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冥王来訪

作者:雄渾
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異界に臨む
  策謀 その3

その夜、降りしきる霙の中、宿舎に一台の軍用車が来た
後部座席より降り立った男は足早に室内に入る
脛まで有るマント型の雨衣を着て、頭巾を被っている
室内に入ると、待っていた下士官が、彼を奥にある軍団長室に案内する
部屋の前まで案内をした下士官に、敬礼
返礼をした彼を見送ったと、ドアを開ける
静かにドアを閉め、部屋に入る
男は、顔を覆っていた頭巾をゆっくり下ろしてから、雨衣を脱いだ
雨衣を脱いだ後、煌びやかな刺繍が施された軍服姿が露になる
赤いパイピングが入ったギャバジン地のクラウンに、赤地の鉢巻(帽子のサイド)に金メッキの帽章
その被っている帽子から、将官だと判別できる
脇に太い赤の二本の側章が入ったストレート型のズボンを履き、襟には金の刺繍が配われている赤地の階級章
ダークグリーンの襟の内側に白い襟布を付け、金糸と銀糸の織り込んである肩章
その階級章は、星の数から少将
霙と泥で汚れてはいるが、磨き上げた黒革の靴
脱いだ雨衣を手に持った白髪の男の顔には深い皴が刻み込まれている
その男は、フランツ・ハイム
地上軍司令部(参謀本部)勤務の将官で、来る《パレオロゴス作戦》についての見解を窺いに来たのであった
彼は、室内に居る人物に声を掛ける
「話とは何だ」
執務中であったシュトラハヴィッツ少将は、手を止めて正面を向く
ペンを置くと、立ち上がって敬礼をした
敬礼を返すと、軍帽を脱いで、軍帽を逆さまにして机の上に置く
後ろに下がって、雨衣を室内にある外套掛けに吊るす
室内にあった椅子に腰かけた後、彼に尋ねた
「忙しい所に済まんが、こうでもせねば話を聞いてくれまい」
事務机から、テーブルに移動すると、脇から灰皿を取り出し、タバコに火を点けた
何時ぞやの如く、外国たばこではなく、CASINOという国産たばこで、その箱を机に置く
「吸うか」
彼は、頷くと、手を伸ばして、箱から3本タバコを取る
14個の略綬が輝く左胸のポケットから、マッチの紙箱を出す
紙箱よりマッチを摘み取り、火を点ける
深く吸い込んだ後、ゆっくりと紫煙を吐き出す
「お前に関して少しばかり噂を聞いた」
「それで。話の出所は、どこだ」
彼は、内ポケットより折り畳んだ紙を取り出し、訪ねた
「これの存在は聞いているか」
少将は、数枚の紙をを広げると、目を見開く
「大方、保安省辺りの小役人が作ったものか」
彼は、腕を組んで背もたれに寄り掛かる
「然る筋から私のところに来た。
恐らく半分は警告の心算で送って寄越したのであろう」
「ほう。奴等も走狗ではないわけか」
彼は、話しながら右手でタバコの灰を落とす
「省内では、ソ連派と独立派がいて派閥闘争を始める算段が出来ている様だ」
少将は、ゆっくりタバコをもみ消す
「どこも一緒だな。
で、そんな話をしに来たのではあるまい」
深く頷くと、振り向いて正面を見る
「実はな、連中が私に近づいてきたのだ。
件の名簿を持って来て、大規模な摘発をすることを仄めかした。
まさかとは思うが、馬鹿げた事は考えては居るまい」
下を向いて、新しいタバコに火を点ける
「俺は、あの男と話す気にはなれん。
ソ連の茶坊主と噂がある気色の悪い輩に、何を吹き込まれた」
顔を上げ、正面の男の顔を見る
「兼ねがねその話は、伝え聞いている。
私とて、何れは民主的な手法による議会選挙の導入に関しては否定はしない。
ただこの戦時に、やるのは危険すぎないか……」
「仮に今、行動せねば、奴らの専横を許すことにならんか」
彼は、右手でタバコを持ったまま、話し続けた 
「それは否定せんよ。ただ機会というものがある」
少将は、襟のホックを外し、椅子に深く座る
「奴等に《認められる結果》を見せればよいのかもしれんな。
もっとも貪欲な連中だ。
どの様な結末でも納得する《果実》が無ければ、否定してくるであろうが……」

「話は変わるが、貴様に頼み事をしたい。
戦術機に関する件だが、西側の機体との通信網の連携を進めるような対策を取ってほしい」
彼は、驚く
「何故その様な事を」
タバコを吸いながら、話しかける
「実はな、戦闘方法の違いで我々が危険に曝される可能性があるのだよ」
「詳しく聞こうではないか」

シュトラハヴィッツ少将が、語った危惧とはこのような物であった
英米を中心とするNATO軍と戦術の差異
《光線級》を選んで殲滅し、その後に爆撃機による攻撃をする《光線級吶喊》ではなく、ミサイル飽和攻撃や砲弾による集中砲火
防御陣地に誘い込んで、その他の集団を殲滅するのではなく、先ず攻撃した後に残存兵力を刈り取る手法の違いについてであった
人民軍が現在行っているBETA群に対する《光線級吶喊》では、先に戦術機部隊が先行
NATO軍が行う攻撃は、先に重爆撃ありきの運用
予定される《パレオロゴス作戦》では、西部戦線をNATO、東部戦線をWTO、ソ連軍が担当
戦場とは常に状況が変化する
もし仮に東西の部隊が混戦状態になれば、一時的とはいえ、作戦上《友軍》となった米軍に爆撃され、被害が出る恐れがあるのだ
被害が出れば、貴重な戦術機部隊だ
簡単には現在のような熟練兵を補充できるような状態にはならない
WTO軍の間であっても同様だ
仮に作戦が失敗した際、その様な事が多発すれば、対BETA戦では後れを取ることになる
支那での初期対応の失敗で、2週間以上の時間が浪費され、敗北を招いたのは苦い記憶として新しい
あの時、米軍の様に即座に核飽和攻撃に移っていれば、惨状は防ぎえた
馬鹿げた《プロレタリア独裁》の末に、階級制度を廃して、軍の機能不全を招いたと聞いた時、深い失望感を覚えたことが思い起こされる
作戦遂行の為には、党派対立や思想闘争などを脇に置いて軍事編成の運用をせねば、危険だ
1600万人前後と人口の少ない人民共和国だ
数億の人口を抱える支那や膨大な領土のあるソ連とは違う
瞬く間に、この国は消え去るであろうことを……
そうなってからでは遅い
恐らく英仏は、この国を時間稼ぎの場所としか考えて居らず、作戦が不発に終われば、地図の上から消える
ポーランドまで戦火が広がるようでは駄目だ
白ロシアで食い止めて、ソ連領内に追い返す位の勢いでないと、大軍勢に闊歩される
あの恐ろしいジンギスカンの大軍が攻めよって来た時、欧州の騎士達は、キリスト教の下、十字軍に次ぐ軍勢をもってして食い止めた
過去の事例のように上手く行くとは言わないが、我々も欧州という名のもとに、キリスト教文化圏の下に、合同軍を立ち上げ戦うような姿勢で臨まないと、やがては、ジンギスカンに滅ぼされた中央アジアの回教国の様に、蹂躙される
広い大海に覆われた日本や、国力の盛んな米国とは違うのだ
地理的にも、政治的にも、現状を維持させる方策しかない
その方策としての西側との連携
国土の大半を蹂躙され、人口の大半を失い、斜陽に成りつつある赤い帝国
シベリアへの遷都では飽き足らず、アラスカへの逃避計画に着手しているとの話も上がっている
やがて東欧諸国から完全撤兵の日も近い
その日を待たずして、自主独立の道を選び、専制的な社会主義の放棄とソ連との決別
かの帝国と決別を奇貨として、西側社会への参画の手段にすべきではないか
それ故に、この軍事作戦の足を引っ張る保安省の連中を出し抜くような方策を打つべきである
少将は、その様な熱い思いを、目前の男に語った

彼は、話を聞き届けた後、最後のタバコに火を点けた
静かに紫煙を吐き出すと、語った
「話は分かった。
全機とは言わんが、せめて指揮官機だけでも西側と連携可能に改良するよう、技術本部と参謀本部に持ち込もう」
少将は机を支えにして、立ち上がった
「本当か。そいつは助かる
交渉チャンネルの有無で、話が全然違うからな」
「もっともそれには前線での裁量の拡大も絡んでくる。
その辺を参謀本部で決めねばなるまい」
前に身を乗り出す
「そいつさえ決めれば、あとは政治局に持ち込むだけなんだな」
深く頷き、同意の声を上げる
「それ以上は党の仕事だ。良い伝手があれば良いが……」
少将は微笑みを持って、彼への返事とした
男は、彼の右手を取ると、強く握手した
 
 

 
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