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ランス ~another story~

作者:じーくw
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第3章 リーザス陥落
  第88話 奥義

「勝っても負けても……」
「ああ。戦争ではある、が。……個人的にオレ達に遺恨の類は 更々無い」

 再び間合いを取った両雄が向き合う。
 トーマは、地に落とした戦鎚を手に、ユーリも鞘に収めた剣の柄を握り、――……其々の得物をその手に携え 最大の攻撃に備えて構えた。
 
 ユーリは、低く そして やや前屈みで 己の持つ剣。
 妃円の剣を納刀した状態で 剣の鞘を握り締めていた。その構えは言わずもがな、《抜刀術の構え》である。通常よりも やや、前傾姿勢を取っているのは、剣速を重視しているのだろう。この豪傑相手に、覚醒した相手に 今まで使ってきた戦術。
 即ち、リックや清十郎も言っていた様に、ユーリは 正面からトーマの力を叩き伏せていた訳ではない。最速で、鋭角的に同じ力で迎え撃つ。相手の力が最大限に発揮する前に、弾き返す。
 確かにそれが、出来た――が、今のトーマ相手には心許なさすぎる。

 望んでいた展開であるとは言え、トーマとの完全なる正面衝突、つまり、力と力の勝負では分が悪すぎる。それを全て判った上で、ユーリが選んだのはこの選択()だ。


――必殺の一撃を、最速で入れる。

 
 ハンティの時同様、それが、現在の自分自身のレベルで勝負出来る唯一の手段なのだ。



 トーマは、その手に持つ戦鎚グラ・ニュゲト。
 人間の頭よりも遥かに大きい、二連鉄球を掲げる様に、構えている。そして、腰に差しているのはひと振りの刀。それでも、その巨体に合わせているのだろう。その刀身はユーリの身体よりも大きい。JAPANで作製された刀《黒鬼》。
 その名は持ち主の通り。鬼神の如き強さの黒騎士。まさに トーマに使われる為に、トーマを主とする為に、この世に生を受けた刀だ。どちらを使っても同等。最早、一撃必殺の威力を持つ凶悪な兵器だ。
 切り裂くのではなく。

―― 一撃必殺。渾身の力で、叩き潰す。

 つまり、戦鎚での一撃を回避されたとしても、刀による攻撃にも移ることが出来る体勢だった。
 
 そして、互いが同様に、覚悟を決めた。

「………これが、儂らの最初で、――最後の戦いだ」
「は……っ。トーマ。お前程の腕の者はそうそういるものじゃないんだ。……オレとしては、手合わせ願うのが最後とは思いたくはないがな。これで最後じゃ仲間達に、清とリックに色々と嫉妬されそうだ」
「この儂を相手取り、言いよるわ。こわっぱ……いや、ユーリよ」

 トーマは、大きくその戦鎚を振り上げ、静止。――完全に構えた。
 ユーリも前傾姿勢、大地をしっかりと踏みしめて、構えた。

「もう、言葉はいらん。ただ……」
「……全力を尽くすのみ。互いに、な」

 そして、もう宣言通り、言葉は両者には無かった。
 その代わりに、2人の間には、いや 周囲には風が巻き起こった。

 まるで、2人の気迫に圧されているかの様に、だ。そして不自然に発生した風は、2人を避けて流れる。……これは、まるで2人を畏れているかの様だ。

 周囲の者達は、誰も声を上げたりはしなかった。それはヘルマン側、リーザス側の両方だ。

 心配で、心配で、……1人で人類最強と呼ばれるトーマと。チューリップ砲弾すら素手で弾き飛ばし、更には外した一撃は、岩をも砕き、その砕いた岩でさえ、武器に変える。つまり、受けても、外しても、ダメだと言う事だ。


――人間じゃない。


 と思わせるのには十分過ぎる程だった。正直、《一騎打ち》など、させたくなかった。1対1で、戦わせたりはしたくなかった者達も、まったくと言って良い程、言葉が出なかった。

 この圧倒的な強者の間に流れる気迫と言う名の風は 辺りの者達から 《言葉》を奪い去った。のだ 


 そして、戦場に舞う一陣の風が、一本の木の枝をへし折った。
 折れた枝が 地に触れたその瞬間、それが合図だった。


「ぬおおああアァァァァァ!!!」 

 まず 動いたのはトーマだった。
 
 その巨体からは考えられない速度で動く。二連鉄球の戦鎚《グラ・ニュゲト》を振りかざし、ユーリに振り下ろそうとした。


『――――っ!!』


――全力全開、まさに全ての力を込めるトーマに対し、ユーリは、後の先、と言うべきカウンターを狙っている。

 リック、清十郎はそう思った。彼らも、強者だからこそ、彼らの戦闘を眼で追う事が出来たのだ。

 トーマがまず先に仕掛けた。……それは、間違いない筈だ。強大な攻撃故に、隙も大きい。だが、幾ら隙が大きい、とは言っても、常人とは比べ物にならない程のモノであり、その巨体からも考えられない程の速度。力はトーマ、速度はユーリと見ていたが、覆されかねないモノだった。

 だが、勿論ユーリの動きも負けてはいない。
 リックと清十郎は、トーマの速度を見た後、ユーリの速度を見た。――そして トーマの時同様、覆された気分だった。

 ユーリの攻撃速度、そしてその剣速は まるで空間どころか、次元を超越したかの様な速度だったのだ。

 先に攻撃を仕掛けたのはトーマなのは違いない。あの二連鉄球グラ・ニュゲトを先に振り上げて、そして 振り下ろすよりも早く、トーマの懐に接近をしていたのだ。


  それは、瞬きすら許されない刹那の刻だった。
  そして、次は時の矛盾が起こる事になる。


 瞬きすら許されない一瞬の刻の狭間だったのは、攻撃を仕掛けているトーマも同様だったのだが……、そんな刹那の隙間だったのにも関わらず――彼は、考える事が出来たのだ。

「(……そう、ユーリよ。お主程の動きであれば、速度の領域では儂では到底敵わない。故に、速度をもってすれば、例え 儂が先手を取ったとしても、全て無駄だと言うのは判っておった)」

 瞬きさえ許されないこの一瞬の刹那に、トーマは、まだ考える。

 それはまだ、解明されていない現象であるが原因は判る。

 真の強者との戦闘、そしてその生と死の狭間の世界、とも言える空間で起こる走馬灯で起こり得る現象だと言う事は解っていた。の矛盾の中で、トーマの頭は更に早く回転していたのだ。

「(儂の攻撃よりも 遥かに早くにその斬撃を儂に当てるじゃろう。どんな攻撃をしても、全てがカウンターになる。お主の業の特徴、それは己に帰ってくる凶悪な力。まさに理不尽と言っていいだろう。……じゃが、逆に その速さが、その技術、抜刀術が貴様の命取りと知れ――。……一撃・必殺。故に、それを躱されたら、もうそこには、勝機はない。――これで詰みだ!)」

 トーマは、その巨体からは考えられない程の恐るべき速さ。その巨体の身体事、攻撃を放っているとも思えるエネルギー量でユーリを襲っているのだが、あろう事か、攻撃の直前に、無理矢理その力のベクトルの方向を変えたのだ。無理矢理に酷使した為、筋肉の繊維の1つ1つが、ぶち、ぶち、とねじ切れる音が 己の耳に聞こえてくるが、まるで 意に返さない。

 この男に勝つ事が出来るのであれば。

「―――――ッ!!」

 ユーリの抜刀術は 鞘走りと踏み込みの勢いのままに、トーマのその身体を捉えた。

 ……もし、トーマが正面からユーリの攻撃を受け止めていれば、抜刀術の速度、鞘走りの速度と 更にトーマの突進力が合わさり、更に深く 鋭い斬撃となり、トーマの鎧をも紙の様に切り裂き、そして 勝負は決していただろう。

 トーマの攻撃が強大であればある程、己へと還っていくからだ。だからこそ、トーマは凶悪な力と称した。

 だが、トーマは、あの刹那の瞬間に、―――力の方向を、変えたのだ。

 それは 全身全霊の偽の攻撃(フェイント)、とも言えるだろう。

 だからこそ、攻撃の直前まで、本当の直前まで、気迫も迫力も全てが本物。……故にカウンターを狙う者であれば、誰しもが掛かってしまう、と言ってもおかしくはない濃密なフェイントだった。

 前方から後方へ力の向きを変えたと同時に、その刹那の選択で発生した空間を利用。あの一瞬で、攻撃を放つのではなく、相手の攻撃を受け流す様に、その二連鉄球、戦鎚グラ・ニュゲトを手前に引いたのだ。

 ぎぃぃぃんっ! と金属と金属の全力のぶつかり合いは、まるで衝撃波の様に周囲の空間に波紋となって広がる。 誰もが 反射的に耳を抑えてしまう超音波となって。

 ユーリの抜刀術の威力と速度、鋭さが鎌風になり、トーマの黒鎧に斜めの傷を作ったが、トーマのその選択が功を無し、黒鎧に阻まれ身体にまでは至らなかった。

「ここじゃァァァ!!!! 秘剣―――――骸斬衡!」

 脇に差していた刀を抜き、一気に殲滅せんばかりに、ユーリの身体めがけて、己の最強の技を繰り出した。戦鎚での必殺技ではなく、刀を使用した秘剣。粉砕ではなく、斬撃。

 その必殺の一撃は、例え 掠っただけでも、相手は紙くずの様に斬り裂かれ、その衝撃で吹き飛ばされ骸と化してしまう。故にその凶悪な威力に敬意と畏怖の念を込められて広まった。 ……トーマ自身がつけたその剣技の名が《秘剣・骸斬衡》である



 全身全霊を賭けた一撃。人類最強の男が放つ最強の攻撃だ。



 幾ら歴戦の戦士。人類最強と称される男であっても、この一瞬 勝利を確信したのは無理もない事だった。相手の技を捌き、且つ己が最も信頼していると言っていい最強の技を繰り出しているのだから。だからこそ、己の勝利を疑わなかったのだ。
 


―――だが、ここで更に有り得ない事が起こった。



「っっ!!」

 突然、何か(・・)が起きた。それ以上はどう表現すれば良いのか判らなかった。

 そう、言うならば まるで、吸い込まれるかの様に 目の前のユーリの方へとそのトーマの巨体が引きずられるのだ。懸命に両の足で大地に踏ん張るも、地面が抉れ、引き寄せられ続ける。

「なっ!! (ひ、引きずり込まれる!? いや、違う!! ヤツに吸い寄せられている!?)」

 高速に回転をし続ける覚醒した脳内では、この現象を瞬時に理解した。

「(吸い寄せられている!! ち、違う、儂だけじゃない!)」

 この間にも、己の巨体が成すがままに引きずられ、吸い寄せられ続ける。
 トーマの身体だけではない。吹き荒れた砂埃が、風に舞い浮遊していた木ノ葉が、この空間の全て(・・)が吸い寄せられているのだ。

「(この前方の空間、か!? ……これは、まさか、捌いた一撃目の威力で、弾かれた空気が!?)」

 そのユーリの身体程ある足で、踏ん張るのだが まるで止められない。地面を抉る様に、トーマの身体は引きずられてゆく。


「(――時間差を生じて、急速に辺りの物体ごと、元に戻ろうとしていると言うのかッ!?)」


 トーマがそう悟ったとほぼ同時だ。
 時間間隔の矛盾は、永遠に続くわけではない。

 刃は届くべき所へと届く。届かない者には、決して届かない。


――……勝利の女神が微笑んだ方が、勝つのだ。


『――――ゆぅぅっっ!!!!』


 ユーリにとって、神とは良い印象はない。――寧ろ()だと言っていい存在である。

 だから、ユーリにとっての勝利の女神と言う者は、背後にいる少女達の事。負けられない戦いを背に背負う。……中でも、恐らく一番なのが、鮮やかな緑色の、エメラルドの輝きを持つ長い髪の少女………。


――― 煉獄・奥義


 勝利の女神を背に、ユーリは全身全霊で振り抜く。



「―――黒龍閃」



 ユーリは、弾いた勢いのままに、己の身体を回転させ、更に踏み込んだ。空間を挟んでの交差に加えて、回転した事で発生する遠心力。あらゆる力を収束させた居合の一撃。居合を極めた者の一撃を入れた。

 煉獄が、剣に宿り……黒水晶の様に鮮やかに、染まる剣から繰り出される居合は、まるで獰猛な竜の牙、もしくは鉤爪。


 その感じは、剣ではなく、まるで―――黒き竜の攻撃。一閃。


 トーマよりも巨大で、強大な黒龍は、トーマのその巨体を喰らった。

 明確には、最強の居合の一撃。それを受けたトーマは瞬く間に、宙へと弾き飛ばされた。

 ヘルマンの巨体を守る強固な黒鎧もまるで意味を成さない。粉々にこそ、ならなかったが ユーリの刃の触れる周囲。幅、1cmにも満たない剣の刃の筋なのだが それはまるで、棍棒で肉を抉ったかの様な傷が、黒鎧に出来ていた。

 そして 宙高く吹き飛んだトーマの身体まるで、スローモーションの様だった。

 トーマの身体は宙に浮かび……そのまま 地面に激突した。
 その一撃をまともに受けたトーマだったのだが、驚くべき事に、叫び声の1つさえ無かった。……いや もしかしたら、叫ぶ暇さえも無かったのかもしれない。






 それは、勝敗が完全に決した瞬間だった。







 見事、技を放ち 当てたユーリだったのだが、……その威力は使用者本人にも相当な負荷を与えるようだ。力強く握っていた筈の剣もいつの間にか落としていた。そして、感覚も無い。……同じく いつの間にか 片膝をついていた。
 だが、それは当然だといえるだろう。トーマの攻撃自体の威力。そして空間を挟んでの交差法。凡ゆる力を集中させるが故に、だ。様々な力を、ここまで収束させたから、自分自身の身体にも相応の衝撃が襲い続けている。

 そして、これまでの戦闘の傷跡、それも完治などしていないのだ。

 神威の力を纏った反動。志津香のおかげで癒えたものの、完全完治とは程遠い。

「い、あいの……じゃくてんなど、……熟知、してるさ。――……だが、あいにくだったな。トーマ……、オレの居合。奥義の居合は、二段構え。隙を生じないために、だ。……それを、見誤った、な……………。格下と、ゆだんした……、そして、勝ちを疑わなかったこと、――それが、おまえの敗因、だ………」

 そう言うと同時に、その身体も完全に崩れ落ちた。糸の切れた人形の様に。

「っっ!! ゆぅっっ!!」

 その身体が完全に地に倒れ伏す前に、志津香がその胸に受け止めた。ユーリの身体の重さと、滑り込む様にユーリと地面の間に入った為、志津香とユーリの2人は共に倒れ込んだ。

「………わる、い。しづか。 ……もう、うごけないみたい、だ。まえと、おなじになって―――すまん、な」

 息も荒く、所々に決して浅くはない傷が無数に出来ていた。これ程までの傷を負って尚動ける方がおかしいと言えるだろう。

「馬鹿。……もう。また、無茶、して………」

 志津香の目から、涙がこぼれ落ちた。

 無事だった事が何よりも嬉しかった。

 本当は、志津香も戦いに加わる。例え、あの男には通じなくても、目晦まし程度にはなるかもしれない、とユーリを助ける為に攻撃をしたかった。
 
 だが、ユーリのあの時の迫力を受け、言葉を受けて、……出来なかった。


『これ以上手を出すな!!!!!』


 この拓けた戦場の隅々にまで響き渡る咆哮だった。喧騒漂う戦場で、皆が命賭して戦い続けていたのにも関わらず、全員が手を、足を止めたのだ。

 そのユーリの意図を理解したのは、戦いを辞めて、トーマと話した時だった。ユーリは、トーマは敵だというのに その武人としての心の内を、誤ちの全てを見逃さなかった。あろうことか、全開のトーマをも引き出してしまった。……心に隙があるのであれば、そのまま 倒せばよかった筈なのに。

 でも、ユーリにはそんな事ができない事は、志津香には解っていた。そして、人間を誰よりも《見ている》からこそ、決して見逃さなかったと言う事も……。

 だけど、判っていても。――命だけは、ユーリの命だけはやらない。例え一騎打ちであったとしても、絶対にやらない。……例えその結果、ユーリ本人に恨まれる結果となっても、志津香は乱入していた筈だ。自分の命を捨てる覚悟で。

 だからこそ、ユーリが勝ってくれて、本当に嬉しかったのかもしれない。生きていてくれて、そして 想いを遂げる事が出来て。


 そして、リーザス軍達は 皆が驚愕をしていた。


 人類最強と言う肩書きは決して伊達ではない。これまでの幾千の戦を重ね、そう称される様になったヘルマンの《トーマ》
 そのトーマを正面から 打ち負かしたのだ。……あろう事か、介入不可 1対1の一騎打ちで。
 リックは、いや、全兵士達がその光景を、歴史的瞬間を目の当たりにし、自分はとてつもなく軍人として、武人として幸せを感じていた。
 ……そして、時代の流れを、まさに今、感じていたのだ。


「あぅ……、志津香さん、羨ましすぎですかねー。これがほんとの約得、ですかねー……、王道過ぎですかねー……」
「……はは。ちげえねえ。だけど、今回は志津香の勝ちだぜ? トマト。……あんな戦闘の中にでも、躊躇なんか全くしねぇで、突っ込んでいってたんだぜ? だから、アイツが一番傍だった。ま、志津香の方が近くなくたって、オレらよりも早かったかもしれないがな。アイツ、ここぞって時の力は、魔法使い(ソーサラー)とは思えないし。あの蹴り技しかり、ってな具合でな?」
「うー、まさにラヴの力ですかねー……」

 トマトは、やや しょんぼり気味だ。だが、その表情はどこか晴れやか。ユーリが勝利してくれた。だからこその表情だ。……嫉妬の眼差しはご愛嬌、いつもどおり。

 ミリに関しても同じだった。あの世界最強。人類最強決定戦とも言える戦いの間に、割ってはいろう等する度胸が驚嘆だったのだ。そして、 最後まで手を出さなかったのは、ユーリの言葉を訊いていたからだ、と言う事もよくわかっていた。

「……よかった、です。本当に……」
「……うん。ほんと、だよ……ユーリ……」

 かなみは、目に涙を浮かべていた。

 あの人類最強に勝利した事、ユーリが無事だった事。それらが入り乱れて、いたのだ。確かに志津香の事が羨ましい、と言う気持ちも少し、少~~しはあったが、それ以上に嬉しかったのだ。だから、かなみもゆっくりとユーリの傍へと移動していた。志津香の隣でかがみ込んで……、自分にとっての英雄(ヒーロー)、―――大好きな人の傍にいる為に――。

 そして、かなみについていくのはメナド。ユーリとトーマの一騎打ち。正直やめて欲しかった面が多い。あのトーマは人間じゃない。人類最強と呼ばれる所以を目の当たりにしたのだから、そう思ってしまっても仕方がないだろう。だからこそ、戦って、更に勝って……、感慨極まるとはこの事だった。
――そんな強くて、優しいユーリの事を、メナドはあの時(・・・)から想ってきたのだから。

「よかったです……。ユーリさんが、無事で……」
「ほんと、だよね……、ユーリ 無茶し過ぎだよー 幻獣さんの様に 当たっても死なない訳じゃないんだよー! あ……でも あの大きなおじさんに殴られたら、幻獣さんでも、無理かも……」

 ランとミルも同じく安堵していた。身体の力が抜け ランは剣を落とす。まだ、恩を返せていない。何一つ、出来ていないと思っているからこそ、だった。
 ミル自身もほっとしており、あのトーマを相手に出来る幻獣など、よく考えたらいない事を思って、身が縮み上がる想いを改めてしていた。

「―――アイツは、人間を、やめてるんだろうな……、悪魔の私をこんなにしちまうあんな怪物に、勝つんだから…………。(って言うか、気を失う前……、私、ユーリに……??)///」

 寝かされていたフェリスも、目を覚ました様だった。
 圧倒的な戦いの空気に当てられ、意識を無理矢理覚醒させられた、と言う方が正しいかもしれない。後、薄れゆく意識の中で、雄大で力強く、何かに抱かれている様に感じられた。それが――彼である? と何処かで理解したらしく、頬を知らず知らずの内に紅潮させてしまうフェリスだった。


 そして、各々が、距離を縮めていく。勝利した――英雄の傍に。

 そんな中で1人だけは、毛色が違っていた。

「はいはーい。そう物欲しそうにしないの、あんた達。それに、志津香~? 勝利の英雄さんを、皆の王子様をいつまでも、独り占めなんて、ずるいんじゃない? 皆だって、頑張ったんだしー、ちゃ~んと代わってあげなさいよ? ここは公平に、って事で 10分で交代ね。その膝枕」

 ロゼが、ぱんぱん、と手を叩きながら 歩いてくる。

 この修羅の場に堂々と軽口を言いながら来られるのは 流石だ……と思えるが、そこはロゼだ。負傷事態も殆どしていない。……本当に危なかった時は殆ど 悪魔のダ・ゲイルがかばってくれたからだ。そして、ロゼも今回ばかりは軽口を少なく回復に努めていた。アイテムを併用し、更に自分自身が使える神魔法。鬼に金棒とはこの事だ。……後々が怖いなぁ、と思ってしまう人も 今回はおらず ただ 感謝をする人が多かった。

「っっ! な、なにをっっ!!」

 志津香は慌てていたが、ロゼのその言葉に乗るのは多数。

「はいはーーい! トマト、立候補ですかねっ! ほら、ランさんもいくですよー! 今回は、ノーサイドってヤツですかねー! 一緒に行くですかねー! 志津香さんにだけリードされる訳にはいきませんよー」
「ふぇっ! あ、あの、そのっ……!!」
「あ~あ、ランスがいないのが残念だなぁ~! ランスがかっていたら、私の身体、プレゼントするのに~~。サービスで、ふぇら○おもするのに~!」
「ミルには早いっての。まぁ、ロゼの言う事も違いないな。志津香~、独禁法っつー、法律がこのカワイ子ちゃん達の間で協定されてるんだぜ~~!?」

 ここぞとばかりに、寄ってくる乙女達だ。
 かなみもたじたじ、しつつも……。

「あ、わ、私も……」

 と、満更でもない様子だった。

「ぼ、僕もユーリの為に……ちょっとくらい……、あ、で、でも 鎧があるから、硬い、かなぁ……」

 かなみの隣にいたメナドも同様だった。
 膝部分の装備を脱ごうとまでしている所を見ると、かなり本気の様子。


 それを止めるのは、当然だが真面目なシスター。シスターの鏡であるセル。

「ちょ、ちょっと待ってください、皆さん。ユーリさんは 今 かなりの重症なのですよ。そんな無理をなされては……」

 間に入って、今はやめる様に、と止めるセルだ。数少ない神魔法の使い手だからこそ、治療に専念を~、と思っていて 皆を止めようとしていた。その間に実際に行動に移す者もいた。

「膝枕独占中の所、申し訳ありませんが、ちょっとよろしいでしょうか? 志津香さん。ユーリを回復しますので」
「えっ、ええっ!?」

 いつの間にか、傍に来ていたのはクルックー。これまた、神出鬼没、と言う言葉が当てはまるだろう。更に言えばユーリとトーマの一騎打ちが始まる前までは、その小柄な身体で、2~3倍はあるヘルマン軍をちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返していたのだが、流石のクルックーにも疲れはあるのだろうか、少し、肩で息をしていた。それでも 表情に殆ど出さないのは驚愕である。

 志津香は、驚きつつも 頷いた。何をするのかが判ったからだ。

「……いたいのいたいの、とんでけーー! いたいのいたいの、もっと、とんでけーー!!」

 それでも、必死にユーリに神魔法をかけ続けた。ヒーリング1、ヒーリング2、と傷の具合を見つつ、どんどん上げていく。
 ……己の身体の疲労など、今負っている傷など全く考えずに。

 ユーリは、志津香に身を任せていた時、瞼が重くなっていた為、目を閉じていたのだが、癒しの光が降り注いだのを確認すると、目をゆっくりと開けた。

 その先には、必死に魔法をかけ続けてくれているクルックーだ。

 彼女の表情は ポーカーフェイスなのだが、付き合いが一番長いユーリにはよく判った。クルックーも心配してくれている、と言う事を。
 
「……ありがと、な。くるっくー。たすかる……」
「いえ、当たり前の事をしただけです。……ユーリ。 それにこれは、ユーリが教えてくれたんですよ?」
「はは、そうだった、な……」
「……はい。ご無事で、よかったですよ。……ユーリ」

 ユーリは、クルックーを見て、ウインクをした。クルックーの表情も穏やかになる。僅かな表情の機微、だがそれでも志津香は、チクリ、としたものを、胸に感じた。だけど、今は鉄拳、じゃなく鉄脚制裁は流石にしない。ギャグっぽい攻撃 でも、今は危ないと感じたのだろう。……当然だが。

 そして、そんな時だった。

「……見事だ。ユーリ」

 ユーリが倒れふしていた時に、確かに声が聞こえた。
 あの男からだ。

「っ……!!」

 志津香も驚いている。勿論、志津香だけではない。場にいる全員が驚きを隠せられなかった。場の雰囲気が一気に冷える気がしたが……、それは杞憂だった。

「あの一撃を受けて……」
「人類最強、それは 技量のみならず、身体の強靭さをも、と言う事だろう。……心底感服する。今戦において、オレは 初めて 敵を尊敬したかもしれん」

 ユーリは倒れているが、その傍に、トップの実力者の2人がいると言う事。そして、トーマは話しているものの、起き上がる気配はなかったからだ。

 それよりもリック、そして 清十郎は、驚いていた。トーマの身体を高くに弾き飛ばす威力のある一撃を受けて、意識があると言うのだから。

 トーマ自身は、殆ど動かせない身体だったが、視線と僅かに動く首で、自身の傷を確認した。

「……これは、峰打ち。か。手を抜いて尚、これでは 儂も隠居しなければならん、か」

 トーマは、そう呟く。
 その言葉の中には、笑みも浮かんでいた。負けた事実は間違いないものの、何処か満足、と言う面が大きかったのだろう。

「馬鹿、言うな。……刃側だろうが、峰側だろうが、これは、これだけ集中させた居合は 関係ない、さ。 そう、これは《奥義》。……持てる力の全てを集中、させたんだからな。……命を奪うまではやりたくないと言う本心はあった、が。……その驕りを持ったままだったら、オレが死ぬと思ったんで、な」

 ユーリは、志津香に支えられたまま、そう言っていた。

「トーマ、最初に言った通りだ。真の敵、とは思えない。それに――お前には…… まだ、やってもらわなければならない事がある、だろ。 なのにここで、お前を死に逃がすわけには、いかん。……オレがお前をぶん殴ったんだ。……次は、お前にヘルマンの馬鹿皇子の横っ面をぶん殴って貰う。それ、までは……。自分の尻は、自分で拭け。それが、当然だ。男と、して」

 クルックーに治療を受けたユーリは、ゆっくりと立ち上がった。まだ節々は痛むものの、クルックーが頑張ってくれたお陰だった。そして、リックの方を見る。

「……リック。一騎打ちの勝者、生殺与奪はオレにありだ。今、トーマを殺すのは、許さん。罰するのも……、待ってくれ。……この男には、してもらわなければならない事がある。……リーザスの、ひいては人類(・・)の為だ」
「みなまで言わないで下さい。……それに、トーマ将軍は、例え敵であったとして、敬意を示すべき軍人です。私は今、以前より増して、尊敬すらしています。……軍人としては、従うわけにはいかない、それが正解なのでしょう。――それでも、私は私の心に従います。そう、――ユーリ殿に従います」

 ユーリはそれを訊いて、頷くと笑った。リックに感謝をして。

 リックはそう言うと、ゆっくりとトーマに近づき、そして 腰を下ろした。

「……私も、貴方とは決着をつけたかった」
「あの時の事は、詫びよう……。リーザスの、若き将、―――死神よ……」

 ゆっくりと、トーマはリックの方へと視線を向けて、目を瞑った。
 確かに死ぬつもりはなさそうだ。

 まるで、ユーリの剣が、トーマに活力を与えたかのように。
 命を奪うのではなく、与える。それはまさに活人剣と言えるだろう。

「ふ……。完治したら、オレも手合わせ願いたいものだ。―――トーマ・リプトン」
「―――本当に、育ってきておるな。次世代達が……」

 清十郎の顔も見て、トーマは、また満足そうに笑顔を向けていた。

 そんなトーマの後ろで、控えているのはヘルマンの騎士達だ。
 これまでの下衆の様な兵士達じゃない。本当の誇りを持ったヘルマンの黒鎧騎士(ブラックナイツ)達。
 そして、一歩前に出たのは大隊長、トーマの片腕のガイヤス。

「トーマ……様」
「……ふふ、儂の負け、じゃ。これ以上応戦はするな………。例え、儂が死んでも、するな。――これは、命令だ」

 トーマの声は決して大きくない。
 だが、それでも地の底から、響く様に……、兵士たち全員の身体の中に響いていた。

「――当然です。我々は、負けました。……無粋な真似をして、この勝負を汚す訳には行きません。いえ、将軍を――。そして、リーザスの志士達を」

 ガイヤスがそう宣言するすると同時に、各々の武器、剣や槍、弓矢――杖に至るまで、全ての武器を放棄した。応戦の意思を、完全に排除。非武装になったのだ。

「――命賭して、戦った者達に……敬礼!!」

 ガイヤスの号令があった後。
 一糸乱れず、全員が敬礼体勢になった。直立不動の体勢のヘルマン軍 約100名。

 その姿を見て、目を丸くするのはリーザス側だったが、気持ちは同じだった。やや、遅れてリックを中心に、敬礼をしていた。


「……本当に違う、わね……、今までのヘルマン軍とはまるで」

 志津香は、ヘルマン軍の姿を見て、これまでの光景が目に浮かぶのにも関わらず、ヘルマンに対する印象が薄れていくのを感じていた。
 自身の故郷を踏み躙られ、親友を、友人を汚そうとして、……他にも沢山非道な真似をしてきた筈の軍隊だったのにも関わらずだ。

 ユーリの気持ちが、本当に判ってきた気がしたのだった。

「――今後の事は、バレス将軍やランスどのを交えて、話す事にしましょう。……彼らはもう、敵ではない」

 リックはそう呟く。
 通常であれば、敵側に屈する。いや、謀反を企てる等とは言語道断ではある。……だが、ユーリの言葉を訊いて、何も感じない程、薄情でも無脳でもない。

「……儂も、しなければならない事がある。――伝えなければならない事がある。――教えなければならない事がある。……その為にも、まだ……生きる」

 大の字で倒れ伏しているトーマだったが、確かにそう言った。

 何をするつもりか……、細かくは言ってはいないが、皆には通じた。――責任を果たすつもりだと言う事が判った。

「――だが共に行く訳にはいかん。それでも、良いか? ユーリ」
「ああ。……問題ない。トーマ。寝返れとは言わない。――軍人としての誇りを踏み躙る事はしない。だが、横っ面はぶん殴ってやれ。それが条件だ」
「ふ――。かたじけない」



 
 そして――、間違いなく歴史に刻まれるであろう一騎打ちの後、戦いは終結したのだった。
 
                    



                



               

                  



                             





              


















~技紹介~


□ 秘剣・骸斬衡

 トーマ・リプトンが使用する破壊の一撃。技能 鎚LV2を遺憾無く発揮させる破壊の極意。
 その威力は一撃で大地を破り粉砕する。あまりの威力により、破壊された大地の残骸をも武器の様に、弾丸の様に吹き飛ばす為、遠間で備えていても、人間の身体程度であれば、貫かれてしまう。そして、無論鋼鉄をも破壊してしまうだけの威力があり、チューリップ3号は、砲身にその岩の弾丸を打ち込まれた為、破壊されたが、直接チューリップに撃ち放っていたら、確実に破壊される事だろう。

 


□ 煉獄・奥義 黒龍閃

 ユーリの技能 抜刀術の極地。
 煉獄を極限にまで剣に迸らせ、その刀身を更に暗黒に染めた後に、抜刀の鞘走りにより更に威力を増した居合を相手に放つ奥義。例え、一撃目を堪えられたとしても、その威力のあまりの威力に、空間そのものが弾かれ、穴があき、その隙間を埋める様に周囲の空間を全ての物体ごと引き寄せる為、弾いた者は、反撃する事もままならず、更に空間との交差で力を集約された2擊目で、粉砕される。技の性質上、1撃目よりも遥かに強力な威力になっているのは言うまでもない。

 その威力と、黒の太刀筋から、剣閃の残像から 1匹の竜が飛び上がったかの様に見える事から、そう呼ばれている。

 因みに、《煉獄・居合》とユーリ自身は、別に名前を変えなかったのだが……とある人物が。
『――私の緑玉が全て弾かれました。―――まるで、竜が。黒き竜が暴れているかの様に、見えますね』
 と言う言葉を訊いて、《黒龍閃》と命名したのは別の話。
 
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