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冥王来訪

作者:雄渾
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ミンスクへ
ソ連の長い手
  崩れ落ちる赤色宮殿

 北京駐在日本大使は、北京から東へ約300キロメートル離れた河北省の避暑地・北戴河を訪れていた。
そこにある別荘の一室に、通訳や参事官たちと共に通される。
部屋の中では灰色のズボンに白い開襟シャツを着て、椅子に背を預ける小柄な男が寛いでいた。
彼等は、寛ぐ男に深々と一礼をする。

大使は顔を上げると、男の方を向いて、こう告げた
大人(ターレン)、お休みのところ申し訳ありませんが喫緊の課題で参上しました」
男は、今にも夕立が来そうな暗い表情で言った。
「率直に申しましょう。我々は今の所、北方に割ける兵力は御座いません。
何より我が国に反動的な立場を取る河内(ハノイ)傀儡政権への懲罰に出向くしかありませんので……」
話の内容は、北ベトナムへの軍事侵攻を匂わせる物であった。
 

 大使は肘掛椅子に腰かけると、脇に立つ護衛に手紙を渡した。
ここにいる人間は、恐らく護衛と言えども中共調査部か、中共中央統一戦線工作部の物であろう。
皆、筋骨たくましく恰幅が良く人間ばかりだ。
長らく続いた文革とBETA戦争で人民は飢えて食うや食わずの生活をしている。
共産主義とは言っても、所詮田舎の人間は奴隷なのだ……
遠い商代の(いにしえ)より変わらぬ、支那の現実。
 気を取り直して、手紙の事に関して言及した。
「先ずはこれをご照覧を」
 手紙を見るなり、男の表情は凍り付く……
其処には驚くべきことが記されていた。
 BETAが一種の電気信号で動く生体ロボットと類推される……。
「これは日本政府の見解ですか、俄かに信じられません……」
 男は、ぼうっと目の前が暗くなって、目の前にあるすべての事象が自分から離れていくのを感じ取った。
しかもどこか知れぬ、深淵に引きずり込まれるかのような感覚に陥っていく……。


 この話が事実ならば、この5年に及ぶ地獄の歳月は何であったのであろうか……
得るべき成果は無く、多くの尊い人命が失われたのは無駄であったのか。
あの化け物共が、ただの機械の類と言う話を受け入れることが出来なかった。
「そんな馬鹿な……、絶対にありえようはずがないではないか」
 20年前、火星で生命体が発見された事を喜んだことも、10年前の月面でのBETAとの初接触の衝撃も何の価値も無かったのか……
 だが、そう言って打ち消せば打ち消すほど、彼の想像ははっきりと、理屈ではなく事実として脳裏に映し出される。

 大使はテーブルの上に有る熱い茶を両手で持つと、蓋碗で扇ぐ様にして冷ます。
血の気を喪って、死人の様に唖然とする男の姿を見ながら、一口含む。
「私も正直驚きましたよ……。陸軍参謀本部ではその様に分析して居ります」
「やはり、あのゼオライマーを作った木原博士が関わっているのですか……」
「面白い事を仰りますな」
彼はそう告げると、不敵の笑みを浮かべた。
一瞬、男の顔色が曇る。
「この話をソ連は……」
「公式、非公式にも伝達して居りません」
 
 両切りタバコを二本立て続けに吹かした後、押し黙る彼等の方を振り向く。
「中ソ国境、中蒙国境で近々大規模演習を行う予定が御座います」
暗にソ連侵攻を匂わせる発言をする。
「7年間の抗日戦争(支那事変)を上回る、このBETA戦争の惨禍から復興……。
日本の力無くして為し得ません。故に我等は過去を一切水に流すつもりでおります。
その事を皇帝陛下並びに殿下(将軍)に宜しくお伝えいただきたい」
男の言葉を最後まで聞いた後、大使はおもむろに立ち上がる。
「分かりました」
そう言って室内を後にした。
 
 一部始終を聞いていた鎧衣は、困惑していた。
思えば、木原マサキと言う得体の知れない男が現れてから、全てが変わった。
何百億ドルも費用をかけて実施した国連のオルタネイティヴ計画……。
ソ連が熱心に推進していたオルタネイティヴ3計画は、いともたやすく捨てられた。
数百人いたとされるESP発現体も研究施設も核爆発の下、全て消滅。
「あの木原マサキと言う男がオルタネイティヴ計画の中止に関わっているのだとしたら……」
男は慌てて打ち消した。
第一、そんな想像は自国の諜報組織や科学者たちに対する侮辱だ。冒涜だ。
日夜秘密工作に従事する諜報員たちが役立たずであるという事ではないか。
とても理屈に合わないように思えた。



 








 12世紀末、世界史上に突如現れた蒙古王、成吉思汗(ジンギスカン)
短期間に勢力拡大を成し、蒙古平原の奥底より全世界に打って出た。
それに伴い、ユーラシア全土をくまなく掠奪した事は、つとに有名であろう。
 そのタルタル人の惨禍(さんか)を思わせる様なBETAという異星からの化け物。
その群れから運よく逃れている、この地・シベリア。
(いず)れは、ジンギスカンの時の様に、ロシアは焼け落ちよう……
 ソ連指導部はそんな懸念から米国政府との間にアラスカ売却計画を交渉していた。
その矢先に現れた無敵の超大型兵器(スーパーロボット)・天のゼオライマー。
天才科学者・木原マサキ。
彼等が、喉から手が出るほど欲しがったのも、無理からぬ話であろう。

「ゼオライマーさえ、ソ連の物になれば……、ハイヴは疎か米国まで我等の物よ」
高らかに笑い声をあげるKGB長官。
手強(てごわ)い男よ……、木原マサキ」
薄い水色のレンズをした銀縁の眼鏡を取ると、周囲の人間を見回す。
「すでに2度、KGB特殊部隊を派遣したがすべて水泡に帰した。
君達がしくじれば、ハバロフスクを核で焼き払わねばなるまい」
どこからか、声が上がる。
「同志長官……」
右の食指を、ドアに向かって指し示す。
「ソビエト2億の民の運命は、君達の双肩にかかっているのだ!
赤旗(せっき)を高く掲げる前衛党の為、勇ましく死んで来い」
居並ぶ男達は、老人に対して挙手の礼をする。そして力強く叫んだ。
「万国の労働者の祖国、ソビエト連邦に栄光あれ!」
再び色眼鏡を掛けると右手を上げ、挙手で応じる。
不敵の笑みを浮かべるながら、彼等を見送った。

「既に勝負はついたような物よ……、然しもの木原もゼオライマー単機のみでは第43機甲師団の砲火より抜け出せまい」
奥に座るソ連邦最高評議会議長の方を振り返る。
「GRUの馬鹿者共と木原が共倒れすれば、残すは東独の反逆者のみよ」
一頻り哄笑する。

 そこに伝令が息を切らして、駆け込んできた。
「どうしたのだ!」
焦慮(しょうりょ)に駆られた議長は伝令に問い質した。
喉も破れんばかりの声でこう告げたのだ。
「た、大変で御座います、同志議長。第43機甲師団との連絡が途絶いたしました」
「何、43機甲師団もか。何と言う事だ」

 隣にいるKGB長官の顔から先程迄の上辺だけの笑みは消えて、額に深い皴を刻み込んでいた。
「おのれ、木原マサキ、ゼオライマーめ……」
拳を握りしめ、身を震わせる。ただ眼だけが窓に向けられる。
窓からは7月のシベリアの涼しい風が吹き込んで来るばかりであった……

 
 

 
後書き
 ハーメルンに完結済みの第一部の部分だけを掲載しようか、考えて居ります。
(8月・9月の夏休みシーズン限定で公開しようかなと思っています)
連載は引き続き暁のみで続けるつもりですが、この作品がどう思われているか、知りたい為です。
(暁の静かな執筆環境は、個人的に大変良く、捨てがたいものと思っております)

他所の意見を知りたく、理想郷(アルカディア)の掲示板に出向いたのですが、無視されました。
15年前とは違い、すっかり廃れた事に驚いています。
(流行り廃りが激しいPIXIVは論外かな……)
 
ご意見、ご感想、ご要望があれば、よろしくお願いします。 
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