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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
ソ連の長い手
  恩師 その3

 
前書き
  

 
 東ドイツ・ベルリン

 東ベルリン市内にある第6独立親衛自動車化狙撃旅団本部。
(ソ連軍の狙撃兵とは歩兵の事)


 上座に座るゲルツィン大佐を前に、東独軍の青年将校達が立ち竦んでいた。
居並ぶ青年将校達はユルゲン・ベルンハルト中尉を始めとする『4人組』。
何時もと違うのは、『4人組』のメンバーが紅一点のツァリーツェ・ヴィークマンではなく、ソ連留学組同期のカシミール・ヘンペル陸軍中尉であった。

 上座に座るゲルツィンが、青年将校達に尋ねた。
「要は後始末を付けろと……」
背筋を伸ばし、直立するユルゲンは、男の問いに静かに答える。
「そういう事です」

手前に居たトルクメン人の男が立ち上がり、鋭く呼び止めた。
己惚(うぬぼ)れるじゃねえぞ、この戯けが」
青筋を立ててひどく興奮した様子で、恫喝する。
「仕掛けてきたのは貴様等ではないか!」
ヤウク少尉は、ロシア語で男を一喝する。
「黙らっしゃい」

ヤウクは、顔を上座の方に向ける。
「同志ゲルツィン。こちらは議長の暗殺未遂、戦術機まで持ち出して宮殿を襲撃。
おまけに大使館前で護衛に付いていたアスクマン少佐まで撃たれた」
手前の椅子を引っ張り出すと、それに踏ん反り返る様に腰かけた。
「こちらは、ソ連の人間を標的に掛けてないのにですよ……」

「ベルンハルト、ヤウクよ……」
大佐は、二人を諭すように呼び掛けた。
「我が『大ロシア』は、一度としてブルジョア諸国やファッショ政権に叩頭した歴史はない。
それがソビエト連邦と言う物だ」

 
 その一言を聞いたユルゲンは思わず不敵の笑みを湛える。
額には玉の汗を掻きながら、堂々と答える。
「では、その見解を改めてもらいましょう……」


その場に衝撃が走る。
居る男たちは慌てふためいた様子で、一斉に声を上げる。
「何だと!」
発言の主である青年将校を見つめた。


 男は、額に深い皴を刻みながら、ユルゲンの問いに答えた。
「となると……結末は一つか。残念だな。同志ベルンハルトよ……」
ゲルツィン大佐の副官が立ち上がり、叫んだ。
「懲らしめてやりましょうよ、同志大佐」
顔に(あざけ)りの色を浮かべながら、ユルゲンをねめつける。
「この小童どもに駐留軍30万の力を見せつけてやれば、寝ぼけた頭も冷めるでしょう」


 男の言葉に、ユルゲンは嘗てボルツ老人から聞いた話を思い出していた。

 ソ連政権は1945年以来、30万を超える軍勢を小国・東ドイツに設置。
壁の向こうにある西ドイツとNATO軍牽制の為でもあるが、もう一つ重大な理由があった。
それは東ドイツの監視、反乱阻止。
 
 それを証明するかの如く、1973年以前の東独軍は脆弱な軍隊であった。
戦車師団は2個師団しかなく、第一戦車軍団の様な1万人規模の部隊は無かった。
また即戦力と言えば、自動車化歩兵4個師団と参謀本部直轄の空挺特殊部隊(第40降下猟兵連隊)のみ。
 とても4200両の戦車を有する駐東独ソ連軍には対抗できず、蹂躙されるのは目に見えていた。
時々ソ連軍は市外に繰り出すと、これ見よがしに最新鋭のT-72戦車を乗り回し、東独政権を牽制していた。 
 ソ連は、何か不穏な動きを東独政府が行おうとすれば、すぐ鎮圧できる態勢を構築していた。
高い工業力、技術力を有する東独を注視し、民主化運動の波及を恐れた。
それは現実のものとなった。

 一例を挙げれば1953年6月16日のベルリン暴動であろう。
同年3月5日のスターリン『薨去』の報に接したベルリン市民は、立ち上がった。
不条理な賃金カットと言う、SEDの無為無策に激高し、市街地でデモ活動を開始。
SED政権幹部は、1896年の露館(ろかん)播遷(はせん)(ひそみ)(なら)うかの如く、駐留ソ連軍司令部に逃亡。
デモ活動はベルリン全市を覆う様に燃え広がり、政権打倒の可能性まで見え始めた。
事態を重く見た東独政府は、デモ隊と話し合いに応じる姿勢を見せる。
 しかし、東独の姿勢を問題視したソ連軍は、事態の鎮静化の為に武力を用いた。
即座に2万人の軍勢とT-34戦車の部隊を送り込み、武力制圧。
東独政府関係者116名を含む500名前後が死亡し、2000人近い負傷者が出た。
少なくとも5000人以上が逮捕され、200人近くが裁判なしで処刑。
この事件は、独ソ両国間に深い傷跡を残した。

 ユルゲンは、老爺の昔話を思い出すことによって、自分が必ずしも祖国の為ばかりではなく……、ベアトリクスの為に、時に剣を取って戦う事が許されても良い……かと思えた。


 ユルゲンの脇に居るヘンペル中尉が、不敵の笑みを浮かべる。
「此方には、東欧諸国が付いている事をお忘れなく……」

 長年の暴政により、東欧諸国からの怨府(えんぷ)となっている祖国・ソ連。
立ち上がった男は、苦虫を嚙み潰したような顔をすると吐き捨てた。
「この忌々しい餓鬼どもが……」
ゲルツィン大佐は微動だにせず、上座に腰かけていた。

ソ連軍の事務官が尋ねた。
「ベルンハルト君。それでも全面対決も辞さずと……」
意を決して、男の顔を覗き見ると呟く。
「もとより覚悟で乗り込んできました……」

 ゲルツィンが不意に立ち上がった。
「同志ベルンハルト!」
顔をユルゲンの方に向ける。
「何も国を挙げての戦争をする必要はない……ここで二人で決着をつけるのも方法の一つだ」
紙巻きたばこを取り出すと、火を点けた。

ユルゲンは不敵の笑みを湛えると、一言告げた。
「お望みならば……」
ゲルツィンは、薄ら笑いを浮かべる。
「その意気買った。サーベルだけでの一騎打ち。無論自前の戦術機でな」

 先程まで平静さを保っていたカッツェは、その時ユルゲンが目を逸らした程、驚愕の色を表した。
「バカ、止めるんだ。そ、そんな事っ……」
ユルゲンは、おもむろに手を挙げ、カッツェの事を制する。

「もし議長の名代の私が勝ったら、貴方方はベルリン……否、ドイツ全土から引き揚げる覚悟を持ってもらいたい」
大佐は、紫煙を燻らせながら語り掛ける。
「ほう、面白い。ならば決着がつくまでベルリンには手を出さない確約はしよう。
明日の正午、場所はロストック軍港だ。楽しみに待っているぜ」
 
 その言葉を聞いて、ユルゲンは不敵の笑みを湛える。
「良いでしょう」
青年将校の一団は、そう言い残すとその場を後にした。


 ベルリン・共和国宮殿

 早朝の宮殿内の一室。そこで男達が密議を凝らしていた。
白無地のシャツに薄い灰色のスラックス姿で立ち尽くす男。

 男は、アベール・ブレーメの発言に血相を変える。
「何ぃ、ソ連首脳部が死んだって!」
ソファーに深々と腰かけるアベールが告げる。
「ゲルツィン大佐という怪しげな男の暴走……」
黒縁眼鏡を右手で押し上げる。
「党組織や細胞(共産党用語で下部組織の事)が健在だったらあんなことはあり得ない。そう考えると辻褄が合うではないか」


「じゃあ、仮にソ連最高指導部が死に絶えたというのなら、誰がソ連を操っているのだ」
ふと彼は、冷笑を漏らす。
「考えてみ給え」
右手をスラックスの側面ポケットに入れ、中より「CAMEL」のタバコを取り出す。
「『チェコ事件』の折にシュトラハヴィッツ君と(くつわ)を並べた、あの参謀総長か……」
縦長のオーストリー製のオイルライターで火を点ける。

「もしゼオライマーを利用してソ連指導部を消したのなら……」
アベールの発言に紫煙を燻らせながら、男は応じた。
「シュトラハヴィッツ君の話を聞く限り、党中央の意見には盲従するとの評判。
そうは思えぬが……」

「参謀総長の狙いは、端から共産党組織を乗っ取る事だったかもしれん。
予め作戦を練ってから、ゼオライマーを引き込んだ」

「いくら何でも滅茶苦茶な話だ」
すっと立ち上がり、背広の前ボタンを止める。
「或いは、首脳をゼオライマーに殺させてから、奴が赤軍に話を持ち込んだ。
ソ連を牛耳らないかと……。
軍は如何すると思う。ましてや指導部の死は、赤軍の責任問題に発展する。
決してあり得ない話ではない」
テーブルの上に置いてあるホンブルグのクラウンを掴み、持ち上げた。
右手で鍔を押さえて、左手で水平になる様に整えながら被る。

「確かに今回のゲルツィン大佐の行動は不自然すぎる」

「邪魔したな……」
ドアノブに手を掛けたアベールに男が声を掛ける。
「坊主には会わねえのかい」
「彼も一人前の男だ……。今更私が同行できる立場ではあるまい」
アベールの言葉に、男は相好を崩した。 
 

 
後書き
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