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魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~

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Myth7災厄撥ねし魂・導き果てぬ絆・希望の守り手~SchlierlieT~

†††Side????†††

ここまで虚仮にされて、今さら連中には手を出すな、だって?
イライラする。だから地駆けし疾狼騎士団(フォーアライター・オルデン)の詰所の一室――俺の部屋である団長室の壁を殴りつける。油断したんだ。まさかヴォルケンリッターっていう俺たち高位騎士と遜色ない実力を持つ騎士が仲間に居るとは思わなかったんだ。今度こそは一切の油断なく襲撃を掛ければ、絶対に勝てる。それなのにシュトゥラから手を引く?

「頭の中に花畑でも出来ているのか・・・!」

三連国(バルト)との決着は確かに大事だ。それくらい判っているさ。長年競り合っていた連合国だからな。だが問題はその後だ。バルトに勝ってもベルカ統一は成し得ない。シュトゥラの悪魔――騎士オーディンと、その従者たるヴォルケンリッターが居る限りは。先送りにしているだけで、どちらにしても連中とはぶつかる事になるんだ。バルトとの戦争後、疲弊している状況でシュトゥラに攻め込まれでもしたら・・・・。

「考えたくもない」

だからまずは騎士団同士での小規模戦で、シュトゥラの防衛の要である騎士オーディンとヴォルケンリッターを陥落させる。その後で、バルトは“エテメンアンキ”を使って陥落させればいい。別にバルトに対して騎士団戦に固執する必要はない。向こうだって兵器を使うんだ。
だが騎士オーディンらは違う。純粋な魔導と武技だけで戦いに臨んでいる。俺たちフォーアライター・オルデンは卑怯な手は使うし騎士の誇りも捨てたが、向こうが騎士団だけで向かって来るなら、こっちも騎士団だけで戦う。それは騎士の誇り云々じゃなく、人間としての最後の一線だ。

「あんまり使いたくない手だが、別の騎士団との共闘を考えてみようか・・・・」

そんな考えが頭に過った時、扉がノックされた。しかも結構強く。団長室の扉はそんなに強く叩くなんて、よほどの無礼者か切羽詰まっているか・・・。「入れ」と促す。「失礼します、団長ファルコ」と入って来たのは、先の戦闘で戦死した副団長の後任である男アンドレだった。先の戦闘の生き残り。生きて戻って来た部下ももちろん多くいるが、どういうわけか核に多大なダメージを負って、再起不能者や現場復帰に時間の掛かる者が多い。

「どうした? アンドレ。大事なお報せでもあったか?」

アンドレは「はい。しかも最悪も最悪、イリュリアの今後が左右される事が起きようとしています」と真剣な面持ちで返してきた。随分と大げさな話だ。イリュリアの今後が左右される、か。陛下でも死んだか?
そしてアンドレから聴かされたその話。確かにイリュリアの今後が左右されるものだった。何せ、「ゲンティウスがシュトゥラに攻め込むだと・・・」なんて冗談にしか聞こえない話なのだから。
詳しく聴くと、ゲンティウスは俺たちテウタ王女派の騎士団がこぞって騎士オーディンのいるシュトゥラに敗戦している事を聴き、自ら騎士団を率いて騎士オーディンらを討ち、シュトゥラを潰すつもりだそうだ。そうする事で自らの株を上げ、次期皇帝の座を確かにする。そういう筋書きらしい。

「如何します? このままゲンティウス殿下の騎士団にあの者たちを討たれるのを黙って見過ごしますか?」

「どうするもこうするもゲンティウスお抱えの騎士団が揃っているんだ。テウタ王女派の俺たちが出しゃばるわけにもいかないだろ」

「それが・・・戦力は多い方が良いという事で、殿下は派閥に関係なく騎士を募っているそうです」

「それはそれは。ヤリ手か馬鹿か判らないな」

派閥違いの騎士を募ってまでシュトゥラを潰すつもりか、ゲンティウスは。しかしこれは好機かもしれないな。派閥関係なくシュトゥラに攻め入る事が出来るとなると。俺は「俺も参加する。が、騎士団は動かさない。俺独りで行く。お前たちは待機だ、これ命令な」とアンドレの肩を叩く。
アンドレは「何を言いますっ、団長っ」と制止して来るが、これは俺個人の我が儘だ。だから騎士団は巻き込めない。それ以前に半壊している今、動かそうにも動かせないのが現状だ。

「これは命令だ。いいな? アンドレ」

この戦でテウタ王女派の俺が騎士オーディンを討つ。そうすれば、ゲンティウスじゃなくテウタ王女の株の方が上がるはず。アンドレに念を押して命令を下し、俺はゲンティウスの居る王城の西区画を目指す。
その最中『フュンフ、聞こえるか』と技術部に居るはずの融合騎プロトタイプ・フュンフへ思念通話を繋げる。繋がるか心配だったが、『ファルコ? なに、どうしたの?』とすぐに応答があった。

『もう一度シュトゥラを攻める。力を貸してくれ』

『・・・・いいわよ。ゼクスに今度こそ引導を渡さないといけないし。それに私のロードは貴方として設定されているから、連れて行ってくれないと逆に困るわ』

溜息を吐くフュンフに苦笑。あぁそうだった。俺がお前のロードだ。

『そうか。なら今度こそ勝つぞ』

『当然だわ。二度の敗戦なんて許さないから』

思念通話が切られ、俺はひたすら西区画を目指す。

†††Sideファルコ⇒オーディン†††

城下町を回っているところにクラウスから『オーディンさん。オリヴィエが起きましたので、城に戻ってもらっても構わないでしょうか?』と念話が来た。『判った。すぐ戻る』と返し、念話を切る。アギトとヴィータとシャマルに城に戻る事を告げ、すぐに城へと続く道を歩き進む。

「オーディンさん。シグナム、どうします?」

「いや、まだいいんじゃないか。オリヴィエ王女の治療が私たちの役目だから・・・」

「シグナムじゃ役に立たないよね。シグナム、戦闘特化だから」

「しかもうだうだ考えねぇでその都度直感が動くからな、シグナムの奴」

私の肩に乗るアギト、そしてヴィータが微苦笑。シャマルも「うふふ。そうよね~。でもそれはヴィータちゃんも一緒よね~」と笑う。戦闘マニアはこの頃からなんだなぁシグナム。まぁ好きな事が出来る喜びを知れている今、それがシグナムにとって良い事なんだと思うから構わないが。
城に着いて、クラウスとシグナムとリサ(オリヴィエが起きたと知ったリサが鍛錬を切り上げたそうだ)と合流した。

「あぁそうでした。申し訳ありませんが、皆さま方、武装解除の方をお願いできますか?」

城内に入る前にリサにそう告げられた。城の関係者以外の騎士が城内に入るには、武装を解除しなければそうだ。私はシグナムとヴィータへと振り向く。シグナムとヴィータは少し戸惑いを見せる。

「あーそんじゃ・・・・オーディン。あたしら、城の外で待ってるわ」

「そうだな。申し訳ありませんが私とヴィータは外で待機しています」

二人の返答に、リサが顔色を青くして「御気分を害されましたかっ?」とうろたえ始め、私を見た。あーなるほど。家族の気分を害したという事で、私も今回の話を断る、とか考えたんだろうな・・・。それに対してヴィータが「違ぇよ、そうじゃない」と嘆息し、シグナムも「そうだ」と返答の真意を語る。

「考えてみればオリヴィエ王女に必要なのはオーディンとシャマルの治癒魔法だ。ならば何もする事の出来ない私とヴィータが居ては邪魔になるだろうし、王女を眺めているだけでは失礼だろう」

「そういうこった。だったら待ってた方がお互いの為だ。だから武装解除しろって言われて気分を害したわけじゃねぇよ」

それを聞いたリサがホッと一息吐いた。随分と小心者というか何と言うか・・・。剣を振るっている時の表情や雰囲気とはえらい違いだな。特定の条件で人格が変わるタイプか? しかし、「ただ待っているだけでは暇だろ?」と2人に尋ねる。時間が掛かるかどうかも判らないし、ジッと外で待たせておくのも不安だ。
するとシグナムが「では先ほど私は街を見れずにいましたし、ヴィータに案内してもらう事にします」と答えた。ヴィータが少し嫌そうな顔をしたが、「じゃあ暇にならないようにお金を渡しておこう」とお小遣いを渡すと、「しゃあねぇな」と頬を緩めた。

「アギトはどうすんだ? お前も付いて行っても役に立たねぇだろ」

「やっ、役に立たないわけ・・・・うぅ~、マイスタ~~(泣)」

「よしよし、泣かない、泣かない。側に居てくれるだけで良いんだよ、アギト。もちろんシグナム達もだ」

心の底から思っていた事を言うと、アギト達は嬉しそうに微笑んでくれた(ヴィータだけはテレ隠しのつもりか鼻を鳴らしていたが)。それでアギトは「でも何も出来ないと邪魔になるかもだから、今日はシグナム達と待ってる」と、留守番組に回る事を決めた。

「あの、オーディンさんとシャマルさんは媒介が無ければ魔導が扱えない、のですか?」

「無くても扱えますけど、有った方が何かと都合が良いので」

「私は元より持っていない。魔導は全てこの身一つで扱うから」

「そうなのですかっ? 媒介も無しにこれまでいくつもの騎士団を討伐されていたとは驚きですっ。本当に普通ではないのですねっ」

「普通じゃない、か・・・称賛してもらっていると思っておくよ、騎士リサ」

結局、シャマルの“クラールヴィント”は回収される事なかった。城の前でアギトとシグナムとヴィータと別れ、ようやく城内に案内され、台座の上に置かれた調度品や壁に掛けられた絵画を眺めながら、廊下を歩く。

「――そう言えばオーディンさん。以前から思っていましたが、あなたは媒介を持っていないようですが、何か拘りでも?」

「まさか。今は作っている最中なんだが、どうも部品の集まりが悪いんだ。部品はイリュリアの騎士から回収したカートリッジシステム搭載の武装から頂戴しているんだが。まぁ、仕方ないとはいえコソ泥みたいな事をやっているようで、あまり気分は良くないけどな」

「部品・・・。それならこちらから提供させてください」

「それは助かるが・・・いいのか?」

クラウスの提案につい食いついてしまう。デバイス有る無しでは違うからな、やっぱり。すると「もちろんです。オーディンさんにはいつも謝礼をしなければ、と思っていたので、ちょうど良い機会です」と笑みを浮かべた。

「あなたがシュトゥラにもたらしてくれた多大な希望。感謝してもしきれません。イリュリア騎士団の侵攻を幾度も阻止し、そしてデザインされた服飾品の販売によって生まれた財産を国に回して頂いた事で、各地の戦災復興が順調に進んでいます」

服飾品のデザインと言っても、これまでの契約によって訪れた世界での衣類をそのまま転用しているだけで、私個人のオリジナルなデザインなど1つとして無いけどなぁ・・・。それにシュトゥラに協力しているのは何もアムルの在る国だからだけじゃない。
後に覇王イングヴァルトと語られるクラウスの思いが判るからだ。良き世界にしたいがために戦った王。歴史を大きく変えるつもりは無いが、それでも手を貸してやりたいとも思っている。

「本当なら爵位を、と思ってもみたのですけどね・・・」

「さすがに爵位は受け取れないな。いずれベルカを去る身。爵位があっては気持ちよく去れないさ」

「エリーゼ卿と婚儀を執り行い、夫婦となって頂ければもっと楽なんですけど」

「エリーゼは16歳。私は29歳。これだけ歳が離れているんだ。結婚だとか考えられないな」

私が“界律の守護神テスタメント”となった年齢が、基本召喚される世界での年齢であり外見だ。今回はその例にもれず、止まってしまっている本来の年齢と外見で召喚された。

「歳の差なんて関係ないと思いますよ、オーディンさん。愛があれば、問題無しですっ!」

「・・・オーディンさん。このままベルカに留まる、という選択肢は本当に無いのですか?」

「すまないな。私に課せられた運命を果たすために、一か所に留まる事はきっと出来ないんだ」

「・・・そうでしたね」

そこで会話が途切れ、廊下には靴音しか聞こえなくなる。この空気のままで居るのは居心地が悪いから「去る事は回避できないが、友人として永遠であれば良いと思ってる」と言う。するとクラウスは「もちろんです。僕たちはいつまでも友人です、オーディンさん」と応えてくれた。この話題はこれで終わり、私はリサにある問いを投げかけた。そう、シャルロッテ・フライハイトの名や閃駆などの技術について、だ。

「――それはフライハイト家に受け継がれているからです。なんでもこのベルカは大昔に滅びの危機に陥ったそうです。それを食い止めたのが、フライハイト家の初代当主の妹君シャルロッテ・フライハイト様だそうです」

ベルカ(当時は騎士世界レーベンヴェルトだな)の大昔の滅びと言うのは“ラグナロク”の事だな。複数世界ミッドガルドの一部だったレーベンヴェルトを救ったのは確かにシャルだ。彼女が“テスタメント”になる報酬として、レーベンヴェルトを含めたミッドガルドを“ラグナロク”から救うように“神意の玉座”と取引した。それが何故語られているかは判らないが、彼女が世界を救った英雄として語られているのはどこか嬉しい。

「それでですね。そのシャルロッテ様が生前に扱われていらっしゃった魔導の術式や閃駆などの体技、そして武装“キルシュブリューテ”が記された書物があるのです。ほとんどが失われていて完全な解読は出来ませんけど、解読できた部分だけは何としても扱えるように鍛錬を積んできました」

そして最後にリサは教えてくれた。彼女の本名は、リサ・フライハイト。“ド・シャルロッテ”というのは、フライハイト家の女当主や次期女当主にのみ名乗る事が許される、特別な名だそうだ。

「着きましたね」

そうして私たちは、ようやくオリヴィエの居る私室の前に辿り着いた。リサはまずクラウスに「殿下は少し待っていてください」と言い、彼を廊下に待機させる。結構すごい事だよな、一国の王子を廊下に閉めだすなんて。恐るべし、フライハイト家の血筋。
しかしクラウスは気を悪くする事なく「判っているよ」と首肯。このやり取りはいつものようだ。リサが「オリヴィエ様。リサです。お医者様をお連れいたしました」と扉をノック。

「どうぞお入りください」

少女特有の可愛らしい声が扉の向こう側から返って来た。

「ではオーディンさんとシャマルさんはどうぞお部屋へお入りくださいませ」

リサに招き入れられ、私たちはオリヴィエの部屋へと入る。天蓋付きのベッドに、デザインの凝ったナイトテーブルや丸テーブル、肘掛椅子、クローゼットなどなど家具一式が揃っている。そして、肘掛椅子にちょこんと座っているオリヴィエを見た。

「はじめまして。わたくし、聖王家王女オリヴィエ・ゼーゲブレヒトと申します。このたびはわざわざアムルよりお越しくださって感謝いたします」

深々とお辞儀するオリヴィエ。ははは、判ってはいたが、やはりヴィヴィオとは違うな。しかし両腕が動いていないな。まったく動いていない、と言うわけじゃないが・・・。とりあえずは自己紹介を返さないといけないな。礼儀として片膝をついて頭を下げる。

「お初にお目に掛かります、オリヴィエ王女殿下。オーディン・セインテスト・フォン・シュゼルヴァロードと申します。この娘は同じく医者のシャマル。クラウス殿下やオリヴィエ王女のご期待に添えられるかは判りませんが、私の魔道が御役に立てばと思い、参上しました」

後ろに控えているシャマルも続いて礼の姿勢を取った。オリヴィエが早々に「頭をお上げください、オーディン先生、シャマル先生」と困惑している事で、すぐに上げる。そこでリサが「外で殿下にお待ち頂いていますが、いかがなさいますか?」とオリヴィエに尋ね、オリヴィエは少し考える仕草を見せた後、「お招きして、リサ」と微笑んだ。クラウスも遅れて部屋に招き入れられ、部屋の備え付けられたソファに腰掛けた。

「では早速、オリヴィエ王女殿下の診察に入ります。王女殿下、御手に触れますが、よろしいですか?」

「はい、お構いなくどうぞ」

膝の上に置かれて動かない彼女の右手にそっと手を添える。目を閉じ意識を澄ませ、魔力を通してオリヴィエの身体情報に探りを入れる。そして知る。両腕の筋肉の組織や神経が酷いのなんの。まともに動かせないのは当たり前だ。

「王女殿下。腕の事ですが・・・」

「判りますか・・・? はい、生まれつき動かしづらく、ここ数年でさらに動かせなくなったのです。他のお医者様からは、もう諦めた方が良い、と。ですがやはり不便ですから、普段は魔力による身体操作を行っています」

確かにこれは並の治癒術師や医者なら匙を投げるだろうな。私は「そうですか。では診察を続けます」と告げ、腕以外のダメージを見つけるために魔力を通す。足は問題無し。内臓、問題無し、と。

「ふふ」

「どうかしたのですか? オリヴィエ」

オリヴィエが小さく笑い声を漏らし、クラウスが不思議そうに尋ねた。私としても気になったから「くすぐったかったですか?」と、有り得ない事だと知りながらも訊いてみた。オリヴィエは「あ、ごめんなさい。そうではないのです」と微苦笑を浮かべた。

「オーディン先生のお話はクラウスから聴いていまして、その、想像とは違った御姿でしたので。勝手ながら、もう少し険しい御顔や雰囲気をしているかと思っていたのですが、良い意味で裏切られました。美しい銀の長髪に、蒼と紅の虹彩異色。お綺麗過ぎて・・・・驚きです」

「それは最高の褒め言葉ですね。光栄ですよ、王女殿下にそうのように褒めて頂けるとは」

男として可愛いとか綺麗とか言われるのは正直嫌な方だったが、可愛い以外なら素直に受け入れられるようになった。何故ならセインテスト王家の特徴を褒めてもらっていると同じ――つまりゼフィ姉様やシエルも褒められている、と思えるようになったからだ。まぁ軽い現実逃避な気もしたりするが、もうそれで良いと思っている。あははのは。

「オーディン先生は異世界からの渡航者だと伺っていますが。御名前からして、その世界ではそれは名のある一族の御一人なのではないですか?」

「っ・・・・」

その問いに私が黙ってしまった事で、オリヴィエは「踏み入った事を訊いてしまったようですね、ごめんなさい」と僅かばかり泣きそうな顔で謝ってきた事で、それはもう焦る焦る。首を横に振り、「確かに私は、その世界の一国を治める王族の出で、16歳から21歳まで王位に就いていました」と答えた。これにはクラウスとシャマルも驚きを見せた。まさか元とは言え一国の王がこんな事しているのだから。

「今では御覧の通りその世界より離れ、探しモノを見つけるために旅をしているわけですが」

「そうでしたか。よほど重要な事なのですね、その探し物を見つける旅というのは」

「でも判りました。オーディンさんがどうしてベルカを離れなければならないのか。元とは言え一国の王であったあなたはやはり帰らなければならない、残っている家族や民の為に」

「いや、確かに帰らなければならないが、そこにはもう家族も民も居ないんだ。私は最後の王だ。いや、最後の生き残りとでも言うべきか。もう無いんだ、温かく私を迎えてくれる者の居る世界は」

シーンと静まり返る室内。しまった。なんで空気を最悪なものにしているんだ、私は。それに、ただ一人だけだが私の帰りを待っていてくれる家族が居るじゃないか。リサが「あの、お話しを聞かせて頂いても?」と言ったものだからか、オリヴィエが「リサっ」と彼女を窘めた。
私は「ここで終わらせては気になるでしょうから」とオリヴィエを制し、大まかに話す。戦争によって滅び、その後に探しているモノ――“エグリゴリ”によって、家族や仲間や恋人を奪われた事を。

「・・・・何故、戦争というものは起きてしまうのでしょうね・・・?」

オリヴィエが悲嘆に暮れる。

「それが世界が定めてしまった真理だからですよ、オリヴィエ王女殿下」

「「真理?」」

クラウスとオリヴィエが訊き返してきて、私は頷き返す。

「獣たちは一度の出産で多く子を生み出します。なのに何故世に溢れかえらないのか。答えは簡単です。溢れかえる前に敵の獣たちによって襲われ食料となるからです。食物連鎖。弱き者は強き者の糧となる。自然の摂理ですね。人間も一応組み込まれています。が――」

「人間を――特に私たちのような騎士を喰い殺せるほどの獣なんて早々居ないですよね」

「騎士に限定せずとも人間は知恵がある上武器も使う。ゆえに食物連鎖の頂点と言っても過言ではありません。そうなると一度に産む子の少ない人間であっても、時間を経てば世に溢れかえる。しかし駆逐する敵が居ません。なら、どうするか。ここまで言えば、殿下らも御解りなはずです」

「人間同士での駆逐のし合い・・・・戦争、ですね」

「そう言う事です。人の数だけ主張や正義、願いに望み、様々な思考があります。それを貫き通すには、他の思考を叩き潰して取り込んで従わせるしかない。その果てに起こるのが戦争です。人間同士を潰し合わせ、世界や他の生命を犠牲にしつつ数を減らすシステム」

先の次元世界での契約で死闘を繰り広げた、“霊長の審判者ユースティティア”の先代・終極テルミナスの言葉を思い出す。

――罪人(ニンゲン)を護るということ自体がそもそもの間違い。人間という存在がどれだけ罪に塗れた愚かなものか。いつまで経っても争いをやめない、やめようともしない存在。どれだけ根絶やしにして、更生させようと努力しても、やはり争いを始める愚者。抑えようと思えば抑えられる欲で同族たる人間を襲い、奪い、殺める。
その理由が、ただ誰でもいいから殺したかった? 世の中つまらない? ムカついたから? 相手にされなかったから? 金銭が欲しかったから? 何て罪深いことなの。その果てには、赤の他人を殺すどころか、血の繋がった実の親を、子をも殺めるなんてことも増えてきた。
何たる身勝手か!! 愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚かッ!!! その頭脳はそんなくだらないことのため用意されたものじゃない!! 世界をより良い形に持っていく権利を与えられておきながら、自らを生かす自然を破壊し、終には世界を滅ぼすまでに至る! だから護る価値なんて無いッ!――

あの頃は、それに反論したものだ。

――綺麗ごとだと解っているが、それでも私は人間を信じている。テルミナス、お前が挙げた人間は全体の一握りなんだ。確かに人間は罪深い。許されるような軽いものばかりじゃない罪を幾つも、どんな時代でも、どんな世界でも犯す。正直救いようのないことだってある。私も幾度もこの身に味わってきたからな――

――一握り! その一握りが存在する時点で、すでに存在する価値は無いの!! 信じる!? 私だって信じてた!! これでも元は守護神だから!! いつかきっと人は変わる。今はダメでも、いつかは、いつかは、いつかは!! けど、いつかは、と信じたその結果が今の私だ!! 人は変わらない!! 殺し殺され、奪い奪われ! 何万年と見てきた! どんなに護っても、争いを始めて滅んでいく!――

信じていれば、いつか人の世に争いの無い世界が生まれる。だが、私も結局はテルミナスの思考の領域に至ってしまうまで存在してしまった。だがすべてが同じわけじゃない。彼女と私の唯一の違いは、テルミナスは人間に非があるとして、人間に絶望した。だが私は、それが真理であり摂理であると諦めた。人間は争いをやめない生き物――それが自然な姿なんだと。

「ですが私のは極論ですから、クラウスが望む平和な世界が絶対に存在しないと言うわけではありません。私もその理想が叶う事を願っていますし、力を貸したいとも思っています」

「オーディンさん・・・ありがとうございます」

「あの、オーディンさん。先程の話の事ですけど、もしかして・・・エグリゴリを捜しているのは・・・復讐、なのですか・・・?」

「いいや。堕天使(エグリゴリ)は元々戦天使(ヴァルキリー)という名で、家族のようなものだった。敵対国に洗脳され暴走したヴァルキリーをエグリゴリと呼ぶ。だから、復讐ではなく助けたい。もう休んでいいんだと。もうこれ以上狂ったまま戦い続ける必要は無いんだ、と――よし」

診察終了。いきなり、よし、と笑顔を見せた事でクラウス達が「は?」と抜けた声を漏らした。さぁさっきまでは私の所為で暗い雰囲気だったが、これから明るい空気にしてやろう。オリヴィエから離れ、診察の結果を告げるために一度コホンと咳払い。

「オリヴィエ王女殿下。まず腕以外には問題はありませんでした、ご安心を」

「え・・・あ、そうですか。ありがとうございます」

「そして腕の事ですが、おそらく私の持つ魔道を使えば治す事が出来るかと思います」

またシーンと静まり返る室内。そして爆発したかのようにクラウスとリサが詰め寄って来た。

「本当ですかッ、オーディンさん! 本当にオリヴィエ様の腕を治す事が出来るのですかッ?」

「オリヴィエの腕を治す事が出来るのですか、本当にっ!?」

「落ち着いてくれっ、説明が出来ないだろうっ!」

クラウスはそれで冷静さを取り戻してくれたが、リサはグスッと泣きながら私にしがみ付いたままだ。泣き止まない子供をあやす様にリサの頭を撫でる。そしてオリヴィエが「リサ。オーディン先生がお困りですから」と優しく語りかけた。リサは「はい。申し訳ありません、オーディンさん」と涙を袖で拭ってオリヴィエの側に控えた。

「オーディン先生。それで、私の腕を治すことが出来る、というお話ですけど・・・」

「ええ。私の有する治癒術式の中に、こう言った普通の治療では治せないような障害を治すものがあります。さすがに長年筋肉で腕を動かしていないとの事ですから、一気に治さずに段階を経て完治させましょう」

徐々に馴らしていくのがベストだろう。だと思っていたんだがオリヴィエは「何度も御足労をお掛けするのは心苦しいので、一気にお願いします」と言ってきた。

「無礼を承知で言わせて頂きます。医者は患者の事を最優先で考えます。我々に苦労を掛けるからと言って、その考えを無下にしようとなさらないでください」

これには今まで黙っていたシャマルがそう窘めた。ポカンとするオリヴィエとクラウス。従者たるリサは、シャマルと同じ意見なのか黙ったままだ。

「・・・シャマル先生の仰るとおりですよ、オリヴィエ。焦っては却って悪くなるかもしれません」

「そう、ですね。勝手を言ってごめんなさい。オーディン先生のお話通りで治療を受けます」

胸を撫で下ろしているシャマルに『ありがとう、シャマル』と念話を送る。シャマルは『いえ。王女殿下のお気持ちは解りますけど、でもオーディンさんの考えを否定するような事だけは許せません』と返した。私の事を尊重してくれた、という事で嬉しかったりする。

「ではそう言う事で、段階的に治療します。構いませんか?」

「はいっ、お願いしますっ」

今度はオリヴィエの両手を取って軽く持ち上げる。術式ランクは上級、効果は補助・治癒、使用魔力はS+。魔力炉(システム)を活性化させて魔力解放。「女神の祝福(コード・エイル)」と術式名を告げる。あらゆる異常を正常に回復させる効果のエイル。もちろん、あらゆる異常とは言え死者ばかりは蘇らせないが。
オリヴィエの両腕を包み込むサファイアブルーの魔力。最優先で血管と神経を治癒させるつもりだ。ここでオリヴィエが少し「痛・・・っ」と苦悶の声を小さく漏らした。

「ご辛抱を。ですがこれで御解りかと。少しずつ回復させてもこの痛みです。一気に回復するとこの比ではありませんよ」

「みたい、ですね・・・。ですが、こうもハッキリとした痛みが判るというのは、嬉しい事です」

「オリヴィエ様が嬉しそうれすぅ~(ボロ泣き)」

苦悶に表情を歪めながらも笑みを浮かべるオリヴィエを見たリサがわんわん泣き始める。シャマルが「よしよし」とリサの頭を撫でた。まるで娘――じゃなかった、妹をあやすようなお姉さんだ。
さて、今回はこの辺りで良いだろう。「今日の治療はここまでです」とエイルを解除して、オリヴィエの両手を彼女の膝の上に戻すと、彼女は「ありがとうございました」とお辞儀。しかしやはりまだ治療を続けてほしい、というような顔をしている。しょうがないな。
まぁ元よりこれで終わりにするつもりはなかった。創世結界にアクセスする呪文、「我が手に携えしは確かなる幻想」と詠唱する。私の両手の上に、“神々の宝庫ブレイザブリク”から具現させたある物をオリヴィエに見せる。

「これは・・・綺麗なアルムバントですねっ♪」

「ありがとうございます。王女殿下、これを両手首にお嵌めください」

治癒効果のあるブレスレットをリサに渡し、リサがオリヴィエの両手首に「失礼いたします」と嵌めた。それだけでオリヴィエは気付いたようで、「治癒の魔導が付加されているのですね」とブレスレットの効果を見破った。私の神器作成能力によって創作したブレスレット型神器・妖精の神薬(ファルマコ・ネライダ)

「そうです。私が次に来るまでの間、そのアムルバントが少しずつ治療を続けていきます。私の立てた推測ですと、おそらくひと月で完治できるはずです」

「「「ひと月っ!?」」」

「そ、そんなに早くに治せるのですかっ?」

「治療の合間や完治後にリハビリもしなければならないですよ、王女殿下。では、私が居ない間にやっていただきた――」

『我が主ッ!』

ザフィーラからの突然の念話に口を噤んでしまう。切羽詰まっているのは解っているため、『何があった?』と返す。念話の内容は『イリュリアの侵攻です。それも以前とは比べられない程の』と聞き捨てならないもので。そして廊下から「クラウス殿下っ。大変ですっ」と慌ただしい声が聞こえてきた。

「アムルから連絡だ。イリュリアが攻めて来た。今までの比ではないくらいの大攻勢らしい」

クラウス達が目を見開き、クラウスはすぐさま部屋の外へと駆けだした。私はシャマルに「すぐアムルに戻るぞ」、ザフィーラに『すまないが先行してくれ』と告げ、窓枠に近づく。「このような所から失礼する事をお許し下さい、王女殿下」と窓から出て行く事を詫びる。
窓を開け放ったところで、廊下から戻って来たクラウスが「我々も向かいますっ」と言ってきた。クラウスが外に居た家臣らから聴いた話は、イリュリアの王族の1人が複数の騎士団と、戦艦(ベルカでは戦船と言うようだが)を引き連れて来たとの事だ。

「戦船まで率いて来たのですか、イリュリアは・・・!」

オリヴィエは立ち上がってしまうほどに驚愕して見せた。クラウスは「これは本格的な宣戦布告です。こちらも戦船を用意し、迎撃に向かいます」と決意を固めてしまっている。が、ちょっと待った。「戦船の数は聞いたか?」と尋ねると、返答は3隻だった。

「3隻か。なら問題無いな。対艦戦も今までこなした事があるし、何十隻と撃沈した経験もある。私が戦船を墜とす。地上の騎士団はシャマルらグラオベン・オルデンと防衛騎士団に任せる事に――」

「戦船を生身で、しかも単独で撃沈するなど無理にも程がありますっ」

「人間を相手にするより簡単だよ、クラウス。あぁそうそう。助力してくれるというのであれば、地上の騎士団を潰してほしい『アギト、シグナム、ヴィータ』」

『うんっ、マイスターっ』

『事情はザフィーラより伺っています』

『あたしら、先に行こうって思ってるんだけど』

「『頼む。私とシャマルもすぐに続く』クラウス、戦船は引っ張って来ないように頼むぞ」

窓枠に手と足を掛けたところで、オリヴィエが「お待ちくださいっ」と引き止めて来た。「なんでしょう?」と振り向くと、オリヴィエは「リサを同行させてください」と、リサを一緒に連れて行くように提言してきた。

「オリヴィエ様っ!?」

「リサ。あなたの力で、オーディン先生方をお助けして差し上げて」

「・・・・判りました。オーディンさん。私も一緒に連れて行って下さい」

「力を借りるぞ、リサ。シャマル、掴まれ」

「はいっ❤」

戦闘甲冑へと変身し、手を差し出すと、同じく騎士甲冑に変身したシャマルは、私の手に掴まるどころか腕に自分の腕を絡めて抱きついてきた。かなり動き辛いんだが・・・。そしてリサは「抱きつくのはちょっと恥ずかしいです」と頬を赤らめた。「別に抱き付く必要は無いんだけどな。手に掴まってくれれば」と嘆息。それでリサもようやく掴まってくれて、いざ出陣。

――瞬神の飛翔(コード・ヘルモーズ)――

空戦形態ヘルモーズを発動。シャマルとリサを連れて一気に空へと上がる。リサが「ひゃぁぁああああああっ!」と悲鳴を上げ、しがみ付いてきた。下手に飛空時間を伸ばして恐怖を長引かせるのも可哀想だし、「ちょっと我慢してくれ、リサ」と言って、戦場へと針路を取る。その途中、アムルの上空に辿り着き、『来い、夜て――闇の書っ』と“夜天の書”を呼ぶ。するとすぐに私の顔の側に転移して来てくれた。

「オーディンさん、飛行速度が速過ぎて・・・どうやらシグナム達を追い越したみたいですね」

「まぁ城からアムルまで2分も掛かってないしな」

全力で飛んだから追い越してもしょうがないか。早く戦場近くまで戻ってこれたその代わり・・・「騎士リサ、気絶してますね」とシャマルが苦笑。「きゅぅ~」と目を回すリサ。そこまで空が苦手だったとは。昔のシャルを見ているようだ。それはともかく。念のために一つ手を打っておくとするか。

「我が世界(うち)より出でよ 貴き英雄よ」

異界英雄エインヘリヤルを“英雄の居館ヴァルハラ”から召喚するために呪文を詠唱。そして「偉大なる七美徳司りし天使が純潔・カスティタス」と、召喚する者の名を告げる。雲海の上に七大天使カスティタスを顕現させ、待機させておく。流れ弾がアムルに被害を出さないように盾とするために。
飛行を続けると、国境に向かって進む4桁近い騎士の軍団と、空に浮かぶ3隻の戦艦が視界内に入る。そして待ち構える国境防衛騎士団と王都近衛騎士団の混合騎士団は、200ちょいの人数。だがそこに私たちグラオベン・オルデンが参加すれば、それなりに拮抗の取れる戦力になるはずだ。

「シャマル。リサと2人で地上だ。・・・起きてくれリサ。リサ、おーい」

「はわぅ~~・・・・はっ、ここは天国(ヒンメル)ですかっ?」

「おいおい」

弱過ぎだよ、リサ。メンタル面が。とにかくリサにこれからの事を説明する。私が空を侵略する邪魔物(いくさぶね)を殲滅し、リサを含めた騎士団はそのまま陸の掃除。リサは二つ返事で了承してくれた。ならここからは別行動だ。リサをシャマルに預ける。

「オーディンさん。お気を付けて」

「ああ。シャマルとリサも気を付けてくれ」

降下して行く2人を見送り、“夜天の書”を手に取って胸に抱える。「さぁ行こうか」と“夜天の書”をポンポンと叩き、視線を戦艦3隻に向ける。まずは外装を突破しないといけないな。あぁその前に魔力による防御障壁を潰さないといけないか。

――破り開け(コード)汝の破紋(メファシエル)――

まず防御障壁や結界を破壊する効果を持つメファシエルを発動。

――殲滅せよ(コード)汝の軍勢(カマエル)――

閃光系・闇黒系・炎熱系・氷雪系・風嵐(フウラン)系・雷撃系、無属性(重力・音波などなど)の魔力で構成された槍を100と作りだし、メファシエルの効果を付加。1隻の艦をターゲットに絞る。人差し指を向け、全弾の矛先をその艦に向ける。
最後に「蹂躙粛清(ジャッジメント)」と指を鳴らし号令を下した。号令の下、一点集中で射出されるカマエル。次々と障壁に着弾して行くカマエルが爆発を起こしていき、10本目で障壁を突破し、残りで外壁と砲台を破壊した。
爆煙を上げるその艦に向かって飛翔再開。他の2隻から砲撃が放たれて来るが、空戦形態の私を撃墜するには速さが足りない。余裕で回避し、侵入経路を開けた艦に侵入成功。

――浄化せよ(コード)汝の聖炎(メタトロン)――

通路の床に手を付き、屋内で効果を発揮するメタトロンを発動。浄化の蒼炎を建造物内に這わせ、通った道を一気に爆破するというものだ。爆破のタイミング、通る道、全てが遠隔操作で行われる。建造物破壊には持って来いの術式だ。そうやって艦内を破壊しながら通路を翔け、迎撃に来た騎士たちを潰していく。もちろんリンカーコアの蒐集は忘れない。10人くらいを蒐集し終えたところで、

≪400頁まで蒐集されました。管制人格の起動、および具現化を行えます。共に主の承認が必要となります。承認しますか?≫

「シュトゥラの悪魔めっ、覚悟ぉぉーーーーっ!」

「その首、貰ったぁぁーーーーっ!」

「挟撃しろっ。決して攻勢に回る隙を与えるなっ!」

――暴力防ぎし(コード)汝の鉄壁(ピュルキエル)――

迫り来ていた10人程の騎士の攻撃を障壁で防御し、連中の背後から、

――無慈悲たれ(コード)汝の聖火(プシエル)――

蒼炎の大蛇プシエルを発動させ、逃げ惑う隙も与えずに焼殺する。手加減したいが、殺意と敵意を以って襲いかかって来た者には冷徹になる、と決めている。蒼炎が立ち上る通路の中で私は“夜天の書”の管制人格である彼女の起動を承認した。

≪闇の書の主の承認を確認。闇の書の管制人格の起動を開始≫

私の目の前で構築されていく1人の少女。私と同じ銀の髪。そして深紅の瞳。祝福の風リインフォース。希望の翼リエイス。どちらも最後の夜天の主である八神はやてが付けた名前。今は名の無き彼女が、“夜天の書”を片手に私の前で片膝を付いた。

「我が主。私は闇の書の管制人格にてございます」

「そうか。君がシグナム達の言っていた・・・。こんな状況で何だが自己紹介だ。私はオーディン・セインテスト・フォン・シュゼルヴァロード。闇の書の主をさせてもらっている」

「はい。存じ上げております。私は言わば闇の書そのもの。騎士たちと通じているため、外界での事は存じています」

「なら話は早い。私が名前の前に“主”を付けられるのが苦手で、従者や道具ではなく家族や戦友と言う関係でありたい、というのも・・・・」

「もちろん存じています。・・・・オ、オーディン・・・」

「よし。よろしく頼むよ・・・・5人目の守護騎士、支天の翼シュリエルリート」

「シュリエルリート・・・?」

「君に名前が無いのは聞いている。だから、名前を贈らせてもらうよ。名無しでは家族の触れ合いが出来ないしな。まぁ君と出逢えた記念のようなものだ。気に入らなければ、別の名前を考えるつもりだが・・・・どうだろう?」

ポカンと私を見上げていた彼女と目線を合わせるために、私も片膝を付いてそう尋ねた。災厄撥ねし魂・導き果てぬ絆・希望の守り手、シュリエルリート。彼女に抱いているイメージを基に様々なベルカ語を合わせて名付けてみた。

「いいえ。不満などありましょうか。名を頂ける。これほど嬉しい事はありません。支天の翼シュリエルリート。ありがたく頂戴いたします。オーディン」

シュリエルの手を取って共に立ち上がる。さぁ守護騎士ヴォルケンリッターは揃った。少しでも良い思い出を作ってもらうために、イリュリアとの争いをさっさと片付けよう。

「シュリエル」

「はい、オーディン」

「私の大切なものが傷つけられそうになっている。それを止めたい。手伝ってくれるか?」

「もちろんです。あなたや騎士たちと共に、どこまでも」


 
 

 
後書き
サワッディー。
サブタイトルになっていた彼女が出るまで馬鹿みたいに時間が掛かった今話。しかも出番が超少ない。なんかごめんなさい。
さて。シュリエルリート、なんて長ったらしい名前を得て登場した彼女。
ベルカ(ドイツ)語の単語を複数かけ合わせて作ったものです。

最初に、シュ。これは、『シュティーフミュッターヒェン』『シュネーグレックヒェン』から付けてます。
共に花の名前で、前者はビオラ。後者はスノードロップ。花言葉が彼女に合っていると思ったので選びました。
抜粋すると、ゆるぎない魂、逆境の中での友情、希望、逆境のなかの希望、悲しみの中に浮かぶ希望。

次に、リエ。これも花の『椿/カメーリエ』の花言葉から。私がリインフォースに勝手に抱いた感想から。
抜粋。慎み深い、卓越性、もろさ、短命な美、申し分のない魅力、完全なる美しさ、理想的な愛情、ひかえめな愛、純潔。

次に、ル。『ターコイズ/テュルキス』のジュエルメッセージから。
抜粋。幸運、旅の護符、厄除け。

最後の、リート。リートは『歌』で、最後のトには『ダイアモンド/ディアマント』を引用。
ジュエルメッセージを抜粋。永遠の絆、純潔、不滅、と言ったところですか。

では最後に。このエピソード・ゼロで絶対にやっておきたかった事はほぼ終わりました。
ルシルが夜天の主になる、クラウスと出逢う、歴史に名を残す、守護騎士とリサを逢わせる、ですね。
ですが、絶対にとは言わずともやりたい事がありますので、『なのは達が出るエピソード』までもうしばらくお待ち頂ければ、と思っています。
 
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