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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
影の政府
  魔都ニューヨーク その3

 
前書き
なんやかんやで、6000字越えになってしまいました。 
 

 
 ロサンゼルス近郊、ビバリーヒルズにある豪奢(ごうしゃ)な館。
昼頃、玄関先に、1969年式のマスタング・クーペで、乗り込んだ怪しげな者がいる。
「待て」
たちまち、警備により、捕らえられ、拳銃を突き付けられて、立ち竦む男は、
「もしやここは、キリスト教恭順派の本部では間違いありませんか」
「余計な事を言うな。何でもあれ、通すことは出来ぬ」
「ならば、指導者(マスター)へお取次ぎ下さい。時計屋ですがと」

 彼の正体は、FBIロサンゼルス支部の職員で、FBIが恭順派と名乗る邪教団に潜入させた工作員。
大急ぎで、マサキ襲撃事件の報告に来たのだった。
「えっ、時計屋だと」
 末端の信者では、この男の素性を知らない者が多い。
しかし時計屋と聞けば、しばしば指導者(マスター)が会っている重要人物と知っている。
 まもなくその時計屋は、指導者のいる奥座敷へ導かれていた。
指導者が彼と会うときは、いつも人を側におかなかった程の信頼関係。
 先の大戦の折、フィリピンのオードネル捕虜収容所で同室だった、彼等の結束は固かった。
命を共にした戦友としての付き合いがあり、簡単に離れられぬほどの深い間柄であった。
自身の子息や複数いる妻たちより、指導者の傍に近寄れ、しかも彼の私室に出入り御免であった。
 だから彼等の密議などは、二人以外に知る者もないのだった。


レイバンのサングラスをし、椅子に腰かけた五十路(いそじ)の人物は、
「何、ソ連の犯行に見せかけた銃撃で、木原を殺す作戦は失敗か」
立ち上がると、彼の横面を思い切り、叩き付けた。
「も、申し訳ございません」と、秘密報告をした時計屋は、倒れた身を起き上がらせる。
紺に白の縦縞のズートスーツ姿をした男は、指導者と呼ばれる、この団体の教祖であった。

「我等が邪魔になる、米ソを互いに消耗させ、その戦に疲れた世界中の民を、我が信仰に誘い込む。
この妙案も、木原の手によって、(つい)えたか。ならば、情報を流し、奴を誘い出せ。
さしもの木原も、あのマシンが無ければ、ただの人間よ。本部に引き入れ、女操縦士と共に抹殺する」
と、丸めた頭を、ぬかづく男の方に動かし、睥睨して見せた。
「木原という、邪教徒の黄色猿公(イエローモンキー)の為に、神の御使いであらせられるBETAは絶滅した。
もし木原がこのまま生き続ければ、地上に、使徒の再来は覚束無(おぼつかな)くなる。
何が何でも始末するのだ。奴が死ねば、八方丸く収まる」
指導者には、その事は疑いない事実であった。
「心得ました。では木原を騙くらかして、奴をこの本部に誘い込みます」

 ロサンゼルスのFBI支部からワシントンのジョン・エドガー・フーバー・ビルに電報が入った。
その秘密報告を受け、ホワイトハウスでは、国連総会の警備に関し、緊急会合が開かれていた。
FBI長官は、上座の大統領に向かって、
「現在国連総会でのテロが懸念されます。その危険性があるのは、恭順派と称する団体です。
西海岸、ロサンゼルスに拠点を持っており、俗にいうBETA教団と呼ばれております」
「BETA教団?なんだそれは。奴等の目的は……」
大統領の言葉が終わらぬ内に、CIA長官が重ねる様にして、
「BETAの襲来は、神の意志によるもので、人類はそれを受け入れろと、公言してやまない団体です。
そんな彼等は、今回の国連総会で、パレオロゴス作戦に関わった人間を殺す可能性が非常に大きいのです」
「パレオロゴス作戦に関わった人間を殺して、奴等は何を得ようとしているのだ」
「組織の売名と、対BETA戦において米国による介入の一切拒否するという姿勢表明する為でしょう。
また、KGBを騙って米国内で騒擾事件を起こし、米ソ戦争を開始させるとも聞き及んでいます。
今回の木原の襲撃事件は、その一環でしょう」

 嚇怒した大統領は、両腕を組み、机を叩きならしながら
「そんなにまでして、米ソを戦わせたいのかね。要は自分たちの過激思想を広めたいだけではないか」
と、檄色を隠さない様を見て、FBI長官は、(なだ)めようと、
「FBIとしましては、只今総力を挙げて彼等の動向を探っています。
今週末までには、かなりの線まで洗い出せるでしょう」と答えた。
憤懣やる方無い大統領は、
「遅い。それでは火曜日の国連総会まで間に合わないではないか」
と、嘆くも、大統領は、全米最大規模を誇るニューヨーク市警本部長に、
「では、本部長、警備の人員は、どれ程出せるのかね」と訊ねた。
「お答えいたします。市警全職員8万人の内から、2万の警官と500名の機動隊員。
そして、本部より100名からなる緊急出動隊(スワット)が加わる予定です」
追従する様にFBI長官も、
「FBIとしても、本部直轄の人質救出隊を編成して、1000名の人員と100台の武装ヘリを準備いたします」
彼等に重ねる様にして、国家安全保障問題担当大統領補佐官が、
「さらに沿岸警備隊とシークレットサービスにも出動準備をかけました」と、言い切った。

「それでもだ。
国連総会に来る要人の家族などは警備のしようがない。何処で誘拐されるか分からん。
仮に一人でも誘拐されれば、この合衆国の国威は地に落ちる。
万全の配備をしても、守り切れるものではない。そうなってからでは遅いのだ」
大統領が、その様に理由を述べると、副大統領もまた、
「しかし閣下、FBIでもCIAでも出来ぬ仕事をこなすものなど、この世に居りましょうか」
と、その心にある不安を、一応あきらかにした。

藁を掴む気持ちで、大統領は、
「ゼオライマーを使おうと思う」と、マサキに頼る事を明かした。
 その場に、衝撃が走った。
副大統領はじめ、みな凍り付いた表情である。
「ゼオライマーを使って、BETA教団を潰そうと思う。
パイロットの木原は、KGBと戦って勝った男だ。彼なら何でもできる。
BETA教団に、国連本部を襲われる前に先手を打つ」
室中、氷のようにしんとなったところで、大統領は、
「現在ニューヨークに居る、御剣公に橋渡しを頼んだのだよ。
木原をホワイトハウスに呼んで、BETA教団抹殺を依頼する。
その上で、警備を万全にし、まずは国連総会を無事に終わらせる」

さて、同じ頃、マサキは、救急車で、近くの大型私立病院に運ばれた。
防弾チョッキを着ていても、銃撃の衝撃までは防げない。
内蔵の損傷や、ろっ骨などの骨折を調べるために駆け込んだのだ。  
 数時間の検査を終えた所、辺りはすっかり暗くなっていた。
幸い、軽い内出血と転倒時の打撲で済んだ事に安堵していると、トレンチコート姿の男が現れた。
 
 ベットに横たわるマサキは、枕元に立つ男の方に顔を向け、
「なあ、鎧衣。あれは本当にKGBか。暗殺のプロとは思えぬ稚拙な犯行だ」と訊ねると、
「ふむ。君が撃たれた弾丸は9mmパラベラム弾だ。
それに、鉄芯製のトカレフ弾だったら、とっくに防弾チョッキを抜けている」
「ソ連ではないと。じゃあ、誰が何の目的で……」
美久に手を引っ張られて、起き上がり、
「今回の拳銃は、トゥーラ兵器工廠純正のトカレフじゃない。
ソ連の拳銃弾、小銃弾は、帝政時代より7.62ミリだ。
現場近くに捨ててあった拳銃は、9ミリパラベラム弾の弾丸仕様。
トゥーラ兵器工廠純正を示す、遊底のスライドに記されたキリル文字がない。
製造番号が削られていたし、ソ連製拳銃にはない、安全装置が追加された。
以上の点を見ると、間違くハンガリーか、ユーゴスラビア製のコピー品。
それに、安全装置付きと言う事は、対米輸出用だ。そうすると……」
「米国内に拠点を置く過激派か。しかもソ連の所為にしたがっていると」
「私が教えられるのはここまでだ。後は詳しい話はFBIが相談に来るだろう」
「捜査じゃなくてか」
「御剣公は、外交特権を持っておられる。故にFBIもCIAも捜査権が及ばない。
それに私たちは彼の庇護下にある。だから相談しか出来ぬのだよ」

 近くでヘリコプターの音がすると、間もなく廊下をかける足音が聞こえる。
「何、寝ているだと。それなら、起こせ。通さんなら通るまでだぞ」
と、看護婦と護衛に来ていたニューヨーク市警の警官を叱りつける者が在った。
 彩峰(あやみね)大尉だった。
看護婦の取次よりも早く病室に入るなり、椅子に腰かけ、
「彩峰か。しかしこんな夜中になんだ」
「早速だがホワイトハウスに、御剣公と行って欲しい」
顔色が赤い所を見ると、いくぶん怒気を帯びていて、
「俺の暗殺未遂の件で、明日から始まる国連総会が危なくなったのか」
「そうだ」
「俺は、そこまで首を突っ込む理由があるか」
何か、マサキについて、腹をたてて来たものらしい。
「俺も、その事を説明した。ところが御剣公は笑っておられた。
君が信頼した木原という男は、女にはだらしがないと。
そして、パレオロゴス作戦の支援を取り持ったことも、また、せっかくの殿下のご意向も仇になった。
日本の為に、西ドイツに送ったのに、東ドイツの女に惑わされた。これでは逆になった……。
と、しきりなお悔やみなさっていた」
マサキの瞳に、ちらと懐疑(かいぎ)の色が浮かぶ。
「何を……」
「アイリスディーナという少女と、離れがたい心もあるには違いない。
純真な彼女の愛にひかれ、心弱くなったと」
其処まで馬鹿にされていては、黙っていられない。マサキの意地である。
「この俺が、女色(にょしょく)に溺れているだと。よし、御剣の望む様にしてやろうではないか。
美久、鎧衣、俺はホワイトハウスに乗り込むぞ。準備しろ」
マサキは、病衣から軍服へ、美久に着替えさせると、間もなくヘリが待ち構えた屋上に向かった。

 マサキ達は、綾峰に連れられ、海兵隊のヘリで2時間ほどかけ、ワシントンに向かった。
ホワイトハウスに着くなり、シークレットサービスの身体検査を受け、大広間に入る。
そこには別なヘリで来た御剣と紅蓮(ぐれん)。そのほかに見慣れぬ日本人の護衛が一人ついていた。
 大広間には、すでに七旬(しちじゅん)を超え、鬢髪(びんぱつ)も白くも、矍鑠(かくしゃく)とした偉丈夫が待ち構えていた。
彩峰は、鷹揚(おうよう)に敬礼をし、マサキ達も続いた。
男は敬礼を返すと、御剣の傍により、
「今度の協力には感謝しているよ。御剣公」と、右手を差し出し、言って来た。
御剣は感に堪えない面持ちで、頭を下げ、
「光栄です。大統領閣下(ミスタープレジデント)」と、握手した。
そして、彩峰はマサキ達の方を向いて、右手を広げ、
「ご紹介いたします。こちらがゼオライマーの操縦士(パイロット)副操縦士(サブパイロット)です」
敬礼していた右手を下げると、
「紹介にあった木原マサキだ。挨拶は抜きにして本題に入ろう」

 大統領が、椅子に腰かけると、そのまま質疑応答が始まった。
「どうだろう。引き受けてもらえるか。FBIもCIAも協力を惜しまない。
更に君の方から条件があれば、聞かせてもらおう」
  
 護衛からBETA教団の本部と、その指導者(マスター)の顔写真をもらったマサキ。
不敵の笑みを浮かべ、食指を立てた右手を差し出し、
「まず、俺に新兵器開発にかませろ。
ロスアラモスでも、ハイネマンでも、戦略航空機動要塞の研究でもいい」
次に中指を立てると、
「第二に、暗殺業務だから、あらゆる司法手続きから免除される書類が欲しい。
FBIでも、大統領命令でもいい。それが無ければ、話にならん」
ゆっくり、薬指を上げて、
「そして、最後に50メートルを超える大型ロケットが欲しい。BETAがいる星に乗り込む為だ。
サターンVロケット、スペースシャトル、核ミサイルを転用したタイタンロケット。なんでもいい」
と、不敵の笑みを浮かべた。
さしものマサキからの要求に、副大統領が立ち上がり、
「いくら何でも法外すぎる。たしかに君はハイヴ5か所を攻略したが、我々はその実力を知らぬ。
失敗せぬ保証はあるのかね」
毅然としてマサキは、副大統領の方を向き、
「その証として、首領のそっ首をホワイトハウスの前に並べよう」と、大言を吐いた。


 そして、秘密任務を受けたマサキ達は、ゼオライマーで、即座にサンフランシスコに転移した。
機体から降りた後、宵闇(よいやみ)の街へ繰り出し、現地に居るFBI工作員を頼った。
 時計屋と呼ばれる、彼の手引きを得て、堂々と正面から教団本部に侵入した。
 無論、有名人のマサキである。簡単に侵入できるはずがない。
手引きした工作員によって拉致された振りをして、幹部たちの前に引き立てられたのだ。

 後ろ手に縛られ、教祖の部屋まで行くと、五十路の紳士が、葉巻を燻らせていた。
50センチほどの羽飾りのついたスペイン帽に、紺に白いストライプのズートスーツ。
姿格好から、おそらくメキシコ人と思しき白人男は、マサキをねめつけ、
「君が木原マサキかね。BETA退治をしている衛士の……」
と、言い終わらぬ内に、マサキは、満面に喜色をめぐらせて、
「世界中に、操縦士(パイロット)はごまんといるが、BETAの光線(レーザー)を浴びて、生還したのは、俺ぐらいだろう」
と、言いやり、唖然とするミラーレンズのサングラスをかけた、教祖の顔を見て、
「そんなこの俺に暗殺者を仕立てて殺そうなど、出来る訳がない。
なぜなら、この俺は造物主にして、冥王なのだからな。ハハハハハ」
と、喜色を明らかに、(うそぶ)いて見せた。

 
 途端に指導者(マスター)は、嚇怒し、脇に居る男達に指示を出す。
護衛達は、マサキの両手から紐をほどくと、いきなりねじり上げた。
「ほざけ、この猿公(えてこう)めが」と、指導者(マスター)は、彼の襟首をつかみ上げる。
そして、歯を食いしばったマサキの顔を、鉄拳で数発、殴りつけ、
「貴様、神になったつもりか」と、言いやった。
拳骨で、口の中が切れ、血を流しながら、
「この木原マサキ、既に神の領域をも超越した。
生命の禁忌も、無限の力も、この手の中に得た。つまり、人の命など自在に出来るのだ。
生老病死(しょうろうびょうし)に加え、愛別離苦(あいべつりく)怨憎会苦(おんぞうえく)求不得苦(ぐふとくく)五蘊盛苦(ごうんじょうく)
世のあらゆる四苦八苦を、この天のゼオライマーを持って超越した、存在。
それがこの俺よ。ハハハハハ」
と、周囲を囲む者たちに、満面の笑みを見せつける。
マサキは一瞬目を動かすと、彼等を連れて来た時計屋は、いつの間にか、消えていたことに気付いた。
どうやら、FBIの工作員だったようだ。
『帰ったら、FBIの奴等も血祭りにあげてやろう』
一人、そう心の中で、誓うのであった。

青筋を太らせた指導者は、懐中より、コルト・ピースメーカーを取り出すと、
「丸腰の此奴らの戯言に付き合ってる暇があるか。では木原よ。そのマシンを呼んで見せよ。
神でもないのに、その様な事が出来る筈が有るまい」と、マサキに向ける。
マサキは、眉間に拳銃を突き付けられるも、
「良かろう。貴様等が、お望みの物を出してやろう」と、不敵の笑みを湛え、
「美久、ゼオライマーを呼び出せ」
と、きつく縄で(いまし)められた美久に向かって、大声で叫んだ。
 
 その刹那、美久がまばゆい光に包まれると、轟音と共に部屋全体が揺れ、屋根や天井が崩れ去る。
瞬く間に、面前に一体の巨人が現れ、周囲の物を仰天させた。
 マサキは、彼をねじり上げた男達を振りほどくと、ゼオライマーに目掛けて、走る。
駆けこんだマサキの体を光球が包み込むと、そのままコックピットに移動する。
 操縦席に座った彼は、韋駄天走りで、脱出しようとする(くだん)の男を逃がさなかった。
即座に右手で掴むや、両掌でねじり、レモンの様に絞ってしまった。
 そして休む間もなく、目標座標にメイオウ攻撃を発射した。
建物に居た全ての者が、ゼオライマーの必殺の一撃の下、消え去った。



 ビバリーヒルズに正体不明の大型機出現の報を受けたロス市長は、市警スワット隊に、出撃命令を出す。
秘密任務の為、カリフォルニア州には知らされていなかったため、ロス市より要請を受けた知事は、緊急発進(スクランブル)を掛ける。
 ロス近郊のトラビス空軍基地滑走路から、F-4ファントムの1個小隊4機が、即座に空に上げられた。
 しかし、ロス市警スワット隊が現場に着いた時にはすでに遅かった。
例の正体不明機は忽然と消え、廃墟が残るのみであった。
 こうして暮夜(ぼや)ひそかに、ロサンゼルスにあった恭順派は、拠点と信者を含め、全て消滅した。 
 

 
後書き
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1月7日からは通常投稿に戻ります。 
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