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フルメタル・アクションヒーローズ

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第132話 「必要悪」の所以

 ツーブロックに短く切り揃えられた、艶やかな茶髪。日本人にしては、やや白めのきめ細かい肌。人の手をどこまで加えても、決して辿り着けないであろう境地に達している、整い尽くされた目鼻立ち。

 そして、額から裂け目のように広がる、彼自身の肌とは対照的な、痛ましい傷痕。それは、容姿端麗で傷の類が似合いそうにない彼の顔を構成している部分の中でも、強く異彩を放っている。

 二年前の頃には、あんな傷はなかった。

 古我知さんのイケメンっぷり自体は相変わらずなようだったが、そんな男前な面をいつまでも維持できるような甘い暮らしはしていなかったらしい。
 互いに立ち上がって向かい合ってみれば、彼の方がかなり身長が高いことがわかる。茂さんより若干低いくらいだ。

「……やっぱり、あんただったか。聞くところによりゃあ、アメリカの刑務所に服役してるはずだと聞いてるが?」
「少し前に、甲侍郎さんに呼び出されてね。ある依頼と引き換えに、僕の身柄を買い取る、と」

 甲侍郎さんが……!? 囚人を金で買収するような真似までして、彼は何を……!?

 そんな俺の驚愕を見越してか、彼は艶のある声色で、ことの経緯を語りはじめる。ここは、おとなしく聞き手に回った方が情報を集められそうかな……。

「十年も前になるか……戦場ジャーナリストだった両親は、当時十二歳だった僕を残して、戦闘に巻き込まれて亡くなった。それ以来、僕自身は救芽井家に引き取られるまで、施設に預けられていたんだけど……」
「そういえば、そんなこと言ってたな。――まさか、その戦場ってのは?」

 このタイミングで以前に話していた覚えのある、自分の出自の話題を出してきたってことは、まさか……。

「察しが良くて助かる。その鋭さを、もう少し周りの女の子に分けてあげて欲しいくらいだね」

 そんな俺の意を汲んでか、古我知さんは目を細めて、見透かすように俺の瞳を視線で貫く。周りの女の子に何を分ければいいのかはわからんが、とりあえず彼が戦う理由は薄々把握できた。

 ……戦場で取材をしていた彼の両親は、瀧上さん――すなわち十年前の「新人類の巨鎧体」の暴走に巻き込まれてしまった。

 それが死因だとするなら、瀧上さんは古我知さんの両親の仇。伊葉さんの云う、彼が戦う理由というのは、これのことじゃないだろうか。家族の敵討ちというシンプルな動機に気づかないほど、俺は鈍感じゃない。

 ふと彼の傍にいる矢村に視線を移してみると、彼女は耳を塞いだまま、俺達に背を向けて縮こまっていた。どうやら、よっぽど凄惨な話を聞かされたみたいだな。

「……彼女には悪いことをしたと思うよ。それでも、納得してもらうには仕方のないことだった。続けても?」
「ああ。瀧上さんの話はだいたい所長さんから前もって聞いてるし、それなりに耐性は付けてるつもりだ。遠慮はいらん」
「そうか。……両親を失い、君に敗れ、救芽井家からも見放されたと思った頃だったよ。甲侍郎さんが現れて、この件の話を持ち掛けられたのは」

 古我知さんは俺の了解を得ると、この「隙間」の外から、さらに遠い世界を見るような目で、静かに説明を再開する。

「僕は、君が言うところの所長さん――つまり鮎美さんとは面識があってね。そのツテを利用して、四郷研究所を偵察するように頼まれたんだ。僕自身の釈放を条件にね」
「所長さんと知り合いだったのか? でも、あの人は確か帰国してすぐに……」
「――彼らがこの研究所に逃れてから数ヶ月、彼女は施設で孤立していた僕の遊び相手になってくれていたんだ。何も知らなかった僕は素直に彼女を慕っていたし、救芽井家に引き取られてからも、連絡は取り合っていた」

 俺の知らない、所長さんの話を始めた古我知さんの頬は僅かに紅潮しており、声もやや上擦っている。……なるほど、そういうことか。

「大人になって、彼女の実態を知ってしまっても、僕らの関係は変わらなかった。どんな経緯でも、やっぱり僕にとっては姉のような人だったから。向こうも、犠牲者の中に日本人がいたことを突き止めてからずっと、遺族だった僕を気にかけてくれていたみたいだし」
「なるほど。で、そのツテを使って瀧上さんのことを調べろって言われたわけか」

 昔から彼女と繋がりがあったとするなら、「新人類の将兵」に「解放の先導者」の面影が感じられていたことにも説明がつく。
 大方、彼女が流した情報を使ってあの機械人形を量産し、「技術の解放を望む者達」を組織したんだろうな。十年前に十二歳だった古我知さんが「大人」になる頃といえば、二年前の事件とも重なる。
 ――それだけの関わりがあるなら、瀧上さんを潰したがってる甲侍郎さんに目を付けられるのも当然、ということか。

「……うん。父さんや母さんの仇が取れるとしても、彼女にも危害が及びかねない以上、乗り気ではいられなかったけどね。そんな中途半端な気持ちが災いしてか、あの瀧上凱樹にあっさり感づかれてしまったんだ」

 そこで彼の声のトーンは急激に下がり、白銀の篭手が額の傷をさする。……その時に付けられた傷だったんだな、あれは。

「酷いものだったよ、本当に。鉄の拳で頭を裂かれ、両手両足をもぎ取られ、最後はゴミのように研究所からつまみ出された。後で駆け付けた鮎美さんが、彼に隠れて僕を治療してくれなかったら、間違いなく命を落としていたよ」
「……矢村が耳を塞ぐわけだ。相変わらず優しい口調でえげつない真似する野郎だぜ」
「そうだね、その通りだ。でも、それも鮎美さんに助けられた命を繋ぐためだ。今回ばかりは見逃して欲しい」
「その『命を繋ぐため』だって云う生命維持装置を付けられたのも、その頃なのか?」

 手足を引きちぎられた、という話を聞かされた俺の脳裏に、所長さんの部屋で見た「四肢断裂」という単語が蘇る。両手両足を持って行かれた彼が、こうして五体満足(にも見える格好)で俺の前にいる以上、所長さんが何かしたとしか考えられない。

「あぁ。『新人類の身体』のテクノロジーを応用した電動義肢。そして、停止寸前だった血液の循環をカバーするための、心臓を補佐する生命維持装置。おまけに研究中だったっていう高電圧ダガーも取り付けられた。ちょっと例えが違うかも知れないけど、子供の頃に甲侍郎さんに見せられてた、仮面を付けた改造人間のヒーローみたいだね」
「ヒーローねぇ……。そういやそのマスクを外した途端、声が元に戻ったよな? どういう仕組みなんだ」
「ただの変声機能付きのヘルメットだよ。それ以外の機構は君のと大して変わらない。……十年前の瀧上凱樹の声、か。結局、彼女が欲しいのは僕じゃなくて、ヒーローだった彼なんだよね……」

 寂しげな声を漏らす彼だが、その武骨な見なりのせいでどうしてもミスマッチに感じてしまう。

 ――機械に詳しいわけじゃないから全て理解できてはいないんだが、要するに、いわゆるサイボーグとして生まれ変わった、ということなのだろう。あまりにも変わり果ててしまった自分の身体に、彼はただ苦笑するばかりだった。

「このおかげで、僕自身は随分と強くなれた。君に負けないくらいにね。……でも、偵察自体は大失敗どころか、瀧上凱樹をより警戒させる結果を招いてしまった。そこで、甲侍郎さんは救芽井エレクトロニクスと四郷研究所でコンペティションを擬似的に行わせて、その隙を突いて一網打尽にする計画を新たに立案した。僕は、その段取りを手伝うことになったんだ」

 半分以上が人間じゃなくなるような目に遭っても、好きな人に危害を加えかねなくても、彼はあくまで甲侍郎さんに従っていたらしい。

 「着鎧甲冑の繁栄」。自分自身の行動基準が全てそこにある限り、どこまでも突き進んでいく。古我知さんは、そういう男なのかも知れない。

「それでおばちゃんを線路に放り込んだり、茂さんに『救済の超機龍』のことを吹き込んだりしてたってわけか。……俺が瀧上さんの様子を見るための『囮』に相応しいか、見定めるために」
「そう卑屈にならないでくれ。甲侍郎さんが君の働きに期待していたのは事実だ。そして――僕もね」

 古我知さんはそこで言葉を切ると、一転して厳しい眼差しに切り替え、隙間の先に見える「新人類の巨鎧体」を睨みつける。次の瞬間、引っ切り無しに響き続けていた轟音が、一際大きなものになった。
 例の赤褐色の鉄人は、かなり近いところにまで迫っている。あの巨人と俺達の間にある距離は、もう五十メートルもない。何かを引き剥がすような音。濁流が瓦礫を飲み込む音。終末を思わせる現象が、「音」という形で俺達に迫りつつあるのだ。
 いつ見付かってもおかしくない。いや、今見付かっていないのが奇跡、というべきか。

「本来、『新人類の巨鎧体』は水中には適応できない。『新人類の身体』と同様にね。にも関わらず、あれほど暴れさせていられる理由がわかるかい?」
「あのブースターで飛べるから……?」
「その通り。彼は僕達を皆殺しにしてから、ゆっくりと格納庫から地上に離脱するつもりでいる。エレベーターが壊れた以上、脱出路はあそこしかないからね」

 古我知さんが指差す先には、「新人類の巨鎧体」が最初に現れたスペースが見える。今となっては瓦礫だらけだが、それでも退路としては健在らしい。

「あそこには地上に繋がる螺旋階段がある。『新人類の巨鎧体』を始末したら、それを使って脱出しよう」
「始末……? 何か作戦でも?」
「ああ。君の言う通り、『新人類の巨鎧体』の生命線はあのジェット機能にある。そして、今は瓦礫だらけになってるアリーナの下には、大量の海水がある。僕の狙いは、わかるね?」
「ブースターを壊して、プールになってるアリーナに沈めよう……ってことか。確かにそれなら仕留められるけど、本当に上手く行くのか?」
「僕一人なら一瞬でおだぶつだね」

 俺の問いに対し、彼は「自分だけでは不可能」とあっさり断じてしまった。真剣な顔でそう言い切るのだから、それだけ彼にとっても厳しい相手である、ということなのだろう。

 「新人類の身体」の能力を得たサイボーグでも、たった一人では絶対に敵わない敵。そんな強大な存在を見据えていた眼差しは、いつしか俺に向けられていた。

「そこで、君には君の言葉で云うところの『囮』としての責務を全うして貰う。アリーナのところに引き付けてくれさえすれば、僕が高電圧ダガーを背部のジェットタンクに突き刺して終わりにする」
「ジェットタンクに突き刺す……!? そんなことをしたら!」
「大丈夫だ、うまく電流を時間差で流し込むように調整すれば、すぐには爆発しない。飛行能力を失った『新人類の巨鎧体』は鉄屑と化し、瓦礫を突き破り海に沈む。瀧上凱樹がその事態に気を取られている間に、鮎子君の首を奪還するんだ」

 一度殺されかけたことで達観しているのか、それとも感覚がマヒしてるのか。いずれにせよ、古我知さんの提案する作戦がとんでもない博打の連続なのは間違いなかった。

 下手をすれば突き刺した瞬間に俺達が全て吹き飛ぶ可能性もあるし、瀧上さんが「新人類の巨鎧体」の水没をさほど気に留めず、隙を作らなかったら、四郷も一緒に魚の餌になる。

 ――それに、古我知さんの作戦で行くと、少なくとも瀧上さんは絶対に殺すことになる。確かに、戦うための身体に改造された彼なら、躊躇する必要はないだろう。
 人を殺すことが「悪」だとわかった上で、それを実行する覚悟が「必要悪」という名の所以とするなら、なおさらだ。

 だけど、俺は? 人の命を救うための着鎧甲冑で、そんなマネが許されるのか?

 ましてや「救済の超機龍」は誕生の経緯はどうあれ、救芽井の夢を背負って生まれた着鎧甲冑であることには違いないはず。それを使ってこんな作戦に協力することが……本当に正しいのだろうか。

 ……いや、それ以前に、俺がアリーナまで誘い出すまでに殺されても作戦はおじゃんになる。その時点で古我知さんも打つ手を失い、矢村も四郷も死ぬ。
 いい作戦どころか、いつ誰がどうなっても不思議ではない。命を対価に宝くじに挑戦するよりもシビアだろう。

 ――だが。

「しゃーねぇ。他に手段がないんなら、それで行くしかないよな。うまく四郷ごと吹き飛ばさないようにしないと、俺は承知しないぞ」
「君こそ、僕の期待を裏切って勝手に死なないでくれよ?」

 やるしか、ない。

 だって、救芽井や所長さんに約束しちまったんだから。絶対に四郷を助けると。

「あ、そうだ」
「どうしたの? 龍太く――ッ!?」

 ことのついでに、白銀の鎧に隠れた腹に思い切り突きを入れてやる。おばちゃんを線路に放り込んでくれた分だ。
 ……まぁ、生身の人間の拳が、サイボーグに通じるはずはないんだけどな。現に古我知さんは少し驚いたような顔をしたくらいで、全くダメージを受けていないようだった。

「赤の他人まで巻き込んだ落し前だ。事態が事態だし、今はこんなとこで勘弁しといてやる」

 むしろ、痛いのは俺の方。やる前からわかっていたことだ。だからこれは、古我知さんではなくて俺への「落し前」。絶対に助けるなどとデカい口を利いておきながら、人の助力がなきゃ何もできない俺自身への、戒めだ。

「……全く、君も相変わらずだよね。そういう自分の痛みに無頓着過ぎるとこ」

 古我知さんも分かっているらしく、俺の面倒な性格に苦笑いを浮かべていた。――あんたには言われたかねぇや。

「よし、それじゃ行こうか」
「ああ。……そっちこそ、期待を裏切るなよ。古我知さん」

 ここまで来たら、あとは死ぬ気であのデカブツを引き付けるだけだ。「救済の超機龍」のバッテリーもピンチだが、やるしかない。

 俺は仮面を被り、戦闘準備に入りつつある古我知さんに続くように、「腕輪型着鎧装置」を装備している右の手首を捻る。そして、隙間から身を乗り出そうと脚を伸ばした時。

「龍太、龍太ッ! ちょお、待ってやッ!」

 ――矢村の悲痛な叫びが、俺の歩みを引き留めた。
 
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