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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
ソ連の長い手
  恩師 その5

 
前書き
 100話記念で今週は久しぶりに祝日投稿いたします。
 

 
 翌日の払暁(ふつぎょう)、ロストック港近くの埋め立て地で蠢く人影。
駐留ソ連軍の工兵部隊が、数台のタンクローリーで乗り付けると作業が始まる。
車は、チェコスロバキア製のタトラC111で、ホースを伸ばして、地面に向かって何かを撒いていた。
「油を撒いて、ドロドロにするんだ。たっぷり燃える様にな」
ホースより轟々と流れるのは、可燃性の高い航空機燃料であった。

 ガスマスク姿の工兵達は必死に金てこで、地面に埋まった岩や土塊を掘り起こす。
「対戦車地雷もたっぷりくれてやれ。あの小生意気な餓鬼を吹き飛ばす位にな!」
深さ1メートルほどの穴に直径50センチほどの対戦車地雷を埋め込むと、上からスコップで土をかける。
 
 もう50個ほど埋めた事を確認すると、ソ連軍の将校は合図する。
「細工は上々だ。急げ」
「了解」
兵達は道具を持ったまま、幌の掛かったGAZ-66トラックの荷台に乗り込む。
前照灯を煌々と焚いて、その場から走り去っていった。
 

 ゲルツィン大佐は、兵達に強化装備を付けさせながら、秘密報告を聞いていた。
「そうか、例の新型機は準備したか。
まさか東独軍の連中に気付かれるようなへまをしていないだろうな」
各種装置を収納したハードプロテクター類の密着を確認しながら、眼前の男に尋ねた。
「でえじょうぶですさ。この最新型で、然しもの美丈夫も一瞬にして昇天しまさあ」
蒙古訛りの強いロシア語で話す軍曹は、下卑た笑みを浮かべる。
 ゲルツィン大佐は、ミコヤム・グルビッチ設計局が開発中の新型機を秘密ルートで持ち込んでいた。
それは『チュボラシカ』という開発コードで、F‐4Rファントムを再設計した機体。
ソ連製では初となる純国産の戦術機で、最先端情報を元に作り上げていた。
可変翼を装備していたが、燃費や整備性は、すこぶる悪かった。
 それはBETA戦争前まで、ソ連が潤沢な石油資源のお陰である。
ほぼ無料に近い値段でとれる天然資源は、航空機エンジンの燃費を気にする必要がなく、整備性や静粛性などは軽視された。
 技術的な事が原因ではなく、欧米のエンジンに出力さえ劣らなければ、他の事は些細な事として無視する設計思想が根底にある為であった。



「より慎重に待機して置け」
ヘッドセットを付けるために、顎を上向きにする。
「体が鈍ってしまいますんで、同志大佐、早えこと頼みますぜ」
「分かって居る」

仁王立ちしていた、ゲルツィン大佐は気合を入れて、声を上げる。
全身に力を入れ、両腕の上腕の筋肉を盛り上げて、健在ぶりを兵達に見せつける。
「よおしっ!」
周囲を見回した後、号令を下す。
「出撃準備」
赤軍兵士達は、鯨波(とき)の声を上げて、建物を飛び出していった。


 通常飛行でロストック港に向かう赤軍戦術機部隊の一群。
鎌と槌が描かれたソ連国旗を掲げながら、堂々と東ドイツの空を飛んでいた。
だが、誰も咎める者も、抗議する物も居なかった。 
 この様に、東ドイツの置かれた状況は、一言で言えば、惨めであった。
KGBの恣にされ、駐留ソ連軍はもとより大使館員の下働きまで、勝者の特権を思う存分に行使した。
BETA戦争で、ソ連が凋落し、極東に僅かばかりの領土を残す状況になっても、変わりはなかった。

 だからこそ、ソ連にとっては光線級吶喊(レーザーヤークト)で名を挙げた二人の英雄は、目の上のたん瘤であった。
ユルゲン・ベルンハルト中尉とアルフレート・シュトラハヴィッツ少将には今回の決闘で死んでもらう必要がある。
そして、後ろで(けしか)ける、新任の議長と今の指導部も同様だ。
彼等には、「思想的鍛え直し」が必要ではないか……
 嘗ての様にシュタージ長官でさえ、KGBの許しがなければ、(かわや)にすら行けぬようにせねばなるまい。

 その様にゲルツィン大佐は思い悩んでいると、副官の中尉から通信が入る。
「どうした同志中尉」
網膜投射越しに、浅黒い中尉の顔が映る。
「もうそろそろ付きます。ご準備を」
機内にある高度計に目を落とす。
「うむ」

 地上には、すでに色も機種もバラバラな三体の戦術機が居並んでいた。
その内、深紅のバラライカPFが、川の中州で、佇んでいた。
追加装甲に左手を委ねる様にし、右手は非武装の状態で待機している。
30メートルほど離れた所に、東独軍の迷彩を施したバラライカと深緑のF-4Rファントムの姿が見える。

 ユルゲンの目の前に、ゆっくりと銀面塗装のされた新型機が降りて来る。
ゲルツィン大佐は、機体の姿勢を正すと、ユルゲンに通信を入れた。
「その意気は買おう、そんな旧型機で俺に勝てると思ってるのか……」
右手を肩の位置まで上げると、兵装担架より長剣を取り出す。

 ユルゲンは、網膜投射越しのゲルツィン大佐に、不敵の笑みを浮かべる。
深紅のバラライカは、前進し、僅か数メートルの距離で止まる。
同様に長剣を抜き出し、振り下ろす。
「最初からあなた方がこのように動けば、こんな無益な殺生は避けられた」
彼の言葉に、意表を突かれた様子で、暫し呆然とする。
「どういう事だ、同志ベルンハルトよ」
「シュミットを使い、コソコソ裏から手を回して、暗殺隊をベルリンに送り込んだ」
外側に向かって下げた切っ先を、円弧(えんこ)を描く様にして内側に向ける。
「昔のソ連ならそんなことはしなかった。自らの力で俺達を潰しにかかったはずだ」


「何が言いたい」
ゲルツィンは、そう言うと操縦桿を動かす。
新型機・チュボラシカは、刀に左手を添えて、右肩に乗せる様に構える。
「既にソ連の社会主義は停滞した。その姿は守りに入ったのと一緒だ」
相対する深紅の機体は、盾を、管制ユニットを覆う様に構えた。
「守りの姿勢になった国家など、脅威ではない」

「ほざけ」
その瞬間、チュボラシカが踏み込む。
繰り出した一振りを、深紅のバラライカは刀の腹で払いのける。
鈍い音と共に火花が散る。

 ユルゲンは機体を主脚走行で左側に移動しようとした瞬間、思わず泥濘に足元を掬われた。
網膜投射越しに見ていたヤウク少尉は、思わず声を上げる。
「あっ!」

その刹那、チュボラシカは、噴出跳躍で飛び上がると、八双の構えで切り掛かる。
バラライカは、咄嗟に盾で右肩を覆う様に、構えた。
振り下ろされた一撃は、追加装甲の縁に当たり、火花を散らす。
それと同時に刀の中ごろから折れ曲がり、使い物にならなくなってしまった。

 ユルゲンは、追加装甲の縁を鋼鉄で覆う仕掛けを用いた。
カーボン材は軽量で耐久性が高いも、耐衝撃性が鉄に劣る。
重い長剣をぶつけたら、どうなるか……
幾らカーボン製の刃が焼き付けしてあると言っても、戦術機に搭載する為、軽量化してあるはず。
恐らく中は、中空……。簡単に曲がるはずである。
そう考えて、敢て重量のある鋼鉄で覆ったのだ。


「まさか、盾に仕掛けをしていたとはな……」
への字型に折れ曲がった接近戦闘長刀を遠くへ、放り投げる。
地面にぶつかると、勢い良く火柱が上がり、爆発した。
「足元に仕掛けをする、あなた方が言えた事ではないでしょう」
ゲルツィンはユルゲンの問いを無視すると、操縦桿を捻る。
左腕のナイフシースを展開し、柄を掴むと勢いよく切っ先を深紅のバラライカに向けた。
「そういう事なら、ナイフの方が攻めやすいってことさ」



「別な武器を使うなんて卑怯だぞ!ゲルツィン」
突撃砲を構えようとしたカッツェ機の右腕を、深緑のF-4Rが左手で押さえる。
「待つんだ、カッツェ……。奴等、地面に重油をまき散らしている。
これじゃあ、火器管制システムを使えば、ユルゲンまで火だるまになってしまう」
ヤウク少尉はメインカメラで、周囲を見回す。
「不自然な地面の盛り上がり方からすると、そこら中一杯に地雷が埋まってる。
攻撃ヘリや戦車が支援に来れないように、奴等が仕掛けて来たんだ」

「万事休すか……」
思わずカッツェは機体の操作盤を右手で強く叩いた。
「諦めるのはまだ早い。僕たちはユルゲンを信じよう」
「こんな目の前に居るのに何も出来ないって、それはねえだろう」
興奮したカッツェの顔が、網膜投射越しにヤウク少尉の視界に入って来る。
「兎に角、今は機会を待とうじゃないか」


噴出地表面滑走(サーフェイシング)で太陽が背中に来る位置に移動する。
「ベルンハルトよ。俺がナイフ使いであることを忘れたか」
太陽の眩しさに一瞬、目が眩んだ隙に噴出跳躍で飛び上がった。
メインカメラを潰そうとして、袈裟掛けを喰らうも済んでの所で避ける。
右側の(しころ)のように盛り上がった部分に当たり、滑り落ちる。
幸い、メインカメラも通信アンテナも影響はなく、深紅の塗装が剥げ、地金が見えただけに止まった。
 再びナイフで攻寄るチュボラシカ。
勢い良く跳躍ユニットを吹かし、バラライカの管制ユニット目掛けて突っ込んで来る。
その瞬間、轟音と共に深紅の機体は跳躍した。
泥濘に立てた追加装甲を足場代わりにして、更に跳躍する。
追加装甲が倒れ込むことに、気を取られたチュボラシカ目掛けて飛び降りる。
その際、太刀の握りに左手を添えて八双の構えを取る。
右手の握力を調整し、軽く乗せるようにした後、左手で剣を支える様に持つ。
袈裟掛けで振り下ろす刹那、再び右手の圧力を調整し、強く握りしめる。
地面に着地すると同時に、刀ごと上半身を左側に捻る。
銀色の機体の左肩から、管制ユニットの前面に向かって斜めに切りつけた。
其の儘、力なく銀色の鉄人は、崩れ落ちる様に倒れて行った。

 通信装置を通じて、ゲルツィンの断末魔の声が聞こえた瞬間、ユルゲンの戦意は失われた。
深紅の機体は立ち止まると、管制ユニットを開いて、砂地に飛び降りていった。

 横倒しになった、チュボラシカの胴体に飛び移る。 
国際救難コードを素早く打ち込み、管制ユニットを開く、ユルゲン。 
そうして居る合間、突然、奥に居るソ連赤軍の戦術機部隊の副長機が動く。
「ええい、血祭りに上げてやるわ」
そう吐き捨てると、機体の右手を挙げた。
ソ連側の戦術機十数機は、一斉に突撃砲を構え、攻撃の姿勢を見せる。


 対岸に居る深緑のF-4Rと迷彩模様のバラライカも突撃砲を構える。
「この数じゃ……」
ヤウク少尉は、思わず唇を強く噛み締めた。
ソ連側の提案を真剣に守って、最低限の武装のみで来た事を今更ながら悔いた。
突撃砲は各機一門。残りの武装は自分が背負っている二振りの長刀のみ。
この距離で敵を牽制しながら攻撃しても、自分の身は守れてもユルゲンが危ない。
重油が撒かれ、地雷が多数埋まる中州に居るのだ……

 そうしている内にレーダーに多数の機影が映る。
「僕の運命もここまでか……」
まもなく轟々と響き声をあげた戦術機の群れが近づいて来るのが判った。
左手で右のナイフシースを展開し、逆手に持ち替える。
 これで管制ユニットを貫けば、一思いに死ねるだろう……
夢半ばで果てるのは無念だ……

 そう思ってナイフを突き立てるのを躊躇って居た時、同輩のヘンペル少尉の機体が目の前に飛び降りて来た。
両手に突撃砲を持ち、腰を低くして、身構える。
「大丈夫だ。味方を連れて来た」

 ヤウク少尉は、機体のメインカメラを上空の方に動かす。
銀色の塗装の戦術機が20機以上。左肩には黒地の塗装にしゃれこうべの文様……
確か、米海軍第84戦闘飛行隊の文様のはず。
米海軍の部隊が、何故ここに……

 唖然とするヤウクやカッツェを尻目にヘンペル少尉は、勢いよく喋り出す。
「丁度、第84戦術歩行戦闘隊が、ドイツに表敬訪問してくれたのさ」
彼は軍事全般に詳しく、東西両陣営の兵器にも明るかった。
「元々1955年7月1日にオシアナ海軍航空基地に発足した米海軍第84戦闘飛行隊。
それを元に、戦術機部隊に改組して、作ったのがこの部隊さ」
機種や車種を見ただけで製造年度や年式が判る程の知識の持ち主でもあった。
「元々は放浪者という綽名だったけど、1959年4月15日に第61戦闘飛行隊が解体されてから海賊旗を引き継いだ」
唯、欠点もあって、一度自分の持っているうんちくを話し出すと止まらない悪癖があったのだ。
「1964年にベトナム戦争に参加したのを皮切りに……」
何時までもおしゃべりを止めないヘンペルにしびれを切らしたヤウクが釘をさす。
「同志ヘンペル、いい加減にしろ。国際回線で他国の軍隊に筒抜けだぞ」

 再びヤウクが、対岸に意識を戻すと、目の前にいたソ連赤軍の部隊はかき消すように姿を消していた。
傷つき、斃れたゲルツィン大佐を見捨てて、尻尾を撒いて逃げ去った様に呆れた。
それと共に、血みどろの大佐の亡骸を抱き上げて、立ち竦むユルゲンの姿を遠くより見守っていた。



 
 

 
後書き
  設定資料集を見ると『チュボラシカ』の部隊配備は1980年です。
しかし実際の開発や試作機と言う物は数年前に出来上がっています。
 あのカラシニコフ自動小銃は1947年の配備ですが、実際には戦後間もなく完成していました。
シュマイザー博士のMP43を再設計した銃で、世界的ベストセラー商品でした。
元となったMP43も実際の配備年より先に1941年の段階で東部戦線で使われた記録が御座います。

また「ジョリーロジャー」部隊ですが、史実だと1995年まで第84戦闘飛行隊なのです。
柴犬本編は基本史実準拠なのですが、一部の設定は1980年代後半や1990年代後半の軍事編成や組織編成になっているので、史実と齟齬が生じています。
 一応、パレオロゴス作戦で米軍も大損害が出て編成の変更があったかなと考えて、1978年までは史実の編成じゃないかと言う事で、第84戦闘飛行隊にしました。
 
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