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冥王来訪

作者:雄渾
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異界に臨む
  策謀

一人の男が保安省の一室に呼ばれた
少佐の階級章を付け、《俳優のような顔》と、そやされるほどの眉目秀麗
通り名を《褐色の野獣》と呼ばれる、中央偵察管理局の《精鋭》工作員、アスクマン
彼は、直属上司の下に来ていたが、その際、衝撃的な出来事に遭遇していた
色眼鏡を掛けた禿髪の上司の下に、男が居た
男は、非武装で、白い襟布が縫い付けられたソ連軍服を着ており、勲章もつけていなければ、階級章や識別章もなかった
国家章のついた草臥れた軍帽を弄んで、上司と話している
ただ、その態度からただならぬ人物である事が判った
彼等の話し言葉からすると、ドイツ語ではなく、ロシア語であったことがおおよそ分かった
男は、アスクマンがいるのに気が付かぬほど興奮しており、激しい口調で罵っていたのだ
「あの冷酷そうな男が怯えるほどの人物とはどれ程の者なのか」
好奇心が湧いては来たが、その様な間違いをするほど、《青く》ない。
静かにドアの方に戻ると、静かになるまで待った

「入れ、若造」
件の男が、流暢なドイツ語で話しかけてきた
「失礼致します」
敬礼をすると、軍帽を脱ぎ、彼はその人物に、改めて挨拶した
「私は、中央偵察管理局の……」
その男は、顔を引きつらせながら答えた
「君が《男狩り》をやっている、《褐色の野獣》かね。
兼ねがね話は聞いている。
NVA(国家人民軍)への工作を任されているそうだが……」
彼は驚いた
目の前のソ連人は、唯の軍人ではないのは分かっていたが、同業者であったことに……
「しかし、情けないとは思わんのかね。
対抗手段を作ると息巻いたものの、あれから2か月近く経つのに何も青写真一つ描けていないとは。
大方、色事にでも、現を抜かしていたのかね。
聞くところによると、詰まらぬ《覗き見》や、美男美女を選んで《御飯事》の真似事をして居るそうではないか。
その様な《児戯》で、少佐の地位を得られるとは……」
彼は、男に尋ねた
「貴様、何がしたいんだ」
男はにやけながら室内を歩いて、こう続けた
「さあ、何がしたいと思う」
彼は上着の内側から小型拳銃を取り出す
素早い動きで、男の胸元へ向ける
「ピストルなんか出して、何のつもりだ」
身動ぎ一つせず、男は彼に語り続けた
「俺を恐喝しにでも来たか。小僧」
拳銃を突き付けられながらも、焦る様子はない
彼は不安に駆られた
挑発するように、詰め寄って来た
「貴様のような、《部外者》が何を騒ごうが構わないが、ここをどこだと思っているんだ」
引き金に指を掛けようとした瞬間、彼は気が付いた
自分が、複数に囲まれていることを……
ヘルメットを被り、野戦服を着た完全武装の兵士が、銃を向ける
「お前たち、何のつもりだ」
両目で、自動小銃を構える同僚たちの顔色を窺う
明らかに焦っている
どうやら自分が考える以上の存在らしい
彼は左手で弾倉を抜き取って、高く掲げる
右手に持った拳銃と左手で握った弾倉を、ゆっくりと床に置く
直後、後ろに居る兵士達に羽交い絞めにされた
「やっと話を聞く気になったのだな」
そういうと男は、机の上にあるものを床に散らかし、そこに腰かける
そして語りだした
「NVAの高級将校を逮捕して、軍内部の粛清を進めよ」
ホチキス止めしてある資料を、手で掴み上げる
彼の面前に向かって放り投げる
「これが名簿だ。
罪状は、反乱未遂とでも作って、逮捕しろ。
そうすれば、《俺たち》が《居なくなった》後も、《この国》を、貴様等は、《操縦》出来る」
そういうと、胸からタバコの箱を取り出す
口つきタバコを一本抜き取り、丁寧に吸い口を手で潰す
タバコを口に咥えると、使い捨てライターで火を点けた
どこからか、持ち出した花瓶を灰皿の代わりに使う
「走り出した馬車は、もう止められない。
止めれば、大事故になる」
机から立ち上がり、彼に近づく
顔に、紫煙を吹きかけた
「貴様等が、西ドイツでの工作が成功したのは、ルビヤンカ(KGB本部の所在地)でも話題の種になっている。
その興奮が醒めやらぬ内に、来てみれば、この様な姿だとは、思わなんだ」
顔を背けた彼は、後ろから顔を抑えられ、再度、紫煙を吹きかけられた
「用件は以上だ。即刻失せろ」
締め上げていた手が緩む
飛び掛かろうとした瞬間、後ろから複数の男に、押さえつけられ、床に伏す
「出ていけ、小僧」
再び羽交い絞めにされた彼は、腹部に強烈な鉄拳を喰らい、蹲る
ドアが開け放たれると、兵士達が彼の体を持ち上げる
持ち物と同時に投げ出すようにして、廊下に打ち捨てられた

兵達が出て行った後、静かにドアを閉める
男は無言のまま、室内を歩く
椅子の前まで来ると、後ろに居た禿髪の男の方を向いた
太い額縁の眼鏡をかけた男は、無言で立ち尽くしている
薄く色の付いたレンズは、光が反射しており、目から表情が窺い知ることが出来ないほどであった
「同志シュミット」
ソ連人が、ひじ掛けが付いた椅子に腰かける
顔を上げると、禿髪に声を掛けた
「今日から《暴れろ》」
禿髪の男は絶句している
「本日より、ソ連人として、ドイツ人にどういう立場か、《教育》してやれ」
目に力を入れて、彼の方を睨む
「KGBとして、何をすべきか……。
KGBであるから、何が行えるか。
堂々と、振舞え。
そして、貴様の野望とやらを、見せてみるが良い」
男は、勢いよく返事をすると同時に敬礼する
「了解しました。同志大佐」

 
 

 
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