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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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敢闘編
  第四十七話 不本意ながらも

帝国暦483年9月17日14:00
ヴァルハラ星系、オーディン、新無憂宮(ノイエ・サンスーシ)北苑
クラウス・フォン・リヒテンラーデ

「卿等を呼んだのは他でもない、またぞろ叛徒共が軍事行動を起こすようじゃ」
「また彼奴等がイゼルローン要塞に攻め寄せる、と?」
「そうじゃ。フェザーンのレムシャイド伯より報せがあった。叛徒共は四個艦隊を動かすようじゃ」
「四個艦隊…」
「シュタインホフ元帥、迎撃をお願いできようか」
「畏まってございます…本部長、迎撃準備をお願いする」
「了解した。司令長官は今のお話を聞いて、どの様にお考えかな」
「迎撃ですからな。殲滅する必要はない、適度にあしらっておれば叛徒共は攻め手を失うだろう。要塞の戦力、駐留艦隊…増援一個艦隊で充分事足りる。如何かな、二人とも」
「そうだな…あしらうだけでよければ一個艦隊の増援で充分だろう。財務尚書に金食い虫と言われるのも癪だからな…本部長もそれでよろしいかな」
「妥当だろうな」
「よし……国務尚書閣下、軍はイゼルローン要塞に増援として一個艦隊を派遣致します」
「一個艦隊で大丈夫か」
「はい。過去の要塞防衛戦を振り返りましても、四個艦隊程度の兵力でイゼルローン要塞が危機にに陥った事はございません。司令長官の言う通りあしらうだけで充分かと。叛徒共にとってはあしらうだけでも痛手となります故」
雷神の槌(トゥールハンマー)か」
「仰せの通りにございます」
「了解した、陛下にはそう奏上致そう。で、誰を派遣するつもりかな」
「決まり次第お知らせ致します」




9月20日12:00
ヒルデスハイム星系ヒルデスハイム、ハノーファー、ギンコヌスシュロス
ジークフリード・キルヒアイス

 
 「どうかな、ここにはもう慣れたかな中尉」
シューマッハ中佐はグリューネソーゼ(グリーンソース)で和えたヌーデルン(パ ス タ)を口いっぱいにほおばっている。美味しそうだ、私もあれにすればよかったかな。
「はい。ですがまだ肩身の狭さを感じます」
「まあ、それはそうだろうな。しかしオーディンにいるよりはマシだろう?」
「はい…」
「ミューゼル少佐の事か?確かに彼の眼から見れば貴族の艦隊のお守りなど、失望経由絶望行き、と言ったところだろうな。やはり君もそう感じているか?」
「いえ、そんなことは…」
「ハッハッハ、隠さなくてもいい、私も最初はそう感じていたからな」
「中佐もそうお思いだったのですか?」
「うむ。せっかく士官学校を出たのに配置が此処では…とくさったものだ。だが状況はあの頃と変化している」
「伯が軍に復帰なされたからでしょうか」
「そうだ。そしてどうやら…おっと、報せが来たかな」
中佐の視線に釣られて食堂の入り口を見ると、躓きそうになりながらこちらに駆けてくるラインハルト様の姿があった。
「キルヒ…シューマッハ中佐、伯がお呼びです」
「了解した。伯は何の御用か仰っていたか?」
「いえ、ですが先ほど宇宙艦隊司令部より伯宛てに命令が届いた様です。多分その事についてだと。小官にはそのまま昼食を摂って来いと…」
「了解した」
シューマッハ中佐は残りのヌーデルンを急いで口に入れると、小走りで食堂を出て行った。
「やあキルヒアイス。美味しそうなシュニッツェルだな。俺もそれにしよう」
そう言うとラインハルト様はカウンターに向かって行った。

 ここはヒルデスハイムの首都、ハノーファー。第一〇一遊撃艦隊、通称ヒルデスハイム艦隊の根拠地でもある。当然ながら名前のとおりヒルデスハイム伯の領地だ。
昨年叛乱軍によって我々の乗艦ハーメルンⅡが拿捕された案件は、相当上層部の肝を冷やした様だった。運良く解放されたものの、その後ラインハルト様と私は軍務省勤務となった。拿捕された事自体は状況から見てやむを得ない事とされたが、そこに我々二人が居たことが問題になりかけた。ラインハルト様のお立場に今更ながら軍務省の上層部が気づいたのだ。非常に不本意な事ながらも、ラインハルト様は皇帝フリードリヒ四世の寵姫の弟なのだ。そのような存在が叛乱軍に拉致されたらどうなるか。拉致される事自体は問題はない…戦争遂行中であるから、ある意味仕方のないことでもある。しかし皇帝に近しい存在が拉致される…実際にそのような事が起きたら…軍に対する皇帝の心証はどうなるか…当然良いものではあり得ないだろう。遅まきながら軍上層部はそれに気づいたらしい。疎まれている事は幼年学校時代から解っていたが、ある意味ここまで気を使われる存在だったとは私やラインハルト様もこうなるまで気が付かなかった。

“武勲を望んで前線に出たがるのは分かるが、軍としては卿等に死なれても困るのだ。卿の御姉君の立場を考えてもみよ”

軍務省(ほんしょう)勤務が不満気なラインハルト様に、そう直言する上官もいた様だった。
「疎まれている上に手足も縛られるとは…迷惑をかけて済まないな、キルヒアイス」
この状況から救ってくれたのは現在の上官、ヒルデスハイム伯爵だった。
軍に復帰した伯は、参謀を探していた様だった。伯の出自からして、ブラウンシュヴァイク一門の貴族の子弟が伯を補佐しても良さそうなものだが、伯は一門ではなく軍に人材を求めた。
伯のこの動きについてブラウンシュヴァイク公は半ば不審に思い、半ば面白がっていたらしい。だが、

”一門の中に軍事に練達な者がいてもよかろう“

と軍務省に掛け合った。だが貴族艦隊に配置されるとなると出撃する事が少ない訳だから、当然武勲を立てる機会は減る。扱いも酷い場合が多いから、誰も行きたがらない。そこで我等二人にお鉢が回ってきたのだ。貴族の艦隊、それも大貴族なら戦死する事もないだろう、という訳だ。ブラウンシュヴァイク公はグリューネワルト伯爵夫人(アンネローゼ様)の弟が派遣されたと知って憤慨したという…。

 「ふん、これで俺達もブラウンシュヴァイク派という訳か。自らの手で立場も決められないとは、何とも惨めな物だな。姉上にも迷惑がかかるな…」
当然ながらラインハルト様は憤慨していたし、私も同意見だった。当然ながら伯を大貴族の俗物としか見ていなかったが、予想に反して彼は我々に対して、いや我々だけでなく周囲に対して誠実な人物だった。
「意外だな。大貴族の中にもああいう人物がいるのか」
「艦隊司令官として前線に出てから変わった、という話ですが…」
「ふん、その内化けの皮が剥がれるさ」
ラインハルト様はそう予想なさったが、伯の誠実さは本物の様だった。
「俺も最初はそう思っていたさ。だが伯爵は前線に出て目が覚めた、と仰っていた。戦闘体験を通じて何かに気づいたのなら、それは本物だろう、と俺も思ってね。それからは俺も誠心誠意、伯に仕えているよ」
とシューマッハ中佐は言っていたが…。



9月20日12:30 ヒルデスハイム、ハノーファー、ギンコヌスシュロス
ラインハルト・フォン・ミューゼル

艦隊司令官 :エーバーハルト・フォン・ヒルデスハイム伯爵中将
参謀長 :レオポルド・シューマッハ中佐
作戦参謀 :ラインハルト・フォン・ミューゼル少佐
同参謀 :ジークフリード・キルヒアイス中尉
分艦隊司令 :オットー・フォン・ノルトハイム少将
      ハインリヒ・フォン・ノルトハイム准将
      ヨッヘン・フォン・ナッサウ准将
      クリスティアン・ゾンターブルグ准将

 ヒルデスハイム伯爵、ヒルデスハイム艦隊か…。
総数一万一千隻、昨年の戦いで受けた損害をを復旧し、更に艦艇数が増加した。
最初は腐ったものだ。何故俺がブラウンシュヴァイク一門の大貴族の輔佐などせねばならんのか、と…。しかし命令となれば不満を示すわけにもいかない。今でも現状に満足している訳では無いが、文句など言おうものなら姉上にどんな迷惑がかかるか分からない。

 お先に失礼します、というキルヒアイスと入れ替わりに伯が姿を現した。
「…フレーゲル男爵は卿の事をよく『金髪の小僧』と呼んでいたな。まあこれは男爵に限った事ではないが…今でも不審かね?私の事が」
「いえ、そのような事は…」
姉上のお付きとして一度だけ参加した皇帝主催の園遊会で見かけた時には、大貴族の見本とばかりの態度だった。そんな奴がどうしてこうも変わったのだろうか?着任して半年経つが、未だに不思議…不審でならない。
「不審だろうな。門閥貴族、大貴族の気まぐれ、いつか化けの皮が剥がれるさ…そう思われても仕方がない。しかし私は前線に出てみて気づいたのだ。貴族としてこれでいいのかと」
「貴族として、ですか?」
「そうだ。帝国の藩屏などと聞いて呆れる、今まで私は何をしていたのだろうか、とね。…私は伯爵家に生まれた。だから周囲の環境について何ら疑問を抱かなかった。酒を楽しみ、競走馬を愛でて、一門や他家との付き合いに思案を巡らせ、園遊会や宮中行事にて皇帝陛下の覚え良き事を祈り、ヒルデスハイム家の勢力を伸ばす…家を継いだからにはそれが一番大事な事だと。これが当たり前なのだと」
「はい…伯爵家当主としてのお立場が…」
「うむ。前線に出た理由も、一門たるコルプト子爵の醜態の後始末をつける為だった。一門の恥は一門の誰かが拭わねばならぬ。当家の艦隊は約一万隻、叛乱軍なぞ恐るるに足らん…と軽く考えていた」
「まことに言い難き事ながら、そうではなかった、と…」
「そうだ。叛徒共にしてみれば、帝国軍だろうが貴族であろうが関係ないのだからな。無事還れたからよかったものの、そうでなければ卿とこうやって話してもおるまい…まあ、ブラウンシュヴァイク公は卿等が来ると知って嫌な顔をしたようだが、私としては本当に感謝している。再び前線に出るならば、優秀な補佐役は必要だからな」
「…再度前線に立たれると仰るのですか?」
「うむ。帝室の藩屏たるもの、やはり前線にて戦わねばな。それに用兵術にも興味があるのだ」
「…恐れながら申し上げますと、用兵に関しましては付け焼刃ではいかんともしがたいものがございます」
「だから卿等がいる。私は卿等に期待しているし感謝しているといったのも嘘ではないぞ。それにだ、私をうまく補佐できれば、卿等の評判は上がるぞ。ただでさえ貴族の艦隊はお荷物と思われているのだからな」
「お荷物などと、そんなことは…」
「隠さずともよい。私も含め先日のフレーゲル、シュッツラー達がそれを証明したではないか。私が考えを変えたのもそこに一因があるのだ。このままではいかん、とな。改めてよろしく頼む、ミューゼル少佐」
伯は頭を下げると、食堂を出て行った。
私をうまく補佐できれば、か…。経緯はどうあれ確かにチャンスかもしれない。大貴族の庇護下にあるというのは虫唾が走る思いだが、贅沢は言っていられない。功績を上げて早いうちにここを抜け出そう、なあキルヒアイス…。





 
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