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フルメタル・アクションヒーローズ

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第133話 ファーストキスに覚悟を込めて

 矢村の叫びと同時に、袖を強く引かれる感覚に襲われる。振り返った先には、俺の袖を固く握り締め、悲しげな表情を浮かべている彼女の姿があった。

 袖を掴む手は小刻みに震え、目には大粒の涙を貯めている。眼前の脅威に怯える小動物のようなその様は、俺に出動を躊躇させるには十分な効果があった。

「ど、どうした?」
「……いかん、行ったらいかんッ! 行ったら、龍太死んでまうッ!」
「おわっ!?」

 俺が尋ねた途端、彼女はいきなり力を入れて俺の腕を揺さぶり始める。元々彼女の方が腕力があることもあってか、思わずこちらもよろけてしまった。

 瓦礫を破壊して周り、こちらへ徐々に迫りつつある「新人類の巨鎧体」。その中核に囚われ、今もなお血の涙を流し叫び続けている四郷。
 そんな常軌を逸した光景を眺め続けていれば、恐怖に惑わされてこうなってしまうのも、仕方ないことなのだろう。俺が意識を失っている間も、彼女は古我知さんの壮絶な経緯を聞かされながら、あの鉄人を見せ付けられていたのだから。

「……矢村。怖いのは俺も一緒だし、死んでもおかしくないっていう話ももっともだと思う。お前の言いたいことは、わかるよ」
「じゃ、じゃあ、もう逃げようやッ! そら、四郷は可哀相やし、助かる見込みがあるんかも知れんけどッ……それで龍太が死んでもうたら、アタシ、もうッ!」
「そうだな。それもそうだ。――けどな。俺は腐っても『救済の超機龍』だし、四郷みたいな娘を助けるための力を貰ってる身なんだ。だから、今すぐ帰ることはできない。まだ、やることが残ってるから」

 ……だとしても、俺に四郷を見捨てて退却する選択肢はない。それが、矢村の望む決断ではなかったのだとしても。

 確かに矢村の言う通り、勝ち目は薄いし死ぬ確率の方が高い。付き合いの長い同級生がそんな博打に飛び込もうと言うなら、全力でそれを引き止めたがるのが、彼女という人物だ。
 俺自身、そんな彼女に支えられてきたからこそ、今がある。本来なら、彼女の言い分を受け止めるのが筋なのだろう。
 だが、仮に彼女の言う通りにここで引き返すことになったら、四郷はどうなる? 彼女を助けたいという願いを俺に託した、救芽井や所長さん達は?

 今の俺達が明らかに力不足だとすれば、戦略的撤退として逃げを選ぶ価値も十分にある。出来もしないことを無理にやろうとして死ぬより、その方が余程カッコイイだろうしな。
 ……でも、俺達は別に「力不足」ではない。個人の力は弱いが、俺一人でやるわけではないし、賭けの要素が多くとも作戦自体はないこともない。第一、人命救助のための力と可能性を貰っておいて「危ないから逃げますね」だなんて、とてもじゃないが言えたもんじゃない。

 だから俺は、ここに残る。彼女に嫌われようと泣かれようと、四郷と一緒じゃなけりゃ、ここを出る意味はないんだ。まだ作戦が失敗したと決まったわけじゃないしな。

「なんで……? なんでなん? なんで龍太が、そこまでせないかんの!? だって龍太、正式に資格持っとるわけでもないのにッ……!」
「まぁな。確かに俺は、茂さんや救芽井と違って資格は持ってない。『救済の超機龍』を任されてんのも、この計画のためだけにってとこだろう。それでも、現実に『力』を託されてはいるんだ。その責任に背いちゃうのは、何か違う気がする」
「その責任を、誰のために取るって言うんや!? 救芽井の……ため?」
「そんなところ、かな。あいつのためだし、あいつの夢を助けたいっていう、俺の自己満足のためでもある。――そして、お前をここから無事に助け出すためだ」

 しかし、矢村はどうしても俺を行かせたくないらしく、あれこれと理由を追及してくる。

 俺が「救芽井のため」と口にした途端、肩を落として俯いてしまったのが気掛かりだが……今は、彼女の希望に添ってばかりはいられない。

 巨大な鋼鉄の足が起こす地響きは、確実に大きなものになりつつある。もう数分も経たないうちに、ここも瀧上さんと四郷に掘り起こされてしまうだろう。

 そうなったら、いやがおうでも作戦を決行することになる。その隙に矢村を逃がさなければ、彼女の命はない。
 全ては、俺の陽動に掛かっている。こればっかりは、失敗は許されない!

「……なぁ、龍太。言わして貰っても、ええ?」

 その時、俯いたままの彼女が、弱々しい声で呟いた。心なしか、その声色は僅かに上擦っているように感じられる。

「ああ、なんでもどうぞ」

 俺は彼女とは目を合わせず、黙って俺達を見守っていた古我知さんと同様に「新人類の巨鎧体」を凝視したまま、その言い分に耳を傾ける。どうせ今さら何を言われようと、俺のすることは変えられない。なら、せめて文句の一つくらいは黙って聞いてやらないとな。

 ――しかし。

「アタシな。龍太のこと、好きやで」

 その「文句」は、俺の予想を遥か彼方まで超えていた。

「なっ……!?」

 思わず、「新人類の巨鎧体」から視線を外してしまう。この期に及んで、彼女は何を!?

「中学ん時に、あんた、緊張しとったアタシのこと、励ましてくれとったやろ? あん時はまだ、あんまり意識はしとらんかったけど……」
「……」
「何となしに一緒におるうちに、どんどんあんたと過ごす毎日が楽しくなって。あんたがアタシを庇って、病院送りにされた時はすんごく辛くて。いつも傍におってくれるあんたの横顔に、何か知らんうちにドキドキしとって。……そんで二年前、救芽井に初めて会った時に、チクッとして。そこで、やっとわかったんや。アタシ、初めて会った時からずっと、こいつが好きやったんやな……って」

 一時は沈んでいた表情や声色が、次第に生気を取り戻していく。彼女の顔が完全に上がり、俺と視線が交わった時には、さっきまでの沈痛な面持ちは跡形もなくなっていた。

 ほのかに紅潮した頬。安らぎを漂わせる眼差し。その目元からこぼれ落ちる、暖かい雫。

 それを見て、彼女の語りを悪い冗談と片付けられる道理が、あるのだろうか。

「……やけど、あんたはアタシの知らん間に、救芽井とどんどん関わっていって、どんどん変わっていって。あいつのために、どんな無茶な戦いもして。気がついたら、アタシなんかが関わりようがないくらい、遠いところに行ってもうた」
「や、矢村。俺は別に遠いところになんて――」
「やけん、アタシ怖かった。龍太が、アタシの大好きな龍太が、アタシの知らん龍太になってまう。みんな龍太と一緒におれるのに、アタシだけ取り残されてまうって。所長さんに追い返されそうになった時から、ずっと、そう思っとった」

 俺の言葉を遮り、自身の胸中を語る彼女の頬を、熱い涙がとめどなく流れていく。僅かに視線を落としている今の彼女の姿は、中学時代から今に至るまでの中で、一度も見たことがない。

『この際やから言うとくけどな、アタシは龍太が好きや! 大好きなんや!』

 そして、あの言葉が脳裏を過ぎった時。
 俺はようやく確信した。あれは、冗談でもなんでもなかったのだと。

「やから、不謹慎やってのはわかっとるんやけど……R型の『腕輪型着鎧装置』を拾うて、あんたのことを助けられた時、ホントはスッゴく嬉しかったんやで。アタシなんかでも、出来ることがあったんやっ……て」
「……矢村。そこまで気にしなくたって、俺にとってお前は十分すげぇんだよ。お前が居てくれなかったら、俺は知らない世界に独りぽっちだったんだ。お前はずっと、俺のことを助けてくれてたんだよ」
「――えへへ。やっぱ、龍太は優しいなぁ。ホントに……」

 矢村は大粒の涙を流しながら、いつも通りの太陽のような笑顔を輝かせている。――だがその涙のせいなのか、無理をしているようにしか見えなかった。

「……やけど、あんたは救芽井のために戦うんやろ? 救芽井の夢、しょっとるもんね」
「そうだな。……すまん。俺はやっぱり、あいつのヒーローをやらなくちゃいけないんだ。今、ここで辞めるわけにはいかない」
「別に、謝らんでええよ。アタシにとっても、あんたはヒーローなんやし。……四郷のこと、絶対に助けたってな?」

 彼女はその笑顔を維持したまま、ようやく俺の意志を肯定する言葉を出してくれた。……無理矢理にでも、納得しようとしてくれているのだろうか。

 彼女の気持ちは、素直に嬉しいと思う。もし救芽井や久水と出会っていなければ、彼女を受け入れることに何の躊躇もなかったはずだ。

 ――だが、今は違う。今の俺は救芽井の夢を「救済の超機龍」として背負い、生きるか死ぬかの境地に立たされている。レスキューヒーローである以上、この事態に匹敵するレベルかはともかく、危険な状況に置かれることも増えてくるだろう。

 その都度、俺は彼女を泣かせることになるのだ。今まさに、こうして涙を流しているように。彼女と一緒になるとすれば、常にその要素が強く付き纏うことにもなる。

 学校の「芸術研究部」の連中が、彼女を盗撮を目論んだと知った時。気づけば、俺は彼女以上に怒りを覚えていた。

 ……もしかしたら、俺も彼女とずっと同じ気持ちだったのかも知れない。そう思うと、さらに胸を締め付けられるような感覚に襲われる。そんな彼女の近くにいるほど、俺は彼女を苦しめていくことになりかねないのだから。

 大切に想えるからこそ、傍にいられない。そんな矛盾が、あっていいのだろうか。

「――あんなぁ、龍太。救芽井は婚約者かも知れんし、久水は愛人かも知れん。やけどな」

 その時。

 矢村は突然、さらに頬を赤くしながら俺を強い眼差しで見上げ、ユニフォームの衿を両手で掴んできた。

 そして、そのまま強引に引き寄せ――

「……あんたの唇だけは、アタシのもんやで」

 ――俺の視界を、目を閉じた自分の顔で、埋め尽くしてしまったのだ。唇に伝わる、柔らかくも暖かい感触と共に。

 紅潮した小麦色の肌と、艶やかな黒髪が俺の顔と心をくすぐる。彼女の唇は、まるで餌を求める雛のように、俺のソレを懸命に求めていた。

 あまりにも唐突で、衝撃的。
 俺は呆然としたまま、彼女の為すがままになっていた。

 正気に戻った頃には、彼女は既に俺から顔を離し、潤んだ瞳を逸らしている。彼女も十分恥ずかしかったのかも知れないが……俺の動悸も半端なものではなくなっていた。

「……おいおい」

 自分でもわかる程に顔は紅潮しており、全身が小刻みに震えているのがわかる。気づけば俺は、思わず心臓の高鳴りを抑えようと、左胸の辺りを思い切り掴んでいた。
 こんな時に、こんな場所で、よりによってあの矢村とファーストキス。そんな事態が、誰が予想できただろう。

「アタシの初めて――お守り代わりやと思って、貰っといてや。アタシも、あんたの初めて……一生大事にしちゃるけん」

 茹蛸のような赤い顔でそう告げると、彼女は熱い眼差しを俺に向けたまま、数歩後ろへ下がっていく。
 ――どうやら、キスによってある程度の踏ん切りを付けたらしい。彼女の笑みから、無理をしているような悲痛さが消え失せているのがわかる。

「……ああ!」

 唇を奪ったのは、引き止めたい気持ちに決着を付けたかったから……なんだな。
 お前がそこまでしてくれたんなら、俺も応えなくちゃならない。お前にとっても、俺がヒーローだと言うのなら。

 俺は赤い顔のまま強く頷いて見せると、身体を翻して「新人類の巨鎧体」に視線を戻した。既に距離は三十メートルもなく、もはや目と鼻の先と言っていい。

「腹は括れたかい? 女子高生キラー君」
「やかましい、俺はいつでも準備万端だ」

 静かに待っていた古我知さんの冷やかしに悪態を付きつつ、俺は「腕輪型着鎧装置」を構える。いよいよ、出動ってわけだ。

「じゃあ、行ってくる。俺が瀧上さんを引き付けてる間に、お前は螺旋階段で上に逃げるんだ!」
「う、うんっ! 龍太、頑張ってなっ!」

 俺は矢村のエールに背中越しに立てた親指で応え、光明の向こうに身を乗り出していく。隙間から外へと飛び出していく俺に続いて、古我知さんも動きはじめた。

 ――そして遂に、灰色の鉄人が持つ鋭い眼光が、俺の眼差しと交錯した。

「……そこに居たのか。今度こそ、逃がしはせんぞ」
 
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