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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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敢闘編
  第四十八話 対峙 

帝国暦483年11月20日08:00
イゼルローン回廊、アルテナ星系、銀河帝国軍、イゼルローン要塞、要塞司令部
クライスト

 「カプチェランカβⅢ基地より入電、『〇七四二時、大規模な叛乱軍艦隊を確認。叛乱軍正規艦隊規模の模様、警戒されたし』」
来たか。だが叛乱軍が来る事は分かっていたからな…正規艦隊規模…宇宙艦隊司令部からの事前情報では、敵の規模は四個艦隊だった筈だ。
「オペレータ。駐留艦隊司令部およびヒルデスハイム艦隊司令部に通報…『叛乱軍発見、正規艦隊規模、おそらく数個艦隊が出現すると思われる。警戒せよ』以上」
駐留艦隊は二万隻、ヒルデスハイム艦隊は一万一千隻…そしてこのイゼルローン要塞。充分とは言えないが増援があるだけマシというものだ…だが何故増援が正規艦隊ではなく任務艦隊、それも貴族の…。弾除けくらいにしかならんではないか…。


11月20日08:05
銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、艦隊司令部 
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「ラインハルト様」
「どうした、キルヒアイス。朝食なら俺はいらないぞ」
「いえ、要塞司令部より通報です」
キルヒアイスの手には通信文を記した記録紙が握られている。
「…これは…やっとの様だな」
イゼルローン要塞への増援としてヒルデスハイムを発したのが九月二十七日。要塞到着が十月十八日。そこから一か月の間、哨戒と称して錬成訓練を繰り返した。伯の意識変化が艦隊内部にも少なからず伝播しているのだろう、艦隊の士気は意外に高い。練度は…やっと平均、といったところだろう。分艦隊司令官達は皆ヒルデスハイム家に連なる者だが、下級貴族や帝国騎士の跡取りや次男坊で、みな能力はそれなりにある様だが、ヒルデスハイム伯の意識変化…やる気が出るまでロクに訓練をやっていなかった、というのだから推して知るべし、である。
着任して当初、伯や参謀長はともかく、俺とキルヒアイスに対する分艦隊司令官達の反発は、それは相当な物だった。皆上官だから、任務に精励して偏見をなくしてもらうしかなかった。疎まれ白眼視されるのは俺自身は別に構わないが、それでは一緒にいてくれるキルヒアイスに申し訳ないし、ここでの評判は姉上の評判に繋がる。
…となると、話し相手はキルヒアイスだけ、任務にだけ精励していればいい、という訳にもいかなくなった。懇親会に出て勉強会にも参加する。分艦隊司令官達の愚痴に付き合い、酒の相手もする…多分この一年で一生分の忍耐力を使い果たしただろう。それでも彼等の俺達に対する見方は中々変わらなかった。
変えてくれたのは伯の言葉だった。

”君たちは当時のラインハルト少年が、進んで実の姉を後宮に送ったと思っているのかね?私はそうは思わないが”

皇帝…陛下に直接仕える事は至極名誉な事である、と考えられているのだから、伯の言葉は不敬罪、ととられてもおかしくない言葉だった。
それから現在。艦隊内で「金髪の孺子」と呼ばれる事は無くなった。


 「…ラインハルト様?」
「ああ、済まない。司令官に報告しないとな」
「はい」





宇宙暦792年11月20日09:45
イゼルローン前哨宙域、自由惑星同盟軍、第八艦隊、旗艦ヘクトル、宇宙艦隊司令部
ヤマト・ウィンチェスター

 第五艦隊は無事イゼルローン回廊に進入したようだ。報告によると百隻程度からなる哨戒隊に数回出くわしたという。惑星カプチェランカからも回廊方向に向けて通信が行われた様だし、我々が近くにいる事はもうイゼルローン要塞にもばれているに違いない。
まあ、イゼルローン要塞を攻める事は同盟内で公式発表されているから、こちらの兵力について帝国軍はフェザーン経由で把握しているだろう。
まあこちらも偵察は手を抜いていない。二か月前から隠密の強行偵察を繰り返した結果、敵の兵力については判明している。駐留艦隊、イゼルローン要塞、そして正規一個艦隊規模の増援。増援の規模から察するに、公式発表以外の情報は漏れていないようだ。
原作でもこの年同盟がおこなった第五次イゼルローン要塞攻略戦では、同盟四個艦隊に対して帝国は増援すら出していない。それほど要塞という地の利は圧倒的なんだろう。もしかしたら出兵自体が秘匿されていたのか、フェザーンが帝国に情報を送らなかったのかも知れない。艦隊戦力で圧倒的に有利な同盟軍だったが、それでも要塞は陥とせなかった。
まあ…同盟の並行追撃に対して帝国軍は味方ごと要塞主砲で吹き飛ばす、という暴挙をやったからなのだが…。

 今回の作戦の策定に参加して困った事は、当然だが敵の戦力が分からない事だった。帝国軍はこちらの兵力に対してどれほどの援軍を寄越すのか。
原作では敵の援軍は無かった。原作情報を更に活用するなら、第六次攻略戦も同盟三個艦隊に対して帝国側は増援を出していない。
では俺の転生したこの銀英伝の世界ではどうなのか。だから敢えて要塞攻略戦を行う事をアナウンスしてもらったんだ。
純粋な艦隊戦なら駐留艦隊と合わせて最低でもこちらと同数か三個艦隊を寄越すだろうが、要塞防衛戦という事で要塞の戦力をあてに出来るわけだから、増援は少なくて済む。原作とそれほど相違がないなら増援なし、あっても一個艦隊だろうと予想した。合わせて二個艦隊、であれば最悪こちらの全艦隊を繰り出せば要塞を陥とす事は可能だろう、という計算だ。

”貴官の予想が当たったな。アッシュビーの再来なら、この程度はやってもらわねば困るがね”

偵察の結果が知らされた時、シトレ親父は笑ってそう言ったものだ…。

「長官代理、第五艦隊より通報です。『既ニ敵艦隊出撃セリ、増援求ム』との事です」
クブルスリー総参謀長が通信文を手にシトレ親父に駆け寄る。
「了解した。第四艦隊を回廊に進入させたまえ」
「了解しました」
総参謀長がタフト准将に合図すると、第五艦隊の状況概略図が艦橋正面スクリーンに映し出された。
「これは…」
スクリーンに映る概略図を見て、ヤンさんが思わず声を出した。確かに、これは…。

「駐留艦隊の規模が大きいな、総参謀長。二万隻は居ると思うが」
「はい、想定より数が多いようです。過去の戦いから一万五千隻程度を想定していたのですが」
「敵の増援は約一万隻だったな?」
「はい、間違いありません」
「戦いに齟齬は付き物だ。よし総参謀長、第十艦隊も進入させよう。第五艦隊は一旦後退、第四艦隊を中央、右翼は第五、左翼は第十艦隊とし、合流せよ。現場指揮の先任指揮官はグリーンヒル中将とする。帝国艦隊と対峙、戦線構築確認後、第八艦隊も進入する。かかれ」
さあ、いよいよ本番、第一段階開始だ。






11月20日10:30
銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、艦隊司令部 
ラインハルト・フォン・ミューゼル


 ヒルデスハイム伯は司令官席で足を組み、目を瞑っている。
前線での戦闘が彼を変えたという。今からそれが本当なのか証明される。
「ラインハルト様、いよいよですね」
「ああ。俺も早くこの様な艦隊を率いる事が出来るようになりたいものだ…こちらは二個艦隊三万一千隻、叛乱軍は…四個艦隊、約五万三千隻。艦隊兵力は向こうが上、どう要塞主砲(トゥールハンマー)の射程に引きずりこむか、だが」
「はい、ですが叛乱軍も過去の戦闘で要塞主砲の威力は充分解っている筈です。簡単には主砲の有効射程内には入ってこないでしょう」
「そうだな…」
俺達の会話が聞こえたのだろう、参謀長シューマッハ中佐が割り込んできた。
「ミューゼル少佐が敵の艦隊司令官なら、要塞をどのように攻める?」
中佐の顔にはいたずら小僧の様な表情が浮かんでいた。
「小官なら、ですか」
「そうだ。卿が叛乱軍の指揮官なら、どうする?」
俺は思わずキルヒアルスと顔を見合わせた。
「…参謀長ならどうなさいますか」
「ハハ、聞いているのは俺なんだがな……俺なら要塞を攻める事より、敵の…この場合は我々の事だな、帝国軍の艦隊兵力を減らす事に全力を注ぐがね」
中佐の返事に答えようとすると、オペレータが声を張り上げた。
”駐留艦隊司令官より入電、司令部に回します!”
我々の前に映像が浮かび上がる。駐留艦隊司令官、ヴァルテンベルグ大将の姿が映っている。



11月20日10:35
銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、艦隊司令部
ヒルデスハイム

 …要塞を攻める事より艦隊兵力を減らす事に全力を注ぐ、か…それに対して少佐は…なんだ?
オペレータが声を張り上げている。
”駐留艦隊司令官より入電、司令部に回します!”
映像が浮かび上がった。駐留艦隊司令官、ヴァルテンベルグ大将の姿が映っている。

”ヒルデスハイム伯、いや中将。艦隊の状況はどうか”

「異常ありません、閣下」

”そうか。叛乱軍は三個艦隊が横一列に並び、その後方に一個艦隊が待機している。兵力は向こうが上、要塞主砲の有効射程に引きずりこまねば我等の勝ち目は少ない。卿の艦隊は我が艦隊の後方に位置して予備兵力として追従待機してもらいたい”

「了解いたしました」

”よし、では始めよう。皇帝陛下に勝利を”

通信が切れる。よし。
「参謀長、前衛の駐留艦隊に続いて前進だ。駐留艦隊との距離を保て」
「はっ。全艦前進、艦隊速度強速!」





11月20日10:35
自由惑星同盟軍、第四艦隊、旗艦ペルクーナス
ドワイド・D・グリーンヒル

 「閣下!イゼルローン駐留艦隊が動き出しました!後衛の艦隊も等しく追従している模様です」
「長官代理に連絡だ」

”こちらでも確認した。始めよう”

「了解しました」

シトレ閣下がこのような賭けに近い作戦を立案するとは…、いや、あの将官推薦のあの若者の立案だったな。
統合作戦本部長も勇退前とあっては名目だけのような存在だから、本作戦を追認したにすぎない。すでにシトレ閣下の独壇場だ。それに政府もこの作戦が成功したならば、現政権は長期政権も夢ではないだろう。帝国本土進攻…なんと心地好い響きなのだろう。
「第五、第十に連絡…全艦戦闘準備。敵が有効射程に入り次第戦闘開始。我の発砲は待たなくてよい。以上だ」
 
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