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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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疾走編
  第二十七話 全てを知る者

宇宙暦791年3月17日10:00 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅧ、
EFSF旗艦リオ・グランデ ヤマト・ウィンチェスター

「報告します。ピアーズ分艦隊、九百二隻。うち、修理を要する艦艇三百七十二隻。マクガードゥル分艦隊、八百七十五隻。うち、修理を要する艦艇二百八十隻。本隊、千八百四十六隻。うち、修理を要する艦艇五百六十八隻。降伏した帝国艦艇、千二百四十六隻。うち、自力航行可能な艦艇は八百三十三隻です」
「…激戦じゃな。味方の損傷艦艇のうち、応急修理で戦力発揮可能な艦艇はどれ程かの」
「はっ…九百八十隻です。すでに応急修理は開始されております」
「うむ。イエイツ少佐、応急修理の終わった(ふね)からピアーズ、マクガードゥルの両分艦隊に回せ。二人には再編成終了後報告せよと」
「はっ。了解いたしました」
「シェルビー大佐、艦隊陸戦隊を帝国艦艇に移乗させろ」
「了解しました。砲口は塞がせますか?」
「無論じゃ。暴れられては叶わんからのう」
「そうですね。既にエル・ファシルにはこちらに捕虜迎えの輸送艦と補給艦を寄越すよう、手配済みです。航行不能な帝国艦艇ですが…」
「可哀想じゃが、沈める。…捕虜がこの場を去ってからじゃ」
「了解しました。輸送艦と共に後送する損傷艦艇の指揮ですが、どうなさいますか」
「君に任せよう」
「ありがとうございます。エル・ファシル到着後、ただちに修理にかかります。…まもなく敵艦隊の司令官が到着します」
「了解した」

 うむ。何もする事がない。戦闘中も休息について進言したくらいで何もやってない。やっぱり出来る人の下にいると楽だなあ。将来のヤン艦隊もこんな感じなんだろうか。ヤン艦隊の司令部のみんなは座って戦況を観てたしな。あれはかなり羨ましい。
シェルビー大佐は後送する損傷艦艇と捕虜を連れて一足先にエル・ファシルに戻るし、イエイツ少佐はその損傷艦艇の修理の為の書類作成と、各艦から上がってくる補給要望の振り分けに入っている。
俺は…俺は?
「ウィンチェスター大尉」
「はっ」
「戦闘記録の作成を頼む。カヴァッリ大尉に手伝って貰うように」
「了解しました」
「あと、敵艦隊の司令官が到着したら、引見を頼む。要領はもう解っとるじゃろ?」
「了解しました。ですが、私などでは階級が釣り合わないのではないのでしょうか?」
「無論、儂も会う。その後じゃ。本当に麻薬密売に関わっとるのか調書を取らねばならんでな。関わっとらんのであれば亡命という形も認められようが、関わっとるのであれば、捕虜にもなれん。犯罪者じゃ。憲兵隊に引き渡さねばならんでの」
なるほど、そういう事か。
「了解いたしました。必要な資料を揃えて尋問の準備をいたします」
「うむ。哨戒第一配備とせよ。一配備ではあるが交替で休息も可とする」
「了解いたしました」


3月17日10:45 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅧ、EFSF旗艦リオ・グランデ
ヤマト・ウィンチェスター

 大体、資料は揃ったな。そうだよな、本当に麻薬密売なのかどうか調書を取らないといけないよな。
しかし…ソバとかないもんかね?チャチャっと何か食べたいんだ、腹減ったんだよ…。食堂で資料整理したのもその為なのに。戦闘糧食(レーション)じゃカロリーは取れても腹は膨れないからな、調理員長に何か作ってもらうかな…しかし、いい匂いがするな…。って!
「資料集め、進んでる?」
「カヴァッリ大尉…何食べてるんですか?」
「ヌードルよ。レトルトだけど」
「…余分、あります?」
「残念ね。最後の一つ、オットーにあげちゃったわ」
「……」
くそ…リア充どもめ…。おろ?旗艦副長のネルソン少佐が血相を変えてこっちに来るぞ?
「ここに居たかウィンチェスター、やはり奴等は黒だ。帝国艦艇に移乗した陸戦隊から報告が上がって来ている。サイオキシン麻薬の常習者と思われる乗組員が一人や二人じゃないそうだ。中には禁断症状から暴れ出した者もいるらしい。艦長が、提督に報告するのはウィンチェスターだから先に知らせろと言ってくれたんだ。後でお礼言っとけよ?…邪魔したな、じゃあな」
ネルソン少佐は何かまずいものでも見たような顔をして行ってしまった…。
「副長、あたし達の事勘違いしてるみたいね」
「そのようですね…秘密は完璧に守られているようで結構な事です。では行ってきます」
「頑張ってね」

 間に合った間に合った。
既に会議室には警備の陸戦隊員と共に帝国艦隊の司令官が連行されていた。
「自由惑星同盟軍少将、エル・ファシル警備艦隊司令官、アレクサンドル・ビュコックです」
「男爵、帝国軍中将、第359遊撃艦隊司令官、ミヒャエル・ジギスムント・フォン・カイザーリングです」
「カイザーリング中将、降伏して下さって本当にありがたかった。戦争をしておってこんな事を言うのも妙ですが、無駄な人死は避けねばなりませんからな」
「真にその通りです。あのような無様な戦をしてしまい、死んでいった者達には申し訳ない事をしたと今更ながら痛感しております。私個人はどのような処遇でも構いません。部下達にはどうか…」
「それは分かっています。ですが、中将を含めあなた方の処遇を決める前に、二、三お聞きしたい事があります」
「それは…」
「質問については、ここにいるウィンチェスター大尉が担当しておりますので、彼から質問させていただきます。飲み物や食べ物、休息などは全て彼に申し出ていただいて結構です。では、また後ほど」

ビュコック提督は会議室から出て行った。カイザーリングに付き添っている陸戦隊員が再度、彼のボディチェックを行った。
「参謀殿、異常ありません。我々は外に控えておりますので、もし何かありましたら、このブザースイッチを押してください。直ぐ駆けつけます。では」
陸戦隊員はカイザーリング氏に聞こえるようにそう言うと、彼を一瞥して出て行った。
「ヤマト・ウィンチェスター大尉と申します。若輩ですがよろしくお願いします」
「カイザーリングだ。答えられる事には答えるし、答えたくない事には答えない、いいかね?」
「それでは閣下のお立場が悪くなりますが、よろしいですか」
「構わない。部下の命さえ助けてもらえるなら、私はどうなっても構わないのでね」
うーん…カイザーリング艦隊…。外伝ちゃんと読んでおけばよかったな。この人麻薬密売やってるようには見えないんだよな。悪役面をしていないというか…アニメだと悪役は分かりやすいんだよ。
「なぜ、この星系に?」
「戦争をしているのだ、君達は叛乱軍だろう、我々がその叛乱軍を討伐しようとするのは当たり前だろう?」
「確かにそうですね。ですがあなたは我々の二つの分艦隊を確認したにも関わらずこのヴァンフリートに向かっている。あなたの(ふね)の戦闘記録を調べましたのでそれは判っている。なぜです?」
「確かに確認はした。だが千隻程度の艦隊が二つだ。その二つがお互い反対方向に急速反転、つまり逃げ出した。私はそれを擬態だと思った。こちらの艦隊に、逃げたどちらかを追わせる為ではないかと思ったのだ」
「それで」
「逃げた方向のどちらかに本隊が控えていて、我々がどちらかを追うと反対側に逃げた敵がまた反転して来て我々の後背を衝くのではないかと思った。二つの艦隊がそれぞれ別の所属の艦隊で、どちらにも本隊がいる可能性もあると考えた。ならばヴァンフリートには敵はいないだろうと踏んだのだ。ここは戦い辛いからな」
なるほど。考えはおかしくない。…そうだ、アルレスハイムで負けて、愚将って烙印を押されて少将に降格させられたんだ。そして退役…キルヒアイスが出会ったんだ。そしてこの人は全然愚か者ではないって印象を……そうだ、バーゼルが居た!
「そうですね。閣下の立場ならそう考えてもおかしくはない。しかし我々がいた」
「そうだ。だから我々は君達の撃破にかかった。嵌められたと思った。ティアマト方面とアルレスハイム方面にそれぞれ逃げた艦隊が我々の後背を衝く、君達と挟撃するつもりだと。ならばこちらは六千隻、前面の君達は二千隻だ。前進して君達を撃破、反転して二つの艦隊を撃破、充分勝算はあると思ったよ。君達全部合わせても四千隻だからな」
「そうですね。閣下の判断は正しい。ですが、閣下は艦隊を二つに分けられた。こちらから見ると、それは無秩序な二つの集団に見えました。ああも無秩序に前進しては勝てる戦いも勝てないと思うのです。最初の見通しは外れたが、こちらの策に嵌まった後も閣下は冷静に状況を見ておられた。そんな閣下が艦隊を無秩序に前進させるとは思えないのです。艦隊の行動が無秩序になる、何らかの理由があったのではないですか?」
「…私が艦隊を制御出来なかっただけだよ」
「閣下は勝てると思ったのでしょう?ならばそれを艦隊に示達したはずです。味方の数も多い、普通に考えれば、閣下のご意志に従えば勝てると艦隊の皆も思うでしょう。ですが現実は違った。私はこう思っています、閣下が最初に仰った事も、今仰った事も、後付けの理由ではないかと。最初から何かの目的があってこのヴァンフリート星系に来たのではないかと。その目的が露見する事を恐れた結果が、あの無秩序な艦隊行動になったのではないかと」
「……」
「まあ聞いてください。まず、閣下と話した印象ですが、失礼ですが閣下は愚かな方とは思えません。聡明で、いくらでも理路整然と装う事の出来る方だと思いました、装いたくなくてもね。…話を戻します、我々はヴァンフリートⅣ-Ⅱに極秘の補給基地を建設中でした。勿論極秘ですから、我々は知りませんでした。知っていたのはビュコック提督だけでした。本来なら、我々の艦隊はここに来るはずではなかったのです。提督の副官の進言により、ヴァンフリート星系を哨戒を兼ねて調査しようという事になった」
「…何故だね。ここは君達の領土なのだから、調査など必要ないだろう」
「データが古すぎたのです。同盟建国当時のデータしか無かったのです。ここは同盟の領域とはいえ、イゼルローン回廊のすぐ傍で、いわゆる係争地となっています。そんな危険な所を落ち着いて調査しよう、なんて出来やしません。同盟でも民間人はここまで来ませんし、戦い辛い場所だから放置されていたのですよ。副官の進言は尤もなものでした。地の利を得るためです、と。ビュコック提督としては極秘だから此処には近づきたくなかったろうが、副官の言う事が至極全うだったためにその進言を採らざるを得なかったのです」
「……」
「ヴァンフリートⅣ付近で金塊の詰まった帝国規格のコンテナを発見しました。更にⅣ-Ⅱで見つけたのは
サイオキシン麻薬とその生産プラントでした。極秘なのをいい事に不正、しかもサイオキシン麻薬の密売を企んでいる者が居ると我々は判断しました。生産者は当然売り手です。となると買い手が居なくてはならない。そこに閣下の艦隊が現れたのです。これは偶然でしょうか」

 カイザーリングは俯いていた。肩も少し震えているようだ。…そうだ、バーゼルとヨハンナだ。カイザーリングの初恋の人、ヨハンナ。彼はヨハンナをずっと愛していた。しかし彼女はバーゼルの妻になった。バーゼルは麻薬密売に手を染めた。しかもバーゼルはカイザーリング艦隊の補給担当だ。カイザーリングの初恋の人が自分の妻、しかもカイザーリングが今もヨハンナを愛している事をバーゼルは気づいていたのだろう、何かあってもヨハンナへの愛情から自分を庇う事も分かっていたのだ。
完璧に思い出した。全部知ってるって怖いな。ちょっとカイザーリングが可哀想になってきたよ。
「…まさか、叛乱軍に露見するとはな。そうだ、我々が買い手だ」
「我々、と言いましたね。他にも共謀者がいるのですか」
「…いや、私だけだ」
「麻薬犯罪、特にサイオキシン麻薬に関わる物は重罪です。これは両国共通の筈です。私には、聡明な閣下がこの犯罪に手を染めたとは思えませんが」
「いや、他にはいない。私が計画し、私が実行した」
「…投降した閣下の艦隊の全ての人々の処遇に関わる事です。本当に、それでよろしいのですか」
「……それは」
「話してください」
嫌な役目だな、全く。
 
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