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冥王来訪

作者:雄渾
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ミンスクへ
ソ連の長い手
  牙城 その5

京都 5月1日 

「何、鎧衣ほどの手練れが襲われただと……」
羽織姿の男は、面前で(ひざまず)く男の言葉に耳を疑った
情報省外事部生え抜きの有能工作員として、鎧衣左近は期待されていた
その彼がハンブルグ空港に向かう道すがら、暗殺者に襲撃されたことに驚きを隠せなかった
「しかし困ったものだ……、殿下には申し訳が出来ぬ」
そう答えると、深く椅子に腰かける
右手を額に当て、考える

「少しばかり、時間を頂けませんか……」
平伏する男は、初老の男に申し訳なさそうに謝る
「ミンスクハイヴ攻略……、作戦決行日は6月22日と内定して居る。
それまでにソ連との話し合いを付けよ」
そう言い残すと、立ち上がり、部屋を後にした
下座で平伏する男は、彼の気配が無くなるまでその姿勢のままでいた


京都 議員宿舎 


 政務次官である(さかき) 是親(これちか)は、個人的な友誼関係にある綾峰を想った
彼を、戦術機部隊の責任者として推薦した経緯もあり、人一倍、動向が気になった
嘗て学窓で、共に過ごした朋友からの定時連絡を、今か今かと待っていた
机の上に有るファクシミリ付き電話のベルを気にしていて、何も手が付かない
灰皿にある山盛りになった吸い殻……
紫煙が立ち昇る様も、気にならない様子で、電話をじっと眺める
思わず、左腕に嵌めた腕時計を見る
20時になる頃か……
 そろそろ引き上げようかと考えていた矢先、電話のベルがけたたましく鳴り響く
「はい、此方榊……、遅かったではないか」
受話器越しに綾峰が言う
「なあ是親、大臣(おやっさん)に話しておいてくれないか……、何かあったら木原を国防省(うち)で引き取るって」
受話器を左側に変え、右手にボールペンを持つ
「何があった」
「情報省の木端が詰まらない騒ぎを起こしてな……」
声色から焦りを感じた彼は、然程深く尋ねなかった
「俺の方からも根回ししておくよ……」
「ああ、助かる」
ボールペンを、机の上に置く
「ソ連の連中は一筋縄ではいかん……、身辺に気を付けてくれ」
「お互いにな……」
そう言い残すと、電話が切れた
 受話器をゆっくり置くと、潰れた紙箱よりタバコを取り出す
使い捨てライターで火を点け、軽く吹かす
紫煙を燻らせながら、友を思う

 思えば国政の場に道を選んだことを考え直す
竹馬の友は、赫赫(かくかく)たる栄光に包まれた帝国陸軍を選んだ
鮮やかな勲章に飾られた戎衣(じゅうい)を装い、欧州の地に居る
三回生議員として、国防政務次官にはなって見たものの、改めて自分の無力さに気付いた
当選したばかりの頃は意気揚々と議場に足を運んだものだ……
 この国を変えるには、矢張り首相になるしかない
お飾り職とはいえ、政務次官になった事を足掛かりにして、与党内に自分の政策研究会を立ち上げる頃合いであろうか
 25年、否、20年以内に首相に上がれるようにならなくては駄目だ……
BETA戦争が終わった後に、世界情勢の変化は必須……
形骸化しつつあるとはいえ、中ソ両国は依然として国連常任理事国
この機会を利用して、綾峰が押すゼオライマーに暴れてもらいたい
事と次第によっては、衰微(すいび)著しい中ソを常任理事からの交代
積年の夢でもある国連常任理事国入り、叶うかもしれない……
 かのパイロットの青年には気の毒だが、日本の為に犠牲になってもらうのが一番であろう
下手に生き残れば、間違いなく米国が欲しがるのは必須
それに、斯衛軍では持て余しているとも聞く
仮に帝国陸軍には転属したところで扱いきれるであろうか……、不安は拭えなかった
そう一人で考えている矢先、机の電話が鳴り響く
静かに受話器を取ると、向こうより初老の男が声を掛けてきた
「榊君、急いで私の所まで来てくれないか」
状況の今一つ掴めぬ彼は、力なく返事をすると受話器を置く
立ち上がると、近くにいる秘書を呼び出す
「今から、国防省に車を回せ」
急ぎ、車を手配するように伝える
衣紋(えもん)掛けに懸けてある背広を取り、羽織る
部屋を後にすると、車の待つ駐車場に急いだ

京都 国防省本部

 国防省に着くと会議室へと案内される
陸海軍の幕僚たちと大臣が、大型モニターを前にした円卓に居並ぶ
モニターの画面上には樺太とソ連沿海州の地図が投影されていた
大臣に一礼した後、席に着く
「これは一体……」
濃紺の海軍第一種軍装を身に着けた男が、彼の方を振り向く
「ソ連極東艦隊に動きがあった……」
そう言って、地図上にある間宮海峡の位置を指揮棒で示す
「パレオロゴス作戦の一環で艦隊移動をしていたと思ったが如何やら違うらしい」
周囲の目が、画面に向く
「欧州戦線への派兵であるのならば、揚陸艇や戦術機運搬船が居るはずなのだが見当たらない。
詳細は不明ながら、戦艦2隻と巡洋艦数隻の編成で、間宮海峡を南下し始めている」
思わず声を出す
「まさか……」
「ゼオライマーパイロットの誘拐失敗の報復……、可能性もあるかもしれん。
事と次第によっては、北海道と南樺太には特別警戒を出すつもりだ」
よもや武力衝突と為ったらどうするのであろうか……
「舞鶴港より最上、三隅を向かわせることにした。旧式艦ではあるが牽制には為ろう」
机の上で腕を組む大臣が、答える
「最悪の場合、呉で改装中の大和、武蔵を出す準備をしている」
男の言葉に周囲が騒がしくなる
「新潟にある戦術機部隊にも、待機命令は既に下した」
男は、周囲が静まるのを待った
そして、再び答えた
「諸君、覚悟して呉れ」
 
 赤軍とKGBの対立は日々深まっていると聞く
一党独裁を堅持する上で、軍とKGBの対立構造
独裁維持の常套手段として、不合理なシステムは存在すると聞く
時勢によっては何方かを立て、何方かを貶めることで党の支配権を保持してきた
失策続きの赤軍が存在価値を高めるために日本への脅かしをする
我々には理解できない常識で、彼等は動く……
榊は、目の前の情勢に、ただ唖然とするばかりであった 
 

 
後書き
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