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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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敢闘編
  第四十六話 想定外の思いつき

宇宙暦792年9月1日10:00 バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス、
自由惑星同盟軍、統合作戦本部ビル、地下大会議室 ヤマト・ウィンチェスター

 「これより第三回作戦会議を始めます。特に変更等がない場合、この作戦会議の内容が実施される事となりますので、参加者の方々は機密保持に留意し、情報漏洩の無い様今一度お願いいたします」
司会は前々回、前回に引き続きヤンさんだ。一番害の無い役目だな。キャゼさんはシトレ親父のとなり。それは分かるけど…なんで俺が作戦内容の発表係なんだよ!
まあ、一回目と二回目はひどかった。ロボスのとっつぁんは嫌味ばかりだし、それをいい事に留守部隊指揮官の作戦への難癖がこれまたひどい。士官学校出身じゃない指揮官がいるだの、敗戦の後に昇進した者がいるだの、そんな事は許可した国防委員会に言えってんだ全く。おかげでクブルスリー少将もハフト准将も質問されるのが嫌で俺にお鉢が回ってきた。
「それでは、ウィンチェスター中佐、お願いいたします」
へいへい…ヤンさん、笑いをこらえるのはやめてください。

 「…はい。作戦内容ですが、動員する艦隊は宇宙艦隊司令長官代理が直卒する第八艦隊、グリーンヒル中将麾下の第四艦隊、ビュコック中将麾下の第五艦隊、ウランフ中将靡下麾下の第十艦隊、合わせて五万二千五百隻が動員されます。第四、第五、第十の各艦隊は十一月十五日を以て、艦隊級対抗演習と称しランテマリオ経由でフォルセティ星系へ進出。司令長官代理直卒の第八艦隊はダゴン星域経由でティアマト星系に進出します。十一月二十日一二〇〇時を以て第五艦隊がイゼルローン回廊に侵入、第五艦隊から連絡があり次第、第四艦隊が回廊内に侵入、第四、第五艦隊から連絡があり次第更に第八、第十艦隊が同回廊に侵入します」
ここまではいい。発言は…と。やっぱり貴方ですね。
「発言してもいいかね?」
「ロボス閣下、どうぞ」
「今の説明だと前回の会議と何も変わっとらん様だが…」

 過去の二回の作戦会議で思ったのは、出征組への風当たりの強さだった。最初は気付かなかったが出征組と宇宙艦隊司令部の参謀達が弱い。それに高級士官達の能力がアニメや原作での描かれ方と、現実にこの世界で目にする物とではかなり違う。これも宇宙艦隊司令部に入ってから気づいた事だ。考えてみれば、バカは艦隊指揮官にはなれない。
当然、各艦隊司令官はそれなりの能力を持っているから、出征メンバーから外されたら不満も溜まる。そして、それに対する司令部の配慮が全く無いのだ。配慮が無いから当然風当たりが強い。出征メンバーの人選がそれに拍車をかけている。良識派と呼ばれるグリーンヒル、士官学校を出ていない事を非難されるビュコック、第三艦隊を全面崩壊から救ったとは云え直近の敗戦の将のウランフ。しかもウランフは昇進している。総参謀長のクブルスリーも能力はあるが、この時期ではまだ階級が足りないし重味にかける。元々彼は昇進して艦隊司令官になる筈だったけど、昇進枠から外れた。その代わりとして宇宙艦隊司令部の総参謀長に抜擢された。総参謀長という配置は通常中将または大将が充てられる。シトレ親父が抜擢したんだから能力に不足はない筈だが、階級が釣り合っていない為本人も恐縮しきりな所がある。残留組にもその辺りをつけこまれがちだ。アクが少ないとでも言えばいいのか、皆おとなしくて押しに弱い。シトレ親父に表立って反感を示す者はいないが、その反面参謀達と出征する艦隊司令官に対する圧力は相当な物だった。

 「いえ、今お配りしている資料をご覧下さい」
艦隊司令官達に資料が配られていく。それと同時に大スクリーンに資料と同じ内容が写しだされる。
「これは…本当なのか、これは」
手元の資料を見つめる者、大スクリーンを見つめる者、それぞれが絶句したり隣同士でヒソヒソやりあっている。
「はい、本当です。作戦の修正が政府に認められました。今作戦はイゼルローン要塞攻略に留まるものではなくなりました」
「では尚の事我々が残留している場合ではないだろう?」
「その通りです。ロボス閣下には帝国本土攻略部隊の指揮官になっていただきます」



 過去二回の会議でウンザリしたからシトレ親父に言ってやったんだよ、いっその事帝国本土に侵攻したらどうですか?ってさ。
シトレ親父は驚いていたけど、考えれば考えるほど同盟軍がまがりなりにも健全な状態を保っている時期って、今しかないのだ。物語的には面白くても、ヤンさんが活躍する頃はもう同盟は死に体なのだ。やるなら今しかない。トリューニヒトもまだ国防委員長じゃないから、ヤツに口出しされる心配もない。帝国側もラインハルトたちはまだ目立たない存在だ。トリューニヒトはともかく、ラインハルトの件はシトレ親父に説明してもピンと来ないだろうから、トリューニヒトの危険性をさりげなく吹き込んでやった。どうやらトリューニヒトに対してはシトレ親父も多少の危惧があるようだった。
「なるほど、軍内部の反発を抑え込める上に私の立場は揺らぐ事はなくなるな。成功すれば、だが」
「はい。作戦目的を帝国侵攻、その過程でイゼルローンを攻略する、という事にすれば、帝国侵攻は成らなかったとしてもイゼルローンは落とせるでしょう。ほぼ全ての艦隊を投入するのですから」



「…公式にはあくまでイゼルローン攻略作戦です。ロボス閣下には第二陣として国内に残留す兵力を率いてもらいます。第一陣としてシトレ司令長官代理の直卒する四個艦隊でイゼルローン要塞攻略戦を行います。首尾よく攻略したならば、作戦は帝国本土侵攻へ移行します」
「しかし公式にはイゼルローン攻略なのだろう?国内残留の艦隊を動かす名目はあるのか?」
「方面軍編成演習、という名目です。それに第一陣の部隊がイゼルローン攻略に失敗した場合、帝国が余勢を駆って同盟内部に侵攻する恐れがあります。演習という名目で予算をつけておいて貰えば、実際に帝国来寇となった場合に名目を変更するだけで済みます。まあ、名目はどうとでもなりますから…」
本当かよ?と思われる様な内容でも、名目が立てばいくらでも組織は動かせる。大義名分、というやつだ。都合がいい事に過去何度もイゼルローン攻略は失敗しているから、その備え、という屁理屈は通りやすい。同盟市民にさえ、イゼルローン要塞を本当に落とせるの?と思われている節があるから、大きな反発はないと思われる…失敗したら悲惨だが…。
「第一陣によるイゼルローン要塞攻略が成功したならば、第二陣は帝国侵攻。もし第一陣による要塞攻略が難しいと思われるならば、作戦目的は全艦隊による要塞攻略に切り替えます。公式発表も要塞攻略ですし、最低限の作戦目的は果たせます。その場合はイゼルローン要塞で再編成後、帝国侵攻作戦を行うかの判断を行います」
「ふむ…了解した」
ロボスの顔が分かりやすく紅潮している。単純だなあ。アニメで見たロボスは愚鈍で単純な男、というイメージだった。だがこの頃、まあ今現在の事だが、単純ではあっても愚鈍ではないようだ。シトレ親父との差がつき始めてから視野狭窄だったり被害妄想が激しくなったのだろう。
「ただし、ひとつ問題があります」
「何だね、それは」
「機密保持です。現段階では作戦の全容を知っているのは政府でも最高評議会議長と国防委員長しかいらっしゃいません」
同盟軍の正規艦隊全てが動く作戦というのは前例がない。建国、軍創設以来の壮挙、とかほざいて作戦をペラペラ吹聴する輩が出てきてもおかしくない。
公式発表とそれに付随する情報通りに帝国軍が動けば機密保持は完璧だが、漏れていたら…。
「皆さん、作戦会議の出席者以外に会議の内容を話したりしましたか?いらっしゃったら名乗り出て下さい、ああ、懲罰とか軍法会議にかける訳ではありません、もしそういう事があった場合、善後策を考えねばなりませんので」
…さすがに誰もいないようだ。一旦会議室内が静かになる。
「…では、ここで作戦会議を中断します。再開は午後、一三三〇からとします」
司会のヤンさんの発言で、思い思いに皆が出ていく。大会議室に残ったのはシトレ親父、キャゼルヌ大佐、ヤンさん、俺。キャゼルヌ大佐とヤンさんが早速詰め寄ってきた。
「ウインチェスター、あの作戦は本当なのか?」
「大佐はご存知とばかり思っていました…ヤン中佐も存じてらっしゃらない?」
「ああ、大佐も私も初耳だよ」
「その割にはお二人とも平然とした顔をしてらっしゃいましたが…」
「俺たちが驚く訳にはいかんだろうが」
俺たちのやり取りを聞いて、シトレ親父が寄ってきた。
「私の部屋で話そうか」





9月1日11:00 自由惑星同盟軍、統合作戦本部ビル、宇宙艦隊司令長官公室 
ヤン・ウェンリー

 私やキャゼルヌ先輩の知らない所で作戦が変更されていたなんて…。
多分、クブルスリー少将やタフト准将も知らなかったんだろう、顔が強張っていた…。まあ、我々副官や総参謀長すら作戦の変更を知らなければ司令部から作戦が漏れる事もないか。
でも大スクリーンを見た時には正直驚いた。全ての正規艦隊、十二個艦隊を動員、第一陣の四個艦隊がイゼルローン攻略軍、第二陣の八個艦隊が帝国本土侵攻軍…第一陣がつまづけば全艦隊を以てイゼルローンを攻略…。こんなとんでもない作戦の変更を思いつくのは…シトレ校長じゃないな。
「ウインチェスター、作戦の変更を進言したのは君かい?」
「はい」
「作戦の目的は何だい?」
「決まっているじゃないですか、帝国に勝つ為ですよ」
「しかし、君は以前に同盟が帝国に勝つのは無理と言っていなかったかい?」
「はい、今でもそう思っています」
「それなのに、この作戦を?」
「はい。ふと思いつきました。それに私が帝国に勝てないと思っているのは、今まで同様の戦争を継続していたらの場合です。戦争のやり方を変えて行けばやり様はあるのではないかと思っています。勝てるかどうかは分かりませんが」
「…分からないのにこんな博打の様な作戦を?」
「戦争が博打じゃなかった事がありますか?中佐の好きな歴史の中に例は沢山ありますよ。私も歴史は大好きですから、幾つか紹介しましょうか?」
「いや、そういう意味じゃないんだ、何というか…」
私がおかしいのだろうか。ウインチェスターは彼なりに考えた作戦案を校長、じゃなかった司令長官代理に提示した。そして、それは多分正しい。大兵力を一気に投入し、敵に対処する暇を与えず撃破する。
しかし、なぜ今なのだろう?戦機、という事であれば、司令長官代理がそれを見逃すはずはない。長官代理が、私やキャゼルヌ先輩だけではない、同盟軍が見落としている何かを彼は知っている、気付いているのだろうか?長官代理は静かにコーヒーを飲んでいる…。
 
 「ヤン、ちょっといいか。俺もウインチェスターに聞きたい事がある」
私の表情を見て何か感じたのだろう、キャゼルヌ先輩がウインチェスターに向き直った。
「何でしょうか、キャゼルヌ大佐」
「全艦隊を動かすのに幾らかかると思っている?作戦期間は?帝国本土進攻?まさかオーディンまで進むつもりじゃないだろうな。同盟が破産するぞ」
「でしょうね。でも戦争遂行は国是、民意なのでは?暴虐なる銀河帝国の圧政を打破するんですよね?破産など気にはして居られません」
「それは建前…」
「建前と市民に言うのですか?市民は戦争遂行の為に重税に耐えているのですよ。税金だけではありません、親兄弟の犠牲も払っている。どうです?」
「そう言われると返す言葉がないな。だが現実問題として金はかかる。それになぜ今なのだ?」
「だから言っているじゃないですか、思い付きだと…これまでと同じような戦争を続けていても状況は変わりません。国力比、人口比率からいっても、同盟は劣勢。そして、攻めるのは帝国、守るのは同盟。相手のルールで戦争していては勝てる戦いも勝てません」
「だから全艦隊を動員するのか」
「はい」
「…ちょっと単純すぎやしないか」
「…まあ、思いつきですからね」
「しかし、前例はないし、帝国も想定はしていないだろう事は確かではないかね、二人共」
シトレ校長は静かにコーヒーを飲んでいる…。



 
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