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至誠一貫

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第一部
第二章 ~幽州戦記~
  二十 ~使者~

 
前書き
9/5 誤字修正を行いました。
12/25 ルビの振り方ルールが掲載時と変わったのか、表示がおかしくなっていたので修正しました。 

 
「申し上げます。陳留太守、曹操様から使者が参りました」
「曹操から?」
「はっ。公孫賛様にお目通りを願っております。如何なさいますか?」

 北平城の謁見の間。
 私は白蓮と共に、付近に散らばった黄巾党の残党掃討について、話し合っている最中であった。

「歳三。どう思う?」
「朝廷の命ではないな。一太守にそこまで権限があるとは思えぬ」
「となると、曹操の独断だな。まずは、用件を聞いてみよう」
「うむ」
「使者をここに通してくれ」
「はっ!」

 兵が出ていくのを見届けてから、

「私は席を外していよう」
「何故だ? 私は別に構わないが」
「曹操の意図が見えていない以上、出自の定かでない私が、同席するのは好ましくなかろう? 話なら、後で聞かせて貰えば良い」
「そ、そうか。しかし、私一人で大丈夫かな? 曹操は何かと、いろいろ噂になる奴だろ?」
「使者がそこまで意図しているとは思えぬが……。なら、風を同席させよう。城の文官を装えば、問題あるまい」
「あ、ああ。助かる」
「では、呼んで参る」

 謁見の間を出て、風の部屋に向かった。
 折良く、在室しているようだ。

「風。入るぞ」
「あ、お兄さん。風に何か御用ですかー?」
「うむ。白蓮のところに、曹操からの使者が来ているのだ。風に同席して貰いたいのだ」
「ぐー」
「……そうか。嫌なら仕方あるまい、星か霞に頼むとしよう」
「おうおう、兄ちゃん。そこは眠れる美女を接吻で起こすってのが、男ってもんじゃないのか?」

 腹話術を使うまでもないと思うが。
 そもそも、眠れる美女とか、何の話なのだろう。
 ……よくわからぬが、気が進まぬのか?

「そうか。風の人物鑑定眼を頼りにしていたのだが、仕方あるまい。他を当たるとしよう」
「それならそうと、最初から言えばいいのです。お兄さんはいけずですねー」
「気が進まないのではなかったのか?」
「そうですねー。競争相手に手を貸すのは、風の本意じゃありませんけど。でも、使者がどんな人物か確かめろ、とお兄さんに頼まれたなら話は別なのですよ」

 競争相手とは、白蓮の事か?
 どうも、意識され過ぎの気もするが。

「では、任せて良いのだな? 使者はすぐに参るぞ」
「御意ですー」

 私と入れ替わりに、風は謁見の間へと歩いて行った。



 一刻後。
 白蓮の元に、主だった者が集められた。

「済まないな、みんな忙しいところを」

 付近の黄巾党征伐が済んだとは言え、まだまだ余裕が出来た、とは言い難い。
 残党や、その他の小規模な盗賊の出没も報告されている。
 それに、北方の烏丸もいつ動き出すかわからぬようだ。
 白蓮の麾下には、武官も文官も絶対的に不足している以上、我らも手を貸さざるを得ないのが現状だ。
 尤も、白蓮がそれを当然の事と思わず、感謝の意を絶やさない事が、皆の協力に結びついている、とも言える。

「詫びる必要はないぞ。曹操の使者の件であろう?」
「そうなんだ。まずは用件から伝える。黄巾党首領の張角が、冀州にいるってのは知っているよな?」
「確かに、此方の情報にはありました。ただ、本隊けあって兵数が多く、我が軍だけでは太刀打ち出来ない為、見送っていました」
「郭嘉の言う通り、その規模は十万を超えるそうだ。ただ、各地で黄巾党が撃破され、討伐に当たっていた各軍が、冀州に集まってきているらしいんだ。それで私と董卓軍、それに土方の義勇軍にも参戦要請が来たんだ」
「ほう。白蓮と月はともかく、我が軍にもか」
「ああ。使者は、歳三にも会いたいと言っていたな」
「風。使者は何と名乗っていた?」
「はいー。夏侯淵さんですね。なかなか強そうなお姉さんですよ」

 夏侯淵?
 確かに大物だが、使者というには些か不向きな気がするのだが。
 私の知る人物とは違う、とでも言うのだろうか。
 ……実際、既に大きな違いは見ているから、あり得ぬ事ではないがな。

「白蓮、風。確かに夏侯淵と言えば、曹操麾下の勇将だが、何か気付いた事は?」

 白蓮は少し考えてから、

「……受け答えには、澱みがなかったな。使者としての礼にも適っていたと、私は思う」
「風は、武だけじゃなく、頭も良さそうに見えましたねー。なかなか、油断の出来ない人物かと」

 二人の観察眼を信じるならば、それ程の人物が、態々使者としてやって来る時点で、何かがある……そう考えるべきだろう。

「稟。どう考える?」
「はい。援軍要請だけであれば、公孫賛殿にお伝えすれば済む事ですし、そもそも、黄巾党討伐が勅令である以上、公孫賛殿を説得する必要、という前提はなくなります。となれば、目的は我が軍、そして歳三様かと」
「我が軍はまだわかるが、ご主人様、と言うのは?」
「曹操殿の性格を考えればわかりますよ、愛紗。あの方は、人物を見定めるのを好むと聞きます。ましてや、歳三様の噂です、曹操殿が耳にしていない訳がありませんよ」

 私に興味を持ったか……いや、稟の言う通りだろう。
 出自も定かではない私が、こうして戦果を重ねているのは、紛れもない事実。
 朝廷にまで知れ渡る、とまでは望めぬが、曹操は私の知る通り、稀代の英雄らしい。
 ならば、大陸の至る所に眼を向けている、そう考えるべきだろうな。
 ふっ、だが少しばかり名が知れたとは言え、無位無冠の私にまで興味を持つとはな。
 未だ、敵か味方かは定まっておらぬが、どちらにせよ、警戒すべき相手には違いなさそうだ。

「それで、お兄ちゃんはどうするのだ?」
「せや。夏侯淵は援軍を求める使者やけど、歳っちが会わなアカンっちゅう訳やないやろ?」
「だが、断る理由もない。主、如何なされますか?」

 皆が、私を見る。
 答えは……決まっている。

「会おう。断るにも理由がないしな」
「では、警護はお任せ下さい」
「待て、愛紗。お主、抜け駆けするつもりか?」
「そうなのだ! お兄ちゃんを守るのは鈴々の役目なのだ!」

 ふう、また始まったか。
「あの、これは一体……?」

 疾風(徐晃)一人が、呆然と眺めている。

「ま、すぐに慣れるやろ。それだけ、歳っちは愛されとる、っちゅうこっちゃ」
「は、はぁ……」

 ただ、使者の会見に臨むだけなのだが。
 私を案じての事だろうが、収拾をつけなくては。

「白蓮」
「何だ?」
「元は白蓮に来た使者、白蓮のところで話すのが筋だろう。どうか?」
「ふむ。確かに歳三の言う通りかもな」
「ウチはどないする?」
「霞は董卓軍を率いてはいるが、形としては援軍の将。今回は外した方が良かろう」
「ウチは構わへんけど。ほな、皆は?」
「いや、二人だけに致す。仮にも曹操の名代として来ているのだ、此方からも代表者だけが出るべきだろう。皆、良いな?」
「御意」



 皆が下がり、夏侯淵がやって来た。
 やはり、女子(おなご)か。
 一件華奢な身体付きに見えるが、指を見ればわかる。
 弓を遣うな、それも相当に。

「義勇軍を指揮する、土方と申します」
「陳留太守、曹操に仕える夏侯淵です。貴殿が、噂の御仁ですか」
「はて、噂とは? 拙者は、微力な義勇軍の一員に過ぎませぬが?」
「ふっ、微力とは謙遜が過ぎましょう。貴殿の働き、我が主も度々耳にしているところです」
「左様でござるか、それは光栄の極み。ところで、拙者に御用とか」

 夏侯淵は頷く。

「まず、此度の戦だが、貴殿の義勇軍にも参戦していただきたいのです」
「はて、それは曹操殿のご意向ですかな? 我らは官軍ではなく、あくまでも不正規軍ですぞ?」
「我が主は、そのような事は気にせぬ御方。それに、現にこうして、官軍と共に勇敢な戦いを見せているではないか。そうですな、公孫賛殿?」
「あ、ああ。確かに土方軍がいなければ、私の軍だけでは手を焼いたままだったのは確かだな」

 白蓮は、あっさりと自分の力が及ばぬ事を認めてしまう。
 だが、裏を返せばそれだけ、信ずるに足る相手、とも言えるのだがな。

「随分と率直に仰せられますな、公孫賛殿は。ですが、あの皇甫嵩将軍や朱儁将軍ですら手を焼く黄巾党、確かに容易い相手ではありません。土方殿、やはり貴殿には是非助勢をいただきたいのです」
「なるほど。ただ、我が軍は董卓軍の支援にて動いています。拙者の一存にて動く訳には参りませぬ」
「無論、この場にて即答を求めるつもりはありませぬ。明日の朝、それで如何でしょうか?」
「はい。では、明朝お答え致します」
「よき返事をお待ちしております。ところで、公孫賛殿?」
「な、何だ?」

 急に話を振られたせいか、やや狼狽しているようだ。
 確かに、私と夏侯淵でのやりとりが続いてはいたのだがな。

「土方殿と、二人で少し話をさせていただけないでしょうか?」
「歳三と?」
「はい。ご心配ならば、剣はお預けしますが」
「どうする、歳三?」

 稟の推測からすると、曹操の別命を帯びての事なのだろう。
 断る事も出来るが、それでは夏侯淵の面目を潰しかねない。
 それに、何を探るつもりなのか、逆に知っておいても損はなかろう。

「拙者は構いませぬ」
「では、私は外そうか?」
「いえ。何処か、場をお借りできれば結構です」
「そうか。ならば、部屋を用意させよう」
「ありがとうございます」

 ふむ、まさしく白蓮と風の見立て通りの人物か。
 私の知識など、当てにせぬ方が良いな。



 公孫賛の兵に先導され、私達は庭へと出た。

「こちらをお使い下さい。では、御用がありましたらお呼び下さい」
「ああ。造作をかけた」

 そこは、小さな四阿(あずまや)

「ほう、なかなかに風流な(ちん)ですな」

 ふむ、どうやら日本とは呼び方を異にするようだな。

「まずは、おかけ下さい」
「はい。土方殿、一つお願いがあります」
「伺いましょう」
「もっと、ざっくばらんに話したいのですが。このように、改まった話し方ではなく、普通にしませぬか?」
「夏侯淵殿が、それで宜しければ。拙者には異存はござらぬ」

 頷く夏侯淵。

「助かる。私も、堅苦しいのは苦手でな」
「拙者、いや私もだ。夏侯淵殿、白蓮を外してまで、何の御用かな?」
「やはりか。貴殿と公孫賛殿、身分の差を感じさせない親しさがあると見たのだが、どうやら正解だったようだな」
「ほう。何故、そう思われた?」
「少なくとも、公孫賛殿は貴殿を名で呼ばれていた。それに、対等の立場で接している。これで十分と思うが?」

 なるほど、ただの猛将という訳ではなさそうだ。

「左様。私は真名を持たぬ故、名で呼んでいるが、白蓮からは真名を預かっている。信頼の証としてな」
「ますます興味深い御仁だ。ただの義勇軍とは思えぬ、我が主の見立ては誤っていなかったという事だな」
「確かに、単なる義勇軍ではない、それは否定せぬが。それでも、曹操殿程の英傑が、我が軍に興味を持つとは。それで、私という人物を確かめるように、そう貴殿に命ぜられたのだな?」
「その通りだ。華琳様は、名を上げた人物は確かめておきたい、常日頃からそう仰せでな。だがこの時期、陳留をご自身が離れる事は叶わぬ故、こうして私が遣わされた次第だ」
「では、何なりと尋ねられよ。ただ、答えられぬ事もある故、それはご容赦願うが」
「わかった。まず貴殿は、異国の出と聞くが、それは確かか?」
「事実だ。だが、烏丸や山越、匈奴、五胡などではない。蓬莱の国、と申せばおわかりか?」
「嘗て、始皇帝が徐福を遣わしたという、あの蓬莱か。だが、軍を率いるのは、才能だけでは務まらぬ筈だ。貴殿は蓬莱の国で、一軍を率いていたという事か?」
「ああ。だが、私は将軍ではない。我が国では、将軍はただ一人であったのでな」
「ふむ。そうは言っても、貴殿の戦歴を見る限り、俄には信じられぬな」
「それは、私に付き従う者が優れているだけの事。私は指示を与えたに過ぎぬ」

 嘘偽りを言ったつもりはない。
 星、愛紗、鈴々、それに疾風が加わった武官陣。
 軍師として稟と風。
 史実であれば、それぞれが曹操や劉備に仕え、後世に名を残した人物ばかり。
 多少の食い違いこそあれど、皆が優秀である事に変わりはない。

「ふふ、その指示、が重要なのだがな。それに、それだけの人物が集い、貴殿に忠節を誓う。並の人物ではあり得ぬな」
「お褒めに預かり光栄だが、多少買い被り過ぎておらぬか?」
「さて、買い被りかどうかはすぐに知れよう。底の浅い人物に、ここまでの事が成し遂げられるとは、私は思っていないが。さて、もう一つ、問いたい」
「いいだろう」
「貴殿は、何を目指しているのか。ただ単に、困っている庶人を救いたい……それだけか?」
「無論、今はそれが第一。我らは、その為に立ち上がったのだからな」
「今は、か。では、この反乱が終息した暁には?」
「先の事まではわからぬ。とにかく、日々を生き抜く事で精一杯故、な」

 夏侯淵は、無言で私を見つめる。
 私もまた、黙って見つめ返した。

「本心は明かさぬ、か。ふふ、私では貴殿の相手をするには、荷が重いようだ」
「過分な言葉だが、貴殿程の人物にそう言われる事自体、誇るべきかな?」
「……時間を取らせたな」

 そう言って、夏侯淵は席を立つ。

「もう良いのか?」
「日も傾いてきた事だ。それに、第一の目的はまだ果たせておらんからな。今日のところは、これで失礼する」
「そうか。では、また明日」
「ああ。付き合って貰った事、礼を申すぞ」

 去って行く夏侯淵の背を、四阿で見送る。

「もういいぞ、疾風」

 繁みが動き、疾風が姿を見せた。

「気づいておいででしたか」
「ああ。夏侯淵も、恐らくは、な。
「申し訳ありません。歳三殿ですから、不覚を取ることはない、と思ってはいたのですが」
「いや、いい。陰ながら万が一に備えてくれた事、感謝こそすれど責める事はない」
「歳三殿……。ありがとうございます」



 その夜。
 皆を集めて、今後についての話になった。

「結論から話す。まず、我が軍は、曹操の要請に応じる事にする」

 皆、異論はないらしい。

「幸い、討伐した黄巾党の糧秣がある。賊の上前をはねるようだが、この際やむを得まい」
「せやな。冀州がいくら近いちゅうても、流石に晋陽から持ってきた分だけやと心細いしな」
「お腹が空いていたら、鈴々も暴れられないのだ」
「お前は少し食べ過ぎだ。ただ、兵の装備もそうですが、黄巾党から得た物を流用せざるを得ないのは事実でしょう」
「本来なら、奪われた元の民に返すべきなんだが……。今は非常事態だ、そうも言ってられないからな」

 白蓮の軍にとっても、糧秣の問題はつきまとう。
 特に、今の幽州では、臨時にそれを徴収するだけの余力が、民にないのだ。
 強引に行えば、更に事態を悪化させ、黄巾党以外の抵抗勢力を産み出しかねない。

「いずれ、黄巾党が静かになった後で、よき政をして返す他ありませぬな」
「そうですねー。今は、綺麗事を並べられる程、どこも余裕なんてありませんからね」
「では、糧秣の件はその方向で調整します。それから、冀州へ向かう兵数と将ですが……歳三様、どうなさいますか?」

 やはり、稟もそこに思い当たっていたか。
 白蓮の軍が、此度の作戦に参加となれば、率いるのは当然、白蓮自身となる。
 任せられるだけの将が不在、という、如何ともし難い現実があるからな。
 だが、烏丸の事を考えると、白蓮が北平を不在にするのはあまり好ましくなかろう。

「愛紗」
「はっ」
「一時的にだが、お前は白蓮の客将という扱いにする」
「ご主人様? どういう事ですか?」

 私は、その問いには答えずに、白蓮を見た。

「白蓮。夏侯淵は、白蓮の軍に参戦を要請してきた。そうだな?」
「ああ。それがどうかしたか?」
「ならば、白蓮自身がそれを率いる必要はない。そうは解釈できぬか?」
「私に、此処に残れ、と?」
「そうだ。烏丸の間では、白蓮に対する畏敬の念があろう。一時的とは言え、不在にすれば何が起こるかわからぬ」
「……では、私はその代わり、公孫賛殿の客将という立場で、軍を率いよ。そう、仰せなのですね?」
「うむ。良いか?」
「畏まりました。ご主人様の命とあらば」

 本来ならば、これは星に命じたいところなのだが。

「それから霞。軍勢はこのまま、北平に止めておけ。だが、霞自身には、同行して貰いたいのだ」
「ええけど。ウチだけか?」
「いや。稟、風、疾風も参れ」

 私の言葉に、星と鈴々が即座に反応する。

「主。私はお呼びではありませぬのか?」
「お兄ちゃんは、鈴々が守るって言ったのだ。でも、一緒じゃないのか?」
「そうだ。星、鈴々。北平に残り、白蓮と共に烏丸及び賊に備えよ。まだ、情勢は予断を許さぬであろうからな」
「それは理解しますが、この人選について、ご説明いただきたい」
「そうなのだ。理由が知りたいのだ」

 理由、か。
 ……やはり、言うべき事のようだな。

「連れて行く者は、曹操との因縁がある、いや、あったやも知れぬ……それが理由だ」
「因縁とは何ですか、歳三殿?」
「もし、私がこの時代に現れなければ、何らかの形で曹操に仕えていた、あるいは仕える事を望まれた筈だ」
「……そうですね。確かに私は、一時は曹操殿にお仕えすべく、その為に行動していましたから」
「稟ちゃんはそうですけどねー。風達もそうなのですか、お兄さん?」
「そうだ。疾風は韓暹に仕えた後に。霞は月、恋に従った後に。風は自ら出仕し、愛紗は別の人物に仕えている最中に、一時的に曹操に仕える事になる」
「……それが、歳っちの持っとる知識、ちゅう訳か」
「だが、この時代は私の知る世界とは異なるようだ。だから、皆は今こうして、ここにいる」
「ならば、何故わざわざその顔ぶれをお連れになるのですか、ご主人様?」

 愛紗の疑問は尤もだろう。
 私はゆっくりと頷いてから、

「私は、恐らくはこの世界で、不正規な存在と思っている。それが、この大陸にどのような影響をもたらすのか、定かではない」
「…………」
「だが、それは遅かれ早かれ、見定めねばならぬ事。曹操に縁のある皆を連れて行くのも、その一環と思って欲しい」
「では、もしこの中の誰か、或いは全員が、歳三様の知る世界同様、曹操殿に仕える事になる、と?」
「その可能性も否定はせぬ」

 皆を信じておらぬ訳ではないが、それが歴史の必然ならば、従うしかなくなるだろう。

「……主。それが主の決意ならば、我らは止めますまい」
「星ちゃんの言う通りですねー。でも、風はお兄さん以外にお仕えする気はないのですよ。それは、わかっていただけますよね、お兄さん?」
「無論だ。真名を託してくれている者を、私が信じなくてどうする?」
「ならば、私は何も言う事はありません。歳三殿を信じるまでです」
「ウチも。歳っちとか月を見捨てるやなんて、考えたくもないわ」
「よくわからないけど、お兄ちゃんは信じているのだ!」
「……済まぬ。だが、曹操という人物、この先も関わらずにいる事は叶うまい。ならば、私の中で区切りを付けておきたい」
「わかっています、歳三様。皆、あなたに従うと決めたのです。御意のままになされませ」

 稟の言葉に、皆が大きく頷いた。

「皆。一つだけ、頼みがある」

 白蓮が、改まった口調で言った。
 全員の視線を浴びながらも、動じる様子はない。

「今後、私の事は真名で呼んで欲しい。歳三だけじゃなく、ここにいる皆に、頼みたい」
「ふふ、仲間外れはお嫌と見えますな。ですが、私は構いませぬぞ。伯珪殿、いや、白蓮殿」
「あ、ありがとう。……星」

 柔らかな笑みを浮かべる白蓮。

「他の者はどうだ?」

 誰も、否はないようだ。

「では、白蓮、星、鈴々。改めて、頼んだぞ?」
「ああ」
「お任せあれ」
「合点なのだ!」



 夏侯淵に、参戦の受託を伝えた我が軍は、次なる遠征の準備に取りかかる。
 これで、黄巾党とのケリをつける。
 その思いは、全軍に伝わり、今までにない緊張感を生み出した。 
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