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勇者番長ダイバンチョウ

作者:sibugaki
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第14話 男の直球勝負!野球の華は大逆転

 ゴクアク組組長ことゴクアク星王は自分専用の椅子に座り、テーブルに大量に置かれた資料の束に目を通していた。鋭い目線がギラつき、次々と資料に目を通していく。やがて、全ての資料に目を通し終わり、ドサリと無造作に資料の束を机の上に置く。
【以上が、今回の上納金のリスト、並びに宇宙麻薬の売れ行き情報です】
【余り好調……とは言えないようだな】
 先の資料の出来具合に些か不満な様子を見せている。ゴクアク組の勢力はそれこそ銀河系に相当する程までに及んでおり、その勢力内にて多額の上納金を要求し、それに応じられなければ身包みを剥いで行く事など日常茶飯事。更には星星にて宇宙麻薬を製法し、それを闇に売り捌くと言う悪行の数々を行ってきていたのだ。
 だが、その結果に満足出来なかった様子だ。
【申し訳ありません。最近になって我等の勢力外へ逃亡する輩が後を経たず、更に宇宙麻薬に関してもですが、宇宙警察が辺りを嗅ぎまわっていまして今までの様に売買する訳にも参らないのです】
【ちゃんと上層部に賄賂を渡しているんじゃないのか?】
【それが、最近になってあいつらも味をしめたようでして、日に日に賄賂の額が上がってしまっているのです】
【ふん、肥えた鼠に成り下がったか。まぁ良い、そんな奴らの始末などどうとでも出来る。だが問題は―――】
 一呼吸置き、ゴクアク星王はテーブルに設置されたボタンを押す。すると背後の壁がスライドし、其処から巨大なモニターが映し出された。そのモニターに映ったのは青く輝く星、地球であった。
【なんとしてもこの地球を手に入れねばならん。これだけの美しい星は宇宙中探し回ったとしても早々お目に掛かれる代物ではない。正に宝の山だ】
【全くです。それに、あの星で生成した宇宙麻薬はそれこそ飛ぶように売れたものですから、是非とも我等が抑えて置きたい星なのは重々承知で御座います】
【だが、その為には例のダイバンチョウとやらが邪魔だな。奴らをどうにか始末したいのだが、これ以上貴重な人員を裂く訳にはいかん。下手すると寝首を掛かれる恐れもある】
 強大な勢力になればなるほど周囲で目を光らせている輩も少なくはない。少しでも弱体化の傾向が見られればそれを皮切りに足元から切り崩される恐れもあるからだ。
 ゴクアク星王が懸念しているのは正にそれであった。如何に強大な組織と言えどもそうなれば立ち直るのは容易な事ではない。そうまでしてでもあの星は手に入れたいと思える程魅力的な星だったのだろう。
 すると、話を聞いていた配下の宇宙人がこんな提案をしてきた。
【それでしたら組長。こんなのはどうでしょうか? 奴らの首に懸賞金を掛けると言うのは?】
【何?】
【多少高額な値をつければそれこそ宇宙中の猛者達が奴らを葬りに地球に集まる筈です】
【だが、懸賞金の額をどう工面するのだ?】
【それこそどうにでもできます。倒されたならばまだ良し。その後で弱った奴らを我等が葬れば良い。その逆もまた……と、言う訳です】
【なる程、用が済めば始末してしまえば良い。と言う事なのだな】
 互いに黒い笑みを浮かべあう両者。そうと決まったら、行動はとても早かった。ゴクアク組はダイバンチョウとその仲間達に多額の懸賞金を掛けて宇宙中にその報せを配った。後数日もしない内にダイバンチョウを倒して名を挙げようと目論む強豪宇宙人達が訪れる事になるだろう。
 そして、それはダイバンチョウ、更には轟番達に更なる強敵が迫ると言う揺ぎ無い事実だと言える。




     ***




 番町内にある野球場では今、大勢の人達で賑わっていた。と、言うのも野球場と言っても草野球をする為の簡素な敷地だったりする。手書きで書かれたダイヤモンドにベースの変わりとして代用してある捨てられたマンホールの蓋など、結構お粗末な作りだったりする。
 そして、現在そのバッターボックスに番は立っていた。更に言えば、他の野球団員達もまた番と同じ学生ではなく、敵も味方も全て筋金入りの極道達であった。皆顔に傷があったり強面の顔だったりなど恐ろしい面々達だった。
 無論、その中には番の家族も居て応援している次第であった。
「頼みますよぉ番君! 君が此処でホームランを打ってくれれば我等山之辺組の勝ちは確定だ! 絶対に打ってくれよぉ!」
「おう、任しておけ! その変わり、ホームラン打ったらさっきの約束、ちゃんと守ってくれよな!」
「勿論、宝○歌劇団を見ながら焼肉食べ放題サービルだろ? ちゃんと手配させて貰う。だから頼む! 此処でワシ等が負けると後々面倒なんだ」
 両手を合わせて哀願する山之辺組員達。どうやらヤクザの組同士で行われている草野球の助っ人として呼ばれたようだ。因みに山之辺組とは今番達が住んでいる家の土地をかつて所有していた組織である。しかし、父と祖父の手により壊滅寸前まで追い詰められて以来、轟家には絶対服従の関係をとっている。下手に逆らうと今度は番に確実に壊滅させられてしまうからだ。
「兄ちゃん! 絶対ホームラン打ってくれよぉ! 俺宝○歌劇団の演技絶対見たいんだからさぁ!」
「おう、この俺にドンと任せておけって! この後でお前やお袋に腹一杯焼肉食わせた上に今話題の宝○歌劇団を生で見せてやるからよぉ」
 期待の眼差しを向けてくる弟に兄として期待に応えねばならないと言う強い使命感に燃えている。
 が、実際に言えば早く焼肉を食べながら宝○を見たいと思っているだけなのかも知れない。
 そんな訳でバッターボックスにて番がバットを両手で握り締めている。目の前ではこれまた筋者と思わしきヤクザ者が自分の組の頭文字の彫られた帽子を被り番を睨んでいた。
「へ、山之辺組もとうとう地に落ちたってか? よりにもよって助っ人がこんなガキとはなぁ」
「けっ、ウダウダ言う前にさっさと投げてきたらどうだ? てめぇのひょうろく球なんざ速攻でスタンドにぶち込んでやるよ」
「ほざきやがれ! この野球が終わった後はてめぇを鮫の餌にしてやる!」
 言う事を言った直後、ピッチャーが振りかぶり投球をしてきた。言う間でもなく彼のピッチングの為に幾人の山之辺組員達が三振に終わっていた。だが、他の組員と番を同等で考えた時点でこのピッチャーの負けは確定していた。
 ほんの一瞬。その一瞬の内にピッチャーが放った球は物の見事に真正面にあるスタンドに球が落下し、クレーターを作ってしまっていた。
「へっへぇん、どうでぃ! 逆転サヨナラ満塁ホームランだぜ!」
 ダイヤモンドを回りながら意気揚々とホームベースへと帰還を果たした番。そんな番を真と恵。そして山之辺組の組員達が諸手を挙げて出迎えてくれた。
 これにて草野球試合は山之辺組の勝利に終わり、そして番達は無事に焼肉を食べながら演劇を見られると言う豪華得点が付け加えられる事となった。
「ふ、ふざけやがって! こうなったら野球なんて関係ねぇ! 野郎共、やっちまえぇ!」
 敵対組織の組長の号令を受けて、敵チームの組員達が一斉に山之辺組に襲い掛かって来た。当然迎え撃つかの様に山之辺組の組員達が向い出て草野球場はヤクザ同士の乱闘ですっかり賑わってしまっていた。
 しかしそんなヤクザ同士の乱闘などに番は興味を示さずに家族を連れてその場を後にしようとしていた。
「兄ちゃん、あの喧嘩しなくて良いのか?」
「良いんだよ。あれはあいつらの喧嘩だ。幾ら喧嘩好きな俺でも他人の喧嘩に横槍を入れるような無粋な真似はしたくねぇからな」
 喧嘩が大好きな番といえども節度はある。他人の喧嘩に乱入するのは余りに無粋な行いだと言う位の常識は持っているのだ。
 今、ヤクザ同士で乱闘しているがあれは言ってしまえばヤクザ達の喧嘩でしかない。自分が入ってその喧嘩を汚してしまう訳にはいかないのだ。
「さ、さっさと帰って焼肉食べながら宝○歌劇団でも見に行くとしようぜ」
 それに、現状で番が最優先したいのは焼肉+宝○の方だった。考えただけでも涎が溢れ出そうになってくる。七輪で焼かれた上等の肉の数々。それらを彩るしゃきしゃきの野菜。それらが絶妙な焼き加減で焼かれて皿の上に置かれ、タレか塩の味付けをして口の中へと入っていく。その時の味と言ったら正に極楽の極みと言えた。
 更に、今話題の宝○歌劇団を目の前で生で見ながらなのだからもう最高としか言い様がない。見れば、真もまた頭の中で焼肉の味を想像しているのか顔がほころんでおり、口からは止め処なく涎が滴っているのが見える。真がそんな顔をするのも無理はない。轟家が焼肉を最後に食べたのは真がまだ5歳の頃だ。その時偶々凶悪殺人犯を逮捕した駒木がボーナスを貰い、そのお陰で焼肉をたらふく食べる事が出来たのだ。
 あの時の味を未だに忘れはしない両者。そんな二人のほころんだ顔を見て微笑んでいる母。何とも平和な日常であった。しかし、番達は気付かなかった。遠くから番を見つめる存在が居る事を。白の野球ユニフォームを身に纏い同じ色の野球帽を唾を後ろ向きにして被っていると言う服装をし、肩でバットを担いでいるその目線はギラギラと輝いていた。
 普通の少年にも見えたが、彼から漂ってくる雰囲気は明らかに地球人のそれとは思えなかった。
「あれが噂のダイバンチョウか。噂通りの強さじゃねぇか。燃えてきたぜ! 見てろよダイバンチョウ、この俺がお前に挑戦してやるぜ!」
 拳を握り締め、男は固く誓った。果たして、何の挑戦を挑むかは、後々に分かる気がした。




     ***




 ヤクザ同士の草野球が終わってから翌日の事、番は学生の本文である学業に勤しんでいた。結局あの後、ヤクザ同士の乱闘騒ぎは警察の介入とかがあり有耶無耶に終わってしまった。しかし約束は約束。約束通り今週の日曜日の夕食は焼肉をたらふく食べながら宝○歌劇団を飽きる程見られる夢の様なひと時を過ごせるのだ。
 正に至福の時間と言えた。当然、そんな至福なひとときを考えているのだからそれは断然顔に出てしまうのであり、自然と番の顔は普段の険しい顔から一辺してにやけてだらしない顔つきになってしまっていた。
 そんな番の顔を見て回りではひそひそと小言が絶えず行われていた。
「おい、轟! 貴様俺の授業を真面目に受ける気があるのか?」
「は?」
 そんな番に渇を入れるかの如く担任の雷が落ちたのだが、本人は何処吹く風としか受けていなかったようだ。
「あぁ、ばっちり聞いてましたよ。焼肉と宝○歌劇団についてはもうバッチリ―――」
 言い終わるよりも前に番の額に指摘棒が投げつけられた。ガツンと痛そうな音と共に番の額には小さなたんこぶが出来上がり、足元に落ちた指摘棒は先の方が歪に折れ曲がってしまっていた。
「馬鹿野郎! 今は数学の時間だろうが! 何が焼肉と宝○だ!」
 すっかりご立腹となってしまった先生。そして回りでは番の珍回答に腹を抱えて笑う生徒達で賑わっていた。そんな生徒達の中で番は少し気恥ずかしくなったのか頬を掻いて誤魔化そうとしたが、所詮は後の祭りでしかなかった。



「あっはっはっ、今日の番は本当に面白かったなぁ!」
「るせぇ! こっちは顔から火が出る程恥ずかしかったんだからよぉ!」
 学業の時間も終わり、辺りでは下校する生徒達で賑わっていた頃、回りではこれから何をしようかとか話し合っている生徒達で一杯だった。
 無論、その中には番と美智の姿もあり、そして美智は腹を抱えて大笑いしていた。
 原因は勿論先の番の発言だったりする。
「それにしても何? あの焼肉とか宝○とか、焼肉はともかく番って宝○歌劇団ってそんなに好きだったっけ?」
「ちげぇよ。昨日の休みの時にヤクザ同士の草野球があってよ。それに助っ人で出て欲しいって話があって、その交換条件として俺が要求したんだよ。因みに宝○が見たいって言ったのは俺の弟の方だ」
「なる程ねぇ、真君は番と違ってお盛んだからねぇ」
「ったく、あいつは男の癖して可愛い子ちゃんには目がねぇからなぁ。兄貴として情けないったらねぇぜ」
 額を抑えなが天に向かい嘆き悲しむ番。しかし、そんな番を横目でニヤリと笑みを浮かべながら美智は見ていた。
「どうかなぁ? 年頃の反応じゃないの。寧ろ17歳にもなって初心な番の方が男の恥なんじゃないのぉ?」
「な、何馬鹿な事言ってやがる! 男として生まれたからにゃ、男の意地を貫き通すのが俺のモットーなんだよ!」
「あっそ、それじゃ私の事は眼中にないって訳ね」
「あったり前だろうが! 男の生き様は喧嘩一筋でぃ!」
「それじゃ、今度の中間テストもその男の生き様ってので頑張ってね。私は手助けしてあげないから」
 美智のその言葉を聞いた途端、番の胸に巨大な何かが突き刺さる音がした。中間テスト。番にとってどんなに強大な敵以上に手強い相手だ。
 何しろ番の成績は赤点取れれば良い位に悪い。それに加えて勉強など全く出来ないのだから美智の手助けがなければ確実に危うい事になってしまう。
「す、すまん美智! 今度のテストもお前の力を貸してくれ!」
「あんれれぇ、女には興味ないんじゃなかったっけぇ?」
「美智さんは別であります! 貴方は他の女子とは違った存在なのです!」
「宜しい。次回のテストも私が補佐してあげようではないか」
「へへぇ、ありがたき幸せに御座います」
 等と、二人して漫才じみたことをしつつ帰り道を歩く。やがて、二人の足は帰り道を歩くついでに先日番が草野球を行った野球場へと訪れてきていた。その野球場では現在小さな子供達が野球を楽しんでいた。
 ヤクザ同士のそれとは違い皆仲良さそうに野球をしていた。背丈的に小学生高学年の面々が主だった。その光景を見て番と美智は笑みを浮かべていた。やはりヤクザ同士の一触即発な野球よりも子供達の無邪気な野球の方が見てて和めるものがある。
 だが、その刹那だった。突如ピッチングマウンドに立っていたピッチャーが番目掛けて右手を振るってきたではないか。その際に右手に持っていた硬球が凄まじいスピードで飛んできた。
「え?」
「退け、美智!」
 咄嗟に美智を自分の後ろに下げ、飛んできたボールを片手でキャッチした。そのキャッチした手を中心に番の全身に凄まじい衝撃が電気信号となって体中を駆け巡った。
(な、何て投球だ! 受けた手を中心にして体中が痺れやがる!)
 番は、自分が取った球を見た。手に持っていたのは普通の野球ボールだ。そのボールが番にこれ程までの衝撃を与えたという事は、あのピッチャーの投げた球の速度はどんでもない速度である事が分かる。
「お前だな、轟番ってのは?」
「誰だてめぇ?」
 ボールを片手に草野球場へと降りてきた番とボールを投げてきた少年の下へと向った。近くで見るとそれは少年と言うよりは青年に近かった。背丈は番と同じか若干低い。昨日番の野球を遠目から見ていた謎の青年だったようだ。
「昨日のあんたのバッティング、見せて貰ったぜ」
「だったら何だ?」
「俺とサシで勝負しないか? あんたのバッティングと俺のピッチング。どっちが強いかケリをつけてぇ」
「面白ぇ、その喧嘩買った!」
 相手の要求に応じ、番は持っていたボールを投げ返した。その球をピッチャーはグローブでキャッチし、ニヤリと自信に満ちた笑みを浮かべた。キャッチした動作や顔つきからしてかなりの腕と見た。しかし、番とて野球にはそれなりの自信がある。幼い頃は良く近所の子供達や大人達と集まって野球をたしなんでいたものだ。
「あんちゃん、このでっかいあんちゃんも参加するのか?」
「悪ぃな、1回だけこのでっかいあんちゃんにピンチヒッターをやらせてくれないか?」
「良いぜ、でっかいあんちゃんもがんばれよ。このあんちゃんのピッチングすげぇんだぜ。何せ稲妻を投げられるんだからな」
 稲妻? 何の事だ。
 意味深な発言をした子供の言葉に一瞬眉を吊り上げる番だったが、気にせずにバッターボックスへと登った。羽織っていた学生服を脱ぎ捨て、白いランニングシャツ一枚の状態でバットを構える。
「そんじゃ、まずは軽くウォーミングアップっと行きますか」
「何時でもきやがれ! 初球からスタンドへ叩き込んでやるぜ!」
「果たしてそう上手く行きますかねぇ?」
 自信に満ちた笑みと共に青年がピッチングフォームを取る。片足を吊り上げ、番を睨み、そしてボールを持っていた右手を振り上げる。
「っっ!」
 咄嗟に番は本能的にバットを振るった。その瞬間にボールが番の振るったバットに当たり金属音が辺りに響いた。
 振るったバットが振るえ、番は震える自分の両手を見た。
(くそっ、さっきのあれでも思ったが何て球だ。まるで鉄球を直に打ってるみたいだぜ―――)
 番の額に冷や汗が流れる。昨日のヤクザの球なんてまるでテニスボールの様に思えてしまう程に今打った球は硬く打ちにくい球だった。
 因みに、番が打った球はレフトスタンドへ飛んで行き、そこで落ちた。俗に言うファウルボールだった。
「流石だな。大概の奴はあれを打てないんだがなぁ」
「ちっ、余裕こきやがって! だが、初球で俺を殺さなかったのがお前の敗因だな。お前の癖は分かった。今度こそスタンドへ叩き込んでやる!」
「偉い自信みたいだけどあの程度で俺の癖を見抜いたと言い張るんだったら、まだまだ甘いぜ」
 そう言って、再度ピッチングフォームに入った。それを見て番もまたバットを構える。再び番は本能的にバットを振るった。今度はピッチャーの投げる姿勢すら見えなかった。そして、番の手に伝わってくる痛みもまた最初の時以上に痛みが走った。
(またか、それにさっきの以上に腕が軋みやがる! 何て球なんだ)
 痛みが伝わる手をじっと見つめて番は顔を強張らせた。今度の球は遥か後方へと飛んで行き、其処で地面に落ちた。これもまたファウルボールだった。
「やるねぇ、今度のこれも打つなんて、こりゃちょっとお前の事を見くびってたみたいだ」
「へへっ、そりゃどうも」
「だけど、今度の球はあんたじゃ打てないね。断言するぜ! 最後の投球であんたを討ち取る!」
「何!?」
 先ほどの余裕の笑みから一変し、その表情には真剣さが伺えた。まるで戦に望む戦士の様な顔だった。
「おいキャッチャー、其処から離れてな。今度の球はお前達じゃ取れないからよ」
「分かったよ兄ちゃん。へへっ、出るぞ出るぞぉ。兄ちゃんの稲妻がぁ」
 またか、一体何なんだ? その稲妻ってのは。
 再び子供達の会話から出て来た稲妻と言うフレーズに番の緊張が高まる。一体何を意味しているのか。
 そんな番を他所に三回目のピッチングが行われた。今度の投球は先の二球とは違いゆっくりと行われている。それこそピッチャーが球を投げる寸前まで番の目にはしっかりと目で捉えられた。
 だが、その次の瞬間であった。投げた球が有り得ない動きを見せたのだ。
 最初は右に動き、今度は左に急旋回する。かと思えばまた右に、そして左に。その動きはまるでジグザグだった。
 しかもその動きが高速で行われたのだ。
「な、何だとぉ!」
 仰天した番。思わずバットをスイングしたが、番の振るったバットにボールは掠りもせず、そのままキャッチャーが座っていた地面に深く突き刺さり地面にめり込んで行ってしまった。
 番の完全なる三振。俗に言うバッターアウトであった。
「な、何だ……今の球は?」
「言っただろ。あんたを討ち取るって。今見せたのが俺の奥の手。その名も【稲妻投法】だ!」
「い、稲妻投法……だと!」
「その名の通り、まるで稲妻の様に球が走る事を意味しているのさ。この投法は人間じゃまず打てない。無論、取る事も出来ない。その破壊力は後ろを見れば明らかだろ?」
 番は後ろを振り向き、ボールがめり込んだ地面を見た。その穴は深く、下手したら1メートル近くは潜っている可能性すらある。硬球のボールを使って此処までの事が出来るとは、恐れ入ったとしか言い様がない。
 下手に取ろうとすればそれこそキャッチャーのドテッ腹に穴が開いている筈だ。
「さてと、ピンチヒッターは見事に討ち取られちゃったし、試合再会と行くか」
「待て、もう一度俺と勝負してくれ!」
「良いけど、今すぐやるの?」
 青年は再び立ち上がる番を見た。あれだけの投球を見たと言うのに、番の目には諦めの文字はなかった。嫌、寧ろ闘志が宿ったようにも見える。
 そのギラギラした目を見て青年もまた笑みを浮かべた。この顔、この顔を待っていたんだ。
 そう言いたいかの様に。
「特訓してくる。今日から5日後の土曜日。同じ時間に此処でお前に再戦を挑む!」
「良いぜ、その挑戦乗った。但し、今度は生身じゃなく、もう一つのあんたの姿でやって貰おうか」
「もう一つだと? まさかお前……」
 驚愕する番の元へそっと近づき、青年が番の耳元で囁くように呟いた。
「土曜日を楽しみにしているぜ。ダイバンチョウ」
「やはり、お前も宇宙人!」
「俺の正体を知りたかったら猛特訓してきな。俺の魂を震え上がらせるほどにね」
 そう言い終えた後で、青年は再びピッチャーマウンドへと立った。そして、再び草野球が行われた。その光景を見つつ、番は青年に対する再戦に向い、次こそ勝利すると言う決意の炎で一杯になったのを感じた。




 地球から遠く離れた宇宙空間。距離からして丁度月と同距離の場所にて、ゴクアク組は恐るべき計画を画策していた。それは生命体だけを殺す強力な毒ガス弾を宇宙から打ち込むと言う作戦であった。
 その作戦は着々と進められており、既に弾丸は完成しており、後はそれを撃つ発射台さえ完成すればこの作戦は開始されるだろう。
【発射台の完成まで後どの位だ?】
【時間からして後5日後になります】
【そうか、完成し次第作戦を開始せよ。目標は日本だ! 良いな?】
 ゴクアク組組長であるゴクアク星王の命令が下る。弾丸の中に込められているのは対生命体用の毒ガス弾だ。これを打ち込めば地球上にある生命体の殆どが死に至るとてつもない代物であった。
【弾数は幾つ仕入れられたんだ?】
【何せこの毒ガス自体貴重な代物でして、撃てる弾丸は一発限りです。ですが、たった一発でも効き目は充分です。これを打ち込めば僅か24時間足らずで地球上の生命体は死滅するでしょう】
【そうか、緑の自然がなくなると価値が下がるのだが、この際止むを得んな。邪魔なダイバンチョウ達さえ居なくなれば後はどうとでも取り繕えられる。作業を急がせろ!】
 ゴクアク組が密かに計画を実行に移した。後5日後に奴らの恐るべき計画が実行されてしまう。そうなれば、地球上の生命体は全て死滅してしまい、地球は死の星となってしまうだろう。
 残された猶予はあまり多くはなかった。




     ***




 再戦まで後4日。番はその日、バンチョーベースで仲間達と共にある特訓を行っていた。その特訓のせいで番の体はボロボロに傷つき、息も絶え絶えとなり立っているのがやっとの状態となってしまっていた。
 無骨で大柄なその体には無数の生傷が出来上がっており、そしてその手には一本のバットが握られていた。
「も、もう一度だ。もう一度頼む!」
【いい加減にしろ番。幾らお前でも鉄球を打つのは無理だぜ!】
 そう言っていたのはドリル番長であった。そのドリルの手には鋼鉄で出来た丸い鉄球が握られている。それを番が持っている小さなバットで打ち返そうとしているのだ。
 身長3メートル近くはあるドリルの手に納まっているのだからその大きさは野球ボールの実に何十倍近くの大きさはある。しかも全てが鋼鉄だ。当たれば骨折程度では済まないだろう。
「構うな! こうでもしなきゃ、俺は奴には勝てないんだ! 頼む、もう一度だ!」
【分かった。行くぜぇ、番!】
 覚悟を決め、ドリルはまた鉄球を投げた。猛烈なスピードで鉄球が番目掛けて飛んでくる。その鉄球を番は持っていたバットで打ち返そうとする。しかし、質量からして球の方が勝り、番は再び壁に叩きつけられてしまった。それからすぐ後に鉄球が壁にめり込み止ってしまった。
「くそっ、まだだ! アイツの投げた球はこの程度じゃねぇ! もう一度だ! もう一度頼む!」
【もう止めて下さい、番さん!】
 再度特訓に望もうとする番を今度はレスキュー番長が止めた。救急車なだけあり番の体を気遣っているのだろう。
「止めるなレスキュー! これは俺の番長人生を賭けた戦いなんだ!」
【だからって、これ以上続けたら最悪番さんが死んじゃいますよ!】
「死んで元々、喧嘩に負ける位なら俺は喧嘩で死ぬ! それ位の覚悟ならとうに出来てるぜ!」
 無茶苦茶な事を言いつつ再び立ち上がり構える番。体はボロボロなのにその闘志は未だに燃え尽きる事なくぎらついている。こうなってしまってはドリル達ではどうしようもなかった。
「其処までにしな。番」
「何だと!」
 声のした方を見ると、番に向い歩いてくる茜の姿があった。何時になく真剣な顔をしている。
「止めるな、茜。お前もスケ番なら分かるだろう!」
「分かるさ、だけどねぇ。幾らあんたでも鉄球を生身で打つにゃ無理があるんじゃないのかい?」
 茜が言うのは最もだった。確かに手に伝わってきたのは鉄球の様な感覚がした。だからと言って鉄球そのものを打ってたのでは対策を思いつく前に体が参ってしまう。それでは意味がないのだ。
「だが、このままじゃあいつの稲妻投法は破れない。どうすりゃ良いんだ?」
「要するに、そうつは恐ろしい速さ+変則的な動きで球を投げてきたんだ。だったら、それに目だけじゃなく五感全てが追いつけるようになれば良いって事だろ? だったら何もバッターじゃなくても身につけられると思うよ」
「何? それは本当か?」
「あぁ、但し、命懸けの特訓になるよ。構わないかい?」
 茜の目が射殺すような気迫で番を睨んだ。番の心に少しでも迷いがあれば腕付くでも止めようとしているようだ。その目に対し、番は一切迷いなどなかった。
「上等だ茜。俺を殺せるもんなら殺してみろ! この轟番。喧嘩に死ぬ覚悟はあっても喧嘩に負ける覚悟はねぇ!」
「決まりだね。だけど、その前にまずは体を治しな。特訓は明日からだよ」
 茜の決定によりその日の特訓は終了した。かと思うと、その場に番はうつ伏せになって倒れてしまった。どうやら相当無茶をしていたようだ。大慌てでレスキューが治療をする。こう言う時にレスキュー番長は偉く重宝する。
 と言っても、番の場合は多少の傷はすぐに完治出来るので問題なく、一日もあれば大概の傷は跡形もなく治る事が出来る。だが、問題は時間だった。傷の完治に無駄な時間を費やす事になってしまう。それが番には気掛かりに思えた。
【無理は禁物ですよ番さん。今日一日は安静にしてて下さいね】
「だ、だけどよぉ~、それじゃ俺の特訓はどうなるんだよ?」
「いい加減にしな。見苦しい!」
 呆れ果てた茜の踵落としが見事に番の脳天に決まる。その一撃は番の意識を刈り取るのに充分な一撃だったらしく、そのまま番は再度うつ伏せに倒れ果ててしまった。
「さ、今の内だよレスキュー。とっとと番を包帯まみれにしてさっさとベットに寝かせてやりな」
【あ、茜さん……凄いですねぇ】
 茜の強烈な一撃に卒倒した番を見て思わず身震いを起こすレスキュー番長とドリル達。宇宙人でも茜のケリは強力だと思い知っているようだ。




     ***




 再戦まで残り3日。その日番は茜が用意した特訓をこなしていた。その特訓と言うのが、茜とのタイマン勝負だった。それも、ダイバンチョウとクレナイ番長とでの―――
【さぁ、ドンドン行くよぉ番!】
【ちょ、ちょっと待て茜! 幾ら何でもこれなないだろ!】
【何言ってんのさ? あんたが強くなりたいって言うから協力してやってるんじゃないのさ?】
【だからって、何で俺の両手を縛ってるんだよ!】
 現在、ダイバンチョウは両腕を後ろに回されて縛られている状態だった。その為、現状では足しか使えない。しかも、相手は足技に長けた茜が相手だ。流石の番でも足技で茜には到底勝てない。
 しかもこの特訓の目的は、茜のケリをほぼ100%で避ける事であった。
 無論、そんな事無理にも等しい。茜のケリはそれこそ音速を超える勢いのもある。それを全て避けなければならないのだから大変な事である。
【ウダウダ言ってないで特訓を続けるよ! 時間がないんだからねぇ!】
【畜生! こうなりゃヤケだ! どんどんきやがれ!】
 覚悟を決めた番が茜のケリに真っ向から立ち向かった。それから暫くした後、全身ズタボロになったダイバンチョウがクレナイ番長により引き摺られてバンチョーベースへと帰還する羽目となってしまった。
【ったく情けないねぇ。この程度の特訓で根を上げるんじゃないよ。まだまだ序の口なんだからねぇ】
【じょ、序の口ってお前なぁ。本気で蹴ってきただろ? しかも前よりも蹴りの鋭さが増してやがるし……】
【あったりまえじゃないのさ。強くなってるのはあんただけじゃないんだよ。それよりも、第二段階の開始だよ】
 そう言うなり今度はダイバンチョウを滝の前に座らせた。今度は何をやらせようと言うのか?
【何の真似だよ?】
【前にテレビで見たんだけどねぇ。凄腕の剣豪ってのはこうして滝を見て滝の水を一つ一つ捉えられるようになれば敵の動きが手に取るように分かるって言ってたのさ】
【そんなに上手く行くのかよ?】
 文句を言いながらも番は真剣に流れ落ちる滝を真剣な眼差しで見つめた。滝の一滴を見るその為に―――
【おい、茜】
【何だい?】
【何時になったら、その滝の一滴が見えるんだ? 俺が見えるのは流れる滝しか見えないんだが】
【そんな一朝一夕で見れる訳ないだろうが!】
 そんな感じでの茜との特訓が一日中行われる事となった。ただひたすらに茜の蹴りを避け続ける事、そして滝の一滴を見る特訓の繰り返しだった。
 そんな事の繰り返しなのだから当然日が落ちて夜になる頃にはすっかりズタボロになった番が出来上がるのであり――ー
「お、終わった……にしても、これで強くなれてんのか?」
「文句言ってる暇があんならちったぁ進歩しな。あんた100発中70発近く諸に食らってんじゃないのさぁ」
「1分間に100発も蹴りを繰り出せるお前の蹴りを全て避けるっての事態無茶振りだと思うぞ俺は」
「それを言うなら鉄球を打ち返そうとするあんたの方がよっぽど無茶振りだろうが!」
 お互い無茶苦茶な特訓なのは確かであった。




     ***




 再戦まで残り2日。その辺りから更に特訓の難易度が上がっていた。昨日から始めていた茜の蹴りを避ける特訓と滝をひたすら見続ける特訓に加えて、更に弾道ミサイル(空)を打ち返す特訓も追加されていよいよ本格的な特訓が行われていた。
 流石に此処まで行くと番自身の目も相当慣れてきたのか茜の蹴りをどうにか避け切る事も出来るようになってきた。だが、弾道ミサイルを打ち返すのは結構難しい難題だったりする。
 何せ目測で見るのと実際の速度とでは違いがありすぎるのだから。目で見て判断した頃にはミサイルが地面に突き刺さっている。と言う事実が結構有る次第であり。
「くそっ! また打てなかった。どうすりゃ打てるようになるんだ!」
【焦ってるせいか動きにぎこちなさが見えるぞぉ番。こう言う時こそ気を落ち着かせて見るんじゃぁ】
 流石年長者なだけあるレッドの助言が飛んでくる。が、落ち着こうと思えば落ち着こうとしても、その度に焦りが上乗せされてしまい結局もとの木阿弥状態が続いていたりしてしまったりする。
 何度かミサイルを空振りしていく内に、徐々に番の中に焦りと同時に苛立ちが募りだしているのが回りから見て取れた。苛立ちが募れば自然とそれに呼応するかの様に振りも雑になって行き、このまま続けたのではただただ無駄に体力を浪費するだけなのは明白この上なかった。
【番さん、一旦休憩しましょう! これ以上続けたって何も進展しませんよ】
【何言ってんだレスキュー! 俺には時間がねぇんだよ! 何としても次の戦いで勝たなきゃいけねぇんだ!】
 レスキューの制止を無視し、彼を突き飛ばそうとしたダイバンチョウ。しかし、それにもめげずにレスキューは尚もダイバンチョウに食いついてきた。30メートルの巨体から繰り出された腕でよろけたが、その腕にしがみついて尚も自分の意思を主張して来たのだ。
【いけません! 今の番さんは精神的に疲れてます。これ以上特訓を続けたら返って危険ですよ!】
【だから、俺には時間がねぇって言ってるだろうが!】
【怪我したら当日の戦いにだって出られないじゃないですか! 今のこの時間は特訓も大事ですが戦いに備えて体調を整える大事な時期でもあるんですよ!】
 レスキューのその一言はとても的を射た一言だった。それを聞いた番は思わずハッとなり我に返る思いがした。
 確かにそうだった。焦るばかりで冷静になって見てみれば結局その場で足踏みしているだけに過ぎない事に気付かされた。
 これでは幾らやったところで無駄な時間でしかない。寧ろ無駄に体力を浪費してしまい大事な時期に体が動かない事態に直面してしまう所であった。
【やれやれ、またお前にお説教されちまうなんてな】
【聞いてくれたんですね、番さん】
【分かったよ、少し休む。それと何か飲む物くれないか? 喉渇いちまってさ】
【それならこれを飲んで下さい】
 そう言うなり兼ねてより準備でもしていたのか、用意周到かの如くレスキューがロボットサイズの水筒を差し出してきた。飲み口にストローが刺さっており少しずつ飲めるように心配りされている。
 が、受け取ったところで気付いたことが一つあった。
【の、飲めない……】
 そう、ダイバンチョウには口がないのだ。合体した際にバンチョウの時にあった口はフェイスマスクで隠されてしまう為に防御力は上がるのは良いがこれだと案外不便だったりする。
 ならば合体を解いてから飲めば良いのでは? と思うだろうが、そうすると飲み終わった際にまた合体しなければならない為どの道面倒だったりする。更に今の番は物凄く喉が渇いていた為にむしょうに水分を欲していた。その為冷静な判断など行える筈がなかったのだ。
【あぁもう、面倒臭ぇ!】
 苛立ちと焦りがMAXになった番は何を血迷ったのか自分自身を守っていたフェイスマスクをあろう事か自分自身で殴り壊してしまった。ダイバンチョウの拳を受けた流石のフェイスマスクであったがマスク全体に亀裂が走り、やがて粉々に砕け散ってしまった。
 砕けたマスクのしたからバンチョウの姿が露になる。其処へすかさず水筒のストローを口に突っ込んで中の冷たい水分を勢い良く啜っていく。
【おぉ、こりゃ美味ぇ!】
【えっと、僕なりに作った栄養ドリンクです。栄養面を重視したんで味の方にはあんまり自信なかったんですけど―――】
【いやいや、結構いけるぜこれ。やっぱお前こう言う分野だと強いんだなぁ】
 そう言い水筒の中にある栄養ドリンクを美味そうに飲んで行くダイバンチョウ。しかし、こんな事で良いのだろうか?
 古今東西勇者シリーズにとって主人公ロボのフェイスマスクが破壊されるのは最終回とか強敵との激戦の際に深いダメージを負ってしまったが為に破壊される。と言うのが定石だった。だが、それをこのダイバンチョウはあろうことか水筒を飲みたいが為に叩き壊してしまったのだ。かつて幾度となく築き上げてきた勇者ロボット達のフェイスマスク破壊の名シーンを滅茶苦茶にした勇者が過去に居たであろうか?
 嫌、多分居ないだろう。
【あ、皆さんも飲みます? 一応全員分用意してありますけど】
【へぇ、気前が良いじゃねぇか。頂くぜ】
【ワシも貰おうかのぉ】
【そんじゃ、私も貰うよ】
 レスキューからダイバンチョウが飲んでいるのと同じ栄養ドリンクを受け取り、皆それぞれ一口啜ってみる。番があれだけ太鼓判を押したのだからきっと美味いに決まっている。そう思い何の疑いもなく中の液体を舌の上に乗せてみた。
 途端に舌を中心に全身に凄まじい稲妻が走り、続いて体中に激しい痛みが駆け巡ってきた。かと思うと最初に痛みを感じた舌に苦さ、不味さ、渋さ、辛さ、えぐさ、しょっぱさ、すっぱさ、他多数と言う要するにマイナス要因とも言える味覚が舌の上で激しいダンスを踊っていた。続いて体全体に激しい痺れを襲い、続いて猛烈に体中が熱を帯び出し、今度は逆に体を異様な寒気を襲ってきた。
 まぁ、どうなったかって言うと、ダイバンチョウ意外のレスキューが用意したドリンクを飲んだ三名は地面をのた打ち回り顔面蒼白状態となり口から泡を吹いて虫の息になりながらひたすらに苦しみ続けている図が出来上がってしまった。
【あ、あれ? 皆さん、大丈夫ですか?】
【何だお前等? そんなに美味いのかこれ?】
 等と言いつつ一人シレッとした顔でレスキューが用意してくれた栄養ドリンクを飲む。レスキュー意外の仲間が此処でようやく理解した。
 ダイバンチョウ、如いては轟番の味覚は明らかに異常だと言う事を。
【うっし、これのお陰で何だか元気も出て来たし、特訓を再会するとすっか!】
【頑張って下さいね、番さん。僕達は此処で気絶している人たちを医務室に運んで来ますんで】
【おう、頼まぁ】
 とりあえずこのままだと至極邪魔なのでレスキューに倒れた三人の看護を任せて、ダイバンチョウは再度特訓を始め流事にした。バットを両手で握り締めて意識を集中し、迫り来るミサイル(中身無し)を見据えた。
 ふと、番は体に違和感を感じた。今までミサイルを目測で捉える事が困難だったと言うのに、少し休憩してレスキューのドリンクを飲んだ後再開した途端、ミサイルを余裕で目視できたのだ。
 まるでミサイルが止まっているようにも見えた。
(な、なんじゃこりゃぁ!?)
 自分自身激しく動揺していたが、とりあえず良く見えるミサイルにバットを合わせてスイングする。するとつい先ほどまであんなに振っても当たらなかったミサイルにジャストでバットが捉えてくれたのだ。捉えられたミサイルは放物線を描き遥か彼方の海原へと沈んで行った。その光景を目の当たりにしたダイバンチョウは思わず歓喜すると同時に驚きの感情が浮かび上がっていた。
【す、すげぇなぁ。もしかして、これもあのレスキューが作ってくれた栄養ドリンクのお陰なのかもな】
 何はともあれ、レスキューのお陰で特訓は無事に成功したので、ダイバンチョウはご満悦のままとりあえず今日はそのまま休む事にした。
 しかし、いざ休憩室に辿り着いてみると、其処には青ざめた顔でベットの上で横たわる茜。そして格納庫には同じ様に青ざめた顔で唸っているドリルとレッドの姿が見えた。その光景を目の当たりにした番は静かにその場を立ち去り、仕方なく近くのソファーにて横たわり休む事にした。




     ***




 再戦まで残り1日。その日になると流石に落ち着いたのか、番自身部屋の中で座り込み、ただひたすらにあの時見た野球少年の放った稲妻の様な投球を思い返して見ていた。今でも尚も番の脳裏に深く刻み込まれていたあの稲妻の様な動きを放つ球の軌道。
 その軌道はとても常人の目では見る事は出来なかった。だが、今の番ならばそれをしっかり見る事が出来る。
 あの時飲んだレスキューの栄養ドリンクが、そして皆が必死に協力して特訓してくれたお陰で今では稲妻の軌道をより観察して見られるようになってきた。
 と言っても番が見たのはほんの一球だけだったのでそれだけの記憶しかない。
 その記憶だけであの少年の投球を見破らなければならない。
 今、番の脳内には真っ暗な世界の中に白い線で敷かれたダイヤモンドと格ベース。そしてバッターボックスにてバットを構える番とピッチャーマウンドにて投球フォームを取っている例のピッチャー少年。
 そして、その少年が放った最後の一球。その動きはまるで稲妻の様に予測不能の動きをした後、キャッチャーの居た場所の地面にめり込んで行くボール。その動きを何度も番は脳内で見返していた。
(確かに、奴のあの稲妻じみた動きを予測する事は無理だろう。だが、確実に何処か穴がある筈だ。きっと何処かに……)
 その時、番はある事に気付いた。ピッチャーの放った一球。その軌道は稲妻じみた動きをしているが、最後には必ずストレートの位置に球が訪れる事に番は気付いた。
 だが、其処に到達して過ぎ去るまでの時間はおよそ0.05秒程度しかない。
 つまり、少しでも見誤ってしまったらアウトと言う事になる。
(奴はこの稲妻じみた投球をした際、最後には必ずストレートと同じ位置にボールを収めるように投げている。其処がスイングするチャンスって奴か。だが、時間的にはたったの0.05秒程度しかない。チャンスはほんの一瞬。しかも、稲妻投法自体が恐ろしいスピードを誇っているから実際には0.05秒もないかも知れねぇ。だが、穴は分かった。後はこれを完璧に討ち取れるまで頭の中で練り上げていくだけだ!)
 それから番はひたすらに頭の中で幾度も野球少年の最後に投げた稲妻投法を模写し続けていた。番の脳内ではバットを構えた番が少年の投げる稲妻に対してひたすらにバットを振り続けていた。
 時に外し、時にヒットしたがバットがへし折られ、更には当てようと身を乗り出したが為に体に稲妻が突き刺さり胴体に風穴が空いてしまった。
 そんな感じで幾度も幾度も対稲妻投法イメージトレーニングを行い続けていた番は、何時しか深い眠りの中へと落ちてしまった。
 目の前に広がるのは幾度も自分の体に突き刺さる一筋の稲妻。この稲妻をどうすれば退ける事が出来るのか?
(駄目だ、何度も試したがどんなに打ち返そうとしてもそれよりも前にバットがへしゃげちまう。これじゃ確実に二球目の稲妻で俺は討ち取られちまうじゃねぇか! どうすりゃ良いんだ?)
 悩み続ける番。一体どうすればあの稲妻投法を克服できるのだろうか。悩めば悩むだけ番の体にはその稲妻が突き刺さって行く。そして、その度に少年の黒い笑みが番の目の前に広がっていくのが見えた。
 無念にもその場に膝をついてしまった番。男にとって敵の目の前で膝を突く事は敗北を自ら認めた事を意味してしまう。それ程までに男にとってそれは屈辱的な事だったのだ。
(どうすれば良いんだ。どうすればあの稲妻を克服出来る? どうすれば―――)
 悩む番の脳裏にふと、セピア色の風景が映し出された。それは、番がまだ幼かった頃。生まれて初めて見た雷に驚き腰を抜かしてしまった番に対し祖父が言った言葉であった。
『良いか番、男が自然の力に打ち勝つ為には己の全力を尽くして挑まにゃいかんのじゃ。決して引き下がってはいかん。寧ろ一歩前へ足を踏み出し、魂に力を込めて自然に立ち向かうんじゃ。さすればお前もまた一つの天災になれるじゃろう。天災に打ち勝つには己自信が天災にならなければいかんのじゃ!』
 その言葉が不思議と番の心に深く刻み込まれた。その言葉を胸に頂き、番は再度立ち上がりバットを構えようとした。だが、感触が違う事に気付き、持っていた物を見ると、それは普段からダイバンチョウが振るっているであろう木刀ブレードであった。
 その木刀ブレードを両手で強く握り締めた刹那、木刀ブレードに真っ赤な火柱が上がり、刀身全体を覆ってしまったのだ。
(これは、木刀ブレードが燃えている! 俺の魂で真っ赤に燃え上がっているのか。これが、これが爺ちゃんの言っていた天災……これが天災なのか?)
 戸惑いながらも番は燃え上がる木刀ブレードを構え、襲い来る稲妻を見入った。またしても稲妻は凄まじい速度で迫ってくる。だが、今度は逃げやしないし、恐れもしない。今や轟番は稲妻や台風と同じ『天災』となったのだから。
「条件が同じならば怖いものはねぇ! 後は気力と根性で勝負だ!」
 渾身のフルスイングが行われた。振るった木刀に稲妻の穂先は見事に命中し、そのまま遥か彼方へと飛び去ってしまった。
 青白く光っていた稲妻は番の魂の炎を受けて真っ赤な火の玉となり天へと登っていく。
 その光景を目の当たりにした番は、その場で大きく勝利の声を挙げた。
 やっと掴めた。つかむ事が出来た。稲妻に打ち勝つ必勝法を。
 これで戦える。これであの稲妻に立ち向かえる。そう思い目を開いた時、空にはうっすらと陽が昇り、朝を迎えようとしていた。




     ***




 再戦当日、番が向った原っぱには以前戦った野球少年が仁王立ちして立っていた。
 以前の時と全く変わらない白いユニフォームに野球帽を被った姿のままだ。
 少年の顔には並ならぬ自信と気迫が感じ取れた。だが、番にもまた同じ位に自信と気迫が感じられている。
「その顔色、どうやら以前とは違うみたいだな」
「ったりめぇだ。てめぇに再戦を挑む為にこの5日間死にもの狂いで特訓してきたんだぜ」
「嬉しい事言ってくれるじゃねぇか。それじゃ、さっさとおっぱじめるとしようか!」
 そう言うなり少年の姿が瞬く間に変貌していった。その姿は全長約30メートルはある巨大な宇宙人の姿に変わったのだ。
 右手には星すら砕くバットを携え、左手の砲塔からは剛速球が放たれる。
 正に野球をする為に生まれた異星人と呼ぶに相応しい姿であった。
「それがお前の真の姿か?」
「そう、俺の名前は『ピッチャー星人』ダイバンチョウ、お前に勝負を挑みに来たぜ!」
「そうかい、だったらこっちも本気で行かせてもらうぞ。行くぞ、バンチョウ!」
 番が叫ぶ。すると何処で待機していたのか? と思わせる感じでバンチョウが姿を現す。即座に二人は合体しバンチョウとなり、更に番トラを呼び寄せて根性合体を果たす。
 それなりに広いグランドに全長30メートルの巨人が二体並び立つ図式が出来上がった。
【さて、それじゃさっさと始めるとするか】
【待て、このままじゃ雰囲気が出ないから俺なりに雰囲気が出る様にしてみた】
 番がそう言うと、ピッチャー星人の周囲を取り囲む形でレッド番長、レスキュー番長、クレナイ番長が現れ、更にダイバンチョウの背後にドリル番長が陣取る。
【おいおい、こりゃ何の真似だ? まさかよってたかって俺の事をぼころうって算段なのか?】
【ちげぇよ。お前がこないだの俺のバッティングを見ていたってんならこの陣取りが何を意味するのか分かるだろ?】
 番の言いたい事をピッチャー星人は即座に理解した。つまり、周囲に居る仲間達はそれぞれベースに居る走打者であり、背後のドリルは俗に言うキャッチャーの類なのだろう。つまり、一週間前に番が助っ人で打者として立った草野球の場面を再現していたのだ。
【なるほどな、此処でお前さんがホームランを打てば逆転満塁になってお前の勝ち。逆に俺が三振で討ち取ればゲームセットで俺の勝ちって事か……中々粋な事してくれるじゃねぇか】
【まぁな、これでちったぁやる気も出ただろう?】
【出た出た! 益々血が騒いできたぜ。こんだけされたんだから俺は必ずてめぇを討ち取ってやるよ】
 手に持ったボールを堅く握り締め、ピッチャー星人は鼻を鳴らした。が、その思いはダイバンチョウもまた同じであった。
 此処で以前の雪辱を果たす為に、今度こそ奴を討ち取るのだ。
 互いに闘志を燃え上がらせつつ、最後の投球が行われた。ピッチャー星人が投球フォームを取り、そのまま第一球が放たれた。
 人間の時とは比べ物にならないスピードでそれは真っ直ぐドリルの構えているグローブの中へと突っ込んで行く。だが、それをダイバンチョウが許す事はなかった。
【以前の俺とは違うぜ! こんな球で討ち取れると思ってんじゃねぇぞ!】
 豪語し、番が持っていたバットを振るった。振るったバットに投げた球が見事に被さり、カキンと音を立てて球が宙を舞う。
 だが、打球は見た目とは裏腹にそれ程飛距離は伸びず、ピッチャー星人のまん前に打球が落下し、其処でピタリと止まった。
【へぇ、俺の球をファール以外で取れた奴はあんたが始めてだよ。どうやら相当特訓を詰んできたみたいだな】
【ったりめぇだ! 今の俺にゃお前の球は止まった球に見えるぜ。ハエでも集ってるんじゃねぇのか?】
【言うねぇ、それじゃいきなりだけど、俺も本気を出させて貰うぜぇ!】
 肩をグルグル回し、ピッチャー星人の目つきが鋭くなったのを感じた。言葉遣いとは裏腹にかなり神経を研ぎ澄ませているようだ。ようやく本気になった。と、言う事だろう。
 そんなピッチャー星人の本気の一球が放たれた。轟音と共に凄まじい速度で球が向ってくる。最初の一球とはまるで比べ物にならない速度だった。
【なめるなぁ!】
 それに対し、ダイバンチョウもまた同じようにバットを振るった。しかし、今度の球は先ほどの時みたいにカキンとは鳴らず、寧ろ鉄の棒がへしゃげて折れる音が聞こえてきた。打球は再度ピッチャー星人の前にポトリと落ちて止まる。その光景を目の当たりにしたピッチャー星人の顔にようやく曇りが見え始めた。
【どうやら、あんたは本当に噂通りの男みたいだな。俺の球を二回も打ち返すなんて正直自信を失くすぜ】
【へへっ、そう言うお前こそとんでもねぇ球を出してくるみたいだな。腕が痺れちまうぜ】
 ダイバンチョウが両手をヒラヒラさせ、持っていた金属バットを放り捨てた。見れば、バットは根元から見事にもぎ取られており使い物にならなくなっていた。どうやら先の球を打った際の反動で千切れ飛んでしまったようだ。そんな訳で折れたバットの代わりとして取り出したのがダイバンチョウの代名詞でもある木刀ブレードだった。
【前はお前が俺を討ち取るって言ってたな。それじゃ今度は俺が返すぜ】
【何!?】
【俺は宣言する! 次に放つてめぇの稲妻をスタンドに叩き込む! それで俺の逆転勝利だ!】
【挑発のつもりか? 良いだろう、その挑発に乗ってやる! 今度もお前は、俺の稲妻に倒れるんだからなぁ!】
 互いに啖呵を切りあい、そして最後の一球が放たれた。ピッチャー星人が放ったのは以前のそれと同じ、嫌、それ以上の軌道で動き回る稲妻であった。
 速度、変則性、威力、どれも以前のとは比べ物にならない。それがダイバンチョウ目掛けて迫ってくる。だが、ダイバンチョウは、番は待っていた。稲妻の中にほんの一瞬だけ現れるチャンスを。
 それを待っていた番は、ふと茜がやらせた滝を見入る特訓を思い出した。無数に流れる滝の水から一滴を見極める特訓。
 それを思い出していたのだ。怒涛の勢いで流れ落ちる滝の水。その中から番は見つける事が出来た。たった一つだけ緩やかに落ちる水の一滴を―――
【見えた! 滝の一滴!】
 番の声と共に全身に力を込める。木製の木刀の刀身に炎が纏われていき、その炎がやがてはダイバンチョウすらも包み込んで行った。
【燃えている。ダイバンチョウが……真っ赤に燃えているのか?】
【お前が稲妻を放つ天災ならば、俺は炎を放つ天災だ!】
 烈火の如き炎を纏ったダイバンチョウのスイングとピッチャー星人の放った青い稲妻が互いに激突し、激しい衝撃と轟音を奏でる。辺りには火花が舞い散り振動が地面にヒビを作る。しかし、ダイバンチョウの本領は此処からであった。
【行くぜピッチャー星人! これが俺の、逆転サヨナラ満塁ホームラン打法だぁっ!】
 豪語し、ダイバンチョウは振り抜いた。青い稲妻は真っ赤な炎を纏い、遥か上空へと飛び去っていく。その打球は成層圏を突き抜けて、暗く満天の星空が漂う広大な宇宙へと消えてしまった。
 その光景を目の当たりにしたピッチャー星人は、言葉なくその場に膝を崩してしまった。男が膝を突くのは敗北を意味している。そして、それは同時にダイバンチョウの勝利を意味していた。
 木刀ブレードの剣先を地面に刺し、打球の飛んで行った方をダイバンチョウは眺めつつ一言漏らした。
【やっぱ野球は、9回裏ツーアウトからだぜ!】
 決め台詞をバッチリと決め、ダイバンチョウは膝を崩しているピッチャー星人の元へと歩み寄った。
【フフフ……】
 すると、ピッチャー星人の口からかすかな笑い声が聞こえた。かと思うと、それはすぐさま盛大な大笑いへと変貌し、ピッチャー星人は天に向かい大笑いを決めた。その光景を目の当たりにしたダイバンチョウは暫く何も出来なかったのだが、やがて笑いを終え、立ち上がったピッチャー星人を見入った。
【負けたよ、ダイバンチョウ。俺の稲妻を打ったのは宇宙広しと言えどもあんただけだ】
【いや、俺も一度お前に負けた身だ。そして、その敗北の味を噛み締めて俺は這い上がってきた。今度はお前の番だぜ。ピッチャー星人】
【あぁ、もっともっと特訓して、稲妻投法より凄い技を身につけてやる。そしたら、もう一度勝負してくれよダイバンチョウ】
【おう、このダイバンチョウ。喧嘩だったら朝の8時から夕方の6時まで受付中だぜ!】
 勝負を終えた男達との間には深い友情が結ばれる。それに国籍、ましてや星の違いなど稀有に等しい。それは互いに血を流し拳を混じ合わせた者同士にしか分からない深い絆なのだ。
【さて、勝負も終えたし、今度は何処の星へ特訓に行くかなぁ?】
【ちょっと待てよ、すぐに此処を出るのか?】
【あぁ、早く今よりも強くなりたいしな】
 荷物を纏めて地球を去ろうとするピッチャー星人。そんな彼に対し、何を考えたのかダイバンチョウが彼の肩を掴んで引きとめた。
【折角だ、明日の夕方にでも飯食いに来いよ。美味い土産話にでもなるだろ?】
【良いのか?】
【お前とは今日からダチ公になったんだ。ダチ相手に遠慮は無用だぜ】
【そうか、なら遠慮なく奢って貰うぜ、ダイバンチョウ】
 




      ***




 丁度その頃、月軌道ではゴクアク星人達が密かに進めていた地球人類抹殺計画が最終段階へと差し掛かっていた。砲台は既に完成し、弾頭も装填し終え、あとはそれを日本に向けて発射するだけだった。
【いよいよか。あの忌々しいダイバンチョウともこれで別れとなると清清しいものだな。直ちに発射秒読みを始めろ!】
【秒読み開始! 発射まで10秒……ん?】
 いざ、秒読みを開始しようとした矢先の事だった。突如、地球から何かが猛スピードで飛んで来るのが見えた。それは青と赤の二色を持ち、凄まじいスピードでこちらに飛んできているのが見える。
 見れば、それは巨大な野球ボールだった。但し、速度が段違いに速い。スペースシャトルや弾道ミサイルの比じゃない。そして、その野球ボールは地球人類抹殺計画に使用する筈だった砲台を貫通し、そのまま広大な宇宙へと消え去って行った。無論、貫通された砲台はその場で盛大に爆発し、木っ端微塵となってしまった。
【んがぁ、莫大な資金を使って作った砲台と毒ガス弾が!】
【く、組長! 今の損害で我等の組の財政に多大な被害がぁっ!】
【んげぇっ! 一体あの機材はどれ位したんだ?】
【丁度、われ等の上納金と宇宙麻薬の売り上げで約10ヶ月分に相当します】
 それを聞いた途端、ゴクアク星王は目の前が真っ白になっていくのを感じた。莫大な資金を投入して計画した作戦がまさか水泡に帰してしまったのだから。
 その結果、ゴクアク星王は2,3日の間床に伏せてしまったのは余談だったりする。




 翌日の夕刻時、番町内にある国際ホールにて今話題の宝○歌劇団のコンサートが行われていた。そのコンサートを見ながら、轟家とピッチャー星人の面々は焼肉を頬張っている光景が見える。
 因みに、客は他には居ない。轟家の完全貸切状態だった。
「見ろよ兄ちゃん! 生の宝○だぜ! かっくいぃよなぁ!」
「へへっ、感謝しろよぉ真。こうして宝○を見ながら焼肉が食えるのも俺がこないだの草野球でホームランたたき出したからなんだからなぁ」
 鼻を鳴らしながらも番は七輪の上で肉を焼き、焦げ目がついたそれを受け皿に取り、塩を振りかけて食べた。口一杯に広がる肉の旨味が堪らない。
「へぇ、これが地球の飯なんだな。うん美味い美味い!」
 どうやらピッチャー星人も気に入ったらしく美味そうに肉を食べている。その輪の中で恵も少量ずつだが美味しそうに食べている。正に至福のひとときとはこの事であった。
「有り難うよ番。良い土産話が出来たぜ」
「おう、他所に行っても頑張れよ。俺も今以上に強くなって見せるからよ」
 そう言って互いに堅い握手を交わす両者。そんな隙を突くかの様に真が七輪の上に並べられていた肉を一斉に掻っ攫っていく。
「あぁ、俺のタン塩とカルビがぁ!」
「へっへぇん、早い者勝ちだぜぇ」
「てめぇ真!」
 真が奪った肉を奪い返そうと箸を突き立てる番。されどそれを真は華麗に交わし、奪った肉を全て口の中に放り込んでしまった。口いっぱいに頬張った肉の味を噛み締めている真の顔がほころんでいるのが見える。
「うんめぇ! やっぱ肉はこうじゃないとなぁ」
「んなろぉ~~」
 兄弟で仲良く肉の奪い合いを始める二人。その光景が微笑ましかったのか笑いながら見つめる母恵。そして、そんな光景を見つつもそれを肴に肉を食べ続けるピッチャー星人。だが、番は知らない。計らずも自分が地球人類の命運を守ったと言う事実を。
 それを知る由もない轟家は今、ただ肉の味と平和の味を堪能するのであった。
 余談だが、レスキューの栄養ドリンクを飲んでしまった茜達が目を覚ましたのはその翌日の事だったそうだ。




     つづく 
 

 
後書き

   次回予告


「突然起こった大竜巻のせいで俺ん家が吹っ飛んじまった!
 どうやらこの竜巻もまたゴクアク星人の奴らの仕業らしい。人の家をぶっ壊しやがって!
 怒りを胸に挑んだは良かったが相手は俺達の弱点を突いた戦法で来たせいで大苦戦? 
 負けてたまるか! 男の魂は常に特攻だぜ!」

次回、勇者番長ダイバンチョウ

【特攻上等!ご先祖様が遺した新たな力】

 次回も、宜しくぅ! 
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