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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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疾走編
  第二十八話 余波

宇宙暦791年3月17日11:30 ヴァンフリート星系外縁部、EFSF旗艦リオ・グランデ
パオラ・カヴァッリ

 私達司令部の皆は、帝国のカイザーリング中将の事情聴取を別室から見ていた。
あの子…やっぱり只者じゃないわ。
ただ事実と想像を淡々と喋っているだけ。なのにカイザーリング中将は追い込まれた。有無を言わせない、というか、全て知っている様な話し方。終わった後、嫌な役目だ、ってあの子言っていたけど、嫌な役目の割にはかなりサマになってたわよ。そのうち味方でよかった、って思う日が来るのかもね。


791年3月25日12:00 エル・ファシル星系、エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地
EFSF地上司令部 ヤマト・ウィンチェスター

 昇進だ。昇進日はもう少し先だけどビュコック提督、ピアーズ司令、マクガードゥル司令、そしてシェルビー大佐、イエイツ少佐、カヴァッリ大尉、オットー、そして俺。
ビュコック提督は中将に昇進、第五艦隊司令官に任命される予定だ。ピアーズ司令は少将に昇進、エル・ファシル警備艦隊司令官に任命される予定で、マクガードゥル司令も少将に昇進、EFSF副司令官になる。
シェルビー大佐は准将へ、そしてEFSFの分艦隊を任される。イエイツ少佐は中佐へ。カヴァッリ大尉も少佐に。オットーも少佐になって、そのままビュコック提督の副官として、提督と一緒に第五艦隊へ。そして俺も少佐になる。 
いやあ、早い。二十一歳で少佐か。ヤンさんと変わらんな。しかし、ビュコック提督もオットーも居なくなっちゃうのか…。カヴァッリ大尉もオットーと離ればなれになるし寂しいだろうな…。
そういえば、提督は副司令官を置かなかったな。今度はマクガードゥル司令が分艦隊司令兼任で副司令官になるんだけど、副司令官って、置いても置かなくてもいいものなんだろうか?シェルビー大佐も司令部から抜けるし、誰か補充が来るんだろうか?
 
 「ここに居たのか。君はいつも食堂にいるな」
「あ、イエイツ少佐」
「休暇の支度は済んだのか?」
「休暇といっても、どこか行く訳でもないし…それよりまだレポートが終わってないんですよ」
「レポート??…ああ、課題答申か。そんなの国防委員会教育部の資料集から丸パクリでいいんだよ」
「え?それでいいんですか?」
「良い訳ないだろう。ちょこちょこ文言を弄くってだな…」
「イエイツ少佐。前途有望な若者にズルを教えてはいかんな」
「シ、シェルビー大佐…」
「私も交ぜてもらっていいかね?」
「あ、はい」
「どうぞどうぞ」
「ありがとう。いきなりだが…二人共、私の下に来ないか?」
「シェルビー大佐の下と言うと…分艦隊司令部ですか?」
「そうだ。六月一日付で皆昇進だ。もう知っているだろうが、私も昇進と同時にこの艦隊の分艦隊司令になる事が決まっている。そしてピアーズ司令が新エル・ファシル警備艦隊司令官になるわけだが、ピアーズ司令は今の分艦隊司令部の面子をそのまま艦隊司令部に持ってくるらしい。となると私が分艦隊司令となっても参謀がいない事になる」
「確かにそうですね…でもピアーズ司令が自分の参謀を連れて来ると言う事は、私やイエイツ少佐は自然に大佐の下に移るのではないのですか?」
「いや、参謀の数に定数は無いんだ。だから、君達はそのままここに残る事になる」
うーん…ピアーズ司令の事嫌いじゃないし、彼の参謀達もいい人達なんだけどなあ…
「ピアーズ司令はイケイケだが常識人だし、いい指揮官だと思っている。彼の下で働くのは決して悪い話ではない。だが分艦隊の参謀を引っこ抜かれるのは少しやり辛いものがある。このままだと本隊の司令部機能は強化されるが、私も新任、参謀も新任では私の率いる分艦隊の司令部機能は半減以下だ。私だけ行って他所から新しい参謀を引っ張ってくるとなると尚更だ。どっちみち機能低下、というのなら少しでも気心の知れている者の方ががいい。どちらかでも来てくれると助かるのだが」

 確かにシェルビー大佐の言う事は尤もだ。ハイネセンにいる正規艦隊ならともかく、最前線(こ こ)じゃそんなに再編成に時間はかけられない。
「なるほどなあ。確かに司令部がみんな新任じゃ分艦隊のクセも分からない。どうせ分からないなら勝手のわかっている人間同士の方がいいですよねえ。私は行っても構いません。どうする、ウィンチェスター?」
「私も同様です」
「そうか。二人共ありがとう。いや助かった。でも本当にいいのか?しばらく休養に入るから、返事はその後でもいいんだが」
「構いません、どうせなら慣れ親しんだ上官のほうがいいですからね」
「そうですね、私もその方が気が楽です」
「そうか。いや、本当にありがとう。ところで休養中は二人共実家に戻るのか?」
「はい、しばらく家内や子供にも顔見せてないんでジャムジードに戻ろうと思います」
「私はエル・ファシルに残ります」
「いいのか?移動時間は休暇日数と別枠だから気にせんでいいんだぞ?」
「休暇日数よりハイネセンとの往復日数の方が長いんじゃ、休んだ気がしませんよ。それより、呼べるなら呼んで欲しい奴がいるんですが」
「ほう、誰だ?」
「後輩なんですが、アンドリュー・フォークという奴です。少し気難しいですが、優秀ですよ」
「今はどこにいるんだ?」
「士官学校出てから連絡とってないんで、調べておきます」
「了解した」

 艦隊は先日の戦いで受けた損害を復旧する為に人員補充と修理、休養に入る。ピアーズ、マクガードゥル分艦隊はまだ哨戒中だが、我々の穴埋めをするために第三艦隊がエル・ファシルに来るそうだ。
大佐にはああは言ったけど、実際はハイネセンに帰るかどうか迷った。ヤンさんやキャゼルヌさん、エリカやマイクにも会いたいし、たまには親にも顔見せないと文句言われそうだ。
でもなあ、往復で移動に四十日、休暇は二週間、二ヶ月近く艦隊から離れるのは正直気持ち悪い。オットーやカヴァッリ大尉の引っ越しの手伝いでもしてた方がよほど有意義だ。エリカ、ごめんな…。
「ウィンチェスター大尉、FTL(超光速通信)が入っています。相手の方はキャゼルヌ大佐と名乗っておられます」
「了解した、自室で受ける」

 “よう、元気そうだな。中々の活躍ぶりじゃないか”

「お久しぶりですキャゼルヌ大佐。大佐になられたんですね、おめでとうございます。お元気ですか?活躍も何も、言われた事をこなしているだけですよ」

“こなしているだけ、か。それが出来る奴は優秀なんだ、という事はやはりお前さんは優秀な人間だ。…そんな事はどうでもいい、そのこなしているだけ、の事でハイネセンは大揺れに揺れてるぞ。…秘匿装置は入れているか?”

「…オンにしました。何かあったんですか?」

“お前さんの所のビュコック提督が昇進して第五艦隊司令官になるのは知っているな?ああ、昇進おめでとう”

「ありがとうございます。知っていますよ。オットーも昇進して提督と共に第五艦隊に行きます。それが何か?」

“お前さん達と同日付で第八艦隊のシトレ中将が大将に昇進、宇宙艦隊司令長官代理に任命される。第一艦隊のロボス中将も大将に昇進だ。ロボス中将の後任はクブルスリー少将、少将も同日付で昇進、中将、艦隊司令官だ”

「そうなんですか。でも何故そこに私が関わって来るんです?」

“麻薬密売の件だ。統合作戦本部長と宇宙艦隊司令長官が辞任する。表向きは勇退だ。同時に辞めるとなると色々勘繰られるから、先に宇宙艦隊司令長官が病気療養を経て勇退される”

「本当ですか!?」

“だから秘匿回線に切り替えたんだ。軍が麻薬密売に関わっているかはまだ分からんが、利用されたのは確かだ。下手すると後方勤務本部長もクビが飛ぶ。国防委員会も他人事ではいられない”

「何故です?」

“売り買いが麻薬だけじゃない事も考えられるからな”

「…情報、という事ですか」

“そうだ”

「でしたら、再度聴取しましょうか?まだ彼等はエル・ファシルで移送準備中です」

“だが既に憲兵隊に引き渡したのだろう?お前さんがどういう権限で再度聴取するんだ?”

「…確かに仰る通りです」

”この件はすぐには公表されない、お前さんももう関わらない方がいい。ビュコック提督やお前さん達の昇進も帝国艦隊を撃破し、帝国艦隊司令官を降伏させたから、というのが表向きの理由だからな“

「公表されない…何故ですか?サイオキシン麻薬ですよ?」

“現時点では、だ。何らかの結果が出れば公表する、と俺は聞いている…今公表してみろ、何も分からない今の時点ではマスコミのいい的だぞ”

「…そうですね」

”国防委員会も軍も、その降伏した帝国艦隊の人間達の取り調べが終わるまではこの件については何も出来ないんだ。推測で物は言えんからな。とにかくだ、もう関わるんじゃないぞ。じゃあな“



791年3月25日12:20 エル・ファシル星系、エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地
EFSF地上司令部 オットー・バルクマン

 「キャゼルヌ大佐との話、長かったな」
「なんでオットーが通信先を知ってるんだ?」
「オペレータが教えてくれたのさ。元気だったか、キャゼルヌ大佐は」
「元気そうだった。面倒な事聞かされたよ」
「…今回の人事の件か?」
「なんだ、知ってるのか?」
「そりゃあね。副官やってれば知りたくない事も知らされるさ。マイクの奴は、こういうのと無縁なのかな」
「第五艦隊に行きたくないのか?」
「そういう訳じゃないよ。光栄な事さ、ビュコック提督の副官を続けられるんだからな…キャゼルヌ大佐、シトレ中将とロボス中将の事、何か言ってたか?」
「…二人共昇進する、昇進と同時にシトレ大将は宇宙艦隊司令長官代理に任命される」
「そうか、それだけか…」
「何か、あるのか」
「派閥争いさ。今回の麻薬密売の件で、シトレ中将を頼っただろう?結果、中将を通じて上には報告されてる。本来ならウチから直接報告しなきゃいけない事だ。そして、結果だけ言えばシトレ中将は宇宙艦隊司令長官代理になる。それを面白く思わない人がいるって事さ。お前の事だ、これだけ言えば誰だか分かるだろう?」
「ロボス中将…」
「名前は出さなくてもいいさ。さっき超光速通信(FTL)で嫌味を言われたよ。ああ、言われたのは俺じゃないけどな。横で聞いてて腹が立ったよ」
「そうなのか…」
「それで回線がもう一つ使われているのに気付いたのさ。オペレータに聞いたらお前だった、って訳」
「なるほどなあ」
「艦隊司令官達は皆集められて聴取の記録映像を見せられたそうだよ。統合作戦本部長、宇宙艦隊司令長官、後方勤務本部長も同席の上でな。勿論、持ち込んだのはシトレ中将だ」
「モグラ探しか?」
「基本的にヴァンフリートⅣ-Ⅱの補給基地建設の事を知っているのは彼等だけだからな」
「でもロボス中将だって昇進するんだから……ああ、シトレ中将が司令長官代理になるのが気に食わないのか。ビュコック提督が力添えしたと思われているんだな?」
「そういう事さ」 
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