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冥王来訪

作者:雄渾
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異界に臨む
  潜入工作 その3

その日、ノボシビルスクで何かが起きた
ソ連近海で特殊任務にあたっていた米海軍の《環境調査船》は、一部始終を聞いていたのだ
その情報によるとハバロフスク・ノボシビルスク間の通信量は深夜になって急増し、翌朝にはほぼ絶えた
膨大な通信の内容は、一旦日本国内にある米軍基地から、メリーランド州にある米軍基地へ持ち込まれた
その場所は、米国内の最高機密の一つに当たるNSA(国家安全保障省)の総本部
数千から数万の人員が出入りすると噂されるが、謎の機関
ワシントン官衙に出入りする官吏からは、「何でもないで省」などと冷やかされる部局

対BETA戦では、対人諜報活動は重視されてきたが、通信傍受や分析は、やや疎かにされてきた面は否めない
CIAやFBI(連邦捜査局)と違って、表に出ない秘密の組織。
ここで、何かしらの纏まった成果を出さねばならない。
かつてのブラックチェンバーの様に、無理解な上長や国務長官によって、組織そのものの存続が危うくなりかねない事態も否定できない
《調査船》も立て続けに数隻失われる事態も、この10年来相次いだ
 
軍や情報機関の動きとは別に政府も動いた
深夜、ホワイトハウスに、閣僚が集められる
約半年後に迫る欧州の合同作戦に関して、NSC(国家安全保障会議)の臨時の会合が開かれた
議題となったのは、ソ連軍の動員兵力の実数に関してであった
会議冒頭から、国務長官は、CIAや陸軍省の報告は、ソ連の実働部隊に関して《過大報告》されているのではないかと、詰め寄った
BETA侵攻にあっている状態とはいえ、動員能力に問題があり、報告にあるような大規模兵力をうまく活用できていない
このような状況下において、予定される《パレオロゴス作戦》の主導的立場を取らせるのは、危険だと述べた
無論、反共や戦後の欧州の政治状況の変化を見込んでの発言ではあったが、副大統領やFBI長官もその見解に一定の理解を示した
しかし、国防長官と、CIA長官は、ソ連の戦力は《強大》で、隠匿された部隊が、各衛星国にある状態で、ミンスク以東の東部戦線を任せるには、《十分》との見解を示した
国防長官が恐れたのは、何よりソ連国内の派兵で、貴重な戦力が失われることであった
道路事情が劣悪で、疫病の根拠地の一つである白ロシアやウクライナの平原に、大規模兵力の展開は、世論の反対も多い
将兵の父兄等の理解も十分に得ていない現状
その様な状況での大動員の実施は、厳しいであろう事
かの地で、あの《大帝》や《総統》が数十万単位の将兵を損耗させた《冬将軍》の凄さに、内心たじろいでいる面もあることを彼は否定しなかった
対人戦と違って、BETAとの間には、講和も休戦もない
恐らくソ連が計画している秘密実験、超能力者の意思疎通も失敗する概算が高い
核ミサイルによる飽和攻撃も、光線を出すBETA共の前では無力に等しい
原子爆弾を超える新型爆弾や、高速で移動し全方位攻撃が可能な新兵器でも出来れば話は違うが、それも夢物語であろう
新進気鋭のウイリアム・グレイ博士の下、ロスアラモスの研究所で実験がなされているのは報告に上がっている
カールス・ムアコック、リストマッティ・レヒテ両博士が、《戦略航空起動要塞》計画に、斬新な手法を持ち込んで研究をしてることも把握している

但し、今回の作戦には間に合わぬであろう事
そうすれば、日本が中共で実験した新型兵器を使って、時間稼ぎをしたい
新彊を実験場にし、広大な破壊力と高速移動可能な動力を持った大型機
リバース・エンジニアリングをして分析してみたいが、それを許さぬほどの厳重な警備
日本政府に問い合わせた所、『府中、宮中の別』と言う事で、手出しできなかった
そのような新型兵器をうまく誘い出させるような政治状況を作らねばなるまい
 
深く状況を憂慮する大統領に、FBI長官が、上申した
「閣下、恐れながら申し上げます」
会議に居る全員が振り向く
「日本に対する工作ですが、人質に近しいことができる状況下にあるのです」
項垂れていた顔が持ち上がり、彼の方を向く
「実は、かのブリッジス家の令嬢と、懇意にしている日本人がおりまして。
彼は貴族、なんでも至尊の血族、数代遡ると父方がそれに連なる子孫、と伺っております
彼は、件の令嬢と、朝雲暮雨の間柄、との報告を受けております」
副大統領が、乗り出す
「南部人のブリッジス大佐が、良く、その様な黄人との間の仲を許したな」
彼は、副大統領の方を向いて語る
「いや、その様な報告は受けておりませんので、どの様に思っているのか、解りかねます」
会議の間、黙っていたCFR(外交問題評議会)の重鎮とされる老人が口を開いた
本来、このような人物は、参加すら出来ぬのだが、歴代大統領との《親密な関係》と言う事で、《ホワイトハウス出入り御免》の立場にあった
「つまり、君はこう言いたいのかね。貴族の子弟とブリッジス嬢との間に、子を成させて、それを人質にすると……」
彼は薄ら笑いを浮かべながら老人の方を向いた
「はい。すでに手筈は整っております」
一同が驚愕の声を上げる
CIA長官は厳し顔つきになると、彼に向かって、面罵した
「貴様がそれほどまでに恥知らずだとは思わなんだ。
人間の顔を被った悪魔とは、貴様を指し示すにふさわしい」
興奮した男は、立ち上がって彼を指差し、罵倒し続けた
「純粋な人の恋路を邪魔して、剰え政治の道具にするとは、人非人という言葉ですら生ぬるい」
赤面した顔で、男はなおも続ける
「ラマ僧に聞いたことがあるが、仏教においては、六つの世界があり、餓鬼道、というものがあるそうだ。
貴様の政治的貪欲さは、いくらこの世の物を喰っても満たされない餓鬼、その物。
もし貴様より先に死んだ場合は、地獄で待っていてやる。
そして二度と輪廻転生から外され、牛馬の姿以下にするよう、閻魔に願い出てやろう」
FBI長官は、涼しい顔をして、男の方を向いていった
表情の割に、彼の顔面は蒼白となり、額から汗が流れ出る
「脅しですかな。まあ貴方も私も善人ではありますまい。
寧ろ女一つで、兵乱なしに、日本のような国家を左右できるのであれば、掛かる費用としては安かろうと思います」
「また例の貴族は、戦術機の技術将校と聞き及んでいます。ボーニング社のハイネマンの弟子筋になるとの話もあります」
副大統領は、右手で勢いよく机を叩いた
机の上にあるティーカップや、灰皿が揺れる
「お前たち、いい加減にしろ。
ここに居る人間は大なり小なり、《汚れた仕事》に関わって来たではないか。
違うか。
未だ続けるなら、貴様らが地獄に行った後にしてくれ」
そしてFBI長官の方を向いて、訪ねた
「其の貴族をして、米国に例の新兵器の情報を入れさせるというのか」
副大統領に尋ねられた彼は、深く頷いた後、こう告げた
「ほぼ準備は、万端です」
全員で大統領の方を向く
まるで儀式のような場面で、副大統領が尋ねた
「閣下、ご決断をお願いしたします」
大統領は、決裁書を一瞥する
筆を取ると、慣れた手つきで花押を書き、それを脇に立つ補佐官に渡した
補佐官から、決裁書が回される
継承順位に沿って副大統領、国務長官と数名の閣僚が続けて署名した
署名し終えるのを見届けると、正面を向いた
「すべては私の責任だ。処務は諸君等に任せる」
そう言い残すと、席を立ち、会議場を後にして、執務室の奥へと消えていった
 
 

 
後書き
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