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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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敢闘編
  第五十四話 帝国領侵攻

宇宙暦792年12月4日07:00
イゼルローン回廊、アルテナ星系、イゼルローン要塞、
自由惑星同盟軍、宇宙艦隊司令部、
ヤマト・ウィンチェスター

 ”ウィンチェスター、起きてるか。寝坊するなよ、じゃあな“
…キャゼルヌさんか。なんで早起き出来るんだろう。士官学校にいた頃は全然苦じゃなかったのにな…。
戦闘詳報の作成指示、内容の推敲、帝国本土進攻部隊への命令書の作成と推敲、第四、第五、第八及び第十艦隊からの現状報告のまとめ…。
なんで全部俺なんだ!…補給担当のギャバン准将ほどじゃないが、作戦の合間も俺は忙しい。寝たのは二時間前…。
”次に会う時はこうはいかないぞ“なんて言い残してラインハルト…ヒルデスハイム艦隊は去った。会いたい訳ないだろう全く!…しかし、だいぶ歴史が変わっちまったなあ。これからどうすりゃいいんだ…ん?個人回線?誰だ?

”よお!“

「お、マイク!ちゃんと生き残ったみたいでよかったよ」

ノイエ・サンスーシ(新無憂宮)を陥とすまで死なねえよ…おい、クマが酷いな。ちゃんと寝てるか?“

「ちゃんと二時間ほどな。で、どうした?」

”ウチの大隊長がお前にお礼が言いたいんだと。どこか時間が取れないかと思ってさ。あ、オットーにも声はかけてあるぞ“

「お礼…?ああ、気にしないで下さいって言ってくれよ…ってオットーも来るのか!…今日の一八〇〇時、シーホースでどうだ?少し遅れるかも知れないけど」


”分かった!じゃあな!“

…よし。頑張ろう。一八〇〇時か、ちゃんと仕事終わらせないとな。



同日08:00
イゼルローン要塞、第七会議室
ヤマト・ウィンチェスター


 会議室内には帝国本土攻略部隊の各艦隊司令官が集まっている。彼等の手元には命令書と進攻作戦の概要が記されている資料がある。彼等にはイゼルローン要塞攻略後に帝国領に攻め込むと言ってあるだけで、作戦目標を教えてはいない。情報漏洩を避ける為だが、今初めて目標を知らされた、という訳だ。
皆、ざわついている。質問の口火を切ったのはホイヘンス中将だった。
「長官代理、宜しいでしょうか」
「何かな」
「作戦目標ですが…本当にアムリッツァ星系だけなのでしょうか」
「そうだが、何か」
「他の星系には進出しないのでしょうか」
「我が軍の兵站能力からいってそれ以上の進出は避けるべき、という判断だが、不満かな」
「…いえ、そういう訳ではありません」
皆当てが外れた、という顔をしているがホイヘンス中将の他は続く者もない。何も言えないのだ。イゼルローンを陥とした今、シトレ親父の覇権は確立された。誰も落とせなかったイゼルローン要塞を攻略したのだ、その功績の前には誰も生半可な事は言えない…ん?
「宜しいでしょうか」
「ロボス提督、どうぞ」
「ありがとうございます…アムリッツァより先には進めない…その根拠となる数字を教えて頂きたい」
「了解した。ギャバン准将、説明を頼む」
「はい…皆様、星系図をご覧下さい…仮に帝国首都まで最短距離を進撃すると仮定した場合、首都星オーディンの存在するヴァルハラ星系までまずアムリッツァ、その後主要航路上の星系としてボーデン、ヴィーレンシュタイン、シャンタウ、フレイヤ…の六つの星系を経由せねばなりません。となると当然その各星系を占領ないし鎮撫する訳ですが、その場合の作戦期間の見積りは、算定出来ませんでした」
「何だと」
「疑念はご尤もですが、変数が不確定すぎてシミュレーションでは算出できないのです。敵の戦力規模は不明、各星系に人口も不明です。これでは我々としても話になりませんので暫定条件として帝国軍が我々と同数、八個艦隊でこちらに対処した場合のシミュレーションを行いました…ご覧になりますか?あくまでも暫定的なものですので、六対四で我が軍の優勢、という設定です」
「見せてもらおう」
スクリーンにシミュレーションの結果が映し出された。…映っているその結果に、皆凍りついた様になってしまっている。
「六つの主要星系を三ヶ月間維持するのに三十億トンの物資だと…」
「はい…我が軍の兵站能力を完全に超えています。主任後方参謀としてはとても補給について責任が持てません」
「准将、何故この様な数字になるのか教えてくれるか」
「はい…。フェザーン経由の情報で、ロックウェル准将も確度には自信が持てないと仰っていましたが、主要な各星系の人口の合計は概算は少なく見積もって十億から十五億人程度と推定されます。各星系にて設置した穀物生産プラントでの小麦の生産が軌道に乗るまで最短で約三ヶ月、その期間民間人への配給を行いつつ艦隊への補給も行う、という条件の下で算出された数字です。しかも主要航路上の六つの星系を占領した場合ですので、他の恒星系も占領目標として組み込まれた場合は…想像できません。アムリッツァからオーディンまでの最短航路近傍には最低でも二百以上の恒星系があります」
数字は正直だ。シトレ親父に文句をつけられなくても、こんな話を聞かされたら皆黙らざるを得ない。
「ちょっと待て。配給が必要なのか?現地の民間人にだって備蓄はある筈だろう」
「それはそうですが、敵に焦土戦術を採られた場合、民間人の備蓄に頼る事は出来ない、との主任作戦参謀の意見がありました。我々は我々は帝国から民衆を開放する、という立場ですので…」
「焦土戦術だと…帝国が自国の民衆に徴発を強いると言うのか」
「…その可能性も捨て切れない、とのハフト准将の意見です」
「全て可能性の話ではないか!」
ロボス親父が赤くなっている。誰かヒキガエルにそっくりだ、と言っていたな…誰だったかな…。
「可能性の話ではありますが、補給担当としては最悪の条件を想定せねばなりませんので」
「充分だ。ありがとう、准将」
シトレ親父が強引に質疑応答を打ち切った。くそ、いいところで打ち切ったなあ。もっと見ていたかったんだけど…。
「ウィンチェスター中佐、笑う余裕があるのならこれ以降は君が説明したまえ」
う…ヤンさん、笑うのを堪えるのは止めてください。

 「はい、説明させて頂きます…確かに占領する星系はアムリッツァ星系のみですが、これにはちゃんとした理由があります」
まず、帝国本土が侵された、という心理的衝撃。全宇宙を統べる神聖不可侵のゴールデンバウム王朝、という建前がある以上、帝国にとっては一つの星系が占領されただけでも大問題なのだ。そしてこちらの侵攻がどこまで続くか、という恐怖。これは帝国政府のみならず、貴族にとって恐るべき事態だ。特に大貴族は星系単位、惑星単位で領地、荘園を持っているから、そこにこちらの侵攻が及べば、彼等にとっては一大事になる。彼等は自らの政府を非難するだろう。それと同時に正規艦隊規模の艦隊戦力を保持している大貴族は我々の撃退を試みるかもしれない。確かブラウンシュヴァイク公は六万隻、リッテンハイム候は五万隻、という途方もない兵力を維持していた筈だ。しかし、辺境、それも同盟領に近い星系に領地を持っている貴族や自領の警備兵力を持たない貴族はどう考えるだろうか。原作やアニメではラインハルトが焦土戦術を用いた。帝国政府の訓令があったとはいえ、ほぼ無抵抗で同盟軍の進駐を受け入れている。無抵抗で占領できる事は我々にとっては理想的だが、その結果彼等を食わせなきゃいけないという責任が生じる。ギャバン准将の言った通り我々は帝国の専制政治からの解放軍という立場だからだ。だが現実問題として彼等全てを食わす事は出来ない。ではどうするか。進出する地域を減らすしかない。たとえ此方の占領する星系が一つだけだとしても、帝国軍は必ず奪還の為の軍を起こす。イゼルローン回廊を失い、自国の星系まで取られたとあっては神聖不可侵の建前すら危うくなる。その討伐軍を我々が撃ち破り、帝国政府を頼むにあらずという事態が起きれば、帝国は瓦解しかねないのだ。帝国政府と門閥貴族が一致団結する、という事態も怒り得るが、余程の事がない限り統制のとれた行動は取れない筈だ。なぜなら帝国軍は命令系統が一本化されているが、貴族達はそうではないからだ。貴族達には常に利害関係が付きまとう。戦況次第では貴族達は自領の保護に走り中立化するだろう。帝室の藩屏と彼らは言うが、本当にそうなら帝国政府に協力して同盟をやっつけて、とっくにこの戦争は終わっているはずなのだ。

 「…まずはアムリッツァを橋頭堡とし、根拠地として固めます。資金と資源を投入し、アムリッツァに住む帝国人に同盟が自由の国であると教化します。そしてそれと並行し帝国の自壊を誘う。皆さんはその魁となるのです」
教化か…まあ思想教育に近いんだよな。同盟市民が当たり前、と思っている事は、帝国人、特に平民層にとっては当たり前じゃない。神聖不可侵の銀河帝国皇帝の前では、基本的人権すら霞んでしまう。それをいきなり同盟式で明日からこうですよ、と言ってもすぐにそうなる訳じゃない、長い時間が必要だろう。となるとそこの防衛基盤は堅固にしなくてはならないし、占領が一時的ではないという覚悟を示す必要がある。その為の八個艦隊という戦力なのだ。イゼルローンの様な軍事拠点を作るという選択肢もあるけど、それだって一朝一夕にはいかない…。
「そういう事か。それなら最初からそう言えばいいじゃないか。魁か…古風だが大いに結構」
ロボス親父の顔がどす黒い赤から上気してほんのり紅潮した赤に変わっている…面白いな。俺の説明した事は本当ならギャバン准将の後にシトレ親父本人が言おうとしていた筈だ。いい指揮官はいいアジテーター(扇動者)でなくてはならない。面白がっていたから、というのもあるだろうが、それを俺に言わせたのは心理的圧迫を考慮したからだろう。命令者然としたシトレ親父より、下位の俺が言った方が、現場の声を反映している様に見えるからだ。狸親父め…。




同日18:00
イゼルローン要塞、士官クラブ「シーホース」
オットー・バルクマン

 「マイクにも見せてやりたかったぜ。演説するヤマトの顔を」
「酷かったか?」
「そりゃもう」
「見たかったなあ。ヤマトが参謀面してる所、まだ見た事ないからなあ」
「うちのビュコック提督は褒めてたけどな。中々立派になったって」
「そうか…。副官任務、どうだ?」
「だいぶ慣れたよ」
「その…パオラと別れた後、どうだ?」
「どうもこうもないよ。まあぼちぼちさ」
マイクと会うのは二年ぶりくらいか?見違えたな…。ついさっきも何人かがマイクに声をかけて行った、多分ローゼンリッターの面子だろう。
「今さらだけどさ、何で別れたんだ?…言いたくなければ言わなくていい」
「…まあ、距離かな。それと俺がまだ子供だった、ってのもある。そんな事よりお前はどうなんだ?薔薇の騎士は色々大変だろ?」
「まあね…でも今回はヤマトに救われたよ。一番槍を貰えたからな」
「そうだな、あいつそういう所気が利くよな」
「ああ…前の連隊長が逆亡命して、正直皆腐ってたからな。作戦に参加するって聞いて救われたよ。しかも先鋒だし…っと。噂をすれば、だ。よお、ヤマト!」
後ろを振り返るとクマの濃いげっそりとしたヤマトが立っていた。
「おう…二人とも元気そうで何よりだ」
「やつれてんなあ」
「寝てない自慢が出来るぞ」
ヤマトの挨拶もそこそこに、不遜を絵に描いたような中佐が現れた。
「お元気そうでなりよりですな、作戦参謀殿」
「この顔を見て元気そうにみえますか?この度のご活躍、聞いていますよ、シェーンコップ中佐」
「活躍という程のものでもありません…名誉回復の機会を与えて頂き、感謝しております」
シェーンコップ中佐か、有名と悪名はかねがね…だが、知り合いなのだろうか?
「いえ、実力でローゼンリッターを選びましたから。適材適所という事で」
「…確かにそうですな…またいずれ任務を共にしたいものです。では」
ニヤリと笑って不遜な中佐は消えた。
「ヤマト、知り合いなのか?マイクの上官ではあるが…」
「前に任務が一緒になったことがあってね」
「顔が広いな」
「好き好んで広くなった訳じゃないけどね」
「おい、久しぶりなんだ、大隊長の挨拶も終わったし、仕事の話は止めにしようぜ二人とも!今日は飲むぞ」
長い夜になりそうだ、後でビュコック提督に連絡しとかないとな…。




 
帝国曆483年12月10日14:00
アムリッツァ星系、チャンディーガル軌道上、銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、艦隊司令部、ラインハルト・フォン・ミューゼル


 ここアムリッツァ星系には帝国政府の直轄領がある。今我々が居るチャンディーガルがそうだ。直轄領には帝国政府から総督が派遣されるが、辺境すぎて直轄領としては開発が進んでいるとは言い難い。他にも可住惑星は近隣の恒星系も含めて二十程あるものの、同様の理由であまり開発は進んでいない。だがそれでも総人口は百万人近くにおよぶ。
「参謀長、総督から悲鳴が届いています」
「悲鳴?」
「平たく言えば、軍は星系を守れるのか、と…」
通信文をシューマッハ中佐に手渡す。通信文を見て中佐は大きいため息をついた。
「閣下、総督のダンネベルク子爵という方は、どの様な…」
「ダンネベルク、ダンネベルク…ああ、ダンネベルク子爵か。先代はワイン集めの為だけに生きている様な御仁だったが…今は代替わりして確か次男が跡を継いだのではなかったかな。財務省に勤めていた筈だ。家が傾くくらいの贈物をして総督の地位に就いたと聞いている」
「贈物…袖の下、賄賂ですか…そういった贈物はどなたの懐へ?」
「そう言ってしまっては身も蓋もないだろう…まあそうだ。この場合は内務省と財務省だな。内務省は総督の任命権を持っているし、財務省は帝国政府の財産を管理しているからな」
「フレーゲル内務尚書、カストロプ財務尚書、ですか」
「名前は出すな…そういうことだ。総督の任期を無事勤めあげれば、アムリッツァ星系か近傍の恒星系を領地として下賜される流れになっている筈だが…このままいくとダンネベルク子爵は軍のせいで総督の座を追われかねない。正念場だな」
ヒルデスハイム伯の目は、何かを懐かしむ様な、哀れむ様な色をしていた。
「ん?どうかしたか、少佐」
「爵位を持つ家の方も、色々と大変な思いをされているなと思いまして」
「そうか、少佐は騎士の家柄だったな」
「はい。フォン・ミューゼルなどと名乗るの恥ずかしい程の貧乏騎士の家です」
「…それで姉君は後宮に入られたのだな」
「はい」
まさか俺の身の上話になるとはな…姉上は元気でいるだろうか。あの時は理解出来なかったが今なら分かる。父親と呼ぶには相応しくない男だったが、姉上が後宮に入る事を奴が望んだ訳でもなく、当然姉上が望んだ訳でもない。爵位を持つ貴族ですら、コネがなければ家を保つのが難しい貴族社会に俺は居るのだ。俺はまだ恵まれている方かもしれない。早く力を手にいれなければ…艦橋が騒がしい、何か起きたか。
「ラインハルト様、これを」
キルヒアイスが神妙な顔をしている…キルヒアイスの手には通信文が握られていた。通報艦からのものらしいが…これは。敵がついに来たようだ。
「閣下、通報艦ブロートより報告です。星系外縁部に叛乱軍艦隊、規模一万隻以上。叛乱軍艦隊と通報艦の距離、約三十億キロメートル」
「一万隻以上…例の八個艦隊の先鋒か。参謀長」
「はっ…キルヒアイス大尉、ブロートに連絡、観測続行、後続が現れ次第報せ、と伝えよ」
「はっ」
「続いてオーディンに状況を報告、簡潔でよい。通信内容は大尉に任せる」
「はっ!」
キルヒアイスが艦橋に戻っていく。イゼルローン奪還軍の編成に二か月近くはかかる筈だ。そこからアムリッツァまで三十五日…約三ヶ月間…少しでも時間をかせがなくては…。



 
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