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至誠一貫

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第一部
第二章 ~幽州戦記~
  二十二 ~語らい~

 青州刺史孔融と、冀州刺史韓馥を交えた軍議が終わり、私達は自陣へと戻った。
 早速、皆を集める。
「やはり、曹操殿が主導権を持つ格好だったのですな」
「せや。孔融は曹操と折り合いが悪いようにしか見えへんし、韓馥に至っては、慌てるばっかで意見もあらへん。曹操が立てた作戦通りに決まるしかなかったわ」
「というよりも、一枚岩に纏まる方が難しいでしょう。少しばかり、曹操殿に同情してしまいました」
 霞と稟の言葉に、皆が頷いている。
「それでお兄さん。広宗攻略は、どのように進めるのでしょうかー?」
「稟。説明を頼む」
「はい」
 広げた地図を、皆が覗き込んだ。
「現在、黄巾党が立て籠もる広宗は、ここです」
 地図の中心を指さす稟。
「その数、当初は約八万余と見込んでいましたが、各地で撃破された敗残兵や、周囲の中小規模の盗賊や山賊などが加わり、現在は十三万を超えているようです」
 軍議の場にいなかった面々は、その数に驚いたようだ。
「十三万ですと! うむむ、更に増えたのですか……」
「私も手が回らず、最近は把握しきれないでいましたが……。そこまで増えていたとは」
「疾風(徐晃)ちゃん、気にしても仕方ないのです。それにしても、曹操さんは、優秀な細作さんをお持ちみたいですねー」
「そうだな。情報を重んじるという事は口で言うのは容易いが、それを皆が持てるとは限らぬ。我らとて、疾風や風がおらねば、闇夜を手探りで進むような事になってしまうだろう。疾風、責めを感じる事はないぞ。お前がいるだけで、どれだけ私は」
「歳三殿……」
「おやおや、疾風ちゃん。お顔が赤いですよー?」
「う、五月蠅いぞ、風!」
 ……軍議の最中とは思えぬな、全く。
 尤も、緊張感のなさ、正規の軍隊ではないが故、ではあるのだがな。
「コホン。……先に進めて良いですか?」
 話の腰を折られたせいか、稟は少し不機嫌そうだ。
「続けてくれ」
「はい。布陣ですが、こうなります」
 凛は木片を、地図の上に置いていく。
 近代軍では当たり前の、図上演習、という奴だ。
 本来ならもっと洗練されているべきなのだろうが、とりあえずわかりやすいところから試みているところである。
「正面が曹操軍。数は二万五千程です」
「兵の質、それに率いとる将から考えて、ウチらの中では文句なしに最強やろな」
「孔融や韓馥の兵は見ていませんが、どちらも主君があまり戦向きとは、確かに思えませぬな」
 霞も愛紗も、見るべきところは見ていたようだな。
「そして、我が軍が裏門です。月殿、白蓮殿の兵を併せて三万余。数の上では一番になりますね」
「とは言え、まだまだ寄せ集めではありますけどねー。お兄さん如何で、発揮できる力が変わってくるかと」
「将だけならば、恋殿を初めとして、諸侯には見劣りしないのですが」
 ねねの言う通り、この豪華な顔触れでまともな一軍であれば、相当の戦果を挙げられるだろうが……。
「ないものねだりをしても仕方ありますまい。それに、相手は烏合の衆。数の優劣で勝負は決まりませんよ」
「疾風の言う通りです。私達軍師の、腕の見せ所ですし。そして、孔融軍が二万余で向かって西側を。韓馥軍が二万弱、向かって東側に布陣します」
「併せて十万に満たぬが、これで広宗を包囲する事と相成った」
「包囲ですか? しかし、攻城戦は、相手よりも多勢が常ですぞ?」
「ねねの申す通りです。野戦ならば、繰り返しますが引けは取りませぬ。ですが、広宗も城塞都市。力攻めでは、此方の被害も甚大になりましょう」
「せや。けどな、野戦に持ち込むっちゅう事は、相手を引っ張り出さなあかんやろ?」
「今までの、私達の戦い方は、当然奴等にも伝わっているだろうからな。つまりは、だ」
 霞の後を受けて、愛紗が意見を述べる。
「……賊軍は、動かぬ。籠っている限り、仮に官軍が倍になっても、防御側の優位は覆らぬからな」
「迂闊に出てみぃ。無力な庶人相手やったらともかく、ウチら相手に正面から当たればどないな事になるか。いくら賊軍かて、予想ぐらいするやろ」
「だから、まずは包囲を敷く。そして外部との連絡を絶ち、補給もさせない……そうですね、ご主人様?」
「うむ。十三万もの人間がいて、しかも今までは酒も食糧も好き放題にしていた。そんな連中が、急に守勢に回り、節約に務めねばならぬ……持久戦ではあるが、より辛いのは此方ではない」
「ですが、我らとて糧秣は無限にある訳ではありません。期限を区切らねば、朝廷からも督促が参りましょう」
 疾風の懸念も、尤もではある。
「そこを何とかするのが、風達軍師ですからねー」
「そう言う事です。ねねも良き策のため、協力して下さいね」
「承知なのです!」
 うむ、これで良い。
 皆が私に頼る事なく、自らの意見をぶつけ合う。
 議論と言うのは、案外自発的には出来ぬもの。
 私が全てを仕切れば、新撰組のようになりかねない。
 今でもやり方が間違っていた、とは思わぬが、結果として、皆が私の方針に唯々諾々と従うのみ……そんな組織になってしまった。
 当然、私は道を誤らぬよう努めるべきだが、時にはそうも行かぬだろう。
 佐幕の為に尊王の者共を斬れば良い、それのみを考えていた仲間のようにはなって欲しくない。

「お、お待ち下さい!」
「下がれ、下郎!」
 む、何やら外が騒がしいようだが。
 あの声は……夏侯惇?
「如何した?」
 私は席を立ち、天幕から顔を出した。
「はっ! そ、それが」
「いきなりで悪いわね。非礼は詫びるわ」
 やはり、曹操が一緒か。
 夏侯惇一人で来る訳がないからな……夏侯淵と違い、武一辺倒だからな。
「如何なされました、曹操殿?」
「軍議の最中なのでしょう? 構わないから、続けて。傍聴させて貰いたいのよ」
「傍聴、でござるか」
「ええ、そうよ。入らせて貰うわ」
 うむ、何とも強引な御仁だ。
 私はまだ、可否を答えておらぬのだが。
 ずんずんと、天幕に入っていく曹操。
「どないしはったんですか、曹操はん?」
「今は軍議中。それを承知の上ですか?」
 霞も愛紗も、訝しさを隠す事はなく、曹操を見ている。
「非礼は承知よ。だからまず、それについてはこの通り」
 ふむ、あっさりと頭を下げるとはな。
 誇り高き人物の筈だが、ただ傲岸不遜ではないと言う事か。
「でも、まともに訪ねたら、まずこうして軍議を見せて貰うのは無理でしょう?」
 当然だ。
 軍議を中断するか、若しくは待たせるか。
 何れにせよ、我らは曹操の麾下ではない。
 共通の敵に対する協力関係ではあっても、全てを公開すべき義務などない。
 だから、曹操の行為は咎め立てこそすれ、容認出来るものではない。
「どういうおつもりか? 貴殿ほどの御仁が、斯様な無法が罷り通るとでも思っておいでか?」
「思わないわ。同じ事をされたら、私ならただではおかないわ」
「ほう。では、その覚悟がおありで参られた……そう、受け取って宜しいのですな?」
 私がそう言った刹那、夏侯惇が剣に手をかけた。
「華琳様がそう仰せられても、みすみす斬らせる訳にはいかん」
「春蘭。止しなさい」
「し、しかし。華琳様!」
「大丈夫よ。土方は私を斬らない。いいえ、斬れないわ」
「何故、そう思われる?」
「理由はいくつもあるわよ。まず、貴方の挙兵名目は、黄巾党征伐。共通の目的があり、共に行動すべき関係でしょう? その相手を斬れば、その分の負担は己に返ってくる。ましてや、私の軍は精兵揃い。それを欠くという点で、利は全くないわね」
「なるほど。他には?」
「非礼を承知でやった事だけど、私は孔融や韓馥は当てにしていないわ。だから、唯一頼りになる貴方のやり方を、この目で確かめておきたい。純粋に興味があるだけで、他意はないわ。そんな相手を手にかける程、貴方は狭量じゃないでしょう?」
「……随分と、買い被られたものですな」
「そう? これでも人を見る目はあるつもりよ? これでも不足なら、校尉として無位無冠の貴方に命じる……という事も出来るわね」
「強権発動ですな。あまり、感心は致しませぬが」
「そうね、私も好まない。だから、非礼のお詫びとして、もう一つ。私の真名を預けましょう。以後、華琳と呼んで構わないわ。勿論、その似合わない敬語も必要ないわ」
「華琳様! 何もそこまで!」
「春蘭。私は権力づくは好きじゃないし、彼は私の臣下でもない。此方から頼み事をするのよ、相応の対価だと私は思うの」
「……本当に、宜しいのですな?」
「二言はないわ。この曹孟徳の名にかけてね」
「わかった、華琳。だが、これはあくまでも我が軍の軍議。見学は認めるが、一切の口出しは無用に願う」
「ええ、勿論よ。貴方は確か、真名は……」
「ない。姓が土方、名が歳三だ」
「そう。なら、貴方の事も、歳三と呼ばせて貰っていいかしら?」
「好きにするがいい。……皆も良いな?」
 愛紗は不服そうだが、それでも頷いた。
「ありがとう。……初めて見る顔もあるわね。改めて名乗りましょう。私は姓が曹、名が操、字は孟徳。陳留太守にして、校尉を務めているわ。春蘭、貴女も自己紹介なさい」
「……は。私は華琳様一の大剣、夏侯元譲だ」
 風とねね、疾風も名乗りを上げる。
「ふふ、皆、一癖も二癖もありそうね。これも歳三、貴方の人徳かしら?」
「さて、それはどうかな。では皆、続けようぞ」
「では」
 再び、稟は地図の前に立つ。
「陣立ては宜しいですね? 疾風、城内の様子は探れそうですか?」
「いや、警戒がかなり厳しいようだ。普通に忍び込むのは、至難の業だ」
「では、何か手立てを考えるしかないですな。人数もそうですが、将の名ぐらいは調べておくべきですぞ?」
「そうですねー。例えば、盗賊さんに見せかけてとか」
「風。盗賊に見せかけるとは、どういう事だ?」
「はいー。広宗には、今でも追われた盗賊さんが逃げ込んでいますよね? 忍び込むのが無理なら、こんな手はどうかと」
「……なるほど。盗賊に化けて潜入、という訳か」
「愛紗ちゃん、正解なのですよ」
「ただ、必ず上手く行くっちゅう保証はあらへん。やるんやったら、ちゃんと練った方がええな」
「周倉達に扮して貰う、という事か?」
「いえ。同じ手が何度も通じるとは思えませんよ、疾風。それに、やるならば一石二鳥を狙いたいですからね」
 ふと、視線を感じた。
 華琳が、ジッと私を見ている。
 ……私が何も言わぬ事を、訝っているらしいな。
 今はまだ、議論の最中だ。
 口を挟むつもりもない、その必要もない……それだけの事だがな。

 軍議は白熱しながら、進んでいく。
 と、天幕に誰かが入ってきたようだ。
「……戻った」
「恋か。ご苦労」
「ん。……お前、誰だ?」
 警戒を露にする恋にも、華琳は動じる様子もない。
「貴様ぁ、華琳様に向かってお前呼ばわりだと!」
「華琳。これ以上騒ぎ立てるようなら、出て貰いたいのだが」
「……ええ。春蘭、静かになさい。軍議中よ?」
「うう、華琳様ぁ」
 はぁ、と華琳は溜息をついてから、
「私は曹孟徳。歳三の許可を貰って、今軍議を見学させて貰ってるの」
「……わかった。恋は、呂布」
「そう、貴女があの飛将軍呂布なのね」
 それだけを言うと、華琳は黙り込む。
「恋殿。此方へ来て下され」
「……ん。わかった、ちんきゅー」
「うう、ねねとお呼び下さいと言っているではないですか……」
 華琳、少し呆れたような顔をしているな。
 自由闊達さが我が軍の特色だが、やはり端から見れば異質なのだろう。
「歳三様。議論は尽くせたかと思います。ご裁可をいただけますか?」
 軍議の内容を書き留めた竹簡を、今一度改めた。
 ……概ね、問題ないようだな。
 細部は、後で詰めれば良いだろう。
「良かろう。この線で進めるが良い」
「御意!」


 軍議が終わり、皆が席を立つ。
「歳三。ちょっと、良いかしら?」
 華琳の声に、皆が視線を向けた。
「何だ?」
「この後、時間を貰えるかしら? 少し、貴方と話がしたくて」
「軍議の内容ならば、先も言った通りだが?」
「決まった事に口を挟む気はないわ。それに、多少気になるところはあったけど、手直しが必要とも思えない内容だったしね」
「では、どういう事かな?」
「軍議を見せて貰ったのと同じ。純粋に、貴方という人物に興味があるのよ」
 無論、男としてでは……ないな。
 華琳の眼は、私という人物そのものに好奇を抱いているようだ。
 ……私もまた、華琳という人物を知ってみたい、そんな気もある。
「それは、余人を交えず、という事か?」
「そうよ」
「ご主人様!」
「か、華琳様!」
 愛紗と夏侯惇が、同時に叫んだ。
「愛紗。懸念する事はない」
「春蘭、貴女は先に戻っていなさい。少し、長くなると思うから」
「し、しかし。このような男と二人でなど」
「……夏侯惇。如何に曹操殿の重臣とは言え、我が主に対する言いようには気をつけろ」
「……お前、うるさい」
 疾風と恋が、夏侯惇を睨み付ける。
「ほう。私とやろう、というのか?」
 負けじと、夏侯惇も睨み返す。
「止さぬか、愛紗、疾風、恋。些細な事でいがみ合ってどうするのだ」
 静かに、だが毅然として言い放つ。
「春蘭、貴女もよ。それから、先ほどの言葉、訂正なさい。確かに、貴女に非があるわよ」
「う……。わ、わかりました……。すまん、土方」
「いや、いい。皆、ご苦労だった。早速、各々取りかかるように」
「はっ!」


 二人だけになると、この天幕でもかなりの広さを感じるな。
「いろいろと、迷惑をかけたわね。改めて、詫びておくわ」
「気にするな。夏侯惇とて、忠義一途という事はわかる」
「そうね。でも、本当に優秀な配下ばかりね。貴方の元にいるのは」
「それは、否定せぬが。私には過ぎた者達ばかりだ」
「そんな事はないと思うわ。皆、貴方を慕っているもの。ただの女誑し、という訳ではないようだし」
 酷い言われようだが……否定する事も出来ぬな。
「でも、どうやったらあれだけの人材が集まったのかしら? 私も、人材を求める事には熱心な方だと思うけど、根無し草でしかない貴方が、何故?」
「天の定めるところ、そうとしか言えぬさ」
「天運、ねぇ」
 華琳は、私の顔を覗き込む。
「何か?」
「……貴方、異国の出よね?」
「そうだが?」
「その異国で、何があったのかしら? 勿論、私よりも年上みたいだし、いろいろな事を経験しているのでしょうけど。それにしても、貴方には何か、凄みを感じるの」
「凄み、か」
「ええ。それに、軍議を見ていて気になったのが、全く口を挟まなかった事。意図的に、配下に意見を戦わせている、そんな印象を受けたわ。郭嘉も言っていた通り、貴方自身が皆を引っ張っていく力は、十分にあると思うのだけど?」
 流石、と言うべきか。
 見ているところはしっかりと見ているあたり、歴史に名を残した英傑だけの事はあるな。
 たったこれだけの期間で、私という人物をある程度、推し量るだけでも驚異に値する。
「多くを語る気もないが。私は、己の力で道を切り開かねばならぬ生き方をし過ぎていた」
「…………」
「それに、自らの大義のためとは言え、数多くの同胞をこの手にかけてしまった」
「……それを、悔いているとでも?」
「いや、悔いはない。それは、奪った命を蔑ろにする行為、そのような真似は出来ぬ」
「そうね。戦って後悔するぐらいなら、最初から戦わない方がいい。もし、貴方がそんな事を言ったら、即座に張り倒していたわ」
「ああ。この時代に生きる以上、そしてこの生き方を選んだ以上、戦いは避けられぬからな。だが、共に歩む仲間は、全力で守るべき者、私はそう思っている」
「でも、戦う以上は犠牲はつきもの。……私だって、春蘭や秋蘭がいつ、敵の矢に倒れるとも限らないけど。でも、それを恐れていては、覇道は歩めない」
 ふと、遠くを見るような眼をする華琳。
「民を守り、慈しんで。その見返りに、税を貰って。……その為には、戦いは不可避、そして力には力で対抗するしかないわ」
「……確かにな」
「ふふ、話が合うのね、本当に。……歳三、ますます貴方に興味が湧いたわ」
「そうか」
「ええ。最初は、有能な配下をたくさん抱えている、でも出自が定かでないのに、義勇軍として目を見張る戦果を上げている……そんな人物に興味があったわ」
「…………」
「それに、貴方の配下。……何故か、私との縁を感じたのよ。郭嘉も、程立も、徐晃も。いえ、張遼や陳宮、関羽もね」
「ほう」
 やはり、因縁という奴はあるのだな。
「もし、貴方が取るに足らない人物なら、あの子達が仕えているのは不幸、いいえ、天下の損失だったわ。でも、貴方を知って、その認識は消し飛んだ」
「ならば、私がくだらぬ輩であれば、引き抜くつもりであった、と?」
「そうよ。私ならば、有能な将を存分に使いこなすだけの自信があるもの」
 ふふふ、断言するか。
 だが、才能と実力に裏打ちされた自信。
 大言壮語、と相手に思わせないだけのものは備えている、それが曹操という人物なのだろう。
「でもね、今はあの子達は勿論だけど。……歳三、貴方が気になるわ」
 そして、華琳は真っ直ぐに、私を見据える。
「私に仕えなさい、歳三。貴方は、こんな義勇軍で終わる男じゃないわ」
「…………」
「それとも、董卓の父親ごっこで満足するつもりなのかしら?」
 どうやら、月との関係も調べがついているらしい。
 隠し立てするだけ、無駄だろう。
「そのようなつもりはない。それに、月はそのような女子(おなご)ではない」
「でも、彼女は朝廷の高官。無位無冠のままでは、いくら当人がそのつもりでも、朝廷からは決して認められないでしょうね」
「そうかも知れぬ。しかし、それと華琳に仕える事が、どう違うと言うのだ?」
「そうね。私に従うのなら、それに相応しいぐらいの地位は得られるわ。貴方程の将が私の覇業を支えてくれるなら、尚更ね」
 悪くない話ではある。
 黄巾党の乱が終息すれば、次に待つのは群雄割拠の世。
 華琳ならば、間違いなくその中を勝ち抜き、一大勢力を築き上げるだろう。
 これは予感ではなく、確信に近い。
 無論、相応の働きは求められるだろうが、少なくとも従う事での不利益はない、そう考えて良い筈だ。
 ……だが、本当にそれで良いのか。
「どうなの? 決断はこの場でなさい。優柔不断な者は、私は必要としていないわよ?」
「ならば、答えよう。……否、だ」
 華琳は少しばかり、驚いたようだ。
「理由を聞かせて貰えるかしら。私が至らないから?」
「いや。華琳は主君としては理想だろう。配下を使いこなすという自負も、ただの自信過剰でない事ぐらいはわかる」
「お褒めに預かり光栄ね。なら、他に理由があるのね?」
「ある。一つは、私と華琳は、似通い過ぎている。意気投合はするやも知れぬが……両雄並び立たず、という言葉もある」
「……他には?」
「今、この場で決めよ、という事は、私の一存で皆の運命を決めてしまう事になる。それは、皆に申し訳が立たぬ。だから、否だ」
 私の答えに、華琳は小さく溜息を一つ。
「……わかったわ。でもね、歳三」
「何だ?」
「私は望んだものは必ず手に入れる主義なの。どんな事をしてもね」
「……つまり、諦めてはおらぬ。そう言いたいのだな?」
「ええ。それは、覚えておく事ね」
 ふっ、まるで宣戦布告だな。
 華琳は、席を立ち、天幕を出て行く。
「付き合ってくれてありがとう。それじゃ」
「ああ」


「歳三殿」
 一人だけになった天幕に、疾風が入ってきた。
「影ながら警護してくれていたようだな。礼を申す」
「……気づいておられましたか」
「恐らく、華琳もな。……話は、聞いたな?」
「はい。ありがとうございます」
 礼を述べる疾風。
「何故、礼を申すのだ?」
「曹操殿の誘いを、私達の事を思って断られたではありませぬか。……私達を、そこまで信じていただける事への、お礼です」
「……気にするな。一度従うと決めた者は、私の方から裏切る訳には参らぬ。それだけの事だ」
「歳三殿……。貴男に従って、良かった……本当に」
 ふふ、こんな顔を見せられては、ますます蔑ろには出来ぬな。
 例え、華琳と対決する事となっても、な。 
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