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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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敢闘編
  第五十五話 アムリッツァ星域会戦(前)

宇宙曆792年12月11日01:00
アムリッツァ星系外縁(イゼルローン回廊側)、自由惑星同盟軍、第十一艦隊、旗艦メガイラ、
アンソニー・ホイヘンス

 アムリッツァ星系のみだと?八個艦隊も動員して星系一つで終わりとは…笑わせるな!帝国の反撃体制が整う前に奥深く侵攻せねば、アムリッツァの維持すら難しいではないか。敵は討てる時に討たねば後日の憂いとなる、シトレの野郎は間違っている!
「閣下、ロボス大将よりアムリッツァ外縁で停止せよと言ってきておりますが…」
「参謀長、今日は何の日だ?」
「は、はっ…日付が変わって…第二次ティアマト会戦戦勝記念日でありますが」
「そんな大事な祝日に帝国本土に進出…止まれると思うか?」
「し、しかしそれでは命令に反し…」
「責任は俺が取る。何かあったら帝国軍に攻撃されたと言えばよい」
「は、はっ」



12月11日01:30
イゼルローン回廊出口(帝国側)、自由惑星同盟軍、第一艦隊、旗艦アイアース、
ラザール・ロボス


 「閣下、第十一艦隊ですが、外縁部で停止することなく進撃を続行している様です…!」
「何だと?…引き続き停止する様呼びかけを続けろ…第二艦隊と第三艦隊を呼び出せ」

“どうかなされましたか、ロボス閣下”
“何用でしょう?”

「第十一艦隊が此方の命令を聞かず進撃を続行中だ。貴官等で第十一艦隊を止めて貰いたい」

“…了解致しました”
“第十一艦隊が既に交戦中だった場合は?”

「第十一艦隊が優勢ならば、それを援けて加勢せよ。劣勢ならば救い出してくれたまえ。敵はイゼルローンの敗戦の直後だ、アムリッツァに存在する敵は…おそらく要塞戦の敗残兵のみと思われる。決して多くはない筈だが、注意してくれ。此処は既に敵地なのだからな」

“はっ!”
“了解致しました”

 …なんという事だ!こんな事ではシトレに笑われるぞ…全軍で引き止めに向かった方がよかったか?いや、八個艦隊だぞ、失敗なぞ出来るものか!もし後背でも突かれでもしたらシトレどころか全軍のいい笑い者だ!
「参謀長、全軍に伝達。軽挙妄動を慎み警戒を厳とせよ」
「はっ!」




帝国暦483年12月11日01:45
アムリッツァ星系、第三惑星チャンディーガル軌道上、銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、艦隊司令部、ラインハルト・フォン・ミューゼル

 キルヒアイスが新たな情報を報せて来た。
「ラインハルト様、更にイゼルローン回廊方向に進出した通報艦ブロートより続報が入っています」
…敵の先鋒はまもなく外惑星マルガオに到達する模様、後続に二個艦隊、敵先鋒との距離約二百五十億キロ…
「これで通信が途絶しました。残念です」
「そうだな。ブロートの乗組員の為にも敵を叩かねばな」
どうすればいい…敵の艦隊編成は一個艦隊一万二千から一万三千隻だった筈…。
「キルヒアイス、我々の艦隊の数は?」
「補給艦、輸送艦は民間人輸送の為にチャンディーガルに置いて来ましたから…一万五千五百隻です」
「この星系に他に可住惑星はあったか?」
「はい、もう一つあります。第四惑星カイタル。五万人程が居住している筈です」
「よし…現在位置からの距離は?時間で頼む」
「はい」
キルヒアイスは俺の質問に答えながら嫌な顔一つせず制御卓を操作している。ありがたい事だ…必ず生きてオーディンに戻ろう、なあキルヒアイス…。
「現在位置からですと…アムリッツァを挟んで…我々の艦隊針路から見てカイタルは三時方向、約七時間の距離です」
「マルガオからカイタルの時間的距離は?」
「マルガオは現在星系公転面のイゼルローン方向に位置していますから…アムリッツァを挟んで二時方向、近いですね、マルガオからカイタルまで約四時間です」
「よし…ありがとうキルヒアイス。策を具申してくる」
これでどうにか一個艦隊は潰せるだろう。潰せない時は…。


 「偽電を流しカイタルに向かうと見せかける、天頂方向から見て時計回りにアムリッツァを迂回してマルガオ側から敵艦隊を攻撃する…か。イゼルローン回廊側を迂回する訳だが、後続の二個艦隊はどうする?あまり時間的余裕はないが」
伯の疑問は尤もだった。確かに現在のまま推移すると、理想的に敵の先鋒を撃破したとしても十五時間程しか余裕はない。此方にも損害は出るから、とてもじゃないが二個艦隊をいっぺんに相手するなど至難の技だ。
「我々が敵先鋒を撃破した後戦場を去れば、敵は警戒して進撃速度を緩めるか、索敵の為に分散するかする筈です。たとえ分散しなくても進撃速度は緩めるでしょうから、少なくとも時間は稼げます」
「成程、あくまでも時間稼ぎという訳だな。参謀長、私は少佐の策を是とするが、どうかな?」
「そうですね。どちらにせよ時間は稼がねばなりませんし、一個艦隊でも敵戦力を減らせるのなら、やる価値はあると思います」
「決定だ。参謀長、作戦の準備にかかりたまえ」
「はっ。作戦準の下ごしらえは少佐にまかせる。存分にやりたまえ」
「ありがとうございます」





12月11日07:00
アムリッツァ星系、第四惑星カイタル付近、自由惑星同盟軍、第十一艦隊、旗艦メガイラ、
アンソニー・ホイヘンス


 「シャトルによる観測の結果ですが、確かにこの惑星には民間人が居住しているようですが…帝国軍の施設らしきものもごく小規模な物しかありませんし、脱出を準備している様な兆候もありません」
「敵艦隊到着後に脱出準備をするのだろう。敵はチャンディーガルにいるのだったな。だとすれば三時方向から現れる筈だ。シャトルに陸戦隊を載せ降下させろ。入植者は民間人だ、一個連隊もいれば武装解除は容易いだろう。参謀長、シャトル降下後、迎撃準備だ」
「はっ」
“…七時方向に人工物と思われる大質量を観測、距離百五十光秒…多数の高熱源発生!こ、攻撃です!”
「何!」
“九時方向にも高熱源発生!”
「後背からだと!?馬鹿な!全艦反転、迎撃せよ!」




12月11日10:35
アムリッツァ星系近傍(イゼルローン回廊側)、自由惑星同盟軍、第二艦隊、旗艦メネラーオス、
ジェフリー・ルーカス


 第十一艦隊からは何の返信もないばかりか、外惑星マルガオ以降の位置情報も不明ときている。
「何をやっているんだ十一艦隊は。まだ連絡はつかんのか」
「一向に…妨害電波もひどく、通信状態は劣悪です」
「妨害電波か…第三艦隊とは連絡可能か?」
「さほど遠くありませんので大丈夫かと思われます」
「よし、第三艦隊に連絡を」

”ルーカス提督、何かありましたか”

「いや、よかった。ルフェーブル提督、通信状況がひどくはないか?おそらく電波妨害だろうが…すでに第十一艦隊は敵と交戦状態に入っているのでは」

”その可能性はありますね。第十一艦隊の現在位置も不明ですし、彼等の捜索も兼ねて索敵範囲を広げましょう”

「そうだな…アムリッツァ星系全域を捜索する必要があるだろう。我々はこのまま外惑星マルガオに向かう。貴官はチャンディーガル方面に向かってくれ。ホイヘンス中将の事だ、早く見つけないとオーディンまで行ってしまうぞ。ロボス提督には我々から連絡しておく」

”恒星アムリッツァを挟んで索敵する形ですな。了解しました、では”

ホイヘンスめ…シトレ閣下を好かんのは判るが…好き勝手にやってもらっては困る。第一、作戦を成功させねば後が無いのは我々の側なのだ…。






12月11日11:00
アムリッツァ星系、第四惑星カイタル付近、銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 
 「上手くいったな。完勝ではないか」
伯爵は上機嫌だ。しかしまだ敵は残っている、気を抜く訳にはいかない。
「はい、うまく機先を制する事が出来ました。出来ますれば…兵たちに二時間ずつ、交代で休息を取らせたいのですが」
「そうだな。飲酒も許可する」
「ありがとうございます」
我々の放った偽電に乗せられた敵を、惑星カイタルにて後背から急襲する事に成功した。傍受した敵の通信によれば、敵は叛乱軍の第十一艦隊の様だった。狼狽した敵は稚拙な行動に出た。その場で回頭する艦艇が続出したのである。司令官の命令だとしても、何が起こるか分かりそうなものではないか…敵艦隊は組織的な反撃をとる事が出来ないまま、旗艦以下数隻まで撃ち減らされ一方的に壊滅した。
「少佐、通報艦エルベⅣとラーボエからの連絡だ。敵の後続艦隊はアムリッツァ星系の星系公転面両端を索敵しつつこちらに向かっている様だ。我々が撃破した艦隊の座標を見失っていた様だな。一つはマルガオ方面、もう一つの艦隊は反対側のチャンディーガル方面にいる」
お互いの距離が近いのはマルガオ方面の敵だ。そちらを撃破したいが、問題は撃破した第十一艦隊が後続艦隊に我々の事を通報しているかどうかだ。通信妨害の措置は充分に行っているが、それ自体が我々の存在を示唆しているから、後続の敵は索敵範囲を拡げたのだ。我々の座標が送られていたら、敵は我々を挟撃すべくここに向かってくるだろう。どうするか…。




12月11日15:00
アムリッツァ星系(イゼルローン回廊側)、第四惑星カイタル上空、自由惑星同盟軍、第二艦隊、旗艦メネラーオス、
ジェフリー・ルーカス

 
 ”至急、来援ヲ乞ウ、第四惑星カイタル、第十一艦隊”

単純な通信文だった。非常に不利な状況なのだろう、一方的に奇襲でも受けたか…。第十一艦隊に簡潔に急行している旨を返信する。第三艦隊にも状況を送信するが、どちらからも返信はない…通信妨害のせいで長距離の通信はやはり厳しい様だ。


”了解シタ、我ガ艦隊既ニ敗北的状況、至急来援ヲ乞ウ。第十一艦隊”

第十一艦隊から返信があった。先程の通信を受けてから二時間半しか経っていなかった。やはり一方的な奇襲を受けたのだ。敗北的状況…まだ負けてはいないのか、とりあえずカイタルに急がねば…。

 そして今。
第十一艦隊との合流を果たしたものの、彼らは損傷した旗艦メガイラ以下七隻の戦艦、という状態になっていた。此方からの急行の報は届いていたものの既に状況は敗北に移行しつつあり、返信が遅れたのだそうだ。敵艦隊がチャンディーガル方面に去っていくのを確認後、損傷艦からの生存者の収容などを行いつつげ現在位置に留まっていたのだという。ホイヘンス提督も負傷していた。
“敵ながら見事な奇襲だった…不甲斐ない戦いをした。死んだ者達になんと詫びればよいか”

「…艦隊司令部が無事だっただけでも良しとしなければなりません。百隻ほど護衛をつけます、第一艦隊に合流して下さい」

“ありがとう…敵はチャンディーガル方面に向かった様だ。武運を祈る”

右腕を吊っている為、左手で敬礼したホイヘンス提督の顔は蒼白だった。むざむざと味方を死なせた事、命令違反…彼の軍人生命は断たれたに等しい。提督は一瞬何か言いたげな顔をしたが、通信は切れた。
「敵はチャンディーガル方面に向かっている。追撃開始だ参謀長、艦隊右三十度回頭、全艦戦闘配置のまま進撃開始」
「はっ」



12月11日18:00
アムリッツァ星系、第五軌道(小惑星帯)、銀河帝国軍、
ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル


 現在我々はアムリッツァ星系の第五軌道を周回する小惑星帯に潜んでいる。恒星アムリッツァの近くを通りチャンディーガルに向かうと見せかけ、そのままチャンディーガル、カイタルの周回軌道を通過して、敵の後続艦隊がチャンディーガル付近に来るのを待っている、という寸法だ。うまく行けば敵艦隊の後方から奇襲をかけられるが、おそらく敵はチャンディーガル付近で合流するだろう。その前にどちらかを叩かねばならないが、初戦の第十一艦隊を撃破した時の様に上手くいくかどうか…予想される敵の合流時間次第では、奇襲をせずアムリッツァ星系から撤退せねばならない。
「お疲れではないですか、ラインハルト様」
キルヒアイスがコーヒーを淹れて持って来てくれた。
「いや、一時間だけだがタンクベッドで休む事が出来た。充分とはいかないが、休む事は出来たよ。キルヒアイスこそ疲れてないか」
「いえ、私は大丈夫です…叛乱軍は失敗しましたね。八個艦隊全てでここに来ていれば、各艦隊が各個撃破される、という状況に陥る事もなかった」
「ハハ、撃破できたのはまだ一個艦隊だけだがな…奴等の艦隊は総数十二個だ。そのうち四個艦隊はイゼルローン要塞の攻略、その攻略が終わり待機させていた八個艦隊を送り込んで来た。確かに回廊を攻略され、帝国本土に侵入される…未だかつてない危機に見えるが…」
「作戦参謀ラインハルト少佐はそうは思わない、これは好機だ、と」
「茶化すなよ…だがそうだ。イゼルローン攻略に参加した敵は再編成に入る…という事は敵の兵力は八個艦隊…七個艦隊のみだ。再編成中の艦隊を投入しても九個艦隊がせいぜいだろう。此方が軍を編成するのに一か月から二か月、このアムリッツァ星系まで大体一か月…およそ三か月から四か月の間に叛乱軍の侵攻はヴィーレンシュタインかシャンタウに到達するだろう。ここで叛乱軍を討つことが出来れば、奴等の残存兵力は三個から四個に激減する。さらなる反撃も可能だ」
「イゼルローン要塞を取り戻す、と」
「ああ。だがこれは俺が宇宙艦隊司令長官の職にある場合の話だ。現状ではこうはならんだろう。忌々しい事だが現状では作戦遂行能力は叛乱軍の方が上だ。全て準備して来ているのだからな」
「はい。叛乱軍は我々を迎え撃つという国土的条件があります。常に我々に備えればなりません。それが逆に転じた場合、準備は素早く行えるでしょう」
「そうだ、防御用に使う資材を攻勢目的に使うだけだからな。だが帝国は違う。軍の派遣、編成それ自体が政治的判断を伴う。まあ、政府、大貴族の利害関係、派閥争いの類いだがな」
「はい、その通りです」
「叛乱軍とて利害関係の調整はあろうが奴等には専制政治打破という国是がある。我々に対する軍事力の行使という点では挙国一致体制を取る事ができる。もし本当にそうなった場合、目的が単純な分、その目的に邁進する事ができる」
「しかし我々は…」
「ああ。宇宙艦隊は十六個の正規艦隊からなるが、その十六個がまともに動いているのを見た事がない。そもそも定数を満たしているのかすら不明だ」
「…イゼルローン要塞の存在があったからですね?」
「そうだ。あの要塞が難攻不落であった為に定数を維持しなくてもよい、あるいはする必要を感じなくなったのだ。考えてもみろキルヒアイス、本当に叛乱軍の奴等を討伐する気があるのなら、とっくにやっていたとは思わないか?」
「はい。帝国の過去の軍事指導者達が全て能力が無かった訳ではないでしょうし」
「だが、そうはならなかった。イゼルローン要塞が完成し、状況が固定してしまった。軍務省の涙すべき四十分…聞いた事があるだろう?」
「第二次ティアマト会戦…会戦に参加した帝国軍は壊滅的な打撃を受け、叛乱軍が完勝した戦いですね」
「そうだ。負けた挙げ句に将官、高級軍人の戦死者があまりも多く、軍務省が大混乱に陥った…そしてイゼルローン要塞の建設に繋がる…著しい人的損耗と、その補充に要する時間を稼ぐ為に帝国は自らビンの栓を作って閉じ籠った」
「そして人的損耗の穴を埋めていったのは下級貴族や平民です」
「そう。だが帝国上層部としてはこれは由々しき事態だ。藩屏を自称する大貴族は進んで前線には出たがらないから、武勲をあげるのは下級貴族や帝国騎士、平民階級出身の軍人達ということになる。俺の見たところ、分艦隊指揮官や艦隊司令官を張れそうな奴等が中級指揮官にごろごろしているんだ。下級貴族は貴族階級だからまだ良しとしても、政府としては平民の台頭は望ましくない。だから彼等には活躍の場が中々与えられないのさ…適材適所ではなく能力に関係の無い縁故人事がまかり通っては叛乱軍を撃滅するなど痴愚の夢と言うべきだ。そして戦費はかさむ一方、当然叛乱軍領域に派遣出来る兵力にも差し障りが出る…自分でも極端とは思うが、見方としてはまあ間違ってはいないだろう」
「ミュッケンベルガー元帥はどうお考えなのでしょう」
「奴に能力がない、とは言わんが、今言った通り、他の事に足を引っ張られているのだ。悲しい事だ。俺にとっては好都合だがな」
お代わりを淹れて来ます、とキルヒアイスが部屋を出て行く。痴愚の夢…それに付き合わされるとは何の喜劇だろう…。



12月11日20:00
アムリッツァ星系、第四周回軌道近傍、自由惑星同盟軍、第二艦隊、戦艦エルセントロ、
ダスティ・アッテンボロー

 旗艦以下七隻…第十一艦隊もどうやったらそこまでやられるんだよ全く…ああはなりたくないもんだ。敵わないと思ったら逃げるが勝ちってのに…。
「砲術長、航海長からですが、第五周回軌道に微かに熱源反応が見られると言うのですが」
「どの方向だ?」
「我々の針路からだと五時方向になります」
「小惑星帯だな…副長は知っているのかな」
「航海長の口ぶりだと報告するか迷ってらっしゃる感じでしたが」
「迷うほど微かな反応なのか」
「さあ、そこまでは…」
「…全艦戦闘配置、総員だ!急げ!」
「え?でも、戦闘配置は哨戒直の権限外では…」
「それがどうした!第十一艦隊みたいになりたくなかったら、つべこべ言わずアラートを押せ!」
まったく!敵地なんだぞここは!…小惑星帯なんて、行方の判らない敵艦隊が隠れるにおあつらえ向きの場所じゃないか!おまけに位置が怪しすぎる。我々から見て右後方だと?絶好の襲撃位置だぞ!…早く副長、艦長は来ないか…?
「何があった、大尉」
「艦長…第五周回軌道、小惑星帯ですが、熱源を感知しました。位置関係からいって襲撃待機中の敵ではないかと判断しました。もし敵だったとして現在位置の我々を逃しますと、もう敵には奇襲のチャンスはありません。その予測から、越権行為ですが戦闘配置をかけました」
「確実か?」
「…小官は、逃げ足は一級、との自負があります。逃げ…いや、転進の余裕は失いたくありません」
「了解した。副長、分艦隊旗艦に通報、敵発見、第五周回軌道…艦隊針路から見て五時方向…おい、距離は?」
「約三百五十光秒です」
「よし、通報しろ」
「…旗艦、了解。全艦の運動を電算機管制に切り替える、との返信です」
副長のガットマン少佐は艦長からの命令より早く通信の用意をしていた様だ。でなければこんなに早く返信がある筈がない。
「艦長、引き続き分艦隊旗艦より伝達、艦隊全艦百八十度回頭、悌形陣とする。以上です」
 
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