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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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疾走編
  第二十六話 ヴァンフリート星域の遭遇戦

宇宙暦791年3月16日05:30 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ
ヤマト・ウィンチェスター

 「提督、マクガードゥル司令よりFTL(超光速通信)が入っております」
「スクリーンに写してくれ」

 “提督、イゼルローン回廊から前哨宙域に向けて近づいてくる集団を発見しました。数およそ六千隻。帝国軍と思われます”

「そうか。いずれ現れると思ったが、早かったの。最初に指示した通り、貴隊とピアーズ分艦隊はそれぞれアルレスハイム、ティアマト方向に急速転進せよ」

“ですが、それでは敵を足止め出来ませんが。我々が足止めしている間に本隊にこちらに来て貰えたら…と思ったのですが”

「いや、かなりの確度で敵はヴァンフリートに来る筈じゃ」

“では我々もそちらに向かった方がよろしいのでは?”

「急速転進は逃げたと思わせる為じゃ。本当に逃げる訳ではないぞ?当てが外れて敵がティアマト、アルレスハイムに向かうかもしれんから、その保険じゃ。もし貴隊等に敵艦隊が向かって来たならば、その時は本当に急速転進じゃ。貴隊等は敵艦隊がヴァンフリート星域に入ったのを確認後、ゆっくりとヴァンフリートに戻って来ればよい。これで意図は分かったじゃろ」

“蓋をするのですね、了解しました。ただちに急速転進、のふりを致します”

「うむ。かかれ」


 流石だなあ。ヴァンフリートは戦いづらいとかいいながら、当初の行動予定からの変更もなく自然に戦おうとしている。ランテマリオもそうだし、マル・アデッタもそうだ。なんだかんだこういう場所が好きなんだろう。今回も過去(ではないけれども)の二つの戦いと一緒で、こちらが寡兵だ。地の利を得る、勉強になるなあ。
「どうしたのかね大尉、さっきからやたらと頷いているが」
「失礼しました。このような事を申し上げるのも重ねがさね失礼ですが、勉強になるなあと思いまして」
「ほう。『アッシュビーの再来』に及第点をもらえるとは儂もまだまだ捨てたもんじゃないのう」
「…バルクマン大尉からお聞きになったのですか?」
「うむ。過去にそう呼ばれておったそうじゃな」
「お恥ずかしい限りです。たまたま結果が付いてきただけなのです」
「たまたま、のう。儂にも付いておるよ」

 …笑うべきなのか、これは。いや、笑った方がいいんだろうな。こんな冗談を言う人だったのか!
「フフッ…失礼しました」
「笑ってくれてありがとう。バルクマンは笑わないからのう」
エっ!?って顔するなよオットー。
「冗談はさておき、儂も貴官の事を『アッシュビーの再来』と思う日が来るかも知れんよ」
「何故ですか?お聞きしてもよろしいですか?」
「貴官は自然なのじゃ。自然にその地位、役割をこなしておる。バルクマンも優秀だが、年相応とでもいうか、大尉としてはまだまだな所がある。決してバルクマンをけなしているのではない。どれだけ優秀でも経験の有無は隠せないものじゃ。年相応と言ったのはそういう事じゃ。だが貴官にはそれがない…あまり褒めすぎても調子に乗ってしまうからの、これくらいにしておこう」
「ありがとうございます…話は変わりますが、このまま戦闘配置に以降しますと哨戒第一配備から連続で配置に就く者が出てまいります。一旦哨戒第二配備に落として、交代で休息を取らせた方がよろしいかと思われます」
「会敵予想は?」
「現在の針路、速度ですとおよそ十時間後です」
「了解した。第二哨戒配備とせよ。交代で休息を許可、タンクベッド睡眠も可とする。儂も先に休ませて貰おうかの。頼んだぞ、大尉」
「了解しました。…艦長、お聞きの通りです。通達をお願いいたします」
「了解した…ビュコック提督があんな冗談を言うとはな。初めて聞いたよ」
「ですよね。驚きました」
「久しぶりの戦いだからな、気分が高揚しておられるのかも知れんな…攻めてくる帝国艦隊、やはり、あれか?商品の受け取りか?」
「だと思われます」
「いくら帝国軍とはいえ、麻薬密売なんてやるか?奴等だって麻薬は重罪だろうに」
「帝国軍は帝国軍でも貴族なのかもしれません。私兵の維持には金がかかるでしょうし」
「見栄張ってナンボの世界か。貴族ってやつも大変だな」




3月16日05:00 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ-Ⅱ、自由惑星同盟軍基地建設予定地
タッド・シェルビー

 しかし…やりたい放題だな。基地建設の資材搬入に紛れて原材料も搬入、サイオキシン麻薬を作るプラントも、部品ごとでは判別がつかない。そして関係者以外は誰もいない。正にうってつけの場所だ。
ウィンチェスターの言う通り、そこら辺の下っ端が簡単にやれる事ではない。後方勤務本部のかなり上部の人間が絡んでいることは間違いない。統合作戦本部や宇宙艦隊司令部にも協力者が居るのだろう。
直接戦闘に関わるものではないのに、ここに近寄るなと艦隊司令官に口頭で下令されているということからもそれは分かる。艦隊司令官に直接命令出来るのは宇宙艦隊司令部だ。後方作戦本部からの要請であれば、極秘だから、と口頭命令もだすだろう。大元にたどり着く何らかの証拠があればいいが…
「大佐、基地に居た者を拘束しました」
「ご苦労。全員で何名居た?」
「はっ、10名であります。武器は所持しておりませんでした。尚、その内二人は女性で民間人の様です」
「民間人だと?」
「女性達は、私達はただの娼婦だ、と言っております。他の者も同盟軍の制服を着用してはおりますが、階級章も無くID等も所持しておりませんので、現状では所属ははっきりしません」
「了解した。負傷した者はいないな?」
「はっ。人員武器異状ありません。拘束した者にも負傷者等はおりません」
「よくやった。二十人やる。拘束した者を駆逐艦に移送、監視を付けてバラバラに拘禁しろ。そのまま駆逐艦にて監視チームの指揮を執れ。物的証拠の捜索も並行して行っているだろうな?」
「はっ。現在捜索中であります」
「よし。では指示した通り、かかれ」
「はっ。ケッセル少尉、これより拘束者の移送と拘禁の指揮を執ります」
…まずは一段落か。さて、何が出て来るかな。



3月16日08:00 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ
オットー・バルクマン

「バルクマン、どう思うかね?この報告を」
「はっ…約一トンのサイオキシン麻薬を押収、10名拘束、うち一人は拘禁中に服毒自殺…。自殺した者が現場の責任者なりキーマンだったのでしょうか?それにしても一トンとはすごい量です」
「一億ディナール相当か。小売りの時にはいくらになるんじゃろうかの」
「さあ…小官はその手の話に詳しくないもので何とも…それはともかく、買い付けに来る帝国の人間は何とも思わないのでしょうか?我々と帝国は、まがりなりにも戦争をしている最中です。それなのに敵国の人間から麻薬を買うなどと…」
「需要と供給が合致すれば立場など関係ないという事じゃろう。お互い違法行為をしておるのだから、むしろ敵同士というより法を逃れる味方同士ではないかな」
「味方同士…という事は結束は強い、という事ですか?」
「いや、それは無いじゃろう。商売に関しては味方同士でも、表看板は同盟と帝国じゃからな。何かあれば知らぬ存ぜぬ、さっさと居なくなってしまうだろうて。頃合じゃろう、押収したガイドビーコンを作動させろ」
「了解いたしました」



3月16日10:00 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ
ヤマト・ウィンチェスター

 本隊はアスターテ方向に移動しつつある。イゼルローン前哨宙域を抜けてこちらに向かってくる敵艦隊を騙す為だ。

「僭越ではございますが、本隊と両分艦隊とで前後から敵を挟撃する、という閣下の方針は正しいと思われます。ですが相手は六千隻、我が本隊は二千隻です。敵からも発見される頃ですので、ジリジリと後退してみせた方が、味方の圧力に耐えかねて後退する同盟艦隊…の様に敵の目に映るのではないでしょうか」
「なるほどのう」
「現在位置で迎撃しますと、敵は艦隊を二つに分けて、前哨宙域側から蓋をする役目のピアーズ、マクガードゥル両分艦隊と本隊を各個に撃破しようとする恐れがあります。簡単に下がる訳にもいかないが、戦力差を感じて攻勢は取れない…とジリジリ後退すれば…」
「荷受けの安全を図る為にも我らを追ってくるだろう、という訳か」
「はい。劣勢なのに一挙に後退しない我々を見れば、商品を回収したい帝国艦隊としては後背を襲う可能性のあるピアーズ、マクガードゥル両分艦隊よりも、我々を先に撃破しようとするのではないでしょうか」
「こちらの分艦隊が奴等の後ろに食い付くまで、逃げそうで逃げない、追い付きそうで追い付かない、を演じねばならん、という事か。難しい事じゃな、バルクマン」
「…はい、閣下」

 よく考えたなオットー。確かにそれなら敵は追ってくるだろう。
…だけど確かに難しい。算を乱して逃げる寸前、という状態を演じきらないと、敵は食いついて来ないのじゃないか?

”帝国艦隊、増速中!“

「焦るな!橫陣形で対処する」
「了解しました…橫陣形に切り替える!陣形再編後、更に後退、微速だ!」
「…よろしい。ウィンチェスター、敵は乗ってくるかな?」
「大丈夫です。味方は二千、敵は我が方の三倍です。更に距離を詰めてくるでしょう。ですが、こちらがあまりにも整然としすぎていると、擬態、と思われるかもしれません」
「なるほど。では命令を変えよう…後退しつつ、橫陣形に再編」
「はっ。…先程の命令を変更、微速後退せよ!橫陣形に再編しつつ後退だ!」

“…敵、更に増速!敵艦隊が二つの集団に別れつつあります!”

「オペレータ、敵艦隊二つの集団のうち、後方の集団に注意を払え…提督」
「うむ。全艦、砲撃戦用意」
「はっ。…全艦、砲撃戦用意!」



3月16日20:30 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅧ、EFSF旗艦リオ・グランデ
オットー・バルクマン

 戦闘が始まってからは呆気なかった。提督は狙点を固定して、長距離砲撃でひたすら敵の最先頭のみを攻撃させ、更に僅かずつ艦隊を後退させていった。
帝国艦隊は最先頭が痛めつけられるものだから、中々前に進めない。そして我々は更に後退する。敵は二つに別れたものの、それぞれが団子状になったまま雑然とこちらを追ってくる。隊形も何もあったもんじゃない。そこにピアーズ司令とマクガードゥル司令の分艦隊が、敵の後方から食らい付いた。敵も予想はしていたのだろうが、前面と後方から挟撃されている事が恐怖に拍車をかけたのだろう、敵の後方集団は統一された反撃が出来なかったようだ。
それを見届けたビュコック提督は後退を止め前進、橫陣の両翼を更に伸ばして敵の先頭集団を半包囲、彼等を押し込んだ。
ビュコック提督はエネルギーが尽きるまで撃て、と味方に発破をかけた。敵は包囲されているとはいえ、まだ我が方より兵力は上なのだ。包囲陣は薄いのだから、どこを突き破られてもおかしくはなかった。だが突破戦力をまとめる者が居ないのだろう、敵艦隊はただ撃破されていくだけだった。
戦闘が突如終了した。敵艦隊が二千隻程までに撃ち減らされたあたりで旗艦が降伏を申し出てきたからだった。敵旗艦も機関部と艦首に直撃を受け、行動不能になっていた。完勝だった。

 
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