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フルメタル・アクションヒーローズ

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第134話 ありえない伏兵

 薄暗い瓦礫の隙間を抜け、光明の向こうへ駆け出した先。そこに待ち受けていたのは暴虐と絶望の象徴とも云うべき、赤褐色の巨人の姿だった。
 「新人類の巨鎧体」と称されるそれを駆るのは、二人の男女。――いや、一人の男。

「オレ達の前に出てきたということは……観念したのだと解釈してもいいのだな?」

 その男――瀧上さんは、四郷の首の断面を指先で弄びながら、憮然とした様子でこちらを見下ろしている。
 俺が気絶している間もずっと、彼女を苦しめ続けていたのだろう。あれほど響いていた四郷の叫び声は、声帯自体が掠れきってしまったのか、もうほとんど聞こえて来ない。
 彼女は今も、白目を剥いたまま赤い涙を流し、大口を開けて何かを叫ぼうとしている。だが、そこから言葉と呼べるものは何一つ響いては来ない。

「ア……カ、カ……!」

 垂れ下がった舌と、口元を伝う赤い液体が、彼女の味わった苦しみを壮絶に物語っているようだった。どれだけの時間、彼女は苦しんでいたのだろう。今となっては、想像することさえ恐ろしくなる。

 そして、それゆえに俺は、彼に立ち向かわざるを得なくなるのだ。与えられた「力」に課せられた「責任」に、報いるために。
 一方、古我知さんは既に作戦のために定位置へ向かい、矢村は格納庫に向かって走り始めている。彼らの命も、俺に懸かっているのだ。この博打、失敗は許されない。

 ――腐っても俺は、レスキューヒーローとしてここにいるのだから。

「観念するのはあんたの方だ……! そろそろその娘を返してもらうぜ!」

 俺は右手に装着した赤い腕輪を見据え、そのガジェットに装備されたマイクに音声を入力する。

「着鎧――甲冑ッ!」

 次いで、その腕輪を付けた右手を天に翳す。遥か空の向こうに、手刀を放つかの如く。

 そして、俺の全身を深紅の帯が螺旋状に包み込み――やがて赤いヒーロースーツを形成していった。着鎧、完了だ。

「……どうやら、さっきの一発では『新人類の巨鎧体』の味はわからなかったようだな」
「わからないし、わかりたくもないし、わかる必要もない。今からそいつは、文字通りの鉄屑になるんだからな!」

 「救済の超機龍」になるのと同時に、俺は自身の身長を遥かに凌ぐ鉄人に対して、精一杯の虚勢を張る。瀧上さんの注意を引けるか否かが、作戦の成否を分けるのだから。

「『新人類の巨鎧体』に向かって鉄屑……? フン、よほどオレに断罪して欲しいらしいな」

 俺の挑発が効いたのか、瀧上さんの声色が低くくぐもったものになった。いつ向こうが仕掛けてきてもおかしくない程に、俺達を包む空間が、殺気で張り詰めたものになっていくのがわかる。
 あの巨体を持ち上げて急上昇できるブースターがある以上、「新人類の巨鎧体」がいくら鉄の塊である言えども、その動きが鈍重なものだとは限らない。俺は今まで以上のスピードを出せるよう、重荷にしかならない電磁警棒を投げ捨てながら「逃げ」の体勢に入っていく。

 そして、俺に投棄された無用の長物が、瓦礫の山で構築された床に落ちる時。

「――やれ、鮎子」

 その無骨な金属音を合図にしたかのようなタイミングで、瀧上さんの指令が冷徹に下された。

「……ア、ガガ、カッ……!」

 もはや泣き叫ぶことも、助けを求めることも出来ないのだろう。四郷は舌を突き出して痙攣を起こしながら、巨大な鉄拳を振り上げてきた!

「くッ――!」

 俺は体格差による圧倒的なリーチの開きを克服するべく、全力で床を蹴る。鉄人の股下をくぐり抜け、ジェットパックが取り付けられた背部が見える所まで転がり込んだ頃には、俺が立っていた場所は跡形もなく粉砕されてしまっていた。
 瓦礫が幾多の破片となって飛び散り、四散していく。もし反応が一秒でも遅れていたなら、俺も肉片と化してああなっていたのだろう。

 ――だが、回り込んでしまえばその分だけ余裕が生まれる。
 俺は即座に身を起こし、アリーナが埋め立てられているポイントへ視線を移した。エレベーターの原形を辛うじて留めていたガラクタを見れば、どの辺りがあのフィールドに相当するのかは容易に把握できる。
 アリーナの位置に相当する瓦礫の山は、他の足場と見た目はさほど違わない。言うなれば、瓦礫に偽装された天然の落とし穴なのだ。
 なんとかそこまで飛び込めば、あとは隠れてスタンバっている古我知さんが始末を付けてくれる。その一縷の可能性に、俺を含む全員の生死が掛かっているわけだ。

「見失ったとでも思うか!? 鮎子、後ろだッ!」

 だが、やはり向こうもやすやすと俺達の思うままにはさせてくれないらしい。「新人類の巨鎧体」は僅かにその身を横に傾けたかと思うと……一瞬にして、こちらに向き直ってしまった。

 身体を横に曲げてバーニアの噴射を制御することで、迅速に旋回出来るらしい。こんな動きは、十年前の映像では全く見られなかった。

 ――くそったれめ。ガキ相手なんだからちっとは手加減しろっての!

 そんな叶うはずのない願望を胸中で垂れ流しながら、俺は踵を返す。あのデカブツがどれだけ速く動こうが、俺に出来ることはあそこにたどり着くことだけだ。

 全速力でその場を飛び出し、超人的な脚力に物を言わせて幾度となく地面を蹴る。文字通り、命を懸けて。
 だが、瓦礫だらけの床を駆け抜ける俺を覆い尽くすかのように、次第に「新人類の巨鎧体」が迫って来ているのがわかった。辛うじて機能している照明の点滅が、幾度となく巨人の影を映し込んでいる。闇夜の中での落雷が、悪魔のシルエットを暴き出すかのように。

「……ちっく――しょおぉッ!」

 眼前を覆う、巨人の影。その存在が煽る焦燥感が、俺の背を強烈に突き動かしていく。仮にも重荷を捨てて、身軽になっている着鎧甲冑にここまで追い縋るなんて、いくら歩幅の差があると言っても速過ぎる。
 わざわざ振り返って確かめるまでもない。……例のブースターで追尾しているのだ! そうでなければ、あんな巨体が四郷と張り合った「救済の超機龍」のスピードに付いてこれるものかッ!

「――おおおぉッ!」

 しかし、だからといって諦めるには早い。
 確かに追い付かれるのは時間の問題かも知れないが、例のアリーナ跡地はそこまで遠い場所ではないのだ。いつかは捕まる可能性があるにしても、それまでに目的地に飛び込んでしまえば問題はない。
 俺は目と鼻の先に差し迫るゴール地点に向かい、雄叫びを上げて駆ける。

 ……その時だった。

「鮎子ッ!」

 瀧上さんの怒号と共に、「新人類の巨鎧体」の動きに変化が現れた。その動作を忠実に表現している影を見る限りでは――拳を振り上げている!

「ちッ!」

 どうやら本格的に潰しに掛かるつもりらしい。俺は舌打ちと共に、さらに体勢を前に傾けて勢いを付ける。
 ここはまだ、客席だった場所に入れたかどうか、というところ。こんな半端なところで捕まってたまるか!

 俺は影の動きと、金属の軋む音、そして巨大な鉄拳ならではの猛烈な風切り音を頼りに、回避を試みる。目で見て避けていられる余裕は、ない。
 みるみるうちに、拳が隕石のように迫って来るのがわかる。地面ごと打ち砕き、俺を無惨なミンチにするために。

「――ッ!」

 今じゃない。まだ早い。もう少し――ここだッ!

「とあぁッ!」

 俺は拳の破壊力に飲み込まれる寸前、打ち出されたバネのようにその場を飛び出した。鉄拳により砕かれた瓦礫の小さな破片や、この一撃に生み出された衝撃波が、容赦なく背中に襲い掛かる。
 だが、肉片になる顛末を免れたことに比べれば、安いものだ。この攻撃をかわした今、俺達の勝利が後一歩のところにまで近づいているのも、間違いないのだから。

 ――待ってろよ、四郷。もうすぐお前を助、け……!?

「よし――でかしたぞ、鮎子」

 突如、俺の身体が空中で静止する。

 しかも、強力な何かに縛り付けられるような……抗いがたい力が、全身に襲い掛かったのだ。はじめは何が起きたのか、まるで理解が追い付かなかった。
 だが、瀧上さんのその一言が、この現象を端的に物語っていたことに感づくのは、そう難しいことではない。金縛りに遭ったように、全く身動きが取れないこの状況。
 その謎は、俺が視線を落とした先にある、鉄人の指が解き明かしてくれた。

「……あっ!?」

 俺は――「新人類の巨鎧体」に捕まっていたのだ。あの鉄拳を跳び上がり、回避したと思っていたところを狙われて。
 恐らくは、初めからパンチをかわされることは読んでいたのだろう。身体そのものの移動速度がブースターにより上昇している点を除けば、そこまで動きが敏捷ではない「新人類の巨鎧体」が俺を捕らえるには、行動を先読みした上で動くしかない。
 片腕で出した拳を避けさせて、そこをもう片方の手で捕まえる。作戦と呼ぶにも値しない程の、単純過ぎる罠。
 そんなものに、俺は引っ掛けられていたのである。敵の巨大さに惑わされるあまりに。

 俺の身体を握り締めている「新人類の巨鎧体」の手は、やはり尋常ならざる力を発揮していた。どれだけ全身に力を込めても、身じろぎ一つ満足にできない。
 ――あんな古典的過ぎる引っ掛けに躓いて、作戦がおじゃんだなんて……酷すぎんだろ。
 あまりにもふがいない自分自身に、呆れて物も言えなくなる。何が責任を果たす、だ。

「とうとう捕まえたぞ……随分とちょこまかと逃げ回ってくれたな」

 もはや勝負は決したようなものだというのに、瀧上さんの様子に落ち着いた雰囲気は見られなかった。こんな小僧に振り回されたこと自体が、相当プライドに障ったらしい?
 両手でしっかりと俺を握り締めた「新人類の巨鎧体」は、怒りを解き放つように胸部のハッチを轟音と共に解放していく。

 そこから現れたのは――あの、全てを焼き尽くす火炎放射器。
 アリーナを目前にしたところで、俺をジューシーに調理しようってのかよッ……!

 古我知さんはここぞってところで捕まった俺を見て、悔しげに目線を逸らしている。どうやらこの状況では、瀧上さんを始末するには材料が足りないらしい。
 ――俺は犬死にってことかよ! くそったれッ……!

 この戦いに終止符を打てるはずだった。もうすぐ、四郷を彼から解放出来るはずだった。その望み全てが今、打ち砕かれようとしている。
 たった一瞬の、俺自身の油断のために。

 仮面の奥で唇を噛むことしか許されない。そんな理不尽が通ってしまうのが戦いの道理なのだと、俺は今さらになって理解した。
 巨大な敵に協力して打ち勝つなんて、フィクションでしか有り得ないことだったのか? 所詮強い奴だけが生きて、そうじゃない奴はみんな死んじまう結末こそが、変わりようのない真理だってのか?

「――消し飛ばしてやれ。これで、全てが終わる」

 それを問うことすら許されないのか、瀧上さんは既に四郷に俺を処刑する命令を下していた。

「ア、アア……イヂ、レ……ニ、ゲ……!」

 ……わかっていたことだ。彼女に拒否権はない。恐怖に心を支配され、意志と呼べる意志全てを奪われた四郷には、引き金を引く以外の選択は与えられてはいなかった。
 それでも、懸命に俺を救おうと声を絞り出そうとしている彼女を見る度に、俺は強く胸を締め付けられていた。彼女を助けられない現実と、彼女自身が背負う苦しみを、同時に突き付けられていたのだから。

 俺の意志。彼女の苦しみ。古我知さんの覚悟。その全てを嘲笑うように、火炎放射器の発射口に火が灯る。
 文字通りの、一巻の終わり。十年前の映像のラストを再現するかのような末路に、俺は抗う術を持たなかった。

 ――ごめん。古我知さん。四郷。……矢村。

 そして、そう呟くしかないのかと、心のどこかで諦めかけた時。

「まま、待ちぃやッ! りゅ、りゅりゅ、龍太を離さんかいッ! このオンボロボットォッ!」

 ……有り得ない伏兵が、この戦場に降臨する。
 
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