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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
ソ連の長い手
  恩師 その4

 
前書き
 シュタージが東ドイツ内にKGBの指導でテロリストの秘密基地を作ったのは公然の事実です。
1970年代後半から1980年代の西ドイツ国内での赤色テロルは、シュタージの支援で行われました。 

 
 東ドイツ・ポツダム 

 
 ユルゲンたち一行は、正午ごろベルリン市内から、ポツダム市に移動した。
車は、サンスーシ宮殿の脇を通り抜け、ゲルトウにある建物の前に乗り付ける。
その場所は、東独軍の参謀本部。
車が止まると、ドアを開けて、彼等は勢いよく飛び出した。

 庁舎の中に入るなり、向こうから歩いてきたハイゼンベルク少尉とばったり会う。
彼女から敬礼を受けた際、呼びかけた。
「丁度良い。参謀総長の所に連れて行ってくれないか」
そう告げると、ユルゲンは、ハイゼンベルクの右肩に手を置く。

「参謀総長ですか……」
満面朱を注いだ様になった彼女の顔を一瞥した後、右手を両手で包む様に持ち上げる。
「これから騒がしくなる。参謀総長にも話を通しておくのが筋だろう」

ヤウクは、その様子を見て、しばし困惑した。
「参謀総長に自分から乗り込んでいくのか……」
ユルゲンは、同輩の方を振り返ると、呟いた。
「恐らく参謀総長も俺に会いたがってるはずだ……」
照れを隠すように笑みを浮かべたハイゼンベルクは、ユルゲンの右手を掴んだ儘、導くように歩き出す。
「さあ、行きましょう。恐らく同志将軍達も待っておられる筈です」


 ハイゼンベルク少尉に連れられながら、ユルゲンは、ふと考えた。 
人民軍情報部は軍内部にある機関で、「プラウダ」等の分析など受動的な情報収集を行う部署。
駐留ソ連軍の奇妙な行動は、寝耳に水であろう。
外国雑誌を情報源にする彼等には、とても確認できる話ではなかった。
 もっとも、ユルゲン自身も、生の情報を得たわけではない。
只、彼等の偽情報工作や暗号運用の能力の高さ……
ソ連留学の経験から、身をもって知っているつもりだ。
 米国議会をして、アラスカの領土租借計画を立てさせるほどの辣腕を振るったKGB。
今回の事件にも、おそらく無関係ではあるまい……
 KGBは度重なるソ連国内の権力闘争で生き残って来た猛者たちが操縦する機関。
白刃の上で、辛うじてバランスを取る連中……

 無論、この件にも、シュタージは無関係ではあるまい。
表立って、反ソ傾向の強かったベルリン派の残党が動き出したのだ。
間違いなく、KGBに動きがあったと言う事だ。
 今の議長の方針に対して、KGBの助力を得て、謀反を起こしたシュミット。
彼も、恐らくはKGBの間者だったのではないのか……
あの反乱がなければ、今も工作部隊ごとにKGBの連絡将校が配属されて、此方の事情は今以上に筒抜けだったであろう。
とんでもない魔窟に、あわや愛する人を送り込む寸前であった。
その事を改めて、悔恨(かいこん)した。

 英米に比べて科学技術も軍事力も劣るソ連が唯一誇れるものは、何か。
地下破壊工作や、極左暴力集団への援助、諜報戦だ。
シュタージがKGBにコバンザメのように寄り添い、国際社会で赤色テロリズムを支援している可能性。
30数年前の敗戦の時より、ソ連の隷属下に置かれている状況から考えると、疑いのない事実に思える。
 前の議長の時など、中東のパレスチナ解放人民戦線の幹部等が、毎年の様にベルリン詣でをしていた事を、昨日のように思い出す。
後進国の政治活動の支援と称して、ザイール辺りから留学生などを呼んでいたが、あれは工作員養成ではなかったのか……



 物思いに耽っていると、参謀総長がいる会議室の前に着く。
ハイゼンベルク少尉の傍から離れて、室内に入った。
ドアを閉めると、掛け声がかかる。
「総員傾注!」
姿勢を正すと、全員で参謀総長に敬礼をする。
 その場には、国防大臣、情報部長、ハイム少将、その他数人の将校が顔を揃えていた。
彼等の姿を認めるなり、ユルゲンは軍帽を脱ぐと脇の下に挟む。
目の前に座る男達に、深々と頭を下げる。
「同志大臣、同志大将……、小官の独断専行をまず謝罪いたします」
会議場にざわめきが広がった。

 椅子に腰かけていた国防大臣は立ち上がるなり、右手を上げ、声を上げる。
「諸君、同志ベルンハルトの話を聞こうではないか」
頭を上げるように指示を出す。
「同志ベルンハルトよ……、面を挙げ給え。過ぎたのことは、まず良い。
今回の騒擾事件は……、間違いなくソ連指導部に何かがあった兆候だ」
近寄ると、彼の周囲を歩く。
「ゲルツィンが仕掛けてきたと言う事は、極東に動きがあったのかもしれない。
我等は、そう考えている」

 ユルゲンは、国防大臣の言葉にハッとさせられた。
 確かにロシアは東西に長い国だ。一度に二正面作戦など無理……
だとすれば、彼等の狙いは、駐留ソ連軍の極東への大規模な移動。
 三十数年前の戦争の時も、ソ連はモスクワ防衛の為に、モンゴルから十数個師団を引き抜いた。
後方の安全を確保する為、日本軍の関心を満洲から南方に移させてるように、スパイ工作を実施したほどだ。
 仮に日米対策で、BETA戦争で手薄になったシベリアやカムチャツカ半島。
そこに兵力を補充させるのなら、決してありえない話ではない。
世界有数の大艦艇を誇る日米両国に対抗するには、現状のソ連太平洋艦隊では厳しい。
 


 国防大臣は、俯き加減のユルゲンに声を掛ける。
「同志ベルンハルト、ゲルツィン大佐との一戦。もし失態を演ずれば……」
立ち竦む彼の前を、腕を組みながら通り過ぎる。
「今、議長が目指している自主への道は根底から崩れることになり、ソ連の思うがままにされるであろう」
後ろに立っていたヤウクは、右手を差し出すと、食指で天井を指差す。
「ユルゲン。こんな大事な時に臆するなんて、君らしくないじゃないか……」
こぶしを握り締めて、力強く励ました。
「ここは、一思いにケリを付けるべきだ」
相槌を打つかのように、大臣は振り返った。
「是非とも、君の力の限りを尽くしてくれ」

 奥で立っている参謀総長から、大臣へ縦長の箱の様な物が手渡される。
大臣は、それを高く掲げて、ユルゲンの前に差し出す。
「これは議長からお預かりした剣だ。
これを奉じてゲルツィン大佐の暴走を抑え、駐留ソ連軍を牽制して欲しい」
ユルゲンが受け取った、紫のベルベットに包まれた物。
それは、指揮官の証である、軍刀と拳銃の一式であった。

 ユルゲンは、(こうべ)を垂れると、宝剣と一揃いの箱を恭しく受け取る。
威儀を正すと、国防大臣に返答した。
「軍人たるもの一旦引き受けた以上、死を賭して使命を果たす所存です」

太くごつごつとした男の両手が、ユルゲンの掌を包む様に触れた。
「否、軽々しく死などと、口にするものではない……。
必ず、必ず、我等の元に戻ってきて、吉報を告げて欲しい」
ユルゲンは、大臣の差し出した手を握りしめ、感激に胸を震わせた。
目を瞑ると、深々と頭を下げた。
「お言葉、胸に畳んでおきます……」
それから、その場にいる重臣達に一礼をして、仲間たちと会議場を後にした。

 ユルゲンは自宅に帰らず、基地に泊まって明日の準備をすることにした。
強化装備から戦術機の不具合個所の確認と、追加装甲の装備をする為である。
追加装甲とはいっても、人間に相当すると手持ちの持盾(もちたて)に当たるもの。
特殊な耐熱対弾複合装甲材で形成され、対レーザー蒸散塗膜加工が施されている。
 速度を上げて敵中を突破する光線級吶喊の戦法を取る東独軍では、あまり好まれなかった。
重く、嵩張る盾は、高い機動力を活かしての攻撃回避を主とする戦術機の運用に影響するとして忌避される傾向にあったのも事実。
 刀折れ矢尽きた時、最後の方策として、打撃用の武具にはなったが、それに頼るときは既に戦場で孤立した時が多かった。

「これの縁に、鋼鉄製の装甲板を追加してくれ」
「今から人をかければ、明日の正午までならば……」

「いや、明日の早朝までに……」
ユルゲンが、整備兵相手に熱弁を振るっていると、年老いた男が奥から出て来る。
男は白い整備服に、眼帯姿で頭を丸坊主にし、胸まで届くような白いあごひげを蓄えていた。
その人物は、整備主任である、オットー・シュトラウス技術中尉。
第二次大戦以来、航空機や戦術機の整備をして来た海千山千(うみせんやません)の古強者。
「縁を鉄枠で囲むって、聞いた事がねえぜ」
「同志シュトラウス、無理を承知でお願いいたします」
蓄えた顎髭を撫でるシュトラウス技術中尉に、ユルゲンは深々と頭を下げた。
「おめえさんは、戦術機の頭に鍬形(兜の飾り。通信アンテナの事)を付けてみたり、支那のサーベルを複製させたり、突拍子もねえことばかり言うからよ……。
俺もこれくらいの事じゃあ、驚かなくなったぜ」

シュトラウス技術中尉は、彼に背を向けると、整備中の技師たちに向かって声を上げる。
「おめえ等、聞いたか!グズグズしてるじゃねえぞ、一晩で仕上げる」
技師達は力強い声で返事をした。
「了解!」

 こうして、夜は更けていった。
気分転換に屋外の喫煙所に来ていたユルゲンは、脇に居るヤウクに問うた。
「今日は二十六夜月(にじゅうろくやづき)か……、ハイヴ攻略には不向きだな」
薄暗い屋外のベンチに腰かけながら、悠々と紫煙を燻らせるヤウクは、立ち竦むユルゲンの方を向く。
「米軍の連中、新型爆薬を使って高高度から爆撃するんだろ……カシュガルの時みたいに変な新型が出てきて全滅何てならなければ良いが……」
彼は努めて、明るい声で言った。
「今回は多分、日本軍のゼオライマーが支援に回ってくれるさ」
「でも僕の聞いた話だと極東に居るんだろう……どうやって9000キロの距離を移動するんだい。
そんな魔法みたいにパッと消えて、パッと現れるならいいけど」

 ふとユルゲンは、右の薬指に嵌められた白銀(プラチナ)製の指輪を覗き見る。
それは、木原マサキより送られた次元連結システムを応用した特殊な指輪であった。
「何とかなるさ。あの男は二時間でBETAの巣穴を消し飛ばした魔法使いみたいな物だから」
深夜の格納庫に、二人の男の笑い声が、木霊した。
 
 

 
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