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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第八十五話 余波(その1)




宇宙暦 795年 9月16日    ハイネセン  最高評議会ビル    ジョアン・レベロ



「どういう事だね、あれは! 国防委員長! シトレ元帥! 君達は知っていたのかね!」
最高評議会議長、ロイヤル・サンフォード氏が額に青筋を立てて怒っている。普段、事なかれ主義の影の薄い最高評議会議長にしては珍しい事だ。もっとも此処にいる人間で腹を立てていない人間など皆無だろう。多かれ少なかれ、理由は違えども皆腹を立てているに違いない。中でもとりわけ腹を立てているのが今名指しされた二人のはずだ。

「知っていたとも言えますし、知らなかったとも言えます」
「ふざけているのかね、君は」
「そういうわけではありません」
神妙な口調と表情ではあったがトリューニヒトの答えはお世辞にも誠意が有るとは言えなかった。もう少しまともに答えろ、馬鹿を煽ってどうする。

「シトレ元帥、君はどうだね。ヴァレンシュタインは君の秘蔵っ子だそうじゃないか、知っていたのかね」
シトレが顔を顰めた。秘蔵っ子と言うのが不本意なのだろう。本来ならシトレはここに居る事は無いのだが今日は特別に出席を命じられている。彼にとっては有難い事ではないはずだ。

「軍の謀略の一環としてヴァレンシュタイン中将がルビンスキーと接触する事を認めました」
「軍の謀略? トリューニヒト君、君は知っていたのかね」
「知っていました」

二人とも平然としている。面憎いばかりだ。トリューニヒトが言葉を続けた。
「以前にも話しましたが軍の基本方針は敵兵力の撃破です。イゼルローン要塞攻略は損害が多く非効率だと見ている。この方針の問題点は唯一つ、敵が出撃してこないと行えないという事です」

「そんな事は分かっている。当たり前の事だろう」
意地の悪そうな表情で言ったのは法秩序委員長、ライアン・ボローンだった。トリューニヒトがサンフォード議長に叱責されているのが嬉しいらしい。ましてその原因がヴァレンシュタインとなれば飛び上がりたいほどだろう。口元が緩んでいる、いや緩みきっている。不愉快な奴だがトリューニヒトは気にすることもなく話を続けた。

「敵が出てこない以上、こちらとしては引き摺り出すしかない。ヴァレンシュタイン中将がフェザーンに行ったのはルビンスキーと接触する事で帝国にフェザーンが同盟に接近しようとしていると思わせる事が狙いでした。帝国はそれを許せないはずです、となれば必ず軍事行動に出る」

「しかし現実には少し違う展開になっているな」
今度はジョージ・ターレルか……。この副議長兼国務委員長も皮肉たっぷりな笑みを浮かべてトリューニヒトを見ている。どうしようもないクズだな。トリューニヒトが憮然とするのを見て今度はシトレが口を開いた。

「今にして思うとヴァレンシュタイン中将はフェザーンに対してその真の姿は地球なのではないかと疑いを持っていたようです。ただ確証が無かった。そのため我々にはそれを話しませんでした」
「どうしてだね」

「証拠も無しに言えるような事ではないと判断したのしょう。或いは言っても信用してもらえないと思ったか……。我々に言ったのはフェザーンにはどうも不審な点がある。或いはそれを確認するために少し無茶をするかもしれないという事でした」
まるで不始末をしでかした息子を庇っている父親のような口調だな、シトレ。あのバカ息子に少しは親の苦労を教えてやりたい気分だ。

「少し無茶? あれのどこが少し無茶だね。アドリアン・ルビンスキー、レムシャイド伯を拉致し、カーチェイスでは十人以上の警官を病院送りにした。死人が出なかったのは奇跡だそうだ。おまけに最後はフェザーンを攻撃しろだと? 全銀河の人間があれを聞いたのだぞ!」

興奮するなよ、シャルル・バラース。お前はサンフォード議長の腰巾着だから点数を稼ぎたいんだろうが見え見えで興醒めする。
「それは正確ではないな。レムシャイド伯は自分の意志でヴァレンシュタイン中将に同行している。それにフェザーンを攻撃しろと言ったのはあくまで自己防衛のためだ。フェザーンが彼を攻撃しなければこちらもフェザーンを攻撃しない」

トリューニヒトが片眉を上げて間違いを訂正した。逆効果だろうな、バラースの顔が朱に染まった、大当たりだ。
「だからなんだと言うんだね! 大したことではないとでも言うのかね!」
火に油だ、トリューニヒトは無表情にバラースを見ている。内心では呆れているか、舌でも出しているだろう。

「フェザーンからは強い抗議が来ている。早急にルビンスキーをフェザーンに戻したまえ!」
強い口調だ、明らかに議長は興奮している。皆がサンフォードの言葉に困惑を浮かべた。当然だろう、この状況でルビンスキーを返す? 状況が分かっているのか、この男。

「それは得策とは言えません。今ルビンスキーをフェザーンに返せば地球について何も分からなくなります。彼は生証人ですよ」
「あんなでたらめを真に受けるのかね、君は」
トリューニヒトの言葉にサンフォードがむきになって言い返した。らしくないな。

「国防委員長の言う通りです。同盟市民はあの通信でフェザーン、地球に対し強い不信と疑問を持ったはずです。ルビンスキーを返すという事は市民の不安に答えないと政府が宣言したも同然です。滅茶苦茶になりますな」
私の言葉にサンフォードが顔を顰めた。シャルル・バラースがサンフォードの顔色を窺うように見ている。しようの無い奴、この期に及んでなおも御機嫌取りか。

「もう少し建設的な話をしませんか」
ホアンが何処かのんびりした口調で間を取った。いいぞ、ホアン。
「建設的だと!」
「そうです、ルビンスキーを返すなど論外だと思います。むしろこれからどうするかを話し合うべきではありませんか。事は起きてしまったのです」

青筋を立てているサンフォード議長にホアンが冷静に指摘した。その通りだ、問題はこれからだ。どれ、私も手助けするか。シトレが父親なら私の役どころは近所の心優しい小父さんかな。
「先ずは地球教だな、帝国との取り決めでは至急取り締まる、だったな。国防委員長」
私の言葉にトリューニヒトが頷いた。

「待て、帝国との取り決め? 帝国に協力すると言うのかね」
「そういう約束のはずだ、マクワイヤー天然資源委員長」
「馬鹿な、帝国に協力など」
何人かがマクワイヤーに同意するかのように頷いた。

「では反故にすると言うのかね。どれだけの人間があの通信を聞いていたと思うんだ? 第一、これは帝国だけの問題じゃない、同盟の問題でもある。同盟にも地球教は浸透しているんだ」
私の後にホアンが続いた。

「財政委員長の言う通りだ。だからヴァレンシュタイン中将は両国の首脳を引き合わせたのだろう。レムシャイド伯が協力したのもこれは帝国、同盟共通の問題だと認識したからだ」
皆が顔を見合わせている。周りを窺うような表情だ。ヴァレンシュタイン、ホアンに感謝しろ、ここにも優しい小父さんが居た。

「取り決めと言うがトリューニヒト国防委員長にもシトレ元帥にも帝国と取り決めを結ぶ権限などないはずだ」
自信無さげな声だな、トレル。もう少しましな意見を出せ。経済開発委員長か……、長い戦争で大規模開発プロジェクトなど予算不足、人員不足で行われていない、開店休業の状態だ。おかげでこんな馬鹿でも委員長が務まる。これも戦争の弊害だ。

「そんな事を言っている場合かね。同盟と帝国が共倒れになるのを笑いながら見ている連中がいるんだ。それを無視して戦争を続けるのかね、馬鹿馬鹿しい」
ホアンが激しく机を叩いた。トレルがバツが悪そうに俯く。

「しかし、あれは本当なのか?」
周囲を窺いながら問いかけたのは地域社会開発委員長のダスティ・ラウドだ。彼の言葉に皆が困惑を浮かべた。ターレルやボローンも笑みを消している。自然と皆の視線がトリューニヒト、シトレの二人に向かった。

「本当、と思わざるを得んな。あの通信を見て居た人間なら分かるだろうが、レムシャイド伯の部下達がルビンスキーの私邸を捜索した。そして地球との通信に使用していたと思われる通信室を発見したのだからな」

あの通信の後半にさしかかる頃だったろうか、ルビンスキーの私邸に向かった帝国兵からレムシャイド伯爵に通信室を見つけたと報告が入った。起動すると地球教の総大主教と思われる人間とコンタクト出来たらしい。思念だけで映像が無いためそれ以上は確認できなかった。しかし、その報告を聞いた時のトリューニヒト達四人の顔は引き攣っていた事が印象に残っている。おそらくは自分も同様だっただろう。

「警察の仕事になるな、国内保安法の適用か……、初めてのケースだろう」
ラウドがボローンに顔を向けた。皆も自然とそれに倣う。法秩序委員長ライアン・ボローンの顔は引き攣っていた。
「国内保安法だと? 馬鹿な」
吐き捨てる様なボローンの口調だった。気持は分かる、誰だって国内保安法の適用など考えたくは無い……。

国内保安法は暴力主義的破壊活動を行った団体に対して規制措置を定め、その活動に関する刑罰を規定した法律だ。同盟成立後、比較的早い時点で成立した法律だが評判が悪い。言論、表現の自由が制限されるのではないか、政治団体の活動を制限する物ではないかと市民だけではなく政治家達からも評判が悪かった。その所為だろう、これまで国内保安法が適用された事は無い。

「警察が動かないというなら軍が動く事になるがそれで良いか、ボローン法秩序委員長」
「馬鹿な、何を考えている」
トリューニヒトの言葉にボローンが驚いたように声を出した。ボローンだけじゃない、他のメンバーも驚いている。

トリューニヒトが周囲を睨むように見ながら口を開く。
「地球を軽視すべきではないと思う。彼らは帝国と同盟を共倒れさせようとしている。フェザーンの経済力と地球教という宗教で人類を支配しようとしているんだ。これは戦争だ、警察が動かないというなら軍が動く」

トリューニヒトの横でシトレが頷いた。既にこの二人は話し合っているのだろう。ボローンがトリューニヒトへの反発から、或いは国内保安法を適用することへの不安から動かない可能性を考慮したに違いない。皆はどう判断して良いかわからず困惑している。

「その方が良いと思う」
ホアンだった。皆が驚く中ホアンはゆっくりとした口調で話しだした。
「相手は宗教団体だ、国内保安法を持ち出せば反対する口実を与える様なものだ。当然地球教側もそれを言うに違いない、不当な弾圧だとね。むしろ敵と断定して軍を動かした方がはっきりして良いと思う」

「しかし、はっきり敵と決まったわけでは」
反対するマクワイヤーにホアンがうんざりした様な表情を見せた。
「天然資源委員長、もうそんな事を言っている場合じゃない」
「……」

「我々は行動するしかないんだ。確かにあの通信が出鱈目なら政権は吹っ飛ぶだろう。しかし躊躇して判断を先送りにすれば同盟市民は政府の統治能力に深刻な不安を抱くに違いない、自分達を守る意思が有るのかとね、政府は二進も三進も行かなくなるぞ、結局は総辞職だ。我々はこの問題を最優先で解決しなければならないんだ」

なるほど、確かにその通りだ。我々には行動するしかない。
「私も人的資源委員長に賛成する。我々は行動するべきだ、躊躇は許されない。同盟市民百三十億の視線が我々を見て居る事を銘記すべきだ」
彼方此方から呻き声が起きた。しかし反対する声は上がらなかった……。

会議が終わったのはそれから一時間程が過ぎてからの事だった。席を立ち帰ろうとするとシトレが声をかけてきた。
「レベロ」
「なんだ、戦争屋」
敢えてシトレを貶す様な言葉を使った。シトレが苦笑している。

「上にヘリを待たせてある、乗っていかないか。国防委員長も一緒だが……」
「貴様らと一緒にか」
顔を顰めて見せた、シトレの苦笑が益々大きくなった。
「今外に出たらマスコミに滅茶苦茶にされるぞ。ピラニアの群れに生肉を投げ込むようなもんだ。悪い事は言わん、乗って行け」

なるほど、確かにそうだ。良い口実だな。ではこちらも一芝居打つか。
「もう一人良いか?」
「構わんよ」
「ホアン、君もどうだ。戦争屋のヘリに乗るのは癪だがピラニアの群れに襲われるよりはましだろう」
「やれやれ、究極の選択だな。そうさせてもらおうか」

ヘリに乗ると早速話が始まった。ヘリの音がうるさい、顔を寄せ合い大きな声で話す事になった。
「予想外な展開だな、シトレ」
「まったくだよ、レベロ。こんな事になるとは思わなかった」
「さっきは不始末を仕出かした息子を庇う父親みたいだったぞ」
私の言葉に皆が笑い出した。

「不始末じゃないさ。出来が良すぎて理解されない息子を弁護しただけだ」
その答えにまた笑い声が上がる。一頻り笑った後、ホアンが問いかけた。
「これからどうなる」
会議では軍が責任を負う事になった。サンフォードもボローンも軍に責任を押し付けたといえる。シトレとトリューニヒトはこの事態をどう見ているか。

「さて、どうなるかな。だが悪くないと私は考えている」
「悪くないか」
「ああ、悪くないと思うよ、ホアン」
トリューニヒトはそういうと私達を見た。

「帝国と同盟に共通の敵が出来た。そして帝国のトップと顔をつなぐ事が出来たんだ。悪くないだろう」
「おそらくヴァレンシュタインの狙いはそこだと思う。上手くいけば和平交渉のとっかかりになる」

トリューニヒト、シトレの顔には笑みが有った。ホアンに視線を向けると彼は私に頷いて見せた。やはり皆考える事は同じか……。
「サンフォード議長もボローンも我々に責任を押し付けたつもりかもしれない。
だがこちらもそれは望むところだ。むしろここで出なければヴァレンシュタインに笑われるだろう。せっかくお膳立てしてやったのに何をしているのか、役に立たん奴らだと」

トリューニヒトの言葉に皆が笑い出した。トリューニヒトも笑っている。全くあの小僧はとんでもない奴だ。フェザーンに居ながら我々を操っている。
「それで、これからどうする」
私の問いかけにトリューニヒトが笑顔を浮かべた。

「先ずは我々の出来の良い息子殿の考えを聞こうじゃないか。多分彼は我々からの連絡を待っているんじゃないかと思う」
「賛成だな」
私の言葉にシトレ、ホアンが頷いた。皆表情に活気が有る。ほんの少し前まで影も形も見えなかった和平がほんの少しだが顔をのぞかせた。これからだ……。

 
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