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至誠一貫

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第一部
第二章 ~幽州戦記~
  二十一 ~覇王、見参~

 北平を出発。
 先日の戦場近くを抜けると、冀州は間近。
 そこに、伝令が駆け込んできた。

「申し上げます! 右後方に、砂塵が見えます!」
「歳三殿。確認して参ります」
「うむ、頼む」
「はっ!」

 疾風(徐晃)が、部下を連れて飛び出していく。
 双眼鏡はここのところずっと、疾風に貸し与えている。
 その方が、余程有用なのは間違いなかろう。

「そう言えば、霞は曹操と面識はあるのか?」
「ない。ウチは官軍ちゅうても、月の下におるだけやしな。任地も離れとるし、そんな機会はあらへんかった」
「そうか。稟も、実際に会ってはいないのだな?」
「そうです。先に曹操殿に会っていたら、今此処にはいませんから」

 愛紗や疾風、風は無論、曹操とは面識がない。
 聞こえてくる噂からは、かなりの傑物というのは間違いないようだが。
 そもそもあの夏侯淵程の将が忠誠を尽くすのだ、人物は疑いようがないだろう。

「お兄さん、ずっと曹操さんの事を気にかけてますよねー」
「この大陸に覇を唱えようとする人物だ、気にならぬ訳がない」
「ご主人様に、仇をなす人物でない事を祈るばかりです。そうなれば、戦いは避けられませんから」

 そうなれば、まさに死闘となるだろう。
 この者達も、無事では済むまい。
 ……より一層、慎重を期さねばならんな。

「歳三殿ーっ!」

 そこに、疾風が戻ってきた。

「ご苦労。して、いずこの軍だ?」
「はい。呂布殿と、陳宮殿の旗が見えました」

 月が要請に応えて出した軍勢のようだが、恋を送って寄越したか。

「霞。済まぬが、恋と合流して進もうと思う。伝令を頼めるか?」
「よっしゃ。ほな、ちょっと行ってくるわ」

 入れ替わりに、霞が馬を走らせて行った。

「ご主人様。伝令ならば、わざわざ霞を行かせずとも良いのではありませんか?」
「愛紗ちゃんは、まだまだ、お兄さんの事を理解していませんねー」
「な? ど、どういう事だ、風?」
「気を利かせたのですよ、お兄さんは。恋ちゃんと霞ちゃんは、もともと同僚ですしねー」
「それに、霞の事です。現状を正確に報告するでしょうから、ねねもすぐに行動に移れます。ただの伝令では、そこまでの気は回りませんからね」
「う……。そ、そうか……」
「ふふ、歳三殿にぞっこんの愛紗も、形無しだな」
「う、うるさいぞ疾風!」

 ……ふむ、落ち込む愛紗を気遣ったのか。
 真面目な疾風が、茶々を入れるとは、な。



 月の軍と無事に合流を果たし、再び冀州を目指す。

「月は達者か?」
「……ん。歳三の事、気にしてた」
「そうか。ねね、并州の様子はどうか?」
「月殿ですぞ? それは、愚問というものです」
「ふっ、愚問か。だが、その様子では、降った黄巾党の者共も、励んでいるようだな」

 これから向かう冀州にも、同じような境遇の者が大勢いるだろう。
 戦えば当然、その中から命を落とす者が出る。
 許す事の出来ぬ者は仕方あるまいが、そうでない者は何とか、更正の機会を与えてやりたいものだ。

「ところで、率いてきたのはこれだけか?」
「……? これで、全部」
「ふむ。ねね、一千ほど、と見たが相違ないか?」
「流石ですな。ちょうど、一千なのです」

 霞が元々率いている兵と併せれば、妥当な線か。
 いくら勅令とは言え、本拠地を空にしてまで兵を出すのは愚の骨頂。
 聡明な月が、それに気づかぬ訳がない。
 尤も、仮に気づかなくとも詠がいるのだ。
 そのような過ちが起こりうる筈もない。

「輜重隊は?」
「途中までは同行しましたが、合流を優先させたのです。無論、必要な警護はつけてありますぞ」
「そうか」

 と。
 盛大に、恋の腹の虫が鳴る。

「……お腹空いた」
「そ、それは一大事なのです! 歳三殿!」
「ふふ、それでは仕方あるまい。稟、今日は此処で野営と致そう。全軍にそう伝えよ」
「はい!」

 無闇な遅延は許されぬが、急ぐあまりに兵の疲労が増すようでは本末転倒。
 どのみち、黄巾党はもう、袋の鼠同然なのだ。
 激しい戦いにはなるだろうが、民を敵に回した反乱は、どのみち長続きはせぬもの。
 ……それに、恋にこの状態で行軍せよ、というのは酷であろう。
 そろそろ、日も傾いてきた事だ、頃合と思えば良い。



 焚き火を囲みながらの、夕餉。
 荒野が多いので、薪を集めるのも一苦労だが、夜はやはり火が必須。

「ささ、焼けましたぞ、恋殿」
「ん」

 甲斐甲斐しく恋の世話をするねねに、黙々と食べ続ける恋。
 ……そして、それを見ながら何故か惚けた表情の愛紗。

「霞。愛紗は一体どうしたのだ?」
「あー、これなぁ。恋の食べる姿見て、癒やされとるんやろ」
「確かに、何か小動物のようですが……。これがあの、呂布と同一人物とは」
「疾風ちゃん。恋ちゃんの事、ご存じなのですかー?」
「いや。ただ、丁原殿の軍に、天下無双の将がいる、とは聞いていたのだが……」
「紛れもなく同一人物ですよ、疾風。あなた程の武人なら、見てわかるのでは?」
「それはそうなのだが……」

 どうも、合点がいかぬようだ。
 尤も、それを言うなら私の周囲全て、合点がいかぬ事になってしまうのだが……な。
 周倉や廖化、高順らのような者もいるが、主だった将は皆が女子(おなご)
 才は、私が知る通りか、それに近いものがある。
 それは、これまでの働きで十二分に見せて貰っている。
 その事に、一切疑いを持ってはいない。
 ……だが、この華やかさだけは、一種独特のもの。
 殺伐とした時代である事に変わりはないのだが、その中にも時折、安らぎすら感じる。
 新撰組から蝦夷共和国に至るまで、戦いづくめの日々であったからなのか。
 ふふ、近藤さんや総司が今の私を見たら、何と申すだろうかな。

「……む?」
「じーっ」

 ふと、我に返る。
 目の前に、恋の顔があった。

「……歳三、遠くに行っていた」
「遠く?」
「ん。歳三、どこにも行っちゃ駄目」
「……私は、此処にいるではないか」

 恋は、頭を振り、

「……皆、寂しくなる。恋も、寂しい」

 そう言って、私の頭を抱えた。
 ……つまりは、抱き締められた格好。
 豊かな胸が、私の顔に押し付けられているのだが、本人は……無自覚らしい。

「こ、こら、恋! ご主人様に何をする!」
「恋ちゃんは大胆ですねー。その胸を武器に、お兄さんを誘惑ですか?」
「……まぁ、恋がそんな計算高い真似するとは思えへんけどな」
「恋の胸に、理性が……。そして、歳三様に逆らう事も出来ず、二人は……。ブハッ!」
「り、稟殿が一大事なのです!」
「またか……。稟、ほら上を向け! とんとんするぞ!」

 ……騒動になってしまったようだ。

「……? 恋、何か悪い事、した?」

 張本人がこれでは、誰も責められぬのだが。

「恋。とりあえず、腕を解いてくれぬか?」
「……?」

 万力に締め付けられたようで、少々痛いのだが。
 それに、この格好のままは……どう見ても、周囲から誤解を受ける。

「私は、何処へも行かぬ。案ずるな」
「……ん。わかった」

 やっと、恋は離れてくれた。
 ……さて、後始末もせねばならぬな、これは。
 その夜は、愛紗を宥め賺すのに、一苦労であった。



 冀州に入り、暫くは平穏が続いた。

「どうやら、黄巾党は決戦のため、皆広宗に集まっているようです」
「他の小さな盗賊さん達も、個々に討伐されるのを恐れて、皆広宗に逃げ込んだみたいですねー」

 疾風と風の探索だ、抜かりはあるまい。

「逆に一網打尽にする機会、とも言えるが。周倉、廖化。張角について知っている事があったら話して欲しい」

 愛紗の言葉に、二人は顔を見合わせる。

「姐御。それが……俺、大賢良師、いや、張角には会った事がねぇんだ」
「面目ねぇが、あっしも同じでさぁ。張宝、張梁も、三人いつも一緒、ってのは聞いてまさぁ」
「それは妙だな。黄巾党は、宗教の類、と思っていたのだが」
「又聞きで悪いけどよ、会った事のある奴の噂ならわかるぜ、大将?」
「それで構わぬ。どのような噂だ?」
「何だか知らねぇが、一度会ってきた奴らは皆、口々に『萌えぇぇぇっ!』って叫ぶらしいぜ?」
「萌え……? 何だ、それは?」

 稟と風に視線を遣るが、二人も頭を振るばかり。
 愛紗とねねは考え込んでいて、霞と疾風は首を傾げている。
 恋は……わかる筈もないな。

「ただ、わかってるのはそうなった連中は、死にもの狂いで戦った、って話だ。だから、生き残った奴もあまりいねぇって訳なんだが」
「それほどまでに熱狂させる何かがあった……それだけは確か、という事ですね」
「むむむ。その萌えとやらが何なのかがわからないと、理由はさっぱりなのです」
「むー。この風に何の情報も入ってこないなど、あってはならないのですが」

 軍師三人、熟考状態になってしまったようだ。

「……誰か、来る」

 恋が、遠くを見据えて言う。
 疾風が、私の双眼鏡を覗き込んで、

「確かに、伝令らしき兵が向かってきますね」
「伝令か。曹操か、冀州刺史の韓馥か。わかるか?」
「……いえ。流石にこの距離では」
「人数は?」
「二人です。将ではなく、兵ですね」
「よし。一応、警戒は怠るな。愛紗、もしいずこかの使者であれば、口上を確かめて参れ」
「はっ!」



 使者は、曹操より遣わされた者だった。

「軍議を開くので、我が陣まで来られたし、か」
「はい。曹操軍はこの先、二十里程に陣を構えているそうです」
「わかった」

 まずは、訪ねるより他あるまい。
 問題は人選だが……流石に軍議に全員を引き連れて、とは参らぬ。
 それに、陣にも将を残していく必要がある。

「霞は決まりだな。形式上、并州軍の指揮官はお前だからな」
「せやな。恋でもええけど、それやったら話し合いにならへんしな」
「うむ。愛紗も、幽州軍指揮官だ、同行せよ」
「ははっ」
「後は稟、一緒に参れ。他の者はこのまま陣に残り、周囲の警戒に当たれ」
「歳三殿。警護はよろしいのですか?」
「軍議に赴くだけで、大仰な真似をする事もあるまい。それに、愛紗や霞も一緒だ」
「疾風。歳っちの腕前、わかっとるやろ?」
「そうだぞ。私も、ご主人様に打ち負かされたのだからな」
「……大丈夫。歳三は、強い」

 あまり過剰な期待をされても困るのだが。
 少なくとも己の身ぐらい、何とかなるだろう。
 ……そもそも、曹操がそのような姑息な手を使うとは思えぬがな。

「それよりも、黄巾党の動きから目を離すな。何かあれば、直ちに知らせよ」
「畏まりました」

 さて、いよいよ対面か。
 不思議と、恐れはない。
 むしろ、歴史に名を残す大英傑との出会いを、楽しんでいる自分に気づいた。



 程なく、曹操の牙門旗が見えてきた。
 不意に、三人が立ち止まる。

「どうかしたか?」
「……歳っち。ホンマに、ええんやな?」

 真剣な顔で、霞が言う。

「何がだ?」
「決まっとるやろ。……ウチらが、曹操に会う事や」
「その事か。言った筈だ、これは己の運命を見定めるに必要な事だと。天が、私を必要とせぬのなら、それまでの事」
「……わかった。けど、そんなえげつない神さんやったら、この飛龍偃月刀が黙ってへんけどな」
「霞の言う通り。この愛紗も、閻魔であろうと何であろうと、斬り破ってご覧に入れます」
「では、私は天魔を討ち破る策を、知恵の限りを尽くしましょう」

 私は、黙って頷いた。
 もはや、言葉も要るまい。
 その間に、曹操の陣から、一人の将が出てきた。

「夏侯淵殿か」
「先日は世話になったな、土方殿。では、華琳様のところに案内する」
「ああ、頼む」

 そのまま、夏侯淵に従って陣中へと進む。
 ……ふむ、兵にも女子(おなご)が少なくないようだな。
 だが、一人一人の目つきが、他の官軍とは異なるようだ。
 それに、動きの一つ一つ、無駄がほとんど感じられぬ。
 少なくとも、朱儁や白蓮の軍に比べて、精悍な印象を受ける。
 それに、武器と鎧の充実ぶりも、なかなかのものだ。

「馬は、こちらでお預かりする。他の方々も」

 一際大きな天幕の近くで、下馬を促された。
 尤も、このまま天幕に入る訳には参らぬ故、当然の事ではあるが。

「華琳様。土方殿、張遼殿、関羽殿、それに郭嘉殿をお連れしました」
「入って貰いなさい」

 若い女子(おなご)の声が、返ってくる。

「はっ。どうぞ」

 そして、天幕の中へ。
 中央に居座る、小柄な少女。
 金色の、特徴のある巻き髪が目を引く。
 そして、その隣に立つ将は、警戒心を露わにこちらを見ている。
 ……かなりの遣い手、と見た。
 私は一歩前に出て、礼を取る。

「お初にお目にかかります。拙者、義勇軍を率いる土方と申します」
「私は曹操、字は孟徳。陳留太守を務めているわ。春蘭、貴女も名乗りなさい」
「はっ。私は夏侯惇、字は元譲だ。華琳様の一番の剣だ」

 なるほど、あの夏侯惇か。

「秋蘭は、もういいわね。後ろの三人も、名乗って貰えるかしら?」
「ウチは、董卓軍を任されとる、張遼。字は文遠言いますねん」
「私は、公孫賛軍の客将、関羽。字は雲長です」
「初めまして。私は土方軍にて軍師を務める、郭嘉。字は奉公です」
「そう。皆、いい面構えね、ふふ」

 機嫌良く笑った曹操は、手で座るように促した。

「まずは張遼と関羽。董卓と公孫賛に成り代わっての援軍に感謝するわ。その礼を先にさせて貰うわ」

 見事に、作法に適った礼をする曹操。
 霞は改まってそれに応え、愛紗はややぎこちなくも答礼を返した。

「そして、土方。貴方の事は、秋蘭からも聞いているわ。この短期間に、かなりの戦果を上げているようね」
「いえ、皆の働きの賜物にござれば。拙者は何の取り柄もなき男にござる」
「ふふ、そうかしら? だとすれば、従っている将兵は、随分と不幸ね」
「不幸と言われるか」
「そうよ。有能な将は、有能な主人に仕えてこそ、真価を発揮するものじゃなくって?」
「例えば、曹操殿のような御方、という事ですかな?」
「ええ。でも土方、貴方の場合は単なる謙遜でしかないわね。そうでなければ、この戦果の説明がつかないもの」

 曹操は、不敵に笑う。
 見た目は小柄な美少女だが、それに騙されると手痛い目に遭うだろう。
 身に纏う覇気、醸し出される威厳、どちらも並々ならぬものだ。
 松平容保公も、いや、上様ですら、此処まで身が竦む程のものはなかった。
 方々には恐れ多い事だが、やはり器が違いすぎるのやも知れぬな。

「お褒めに預かり、恐悦至極に存じます」
「……郭嘉。ちょっと、いいかしら?」
「は、はい!」

 不意に話を振られた稟は、眼鏡を持ち上げる。

「この男は、どのような人物か?」
「……恐れながら、お訊ねの意味がわかりかねます」
「あら、そう? なら、聞き方を変えましょう。貴女は軍師だそうね、軍師から見て、土方という人物はどう見えるか?」
「……では、お答えしましょう。ご自身でも確たる戦略、戦術を以て戦に臨む事の出来る存在です」
「ふーん。それなら、軍師は要らない筈よね? それなのに、どうして貴女は仕えているのかしら?」
「はい。歳三様は、ご自身のお考えだけに頼らず、周囲の意見を非常に大切になさいます。その上で、適切と思われる方針を定め、判断を下される。ですから、軍師としても、よりよい助言を、と緊張感を持ってお仕えできるのです」
「なるほどね。では張遼。董卓は土方と共に行動し、その指揮を土方に預けたと聞く。何故かしら?」
「それは、歳三が見せた手腕や思いますわ。稟がさっき言うた通り、歳三は兵の損害を出さへんよう、戦いますよって」

 霞は、空気を察したのだろう。
 私の呼び名を、咄嗟に変えるとは……やはり、機転が利くな。

「ふむ。関羽は? 公孫賛も、董卓と同じく、土方を信頼しているようだけど?」
「はい。歳三殿は、己の未熟さを悟らせてくれました。歳三殿に出会うまでの私は、武勇に任せて敵を倒す事のみ。周囲が見えていない、ただの猪でした。今ではこうして、一軍を率いる事が出来るのが、何よりの証です。そして、公孫賛殿もまた、歳三殿が叱咤激励し、太守としての自信をつけていただけました。これで、如何でしょうか」

 愛紗の受け答えも、見事だ。
 淀みなく、それでいて巧みに話を作り上げるとは……ふふ、これは意外だな。
 一方、曹操は……満足げに頷いている。

「と、皆は言っているわよ? これでも、まだ自分を卑下するつもり?」
「これは異な事を。拙者は事実を申したまでにござる」
「なかなか、腹の底を見せないわね。まぁ、いいわ。もう一つ、聞いてもいいかしら?」
「ご随意に」
「そう。今は名もなき義勇軍とは言え、これだけの功を上げた貴方が、何も賞されないという事はないわ。そうね、最低でも県令、私ならばどこかの太守か刺史を任せるわね。それで、そうなったら受けるつもり?」
「はっ。拙者には、このように付き従う者がおりまする。拙者自身、立身栄達を望むものではありませぬが、働きには相応のものを与える、これは上に立つ者の務めかと。そうなれば、手元不如意とは参りますまい」
「なるほどね。あくまでも、麾下に対する為に、という事ね。訊ねてばかりではおかしいわね、貴方から、聞きたい事はある?」
「ならば、一つだけお訊ね申し上げる。曹操殿は、今の漢王朝を、どう思われる?」
「貴様、何のつもりだ!」

 夏侯惇が、声を荒げた。

「春蘭。訊ねられたのは私よ」
「し、しかし! この者は」
「控えなさい。それとも、私の言う事が聞けないのかしら?」
「う……。わ、わかりました」

 夏侯惇程の猛将が、曹操の一言で大人しくなる、か。
 確かに、有無を言わせぬ厳しさは感じたが……ふむ。

「そうね。正直、もう命脈が尽きるのも時間の問題でしょう。宦官と外戚は、互いに自分たちの権力の事しか頭にない。民草の事を顧みる事などないもの、黄巾党のような乱が起きて当然でしょうね」
「では、仮に漢王朝がもはや国を統治する資格なし、となったら。貴殿はどうなさる?」
「土方殿!」

 今度は、夏侯淵が身を乗り出す。

「止めなさい、秋蘭」
「……は」
「なかなか言うわね、貴方。いいわ、遅かれ早かれ、公にする事ですもの」

 そう言うと、曹操は立ち上がった。

「私は、覇道を歩むつもりよ。力なき支配者など、罪でしかない。民を顧みない為政者など、ただの害悪。そうなれば、私はそういう類の者を許すつもりはないし、力なき正義など信じはしない。その為になら戦いは辞さないつもりよ。これでどうかしら?」
「結構でござる。ご無礼仕った」
「本当、無礼な男ね。でも、気に入ったわ」

 曹操は、表情を緩めると、

「貴方が、覇道を妨げるものか、路傍の石になるかは、見させて貰うわ。この戦、期待しているわよ」
「……は」
「では、軍議に入りましょう。韓馥と孔融が来ていたわね? 秋蘭、すぐに招集なさい」
「はっ!」

 この切り換えの早さ、尋常ではない。
 やはり、本物のようだな。
 覇王のお手並み拝見と行くか。 
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