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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
ミンスクへ
  我が妹よ その4

 翌朝、ドイツ首脳部はソ連への連絡を入れる
議長辞任と内閣総辞職を伝えたが、ソ連政府の反応は冷淡で、むしろ彼等自身が驚いたほどであった
其の事は彼等にある事を確信させた
「ソ連は東欧情勢に構う余裕すらない」
今の国力を半減させた状態では、東欧の社会主義圏の維持など重荷でしかない
だが、首脳部とKGBの考えは違うようだ
KGBは自らの障壁として、東欧諸国を考えて居り、如何に活用するか、を重視しているように見える

 アスクマン少佐は、宮殿に呼び出された
早朝の蕭然(しょうぜん)たる殿中を歩く
誠意を示すために、(あえ)て拳銃を帯びずに来た
ある部屋の前まで来ると、室外からノックをして入る
室内には平服の男達が数人座っていた
見慣れぬ人物もいるが、今回の新閣僚達であろう
「お呼びに預かり、参りました」
静かに敬礼すると、直立の姿勢を取る
書類挟みを持った男が、声を掛ける
「一つ尋ねる。
シュミットの事をどう思うかね……」
彼は不敵な笑みを浮かべる
「それなりに優秀な上司だと、個人的には考えて居ります」
男達は頷く
「まあ、良い。
君には一つ頼み事がある。
例の個人票を3つほど複製して、各所に隠匿(いんとく)してほしい。
まだ利用価値の十分にあるものだ。
若しもの時、外に持ち出されたりすれば、事は重大だ」
笑みを浮かべた侭、答える
「外と申されても、それは場所によります。
国外であるか、国内か。
対応が全く違ってきます故……」
「まあ、マイクロフィルムか、磁気テープに複写して持ち運び出来る様にするのも方策かもしれぬな。
KGBの分だけでも先に、仕上げ給え」


「BND(連邦情報局/西ドイツの防諜機関)の動きはどうかね。
対外諜報の専門家の率直な意見を聞きたい」
彼は直立したまま、答える
「彼等は、この混乱に乗じて浸透工作を行っているの事実です。
ですが、それ以上にCIAやMI6(英国情報部)等が、多額の秘密資金を国内に持ち込んだとの未確認情報が持ち上がっております。
想定される事態ですが、《パレオロゴス作戦》を通じて我が国に進駐する準備なども成されるかもしれません」
左端の男が、眼鏡を右手で上げる
「ほう、君の言い分だと西側の軍隊がハンガリーやチェコに進駐する可能性があると……」
「否定出来ません」
「その件は、後日決めさせてもらうとする。
所で、衛兵連隊強化の話ではあるが、却下とする。
あんな戦術機(ドンガラ)を増やした所で、意味があるとは思えん」
彼は焦った
「何故ですか。
これ以上亡命者を増やすおつもりですか」
書類挟みを持った男が薄ら笑いを浮かべる
「違うな。
戦力の分散を避けるためだよ。
二重の指揮系統は、前衛党には不要であろう……」
書類挟みを膝の上に立掛ける
「無論、従来通りの党が決めて軍が動く、単線型の組織運営では問題が多いのも事実。
先ずは手始めとして政治将校の権限縮小を考えている」
暫しの間、沈黙が訪れる
一人の男が口を開いた
「国連のオルタネイティヴ3計画が中止になったのは知っておろう。
今回の作戦とやらは、其れの実証実験だった線は無いのかね」
彼は、その男の方を向いた
新任された外相だ
外務省で、国連の折衝(せっしょう)に当たる部署にいた20年近く人物である
「いえ、私にはその様な推論(すいろん)は申せませんが……
唯、予定にはない、第43戦術機機甲師団が組織され、近々ホメリ(白ロシアの都市)に配備されると聞き及んでおります」
再び、書類挟みの男が彼に声を掛ける
「詰り、連中は我々を生贄(いけにえ)にして実験するつもりという事かね」
男は、顎を右手に置いて考え込む
そして顔を上げる
「そこで君に頼みたい。
君は独立派の主要人物と看做されている。
危険を承知で、CIAの工作員と接触して欲しい」
彼は姿勢を崩して、前のめりになる
「お尋ねしますが、党の見解としてでしょうか……
私も簡単に、その様な危険な橋は渡れませぬ故」
「今更党の見解などという必要もあるまい」
例の男は、彼に向かって言い放った
「ぶちまけて言えば、この国を守る為の方便さ。
社会主義なぞ真面目に信じてる幹部がどれほど居るかね」
特権階級(ノーメンクラツーラ)にとって、保身を最重視する事を改めて認識させられた
「どうにかして、この国と体制を軟着陸させたい。
米国は自由民主の国とは(うそぶ)くが、状況次第では独裁制も認める。
自国内の根深い民族問題すら解決出来ぬ国が、自由だの平等をいうのは可笑しくないかね」
彼は、男の融通無碍(ゆうずうむげ)な態度に驚愕する
「俺等は、暫定政権(ざんていせいけん)にしか過ぎない。
ある程度道筋を示したら、表舞台から去る。
だから道筋をつけるまでには利用出来る物は利用する。
何でもすると言う事だよ」
唖然(あぜん)とする彼を差し置いて、話を続けた
「実はな、ハイヴの情報は、昨晩遅く持ち込まれたのだよ。
USTR(米国通商代表部)の人間が、食料購入の件と一緒に開示したのさ」
右端の男が同意する
「驚きましたな」
「俺もだよ。
詰り、ミンスクハイヴに然程(さほど)入れ込む必要が無くなったと言う事さ。
だから君はKGBに気にしないで、遣りたいことをやって呉れれば良い」
眼前の男は(ほう)けた侭である
「(ソ連に追従する)幇間(ほうかん)の真似をする必要はないってことさ。
もっとも君の態度も、中々の《男芸者(おとこげいしゃ)》だがな」
男達は、一斉に笑い出した
笑い声に我に返ると、彼は自分の立場を改めて思った
これは、ある種の自己批判の場ではなかろうか……
目の前の閣僚達は、要請を理由に嘲笑(ちょうしょう)しているのではなかろうか

 一頻り男達は笑った後、彼にこう告げた
「この件と並行して、日本から持ち込まれた大型戦術機(ゼオライマー)のパイロットに接触してほしい。
彼をベルリンにまで誘い出せれば、上出来だ」
彼は顔を(しか)める
「何故その様な事を……」
「何、そいつを上手く使って、兵達に楽をさせたいのさ。
高々、総動員したところで40万しかいない兵だ。
無駄死には避けたい……」
例の男の右隣に座る人物が、彼の方を向く
右手を頬に当て、ひじ掛けに寄り掛かりながら言う
支那(しな)での言動を見る限り、志操堅固(しそうけんご)な人物であることが類推できる」
例の男が言葉を繋ぐ
「並の策、女や金で転ぶ様な人物ではないことは確かだ。
上手く扱えるのは君ほどの男でなくてはならん」
彼は姿勢を正す
「詰り、人類の為や己が使命感に訴えかける様にして協力させろと……」
隣に座る男は、右手を顔から離す
右の食指で彼を指示した
「その線で行き給え」
例の男は、上着の内ポケットから一枚の名刺を差し出す
「これは、通商代表(USTR)の担当者の電話番号だ。
ここに電話を入れれば向こうで都合して呉れるやもしれん」
内務省の副大臣、次の大臣候補が言う
「実は、ベルリン観光に、連中を招待しようという案が出ている。
上手く先方と折衝し給え。
民警(Volks Polizei/人民警察)や、内務省には私から話を通す」
自らの上司となる男が、声を掛ける
この男は第2局(防諜担当)のトップを10年近く勤めていて、シュミットと犬猿の仲であった
「なるべく手荒な真似は止めろ。
上手く誘い込んで、その気にさせるのだ」
彼は、敬礼で応じた
 
 

 
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