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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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敢闘編
  第五十三話 謀多ければ…

宇宙暦792年11月28日15:30
イゼルローン回廊、アルテナ星系、イゼルローン要塞管制宙域、自由惑星同盟軍、総旗艦ヘクトル、作戦会議室、ヤマト・ウィンチェスター

 “帝国軍使節一行、入られます”
儀仗兵が使節の入室を告げる。さて……ん?んん?…何でー?何でラインハルトが居るの!金髪で七三分けを無造作に右に流した壮年…アニメの通りあれはヒルデスハイム伯だけど…何でラインハルトがヒルデスハイムと一緒にいるのよ!…キルヒアイスは…階級が低くて着いて来られなかったか。…ていうかシモン大尉、見惚れるのはやめなさい。紅茶こぼすよ!…落ち着け、落ち着け…。
「会見の場を設けて頂き恐悦至極。全くあなた方にはしてやられた…ああ、お初にお目にかかる、私はヒルデスハイム伯爵中将です」
「宇宙艦隊司令長官代理、シトレ大将です。我々も立場上やられっぱなし、とはいきませんので…どうぞ、おかけ下さい」
皆が一斉に腰を下ろす。
「この場に居る方々のお名前を教えていただきたいのだが…私は先程名乗りましたな、参謀長、少佐、自己紹介を」
「帝国軍中佐、レオポルド・シューマッハです。艦隊参謀長を拝命しております」
「同少佐、ラインハルト・フォン・ミューゼルです。同作戦参謀を拝命しております」
「自由惑星同盟軍、宇宙艦隊司令部、総参謀長のクブルスリーです」
「シトレ大将の首席副官をやらせてもらっています、アレックス・キャゼルヌ大佐です」
「次席副官、ヤン・ウェンリーです。どうぞよろしく」
「宇宙艦隊司令部、作戦参謀、ヤマト・ウィンチェスター中佐です」
チラチラ見られていたからな…やっぱり覚えられてたか。
「息災でしたかミューゼル少佐。顔を直接お見せするのは今回が初めてですね」
俺が話しかけると、視線が一斉に俺とラインハルトに集中した。
「ああ、卿のお陰で私は前線から遠ざけられた。いい休暇を過ごす事が出来たよ、ウィンチェスター中佐」
皆が代わる代わる俺とラインハルトを見る…まあ、驚くだろうな、知り合いとまではいかないが、敵同士で顔見知りだもんな。
「ウィンチェスター、知ってるのか?」
「ええ、EFSFに所属していた頃、知り合いになったんですよ。まあ、偽の機密情報を掴まされましたけどね」
「私は乗艦を拿捕された。お互い様ではないかな」
「ま、そうですね。借しを返してもらうのは次の機会にしましょうか」
「借りなどないぞ」
「…二人共話が弾んでいるようだが、そろそろ本題に入らせてもらっていいかね?」
「失礼いたしました、伯爵閣下」
「うむ。…シトレ閣下、こちらは停戦に応じた。が、停戦期間が定まっていない。閣下はどの様にお考えだろうか」
「そうですな…どうかな、ウィンチェスター中佐」
「はい…伯爵閣下、会見終了後からきっかり二日、三十日のその時刻まで、で如何でしょうか?」
「ふむ…平民、いや民間人の移送に手間取っていてな、もう少し猶予が欲しいのだが」
シトレ親父をチラと見ても何の反応もない。本当に俺任せって事かよ…?
「分かりました。月が明けて十二月一日の定められた時刻まで、という事にしましょう」
「了解した。これもまた勝手で月並みな要求なのだが、我々を追うかね?出来れば追撃は止めて貰いたいのだが」
シトレ親父はやっぱり何も言わない。ううむ、どうしようか…追撃するとしても実行するのは俺達じゃないからなあ…。獲物は逃がさない、とばかりに足並みが乱れそうだ、やめてもらおう。
「了解しました。ただし条件があります。追撃を行わないのは貴方方がアムリッツァ星系に入るまでの間です。如何でしょう」
ヒルデスハイムは腕を組んで考え込んでいる。こちらの意図はそろそろ判っているはずだ。わざわざこちらの第二陣がある事をリークしたんだからな。遅滞行動をとるもよし、オーディンまで帰るもよし。悩んでくれ。




11月28日12:00
フェザーン星系、フェザーン、自治領主府
アドリアン・ルビンスキー

 まさかイゼルローンを陥とすとはな…中々やるではないか同盟軍も…。
「閣下、帝国高等弁務官府のレムシャイド伯が火急の要件でお会いしたいと申しておりますが」
「補佐官、午後の予定は何だったかな」
「エネルギー財団代表、船舶組合代表との懇談が入っております。キャンセルなさいますか?」
「そうだな、キャンセルだ。伯爵にはきちんと弁明せねばならんだろう」
「弁明ですか」
「同盟軍に第二陣がある事を知らなかったのは事実だからな」
「その点はまことに釈明の余地がございません。公式発表を鵜呑みにしておりました」
「君を責めているのではない。同盟の公式発表通りに残留部隊はフェザーン側で演習を行っていた。ちゃんとそれも帝国には伝えてあるのだから、その点では我等に全く落度はないのだ。だが…」
「帝国はそうは思っていない、あるいは我々が故意に通報しなかった、と考えている」
「若しくはそう思いたい、だろうな。おそらく同盟は意図的に増援部隊の情報を漏らしたのだ。でなければこうも都合良く察知出来るものか。とはいえ察知した情報を無視して通報しない訳にもいかん。これが本当に同盟が仕組んだ事なら、考えた者は中々意地の悪い奴だな」
「はい、通報すれば疑われる。しないならしないで更に疑惑は深まる…辛辣と言わざるを得ません。イゼルローン攻略の件も含めて我々が帝国に通報する事も組み込んで策を立てたとしか思えません」
「だな。中立とはいえフェザーンは一応帝国に忠義立てせねばならん、それを逆手に取られた」
「はい」
「忌々しい事だが、過ぎてしまった事は仕方がない。補佐官、少し考えてみようか…帝国は過去のイゼルローンの戦いから今回の戦力規模で待ち受けた筈。陥とされるとは思っていなかったに違いない」
「そう、思われます。我々が伝えたにも関わらずあの戦力規模ですから。ですがイゼルローン要塞は同盟の手に落ちてしまった」
「うむ。そして我々からの同盟の増援の情報…パニックになるだろうな。当初は箝口令が敷かれるだろうだが、それでもいずれ帝国中に伝わる。要塞奪還の為の軍編成に早くて二ヶ月、オーディンからイゼルローンまで約四十日の行程…三か月から四ヶ月は同盟軍の優勢が確保されるという訳だな。そして既に同盟軍はイゼルローン回廊に軍を終結している…君が帝国政府の要人ならどうするかな?何なら軍高官や貴族という立場でもいい」
「…事実を公表し、政府と軍の綱紀粛正を図ります」
「政府要人としての立場だな、それは」
「はい」
「その結果何が起こると思うかね?」
こういう問答はとても刺激的で心地よい…帝国本土からの訓令を受けたレムシャイド伯は保身の為に焦っているのだろうが、疑心を解く材料はある、何しろ知らなかったのだからな…問題はそれで済むかどうかだが、しばらくは帝国に力添えせねばならんな…。
考えているなボルテック、先を考えているのだろうが、今は先は見えなくてよいのだ。
「まさか…共和主義者による内乱でしょうか」
「内乱の首謀者が平民とは限るまい、まあ今はレムシャイド伯の矛先を躱すのが先決だ。資料の準備は出来ているのだろうな」
「はい、整っております」



11月28日17:00
イゼルローン要塞管制宙域、自由惑星同盟軍、総旗艦ヘクトル、第二作戦会議室
ヤマト・ウィンチェスター

 会食の用意があるとかで、シトレ親父達将官とヒルデスハイムはそのまま作戦会議室、俺達と向こうの随行者は第二作戦会議室で当番兵による給仕を受けている。将官は将官同士、佐官は佐官同士、という訳だ。お互い武器は携帯していないから安全といえば安全だが、俺なら敵艦の中でメシ食う気にはとてもなれん。料理は一応帝国風という事だけど大丈夫か?ヒルデスハイムは堂々と同盟のワインを楽しめると嬉しそうだったな…常識人っぽいのも意外だった。しかし帝国軍も呑気なもんだ、貴族の艦隊を援軍に寄越して勝てると思ったんだろうか?駐留艦隊に比べて艦隊運動自体は中々だったけど、それもラインハルトやシューマッハがいたからだろう。だけど、帝国はそんなに切羽詰まっているのか?リヒテンラーデやカストロプが戦費をケチっているんだろうか…いや、あり得ない話じゃない。貴族は税金納めてないからな…帝国騎士や下級貴族もそうなんだろうか?

 ヤンさんが肘でつついてきた。
「あの少佐の艦を拿捕したのかい?やるじゃないか」
俺はその時の経緯を説明した。
「なるほどなあ。しかしその時は彼は中尉だったのだろう?」
「彼は皇帝の寵姫の弟さんなんです。ですが幼年学校も首席で卒業しています。優秀なんです、天才と言っていいかも知れない。次世代の帝国軍は間違いなく彼を中心に動きますよ」
「へえ、君にそこまで言わせるとはねえ…じゃああの参謀長の中佐は知っているかい?」
「シューマッハ中佐ですか?あの人も優秀ですよ。企画立案能力と実行力に優れた優秀な方です」
「それじゃあヒルデスハイム伯爵中将はどうなんだい?」
「ヒルデスハイム伯爵ですか…戦意に欠ける、といった印象はないですが、人為は分かりませんね。ブラウンシュヴァイク一門の大貴族な筈ですが、先年も前線に出ていますし、今回も援軍として来ている所を見ると、貴族の気まぐれで来ている訳では無さそう…いや、気まぐれなのかも…あれ?どうかしましたか」
ヤンさんがまじまじと俺を見てため息をついた。
「なんでそんな事を知っているのか…参謀とはかくあるべし、の見本だな君は。どんどん自信が無くなっていくよ」
「え…ヤン中佐は副官だから気にしなくていいじゃないですか」
「そういう訳にもいかないよ」
話し込む俺達を見て、今度はキャゼルヌさんが肘でつついてきた。
「お前さん達、ホストなんだから二人だけで話してないで、向こうさんに話しかけたらどうなんだ」
「どうもこういうのは苦手で…先輩こそ話しかけてみてはどうですか?率先垂範、よろしくお願いしますよ」
「お前な…」
軽いため息を吐いたキャゼルヌさんは、シューマッハに声をかけるみたいだ。…これはこれで面白いぞ。ヤンさんはともかく、キャゼルヌさんが直に帝国人と接するのは未来のメルカッツ提督とシュナイダー少佐だけだからな…。


11月28日17:15
自由惑星同盟軍、総旗艦ヘクトル、第二作戦会議室、
アレックス・キャゼルヌ

 とんでもない後輩どもだ全く。予備知識もなくどう話したものやら…。
「…シューマッハ中佐、中佐は望んで帝国軍へ?」
「…ええ、帝国で平民が手っ取り早く身を立てるには軍しかありませんから」
「なるほど。失礼ですが、ご年齢は?」
「二十七になります」
「その若さで中佐とは…いやはや優秀な方の様だ」
「キャゼルヌ大佐こそ小官とあまり違わない年と見受けられるが…それに大佐の隣に居られるヤン中佐、ウィンチェスター中佐はもっと若いでしょう。此方のミューゼル少佐もそうです。精進せねばと痛感しております」
…もうこれくらいでいいだろう、ウィンチェスター!ヤンかどちらでもいい、代わってくれ!

「…小官も質問しても宜しいでしょうか」
そう言って手を上げたのはミューゼル少佐だった。ハンサムという言葉が霞むほどの美形と言っていいだろう。豪奢な金髪、蒼氷色の瞳…。だがウィンチェスターの評通りならただの美形ではない…。
「ミューゼル少佐、あまり失礼な質問はするなよ」
「参謀長、ご心配なく…悔しい限りですが、今回の作戦、お見事でした。どなたが立案されたのですか?」
ミューゼル少佐の視線はヤンとウィンチェスターの二人に交互に向けられていた。…なんだその顔は、ヤン!
「シトレ閣下ですよ、少佐」
「…そうなのですか、ウィンチェスター中佐。小官は貴官かヤン中佐のどちらかではないかと思っていました」
「…何故です?」
「エル・ファシルの奇跡とブルース・アッシュビーの再来…その両者の上に立つ者なら、その才幹に期待するのは当然、そう思ったからです。器の小さい上官なら、貴官等の功績を妬みこそすれ、自らの幕僚には呼ばないでしょう。経歴を見るとシトレ閣下は将の将、部下に権限を与えそれを使いこなすタイプの方の様に思えますので」
…幼年学校首席、この若さで少佐というのも頷ける。中々鋭い観察眼を持っているな…。
「我々の事を調べたのですか?」
「貴官が私の事を調べた様に」
「買いかぶり過ぎですよ。私もヤン中佐も閣下のお手伝いに過ぎません」
「…そういう事にしておきましょう」



11月28日17:30
自由惑星同盟軍、総旗艦ヘクトル、第二作戦会議室、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「ではもう一つ。貴方方は帝国本土に攻め込むおつもりか。お答え頂きたい、ウィンチェスター中佐」
「…軍の機密に属しますので答えられません」
「事ここに及んで軍機とは…まもなく回廊内に増援八個艦隊が到着する筈だ。違いますか」
「…此処に居る三名共、それについて答える権限がありません」
「帝国本土より通報がありました。叛乱…いや同盟軍が此処に増援を寄越すと。規模は八個艦隊であると」
止さないか、という参謀長の声がする。分かってはいる、分かってはいるがこの男の顔を見ていると不安なのだ、何もかも見透かしている様な目。初めて出会った時の”お前の事を知っているぞ”と言わんばかりの語り口。
いつか俺達の前に立ちはだかるのではないか…そう思ってしまうのだ…。
「…申し訳ありません、少し熱くなった様です」


11月28日17:35
自由惑星同盟軍、総旗艦ヘクトル、第二作戦会議室、
ヤン・ウェンリー

 終始穏やかなウィンチェスターと、その蒼氷色の瞳に炎を灯したミューゼル少佐。私は彼には初めてお目にかかるが、何やら因縁のありそうな二人だ。あまり巻き込まれたくはないが…巻き込まれてしまうんだろうなあ、ではなくて既に巻き込まれているか…。
ヤマト・ウィンチェスター中佐。まぐれ当たりの私とは違って間違いなく同盟軍を背負って立つ逸材だ。その彼が天才と評するミューゼル少佐…次世代の帝国軍は、か…。ウィンチェスター、君だって同じだ、近い将来の同盟軍は君を中心に動くだろう。それをすぐ側で見られるというのは果たして幸せなのか不幸なのか…。



 
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