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ランス ~another story~

作者:じーくw
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第3章 リーザス陥落
  第110話 魔王の元へ




 アイゼルの話を訊いて、ユーリは少し考えた後、薄く笑った。

「オレとホーネットの関係、か。改めて口にするのは、……話すのには時間が無さすぎるな。短い時間で語れる程、彼女とは浅い関係ではない。……それに気になるのなら、寧ろオレより彼女に訊いてみると良い。………生きて、ホーネットの元で。……ふふ。だが 彼女が簡単に教えるとは思えないぞ。その辺りは保証しない。例え、オレが答えても良いと言っていた、と言ってもな」

 ユーリは そう言うとアイゼルに背を向けた。

「関係について今言えるのはそれだけだ。……それと、この先、どうするもアイゼルの。お前達の勝手だ。魔王側に付こうと、人間側に付こうと、オレの、……オレ達のする事は変わらん。……ただ、戦うだけだ。勝つ事と、仲間を信じてな。アイゼルたちは元々敵側だ。乱入等の備えはしているつもりだ。……仮にこちら側に来たとしたら 無用な混乱を生むかもしれない。……が、オレの仲間達はそのくらいで乱れるほどヤワではない」

 アイゼルはその背を見て思った。

 人間と言う存在、その脆さはよく知っている。どれだけの屍を築いてきたか 判らぬ程の凄惨な時代も観てきた。その中で際立つのは醜さだった。何度も何度も見てきていた。

 だが、この戦争でその考えが180度変わったと言っていい。たった数日。悠久の時を生きる魔人が、閃光の様に一瞬で終わる様な時間で 考えが変わった。

 そして次に思うのはホーネットの事だ。

 彼女が人間との共存を選んだ理由、それは『あくまで先代魔王ガイの意思』であり、それ以上でもそれ以下でもなく、ただただその遺志を継ぎ遂行する事のみを考えていると言っていた。

 アイゼルは それが虚実であるとは思う訳もない。それも真実だろう。だが――それ以外にもあるのではないか? と この時に朧げにではあるが確かに見えた気がした。

「(……そう、でした。ホーネット様)」

 記憶の深奥。普段であれば決して深く考える事の無い一場面。その光景が鮮明に頭の中へと蘇ってくる。

「(……確かにありました(・・・・・)。ホーネット様が、貴女が変わったと思う瞬間があったのを……。そう、あれは(・・・)いつのことでしたか………)」

 アイゼルは記憶。その中のホーネットが確かに変わったのだ。様子が変わった時期が確かにあった。

 毅然とした仕草、その凛とした佇まい。反射的に首を垂れ傅く事を一切厭わない。誰もが崇め奉る美しさ。半分人の血が流れていると言うのに、圧倒的な強さを持ち、更にその美しさは類を見ない。常々アイゼルは感じていた事だ。

 そんな彼女の表情が、綻びを見せる事があったのだ。

 ホーネットの側近である魔人サテラは勿論、同じく側近である魔人四天王のシルキィと魔人ラ・ハウゼルも驚いた程だった。

 驚くとは失礼かもしれない。ホーネットとて、笑う時だってある。穏やかな表情をする時だってある。……いや、サテラ達は何度も見た事がある。だが、この表情は誰も見た事がない部類のものだと言えるのだから。そう、思えた。
 何かを信頼している部下や仲間達に向ける視線や表情も柔らかい時だってある。だけど、何処か違った。
 
 それは 慈しむ様な……いや――違う。誰もが口にせず、否 頭で考えさえしない様にしていたが、それは恋する乙女の様な そんな表情だった。
 それに気づかなかったのは 恐らくあの場ではサテラだけだろう。

 恐らくなにかがあったのだろう。きっと、ユーリと言う男と。
 正直、魔物界に人間がただ1人、と言うのは 俄かに信じがたい、がこの人間の強さを目の当たりにしたら、そう言った常識は通用しない。歴史上においても魔物界を闊歩したと言う事例は、アイゼルの中では僅か1件ではあるがあったと記憶している。

 だが、判らない所も当然ある。

 仮になにかがあったとして……、それでもホーネットは、確かに上位に位置する魔人。だがそれでも、何処まで行こうが魔人の領域を超えたりはしない。
 
 その更に上位に位置するのが魔王と言う存在。隔たる壁は天にも届く程であり、超える事はおろか、立ち向かう気さえ失せてしまうのが普通の筈なのだ。だが、ユーリと言う男は歩みを止めたりはしない。ただ、前へと進み続けるのみだった。

「………やはり判らないですね。何故貴方はそこまで強くいられるのかが。強い(・・)、もう、ただその言葉だけでは現す事が出来ません。……貴方の事は」

 この戦はリーザスの解放が目的だった筈だが、最早それは変わった。
 
 行き着く先、向かう先にあるのが魔王の討伐であり、そこが終着点だと言える。
 だが、人間の歴史上においても、魔王を倒せた人間はいない。唯一、倒す事が出来た、殺し、封じる事が出来たのが先代魔王ガイだった。だが、それは人ではなく魔人に、魔人筆頭となり力を得たガイだ。カオスを携え、魔王を封じた。そう……もはやガイは人間ではない。

「何故、怯む事なく……。足を止める事もなく、向かっていけるのですか………? アレ(・・)を、間近で感じて尚……」

 魔王ジルが封印から解かれた時。
 離れていたのにも関わらず、圧倒的な力を、力の差を感じた。立ち向かう等出来る筈もない途方もない差を。
 なのにも関わらず、ユーリと言う男は歩みを止める気配など微塵も無かった。絶対的な恐怖を、死地を前に、迷う事なく飛び込んだ。

「……人類の、為。……仲間の為、絶対的な死地へ 足を踏み入れる事も厭わない。……なぜ、どう、して そこまで……?」

 ユーリの背が見えなくなった今でもアイゼルは呟き続ける。
 そんな時だ。背後から声が聞こえたのは。

「……そんなの決まってるじゃない」

 驚くべき事に、いつの間にか背後をとられていたのだ。声を聴くまで判らなかった。
 そう、それ程までに アイゼルは周りが見えていなかったと言える。

「アイツは、ユーリ(・・・)だから。それだけで十分。それ以上は要らない。それだけで良い」
「………志津香、さん」

 背後に立っていたのは、魔想志津香。ユーリ・ローランドと同じく、アイゼルが心を奪われた人間。

「自分が傷つく事なんか二の次。倒れる事だって関係ない。……死さえ、ユウにとっては関係ない。死ぬ最後の瞬間もきっと戦ってる。いや、例え死んでも、きっと止まらない。私はそう思えるから。そんな男だから、ユウは誰よりも強い。……それに、誰よりも優しい」

 此処で初めてアイゼルは志津香の目を見た。
 その眼の光は、やはり強く美しい。……そして 何よりも慈愛に満ちていた。そう、向けられているのはあの男だろう。惹かれに惹かれた眼が映すのはユーリと言う男だけだ。
 そして、一瞬ではあるが、あの時のホーネットの瞳とかぶって見えた。

「……ふふ。そう、ですね。全てはユーリと言う男だから。確かにそれ以上の理由は無いかもしれません。それに、とても説得力があると感じてしまいますよ。……貴女方を知った者からすれば、これ以上ない」
「……でしょ? 難しく考える事なんて無いの。アイツだから。それだけで良い。それだけ頭に入れておけば良い」

 志津香はそう言って笑うと、ユーリと同じ様にアイゼルに背を向けた。

「……全部話を訊いた訳じゃ無いけど、アンタが私達に付くとか付かないとかの話をしてた、って言うのは判る。……後、状況を見たら、きっとユウが その子達を助けたって言うのもね」

 志津香が言うのはアイゼルの後ろにいるのは宝石3姉妹の使徒たちの事だ。
 嗅いだことのある不快な臭い。……鼻に付く異臭。そして 元々殆ど露出してた衣服なのに、更に乱暴に引き裂かれていて怪我も多数負っている。

 そして――夥しい血。
 それは人間のものであると言うのは判る。傍らに横たわっている首なし死体を見れば尚更。

 魔人が人間を殺したかもしれないが、志津香にはこれはユーリがやった事だと直感的に判った。そして 敵である筈の使徒を助けたと言うのも。

「私もアイツと同じ意見。どっちに付いても関係ない。私たちがする事は変わらない。……最後の最後まで戦う。アンタとも、魔王とも。アイツ……ユウの傍で」
「……羨ましい関係です、ね。志津香さん。……そう、ですか」

 アイゼルは頷くと、まだ倒れている使徒たちを抱き抱えた。

「私も……私がすべきことをしようと思います。少々曇っていた眼を、彼に、目を覚まさせて頂きましたから」

 アイゼルは頬に触れた。赤く染まっているその右頬。現場は目撃はしていないが、ユーリにやられたのだと言う事は志津香も判った。

「………そう。じゃあね」
「ええ。……ご武運を祈ります」
「魔人側に言われてもね。……間に合ってるわ」
「ふふ。そう、でしょうね。貴女ならそう言うと思ってました。……では」

 アイゼルは、その場から姿を消した。
 気配が無くなったのを感じ取ったのだろう、志津香の直ぐ後ろにかなみが降り立った。

「もう……、無茶しないでよ。志津香。心臓に悪い……」
「ええ、ごめんなさい。……アイツとはちょっと話がしたかったから」

 本当は、志津香とかなみの2人で引き返していたのだ。
 ユーリがいなくなっていた事にいち早く気付いたのは2人であり、この塔は制圧した為、比較的動きやすかったと言う理由も当然ある。万が一に備えて周囲の警戒はしていて、そこで見つけたのがユーリと、……アイゼルだった。

「……志津香は以前助けてもらった事があるって言ってたけど、アイゼルって本当は……」

 かなみは、志津香と一緒にユーリと話している所も見ている。気配を上手く殺し、アイゼルとユーリに気付かれないギリギリの所で見ていたから。その話を訊いて、志津香とのやり取りも聞いて、かなみにはアイゼルに思う所があったのだが、最後まで言う前に志津香に泊められた。

「それ以上言わないで、かなみ。……アイゼルは沢山の人間を、リーザスの兵士達を殺してるんだから。解放軍の皆も。……安易に心を許していい相手じゃないわ」
「ご、ごめん……。そうよね。……簡単に信じられる程の関係じゃない。魔人は魔人。……リーザスの……人類の、敵なんだから」

 かなみは 力を入れ直した。
 それを見た志津香は少しだけ笑うと、かなみの肩を叩く。

「さ、勝手な行動を、何にも言わずに1人で戻った馬鹿に文句言いに行くわよ?」
「あ、……うんっ」

 かなみと志津香は歩き出した。
 

 この時、2人は話題には出さなかったが確かに訊いていた。

 《ホーネット》と言う名を。

 魔人ホーネット。
 知っているのは名と数ある魔人の中でもトップの力を持つ最強に近い魔人であると言う事。殆ど知らないも同然なのだが、その名を出した時のユーリの顔ははっきりと見た。見たからこそ―――特に志津香は、この戦いが終わった後、問い詰めよう、と心に決めたのだった。








 
 そして 全員が合流した。
 ユーリはそれなりにお叱りを受けた様だが、今はそれどころではない、と言う理由で深く長くの追及は無かった。
 ほぼ制圧したと言って良い状況ではあるが、所々に洗脳されている者はいた。術者を倒せば解けるものだとは思っていたが、そこが甘かったのだ。

 東と西、そして中庭と主だったエリアを制圧したもののリーザス兵士達、ヘルマン兵士達、問わずに襲い掛かってくるから。

「ええい、鬱陶しい! さっさと殉職しろ!!」

 そこも容赦なく切り伏せるのはランス。ヘルマンだろうがリーザスだろうがお構いなく、一刀の元に切り捨てた。最小限度の被害で……と他のメンバーは考えていた様だが、ランスにはそんな気様な真似できる筈もなく、そして 勿論それを咎めない理由があった。。

「きゃー! ダーリン素敵ーー!!」

 解放されてからと言うものの、ランスLOVEに拍車がかかるリアの存在だ。

「(あぁ、リア様……、洗脳されてるとはいえ、自国民が殺されてるのに……。これ、は 止めるべき……ですよね? ユーリさん……)」

 真の忠臣になる為に、ブレーキとなる存在となる、とユーリに誓った。リアにもその旨を伝えた事だってある。快く了承をしてくれたのだが、やはり中々実行に移すのは難しい。あの初めてであったリーザスでの事件でも 同罪だと言えるし、と何処かで迷っていた様だ。
 
 だけど、ここで思ってもいない展開になった。
 
「でもダーリンっ! 幾ら愛しのリアを助ける為~ とは言ってもぉー、一応は彼ら私の部下だから、ちょっと手加減してくれたら、リアもーっと嬉しいんだけどぉ」

 なんと、リアからランスへと進言したのだ。
 言い方は全然違うが、つまり命を奪うまではしないでくれ……と。そんなリアを見て、かなみは 少しだけ驚き……、そして その後に傍にいたユーリの方を見た。ユーリは無言でうなずいてくれた。

『変わってくれているよ。きっと、お前達全員のおかげ、だろうな』

 そう言ってくれている様に見えて、かなみは 涙が出そうな想いだった。

「ランス様……。彼らの働きは 今後の益になるかと……。ランス様を襲った件に関しましては、洗脳が解けた暁には、謝罪と賠償を約束します」

 マリスもリアに続けてそう言う。リアもマリスもあの頃とは違う。少しだけの変化だとは思うが、ユーリはそう思えていた。

 勿論、ランスが素直に聞く訳がないと言うのは仕方ない。

「む? 鬱陶しい敵はちゃっちゃと斬る方が楽だろうが。この最強であるオレ様に挑むヤツらが悪いのだ! がはははは!」
「なーにいっとんじゃ。こいつらアイゼルに洗脳されてる兵士。挑みたくて挑んでる訳じゃないじゃろーに。あーあ、儂人間じゃなくて 魔人斬りたーい、魔王斬りたーい、所有者チェンジ、かもーんっ」
「ぴーちくぱーちく喧しいぞ、駄剣が!」

 素直に聞く事はないのだが、手ごろで似たモノ同士な相手が出来たからか、ある程度の発散は出来ている様で それなりに安心はできる。

「……それにしても、アレが伝説の魔剣とはなぁ……。伝説ってのはやっぱり、色々あるもんだ」
「恥ずかしながら、私も同じ様な事を思いました」
「脚色される、若しくは伝説が伝説を呼び、いつしか曲解され伝わり続ける、と言うのもあるだろう。……訊いた話では1000年も前の剣だ。そう考えるのが妥当だろう」

 ランスとカオスの、みょうちくりんなコンビを見てため息を吐くのはユーリやリック、そして清十郎と言う特攻組。
 勿論、他の面子も似た様な感想だった様だ。

 つまり、―――ランスが増えたようなもの。

 そう言った感覚で、志津香やかなみは相当げんなりし、ロゼとミリは相変わらず大爆笑。AL教団組の1人、セルは どうにか封印してしまわなければ、しかし 魔王を倒せる唯一の武器、と板挟みになって苦悩。クルックーはバランスブレイカーだから封印をしたいと思ってるのだが、そこはユーリにそれとなく止められたので、保留。


 そうこうしている内に、他のメンバー達、分かれて行動していた者達とも合流出来た。

 リーザス軍 白黒赤青紫と全軍の将、コロシアムの闘士達。
 カスタム解放軍の主力メンバー。
 ひょんな事から参戦したアイスのギルド、そして ゼス国からの観光者。
 そして、ヘルマンの黒騎士。

 壮大なメンバーとなった。
 考えうる全兵力がここに集まった。

 ここからが総力戦……と言いたい所なのだが。楽観視していられない。敵は途方もなく強大。どれだけの数の差があった所で意味を成さないだろう。寧ろ無駄な犠牲が増えるだ気と言う可能性も捨てきれない。

 城内の主だった敵は大体は片付いたが、敵の本山を叩かなければ、なんら意味を成さない。奴らにとって洗脳兵など、元々いないも同然だったのだから。

「……ランス」
「判っとるわ。うっとうしい雑魚どもが消えただけで幾分かマシになったと思ってただけだ」

 流石のランスもここにきてふざけたりはしてなかった。
 まがりなりにも、あの魔王と密接したのだから 当然だとも言える。

「パットン皇子は見つからない……のは当然かな。ユーリ君が言うには もう逃げちゃったって話だし」
「ああ。すまないな。……あの時はノスの相手をするだけで手いっぱいだった」
「……申し訳ない」
「いやいや、魔人ノスを止めてくれてるだけで十分過ぎるから! いや、異常だからね? ユーリ君。それに今更 トーマさんの事を責める気もサラサラないわ。……ここまで随分助かっちゃってるし。……あの子達から聞いても判るけど、酷い事一切させなかったらしいし、しなかったらしいじゃない。貴方の部隊は」

 決して償いにはならないし、リーザスに奇襲と言う形で、魔人を使うと言う卑怯な手で、侵攻した以上は 例え捕虜となった者の扱いが良かった程度で許される所業ではない事は理解できている。それに甘んじるつもりもない、が。トーマは力を入れる事は出来た。

「かたじけない。……報いる為にも、この命果てるまで戦う所存」
「まさか主と並び戦う事になるとは、長生きをしてみるもんじゃ。ヘルマンの黒騎士トーマ・リプトンよ」
「……こちらも同意する。リーザスの智将バレス・プロヴァンス。……儂が起こしたと言うてもよい厄災を、次代の者に背負わす訳にはいかぬのでな……。この命を使わせてもらう事を許してもらい重ね重ね感謝する」

 敵国なれど共に時代を駆け抜けてきた戦士。バレスとトーマは想う所はあるのだろう。お互いに。

 そんな2人を、リーザスの兵士達其々が胸に手を当てた所作を、軍事式敬礼をし 見ていたのだった。





「ユーリさん」

 しゅたっ、と素早くかなみが天井より降りてきた。

「城下での戦闘は終わりました。城内でも殆どは降伏……敗走の二つのみです」
「ああ。ありがとな、かなみ。……つまりは最早確認するまでもない、と言う訳だ。……この先が最後と言う訳だ」

 見上げる先は、横に並べば20人は通れる様な大階段。

 その奥は漆黒で包まれているかの様に見えなかった。薄気味悪い気配だけは漂っていただけだった。



 そして――――それ(・・)はやってきた。



 ただ、漆黒が漂っているだけだったのだが、明確な意思をもったかの様に 無限に広がるかの様に、闇が迫ってきた。……それは 凶悪な殺意。否、それだけでは言い表せれない。……さらにこの世のあらゆる不吉を孕んだかの様な闇が全員を覆った。


「…………」
「ぬっ……」
「ッ………」
「ぐっ……」
「――ッ!?」

 強烈な寒気が、同時に全員に襲い掛かる。耐性の無い者達は、この闇に当てられただけで、バタバタと倒れていった。

「あー、これジルだな」
「……ふん。それくらい、オレ様でも判るわ」

 例えるなら、体の内側から手をネジ入れられ、喉笛を鷲掴みにされたかのような不快感に襲われた。ただ立ってるだけで、命の危険を感じられるレベルだ。

「まー、判りきってると思うが、一応な。……この上だ。ちょっぴりずつだが、力を取り戻してる」

 誰よりも強く感じているのだろう。カオスは二階部分をただただ睨み付けていた。魔王の気配をはっきりと見据える様に。

「っ……、くっ……! こ、この気配は……!」
「ぎ、ぎぼぢ、わるい…… なに、これ……」
「っと、大丈夫か? ミル。……ちぃ、頭、いてぇ……」
「ッ……、く……ッ、こ、こんなもの……ッ」
「し、しづ……か……、わ、わたし、ダメ、かも……」

 カスタム組も比較的後ろにいたと言うのにも関わらず、甚大な影響を受け続けていた。

「だ、ダメ……です、かね……。せ、せっかく、トマトの、でばん……が……。ゆー、りさん、との……ごほーび、タイム、まってた、です……かね」
「トマト、さん……ッ。こ、こんな時に、変な、冗談…… く、くぅ……」

 トマトとラン。頑張ってこの場にまで戦い抜き、生存し、城下の戦いでは大活躍を見せたのだが、やはりこの漆黒の前には、その力量(レベル)が心許なかった様だ。動く事は問題ない。……だが、その絶対的な力を、圧倒的な死を前に、身体が、心が拒否をしてしまった様だった。

「ジュリア……きもち、わるいよぉ……」
「なん、でこんなトコに……。あ、あの壁、男が いってた…… 最悪の、魔王のところに、なんか……」

 ひょんな事で一緒に行動する様になってしまったジュリア、アテンのコンビ。並のモンスターやヘルマンの敵兵ならまだしも、魔王の気配をその身に受けて大丈夫な筈はない。

「ユーリに付いてくるの……、間違えた、かなぁ……? さっさと抱いて貰って、帰ればよかった……?」

 同じく一緒に来る事になり、自称愛人発言で大いに嵐を呼んでくれたネカイ。あまり 活躍してないんじゃない? と思われがちだが 頑張ってました。主に盗み方面を。それでも日頃のせい、とは言えない程の狂気を前にして軽口を叩けるのは流石かもしれない。


「なんて……っ、邪悪、な………」
「………とても気持ち悪いです」
「だ、ねぇ。あーぁ こりゃ 本気の本気でやばいかも。でもまぁ……… こっから先は、ユーリ達がやっちゃってくれるって話、だしぃ~ 私は私……でっ! っとぉ!」

 セル、クルック―の背後にいたのは、ロゼだ。魔法バリアを瞬時に張ったクルック―やセルのおかげで、即ダウンを回避できたロゼは、懐から取り出した超レアアイテム《ALICEの護符》を掲げて、地面に叩きつけた。

 光の領域が瞬時に生まれ――その光の範囲だけ、闇が迫らなくなった。

 その場にいるだけで命を蝕む凶悪な闇を凌ぐ事が出来た、まさに快挙。ここ一番でのロゼの働きは半端ではない。命を蝕まれている感覚は、光の範囲内。決して広くはないがその範囲内では無くなりつつある。生気を失ったかの様な表情をしていた兵士達も徐々にではあるが、戻ってきていた。

「さー、て ちょっとは楽になったって言いたいけどぉ…… 一瞬でもアレ、浴びちゃ最悪な気分は抜けないみたい、ね。あー こういうときは悪魔とヤっちゃって、忘れるのが一番なんだけど、今は無理だしー。ダ・ゲイルを光の中によんだら一瞬で帰っちゃうからねぇ。てな訳で、アンタたちー」

 ロゼはぱんぱん、と手を叩いて注目を集めた。

「ま、正直言えば、こーんな事言うキャラじゃないんだけどねあたし。……でもしゃーないから言うわ。……アレ 浴びてまともに立っていられない様なヤツ、怖いってビビっちゃったヤツ。もれなく全員こっから先に行くんじゃない……、いーえ 逝くんじゃないわよー? いっても無駄だから。寧ろ足引っ張る事しかできないからね。まぁ、自殺願望があるんなら止めないケドねん」
 
 ロゼの言葉通りだ。いつもの軽口はそのままだが、言っている事は至極まとも。誰も反論する者はいなかったから。

 先頭にいたリーザス軍の主力……と言って良い者達は殆どダウンしてしまい、ロゼの言葉は聞いていない。

 辛うじて魔法を使える者が少なからずいてバリアを張り意識を保つ事が出来ていた様だが、それは 主君であるリアを護る為のもの。自身達に余力は一切なかった。

 カスタムのメンバーは、 リーザス兵士達が先頭にいたおかげで、最小限で済んだ様だ。

 そう――この瘴気の中で満足に行動するには……。

「……ただこの中を動くだけ、と言うならLv20は要るだろう。戦うともなれば、勝負になるならないは置いといたとしても 20後半、いや 30は超えなければならない、か」

 ちんっ、と剣を鞘から出して、収めるユーリ。そして ロゼの方を見て軽く頷いた。礼を言うかの様に。ロゼはそれを見て、親指と人差し指で円を作る。マネーの形だ。こんな時でも自分を貫く姿勢にまた感服するのと同時に呆れ顔を見せて、軽く頭を振っていた。

「……ええ。私も似た様な推察です。……赤軍の部下達の力量を考慮し、推し量ってみると、……その推察が最も正しいと私も思います」
「ふん。成る程。……そのレベルとやらが、オレにはあったと言う訳か。……戦うのには何ら問題ない。少なくとも戦う資格、挑戦権は持ち合わせている、と言った所か」

 リックと清十郎も、身体は幾分か重くなっていた様だが、それでも戦いには支障はない、と言わんばかりに動き始めた。

「……ここまで圧倒されるものは、邪悪と言う言葉が最も当てはまる気配は、長らく生きてきた中でも初めての事じゃ」

 トーマはその巨躯な身体が更に倍増しで重くなったと感じながらも、身体を動かす。

「じゃが、最早儂には後退のネジなどは無い。……命果てるまで、否。命が例え尽きたとしても、次世代の戦士達の盾となる事を、ここに誓う」
「……盾になるなど無用だトーマ。お前は矛さえ持ってくれていれば、それで良い」
「馬鹿モンがユーリ。こんなデカい盾使わんとか勿体なさすぎだろうが」

 茶々を入れるランス、そしてユーリとトーマ。3人が横一列に並んだ。
 なぜだろうか。トーマやユーリは判る。此処までの戦いを振り返ってみればよく判る。まさに先陣を切るに相応しい戦士だと。
 そんな中に、そんな2人の横に立つのがランス。いつもいつも考える事は女の子の事。抱く事。楽する事をいの一番に考える男。
 そんなランスが先頭に立つ事こそ珍しい。これ以上ユーリを目立たせてたまるか、と言う気持ちも恐らく持ち合わせているだろうが、それより思うのが 隣に立っていても何ら違和感がない所だ。
 
 認める、認めないは兎も角として、明らかに、その実力、実績共に 2人には圧倒的に劣るだろう。寧ろリックや清十郎こそが相応しいと言える。

 だが それでも、最後の敵を前に、先頭に立つ資格を持つのは……。

「英雄の資質……ってヤツだよね。志津香」
「何馬鹿な事言ってんのよ。……2人は兎も角、アイツは違うでしょ」
「ううん。……志津香も判ってるでしょ? 認めたくないって思うけどね。だってユーリさんと同列、なんて思いたくないって思うでしょ? でも、こんな場面でも自分を貫くって普通は出来ないよ。……あんなのを見て、接して、感じた後にも前に立つ。そんな事出来るなんて、ね」
「………」

 3人の後ろ姿を見た志津香とマリア。
 その背に感じたオーラの様なものを、言葉に表すと マリアには『英雄』と言う言葉が最も当てはまった。

 確かに、言動や行動理念は全く当てはまらないかもしれない。でも、これは理屈じゃない。持って生まれた才能……とでもいうべきだろうか。それに英雄は1人とは限らない。其々の国にいても良いだろう。

「なんだ? 最後の最後でやる気を見せたか、ランス」
「ランス様……」

 ユーリは物珍しそうに、それでいてどこか安堵したかの様にランスに言った。
 そのランスの一歩後ろで心配そうに見ているのはシィルだ。ランスは、シィルをぐいっ、と抱き寄せるとカオスを肩に担ぎ、言った。

「ふん! もうこの戦争はオレ様の勝ちは決まっておる。……その次いでに魔王退治をさくっと終わらせるだけだ。これで仕上げだ!」
「ランス様……。っ は、はいっ!」
「……はっ。最初からそのやる気を出してれば、もっと早く終わってたかもしれんのに、遅すぎだ、馬鹿」
「馬鹿とは何だ! 下僕が!! それに、オレ様の手足の如く働くのが下僕の務めだろうが。……今回は特別サービスだ。最初からオレ様も戦ってやる」

 魔剣カオスの握る手に力が込められているのが判る。 
 自覚をしているのだろうか、或いは無意識なのだろうか。カオスを手にする事が出来るのは、歴代でも数知れず。握れて使える時点で偉業だ。

「おやおや…… ほんっと珍しくやる気だね。魔剣を握ると自覚が出るのかな? 魔王退治って」
「ふん。世の中にはまだ見ぬ美女が山ほどいるのだ。それをぶちこわしにされてたまるか。ついでに、魔王にはお仕置きセックス100連発の刑だ。それで世界平和達成、前代未聞、空前絶後、超最強大英雄ランス様の誕生だ」

 ミリとの話に いつもの八重歯を見せながら宣言するランス。魔王の瘴気を前にこうも言い切るのも 此処までくれば清々しい。

「動機が不純、って言いたい所だが ランスの行動理念は最初からそれだ。なら突き通して見せろ、ってな……」
「コラ、後ろに下がろうとするんじゃないぞ。最後まで働かせてやるからありがたく思え! 金髪にリック、モヒカンじじいも逃げるなよ」

 ランスの指示(と言う名の暴言?)を訊いても この場の全員は不思議とイラついたりはしなかった。鼓舞されるのが判る、自覚できるからだ。

「誰が逃げるものか。……ここまでの死合。これ以上無い死合。……何よりも滾る。戦いに生きる者として、ここまで生を感じた事はない。お前達についてきて良かったと思う。……感謝しかない」
「リーザスの赤将として、恥じぬ戦いを。……一番槍、その部隊に加われるのは光栄極まれり。……貴方達と共に魔王を討つ」

 清十郎は二刀の剣を、リックはバイロードを引き抜いた。
 ランスを見て、ユーリと共に並ぶ姿を見て、違和感なく並び、底知れぬ力を垣間見た事でトーマは抑えきれない想いが全面に出た。

「ぐぁはははは! 儂はお主とも戦ってみたくなったぞ! ランスとやら。……その前に魔王じゃな!」
「ええい! むさ苦しい顔近づけるんじゃない! 誰がそんな面倒くさい事やるか!」














 
 そして 二番手、後衛の選出も自然と決まった。
 非戦闘員と言って良いリアが突然の挙手。嗜めようとするかなみやレイラを振り払う様に

「ダーリンの妻として、常に傍に控えるのは当然だわ!」

 との事だ。行く先が死地であったとしても、ランスの傍なら満足、と言わんばかりだった。流石はリアだとも言える。

「……リア様の御心のままに」
「私も、リア様の為、リーザスの為」

 側近であるマリス、そしてかなみも勿論同行だ。

「むぅ…… 儂も同世代として、トーマらの隣に本当の意味で立ちたいとは思うが」
「あそこに立つのは、立てるのは全人類見渡しても…… 殆どいないと思われますよ? バレス将軍」
「エクス……。判っておる。儂は指揮、頭を使った戦が主流じゃ。……正面からの真っ向勝負はどうも……。それに足手まといになるのは避けなければならぬ。……故に全力でサポートに回るのみ」
「ええ……。それに 魔王の存在に目を奪われがちですが、最後の魔人ノスも健在です。そのデータは確認済み。アレは、使徒を持たぬ代わりに骸人形の様なものを瞬時に生成できるとの事。私達にも出来る事は十分にあると判断します。欲を言えば、ヘルマン国側を抑えているコルトバ将軍も合流して貰いたいと思いますが……、あまり時間が無いようです」

 リーザスの軍の主力メンバーの1人であるコルトバ・バーンは 現在ヘルマン側の更なる追撃を警戒し、北部に配置されている。それが悪手だった……とは言えない。まだ暴走するモンスターもそれなりにおり、リーザスの民を守る盾ともなっているから。

 まさに最終決戦。最後の戦いにリーザス軍の将として参戦出来ないのは、ある意味可哀想だとも言えるが、それこそ仕方ない。


「そいつらは私達にも任せてくれと言いたいね」
「ユランさん」
「情けない姿も見せちゃってるし、ここらで元コロシアムのチャンピオンとして見せ場を作りたい」
「……ふふ、相変わらずね。魔王の気配を前にしてそこまで言えるなんて」

 剣闘士ユランも傷が癒えた事で参戦継続中だ。古馴染みのレイラも傍で控えている。

「まぁ、欲を言えば敵の大ボスを、と言いたい所だけど、正直彼らを前にすれば私は霞んでしまうからね。あの域にまで行きたいって思うし、達成する為にもここを生き延びないと」
「……ええ。同感。雑魚処理って聞こえるかもしれないけど、ノスは他の魔人と比べても別格。相手にとって不足無しよね。……無限剣と幻夢剣。久しぶりの共演と行こうかしら」

 そして最後には互いに拳を合わせた。

「ボクも、頑張らないと。……ユーリの、皆の足手まといにならない様に、せめて 前だけに集中できる様に」
「……メナド。うん。私も同じ気持ち、同じ気持ちだよ」
「わっ! か、かなみちゃん。リア様の所にいたんじゃ?」
「ほ、ほら私 忍者だからね。色々と動き回らないとだし」
「あ、あははは……。そうだったね。忍者はたいへんだったよね」

 友達、……親友同士の2人も互いに安心をさせあおうとしているのか、笑顔をこの場でも見せていた。

「絶対に、勝って帰るよ。メナド」
「うん。勿論だよかなみちゃん。……頑張るから」



 
 カスタム組も今更逃げると言う者は誰一人いなかった。

 例え先頭で戦ってくれている者達がいても、ノスの作る死複製戦士の数とその強さ。間違いなくただでは済まない。傍観の代償は命とも言えるかもしれない。……が、それでもやれる事があるなら、と。

「ここまで、来たんです、かねー。……ぜぇぇったい、逃げる、もんか! トマトは、最後まで戦う。ユーリ、さんと一緒に」

 トマトの疑問形?台詞が最後の最後で代わり、全員がぎょっとしたのは別の話……ではあるが、誰も茶々を入れたりはしない。

「同じ気持ち。……見せ場、くれるんだから、少しでも頑張る。皆の為。……(……ユーリさん)」

 ランもありったけの力を身体の中心にためる様に込めて、瘴気を跳ね返す様に気合を入れ直した。

「……平気か? ミル」
「う、うぷっ、……へ、へいき、か、かえったり、しない。ぜったい」
「流石はオレの妹だ。……絶対離れるんじゃないぞ」
「……うん」

 ヨークス姉妹も続く。逃げの選択は一切持ち合わせていなかった。

「…………」
「絶対に行くよね? 志津香」
「当たり前じゃない。……決まってるわ、そんな事」
「うん。……私も行く」

 志津香とマリアも同様。戦う事が出来る者全員が進む事を決めた。

「……ったく、ホントお前らは人間なのか? 悪魔の私でも、この気配はきついって言うのに」

 ふわりと下へ降りてくるフェリス。表情をやや強張らせながらも、全員を心配する様に見渡していた。

「え、へへ。リーザス……、いえ、元カスタム解放軍の将として最後までいかないと、ね? フェリスはユーリさん達の所に行かないで良いの?」
「っ。……良いもなにも、私には翅があるし。移動範囲が広いからどこいても関係ないし」
「ふふ……。あ、でもランスは大丈夫? 変な事言われてないの?」
「……それも大丈夫。今私を召喚してるのはユーリだ。………(こんな時までアイツは自分より、私の事、考えやがって……)」

 数度悪魔界へと戻ったりもしている。ランスが召喚しそうな時はタイミングを見て読んでくれている。流石に夜呼ばれる時は――、と思っていたのだが、そこもユーリの睡眠魔法と幻覚魔法で解決。

 悪魔の歴史を振り返ってみて 確かに真名を知られた悪魔はいる。その悲惨な一途を訊いた事がある。全悪魔の笑いものにもされた上に人間にこき使われ最後には死んだ者もいる。

 そんな歴史の中で、ここまで、ある意味尽くしてくれる主人など当然ながら訊いた事無い。否、主人(・・)だとはきっと本人も最初から思っても無いだろう。
 ずっと――仲間だと言っていたのだから。

「だから、私も腹くくった。相手が魔人であろうと、……魔王であろうと、最後までやらせてもらう」
「……腹くくってるのは私も同じよ。どれだけの圧力があっても。……どれだけ禍々しい気配があっても。全部、関係ない。……何処へでも行く」





 誰もが覚悟を決め、魔王の気配が色濃く漂う方へと足を踏み入れていくのだった。




 戦える者だけを連れて進み続ける。

 そして――あの奥へ奥へと進んでいき……進むにつれて、無残な光景が広がっていた。

 衰弱しきり、ほぼ骨と皮だけになった者が無数に、無造作に転がっていたのだ。辛うじて最後の命の灯だけは残っていた様だが。

「……無理だ。ロゼの全治全納の神を使ったとしても、……これは」

 小さく、呻く声を上げる女の子達。恐らく意識の殆どが無いのだろうが、それでも生きたい、と言う願いだけはよく伝わってくる。

「ジルの仕業だな、ノスはこんな面倒な殺し方はせん。人間の血から生命力を吸っていやがる。限界ギリギリまで吸って放置。……ふん、悪趣味な所は変わっておらん」
「ぬ……馬鹿剣は黙ってろ、と言いたいが、おいユーリ、何とかしろ」
「……無茶を言うな。ここまで命を吸われたら、どうしようもないソウルブリングと言う魔法を使って、疑似生命体、IPボディと言うアイテムに移し替えれば、ある意味では助かるかもしれんが、これだけの人数……、それにレア度で言えば最上のアイテム。……探す時間もない」
「……ふん。そうか、じゃあさっさと行くぞ」

 ランスは一瞥しただけで、その女の子達を横切り奥へと進む。

「……怒り、か。……それはそうだろう。全世界の女の子は自分のもの、と本気で信じているからな」

 ユーリはランスの背を見た。滲み出る怒りのオーラをその背に感じ取れた。
 久方ぶり、それは サテラにシィルを連れ去られた時以来だろうか。怒りは力を与えるが、冷静さは奪う。……ランスは上手く自身を押し殺し、冷静さは失ってはいない。理想的とも言える。

「……以前言ったが、ここ一番時で力を発揮する。どうやら誤りではないらしい」
「はい。……洗脳された時とは比べ物にならない力を感じます。……隣に並べる事が光栄極まれりです」
「……ふふ、まさに次世代の勇士じゃ」

 清十郎やリック、トーマも同じだったのだろう。ランスの背を見てそう呟く。

「……ああ。さて、アイツのやる気を削がん為にも、先へ急ぐか」

 進み続けるランスを追っていく。


 その行く先々で障害の数々。敵がいるのだから、当然……とも思えるが、まさかの味方による障害が此処にあるのはある意味衝撃だ。

 進むにつれて異常なまでの高温になり そして目の前には信じがたい光景が広がっていた。

「なんじゃこりゃーーーー!! 城の中に溶岩だと!? これも魔王ジルの力ってやつか……?」
「じゃなくて、これはリアの力よ。ほら、お城の最深部に溶岩があったらとっても格好いいでしょ?」

 深部へと続く道を埋め尽くす様に溶岩がグツグツと煮え滾っていたのだ。
 異常なまでの熱気を感じて不自然だった。ジルの気配は絶対零度……心から冷え切り、凍てつかせる様な邪悪な気配と真逆だったから。

「はい。私が手配を。……苦労しました」
「あの時からか? 随分とまぁヘンな方向に力入れる様になったんだな……」
「あ、あぅ…… り、リア様のご命令、ですし。その、一応、これまでの様な間違った事……では……」
「冗談だ気にするな、ただ、言ってみただけだ」

 隣にいたユーリは、そっとかなみの頭を撫でた。
 かなみは、少しだけ安心できたのだろうか……、或いはやはりユーリだから 恥ずかしくも嬉しいのか、表情が上手く作れなかったが、それでも先程 この道を進んでいる時よりははるかに柔らかくなっていた。

「……いい具合に力、抜けたみたいだな。大丈夫だ。かなみも、皆もこの戦争を乗り越えてきている。……オレ達は勝てる」
「ぁ……」

 そして 同時に自分自身がどういう表情をしていたのかも理解できた。
 リアを救う事が出来た。そしてヘルマンを追い出す事も実質出来たと言って良い。

 だが、最後の最後で、最悪にして最凶のものが復活してしまったのだ。リーザスは、皆はもうダメかもしれない、と何度も何度も頭の中を過ぎった。それが表情に出てしまっていた様だ。

「かー、兄ちゃんも結構楽観的なのねー。相手は最凶の魔王だってのに、他人の心配出来る所なんか特に」
「恥ずかしいヤツだな」
「でーも、心の友よか好感度抜群なのよねー。兄ちゃんにモテテク教わったらどーお?」
「喧しいぞ、駄剣が。オレ様は常に最強で、最高で、格好いいのだ。下僕と比べる事事態間違えている!」

 何だか外野がうるさいが かなみは気にしない。ユーリの事を悪く言われているから普段なら、いの一番に反応しそうだが 今は無しだ。
 頬をぱちんっ! と叩いて気合を入れ直す。

 その後はユーリはリアやマリスに抜け道等の確認をしてみたのだが、着工が出来てないと言う事でそれを断念し、次のプランへと移行した。

「よし。……さて、志津香」
「……なによ」

 いちゃいちゃ? しそうな気配を察知した志津香は、そんな場合じゃないでしょ! と実力行使(足踏み)で止めようとしたが、それよりも早くユーリが 志津香を見つけたから何とか止める事が出来た。

「これ、邪魔だからな。手伝って貰えるか? 氷系の魔法、全開で頼む」
「ええ。大丈夫。メルフェイス程得意じゃないけど……、全力を出すから、ユウも頼むわよ」
「ああ。任せろ。……リック、トーマ、清。それにランス」

 ユーリは志津香の了承を聞くと、4人の方を見た。

「剣圧だ。溶岩を吹き飛ばす。左右に割れ、飛散して分散した所を志津香に凍らせて貰う。溶岩の流れる速度は遅い。何度か放てばいけるだろう」

 4人の持つ其々の剣の業は 衝撃波を生み出し、敵を吹き飛ばす事が出来る。
 それを溶岩に放ち、道を作った所で志津香に塞き止めてもらうのが作戦だ。
 現在、リーザス紫軍は他の鎮圧にあたっており、メルフェイスやアスカと言った魔法使いが不在しているが、何とかしてもらう他ない。

「私も、……いないよりはマシ、でしょ? 志津香」
「いないより、とか言わないの。……頼むわ、ラン」

 以前のカスタムの事件で、ランの魔力もマリア程ではないが、消失している。だが、それでも完全に使えないと言う訳ではないからの申し出だった。勿論志津香は了承。心強いに決まっているから。

「下僕が命令するんじゃあない。それにオレ様はもっと有意義にここを突破できるぞ。カモーン、フェリス! これは戦争に関係のある命令だぞ!」

 ランスがフェリスを呼ぶと渋々ではあるがフェリスがやってきた。

「フェリス、オレ様を担いで向こう側にまで運べ」
「……ええ、良いわよ。それくらい」
「お? 珍しく素直だな。がははは。漸くオレ様の方が良いと言う事に気付いたか? オレ様のハイパー兵器を忘れられなくなったのだろう? 後で存分に可愛がってやるからな!」
「…………」

 フェリスは 肯定も否定もする事なく ただただ、邪悪な笑みを浮かべていた。まさに悪魔。
 それを見たユーリは、とりあえずフェリスにチョップ。

「いたっ!」
「……気持ちは判るが、戦力を減らす様な事は無しで頼む。フェリス」
「むぅ。仕様がないわね……」
「む? どういう事だ??」

 ランスは気付いていない様だから、そこはマリアが説明。

「馬鹿ランス! こんなトコを飛んでいくなんて無茶だよ! ほ、ほら! 火の玉みたいなのが吹き上げてるのに!?」
「む、むむ…… フェリス。あれを全部躱していくと言うのは?」
「やってみても良いけど、当たって堕ちても恨まないでね」
「馬鹿者! 当たって落ちてって、死ぬではないか! くそう、後でリアにはお仕置きだ」
「わーい!」
「喜ぶな!!」

 色々と一悶着があったが、ユーリの言う策に決定。

「ちっ、下僕の仕事をこのオレ様が……」
「ん? 別にしなくても良いぞ? 全部オレがやっとくから。それで、ここの女の子達がどー思っても恨むなよ??」
「だぁぁぁ!! 喧しいわ!! 誰が貴様1人に格好付けさせるか!」
「おお、良い具合の殺気だ。それを全部前の溶岩に向けろ。それで終わりだ」
「貴様もサボるなよ! オレ様もやるんだからな! おい、シィル! お前もとっとと凍らせろ!」
「は、はい! ランス様!」

 ランスとユーリは、剣を構えた。
 そして、その左右にトーマ、清十郎、リックと並ぶ。

「成る程……。こうやってあの小僧の尻を叩き、進撃を続けていた、と言う訳か」
「付き合いの長さではこの面子の中ではシィルの次と聞く。誘導、コントロールが上手いのは違いない」
「……心強いです」

 其々が口々に感想を述べた後、ランスの号令で全員が一気に技を放った。

「らぁぁぁんす! あたぁぁぁぁああっく!!」
「煉獄・極光閃!」
「バイ・ラ・ウェイ!」
「犠血・業魔」
「骸斬衝」


 5つの光が1つに纏まり、眼前に広がる溶岩の海を吹き飛ばし、1本の道が出来た。
 それに唖然――とすることは無い。これくらい日常茶飯事、と言える位何度も見てきた事だから、だからすかさず、志津香を先頭に、氷の魔法を放つ。

「氷柱地獄!」
「スノーレーザー!」
『氷の矢!』

 志津香を筆頭に放たれる氷系譜の攻撃魔法。
 飛び散った溶岩が空中で氷結し、落下する程空間を包み込む。大きな溶岩の塊は志津香の氷柱地獄で瞬時に冷却。その隣でシィルが中級魔法であるスノーレーザーを放つ。志津香の魔法と合わさり、瞬く間に凍結させる。後は初級魔法を使える者全員で小さく飛散した的を狙った。

 何度か試さないと厳しい、と想定していたが まさかの一回で全てを成功させた。

 
「想像以上の出来、だな。流石だ。だが、ここの修理費だけは請求しないでくれよ?」
「……ま、借りが大きいからね。後でヘルマンにでも請求しようかしら?」

 ユーリは剣を鞘に収めた。リアは必要だったとはいえ、かなりの経費を掛けた仕掛けをあっという間にダメにされてしまった事の尻拭いをヘルマンに、と口にする。それを聞いたトーマは前に出た。

「……如何なる償いはする所存じゃ」
「まー、それ位はしてもらわないとねー ……でも、本国からの援軍とか全然来てくれてないんじゃないの? ヘルマンも今内政がボロボロみたいだし。正直、できるとは思ってないから」
「………」

 だが、リアは判っていた、と言わんばかりにそう答える。
 ヘルマンの内政については諜報活動を通じて、それなりに把握をしている様だから。

「今はヘルマンもリーザスも無い。……アレを野放しにすればすべてが終わりを告げる」
「勿論。そこも判ってるつもりよ。だから、ダーリンやユーリさんに支援は惜しまないつもりだから」

 リアがランス以外の者を信頼する様に見るのは 多分身内を除けばユーリだけだろう。
 それが直ぐに判る会話だった。


「さっさと進むぞ。暑苦しかったのが突然寒くなって最悪だ!」
「なら、溶岩の中を泳ぐ方が良かった? 氷、解除する?」
「誰が泳ぐか!」



 そして、その先には 大量のライカンスロープが控えていた……が。

『斬られたい者は前に出ろ』

 と言うユーリの威圧。殺気をモロに浴びた。他のリックや清十郎、トーマの戦力を目の当たりにし、100回戦っても勝てないと悟ったライカンスロープは戦意を喪失。
 先程の溶岩の様に左右に分かれて道が出来――その先に大きな影があった。


「……ユーリ」


 巨大なガーディアンが2体、そして 鞭を携えた魔人の姿。

「サテラ」

 ノス以外にも待ち構えている者が、魔人がいたのだ。 
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