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冥王来訪

作者:雄渾
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ミンスクへ
  牙城 その4

 
前書き
ドイツと極東シベリアの時差は8時間です 

 
 5月1日 ハンブルグ 10時

 暗殺者の襲撃後、再び総領事館に呼び戻されたマサキ達
領事館員等の相談を、別室で待機していた
 25口径の自動拳銃を(おもむろ)に取り出すと、トレンチコート姿の男に向ける
紫煙を燻らせながら、面前の男に尋ねた
「貴様の本当の名前を聞かせてもらおうか」
男は不敵の笑みを浮かべ、立ち尽くす
オーバーコートのマフポケットより両腕を出すと、力なく下げる
左手で、ゆっくりと遊底を引き下げる
「ナイフやポケットピストルを隠し持ってるのは、分かっている……。
ゆっくり、捨てろ」
観念したかのように、掌を開く
真鍮とプラスチックで作られた柄の折り畳みナイフが、床に落ちる
「BUCKのレンジャーナイフか……」

「いやはや、私にここまでさせる男は君が初めてだよ。木原君。
本日は特別サービスだ……」
用心金より、引き金へ食指を動かす
「勿体ぶらず、さっさと言え」
彼が銃を向け、急かしてもなお男は平然としていた
静かな室内に冷笑する声が響く
「聞けば、必ず答えが返ってくると思っているのかね」

男の言葉に、彼は笑い返す
「全くふざけた男だ……、鎧衣(よろい)左近」
絶句した男は、彼を凝視する
目を見開き、身動ぎせず、その場に立ち尽くす
「如何やら図星の様だな……。
幾ら田舎の諜報組織とはいえ、シュタージにはKGBが後ろについている」
右の食指を用心金に移動させる
「奴等を甘く見ていると、痛い目に遭うぞ……」
彼はそう言うと、在りし日の事を思い起こした
前世において、秘密結社・鉄甲龍を立ち上げた時、一番気を使ったのは情報機関の潜入であった
彼が八卦ロボを建造するまで、ロボット兵器の存在しなかった前世
その世界に在って、核戦力並みの超兵器の存在
常に情報機関の接触に怯える暮らしでもあった
 内訌の末、日本政府に頼った彼は結果的に落命する事にはなった
皮肉なことに、その秘密は、彼の死によって守られる結末を迎える

「どの様に知り得たのかね……」
男は見た事のない様な表情で、尋ねて来る
「必要な情報の入手と解析……、これが出来なくては科学者というのは務まらぬのさ」
マサキは、ソ連大使館や国家保安省本部(シュタージ)より入手していた情報から男の名前を割り出していた
男の名前は、鎧衣(よろい) 左近(さこん)
商人に偽装し、各国に潜入する工作員
情報省外事部に籍を置く人間という所まで把握済みであった
その様にしていると、ドアをノックする音が聞こえる
身動ぎせず、声だけで応じた
「取り込み中だ。誰か知らんが……」
ドア越しに声が掛かる
「氷室です」
「美久、後にしろ」
一瞬、顔をドアの方に向ける
其の隙を突き、男は飛び掛かる
あっという間に彼の右手首を掴むと、背中に向けて拳銃ごと右手を捻った
苦悶の表情を浮かべ、思わず悲鳴を上げる
「流石の物だ……、木原マサキ君。
冥府の王を自称するだけの自信は、ある様だね」
彼の右手より、自動拳銃を取り上げると引き金を引く
反動で遊底が作動するも、ばねの音のみ、虚しく響く
「驚いたものだね。空の拳銃を使って私を脅していたとは……」

「もし、お前が俺のピストルを奪ったら……どうする。
間違いなく狙うであろう」
男は不敵の笑みを浮かべる
「いやはや、君を甘く見ていた様だ……」
その時、ドアが静かに開く
自動小銃を構えた美久と拳銃を手にした綾峰たち
鋭い表情で此方を見る
「貴様には、色々と聞くことがある」
筒の様な物を取り出し、周囲に見せつける
「私もやらねばならぬ事があるので……。
ここは、痛み分けと言う事で、どうかね」
男の持っている物は発煙筒で、栓を抜き放り投げる
綾峰たちは、咄嗟に避け、地面に伏せた
小さい爆音とともに緑色の煙が広がる
充満した煙を防ぐため、咄嗟に次元連結システムを作動させる
気が付くと、男の姿はどこにも見当たらなかった
後ろを振り返ると、窓が開いているのに気が付く
3階の窓から逃げたのであろうか……
彼は、床に膝を付けながら肩で呼吸をした
「俺も、甘く見られたものだ……」
煙幕により火災報知器が作動したようだ……
鳴り響く警報音を聞きながら、彼は床に倒れ込んだ


5月1日 ハバロフスク 12時

「な、何て恐ろしい事をしてくれたのだ。気でも違ったのかね」
目の前に立つKGB長官に向かって、男は吐き捨てた
「今、木原の立場はソビエトが招いた賓客(ひんかく)なのだよ」
肩を震わせながら、拳を握りしめる
「その彼を襲うとは……」
怫然とする首相を横目に、KGB長官は感心したかのようにマサキを誉める
「抜け目のない男よ。短機関銃(サブマシンガン)まで用意していたとは」
顎に当てていた手を、机に伸ばす
「ロケット弾を撃ち込めば良かったかもしれぬな。同志大佐」
机の上に置いてあるシャシュカと呼ばれる、カフカス地方由来の刀剣を手に取る
鍔のない独特の形で、まるで合口(あいくち)を思い起こさせる拵え
鯉口を切り、滑らかに刀身を抜き出す

「木原を招くことは政治局会議の既定路線……。
この采配を反故にすることは、議長の信用に関わる。どうする心算(つもり)なのだ」
男は、言葉を言い終えるのを待っていたかのように持っていた刀を振りかぶる
そして、机の端を切り落とした
首相は、その様を見て思わず絶叫する
「戦うまでだ」
そう言って、切っ先を椅子に腰かける老人に向ける
「議長、貴方はソビエト連邦共和国の最高指導者。小童(こわっぱ)共に軽んじられて、どうなさる心算か」

「『綸言(りんげん)汗の如し』……。
木原を抹殺するとの言、一度出れば取り消せない」
左手で、置いてある金属製の鞘を掴む
「貴方自身の体面保持の為、党益はお捨てなされ」
右手に握った刀を、ゆっくりと鞘に納める
「同志首相、連邦共和国の行政を一手に握る貴様が、何を恐れるのだね。
自由に差配できるではないのか」
鞘尻を下にして、柄頭を持ち上げ、杖の様に構える
「是よりKGBに招集をかけ、参謀総長を抹殺する。
参謀本部とGRUに巣食う反革命分子を一掃すれば、党は自在に動かせる」

「ソビエトを二つに割る心算か!」
男は、首相の方を向く
「ソビエトが常に一つであった試しが、あったかね。」
右手を挙げ、壁に掛かった肖像画を、食指で指し示す
「同志レーニンが1898年に社会民主党を創設して以来、常に内部闘争の歴史が繰り返されてきたのを忘れたか」
右掌を天に向け、ゆっくり持ち上げる
「反革命分子の社会革命党(エスエル)の一斉処刑、極右冒険主義(メニシェビキ)の追放……。
これらがあって、初めてソビエトは形作られた」
勢い良く、老人の方に右手を差し出す
「議長、貴方が主体的になって、今度の闘争を勝ち抜かねばならない。
木原の首とミンスクハイヴ攻略という果実、議長退任への花道を飾る良い機会ではないか……」
其のまま、力強く拳を振り上げる
「反革命的傾向のある赤軍への闘争を是より始める」
男の言葉に、気圧(けお)された首相……
身を震撼させ、額には脂汗が(にじ)
顫動(せんどう)する彼を尻目に、男は力強く言い放った
「我等に残された道は、闘争しかないのだよ」
その言葉に観念したかのように、漏らす
「嗚呼……」 
 

 
後書き
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