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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第八十六話 余波(その2)


帝国暦 486年 9月16日    オーディン  新無憂宮  オットー・フォン・ブラウンシュバイク



リッテンハイム侯と共に部屋に入ると帝国軍三長官がソファーに座って待っていた。三人が一斉に起立し我らに敬意を表す。それに応えソファーに座った。こちらに向けてくる三人の視線が厳しい。物問いたげな表情だが口は開かない、こちらがしゃべるのを待っている。こういう辺りは焦って話しかけてくる馬鹿な若造などより遥かに好もしいし頼もしくもある。

「待たせたな、今陛下に全てを御報告してきた」
「それで陛下は?」
「全てを我らに任せると。一々上奏に及ばずとのことだ」
わしとエーレンベルク元帥の会話にシュタインホフ、オフレッサーの二人が頷いた。

「既に私の方で警察を動かした。今、カッセル街にある地球教団支部に向かっている。確か十九番地だったな」
「どの程度の人間を動かしたのです? 武装は?」
「約千名、軽火器を装備している。十分だろう」
「……憲兵隊、装甲擲弾兵を動員した方が良いのではありませんか? 準備は出来ておりますが……」

エーレンベルク元帥がわしとリッテンハイム侯の顔を交互に見ながら話すとリッテンハイム侯がわしに視線を向けてきた。悪い案では無い、念には念を入れるべきだろう。軍と警察が協力しているという姿を見せる事にも意味が有るはずだ。わしが頷くと侯も頷いた。同じ事を考えたか……。リッテンハイム侯が口を開いた。

「軍務尚書の提案を受けよう。但し、軍は警察の支援だ。本件は警察の主管とする。それより軍にはやってもらわなければならんことが有る」
「地球、ですな。リッテンハイム侯」
「その通りだ、シュタインホフ元帥」

帝国軍三長官が顔を見合わせた。エーレンベルク元帥が口を開く。
「その件につきましてはこちらでも検討済みです。ミューゼル中将の艦隊、装甲擲弾兵一個師団を派遣しましょう。それと鎮圧後に地球を調査するために情報部からも人を出すことになっています」

「こちらも教団支部を制圧後は調査、取り調べ、情報収集を行う事になる。分かった事は直ぐ軍にも報せる。地球制圧にも関わる事が出てくるかもしれんからな」
「そうですな、そうしていただけると助かります。こちらも地球制圧後に得た情報は内務省に報せます。情報の分析は軍と警察が共同して行った方が良いでしょう」
「うむ」

リッテンハイム侯がわしを見て頷いた。
「良いだろう、直ぐに準備に取り掛かってくれ」
「頼むぞ」
帝国軍三長官が立ち上がり敬礼をして部屋を出て行った。

三人が出て行ったあとしばらく部屋に沈黙が落ちた。わしとリッテンハイム侯、並んで座っていても視線を向ける事は無い。暫くしてリッテンハイム侯が溜息を一つ吐き話しかけてきた。

「とんでもないお化けが出てきたな、ブラウンシュバイク公」
「全くだ、昨日までなら地球? 一体何の冗談だと言っていたのだが……」
「同感だが冗談ではなくなった、そうだろう」
「うむ」

侯がチラっと視線を向けてきた。
「あの小僧、妙な事を言っていた……。そうは思われんか」
「妙な事か」
「うむ」

妙な事か……、全てが妙な事ではあるが……。
「侯が言っているのは改革が行われれば戦争はしづらい、その事かな」
「うむ…….どう受け取るべきか……」
お互い歯切れが悪い。

「妙な事はもう一つあるとわしは思う」
「と言うと」
「向こう側の出席者は国防委員長と宇宙艦隊司令長官だった、妙であろう」
「……なるほど、言われてみれば確かに……」
リッテンハイム侯が頷いている。確かに妙なのだ。

帝国に例えればエーレンベルクとオフレッサーが出てきた様なものだ。最高評議会議長、だったか、何故それが出てこないのか……。帝国側は我ら二人、言ってみれば帝国のトップを選んだ。にもかかわらず向こうは軍の代表者でしかない……。

格が釣り合わぬ、しかしそれに気付かぬとも思えん。第一、レムシャイド伯もそこに居たのだ、当然だが指摘しただろう。だが出てきたのはあの二人……。レムシャイド伯も同意しての選択と言う事になる。リッテンハイム侯に視線を向けた、侯もこちらを見返してくる。

「侯は偶然だと思われるか?」
わしの問いかけにリッテンハイム侯が首を横に振った。
「いや、それは有るまい。話の内容があれだ、偶然はない」

「うむ、と言う事は敢えてあの二人を選んだという事になる……」
「そうなるな。嫌がらせや侮辱でも無い、他に何か意図が有る……」
侯の眼には困惑が有る。おそらくはわしも同様だろう。

「誰の意図かな。会談の流れからすればどうやらヴァレンシュタインの考えのようだが……」
「おそらくはそうであろう、何らかの意図が有るのは確かだろうがどうにも読めぬ」
「全くだ」

妙な事は他にもある。あそこで話した内容は地球の事だったが亡命帝、晴眼帝にかこつけて和平、共存についても触れている。向こう側の二人は軍の代表者だ。今現在優勢に戦いを進めているのは反乱軍、にもかかわらず黙って聞いていた……。どうも妙だ。

リッテンハイム侯が溜息を吐いた。
「厄介な相手だ、常に主導権を握ってこちらを振り回してくる……」
「確かに、侯の言う通りだな、……レムシャイド伯に探らせるか」
「探らせるとは?」
侯が訝しそうな顔をしている。

「向こうに直接ぶつからせる」
「本気か? ニーズホッグに良い様に利用されかねんぞ」
目を見張った侯の表情が可笑しかった。思わず笑い声が出た。ずいぶん久しぶりに笑った様な気がする。

「構うまい、今のままでは訳も分からずに暗闇を歩いている様なものだ。どんな小さな灯りでも良い、我らには足元を照らす灯りが必要であろう」
「言い得て妙だな。訳も分からずに落とし穴に落ちるよりはましか」
侯が苦笑を浮かべた。酷い例えだ、しかし侯の言葉を借りれば確かに言い得て妙ではある。わしも釣られたかのように苦笑いしていた。

笑いを収めるとリッテンハイム侯が話しかけてきた。
「レムシャイド伯にはハイネセンに行って貰った方が良くはないかな」
「なるほど、向こうの状況を探らせるか……。どうせだ、そこまでやらせるか。名目は対地球教の調整担当者、そんなところだな……」

「そんなところだ。フェザーンには別な人間を送れば良い」
「うむ」
侯の考えは悪くない。いや、むしろ必要不可欠な一手だろう。帝国は弱者なのだ、であればこそ兎のように長い耳が要る。その一つがレムシャイド伯……。フェザーンにも早急に人を送らねばならん。さて、誰を送るか……。

「侯、クロプシュトックに向かった連中に注意を払ってくれ」
「今回の件でどう反応するかだな」
「うむ。フェザーンの件は連中にとっても他人事ではない筈だ。必ず何らかの動きが有る、見逃すことは出来ん……」

リッテンハイム侯がわしの顔をじっと見つめた。
「フェザーンに送り出すか……」
「……それも選択肢の一つだな」
邪魔だな、どう考えても貴族が邪魔になる。改革の邪魔、反乱軍との協力にも不満を漏らすだろう、そしてフェザーン……。

地球の事が有る以上反乱軍との協力体制は維持せねばならん。それを行いつつ貴族どもを反乱軍にぶつける……。さて、可能かどうか……。鍵を握るのはレムシャイド伯だな、何処まで連中の真意を探れるか、何処まで此方の意図を伝えられるか……、溜息が出た。



宇宙暦 795年 9月16日  フェザーン  ベリョースカ号     ワルター・フォン・シェーンコップ



交易船ベリョースカ号の窓から外を見ていると後ろから声をかけられた。
「ヴァレンシュタイン提督はどちらに」
「自室でお偉方と話し合っていますよ、マリネスク事務長」
「そうですか、いやまさかこんなことになるとは思いませんでしたな」
「まあそうですな、しかし悪い事ばかりじゃない。今のところベリョースカ号は安全だ」

マリネスクは俺の言葉に頷きながら外を見ている。表情は決して明るくない。交易船ベリョースカ号はフェザーン回廊を自由惑星同盟側に向かって航行しているがその周囲には七隻のフェザーンの交易船が同じように航行している。広域通信でベリョースカ号が攻撃されればフェザーンが報復を受けると知ったフェザーン商人が自主的にベリョースカ号の護衛をしているのだ。

「あの話は本当なのですか」
「地球の件ですかな」
「ええ」
外を見ながら問いかけてきた。覚束ない表情だ。想像を超える事態に困惑しているのだろう。

「事実でしょう、証拠も出た」
「通信室ですか」
「ええ、レムシャイド伯の部下が確認しましたからな」

今度はハアと溜息を吐いた。重症だな、これは。マリネスクは信じたくは無いのだろうがフェザーン商船が七隻も自主的に護衛をしている。一抹の疑いは有るだろうが真実だと思っている人間は多いだろう。それほどあの通信のインパクトは大きかった。

「どうしました、こんなところで」
声のした方向に視線を向けるとヴィオラ大佐が大きな腹を揺すりながら近づいてきた。面白い男だ、外見と中身がこれほど違う男も居ないだろう。切れる男には見えないがこの男の協力無しにはフェザーンでの作戦は成功しなかった。

「いや、これからどうなるのかと思いまして……」
「どうもなりませんな、マリネスク事務長。提督が言っていましたが、宇宙は全てが変わり、何も変わらないそうです」
そして宇宙には呪いが満ち溢れ、人類は恐怖と怒りに震える事になる。この部分は言わない方が良いだろう。

マリネスクは妙な顔をしたが諦めたように首を振って去って行く。その後ろ姿を見ながらヴィオラ大佐が話しかけてきた。
「大分参っているようですな」
「無理もない、フェザーン人にとっては天地がひっくり返った様なものだろう」
「天地がひっくり返ったですか、確かにそんな感じですな」

「良いのか、弁務官府の方は貴官が居なくなって大変だろう。心配じゃないのか」
俺の質問にヴィオラ大佐は肩を竦めた。
「構いませんよ、どうせ何も出来はしないんです。今頃はハイネセンにお伺いを立てているでしょう」

ヴィオラ大佐が冷笑を浮かべた。
「ヘンスロー弁務官の事を御存知ですか」
「いや、知らない」
「あるオーナー企業の二代目なのですがね、余りに無能なので重役達が持参金付きでフェザーンの高等弁務官に就任させたのですよ」

「持参金と言うのは」
「政治献金……、しこたませしめたでしょうな。そうでもなければあんな馬鹿を弁務官になどしません」
「……」
ヴィオラ大佐の冷笑が更に酷くなった。

「あの馬鹿、フェザーンで何をしていたか知っていますか?」
「いや」
「毎日愛人の家に入り浸りですよ。その女はルビンスキーが用意しました。ルビンスキーの飼い犬ですな、それで満足しているのですから愚劣にも程が有る!」

吐き捨てる様な強い口調だった。余程に耐えがたかったのだろう。
「貴官が今回の件に加わったのはそれが理由か」
「ルビンスキーに一泡吹かせると聞いてそれで協力する事に決めました。どうなろうとあのままフェザーンで腐っていくよりは遥かに良い。まあ結果は予想以上ですな、あの馬鹿も今頃は蒼くなっているでしょう」

ヴィオラ大佐が俺に視線を向けた。冷笑は無い、楽しそうな笑みを浮かべている。分かる、貴官の想いが俺には良く分かる。
「なかなか楽しませてくれる方だ、そうは思いませんか」
「同感だ、良い玩具を見つけた子供の様な気分だな」
俺が笑い声を上げるとヴィオラ大佐も笑い出した。



宇宙暦 795年 9月16日  ハイネセン  統合作戦本部  ジョアン・レベロ



「大変だったよ、議長を始め皆が君を非難した」
『そうですか』
「そうですかって、それだけかね。私もシトレ元帥も君を弁護するのに大変だったんだが」

ヴァレンシュタインのそっけない返事にトリューニヒトが不満そうな表情をした。シトレも同意するかのように頷いている。親の心子知らず、そんなところだな、トリューニヒト、シトレ。全く可愛げのない小僧だ。

『半分くらいは私を責める事で委員長閣下を責めたのではありませんか』
「……」
『いけませんね、他人の所為にするのは政治家の悪い癖です。自分の責任を認めようとしない、それなのに功だけは声高に言い立てる。困ったものです』

平然としたものだ、思わず失笑が漏れた。私だけじゃない、皆笑っている。トリューニヒトでさえ苦笑していた。残念だな、トリューニヒト、出来の良すぎる息子は親の欠点を親以上に知っているようだ。

「つくづく思うのだが君は政治家になるべきだよ、必ず大成する事は間違いない、保証する」
『冗談はやめてください、私は軍人でさえ嫌々やっているんです』
「その割にはなかなかのものだが」

シトレの言葉にヴァレンシュタインが顔を顰めた。もったいないな、確かにこの男は政治家向きだ。それなのに彼は政治家という職業に対してネガティブな感情を持っている。

「政治家は軍人よりも嫌かね」
『大量殺人者と大量殺人教唆者とどっちが良いかと訊かれているような気分ですよ、国防委員長。ついでに言えば百三十億の同盟市民の面倒などとてもみる事は出来ません。私はそこまでお人好しじゃない』
憮然とした口調と表情にまた失笑が起きた。それにしても大量殺人教唆者か、主戦論を吐くトリューニヒトへの当てつけだな。

「君と話すのは本当に楽しいよ、これは冗談ではないよ。私の周囲には君の様に面白い人間はどういう訳かいないんだ、何故かな?」
『私に聞かないでください、興味ありません』
にべもない返事だ。トリューニヒトとシトレが顔を見合わせる。トリューニヒトが肩を竦めるとシトレが首を横に振った。

「さてそろそろ本題に入ろう。例の件だが私とシトレ元帥、つまり軍が担当することになった」
トリューニヒトの言葉にスクリーンに映るヴァレンシュタインは微かに笑みを浮かべた。

ここからの会話は細心の注意がいる。ヴァレンシュタインの乗っている船、ベリョースカ号は民間船だ。スクランブラーの機能が無いか、有っても脆弱なはずだ。盗聴しようとすれば難しくは無いだろう。奴が同盟軍の艦に移るまでは歯痒くても遠回しな表現をしなければならない。

もっとも話をするのはトリューニヒトとシトレだけだ。私とホアンは話はおろかスクリーンにも映ってはいない。トリューニヒト達からは少し離れた場所に居る。我々四人、いやヴァレンシュタインも入れれば五人の繋がりを周囲に知られてはならない……。

『反乱軍の首魁である最高評議会議長は如何されたのです? 法秩序委員長もですが……』
「暴虐なる帝国人とは関わりたくないそうだ」
『残念ですね、それは』
ヴァレンシュタインの笑みが大きくなった。どうやら嘲笑だな、議長が嫌いらしい。

「まあ最初に帝国側と接触したのは私とシトレ元帥だ。その方が良いだろう、変な混乱をせずに済む」
『そう言って貰えるとお引合せした甲斐が有ったというものです』
「喜んで貰えて嬉しいよ。君を失望させたくは無いからな」

トリューニヒト、シトレ、ヴァレンシュタインの三人が笑みを浮かべている。やはりヴァレンシュタインは軍が全面に出る事を望んでいる。ホアンに視線を向けると彼は大きく頷いた、私も頷く。先ずは想定通りだ。しかし、狸と狐の化かし合いだな、酷い会話だ。

『しかし、いずれは最高評議会議長の職責に有る方が交渉に臨むべきだと思いますね』
「……」
トリューニヒトの顔から笑みが消えた。ヴァレンシュタインが何も気付かぬように言葉を続けた。

『あちらに対して失礼ですし、それにトップ会談の方が物事を決めやすいという利点が有ります。特に大きな問題ほどそうです』
「なるほど」
『まあこれは私の私見ですが』
「いや、私も同意見だよ、ヴァレンシュタイン提督」

トリューニヒトがまた笑みを浮かべている。ヴァレンシュタインも同様だ。政権を取ると言う事か、いや政権を取らなければ和平は難しいという事だな。確かにサンフォードでは和平は無理だろう。ホアンが私に“時が来たようだな”と囁いた。同感だ、確かに時は来ている。

「帝国側とは色々と相談しながら事を進めていくことになりそうだ」
トリューニヒトが“色々”という部分に少し力を入れた。あるいは入れたように思えただけかもしれない。しかしその“色々”には地球の他に和平の事も含まれているはずだ。

『そうですね、両国の未来に関わる問題です、十分に話し合う事が必要でしょう。何と言っても同盟と帝国が協力する事には反対する人が多い、そうではありませんか』
確かにその通りだ。ヴァレンシュタインの言葉にトリューニヒト、シトレが頷いた。顔を見合わせた後、今度はシトレが口を開いた。

「確かに君の言うとおりだ。今日も反対が酷かった」
『やはりそうですか……。しかし同盟よりも帝国の方が深刻でしょう。反対する人達は武力を持っています』
武力、貴族か……。

「一筋縄ではいかないか……」
『ええ、不満には思わせても怒らせるわけにはいきません』
「なるほど、確かに」
不満には思わせても怒らせるわけにはいかない。怒らせれば場合によっては内乱になるか……。地球対策でさえ不満は出るだろう、和平となればその比ではないはずだ。……内乱、十分に有り得る。
どう考えるべきかな、内乱になれば当然だが和平は結べない。しかし帝国側から攻め込んでくることは無くなるはずだ。こちらから攻め込もうなどと考えなければ戦争はいったん休戦状態にはなるだろう。零点とは言えない、点数は休戦状態がどの程度続くかで変わるだろう……。

だが先ずはブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯が和平についてどう考えているのかを知る事だな。いや最初に知るべき事はあの二人が帝国をどの方向に導こうとしているのか、先ずはそこからだろう……。



 
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