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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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疾走編
  第二十九話 新任務

宇宙暦791年4月28日11:00 バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス、自由惑星同盟軍統合作戦本部ビル ヤマト・ウィンチェスター

 「よお!ウィンチェスターじゃないか!久しぶりだなあ、元気か?」
「…ガットマン大尉!」
「はっは、今は少佐さ。君ももうすぐだろ?ご活躍ぶりは聞いているよ」
「ご活躍とか…そんな大層な事はしてないですよ」
「ご謙遜だな。今日はどうしたんだ?君はEFSFだろ?転属か?休暇で帰って来たのか?」
「向こうで休暇取ってたら、呼ばれましてね。所属はEFSFのままですよ」
「そうなのか。で、どこに呼ばれてるんだ?」
「参事官室です」
「参事官室?…ああ、キャゼルヌ大佐のところか。二十階だ。しかし、エル・ファシルからわざわざ呼びつけるなんてな。往復何日かかると思ってるんだ?意地が悪いにも程があるな」
「ハハ…少佐はどこに所属されているのです?」
「俺か?俺はまだ第二艦隊にいるよ。巡航艦の副長やってる。今日は艦隊司令部に文句いいに来たのさ」
「なるほど、それでこちらへ」
「色々たまってるからな。呼び止めて悪かった、無駄話はこれくらいにしといた方がいいな、早く行った方がいいぞ。参事官、なんて人種は時間にうるさいからな」
「はい。暇をみてまた連絡しますね」
「おう、飲み行こうな」

 懐かしい人に会ったな。カヴァッリ大尉の近況でも教えてあげればよかったか?…教えたところで複雑な顔するだけだな、やめておいてよかった。しかし…休暇の中日に呼び出すとか気が狂ってるな。敵だけならともかく、上司までこっちの都合はお構い無しなんだよなあ。『可及的速やかに出頭せよ』だと?ガットマン少佐の言う通りだ、キャゼルヌ大佐もFTL(超光速通信)で済ませればいいのに。

 「ウィンチェスター大尉、入ります」
「おう、座れ座れ。しばらくぶりだなウィンチェスター」
「ご無沙汰しておりますキャゼルヌ大佐。今日はどういったご用件ですか?」
「おいおい、そうかしこまらんでもいいさ。来たばかりで任務の話をするのもアレだろう?コーヒーか?紅茶か?」
「コーヒーをお願いいたします。かしこまらんでも、と言われましても、プライベートじゃないんだからかしこまっちゃいますよ」
「はは、まあそれもそうだな。どうだ、元気でやっていたか」
「おかげさまで。なんせ上官に恵まれていますからね。ご存知の通り今はEFSF艦隊司令部ですが、六月以降は同じEFSFの分艦隊司令部所属になります」
「ほう。分艦隊所属が格落ち、とは言わんが、何かあったのか?」
「ビュコック提督が栄転なさるんで、現在の分艦隊司令のお一人が艦隊司令官に昇格なさるのですが、分艦隊司令のポストに艦隊司令部の私の上官が行くんです。そこでお互い司令部を入れ替えることになりまして」
「そうか。まあ気心の知れている同士の方が楽だからな。だが、弊害もある」
「何故です?」
「他人の考え方が判りづらくなるからさ。それに、同じチームで長く組むと物の見方が狭くなりがちだ。役割も固定されるから誰かが抜けた場合替えが利かなくなる事も多い。まあ、そこは考えた上でやっているんだろうが」
「なるほど…確かにそれはそうですね。だからという訳じゃないんですが、ニューフェイスが欲しいんですよ。フォーク…アンドリュー・フォークを呼ぼうかと思いまして」
「フォークか。本人には話したのか?」
「いえ。士官学校をでた後は連絡を取っていませんので、現所属も知りません。ご存知ですか?」
「知ってるも何も、このビルにいるよ。作戦情報科だ。おっと、この後行こうなんて思うなよ」
「元気ですか、奴は」
「元気だよ。昨日もウチに来たな。あいつ、ウチの家内(やつ)のミートパイがお気に入りなんだ。お前さんもそうだが、やはり首席は伊達じゃないな。いい話相手だよ。この間なんて、ヤンを三次元チェスでコテンパンにして鼻息荒くしてたな」
「はは、ヤンさんは三次元チェスど下手ですからね」

 フフフ、いい傾向だ、闇落ちフォークは回避されそうだな。ヤンさんとフォークが三次元チェスか…見てみたいもんだ。
「そうだな、ヤンと言えば…というか、今回お前さんを呼び出した件なんだが」
「…真面目に聞いた方がいいですか?」
「まだ真面目にならんでもいい。これからお前さんに会ってもらう方がいる。まもなく、来るはずだ」
「どなたです?」
「それは言えん。来れば分かるさ」
なんだなんだ?非公式、ってやつか?
「お、一一四〇になった。お前さんとの業務調整の面談時間は終了だ。現時刻以降、お前さんはこの部屋にいない事になる。ビル立入のパスがあるだろう、渡せ。こちらで返しておく」
「…えらく大袈裟ですね」
「機密保持のためさ」
キャゼルヌ大佐がどこかに電話して、それが終えると……あれ?部屋を仕切っているパーティションの向こうから…俺が出てきた…??
「すごいだろう?彼はお前さんに似せたマスクを被っているんだ…オイ、パスを返したら時間をずらして戻ってこいよ」
もう一人の俺は右手を軽く挙げると参事官室を出て行った。しかし…いつの間に俺の顔のデータなんて採ったんだ?おっかねえ組織だぜ…
「そろそろ来るぞ。ここからは大真面目だ」
「了解しました」

 参事官室に入ってきたのは、壮年で黒い肌、高身長の、いかにも軍人という風貌の中将だった。
「凝った趣向で申し訳ないな、ウィンチェスター大尉。ああ、敬礼はいい、シトレだ。よろしく」
「ウィンチェスターです。…すみません閣下。大佐、これは…」
「シトレ閣下が大将に昇進なされた後、私は閣下の次席副官になる事が内示されている。今日はその次席副官の任務内容について教えて下さるという事で、わざわざ閣下が時間を割いて下さったのだ。よって君がここに居る筈もないし、君が閣下と話す事も私の預かり知らぬ事だ。聞こえてはいるが聞いてはいない。いいな?」
「…了解しました。私はここに居りません。よって中将閣下と話す筈もありません」
「よし。…閣下、お願いいたします」
「大佐、ありがとう。…済まんな大尉、君を呼んだのは私なのだ。八艦隊司令官の私がEFSF所属の君を呼びつける理由も権限もないものでね。君やキャゼルヌ大佐の交遊関係を利用させてもらった。呼ばれた理由は、分かるかね?」
「口にしてもよろしいのでしょうか?訳知りはあまり居ない方がいいのではないですか?」
「構わない。君も当事者の一人なのでね」
「…先日の麻薬密売の件、ですか」
「そうだ」
「お言葉ですが閣下、私が当事者の一人というのはどういう事でしょうか?確かにビュコック提督に進言もしましたし、捕らえた艦隊司令官の聴取も私が行いました。それだけで当事者と仰るのはいささか…」
「心外かね?」
「はい」
「聴取の映像記録を見せて貰ったよ。私だけじゃない、統合作戦本部長、宇宙艦隊司令長官、後方勤務本部長、各艦隊司令官達でだ」
「はい」
「あの聴取で君は、カイザーリング帝国中将は麻薬密売の犯人ではない、と推論を述べていたな。誰かを庇っているのではないかと」
「はい。目の前にいたカイザーリング帝国中将は穏やかで聡明そうな方でした。とても麻薬密売を行っている様には見えなかった。今思うと根拠としては薄弱ですが」
「…私には君が全てを知っていて話しているように見えたがね」
「聴取で述べた通りです」
「フフフ、まあいい。麻薬密売も厄介だが、話し合いの結果、もう一つ厄介な問題が浮上した」
「麻薬だけでなく、情報も扱っていたのではないか、という事ですね。親切な先輩が教えてくれました」
「そうだ。それであの件を更に深く追及せねばならなくなったのだ。麻薬密売については判明している。主犯はクリストフ・フォン・バーゼル。カイザーリングの旧友だ。彼の艦隊の補給担当参謀でもある。まあこれは君の聴取で判った事だから君も当然知っている。問題はこの後だ。麻薬と金塊以外、物証がないのだ。投降したカイザーリング艦隊の艦艇を全て調べたが、何もない。ヴァンフリートⅣ-Ⅱの生産プラントに居た同盟側の人間についても背後を追えていない。そこで、核心をつく事にしたのだ」
「核心ですか?」
「バーゼルの妻、ヨハンナだ。彼女を亡命させる。彼女はバーゼルの金庫番だ。情報も握っている。意外な事にカイザーリングもバーゼルも協力的だ、司法取引というやつだな。君にはヨハンナの亡命の手引きをやってもらう」
「…なぜ私なのですか?」
「カイザーリングからのご指名だよ。若さに似合わね冷静さ、その落ち着きっぷりを気に入ったらしい。聴取の時の印象が良かったんだな。信頼出来そうな者に頼みたいらしい。でないとこれ以上は協力出来ないと言うんだ。事が済めば君と友達になりたいそうだ」
「友達、ですか。…司法取引、という事は皆亡命、という事で落ち着く訳ですか」
「そうだ。誰も損しないからな」
「損をしない?麻薬密売の件も発表しない、と?」
「公表はする。我が軍に不届き者がいた、という形でだ。実際にそうだろうからな。どのレベルまで追及するか、というのはまだ決まっていないし分からない。決まっていないからこそ核心を手に入れなくてはならないのだ」
「拒否は出来ないのですか」
「出来ない。君にはフェザーンに行ってもらう。たしかキンスキーグループのご令嬢と婚約していたな?
婚前旅行という訳だ、羨ましい事だ」
「…彼女を、キンスキー兵曹を巻き込んだのですか」
「巻き込んだ訳ではない。表向きは全くそうだからな。軍の福利厚生のパターン採取に協力、任務は君との旅行、という事になっている。後方勤務本部からの要請だ、彼女は喜んでいたそうだよ」
「フェザーン駐在の高等弁務官府へは」
「行ってはならない。当然ながら、彼等にも知らされていない任務だからな。あくまで旅行だ。任務の人選は君が行いたまえ。必要な物はキャゼルヌが用意する。以上だ」

 シトレ中将は出て行った。入れ違いにヤンさんが入って来た。
「先輩、あのマスクの臭さ、何とかならなかったんですか。知ってて私に被らせたんでしょう?」
「お久しぶりです、ヤン中佐。私役は中佐だったんですね」
「そうだよ。久しぶりだね、ウィンチェスター。…ちょっと、シャワーに行ってきます、じゃあ、また後で。ああ、臭い」
ヤンさんは青い顔をしながら参事官室を出て行った。
「しかし、エリカまで巻き込むとはひどいじゃないですか」
「仕方ないだろう、他に思い付かなかったんだ。何しろお前さんを指名したのはカイザーリング氏だからな」
「でしょうけど…でも、自分の妻なんだし、そこはバーゼルが頼み込むのが筋じゃないですか?」
「中将によると、バーゼルは亡命後のこちら側での身の振り方にしか興味がないらしい。健気だよ、カイザーリング氏は」
「今更ですが、大佐も調査に協力しているのでしょう?預かり知らぬ事だ、とかカッコつけてましたけど」
「非公式の内容だからな。参事官、ってやつは何でも屋みたいな物なんだ。橋渡し、オブザーバー、助言者的立ち位置さ。これでも俺は人徳、人望がある方だからな、こういった任務も手伝わなきゃいかん、という訳だ。ところでお前さん、今日は泊まる所はあるのか?宇宙港から直接来たんだろう?」
「誰にも内密で、という事でしたからね。エリカにも知らせてませんし」
「じゃあ、今日はウチに泊まれ。皆を呼んで一杯やろうじゃないか」 
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