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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百三十八話 繁栄と未来




宇宙歴 797年 1月 21日  ハイネセン  統合作戦本部  シドニー・シトレ



「珍しいですな、こんな所にいらっしゃるとは」
「少々相談したい事が有りましてな、寄らせていただきました」
「ほう、それはそれは」
先日イゼルローン要塞の反乱が鎮圧された。帝国、同盟を悩ませていた反乱が鎮圧されて心が軽くなったのだろう。ソファーに座るレムシャイド伯はニコニコしながらコーヒーを飲んでいる。

「しかし、相談相手は私で宜しいのですかな? むしろトリューニヒト議長かヴァレンシュタイン委員長の方が適任ではないかと思いますが」
私が問い掛けるとレムシャイド伯が頷いた。
「いずれはあの二人にも相談しますがその前にシトレ元帥の御意見を伺いたいと思ったのです」
「なるほど」
なるほど、瀬踏みというわけか。

「イゼルローン要塞の反乱は鎮圧されました」
「……」
「思った以上に損害は少なくて済みました。帝国政府はその事を非常に喜んでいます」
「イゼルローン要塞が抵抗らしい抵抗もせずに降伏した事については我々も驚いています」
おそらく全銀河が驚いただろう。未だに同盟のマスコミはイゼルローン要塞攻略について報道している。そしてその攻略案の奇抜さについても。

「帝国も同盟も、そしてフェザーンもですが皆があの作戦案を称賛しています。まあ帝国があの作戦案を考えたのであれば無条件に喜べるのですがそうではない。称賛されるのは帝国としても少々気まずい。反乱も鎮圧された以上真実を公表するべきだと考えています」
「ふむ、それで宜しいのですかな、もう少し時間をおいても良い様な気がしますが」
暗に帝国内で反発が起きる可能性は無いか、そう問い掛けたがレムシャイド伯は“大丈夫だと帝国政府は判断している”と答えた。

「公表に関しては同盟側にも問題は無いと思います」
帝国側に不都合が無いのであれば私に相談するまでも無い。レムシャイド伯は何を確認したいのか……。伯がコーヒーを一口飲んでから皿に戻した。カチャっと音が鳴った。

「真実を公表すればあの作戦案はヴァレンシュタイン委員長が作成したものと皆が分かります。その武勲は他の追随を許しません。そして何よりも和平条約、通商条約の締結が可能となりました」
「……」
「そこで帝国はヴァレンシュタイン委員長に勲章を授与しようと思うのですが、シトレ元帥は如何思われますかな?」

勲章を授与する? 帝国からの亡命者とはいえ同盟人に対してか。前代未聞だな、両国には国交が無かった。勲章の授与と言っても……。
「双頭鷲武勲章を授与したいと、帝国はそう考えているのですが」
思わず唸り声が出た。帝国の勲章に精通しているわけでは無い、しかし双頭鷲武勲章が極めて格式の高い勲章である事は分かっている。大きな武勲を上げた軍人にのみに授与される筈だ。

「宜しいのですかな、ヴァレンシュタイン委員長に双頭鷲武勲章を授与するなど。帝国内で反発は有りませんか。正直、同盟内の反応よりも帝国内の反発の方が心配ですが……」
私が問い掛けるとレムシャイド伯が頷いた。

「御心配はごもっとも。しかし軍人としての力量については帝国人の全てが認めています、恐るべき相手だと。そして今回両国において結ばれる和平において最も尽力したのが彼である事も理解しています」
「……」
「正直にお話しましょう。帝国政府としてはこれを機に彼と彼の家族の名誉を回復したいと考えているのです」
「それは……」

言葉を続けようとして口を閉じた。なるほど、帝国が考えているのはそれか。となれば簡単ではないな。私の思いが分かったのだろう、レムシャイド伯が私に頷いた。
「彼は本当の意味で反逆者ではない、その事は皆が分かっています。不当にも家族を殺され命を狙われ帝国を追われた。亡命者、反逆者にならざるを得なかった……。しかし已むを得ぬ事とはいえいささか人を殺し過ぎました。その事で帝国内には彼に対する反感、憎悪が少なからずある」
「……そうでしょうな」

レムシャイド伯は沈痛な表情をしている。ヴァレンシュタインは誰よりも和平を望んだ、そのために大勢の帝国人を殺した。彼を良く知れば知るほどその皮肉さに胸が痛むだろう。口中が苦かった。彼を大量殺人者にしたのは帝国だけの責任ではない、同盟にも責任は有る。帝国も同盟も彼を大量殺人者に追い込んだのだ。責任の一端は私にも有るだろう。

「今のままでは名誉回復は難しい、帝国政府はそう考えていました。しかし今回、図らずも彼は帝国のために大きな功を立ててくれた。こういう言い方はなんですが彼の功績を大体的に公表し双頭鷲武勲章を贈る事で免罪符としたいのです」
「なるほど、そして名誉回復を行いたいというのですな」
「はい」

少しの間沈黙が落ちた。レムシャイド伯は視線を伏せている。要するに帝国は同盟屈指の実力者となったヴァレンシュタインとの関係を改善したいのだ。それもこそこそと隠れてやるのではなく公然とやろうとしている。
「名誉回復は何処まで踏み込まれるのですかな。例のカストロプ公の事ですが……」

「……全て公表しようと帝国政府は考えています」
「!」
思わず“本気ですか”と問い掛けそうになった。レムシャイド伯の言葉が事実なら帝国政府は自らの非を認めると言っているに等しい。名誉回復どころではない、これは謝罪だ!

「カストロプ公の事ですがあれはリヒテンラーデ侯一人の責任とはブラウンシュバイク公もリッテンハイム侯も考えていません。リヒテンラーデ侯を庇うわけでは有りませんがあの当時はああいう策を施さなければ帝国を保てなかったのは事実です。アマーリエ陛下はあの一件を一個人の暴走として処理してはならぬと考えておいでです。そのためにも全てを公表せねばならぬと……」
「女帝陛下が」

私が確認するとレムシャイド伯が無言で頷いた。どうやらこの件はアマーリエ陛下の意向が強く反映しているらしい。あの女帝陛下、ただの傀儡ではないな。ブラウンシュバイク公の補佐が有るとはいえなかなかの識見だ。侮る事は出来ない。

「如何ですかな、シトレ元帥。元帥の御考えは?」
レムシャイド伯がじっと視線を当ててきた。
「帝国がそこまで考えているのでしたら反対はしません」
「トリューニヒト議長は如何思われると?」
「さて、……今回の一件、帝国政府は過去の清算をしたいと御考えなのでしょう。ならば議長は反対しないと思いますが」
レムシャイド伯が大きく頷いた。

「御相談されては如何ですか?」
「御口添え、願えようか」
「私で宜しければ。帝国から勲章の授与など初めての事ですがいずれは和平を結ぶのです、となれば今後勲章の授与は有ってもおかしくは無い。今回の一件は栄えある第一号という事になるでしょう」
レムシャイド伯が嬉しそうに笑った。新しい時代の到来だな、確実に世の中は変化しているようだ。



宇宙歴 797年 1月 25日  ハイネセン  同盟議会  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



イゼルローン要塞の反乱は鎮圧され宇宙には平和が戻った。平穏無事、天下泰平、世は並べて事も無し。そう言いたいんだが何処の世界にも空気の読めない阿呆は居る。これも世の常、人の常だ。しかしその阿呆の溜まり場が同盟議会っていうのはどういう事だろう。同盟市民は人を見る目が無いって事だな。俺の目の前ではカマキリ男のバリードが声を張り上げている。キイ、キイ、キイ、虫みたいな鳴き声に聞こえるな。

議員諸兄は皆眠そうだ、起きている奴も迷惑そうな表情で聞いているのが殆ど。嬉しそうに聞いているのはほんの一部だ、少しは空気を読めよ、バリード。
「帝国軍がイゼルローン要塞攻略に使った作戦案は同盟政府が、ヴァレンシュタイン諮問委員長が策定したものだと帝国政府が発表しておりますがこれは事実なのでしょうか? お答えいただきたい」

なに興奮してるんだ? 政府はとっくに認めてるぞ、俺もな。おかげで毎日マスコミが煩いんだ。勘弁して欲しいよ。誰が質問に答えるんだろうと見ているとトリューニヒトが答弁席に向かった。偉いぞ、トリューニヒト議長、褒めてあげよう。昨日、久し振りにトリューニヒト、シトレ、ネグポン、俺の四人でサンドイッチを食べたから俺はとっても御機嫌なのだ。煩いマスコミもあの家には追いかけてこないし。

「事実です、帝国政府の謀略では有りません」
今一つキレが無いな。あまり大きな笑い声は聞こえない。
「という事は双頭鷲武勲章の授与も事実なのでしょうか?」
「事実です」
トリューニヒトが答えるとバリードが俺に視線を向けた。厭な目付きをしている。獲物を見つけた蛇みたいな目だ。舌なめずりでもしそうな感じだ。心の卑しさって目に出るよな。気を付けないといけない。

「ヴァレンシュタイン諮問委員長にお尋ねしたい。政府閣僚の立場にある貴方が帝国から勲章を授与されるというのは如何なものか。いささか不見識とは思いませんか?」
面倒だなと思いながら答弁席に向かった。不見識だなんて言っているが要するにこいつは俺が勲章を貰うのが面白くないのだ。双頭鷲武勲章って帝国でも有名な勲章だからな。

「不見識とは思いません」
ムッとしてるな。なんで辞退しないんだ、そんなところか。
「帝国とは和平を結ぶとはいえ昨年までは戦争をしていたのですぞ。まして諮問委員長は亡命者です。帝国が委員長を懐柔しようとしているとは思われぬのですかな」
懐柔か、まあそういうところが有るのは事実だから否定は出来ない。

「なるほど、考えた事も有りませんでした」
「では考えていただきたい!」
そんな怒るなよ。余裕が無い男は嫌われるぞ。
「分かりました、考えましょう、少しお待ちください。……考えました、やはり勲章は有り難く拝受します」

議会に爆笑が起こった。トリューニヒトも腹を抱えて笑っている。うん、俺の方がキレが有るだろう。この勝負は俺の勝ちだな、トリューニヒト。カマキリが何か喚いているが笑い声で良く聞こえない。唇の動きからすると“馬鹿にしてるのか”、“ふざけるな”そんなところのようだ。ようやく分かったらしい、鈍い奴だ。

余計なお世話なんだよ。大体だ、外国人に勲章の授与なんて現実世界じゃ幾らでも有ったんだ。金ではなく名誉を与える。貰う方も与える方も後腐れなく楽なんだ。この世界は帝国と同盟が戦争しかしてないから無かっただけだ。これから和平が結ばれ協力体制が築かれればいずれは出てくる話だろう。詰まらない料簡で反対するんじゃない! ホルマリン漬けにして標本にするぞ。

笑いが収まるのを待って話し始めた。
「同盟と帝国は和平を結び協力体制を築きます。これは政治、経済、軍事等の政府間協力だけでは有りません。国境を開き民間においても交流を広げ学問、文学、芸術、医学など多岐の分野に亘って協力し合う事になるのです。当然ですがそれぞれの分野において多大な功績を上げる人間も出てくる。それらの人間に勲章を贈りその功績を讃えるのはおかしな事では有りません。むしろ積極的にそのようにすべきでしょう、それこそが両国間の交流をより密なものにする、より相互理解が進み和平が長続きする。そう私は考えています」

カマキリがモゴモゴ言っている。和平が長続きするという大義名分の前に効果的に反論できないらしい。
「それに人間は誰でも褒められれば、認められれば嬉しいものです。政治家はそういう人間の特性を無視するべきでは有りません。それを認め、受け入れ、積極的に利用するべきです」
議会にまた笑い声が上がった。好意的な笑い声だ、“俺も勲章が欲しいぞ”と声が上がるとさらに笑い声が大きくなった。

「ここに提案します。国家として功労者を讃える事とは別に人類全体の視点から見てその繁栄と進歩にもっとも顕著な功績を上げた人物を讃える賞を我々は創るべきではないでしょうか」
どよめきが起こった。フッフッフッ、この世界のノーベル賞だ。平和になるんだ、そういうのが有ってもいいよな。

「その賞の決定機関をイゼルローン国際協力都市に置き選考委員は同盟、帝国、フェザーンから選出します。そして年に一度受賞者を選びその功績を讃え報奨金を与えるのです。もちろん、報奨金は同盟、帝国、フェザーンの三カ国が用意します」
あっちこっちでざわめきが起きていた。そして何人もの議員が頷いている、良い感触だ。

「いつの日か、この賞を受賞する事が科学者として、文学者として、或いは医学者、政治家として最大の名誉であるという日が来るでしょう。そして今日、この日に、その賞が産声を上げたという事を多くの人が記憶するに違いありません」
“そうだ”、“創るべきだ”、そんな野次が上がった。興奮し始めたな。

「議員諸兄、私の考えに賛同いただけるのであれば起立の上拍手をしていただきたい。そして銀河帝国、フェザーンへの呼びかけと実現を我らが国家元首、ヨブ・トリューニヒト最高評議会議長に御願いしようでは有りませんか」
議員達が立ち上がって拍手を始めた。議員だけじゃない、委員長達も皆拍手をしている。うん、俺って良い扇動政治家になれそう。

トリューニヒトが席を立って満面の笑みを浮かべながら答弁席に近付いてきた。幾分頬が上気している、興奮しているようだ。当然だが俺は席を譲って拍手をしながらトリューニヒトを迎えた。“議員諸君”、トリューニヒトが呼びかけると拍手が止んだ。
「ヴァレンシュタイン委員長の素晴らしい提案に賛同してくれた事を先ず感謝する。そして私に素晴らしい仕事を与えてくれた事にも感謝だ。これほどの名誉は無い、喜んで務めさせてもらおう」
拍手が湧き上がった。彼方此方から“頼むぞ”、“頑張ってくれ”と声が上がった。トリューニヒトが右手を上げると拍手が止んだ。

「私は今日の事を生涯忘れる事は無いだろう。この賞は人類の繁栄と未来に大きく寄与するであろう事を私は確信している。そしてこの賞を創り出した事は人類の歴史に燦然と輝く一ページになるに違いない。私達は今人類の未来に新たな希望を生み出したのだと思っている」
また拍手が湧き上がった。トリューニヒトも嬉しそうに拍手している。うん、俺も満足だよ。三千万人殺して国家に貢献しましたなんて言われるよりノーベル賞を創ったと言われる方がよっぽど嬉しいからな。満足そうなトリューニヒトを見ながら俺も一生懸命拍手した。まあこれで和平条約締結まで間を持たせることが出来るだろう。賞の名前は何になるのか、楽しみだな。



 
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