン要塞の反乱を本当に鎮圧出来るのかなと思いまして」
委員長が姉さんと視線を交わしクスッと笑った。

「鎮圧部隊は既にオーディンを出立しイゼルローン方面に向かっています。予定では年明け早々にイゼルローン要塞の反乱は鎮圧されるはずですよ」
本当にそうなのかな、イゼルローン要塞だよ? 姉さんを見たけど美味しそうにバーボンを飲んでいる。姉さんも委員長と同意見なのだろう、でもなあ……、どうにも信じられない。

「でも帝国の宇宙艦隊は再建途上にあると聞きました。精鋭とは言い難いんじゃないでしょうか。イゼルローン要塞を攻略するのはかなり難しいと思うんですけど……」
俺だけじゃない、皆が言っている事だ。委員長が軽く笑って一口サンゲリアを飲んだ。またカラカラと氷の音がする。

「そんな事は有りません。今、帝国軍宇宙艦隊の中核を占める指揮官達はいずれも名将です。彼らならイゼルローン要塞攻略を失敗する事は無いでしょう」
え、そうなの? 連中が名将揃いだなんて聞いた事ないんだけど。大体名前も知らないんだよな、俺。

知っているのは宇宙艦隊司令長官のオフレッサー元帥と総参謀長のミューゼル大将くらいだ。それにオフレッサー元帥って元は装甲敵弾兵、つまり地上戦が専門だろう、宇宙空間での戦闘なんて出来るのか? とてもそうは思えないんだが……。俺の思いが分かったのかな、委員長が苦笑を漏らした。

「私は帝国に居たから彼らの事を良く知っています。若い所為で実績が少ない、そのため過小評価されていますが彼らは危険なほどに有能ですよ。過去の帝国軍の指揮官とは明らかに違う。私は彼らと戦争したいとは思いません」
う、凄い評価だな。ヴァレンシュタイン委員長が生真面目な表情をしている。姉さんは無表情だ。嘘じゃないみたいだがそれでも疑問は有る。

「ヴァレンシュタイン委員長は三個艦隊、四百万人以上の損失が出ると仰っていましたけど……」
委員長が頷いた。だよね、だとすると帝国軍にだってそれくらいの損害が出てもおかしくない。今の帝国軍ってそんな損害を出しても大丈夫なのか? 再建途上だよな。

「要塞が一つに纏まっていれば、そして有能な指揮官が率いていれば、そのくらいの損失は出てもおかしくは有りません」
あれ? じゃあ纏まっていなければどうなるの? 指揮官が馬鹿だったら? そこまで損害は出ないって事?

「そうはならないと御考えですか?」
ナイス、姉さん。知りたい事を訊いてくれた。
「多分、そうはならないでしょう。イゼルローン要塞の反乱勢力は要塞の難攻不落を信じてただ要塞に籠っているだけです。戦略も展望も有るとは思えない、感情の趣くままに反乱を起こした、そんなところでしょう。有能とはとても言えません」
委員長がサングリアを一口飲んだ。そして俺を見て軽く笑みを浮かべた。ちょっと怖いな、委員長。

「もし、彼らに戦略が有るなら要塞に籠ったりしません。あれでは籠城と同じです。まあそういう方法が無いわけでも有りませんが……、籠城を成功させるには必要な条件が有ります、それが何か分かりますか?」
委員長が俺と姉さんに質問してきた。

姉さんが俺を見る、あんたが答えなさい、そんな感じだ。勘弁してくれよ、士官候補生に戻ったみたいだ。
「……援軍でしょうか?」
「その通りです。イゼルローン要塞が難攻不落と言われたのは増援が有った事が大きな一因としてあります。しかしイゼルローン要塞の反乱軍には味方が居ません、そして彼らは味方を募ろうともしない。とても有能とは言えませんし展望が有るとも思えない」

なるほどね、確かに有能とは言えない、展望も無いようだ。それにしても間違った答えを言わなくて良かった……。
「孤立した状況での籠城戦は圧倒的に不利です。非常に有能でカリスマ性のある統率者でも居れば別ですがそうでなければ脱落者や裏切り者が出るでしょう。とてもではないが一つに纏まっての抵抗など出来ません。古来籠城戦においては味方の裏切りや逃亡者の続出が勝敗を決める事が多いのです」

うーん、そういう事か。あれ? ていう事はだよ、同盟軍が攻めても碌に抵抗出来ずに終わる可能性も有るんじゃないの? 議会にはとんでもない被害が出るなんて言ってたけどあれは嘘? 思わずまじまじと委員長を見たら委員長が薄らと笑った。やっぱり怖いよ、この人。

「有能でカリスマ性のある統率者が反乱軍を率いている可能性も有りますよ」
「はあ」
何で俺の考えていることが分かったんだろう。姉さんに視線を向けたら姉さんは笑みを浮かべてバーボンを飲んでいた。何時の間にかドジな姉さんが怖い姉さんになっていた。虎と狼と兎みたいだ……。



帝国暦 488年 1月 10日  イゼルローン回廊  ガイエスブルク要塞  ヘルマン・フォン・リューネブルク



俺とケスラー中将がガイエスブルク要塞の司令室に戻るとオフレッサーとミューゼルの二人が物問いたげな表情で俺達を迎えた。
「イゼルローン要塞からの逃亡者で間違いないようです」
俺が答えると二人が顔を見合わせ“他には”とオフレッサーが言った。俺がケスラー中将に視線を向けると彼が一つ頷いてから話し始めた。

「要塞内は酷く混乱しているようです。降伏しようという者、徹底抗戦を叫ぶ者、様子を見ようという者……、逃亡者は三つ巴になっていると証言しています。イゼルローン要塞を短兵急に攻めるのは待った方が良いかもしれません。逃亡者が続けばより詳しい要塞の状況が分かるでしょう。それに場合によっては降伏という事も有り得ます」
「そうか……」

オフレッサーは面白くなさそうだ。ミューゼルは一安心といった表情をしている。オフレッサーは要塞内に突入する事を楽しみにしていた。それが降伏するかもしれない、少し待てと言われて面白く無いのだろう。そしてミューゼルは要塞内が混乱するのはもちろん嬉しいだろうがオフレッサーの要塞突入が取り敢えず無くなった事に一安心といったところだ。ミューゼルはオフレッサーの事を無茶をする父親の様に感じている。

イゼルローン回廊に入った直後、反乱軍の接触を受けた、十隻程の駆逐艦だった。政府が討伐軍を送ると見込んで哨戒活動をしていたらしい。こちらを確認すると直ぐに撤退した。逃亡者の話ではイゼルローン要塞に籠る反逆者達はこちらがガイエスブルク要塞を運んできた事に肝を潰したようだ。

イゼルローン要塞とほぼ同等の規模を持つガイエスブルク要塞が放つ主砲の威力を想像して震え上がった。そして彼ら脱落者が出た。五十人程が駆逐艦で要塞を抜け出し投降してきたのだが彼らの話を聞く限りではケスラー中将の言う通り脱落者はこれからも続く可能性は有る……。なるほど、ガイエスブルク要塞を移動要塞にしたのは攻略に使うという事の他に精神的にダメージを与えるという狙いも有るのだろう。

「閣下、やはりここは相手の心理を揺さぶりたいと思います。相手が降伏するかどうかは未だ分かりませんが士気は下げられるでしょう。強攻策を採る場合でも損害は少なくなります」
「うむ、そうだな」
オフレッサーが頷いた。不満は有るだろうが理はミューゼルに有る。そして政府からも出来るだけ損害を少なくしろと言われている。ミューゼルの提案を拒否は出来ない。

ミューゼルがゆっくりと進みたいとオフレッサーに提案した。相手を焦らす事で不安にさせたいと。そしてイゼルローン要塞に接近したらこちらの攻略案の提示と降伏の勧告、そして要塞主砲による威嚇を行いたいと提案しオフレッサーがそれを苦笑交じりに了承した。もしかするとオフレッサーも反逆者達が降伏すると考えているのかもしれない。



帝国暦 488年 1月 16日  オーディン  新無憂宮  オットー・フォン・ブラウンシュバイク



「そうか、反逆者達は降伏したか」
久々に良い知らせだ、声が弾んだ。イゼルローン要塞に籠る反逆者達が戦闘に入る事無く降伏した。隣に居るリッテンハイム侯も顔をほころばせている。しかし報告に来たエーレンベルク、シュタインホフ両元帥の表情は決して明るくは無かった。手放しでは喜べない何かが有るようだ。

「反逆者達はこちらがガイエスブルク要塞を移動要塞にした事に驚いたようです。肝を潰したのですな」
「かなり混乱したようです。要塞内で戦闘も起きたとか」
「それは同士討ちが起きた、そういう事かな、シュタインホフ元帥」
リッテンハイム侯が問い掛けるとシュタインホフが頷いた。
「オフレッサー元帥からはそのように報告が有りました」
リッテンハイム侯が唸り声を上げた。

「大部分は降伏を考えたようですが一部に徹底抗戦を主張する者達が居たようです。まあ、投降者達によればこの反乱の首謀者ですな。最終的には徹底抗戦を主張する者達約五百人を殺してから降伏したようです」
「なんと、……陰惨な話だな、軍務尚書」
わしの言葉にエーレンベルクが首を横に振った。何だ? 何か有るのか?

「何処までが本当かは分かりません。死人は喋ることが出来ませんから」
「……つまり首謀者は別にいる可能性が有ると?」
「最後まで抵抗した者が首謀者とは限りません。降伏しても死刑になると怯えて徹底抗戦を主張した可能性は有るでしょう。或いは首謀者達は自らが生き残るために適当に生贄を用意したとも考えられます」

エーレンベルクだけではない、シュタインホフも厳しい表情をしている。何らかの確信が有るようだ。まあ首謀者全員が殺されたというのも確かにおかしな話ではある、本来は何人か捕縛された者が居ても良い筈だ。となれば生きていては困る事情が有ったと見るべきなのだろう。なるほど、わしが陰惨な話しだと言った時にエーレンベルクが首を横に振る筈だ。隠された真実こそが陰惨か。

「で、どうする。彼らの処分だが」
リッテンハイム侯が低い声で問い掛けるとエーレンベルクが渋い表情をした。
「その事ですが首謀者は全員死亡、他の者は当初は反乱に同調したが後に反乱鎮圧に協力したという事で一年間、五分の一の減給処分にしたいと思います」
リッテンハイム侯がわしを見た。不満そうな表情をしている。わしもいささか腑に落ちない。

「それで良いのか? 後々困った事にはならんか? 軍はこのような事には厳しいと思ったが」
禁錮、降格、降級、色々と処分は有るだろう。わしが問うと二人が顔を顰めた。シュタインホフが口を開いた。
「真実はどうあれ形としては彼らは反乱鎮圧に協力しています。これに対して厳しい処罰をすればこれ以後反乱が起きた場合、内部からの切り崩しは難しくなります。早期解決が難しくなるのです。昔から反乱というものは外から潰されるより内から潰れる事が多い、それを考えるとあまり厳しい処罰は得策とは言えません」
「それに何処までを処罰の対象にするか線引きが難しい。調査には膨大な時間と人手がかかるでしょう。癪では有りますが連中の書いた筋書を認めるのが得策だと思います」

エーレンベルク、シュタインホフの言う事を理解は出来る、しかし……。リッテンハイム侯の表情も晴れやかとは言えない。いや、エーレンベルク、シュタインホフの顔も晴れやかではない……。
「已むを得ぬという事か。今は反乱を終わらせる事が先決、そういう事だな」
半分以上は自分を納得させるために言った言葉だったがエーレンベルクとシュタインホフが頷いた。

「イゼルローン要塞はイゼルローン国際協力都市になります。これを機に要塞守備兵、駐留艦隊は解体し兵はバラバラにしようと考えています」
「まあ当然ではあるな」
「彼らの配置場所は辺境の補給基地や小規模な哨戒部隊という事になります。国防の中枢には配置しません。これからは戦争が無くなりますから武勲を立てる場は無い、そして昇進面でも優遇される事は有りません、飼い殺しです。いずれ自発的に軍を辞めていく者が増えていくでしょう」
飼い殺しと言った時のエーレンベルクは明らかに嘲笑を浮かべていた。形式面では厳しい処罰は無いが許したわけではない、そういう事か……。楽しい話ではないな、話を変えるか。

「まあ何はともあれ反乱は終結した、そういう事だな?」
「はい、改修に費用は掛かりましたが損害らしい損害が無い事を考えると収支は合います」
シュタインホフの言う通りだ、十分に収支は合う。なによりガイエスブルク要塞をそのままイゼルローン方面に配備出来るのだ。防衛体制の早期確立、要塞建設のための予算の削減、十分過ぎる程に収支は合う。

この後は平和条約の締結と通商条約の締結か。場所はイゼルローン国際協力都市で行う、同盟政府も首を長くして待っているはずだ。早急に反乱の後始末を終わらせなければ……。

 
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