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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百三十六話 嫌がらせ     



帝国暦 487年 11月 25日  オーディン  新無憂宮  オットー・フォン・ブラウンシュバイク



「そろそろかな、公」
「うむ、そろそろの筈だが……」
リッテンハイム侯と顔を見合わせてから目の前に有るスクリーンに視線を戻した。侯もスクリーンを見ている。そろそろの筈だ、上手く行ったのか、それとも……。連絡が来ない事に嫌な予感がした、リッテンハイム侯の表情が厳しい。わしも同様だろう、己の頬が強張っているという自覚が有る。

「如何も落ち着かんな」
「同感だ、昨日は眠れなかった。情けない話だ」
「安心したよ、わしも眠れなかったのだ。良い友人を持った事を大神オーディンに感謝しよう、落ち込まずに済む」
リッテンハイム侯が苦笑を漏らした。同病相哀れむ、そう思ったか。それとも良い友人と言われた事に対してか……。

呼び出し音が鳴った。どうやら待っていた連絡が来たようだ。大きく息を吸って下腹に力を入れた。リッテンハイム侯に視線を向けた、侯が頷く、受信ボタンを押すとオフレッサーがスクリーンに映った。表情は落ち着いている、悪い兆候ではない。軽く息を吐いた。

「司令長官、ワープ実験は上手く行ったのかな?」
『はっ、ワープ実験は成功です。問題無く終了しました』
隣でリッテンハイム侯が頷くのが分かった。
「御苦労だった、良くやってくれた、オフレッサー元帥。これでイゼルローン要塞の反乱を鎮圧する目処はたった、そう考えて良いのだな?」
『はい』

「では改めて卿に命じる。イゼルローン要塞に立て籠もり帝国に反旗を翻した愚か者どもを鎮圧せよ。そのためにはいかなる手段を取っても良い、我らに対する斟酌は無用である」
『はっ、必ずや反乱を鎮圧し陛下の宸襟を安んじまする』
「うむ、頼んだぞ、元帥。卿に大神オーディンの御加護が有らん事を祈る」

通信が終るとリッテンハイム侯が
「良かったのかな、いかなる手段を取っても良いと言って。要塞を壊されては困るのだが」
と言った。心配そうな表情をしている。
「オフレッサーもその辺りは分かっていよう。まあ念のためと言ったところかな。壊されては堪らぬが反乱が長引くよりはましだ」
わしが答えると“それもそうか”と侯が頷いた。

「移動要塞が可能となった以上、辺境星域開発のために小型の移動要塞を造ろうと思う」
「新たにか? レンテンベルク要塞は利用出来ぬのかな? 新規に造るよりは時間も費用も軽減出来ると思うが」
わしが問い掛けるとリッテンハイム侯が顔を顰めた。

「あれは小惑星をくりぬいて造った要塞で重心が中央に無いらしい。そのため航行用のエンジンの取り付けが難しいようだ。それに元々の小惑星の部分がワープに耐えられるのかという疑問も有る。使用途中で崩れればそれだけで重心が狂う、技術者達からは新規に造った方が金はかかるが安全だろうという意見が出ている」
「なるほどな、そう簡単ではないか」
リッテンハイム侯が頷いた。意外に面倒な事だ。

「まあ開発用の移動要塞は長期に亘って使う事になる。それに小型だから建造期間も短ければ費用もそれほどではない。新規に造っても十分に元は取れよう。運用実績が良ければ量産する事も考えている」
「上手く行って欲しいものだ、辺境星域の開発は急務だからな」
互いに顔を見合って頷いた。

辺境星域の開発は急務だ。イゼルローン回廊が解放されれば同盟領から交易を求めて商船がやってくるだろう。これまで放置されてきた辺境星域の住人にとって同盟の産物がどのように見えるか……。憧れ、羨望だろう。そして自分達の貧しさに嘆きこれまで放置した政府を憎悪するに違いない。

辺境星域の開発に力を入れなければならない。放置すれば辺境星域は帝国よりも同盟に親近感を持つ事になるだろう。そうなれば帝国の安全保障は著しく不安定なものになる。我らは改革を推し進め積極的に国内開発をする事でのみ生き残れるのだ。

「和平を結んでも同盟との戦いは終わらぬな、ブラウンシュバイク公」
「そうだな、戦いの形が変わるだけだ。気を抜く事は出来ぬ。しかしそれで良いのかもしれぬ、最近ではそう思うようにしている」
「……」
リッテンハイム侯がじっとわしを見ている。

「統治者が気を抜くなど許されぬ事ではないかな、リッテンハイム侯。気を抜けば何時足元が崩れるやもしれぬ、帝国は一度滅びかけたのだ、それを忘れてはなるまい」
「確かにそうだな。気を抜かぬためにも同盟は必要か、因果な事だ」
リッテンハイム侯が溜息を吐いた。確かに因果な事だ、繁栄するためには敵が必要とは世の中は皮肉で満ち溢れているらしい。さて、アマーリアが待っているだろう、報告に行くか……。



帝国暦 487年 11月 25日  ヴァルハラ星域  ガイエスブルク要塞  ラインハルト・フォン・ミューゼル



司令室のスクリーンからブラウンシュバイク公の姿が消えるとオフレッサーが太い息を吐いてから俺に視線を向けた。
「ブラウンシュバイク公より改めて反乱鎮圧の命が下った。ミューゼル、全軍をここに集結させろ」
「はっ」
「どの程度かかる?」
「二日程で集まれます」

俺の答えにオフレッサーは“そうか”と答えた。ガイエスブルク要塞を改修し通常航行でヴァルハラ星域近くまで運んだ。そして最終試験でガイエスブルク要塞をワープで帝都オーディンの傍まで運んだ。神経質なまでに注意しながらの試験だ、随分と疲れた。味方が集まるまでの二日間、少しは休息出来るだろうか……。

「イゼルローン要塞攻略の目処が立ったとブラウンシュバイク公は喜んでおられたが問題はこれからだ」
「はい、この要塞をイゼルローンまで運びそしてイゼルローン要塞を出来るだけ損害を少なくして取り戻さなければなりません。どちらも容易な事では有りません」
オフレッサーが“うむ”と頷いた。

「大人しく降伏してくれればよいが……」
「ガイエスブルク要塞がどの程度相手に衝撃を与える事が出来るか、それによると思います」
「……」
オフレッサーの表情が沈んでいる。簡単には降伏しない、そう考えているのだろう。まるで元気の無いブルドックだ。

「向こうに着きましたら要塞主砲を撃ってみたいと思いますが?」
「いきなりか?」
「イゼルローン要塞に当てる事はしません。ただこちらの主砲の威力を見れば多少は怯むのではないかと思うのです。その上で降伏を勧告しては如何でしょう?」
「なるほど、圧力をかけてから降伏を促すか。良い手だな、やってみよう」
オフレッサーがウンウンと頷いている。多少は元気が出たようだ。

「閣下、お疲れでありましょう。味方が集まるまで時間が有ります。少しお休み下さい」
オフレッサーが俺を見て苦笑を浮かべた。
「総参謀長、俺を年寄扱いするな、と言いたいところだが流石に今回は疲れた。相手が人間ならともかくエンジンや出力では手も足も出ん。部屋で休ませて貰う。……卿も少し休め、顔に疲れが有るぞ」
「はっ、お気遣い、有難うございます」

オフレッサーが身体を翻す、そして司令室を出ようとしたが立ち止まって俺を見た。奇妙な笑みを浮かべている。
「不思議なものだな、ミューゼル」
「……と言いますと」
「宇宙艦隊司令長官に就任した時、もう二度と装甲服を着る事は有るまいと思った。地上戦など二度と出来まいと」
「……」
「だがどうやらもう一度装甲服を着る事が出来そうだ、装甲敵弾兵としてな」

「やはり、自ら要塞内に突入されるのでありますか?」
「うむ、この要塞と艦隊は卿に任せた方が良かろう。俺はトマホークを振るった方が良い、適材適所だ」
オフレッサーが笑い声を上げた。

「賛成出来ません、司令長官自ら突入など危険です。御立場を御考え下さい、突入はリューネブルク中将に任せるべきです」
止めても無駄だろうな、そう思った。オフレッサーは上機嫌なのだ。
「そう言うな、総参謀長。反乱の鎮圧と思えば気が重いがイゼルローン要塞を落とすとなれば武人の名誉だろう。この要塞で黙って見ているのは性に合わん。それに俺が前に出た方が相手も怯む筈だ」

「それはそうですが……」
またオフレッサーが笑った。
「後は頼むぞ」
そう言うとオフレッサーは司令室を出て行った。後とは何だろう? 今この場の事か? それとも自分が要塞に突入した後の事だろうか。それとも……。疲れているな、俺も少し休んだ方が良さそうだ。



宇宙歴 796年 12月 1日  ハイネセン 統合作戦本部  アレックス・キャゼルヌ



「それで、出兵準備ですか?」
「形だけだがな。統合作戦本部と後方勤務本部では動員計画と補給計画を策定中だ」
「形だけねえ」
ワイドボーンが首を傾げている。気持ちは分かる、俺も首を傾げたい。同盟市民を納得させるために形だけの出兵準備とは……。

「まあ今のところは形だけだがいずれは本当に出兵という事になるかもしれん」
「……」
「ワイドボーン、帝国は本当に反乱を鎮圧出来るのか?」
声を潜めて訊いた。午後三時、ラウンジにはまばらに人がいる。あまり大きな声で話は出来ない。

「作戦について御存知ですか?」
「いや、知らない。お前さんは?」
「俺とヤンはシトレ元帥に教えて貰いました、他言無用という事で。作戦案の評価をさせたかったのでしょう」
「ヴァレンシュタインは? 愚問か、最高評議会は知っているんだからな。知らない筈は無いか」
俺の言葉にワイドボーンは驚いたような表情を浮かべた。どういう事だ、“困ったな”と呟いている。

「何か有るのか?」
俺が問い掛けるとワイドボーンが頷いた。そして“他言無用ですよ”と囁く。俺が頷くと周囲を見回してから口を開いた。
「作戦案を考えたのはヴァレンシュタインです」
まじまじとワイドボーンの顔を見た。嘘を吐いている顔ではない。
「……本当か? 帝国が考えたんじゃないのか?」
「そういう風に言われていますが考えたのは奴です。てっきり知っていると思っていましたよ」
溜息が出た。

先日、同盟議会で何時イゼルローン要塞の反乱が鎮圧されるのかが議題に上がった。政府は帝国が要塞攻略に成功すると説明したが一部の代議員は納得しなかった。
「なんでそれを言わないんだ。作戦を考えたのが奴だと分かれば議会だって大人しくなるだろう」

同盟議会の煩い代議員連中もヴァレンシュタインが作戦を考えたとなれば多少の不満は漏らしても大人しくなった筈だ。奴にはそれだけの実績が有る。
「それはそうです、でも帝国にも面子が有りますからね。ヴァレンシュタインの作戦でイゼルローン要塞を攻略するとなれば反発する人間も居るのでしょう。内密にしてくれと要請が有ったそうです」
「なるほど、帝国側の面子か……」
「協力関係を築く以上、同盟だけの都合では進められないという事です。おそらく事実が公表されるのは反乱鎮圧後でしょうね。面倒な世の中になった物ですよ」

また溜息が出た。俺がコーヒーを飲むとワイドボーンもコーヒーを口に運んだ。口中が苦い……。
「それで、イゼルローンは落とせるのか?」
「落とせると思います。それについては心配はしていません」
「自信が有るようだな。作戦の内容は? 訊いても良いか?」
「それはちょっと……、頭がおかしくなりそうな作戦ですからね」
妙な表情だ、ワイドボーンは困ったような表情で笑っている。

「だとすると本当にこれは形だけの出兵計画か」
「そうだと思います。政府も軍上層部もそのつもりでしょう。実際に出撃することは無いと思いますよ、議会と同盟市民に対するポーズです。万一の時の準備は出来ていますと……。それとも嫌がらせかな、何時でもやってやるぞという」
「やれやれだな」
「やれやれですよ」

同盟議会では政府に対して帝国の軍事行動が失敗したらどうするのかという質問が出た。帝国が反乱鎮圧に失敗した時は同盟がそれを鎮圧しイゼルローン要塞を同盟の物にするべきだ、質問者はそう主張していた。実現可能とは思えない、要塞を落とす事、そして帝国に要塞の所有を認めさせる事、どちらも極めて難しい。

質問者も本気では有るまい、政府を困らせるための嫌がらせだろう。大体経済界が望んでいるのはイゼルローン要塞の所有ではない、イゼルローン回廊の解放であり帝国との交易なのだ。イゼルローン要塞の所有など要求したら帝国との和平が崩れかねない、本末転倒だ。もっとも質問者はそこを上手くやるのが外交だと言っていたが……、無責任な話だ。

嫌がらせに対して政府を代表して答えたのがヴァレンシュタインだった。彼は十個艦隊を動員すれば攻略は可能だと答えた。そして付け加えた。但し最低でも三個艦隊、四百万人以上の損失と死傷者が出る事を覚悟して貰いたいと……。要塞攻略は可能だと聞いた時の質問者の顔は喜色満面だった。言質を取った、そう思ったのだろう。だが損失を聞いた後は彼の顔は強張っていた。そしてヴァレンシュタインが追い打ちをかけた。

それだけの損失が発生すれば当然だが補充は最優先で行わなければならない。新たな艦船の建造は言うまでもないがそのために国防費の増額が必要になるだろう。財政委員会が検討している減税、そして政府が考えている一部将兵の動員解除、人員削減は事実上不可能になるだろう。社会機構全体に亘って進むソフトウェアの弱体化はより深刻な事態になると思われる……。

同盟議会から無責任なイゼルローン要塞攻略論が唱えられる事は無くなった。そして同盟市民もその多くがイゼルローン要塞の反乱鎮圧は帝国に任せるべきだと考えている。政府と軍が出兵計画を策定しているが形だけだ、ワイドボーンの言う通り議会に対する嫌がらせだろう。誰も戦争を望んでいない。同盟は平和に慣れつつあるようだ。






 
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