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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
ミンスクへ
  ベルリン

 マサキは、他の日本人達と共に東ベルリンに入った
国境検問所、俗に言う、 《チェックポイント・チャーリー》を抜けて、入市
入市する際に、西ドイツの国境警備隊とちょっとしたいざこざが起きた
自動小銃を担ぎ、弾納を帯びた状態で検問所を通り過ぎようとした際、止められる
最終的に将校に限り、拳銃や軍刀は装飾品(アクセサリー)と言う事で許可が出た
小銃と弾薬納一式は、名札を書いて検問所で預かる事になる
巌谷と(たかむら)は、丈の長い斯衛軍(このえぐん)の将校服ではなく、帝国陸軍の勤務服を着用
帽章以外は、同じように見えるが細部が違うそうだ
自身も似た制服を着ているが、気にはしなかった
美久も、彼等が用意した婦人兵用の制服を着ている
ただ《風紀》に関わるとして、腰まで有る髪は、《シニヨン》という方法で結った
ネクタイの制服は、何時もの野戦服や詰襟より、疲れる
1961年10月の事件の影響で、国境を行き来する際は、軍人は制服着用厳守が課されている
それ故に、軍に所属する彼等は、軍服で移動させられたのだ

 向こうの案内役という人物が付いた
たどたどしい日本語が話せるのが数名いるくらいで、会話はほぼ英語で行った
世話なので黙っていたが、何かと探りを入れる様子が分かる
恐らく、悪名高い国家保安省(シュタージ)の工作員であろう
部隊を指揮する彩峰(あやみね)は、流石に在外公館勤務が長いだけあって流暢に英語を操る
見た感じ、ドイツ語も出来るのであろうが、知らない振りをしている様だ
敢て聞かなかった

 彼は暫し想起する
資本主義の諸問題を《解決》する名目で、ソ連共産党は政権簒奪を成した
恐慌や生産過剰の問題を回避する為、独裁的な計画経済を実施する
しかし、実態はどうであったか
元の世界でもそうだが、BETAに蹂躙(じゅうりん)されつつあるこの世界では凄惨さを極めた
流通や分配の手段が不十分な為、深刻な飢饉と、死屍累々という結果
元の世界では、1972年に畜産用の穀物飼料不足を原因にソ連は米国から穀物輸入に頼った
その結果は、世界的な穀物価格の高騰で、食糧危機を招いたのだ
元の世界だと、地球上の穀物の2割強をソ連一か国で輸入していたのだから、この世界はどうであろうか
 彼等が言う様に、対BETA戦による核飽和攻撃による放射能汚染と光線(レーザー)級を阻害する重金属雲による土壌及び水質汚染
其ればかりではないであろう……
東ドイツの政権は盛んにBETAの害と核汚染を喧伝(けんでん)している様だが、違うように思う
未だ、後方には健在な米国、豪州、アフリカが控え、十分な穀物生産量がある
フランスやイタリアなどの南欧、トルコも陥落すらしていない
重金属の土壌・海洋汚染があるとはいえ、其れとてソ連近辺のみであろう
そもそも高緯度で寒冷、降水量も少なく穀物収穫が不安定な不毛の地……
 やはり、考えられるのは計画経済による物流遅滞や需要への不十分な対応
現実の社会は、象牙の塔や衙門(がもん)の奥深くに居る鴻儒(こうじゅ)や官吏が思い描く物とは違い、無数の変化と不確実性が混在する
個別具体的な経験と知識が必要で、それを反映した政策決定
何よりも、費用対効果が最重要課題である
共産党の計画経済では、それを一切無視するという重大な欠陥
それ故、恒常的な食料や日用品に代表される耐久消費財不足が起きる
この悪循環を改善せぬ限り、彼の地に安寧は訪れぬであろう
 
 二月下旬とはいえ、東ベルリンは寒い
あの日本の様な高湿度で底から冷える物は違い、乾燥しきった何とも表現できぬ寒さ
厚く重い膝丈の外套は、薄いキルティングのライナーが付いているが、其れとて不足する
通信販売で買った羽毛服(ダウンウェア)などを着ていたら、どれ程良かったであろう
ヒマラヤ・カラコルム山脈登頂成功を謳い文句にして居り、大仰な頭巾が付いて嵩張るが、軽くて暖かった
私服でなかったのが悔やまれる……

観光案内とはいえ、退屈であった
彼は、端の方に居て、終始受け身で押し黙って過ごすことに努めた
この訪問の真の目的は、ゼオライマーのパイロットの洗い出し、及び接触
そう思い、極力関わってくる東ドイツ側の人員を避けた
細々な対応は、美久に任せた
彼女は、そつ無く熟せるであろう
推論型AIによって、人間の表情や動向から適切な判断を下し、言語も内蔵する機能によって意思疎通に問題は無かろう
勘の良い人間なら、言葉に何処か違和感を感じるかもしれないが、外国人だという先入観で、緩和される筈……

 退屈な観光の合間にカフェに寄った
市街地は、ざっと見た所、終戦後の古い街並みと新築の共和国宮殿ばかりが目立つ異様な風景
廃墟のようなレンガ造りの市街は薄暗く、人の気配も疎ら
囁くような話声で、この国を支配する総監視体制の強固さを実感させる
 給仕によって出された大ぶりなケーキは、生地もクリームも見るからに粗悪、言葉に出来ぬ様な不味さ
コーヒーも、紅茶も、水で増した様な薄さであった
思えば、途中で頬張った焼きソーセージも、西ドイツの西ベルリン市街で食した物より質が悪く、ゴムを噛む様な、表現出来ぬ不味さであった
一生忘れ得ぬ味であろう事を、彼は思うた
 この国にあって、高級幹部や党中央、司法、教育関係者であれば相応に良い暮らしは出来よう
見た所、整備された高層住宅なども市街の一部には見える
しかし、その他大勢を占める一般市民にとっては暗く厳しい環境
ソ連の衛星国として、自由な表現、際限なき個人所有、司法からの保護も怪しい
この地獄の様な国に住まう軍人とはどの様に心構えを持つのであろうか……
 脇目で、見ると流暢な独語で、篁が向うのガイドと話をしている
技師とは言え、矢張り貴族の出
独語等を出来る素振り等見せずに、話す様を見て、感心した
屈強な体付きで、剣術も其れなりに出来ると言うから、文武両道を兼ね備える様務めたのであろう
話していても、身分を嵩に掛ける様な厭らしさもない
人に好かれるというのも米留学の選考基準を満たしたのであろうと、彼は考えた
 
 

 
後書き
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