| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

冥王来訪

作者:雄渾
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

異界に臨む
  策謀 その2

 
前書き
今回も長文です  

 
来る《パレオロゴス作戦》に向けて、第一戦車軍団の訓練が始まった
戦術機部隊と砲兵、機甲部隊による連携訓練
ウクライナ戦線での経験により発案された《光線級吶喊》の他に、新たな科目が加わった
対人戦、対航空機戦を想定した訓練であった
対BETA戦を第一に考えていた彼等には衝撃的だった

人造毛の防寒帽の耳を下ろして被り、綿の入った防寒服を着た男が、青年に声を掛ける
防寒服は、人造毛の別布の襟が付き、上下揃いの深緑色
防寒用の長靴を履き、服と同じ色の防寒手袋をはめて居る
金髪碧眼の屈強な体躯で、顔には整えた口髭を蓄えている
青年は、灰色に染められた羊皮に、空軍の帽章が刺繍してある防寒帽
ダークグリーンの別布を付けた襟のオーバーコートを着て、羊皮製の防寒手袋をしている
オーバーコートは脛丈の長さ
純毛の厚手のトリコット織で、深い灰色から将校用の物と一目でわかる
足首から膝下までがフェルト地で出来た防寒長靴
首の下から、耳まで覆うように、筒状の頭巾を被り、顔だけを出している
「今回の訓練について、何か、聞いているのか」
口髭の男が、青年に聞いた
青年は黙ったままだ
「戦術機の習熟ですら、鍛え上げられた戦闘機パイロットが半年かかるというのに、対人訓練とは作戦開始までに間に合うのだろうか。
来年の夏、早ければ7月までには仕上げなくてはなるまい。
或いは、NATO軍の都合によって早く仕上げねばならなくなるかもしれない。
WTOや参謀本部がどのような機会で、我々を投入するか分からないが、来年初春までにはある程度まとまった結果を示さねばならないだろう」
男は懐疑的な見解を青年に述べる
「参謀本部がアルバニアの事例を参考にして組み込んだのは分かる。
だが、我々の第一任務は、第一戦車軍団の支援と、《光線級吶喊》による戦線の露払いだ。
この様なことをしていては、十分な訓練時間がとれるとは思わない」
青年は答えた
「自分の方で、参謀本部に掛け合って、都合してみます」
彼は、静かに答える
「ですが、《光線級吶喊》も対人戦も、技量の向上には変わりのないように思えます。
戦車や航空機に比して前方投影面積が一般的な戦術機の場合、18メートルもありますので、低空飛行や高機動により攻撃を避けるしかありません。
通信や状況によってより的確な判断がなされ、部隊が自在に運用できなければ、唯の標的と何ら変わりありません。
ある程度、行動様式の決まったBETAと違って、対人戦は読めないところがあります。
対空砲や対戦車砲の攻撃を受ければ、いかに装甲の厚い戦術機でも防ぎきれません」
「詰り、この訓練は無駄ではないと言う事か」
青年は、息を吐き出すと、目の前の男に答えた
「はい。
仮に内乱や暴動による出動命令が下った時、対人訓練がなされていなければ、行動パターンから敵側に一方的に撃破される事態に陥ることもあり得ます」
男は口髭を触る
「戦術機同士の戦闘に発展する事態があり得ると言う事か」
青年は深く頷く
「先日のアルバニアの事例はそういった点で、今後の研究材料になります。
米海軍は、航空機との連携で戦術機を使い、アルバニアの部隊を数日で壊滅させたと伺っています。
新型の戦術機が数種投入されたとの話もありますが、実態がつかめていないのが現状です」
「最悪、今作戦の終了を待たずに戦争状態に発展する可能性もあると言う事か……」
青年は、男の周囲をゆっくり歩きながら話す
身に染入る様な寒さで、じっとしていられない様子だ
「仮想敵の米英軍ばかりではなく、ソ連の動向も気になるところです。
シベリアにあるKGB管轄のラーガ(収容所/ラーゲリ)が、何者かに襲撃され、壊滅。
その際、防衛に当たった戦術機部隊が一方的に失われるという事例があったとも聞いています」
手袋越しにしきりに口髭に触れる
呼気で、髭が凍るのを気にしている
「例の超能力者の実験施設か」
青年は立ち止まって振り返る
「噂ですが、その様に伺っています。
事件の余波で、ソ連軍が、戦線から離脱、或いはわが軍と事を構える様になれば……」
『ソ連の完全支配』
最悪の事態を避けるために、軍事的均衡の為の戦術機部隊
青年なりの考えであった
「対人戦も無駄ではないと言う事か」
「ただ、BETAと違ってソ連はまだ多少は話し合いの余地があろうかに思えます」
「米英軍も同じであろう」
「はい。
それ故、こちらの力を鼓舞するためにも、多少なりとも対人戦能力向上は、役に立つかと……」
男は暫し黙ると、頬に手を当てて考え込んだ
ゆっくりと口を開く
「概ね、君たちの意見には賛成しよう。
なるべく損害の少ないことに越したことはない」
目の前の青年は破顔し、謝意を述べた
「ありがとうございます。大尉」
彼は、真剣な眼差しで、目の前に居る男を見つめた
眼前に居る男こそ、戦術機実験集団の指揮官であるバルツァー・ハンニバル大尉であった
大尉は、空軍地対空ミサイル部隊の出身で、同集団に多数を占める空軍操縦士候補生とは違い、航空機操縦経験はない
しかし、対BETA戦による軍事編成の変化の煽りを受けて、《左遷》させられた将校の一人であった
ソ連留学のある彼は、前任者のユップ・ヴァイグル少佐と違い、青年将校たちに一定の理解を示すよき人物でもある
何より留学による衛士訓練経験のある上司との出会いは、ベルンハルト青年には僥倖であった
脇で、静かに別な青年が佇んでいた
ベルンハルト少尉より、質の落ちた化繊混紡の灰色がかった生地のオーバーコート
ダークカラーの別布の襟を立て、空軍の帽章が刺繍してある人造毛の防寒帽を目深に被っている
彼らが話し終えるのを待っていたかのように、両手を外套のマフポケットに入れ、縮まっている
周囲の様子をうかがってから、両手をポケットの外に出す
化繊の防寒手袋をした手を振りながら、彼は語りだした
「ソ連の戦況は、新疆のハイヴが陥落してから停滞しています。
仮に今回の事件の損害があったとしても、大勢に大きな影響はないと考えられます。
まあ、どの様な結果になったとしても……」
ハンニバル大尉は、目の前の青年に語り掛けた
「BETAの撃滅するという主任務には変化は生じないと言う事か」
青年は、続ける
「はい、ベルリンっ子の噂ですが、何でも今回襲撃を行ったのは米軍の特殊部隊で、黒海を経由してカザフスタンから、ノボシビルスク市に潜入し、新型の原子爆弾を爆発させたそうです。
市内は、ほぼ跡形もなく消え去り、駐留していた部隊は30分ほどで壊滅させられてます」
大尉は、目を大きく見開いて、面前の青年を見る
「核武装の戦術機部隊だと!」
彼は目を輝かせ、言葉を淀みなく伝える
「何でも、目撃談によると、大型の戦術機が持ち込まれたと、モスクワっ子の間で話題になってるそうです。
最も噂ですから、どこまでが真実か不明瞭ですし、その相手がどのような行動に出るか、予想も出来るとは思えません」
青年は、大げさに手を振ると、肩を竦めた
その様子を見たベルンハルト中尉は、彼を窘めた
「ヤウク、仮にも参謀の立場にある君が、根拠のない噂を、流布するような真似は慎んでほしい」
両手をヤウク少尉の方に置く
「君は、参謀として部隊の為に情報を集めるのは助かるが、何よりも正確な情報が欲しい。
そんな噂話より、一番大事なのは根拠のある一次情報だ。
公文書や機関誌、各国の新聞報道から真実を探すことをすべきではないのか。
文諜(文字情報による諜報)で、一番大事なのは分析だ。
市井の噂話は、あくまで参考にしかならない」
「根拠はあるさ、これを見てくれ」
そういうと、肩から下げた図嚢(書類や地図を入れる野戦用のカバン)から数枚の紙を取り出した
彼は、ヤウク少尉からそれを受け取ると驚いた
英国の大手通信社ルイターのイスタンブール発の外電を報じた西側の新聞の複写
「デイリー・テレグラフ」(The Daily Telegraph)「ワシントン・ポスト」(The Washington Post)「ル・フィガロ」 (Le Figaro)などの《ご禁制》の品々であったからだ
「どうやってこんなもん、手に入れたんだ」
ヤウク少尉は、満面の笑みで応じる
「君の《親父さん》の友人さ。同級生だと話したら、茶飲み話のついでに貰って来た」
彼は、その話を聞いた瞬間、頭が真っ白になった
まさか、育ててくれたボルツ老人がその様な危険な橋を渡ったのかと……
恐る恐る尋ねる
「ボルツさんのところでも行って来たのか……」
彼の発言を聞いて、肩を竦める
「まさか。お屋敷の《旦那様》から頂いたのさ」
唖然としたが、彼に対して怒りが湧いてきた
まだベアトリクスとは結婚もしていないのに、彼女の父・アーベルを《親父さん》と呼んだヤウクの行為が気に入らなかった
幾ら将来を誓い合った仲とはいえ、法律婚すら躊躇っているのに、その思い人の父を、すでに岳父として扱う彼の無神経さが許せなかった
彼は目の前の青年の肩を強く掴み、前後に揺らした
「まだ俺は、独身だ。お前はそうやって周囲に言って回ってるのか。
人の気持ちも考えろ。この……」
その時、ハンニバル大尉が笑った
彼は、笑いながらベルンハルト中尉に向けて言った
「貴様の気持ちも分からんでもない。
俺も気になる若い娘がいる。
まだいい年頃になるまで待っているところさ」
二人はあまりの事実に唖然としていた
この強面で、どこか知性を感じさせる雰囲気を持つ男に、その様な思い人が居た事実に
そして柄にもない冗談に参加したことが、信じられなかったのだ
「まあ、人の事も言えんが、諸君等もそろそろ身でも固めておくのも悪くなかろう。
5年近くに及ぶ対BETA戦でソ連邦では人口の3割強が失われたとの国連報告がある。
将来に向かって若い妻を迎えて、人口を増加せしめ、国力の涵養に努めるのも、立派な愛国心の発露の一つではなかろうか。
それに家庭内で愛欲の発散というのも、健康な人間としては自然なことであると考えている」
こんな笑顔をする大尉を見た事がない
思わず顔を見合わせる
そして笑った
ヤウク少尉が周囲を窺う
そして大尉に向かって話しかけた
「では、大尉、食事にでも致しましょう。
外も寒いですし、宿舎に戻って夕食にでもしませんか。
少し早いですが」
ベルンハルト中尉は、腕時計を見る
もうすぐ15時半だ
周囲はすでに日が落ち始めている
ドイツの冬は日没が早い
16時には暗くなってしまう
男たちは談笑しながら、宿舎への道を急いだ

 
 

 
後書き
前回、今回の話で、新たに出てくる人物は、ソ連大佐以外は原作人物です
(役職等は外伝『隻影のベルンハルト』準拠になります)
初見の方もいるので説明いたします。

ホルツァー・ハンニバル大尉(空軍地対空ミサイル部隊出身)
ハインツ・アクスマン中佐 (国家保安省中央偵察管理局)
エーリヒ・シュミット   (国家保安省中央第一局)


ご意見、ご批判、ご感想、よろしくお願いいたします
ご要望等ございましたら、検討の上、採用させていただく場合もあります 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧