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勇者番長ダイバンチョウ

作者:sibugaki
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第13話 死亡確率99.9%!? 男は最後まで諦めず走り続ける生き物也

 番町内に幾つ公園があるのか? そんな事など今更数える気などないのだが、とにかく今回の話の冒頭は番町内にあるとある公園から始まる。
 現在、轟番はその公園の中に居た。彼の回りでは柄の悪い不良が総勢でも10人位集まって来ている。
 どいつもこいつも良い面構えをしながら番の事を睨みつけてきている。
 これだけ言えば分かると思うのだが、今回番がこの公園にやってきたのはこの不良達が呼んだのは明白の事だったりする。
「俺を呼んだのはてめぇらか?」
「おうよ、てめぇがこの町の番長だってのは知ってるぜ」
「てめぇをぶちのめしてこの町を制覇してやらぁ!」
 等などと勝手気ままな事を抜かしまくる不良達。こいつら、別の町から来た奴らだな。俺の事を知っている奴なら10人程度で喧嘩を挑む筈がない。
 余程喧嘩に自信の有る奴でない限りそんな馬鹿げた事はしない。
 では、こいつらは自信があるか? と聞かれれば迷わずNOと答える。こいつらは表面上は粋がっているだけで実際は大した事ない連中の集まりだ。
 今回の喧嘩は至極詰まらない物になるのだと予想し、番は激しく落胆した思いを悟られないように一息吐いた。
「雑魚と喧嘩する気はねぇ。見逃してやるからとっとと失せろ」
「んだとてめぇ!」
「お前等と喧嘩するだけ時間の無駄なんだよ。それとも……一辺病院のベットでミイラ男になんねぇと気が済まねぇって口か?」
 腕を鳴らしながら鋭い眼光で不良達を睨みつけて見せた。この一連の動作で肝の小さい奴なら間違いなく尻尾を巻いて逃げる。この不良達はそんな事はしなかったが、下半身が震えているのが見える。
 やはり見せかけだけの連中だったか。
 こんな雑魚と喧嘩した所で時間と体力の無駄にしかならない。さっさと終わらせた方が節約に繋がるのだ。
 それはもう色々と―――
「へへっ、これを見ても俺達が雑魚って言えるのかよ?」
 そう言って一番先頭の不良が懐から取り出したのは鈍く光る物。即ちナイフの類だった。他の不良達もそれぞれ鉄パイプだとか角材だとか、とにかくそう言った類の得物を持ってこちらを睨んでいた。
「ちっ、肝っ玉も小さい奴らはやる事も小さいんだな」
「あぁん?」
「そんなもん持ってきた位で俺に勝てるって思い上がってる時点で腰抜けなんだよ」
「んだとぉぉ!」
 遂に不良達の怒りが頂点に達した。それに比べて、番は偉く落ち着いている。こいつら相手に燃え上がる要素など欠片もない。
 雑魚との喧嘩ほどつまらなく空しい事はないのだから。
「さっさと掛かって来い。一人一人は面倒だ。纏めてミイラ男にして病院のベットに寝かしつけてやるよ」
「抜かしやがれ! だったら俺達がてめぇを棺桶にぶち込んでやらぁ!」
 互いの啖呵が切り終わった辺りで不良達が向って来た。それぞれの手に得物が持たれており、それらが全て番に向って振り放たれていく。
 それらが番の目の前に来た刹那、番の両目がギラリと輝き、彼の体内に眠る本能を呼び覚ました。
「喧嘩舐めんじゃねぇぇぇ―――!」
 その一言が怒号の如く放たれた直後、喧嘩は終了した。一瞬、正に一瞬の出来事だったと言える。
 殆どの不良を拳一発で宙に舞い上がらせ、そして地面に激突させた。外野側から見れば番が一発で仕留めたと思えるだろうが、実際は目にも留まらない速さで不良達の急所に打撃を浴びせて卒倒させたのだ。
 ゆえに殆どの不良達が白目を剥いて倒れている。中には口から泡を噴いている輩も居るし顔面蒼白して殴られた箇所を必死に押さえて悶え苦しんでいる輩も居たりする。
 そんな奴らを尻目に番は公園を後にした。
「俺と喧嘩したいんだったらもっと腕と魂を磨いてきな」
 不良達に背中を向けつつ、最後の捨て台詞をバッチリ決めて、番のその日の喧嘩は終了した。不良達の事なら放って置いても問題ない。あそこの公園は人通りが多い。いずれ通りかかった人が救急車を要請して、あいつらをミイラ男にして病院のベットに寝かしつけてくれる事だろう。
「は~あ、ったく詰まらねぇ喧嘩しちまったぜ」
 歩道を歩きながら番は深く溜息をついた。此処最近ゴクアク星人達との激闘は相変わらず続いているのだが、それも最近物足りなく感じて来たのだ。
 勿論苦戦する事もあるにはある。だが、相手はその名の通り卑怯な戦法を使ってくる極悪非道な連中ばかりなのだ。そんな奴らをぶちのめす事に番は次第と飽き始めてきたのである。
「宇宙にはもっといねぇのかよぉ~。腕っ節が強くて真正面から喧嘩を吹っ掛けてくるような男気のある奴ってのはよぉ」
 天を仰ぎながら空しく呟く番。そんな無理難題を仰られてもどうにもならないのが現実だったりするのだが。
 そうこうしていると、背後から誰かが走ってくる足音が聞こえた。
 響く音からして子供の足音だと分かる。その足音は番の丁度真後ろ辺りにまで近づくとパタリと音を止めた。
 振り返ると、其処には息を切らせて膝に手を当てている真のそれがあった。
「何だ真。そんな息切らして一体どうしたんだよ?」
「に、兄ちゃん。一大事だよ!」
「何が一大事だってんだ。お天等さんが綺麗に輝いているこのご時世に一大事だなんてある訳ねぇだろうが」
 天を指差して豪語する番。確かに今日の天気は快晴、雲一つ無い絶好の洗濯日和だった。
 だが、真が言いたいのはそんな事じゃない。とても重大な事実だったのだ。
「そうじゃないんだよ! 出たんだよ。隣の山田さんの家に!」
「出たって何が?」
「鼠だよ! 鼠の大群! それも20匹以上は居るって話だよ兄ちゃん!」
「それを早く言いやがれぇぇ!」
 その事実を聞くや否や脱兎の如きダッシュ力で道を走り出す番。そんな番の肩に掴まって真もまた同じ道を急ぐのであった。
「兄ちゃん! これで今夜の晩御飯に肉が入るね」
「あぁ、久しぶりの鼠だぜ! お袋も喜んでくれるだろうよぉ!」
 等と可笑しな会話をしている二人。一応説明させて貰うと、
轟家はかなりの貧乏な家庭だったりする。一応月の電気代などは払っている。と言うか番が払わせているのが現状だったりする。
 だが、食費は結構掛かるのが問題だ。何せ食べ盛りの男が二人も居るのだ。その掛かる食費を少しでも抑える為に食べれる物は何でも食べるようにしているのがこの兄弟だったりする。
 例え、それがご家庭に現れた鼠の類だったとしてもだ。
「急げ真! でないと業者を呼ばれて根こそぎ持っていかれちまうぞぉ!」
「業者さんが持って行ったら全部動物の餌になるんだろ? そんなの勿体無いよぉ!」
「あったぼうじゃねぇかぁ! 家の中から沸いたのならそれの所有権は人間様に有りだ! 一匹残らず捕まえて今夜の晩飯にするぞ!」
 そんな物騒な事を口走りながら道を急ぐ二人。そんな二人の目の前に突如暴走するバイクの群れが現れた。見ればこいつらも番目掛けてやってきた暴走族の類だったようだ。
 今日は良く喧嘩に絡まれる日だ。
「見つけたぞ轟番! てめぇを倒して俺達【レッドクリーm―――」
「邪魔すんなボケェ!」
 名乗り途中だと言うのに番は先頭の暴走族を蹴り飛ばす。そのままの勢いで背後に居た暴走族を猛烈なパワーで跳ね飛ばして更に先を急ぐ。今は下らない喧嘩をしている余裕などない。急いで山田さんのお宅にお邪魔して大発生した鼠を捕獲しなければならない。
 そうすれば、今夜の食卓はバラ色に輝く筈なのだ。
「待て番! まだ勝負は終わってねぇぞ! 今度こそてめぇを墓場に送ってやるぅ!」
 そんな番の後ろから先ほど一撃で倒した不良達が猛スピードで追い駆けて来ているのが見える。恐ろしい回復力だ。
 更にその後を先ほどの暴走族が追い駆けてくるのも見える。
「待てや轟番! 俺達と勝負しろ! そして大人しく殺されろ!」
 等と勝手な事をほざきながらいつまでも追いかけてくる。流石にあんな奴らが居てはネズミ達が驚いて逃げてしまう。そうなっては本末転倒だ。面倒だが仕方ない。
「てめぇら、喧嘩するなら時と場合を考えてから挑みに来いやぁクソボケェェェ――――」
 その後、怒りに身を任せた番のドキドキ不良解体ショーが実演されたのだが、余りに凄惨かつ狂気でバイオレンスでホラーで18禁でグロテスクな描写が多々見られた為に、割愛させて頂きます。
 尚、ドキドキ解体ショーに使用された不良達はその後、親切な町民の要請でやってきた救急車で搬送され、搬送先の病院でミイラ男に大変身……したそうです。はい、冒頭終わり。




     ***




 そんな訳で長い冒頭シーンから暫く経ったのが現在ってな訳で、今番と真の二人は隣の山田さんの家にやって来た次第であり。
 これから山田さんの家に大量発生した鼠の捕獲作業に取り掛かろうと思ったのだが―――
「あらぁ、一足違いだったわねぇ番ちゃんに真ちゃん。つい今さっき業者さんにお願いして家の中で大発生した鼠全部駆除して貰った後だったのよ」
「な、なんだとぉぉぉぉぉぉ!!!」
 苦労してやってきたと言うのにこの始末。余りにもあんまりな報せに番と真は揃ってショックを受けてしまった次第であった。
「くそぉ! 後少し、あと少し早く到着していれば……俺達が鼠全部捕獲出来たってのによぉぉぉ!」
「それもこれも全部、兄ちゃんがあの不良達相手にドキドキ解体ショーなんて訳分かんない事やったせいだよぉ!」
「るせぇ! そう言うてめぇだってノリノリでチェーンソー振り回してたじゃねぇか!」
「兄ちゃんなんて笑いながら臼と杵持って来てたじゃん! あれで何突くつもりだったんだよ! 不良なんて突いたって餅になんないんだぞぉ!」
 仕舞いには兄弟同士で醜い罪の擦り付け合いを初めてしまった。食べ物が絡むと此処まで劇的に変わってしまうのも人だったりする。
「くそぉ、兄ちゃんのせいで今夜の晩飯はまたキャベツの浅漬けにパンの耳じゃないかぁ!」
「くそぉ! 考えてみたらもう米家にないんだった! せめて、せめて俺達に動物性タンパク質をくれぇぇぇぇ!」
 側から聞いてるとかなり悲惨な生活を送っているようだ。しかし誤解を招くようなので解釈させて頂くと、悲惨なのは食生活だけで他は案外普通だったりする。
「た、大変よねぇ番ちゃん家も、でもそれで家の電気代は払えてるの?」
「あぁ、幸い電気、ガス、水道は問題ないんすよ」
「何で? どっか払ってくれる宛でもあるの?」
「前に俺ん家の土地を持ってたヤクザの組を俺の親父と爺ちゃんが締め上げて組崩壊寸前までしたんすよ。そしたらそいつら何でもするから組潰すのは勘弁して下さいって言ってきたんで、そいつらにそっち系の支払い任してるんすよ」
 どうやら番の家がある土地は以前まで幅を利かしていたヤクザ達の土地だったらしい。だが、その土地が欲しいが為に番の父と祖父が二人掛かりで襲撃したらしい。その為、番達は自宅がある土地とほぼ無限に使用出来る電気、ガス、水道を手に入れたのである。
 だが、この支払いに食費は別料金だったらしく、その手の節約の為にこうして番達は毎日ひもじい日々を送っているようなのだ。
「兄ちゃん、鼠は増えるのが早いから、もしかしたらまだ他の家にも居るかも知れないよ!」
「そうだ、まだ今夜の晩飯に肉が入らなくなったって決まった訳じゃねぇ、こうなりゃ草の根分けてでも探し出せ! でなきゃ、マジで今夜の晩飯は肉抜きのキャベツの浅漬けとパンの耳になるぞぉぉ!」
 そんな訳で、番と真の二人は家々を回り異常発生した鼠の駆除作業に取り掛かったのであった。
 だが、あぁ無情。幸い訪れた業者が出来る業者だったらしく、ついでにと付近の家々の鼠を片っ端から駆除してしまった為に、轟家から半径数十キロ地点の鼠は粗方駆除されてしまった後なのであった。
 そうして、敗者の如く暗いオーラを放ちながら、二人は公園の土管の上で空しく座り込んでしまっていたのであった。
「これだけ探しても一匹も出ないなんて」
「何てこった。今夜は久しぶりに肉が食えるって思ってたのによぉ」
 すっかり意気消沈してしまった両者。育ち盛りなな二人にとってそれは一大事であり、同時に悲しい話だったりするのだが。
「あら、番に真。どうしたの?」
 そんな二人を偶然発見したのはご存知轟家の母恵だった。彼女の両手にはスーパーのビニール袋が持たれている。しかも大漁だった。
「お、お袋! その袋の中身……一体どうしたんだ!?」
「まさか、スーパーの特売とかあったの? それともセール?」
「違う違う、駒木さんがスーパーで起こった万引きの常習犯を捕まえてくれたお礼だってスーパーの人が特別に値引きしてくれたの。しかも90%OFFで!」
「きゅ、90%OFFだとぉ!」
 普通に考えたら有り得ない数値だ。だが、それだけに駒木の行った行為は大きいのだが。
「でも、何でたかだか万引きで値引きしてくれたんだ? しかも全く関係ないお袋を」
「偶々スーパーでばったり会ってね。それで話し込んでたら万引き強盗がスーパーを荒らしまわってる場面に出くわしちゃって、それを駒木さんが退治してくれたんだよ」
(おっちゃんの事だから絶対退治じゃなくて駆除の分類なんだろうなぁ。おっちゃんって二十歳以上は容赦しねぇから)
 駒木とは轟家に深い関係を持つ刑事だ。因みに少年課に所属している。
 その為、青少年やこの町の不良、少年達からは尊敬の念を込めて「駒木さん」と呼ばれているか「おやっさん」との異名を持っている。
 だが、二十歳以上の年齢で犯罪を犯した人間に対しては180度扱いが変わり、腕付くで逮捕するのは勿論の事最悪の場合肋骨全てがへし折られたり内蔵のほぼ殆どが破壊されていたりと、とにかく一切の容赦、情けなどない暴れっぷりを見せる為、その手の犯罪者達からは「鬼の駒木」と恐れられているのである。
 因みに今回の強盗は当然の如く35歳のおっさんだった為に両手両足の骨を粉々に打ち砕いた後に元々痛めていたであろう腰を更に痛めつけた後で、救急車に渡したそうだ。
「なるほどな、感謝と同時にとばっちりを受けない為のブロックって事か。ま、おっちゃんには感謝しねぇとな。お陰で今夜は肉が食えるんだしな」
「あら、何で分かったの番? この中に肉があるって」
「当たり前じゃねぇかお袋! その袋の中から肉特有の芳醇で血の滾る食欲をそそる香りがプンプンするんだからよぉ! しかもこの臭いから察して、牛肉だな!」
「うん、賞味期限ギリギリだったんだけど、高級松坂牛を貰ったんだ。今夜はこれですき焼きでもしようかなって思ってね」
「す、すき焼きぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
 番のテンションは最高潮に達しようとしていた。
 あぁ、すき焼き。ビバ、すき焼き。
 この言葉に心躍る人は一体何人居るだろうか。いや、寧ろ踊らない人など居ない筈だ。
 何故なら、すき焼きは古くから日本の伝統に染み渡っている料理なのだから。肉と野菜、そして白滝と豆腐が絶妙のバランスで鍋を色取り、それをこれまた良い塩梅で味付けられただし汁の中でじっくりと煮込まれていく。
 そうする事で食材の旨味が汁に溶け込み合わさり、更に味を引き立てる要因となる。
 正に至極の一品。それがすき焼きなのだ。
「兄ちゃん、俺今生きてて本当に良かったって心の底から思えるよ!」
「おうよ真、俺達は今人生と言う名の快楽の前に立ってるんだ! これが喜ばずに居られるかってんだぁ!」
 互いに抱き合いながら喜びの絶頂に居る番と真。二人にとってすき焼きなど何年以来かと思える位久しぶりな代物だったりする。
「ところでよぉ、駒木のおっちゃんはどうしたんだ? これだけの功績を成し遂げたんだ。おっちゃんだってすき焼きを食う資格があるだろうによぉ」
「う~ん、万引き犯逮捕したのは良かったんだけど、あんまりにもやり過ぎたせいか警察署に出頭命令が下ったみたいでね。帰ってくるのは丁度夕食時になるかもって言ってたよ」
「やれやれ、おっちゃんも災難だなぁ~。ま、俺が言えた義理じゃねぇけどよ」
 三人揃って帰り道を行きながら和気藹々と話しをしている。平和な家族の光景の様にも見えた。
 と、言うかそのまんまなのだが。
「兄ちゃんって母ちゃんが入院してた頃しょっちゅうおっちゃんに逮捕されてたよね。あれなんでなの?」
「あぁ、あん時ぁ喧嘩ばっかやってた上に、ちとやりすぎてた節があってよぉ。流石におっちゃんも黙って見過ごすって訳にゃいかなかったらしいぜ」
 どうやら番自身も何度か警察の世話になっていたようだ。流石は番長なだけはある。しかし番の過去は一体どんな凄惨な過去だったのだろうか?
 それを語るのはまた後々って事にしよう。面白い話は後でとっておくに限るのだから。
「あんまり駒木さんに迷惑かけちゃ駄目よ。今の私達の生活はあの人の稼ぎがあってこそなんだから」
「わぁってるよお袋。駒木のおっちゃんには足向けて寝らんねぇよ。それ位、俺達はおっちゃんに助けられてんだ。大したおっちゃんだよ。家のクソ親父と違ってさ」
 一瞬だが、番の顔が暗く沈んだ。真は知らないが、番だけは知っている暗い記憶があるようだ。そして、その記憶に彼の父が深く関わっているようだった。
 そんな番の顔を見てか、恵もまた申し訳なさそうな顔をしだしてしまった。そんな恵を見て、番がそそくさと慌て始めた。
「ほ、ほら! 辛気臭い話は後にしてよぉ、とっとと飯の支度しようぜ! でないとおっちゃん帰って来ちまうからよぉ!」
「そうね、早く帰って夕食の準備しないとね。きっと駒木さんお腹空かせてるかも知れないし」
 改めて帰り道を急ぐ三人。だが、この時番はすき焼きの魔力に魅了されていた為に、上空からその光景を一部始終見ている存在に一切気付く事がなかった。
 それが、この後起こる惨劇の序章だとは、誰も気付かない。って言うか、気付かれると困るのだが。




     ***




「あ~、腹減ったぁ」
 署長室から出てきた駒木は、大層不機嫌な面をしながら署内を歩いていた。今日は折角の非番だったのに、スーパーでたまたまでくわした万引き強盗を駆除したせいで警察署に出頭命令が食らい、そして署長に大目玉であった。
 普通なら其処で首物なのだが、生憎駒木から警察の資格を剥奪した場合番町全域の青少年を敵に回す事になってしまう。この町が不良の多い町の割りに青少年犯罪が少ない原因の大きな一つとして駒木の存在が挙げられてるのだ。
 彼の存在なくして青少年犯罪の根絶は有り得ないのである。
「おいおい、また駒木がやらかしたらしいぜ。何でも今度は中年親父の両手両足を再起不能なまでにへし折った後でぎっくり腰を患ってた腰に更に打撃を食らわせたって話だ」
「違う違う、打撃じゃなくてアルゼンチンバックブリーカーだよ。ま、軽く海老反り状態だったらしいけどな」
 回りでは警察官たちのヒソヒソ話が聞こえて来る。が、それに一々目くじらを立てる気など駒木には毛頭ない。折角の休日をこれ以上此処で過ごす気などない。それよりも自分を慕ってくれている轟家に居た方がよっぽど居心地が良い。
 それに、あそこには彼女が居るし―――
「おい、駒木!」
「あん?」
 駒木を呼んだのは捜査一課の人間だった。一応モブキャラなので名前はない。
 そんな一課の人間が駒木に対して睨みを利かせて立っていた。
「何だよ。俺今日休暇なんだけど」
「今後俺達の捜査に首を突っ込むのは止めてくれないか? 貴様が入る度に捜査が滅茶苦茶になるんだ!」
「何言ってんだよ。俺が捜査に加わったお陰で迷宮入りしそうになった事件全部解決してんじゃねぇか。礼を言われてこそすれ、邪険に扱われるような事したつもりはねぇぞ」
「こっちにだって手順ってのがあんだよ! 禄に証拠も集めずにお前の野生の勘だとか元不良の勘とかで一方的に犯人をボコってたらこっちの印象まで駄々下がりなんだ!」
 実際問題捜査一課が捜査に難航していた事件を駒木は全てその日の内に解決してしまっているケースが殆どだったりする。しかもその際には凶悪殺人犯も極悪暴力団も全て四分の三殺しにまでボコボコにされている始末だったりする。
 これでは警察の評判が悪評に繋がる危険性すらありえるのだ。
「良いか、今後俺達の捜査に首を突っ込むな! もし今度俺達の現場に現れたら、その時はこの俺が直々に貴様に鉄槌を―――」
「あぁん? 誰が誰に鉄槌を下すだってぇ?」
 先ほどまで威張り散らしていた一課の捜査官が駒木のひと睨みですっかり縮みこんでしまった。先ほどまでの威勢は何処へやら。すっかり真っ青になって黙り込んでしまった。
「いや、だから……そのぉ……」
「てめぇらがちんたら捜査してんのがまどろっこしいから手ぇ貸してやってんだろうが! それを下手ないちゃもんつけてきて、挙句の果てにゃ鉄槌を下すだぁ? 舐めた口利いてんじゃねぇぞクソガキぃ!」
「はいぃぃぃぃぃ!」
 駒木の怒号が署内に響き渡った。その怒号は署内全てを激しく揺らし、窓ガラスを粉砕する勢いだったと言う。実際に何枚か割れてたけど。
「良いか、今後もそれ以降もてめぇらがチンタラ捜査している度に俺が気分次第で介入させて貰う。もしそれで文句垂れたいんだったら、俺を力づくでどうにかしてみろ。そしたら考えてやるよ」
「は、はひ……わかりまひた……」
 すっかり恐怖で骨抜きにされた捜査官がその場にへたりこんでしまった。そんな捜査官を放っておき、駒木はその場を後にした。
 その光景を目の当たりにした所員達は口々にこう言っていた。
「駒木に逆らえる者、この署内に有らず!」と―――




     ***




【なるほど、だからそんなに上機嫌だったって訳だな】
「そうなんだよバンチョウ。俺ってば今、人生で一番幸せな気分なんだぁ~♪」
 早速自宅に帰って来た番はいの一番にこの幸せを分け与えようとバンチョウの洗車を率先して行っていたのであった。
 本来なら喜ばしい事なのだが、生憎番がこの状態なのではっきり言って気持ち悪い。
【き、気持ちは嬉しいんだけどよぉ……何か気持ち悪いぞお前?】
「あんだとぉてめぇ! 人が折角親切に洗車してやってんのにその言い草は何だゴラァ!」
【うっせぇ! キモイんだよぉ今のてめぇはマジでなぁ!】
 さっきまで上機嫌だったのが打って変わり、すっかりバンチョウとのタイマン喧嘩バトルへと発展してしまっていた。今まで禄に喧嘩をしていなかった為か結構意外な場面だったりする。
「大体、何時になったら家の車から出て行くんだ! 今日と言う今日は幸福続きだからついでにてめぇをたたき出してやらぁ!」
【抜かしやがれ! あべこべにてめぇを叩きのめしてやらぁ!】
 一体どうやって車の状態で喧嘩をしたのか? そう言った疑問は持たないで貰いたい。そんな番とバンチョウの喧嘩を音で察知した真と恵であったが、そんな事など既に日常茶飯事ならしく、無視する事にした。
「相変わらず兄ちゃんもバンチョウも元気だなぁ」
「そうね、番は後で後片付けをして貰うとしましょうか」
 二人でそう言いながら夕食の支度をする事になった。恵が鍋にて味付けをしているその横で真が包丁で具材を適度な大きさに切り刻んでいく。
 意外な話なのだが、轟家で料理が出来るのは恵と真のみ。番が料理をした場合、包丁で何故か食材を切らずにまな板を粉々にしてしまったり、鍋で煮込んだ際鍋が爆発してしまったり、米を炊いた際には米が弾丸の如き炊飯器から飛び出す始末。とにかく番が料理を作った場合何故か殺人兵器は作れるのだが普通の料理は一切作れないと言う摩訶不思議な事になってしまうのだ。
 そんな訳で恵と真の二人が夕食ですき焼きの用意をしている矢先の事であった。誰かが轟家の入り口を叩く音が響く。時刻からして夕方の五時。一体誰が来たのだろうか?
 回覧板ではないのは確実だが、もしかして訪問販売の類なのだろうか?
「誰かしら? ちょっと見てくるからお願いね真」
「合点だぜ母ちゃん!」
 一旦仕込みを真に任せた恵が入り口に向い訪問者を出迎える。
「はい、どちら様でしょうか?」
「すいません、ちょっと道を聞きたいのですが」
 どうやら道に迷ったのだろう。見ればスーツ姿の若い男性だった。年齢からして二十代前半だろう。恐らく仕事で訪れたのだが初めての場所な為に地理がない、と言うのが大まかな理由であろう。
「えぇ、何処に行きたいのですか?」
「はい、轟さんのお宅を探しているのですが?」
「轟でしたら、家ですけど―――」
「はい、存じ上げてますよぉ、貴方の事もね」
 男が意味深な事を言った矢先の事だった。突如男がポケットから何かを取り出して、それを恵に噴き掛けてきた。白いガス状のそれを突然目の前に噴出され、思いっきり吸い込んでしまった恵は、そのまま意識を失い倒れこんでしまった。そんな恵みを男は見事にキャッチする。
「母ちゃん、仕込み終わったけどまだ話続く……」
 丁度その時、真が心配になって見に来た際、彼が見たのは謎の男に誘拐される寸前の母恵の姿だった。
「か、母ちゃん!」
「ふん、小僧に用はない。この女を返して欲しければ此処に来いと貴様の兄に伝えろ!」
 そう言い、男は足元に一枚の紙切れを落とす、その直後、突如として男の靴の裏側から猛烈な何かが噴出し、母恵ごと夕暮れの空の彼方へと飛び去ってしまった。
「か、母ちゃん! 母ちゃんが謎のリーマン野郎に連れて行かれたぁぁぁ!」
 驚き絶叫してしまった真。だが、そんな事をしている場合じゃない。奴は兄、即ち番を連れて来いと言って来た。となればこの状況を打破できるのは兄である番しか居ない。
 即座に足元に置かれた紙切れを拾い、真は横にある車庫へと向った。
 其処では未だに番とバンチョウが激しく喧嘩をしている真っ最中であった。母が攫われたと言うのに何と呑気な連中なのか。
「兄ちゃん、大変なんだ!」
「何が大変なんだ! こっちだって今大変なんだよ!」
「母ちゃんが、母ちゃんが誘拐されたんだよぉぉぉ!」
「な、なんだとぉ!」
 余りにもショッキングな内容に番もバンチョウも放心してしまった。そんな番に突き出すかの様に真は持っていた紙切れを番に手渡した。それを受け取った番。開いた紙に書いてあったのは簡潔に書かれた地図であった。其処には轟家をスタートとして赤い線で一本道が描かれている。
 恐らく此処に来いと言っているのだろう。
「くそっ、こんな事をするのはゴクアク星人くらいしか居ねぇ。舐めた真似しやがってぇ―――」
 紙を握り潰し、番は立ち上がった。大事な母を救わなければならない。でなければ、最悪奴らに何されるか分かったものじゃないからだ。
「真、俺がお袋を連れ戻してくる。お前はその間に飯の支度をしててくれ!」
「って、一人で行くつもりかよ?」
「心配すんな。こんな卑怯な手しか使わない奴ら俺一人で充分だぜ」
 一言そう言い、紙に書かれた場所へと向おうとする番、そんな番の前に突如として現れた一台のパトカー。サイドの方には【番町警察署】と書かれていた。どうやら署のパトカーを勝手に拝借して帰って来たらしい。
「よぉ、これから飯時だってのに何処へ行くつもりだ、番?」
「駒木のおっちゃん!」
 現れたのはお馴染み駒木慎太郎であった。話の読めない駒木の為に真は先ほど起こった経緯を一から十まで丁寧かつ分かりやすく説明してくれた。その為に、番と駒木の二人でその目的地に行くと言う図式ができてしまったのは言うに及ばずだったりする。
「すまねぇなおっちゃん。俺がうかれてたせいでおっちゃんまで迷惑掛けちまってよぉ」
「何を今更、お前に迷惑掛けられんのなんざ慣れっこだ!」
 パトカーに便乗した番が謝罪の言葉を並べる。その言葉を受けた駒木が笑ってそれを返してくれた。相変わらず良い親父っぷりである。
「それより、絶対に恵さんを助け出すぞ番!」
「あぁ、それだけじゃねぇ、こんなふざけた奴ら全員地獄に叩き落してやる!」
「そいつは片道切符にしておけ。往復された日にゃ溜まらんからな」
 どうやら、今回ゴクアク星人達は恐らく血の雨を見る羽目になりそうだ。今の番と駒木の二人は完全にぶち切れモードに突入してしまったのだから。
 その二人が訪れたのは人里からかなり離れた場所にある荒廃したビルだった。
 待ち伏せして袋叩きするにはお誂え向きの場所と言えた。
「油断するなよ番。こう言った場所では死角になりえる場所で潜んでいる危険性がある」
「心配すんな、俺の勘はおっちゃん譲りだからな」
「言ってくれるぜ」
 互いに笑みを交わしながら荒廃したビルの中へと入っていく。外が荒廃していただけあり中もかなり荒れ果てていた。恐らく其処は受付の場所だったのだろう。受付代とロッカーらしき物が数点あるのが見えるが、後はがらくたばかりが見受けられる。
 此処を破棄されて一体どれ程の日数が経てばこの様に荒れ果てるのだろうか?
 疑問を胸に二人は更に奥へと進む。
 ガコン!
 何かが足元で作動する音がした。クソッ、罠か!
 察知した時には既に遅く、番と駒木の真下にあった床が姿を消し、二人は暗い闇の中へとその姿を消してしまった。




     ***




 視界がようやく回復した番の目の前に映ったのは薄暗い通路であった。
 壁も天井も床も全て薄気味悪い石造りになっている。その横で同様に駒木も居た。
 彼は刑事らしく壁を叩き何処かに抜け道がないか探し回っている。
「随分古臭い壁だな」
「どうだおっちゃん。どっかに抜け道はありそうか?」
「駄目だな、完璧にガチガチに固めてやがる。こりゃ一杯食わされちまったみたいだな」
 飛んだ醜態であった。勇み足でやってきてみればこの様だ。これでは仲間達に笑われてしまうのは明白だろう。何とかして此処から脱出しなければ。だが、どうやって?
【これはこれは、飛んで火に居る何とやら、とは貴様達の事だな】
「何だてめぇ!」
 突然壁に現れたモニターから声とその声の主が姿を現した。
 其処に映っていたのは先ほど恵を誘拐した若いサラリーマン風の男であった。
【始めまして不法侵入の鼠さん。早速でわるいけど、君達は此処で駆除される運命だから、大人しく死んでくれ給え】
「抜かしやがれ! 人のお袋を誘拐しやがって! 待ってやがれ、今すぐそっちに行っててめぇのそのすかした面ボコボコにしてやらぁ!」
 モニターに向い指差し豪語する番。その怒号に対し、不気味な笑みを未だに浮かべ続けている謎の男。その笑みがまた気に障った。
「おい、てめぇ何処の者だ? こんな真似して只で済むと思ってんのか?」
【ふん、地球人ってのはどいつもこいつも好戦的だな。まぁ良い、寧ろ只では済まないのは貴様等の方だ。そのまま其処に居たら貴様等揃ってミンチになるぞ】
「何? 一体どう言う意味だ―――」
 言葉を途中で切り上げ、番は耳を澄ました。何かが聞こえて来る。何か高速で回転している音だ。金属が擦れ合い猛烈なスピードで回っている音にも聞こえる。何処かで聞いたような音だった。
 その音のする方を見た二人の目に映ったのは、猛烈な勢いでこちらに迫りながら近づいてくる大型の丸ノコであった。
 大きさからして成人男性とほぼ同じ位の幅がある。しかも縦横十文字に取り付けられている為に避けようがない。
「不味い、逃げるぞ番!」
「くそぉっ、これで勝ったと思うんじゃねぇぞ馬鹿野郎!」
 捨て台詞を吐いて番と駒木は走る。その後ろで丸ノコが猛烈な勢いで迫って来ているのが勘で分かる。
 それも二人の走る速さよりも断然早い。
 このまま走り続けていればやがて丸ノコが二人に追いつきミンチにされてしまうのは明白の事だった。
「くそぉっ、あんな円盤如きに切り刻まれたんじゃぁ轟番の名が泣くってもんだぜ!」
「こうなったら、やるぞ番!」
「おう、あれをやるんだな!」
 互いに頷きあい、そして振り返り丸ノコを迎え撃つ姿勢を取った。そんな二人に向い容赦なく迫る丸ノコ。鋭い数万本の刃が高速で回転し、二人を切り刻もうと心を持たない機械が迫ってくる。
「必殺、真剣白刃取り!」
「同じく横バージョン!」
 突如、丸ノコは動きを止めた。番が縦の刃を白刃取りし、同じく駒木が横の刃を白刃取りしたのだ。
 常人では真似出来ない一発勝負に二人は勝ったのだ。そして、そのままの勢いで恐怖の丸ノコを真っ二つにへし折ってしまった。
 刃が折られたのでは丸ノコの意味がない。そそくさと機械は退散してしまった。
「へっ、この程度で俺達をミンチに出来ると思ってんじゃねぇぞ馬鹿野郎!」
「俺達を驚かせたいんだったらもっと度肝を抜いた奴を持って来い!」
 丸ノコを制覇し、すっかり余裕の表情を見せる両者。だが、敵の罠はまだまだこれからであった。
【では、そうさせて貰うとしようか】
 余裕の声が響く。その刹那、現れたのは不気味な色をしたゲル状の物体だった。その色合い、臭い、全てに置いて禄でもない代物だと言うのが分かる。その証拠に遥か数メートル前にあった丸ノコの刃がゲルの中に取り込まれた瞬間数秒と経たずに溶けて無くなってしまったではないか。
 溶解性質を持った粘液が津波の如き勢いでこちらに迫って来ているのだ。
「くそっ、一々えげつねぇ手を使いやがって!」
「流石にこいつをどうこうするのは無理だな。逃げるぞ番!」
 此処で倒れる訳にはいかない。ましてや骨も残さず溶けてなくなるなど論外この上ない。
 怒涛の様に迫る溶解液の波から逃れる為にオリンピック選手並のスピードでひたすらに石造りの通路を走り続ける番と駒木。
 だが、人間何時までもそんなスピードで走り続けられるだろうか?
 否、本来なら走り続けられない。普通ならもってせいぜい1~2分程度が限界だろう。まぁ、それは一般人であればの話なのだが。
 そして、この二人の場合同じく1~2分程度の時間で我慢と言うなの限界が途切れてしまったのだが。
「いい加減にしやがれこのゲル野郎がぁぁ!」
 二人揃って叫び、思い切り地面を踏み抜いた。石造りの床はその衝撃で崩れ落ち、二人の目の前に巨大な亀裂となってポッカリと大穴が開いてしまった。その穴に向い続々と流れ落ちていくゲル状の液体達。どうやらまたしても難所を突破出来たようだ。
「やれやれ、お前とつるむと毎日が大変な日々の連続だぜ」
「本当にすまねぇなおっちゃん。毎回毎回俺のせいで迷惑ばっかりかけちまってよ」
 襟元を広げながら呟いた駒木に向い、帽子の唾を目元まで下げながら番がふと呟いた言葉に駒木は眉を顰めた。
「どうした、突然」
「考えてみりゃ、俺はおっちゃんに迷惑掛けてばっかだったからな。親父が俺達を捨てて雲隠れしちまったあの日以来、おっちゃんは俺達の為に何時も身をすり減らす思いをしていたんだろう?」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。そんな訳あるかよ」
 意外としんみりムードになってた番に向い、駒木が一言そう言って退けた。
「おっちゃん―――」
「俺は好きでお前等に付き添ってるだけだ。でなかったら誰が此処までの事するかよ。それに、例えお前がクソ親父と罵ってようと、お前や真はあいつの息子だ。親友として、お前等を放ってはおけねぇんだよ」
 サラリとそんな事を言ってのけられる。其処もまた駒木の男らしい一面でもあった。その一言を受けた番の中でも負の念がすっかり消え去り、元の元気ハツラツな番へと戻れた。
「行こうぜ、おっちゃん! あんな奴に舐められっぱなしってなぁ男が廃るぜ!」
「おぅ、此処までされたんだ。久々に俺も血が滾って来たぜ!」
 その後も、二人を襲う罠は数知れずだった。迫る天井、マグマの床、ワニの放牧、毒蛇の群れ、他多数……
 しかし、幾多の罠の数々も今のこの二人には恐れるに足らずであった。
 迫る天井ならば天井をぶち抜けば良い。マグマの床など泳いで渡れば良い。ワニの放牧など蒲焼にすれば良い。毒蛇の群れなど丸呑みにしてしまえ。
 そんな位の勢いで番と駒木の二人は怒涛の勢いで罠を次々と突破していった。
 今のテンションの二人にはどんな罠もまるで効果がなかった。そんなこんなで二人がやってきたのは、だだっ広く作られた広場だった。
 それら全てが石造りとこれまた古臭い作りだった。
 そして、二人の目の前には先ほど映像に映っていた例の男がこれまた趣味の悪い玉座に腰を下ろして座っていた。
「流石だねぇ、まさか此処までやってくるとは……かなり驚かされたよ」
「へん、俺達を殺したかったようだが残念だったなぁ。あんな罠じゃ遊園地のアトラクションにすらならねぇぜ!」
「どうやら君を見くびっていたようだ。其処は謝罪しよう轟番……嫌、我等ゴクアク星人の野望を邪魔する憎きダイバンチョウよ!」
 突如、男の両目が赤く輝いた。その刹那、男の姿がみるみる変貌していく。
 その姿は何処か無骨で薄気味悪い姿をしていた。体のサイズは以前の男のそれから考えて4倍近くまで膨れ上がっており、両の手はまるで悪魔の手の様に鋭く太くなり口には無数の牙が生え揃っている。
 正に悪魔と証するに相応しい姿だといえた。
「てめぇ、一体何者だ!?」
「初めて会うなぁダイバンチョウ。俺様こそがゴクアク連合軍を束ねる者にして、ゴクアク組の組長、ゴクアク星王だ!」
「つまり、てめぇがボスって事かよ。わざわざぶちのめされに出向くたぁ良い根性してるじゃねぇか!」
「ふん、ぶちのめされるのは貴様のほうだぞダイバンチョウよ。貴様今がどんな状況かまるで理解していないようだな。忘れたのか? 今の俺様の元には貴様の大事な母親が居ると言う事を」
 その言葉はまるで番を雁字搦めにしてしまったかの様に動けなくしてしまった。
 番だけじゃない。駒木ですらその一言の為に身動きすら出来ない。
 二人にとって、轟恵はとても大事な存在なのだ。それを知っているが故の策謀であった。
「フフフ、積年の恨み今こそ晴らす時よ。死ね、ダイバンチョウ!」
 ゴクアク星王が右手を振り上げた瞬間、四方の壁から音がした。かと思った時には番の体中には鋭利な刃物が突き刺さり鮮血を辺りに散らばらせていた。
「んぐあぁっ!」
「番!」
 駒木の目の前で番が体中から血を噴出しているのが見える。しかし、その瞬間駒木の体にも同じように刃物が突き刺さり、同様に血を流す事となった。
「ガハハハハッ、良い様だな! 今まで俺様のビジネスの邪魔をした報いだ! 思う存分苦しんでから死んでくれ給え」
「び、ビジネスだとぉ?」
「そうよ、お前達の住んでる地球はそれは美しい星だ。こう言った星は高値で売れるんでなぁ。良い取引になるんだよ」
 宇宙広しと言えども地球の様に青くて美しい星はそうそうない。その為、宇宙貿易に置いてこう言った星にはとてつもない値がつけられる事もさほど珍しくないのだ。
 だが、近年宇宙法に置いて星の売買は厳禁とされており厳しい包囲網が敷かれている。
 だが、そんな事で諦めるゴクアク組ではない。表で駄目なら裏ルートで、裏が駄目なら裏の裏ルートで売り捌けば良いだけの話。
 悪の悪と言う隅々の悪を知り尽くした奴らこそこのゴクアク組なのである。
「貴様等地球人が居ては星の価値が下がる。よって貴様等地球人を滅ぼして、綺麗な状態で売りに出したいのだよ。だが、貴様が一々邪魔をするせいでビジネスにならんのだ! この間は折角完成間近だった宇宙麻薬を全て灰にしやがって。あれの損害幾らだと思ってるんだ!」
「るせぇ! 宇宙の単価なんか知るか! 大体人ん家に土足で入り込んだ上にいちゃもんつけやがって!」
「ふん、良いだろう。貴様がそう出るのならこちらにも考えがある」
 先ほど命令した手とは別の手で指示を出す。すると、ゴクアク星王の後ろの壁が音を立てて開き、奥の部屋が露になる。其処には白い台座の上に仰向けで寝かされている母恵の姿があった。
「お、お袋!」
「恵さん!」
 番と駒木の両者が叫ぶ。だが、硬化ガラス製の壁に遮られてか二人の声は全く届く事はない。未だに恵は目覚めぬままその台の上で眠っているままだった。まさか死んでいるのではないだろうか?
「安心しろ、死んではいない。地球人の中にも高値で売れる人種が居るんでな。この女はその部類に入っている」
「てめぇ、人のお袋を売り渡すつもりなのか!?」
「ふん、だがこの女の心臓は使い物にならんな。余りにも弱すぎる! 売る前に改造した方が良いな」
「止めろてめぇ! お袋に手ぇ出すんじゃねぇ!」
 番が近づこうとしたが、そんな番に向いまたしても刃物が周囲から放たれ、更に大量に突き刺さった。
「安心して其処でくたばってろ! この女は俺様が大切に保管した後に高値で売り払ってやる! ははは、俺様は何て寛大なんだ。余りに寛大すぎて涙が止まらないだろう!」
 自己陶酔しきっている。こいつに何を言っても無駄だった。だが、近づこうとすれば周囲から飛び出す刃物の餌食となる。それにこの刃物にはどうやら毒が塗られているらしく、先ほどから体中に猛烈な痺れが訪れているのが分かる。最早手足の感覚すらなくなり始めていた。
「くそっ、恵さん……目の前にして……俺はぁ……」
「お、お袋ぉぉ……」
「お前達は売り物にはならんから、後でゴミ処理だ。さて、さっさとこの女の心臓を摘出せねばならなんな。処置を開始しろ!」
 合図と共に恵の居る部屋一杯に機械のアームが姿を現す。そのどのアームにも不気味な器具が取り付けられていた。ナイフ、メス、注射器、ペンチ他多数。
 それらを用いて恵の体を切り裂き、心臓を摘出した後に別の心臓を入れ替えようと言うのだろうか。そんな暴挙を断じて許す訳にはいかない。
 だが、哀れな事に番は既に動く事すら出来ない状態だった。
 手足の痺れが限界にまで達し始めている。それに呼応して意識までもが混沌とし始めてきた。
(くそっ、此処までなのかよ……すまねぇ、お袋……)
 悔しさが心を支配していく。目蓋が徐々に閉じて行く。やがて、番の目の前を漆黒の闇が支配していった。
 後は、不気味な機械音だけが耳に轟くばかりだった。
【どうした? その程度なのか?】
 声が、声が響いた。耳にじゃない。脳に直接響くような声だった。
 そして、この声には何処か聞き覚えがあった。
【そんな程度の事で諦めるのか? それでも男か? この軟弱者が!】
「なん……だとぉ!」
 その言葉を耳にした途端、番の中で何かが震え上がっていくのが分かった。それは番自身にも分かる。そして、それらの全ての元凶はその声にあるのだ。
【立て、男なら立って見せろ! 立って俺にその姿を見せてみろ。我が息子よ!】
「偉そうな事べらべらと並べやがって……人の頭にまで出てくるんじゃねぇよ……このクソ親父ぃぃぃぃぃぃ!」
 天に向かい怒号を張り上げる。それと同時に番の巨体が起き上がり、大地に二本の足を突き立てて立ち上がったではないか。
「な、何だ! 何が起こったと言うんだ!」
「ば、番……お前―――」
 ゴクアク星王と駒木の目の前で、番の体が烈火の如く燃え上がっているのが見えた。その炎を纏ったまま、番はガラスケースに向い突撃していく。その間にも刃物は容赦なく番に向い放たれている。だが、その刃物が番に突き刺さるよりも前に体の周囲を纏っていた真っ赤なオーラがそれらを一瞬の内に溶かして蒸発させてしまうのだ。
 何者も番の行く手を阻む事など出来なかったのである。
「うおおおおりゃぁぁぁ!」
 そのままの勢いで番は拳をガラスの壁に叩き付けた。硬化ガラスで作られた壁に亀裂が走り、その亀裂は壁全体へと行き渡り、やがて音を立てて崩壊した、部屋へと入った番に向かいマシンアームが押し寄せて来るが、これもまた同じだった。番の体に触れる事なく溶けてなくなってしまう。まるで太陽のようだった。
 番はゆっくりとはは恵に近づき、彼女をそっと抱き上げた。
「すまねぇ、お袋。こんなクソガキの母親なんかやっちまった為に苦労ばっかかけちまってよぉ」
 母を抱き抱えながら番はその部屋を後にした。そして、そのまま駒木の下へと歩み寄ろうとした番に向いゴクアク星王が怒号を放った。
「待ちやがれ! この俺を無視して帰れると思ってんのか? この俺が合図すりゃ宇宙中の猛者達がてめぇを殺しに来るんだぞ? それが嫌なら大人しくしてその女を渡せ!」
「やれるもんならやってみろ。ただし、そん時ぁいの一番にてめぇをぶち殺すぞ!」
「ぐっ、ぐぐぐぅぅぅ……」
 ゴクアク星王は出来なかった。もし、仮に此処で増援を呼べばもしかしたら番を亡き者に出来ただろう。だが、その場合自分の命も危うくなる。
 下手な橋を渡るわけにはいかないのだ。
「番」
「帰ろうぜ、駒木さん。早くしねぇとすき焼きが冷めちまうよ」
「あぁ、そうだな」
 ゴクアク星王を倒す気などない。倒そうと思えば何時でも倒せる。だが、今の番にとってはそんな事重要な事じゃない。今彼が必要なのは母を無事に家に送り届ける事。そして、すき焼きを食べる事なのだから。




     ***




「うんめええええええええええ!」
 無事に帰宅した番と駒木、そして恵は留守番をしつつ支度をしてくれていた真を入れて四人ですき焼きを囲んで食べていた。
「美味ぇ、久しぶりの肉の味だぁ。俺生きてて本当に良かったぁぁ!」
「俺も俺もぉ、やっぱ飯ってのはこうでなくっちゃいけないよなぁ」
 久しぶりのすき焼きに舌鼓を打つ番と真。相当嬉しかったのだろう。
 その光景を微笑みながら眺めている駒木と恵。
「あ、兄ちゃん肉とりすぎだよぉ! もっと俺にもくれよぉ!」
「何言ってやがる! てめぇだってさっき大量に取りやがったじゃねぇか! これでおあいこだ!」
「冗談じゃねぇよ! 折角の肉を全部兄ちゃんに取られて溜まるかぁ!」
「待て、止めろこの馬鹿! 折角の肉に唾つけるな! 親にどう言う教育されてんだてめええええええええええ!」
 こうして、今日も無事に一日が終わるのであった。
 だが、此処に無事に一日を終えていない輩が一人居た。
【おい、俺の洗車まだ終わってないぞ!】
 洗車途中でほっぽられたバンチョウ。彼には冷たい夜風が何故か心に痛く突き刺さるのであった。




     つづく 
 

 
後書き
次回予告


「今度やってきた宇宙人はちと変わった奴みたいだな。
なにぃ、俺と野球勝負しろだぁ?
上等じゃねぇか、野球は9回裏2アウトからが勝負だって事を教えてやるぜぃ!」

次回、勇者番長ダイバンチョウ

【男の直球勝負! 野球の華は大逆転】

次回も、宜しくぅ! 
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