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ランス ~another story~

作者:じーくw
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第3章 リーザス陥落
  第87話 最終局面へ

――例え戦闘中であったとしても。

――例え目の前に相手が迫っていたとしても、……それが、愛する者の仇であったとしても。

 例外なく、等しく目を奪われ思わず動きを止め、魅入ってしまう。

 そんな光景は珍しいことではない。


 1つ、例を挙げるとするならば、《天災地変》


 戦いの最中に、自然界に起こりえる様々な災いが起きれば、それはもう戦闘どころではなくなるだろう。

 暴風が吹き荒れ、大地の脈動が地割れを呼び、空は暗黒に染まり、神成る鉄槌、雷撃を迸らせる。

 それらの災い。その内の1つでも 起きれば、人は冷静じゃいられなくなる。あまりに、強大すぎる何か(・・)を見てしまえば、言葉を失ってしまう。ほんの数秒で、己の生命が失うかもしれない厄災を前にしても、動くのも忘れ、言葉も忘れる。……死するその瞬間まで。

 上記のこれは、極めて特例である。

 だが……、その特例が、いや 天災よりも遥かに稀、稀有とも言える現象が起きたのだ。


 それは、相対する2つの影の戦い。


 離れたかと思えば、一瞬にして距離を0にして激突。
 一度接触すれば、轟音と共に、衝撃波を生む。空気が弾けて震え……、いや 大気そのものが震え続けた。

 それは、凡そ人の業と呼べる様なものではなかった。それはまさに、積み重ね続けた、研磨され続けた強さの結晶が、眼前に広がっているのだ。

 例外なく、軍人と言う者は《強さ》に憧れるものである。その最高とも呼べる者の戦いが眼前で繰り広げられ続けている。ヘルマン軍に至っては、己らが最高だと湛えている将軍と正面からやりあっている男の存在に、言葉も出なかった。
 戦闘を平然と眺める様な真似は、今回が初めてだろう。だから、両方の強さを事前より知っているリーザス解放軍も同様だった。

 後退の意思を、撤退の二文字の全てを捨てたヘルマン軍。
 負けられない想いの強さは変わらず、故郷を、国を取り戻す為に戦い続けるリーザス解放軍。

 その2つの勢力、その全員が例外なく 戦闘を止めた(・・・)のだ。

 怒号の一つも無ければ、鍔迫り合い等の金属音さえもない。
 戦場に響くのは、強大な2つのぶつかり合いのみである。

 2つのぶつかり合い。

 男と男のぶつかり合いを見続け、見守り続けながら、男は、いや、男達は ちんっ と言う音を立てながら、己の得物を鞘へと収めた。

「……お前、敵前で、正気か?」

 表情を変えずそう言うのは ガイヤスだった。
 武器を完全に収めた男達、と言うのは、彼ら。ガイヤスとサレの2人と激闘を繰り広げていたリックと清十郎である。

 加えて、2人は敵の方を見ること無く、ただただ あの2人の戦いを見ていた。

「……アイツがこの戦場で、《一騎打ち》を宣言した以上。……そして、あの男がそれを受けた以上、今この戦場でオレが戦う事はない」
「……同じく」

 清十郎は、完全に刀を腰に収めると、己の血、血刀も体内へと収める。完全な無防備の形になっていた。そして、リックも同様だ。赤将の証でもあるバイ・ロードを収めて腰に賭けた。

「背を斬りたければ、それでも結構。……この戦いに、私は無粋な真似はしたくはない。私は、彼に……。――……ユーリ殿に、着いてゆくと心に決めている故」 

 それは、完全な無防備だった。

 敵前で最も愚かな行為の一つである事は、軍人で、それも将軍であるリックも判っている事だろう。だが、それでも この2人の戦いに水を差すのだけは忍びなかった。それが、例え()が……、ユーリが負け、生命を落としたとしても、その瞬間も、加勢をしたりはしないだろう。………彼の尊厳を傷つけるのだけはしたくはなかったから。

 それは、一騎打ちを受けた側の男。

 現行、人類最強の男 トーマに対しての敬意でもあった。

「……『オレに戦わせろ』と言い、ユーリに了承をさせた筈なんだがな」

 清十郎は軽く笑みを見せていた。
 確かに、ユーリとは約束をした。……笑って了承はしていたが、それでも今回の戦いを前には ただ見守るのみであった。両雄の一騎打ちの横槍は御法度である事、それは清十郎にもよくわかっている事であり、それが、これこそが ユーリの唯一の我侭であると言うのならば、叶えるべきだったから。……それだけの事をし続けてきた男だから。
 
 
 そして、眼前の敵の行動を見て、何も言えないのは2人。

 相手の行為は 生き延びられる可能性がある敵前逃亡ならまだしも、敵前戦闘放棄だ。……それが、遥かに愚行である事は、重々認識しつつも、それでも手が出せなかった、何も言えなかったのだ。
 まるで、足と大地が縫い付けられたかの様に動けず、視線を変える事ができないガイヤスとサレ。

 便宜上、と言えるだろう。動けなかった場面にて、先に行動をする事ができた2人を見て、ガイヤスは喋る事ができたのだ。……それも愚問、だった。

 自分達も判っているのだ。

 我らが誇りである将軍と正面からの《一騎打ち》

 そんな事が出来る人間がこの現世で存在しているとは思いもよらなかった。
 強力な個を前に、尊敬と敬意の念を向ける。
 そして、軍人であれば、誰もが憧れると言える強さの象徴を目の前にし、言葉を失ってしまったのだった。

 その後、サレとガイヤスの2人には目もくれずに、清十郎はリックに語りかけた。

「あの男は。……ユーリは、何か(・・)を狙っている ……だろ? リック」
「ええ、違いありません。――ただ、トーマと戦っているだけには見えない、そして、更に言えば、ユーリ殿はあの程度では無いでしょう」
「無論だ。何度、オレ達がユーリに背を預け、戦ってきたと思っている。……自然と周囲に魅せる事が出来るのは、見る者の目が曇っていないだけだ。戦える者であれば、誰でも目を奪われる」

 2人の戦闘を見て、清十郎はそう言い、リックも頷く。

 確かに、眼前で繰り広げられる戦いは、圧巻と呼べる戦いだろう。
 
 トーマが、戦鎚を振り下ろせば、大地が震えたかの様に振動し、抉れる。
 ユーリが、遥か遠い間合いから 剣を振るえば、空間が裂け、鎌風を起こし、迫る。

 それ程の戦いが眼前で繰り広げられているのだ。
 トーマと言う絶対の存在を知っているヘルマン側からしてみれば

 一見派手に戦闘を繰り広げている様だが、その実、致命打、決定打こそは両者共に与えられない。だからこそ、この均衡は崩れないと見える。

――否。

 2人は、ユーリ自身がそれを望んでいる様に見えた。



「アイツは……やっぱり、パネェな。あの怪物もそうだが」

 2人の戦闘に目を奪われた中で、そう呟くのは ミリだ。
 自分自身も戦士の端くれであり、この戦争を経験してきて、確かに身体は蝕まれているものの、着実に経験値を得て、強くなっている。

 強くなっているからこそ、更に高みにいる両者を見て、そうつぶやくしかなかった。届かない領域で戦っている事も同時に感じていた為でもあるだろう。

「………………」

 そして、その隣で、気絶しているフェリスを介抱しつつも、2人の戦いを食い入る様に見続けている志津香。

 確かに五角に戦っているのは判る。

 だが、相手は自分でも名前くらいは知っている現行 人類最強と称される者だ。

 ユーリの強さを疑う訳はない。……何度も何度も助けてくれて、人外とされる魔人をも、……例外こそはあるものの、退け続けているからだ。

 それでも、不安が尽きないのは、あの時(・・・)、ユーリが死にかけた(・・・・・)からだ。

 例えユーリであっても、これまでにどれだけの戦果を挙げ続けてきたとしても、無敵の超人であると言う訳ではない。……傷つき、倒れる事だってある。自分たちと同じ、彼は人間なのだから。


「……見届けるわよ………」

 志津香は小さく、そう呟く。……ユーリは約束をしてくれた。

『絶対に最後の一線は超えない』

 そう、約束をしてくれたから。

 でも、……それでも、内に秘めた想いは逆だった。

「(……約束、したけど……、最後までは、行かせないわよ。絶対に……ふん縛っても、連れ戻す、から)」

 約束をしていても。……ユーリの意思は尊重していても。万が一にでも最後の一歩へと踏むだそうものなら、必ず止める。……その死線の先には行かせない、それを志津香は胸に誓っていたのだった。


「はぁ……、ほんっと、損な性格してるわよね。アイツって。どーせ、なんか考えがあっての事、なんでしょうけど……」

 やや、ため息を吐きながら、それでも平然と眺め続けているのは、ロゼ。
 
 この場において、言葉を奪われた者達が殆どであるこの戦場において、悠長につぶやける、それだけでも強靭すぎる精神だと思えるだろう。

「からかう相手がいなくなる、ってのは、寂しいもんよ? ダ・ゲイルがいなくなるって事同様に、考えたくないわねー」

 それでも、如何に様々な修羅場を経験し続けているロゼであっても、そこまで楽観的には見れていない様だった。……そして、例え自体は、微妙な表現だが、『悪魔としかヤれない』と公言している彼女が、そう言う(・・・・)、と言う事は……、つまり、そう言う(・・・・)事なのである。
 
「……なーんてね。さっさと、終わらしちゃいなさいよ」

 ……本心が垣間見たのか、或いは、狙った事なのか。
 それは、ロゼ本人にしか判らない事だった。

「……ユーリ、さん。私は……」

 そっと、懐に備えているくないに手を当てるのは かなみだった。

『手を出すな』

 そう、ユーリに言われている。だが、それでも ユーリの力になりたいと強く思う自分も当然いる。……そして、ユーリの事を強く信じている自分も。

 何が正しくて、何を選択すれば良いのかが、かなみには判らなかった。……でも。

「信じてます――。必ず、必ず……」

 信じている気持ちに偽りはなく、ユーリを信じる、と言う選択は絶対であり、正しい事なのだ、と言う事だけがかなみにとっての事実だった。
                     
                        
                 

 これは、極々一部の人物達の心境を抜擢。
                            

                  

 今回の戦争に参加した人数全て、ひとりひとりに感じる所があるのは言うまでもない事だろう。……だが、今回はこれまでにしよう。



――……今の(・・)戦闘が、長引く事はないのだから。
 












「ぐふ、ぐはははは……っ! やるなぁ、小童。まさか、ここまでとは思わなかったぞ」

 戦鎚を何度回避された事だろうか。
 もう、数える事ができない程、積み重ねた所で、トーマは大笑いをしながら、ユーリを見据えていた。

 だが、ユーリは逆も逆。……トーマとは対照的。真逆だった。

 心底、冷めた表情をしていたのだ。その表情のまま、言葉を発した。

「……オレとしては、残念(・・)だ。それに―――……」
「ぬ……?」

 その言葉を訊き、戦鎚を再び振り上げ、自身の肩に乗せ、表情から完全に笑みを消した。
 ユーリは、続いて、淀み無く続けた。その後の言葉に、まさかの言葉に、2人の戦闘音以外は、静寂に包まれていた為、言葉をひろう事ができたこの戦場にどよめきが走る。


「――……お前は、その程度(・・・・)の男なのか? 人類最強とは、この程度(・・・・)なのか?」


 冷めた表情で、発せられたユーリの言葉。

 一瞬、世界が静止したのか、或いは時が止まったのか? と思える程、空気が固まり、その後 ヘルマン軍を中心に、どよめきが走った。

 それでも、トーマの返す刀、言葉で完全に遮られる。

「……それは、自惚れか? 或いは己の力量を信じて疑わない、自信過剰だ、と言うのか? 小僧。確かに大した実力ではある。口先だけではないと言う事も判る。……が、貴様は、まだ儂に一太刀も当てれてはおらん。自惚れるには早すぎるだろう。……この儂をなめてかかると、火傷ではすまんぞ」

 今回初めて表情を変えた。
 明らかに不快感を醸し出しているのはトーマだった。

「いや、ただ 事実を言ったまでだ。――オレが感じた事を、そのままに、な。それ以上の言葉は、悪いが見当たらんのでな」

 あくまで、ユーリは変えず、言葉を撤回もしなかった。
 それを訊いて、ぴくりと眉が上がるトーマ。

「……安い挑発、とは、どうやら 取れん様だ。年甲斐もなく、戦闘を楽しんだ。はしゃいだせいか……。或いは貴様の顔を見たせいか、だな。……儂を怒らせたいと言うのなら、中々の高威力。……直ぐにでも、その首貰い受けるぞ」

 戦鎚を構えて打つ。それにかかるまでの所要時間は1秒を切る。巨体からは考えられない速度だといえるだろう。

 そして更に言えば、その強大な戦鎚が当たる箇所の全てがトーマにとって武器になる。弾かれた岩盤、大地がトーマが放つ弾丸となって、四方八方に襲いかかるからだ。今は意図してユーリを狙っている、と言うから更に凶悪だと言えるだろう。

 だが、ユーリはその高速の攻撃、弾丸の全てを見切り、弾く、或いは躱す。……多少 傷ができたとしても、殆どかすり傷だった。

「――残念、か。懐かしいな。オレがそう思うのは、……最近で言えば、《ハンティ》と戦った時以来、だったかな」
「………!」

 ハンティの名を訊き、トーマは僅かながらに目が開き、そして眉が上がった。

 ハンティから、ユーリの名は聞いていない。……次世代が育ってきたと言う時間の流れ、時代のうねりをその身に感じただけなのだ。何十年にも渡り、最前線に君臨し続けてきたトーマだからこそ、感じられる事ができた時代のうねりなのかもしれない。

 その象徴が、目の前の男ユーリである事は、完全に把握していた。更にハンティの名を聞いて、100%の確信とその証拠ができたのだ。

「ハンティの時の場合は、オレの勘違いだったんだがな。……オレだけじゃなく、それはアイツにも言える事だが」
「ほう……、なら今回は 貴様の勘違いではない、と言うのだな?」
「ああ。そのとおりだ。……今の(・・)お前には幻滅している」

 トーマが振り上げた戦鎚、そして 振り下ろした。
 今までは、ユーリは躱し、もしくはいなし続けたのだが、今回は正面からそれを受け止めたのだ。

 けたましい金属音が響き、波紋が広がる様に、可視化された衝撃波が広がってゆく

「ぬっ!!」

 速度では負けていたとしても、力では分がある。

 それは、トーマだけではなく、見ていた者達、得にヘルマン側にとってもそうだった。
 この場の誰よりも巨大であり、強靭な肉体とそれに対を成す重量武器。それを、比べたらあまりにも華奢な身体、華奢な武器で、どうやって 止めたと言うのだろうか。

 言葉を失うどころではなく、己の目を疑った。

「オレの聞いていた、トーマであれば……、ハンティが話していたトーマであれば、今のを受ければただじゃすまされなかっただろうな。……が、今のお前(・・・・)であれば、話は別だ」
「なん、じゃと……! くっ!!」

 きききき……、と鍔迫り合いの最中、少なからず呆気にとられていたトーマは力が緩んだその一瞬をつかれ、完全に弾き返された。

 ずしん、と言う、凄まじい音と共に、戦鎚が落とされ、大地を抉るのだった。


























 その戦闘を見て、場が騒然とするのは言うまでもない。

 あの最強のトーマを圧倒している? のだから。リーザス側からは声援が飛ぶ程だ。

 第3軍将軍トーマ。またの名を《人類最強》の現状を見て驚きを隠せられないのは、トーマの腹心であるガイヤス、そして、そのガイヤスの片腕であるサレも信じられない物を見るかの様に、表情を強ばらせていた。

 2人の一騎打ちの均衡が崩れつつあるからだ。
 明らかに、トーマが圧されているのだ。




――だが、一部の者達の意見はまるで違った。




「違う、な。……これは。あの攻撃がそんな軽いものである筈がない」

 そうつぶやくのは清十郎である。

 トーマの一撃は、衝撃波となって周囲に飛び狂う。それを目視し、抉れた大地を見て、これまでの経験から、威力の具合を頭の中で計算したのだ。

 そして、得た結論とユーリと共に戦ってきた経験。その結果がこの言葉だった。

「…………」

 リックも、同意しているのだろう。軽く頷くと、ただただ、黙って2人を見続けていた。

「今は、言葉で精神的に優位に立っているだけに過ぎん。が、ユーリのあれは……異常なまでの正確な武器捌き、それがなせる業だろう。そこは流石だ、と言えるが、……この選択()に誤りはないか? 悪手とは言えずとも、最適の解であるとも思えん」
「……間違いなく」

 リックは頷いた。

「如何に巨大な武器であったとしても、最も力が作用する点、そして 最も弱い点とあります。……ユーリ殿は それらを完全に見極め、最も弱い点に最大の力で迎え撃っています。動きも最短で最速。………故に、速度だけではなく、力をも上回っている、と思わせる事が出来る。……勝っている様に見せかけることが出来ている」
「……ああ。確かに 有効な手段ともいえる。精神的に優位に立つ、と言うのは、勝敗を左右するとも言えるからな。……が、後戻りも出来ん。この魔法が解けたら、一気に持っていかれる。……人類最強、と仰々しいと思ったが、それを冠するだけのモノは持っている様だ」

 2人も負ける気はないものの、トーマの力量はしっかりと目に焼き付いている。
 だからこそ、危惧しているのはその点だった。

 現行人類最強の男が、その程度を見極められないとは到底思えない。

 間違いなく修羅場の数は完全に格上であることは間違いないのだから、経験と予測から、結論を導き出せる筈だろう。


 だが……、その点には、もう一つ思う所があった。


「ユーリ殿がそこまで考えていない、とも到底思えない」
「ああ。……勿論だ」

 そう、ユーリについてだった。
 相手が誰なのか、知らないわけではないだろう。だからこそ、あらゆる事を想定して戦う。……ユーリとはそう言う男だった。それは、今まででよく判っていたのだ。

 そして、次の言葉。それがこの難問の解だと、2人は直感していた。

「全ては、……アイツの言葉、か」
「ええ。……ユーリ殿の言葉は重く、身体の芯にまで響いてきます。……彼の精神は、どれほどの域に到達していると言うのか、と疑問に思う程です」

 彼の歳については、リックも清十郎も判っている。
 それは、話題の種になっている、と言う事ではなく、本当に摩訶不思議だといえるのは、僅か19の齢で、積み重ねたものの、厚みだった。口先だけではない、説得力が彼にはあるのだ。……だからこそ、トーマが反応している、と言うのだろうか。



 そして、圧倒している(ように見える?)ユーリの姿を見ても、素直に喜ぶ事ができないのは、彼に近しい者達だけだった。



 それでも、戦いは着実に最終局面へと向かい続けている。
 まるで、意図して向かっているかのように。


「お前は気づかないか? 今の自分自身の目が、……いや、今の全て(・・)が曇っている事に」
「な、なに……?」

 完全に目と鼻の先に対峙する両者。
 決して逸らせずに、ユーリはトーマを見続けていた。

「『死ぬには良い日』」
「……!」

 トーマが口にした言葉を、ユーリが口にした。そして、そのまま続ける。

「これは、《ザナゲス・ヘルマン》の言葉だ。……この言葉の真意を、ヘルマンの男であるお前が、知らない訳はないだろ」
「…………」

 トーマは、黙った。

 朧げにではあるが、ユーリが口にするひとつひとつの言葉が、紡ぎ、解になっていくのを感じつつある為だ。

「……あれの本心は、《嘘》であると言う事、知らない筈がないだろ」

 ユーリの言葉が徐々に鋭く、鋭くなっていく。

「死ぬにはいい日など―――死ぬまで無い。いつだって、今この瞬間を生きるしかないんだからな」

 ユーリの言葉を訊き、身体に電流が駆け抜けた感覚にトーマは見舞われた。
 そのわずかな挙動を、ユーリは見逃さない。



「トーマ。……今のお前は、全てを諦めているんだ。無意識に。……だからこそ、全てが太刀筋に現れている。無限とも思える力に、陰りが出来ている。……本来のお前は、この程度じゃないはずだ」

 ユーリは、更に続けた。

「……いや、諦める、と言うよりは、逃げてると言った方がいい。―――自分が、した事の全てを放棄してな」



 真っ直ぐに、トーマを見据えてそう言うユーリ。

 そして、トーマの胸を抉る言葉でもあった。


 それを固唾を飲んで見守る群衆。
 

 そして、仲間たちは、理解する事ができた。
 ユーリの真意を。トーマとの一騎打ちを買ってでた理由を。


 それは剣で でもなく、魔法で でもなく、……全ては、言葉を。


 トーマと対話(たたかう)為だった、と言う事に。





  
 

――それは、今回のヘルマン軍との戦いで、脳裏に過ぎった疑問から始まった。



 己の信念、誇り、守るべきもの。

 自分の全てを賭けて、向かってくる圧倒的少数の兵士達。

 これまでの戦いは、……魔人の介入と言う、偽りの強さを手にした者達が、弱者を甚振る様に、――人間の醜い欲望のままに、ヘルマンはリーザスが、自由都市を蹂躙し続ける姿が多かった。

 カスタムで、レッドで、……様々な所で、それを見続けてきた。

 だが、今回は そのヘルマンの印象の全て覆されたと言っていい。

 その強さもさる事ながら、精神面に置いては尚更だった。
 後がない故の行動、とも取れるが、そんな生易しいものではない、そんな安い感情ではない事は相対して直ぐに判った。
 誇りあるヘルマンの騎士達の実力の高さ。それを改めて知る切欠だった。だからこそ、ユーリは『……何と戦っている?』と疑問を浮かべてしまったのだ。
 
 今までであればまさに、『悪である、ヘルマンから大切なものを取り戻す為に戦っている』と簡単に言えるだろう。

 だが、覆された想いは、簡単に消せるものではない。勿論、戦闘に影響がある、などと言う訳ではないが、それでも拭いきれない想いはあった。


――丘を越えた先に(・・・・・・・)行く為にもにも、まだ失ってはならない武士。


 ユーリの中でも、誇り高き黒騎士(ブラックナイツ)達がそう見えたのだ。


 そして――更に変わったのは、敵の総大将、と言っていい男、トーマが、現れた瞬間だった。……その目を見て、言葉を聞いて、悟る事ができた。



――全てを賭け、どんな状況であっても、……例え、絶望的な状況であっても、決して諦めない。 


 トーマの部下たちが、そう言う目をして 向かってきている中、トーマの姿は何処か陰りが見えたのだ。

 確かに持ち前の巨躯を、強靭な肉体を存分に披露すれば、多少は誤魔化せる。積み上げてきた経験が違うのだから、それは当然だ。完全な格下なのだから。

 だが、自身の心の内には、嘘をつく事など出来る筈がない。――ユーリには、はっきりと見えたのだ。



「してきた事。……お前は、魔人(・・)を使った」
「!!」


 ユーリは、ゆっくりと言う。
 その言葉に、《魔人》と言う言葉に反応したのだろうか、今の今まで、黙って聞いていたトーマだったが、弾かれた様に武器の戦鎚を振り上げ、下ろした。
 無論、遮二無二に振り下ろしただけである為、捉えられる筈もない。


「――……或いは、お前ではなく、ヘルマンの皇子様(・・・)の独断、か?」
「…………ぐ!!」

 
 言葉のひとつひとつが、トーマの身体を突き抜けていく。
 確かに、一太刀も受けてはいない。だが、そんな攻撃よりも、それには威力があった。


「……情報を生業とする、優秀な仲間がいるからな。……ヘルマン国の内情、全てではないが、判る事はある。……ハンティとの話を総合させると、――……見えてくる物がある」
「………だ、黙れ!!」


 トーマは、その言葉(こうげき)に遂にこらえきれなくなり、叫びながら、戦鎚を振り上げ、下ろすが、完全に弾かれ、そして 小手を峰で射抜かれ、落としてしまった。


「……お前が、お前だけが、そいつ(・・・)を見ていたんだろ? ヘルマンの中で、ハンティと、そして お前だけで」



 ユーリは、そう言いながら、ハンティと初めてあった時の事を、思い返していた。

『ああ、あたしの友達だ』

 トーマの事を友と最初は読んでいたが…、若干変わりつつあった。
 ユーリ自身の素顔に関するコンプレックスの件もあってか、当時は 深くは考えていなかったが、確かに言っていた。


――あたしが、あのバカの母親ってんなら、アイツは、トーマは父親ってとこだろうね。


 キシシ、と笑いながら言っていたから、本気で言っているかどうか、疑わしかったが、それでも友よりも、もっと信頼が厚い存在だったと言う事はよく判っている。

 話の最中に出てきていた『あのバカ』と言われている男はヘルマンの皇子の事だった。愚痴の部分が多かったが、それでも、話の中では確かに慈しむ姿が、見られていた。悪態をつきつつも、最後まで面倒を見る。と言わんばかりに締めていた。


 ハンティの事は、短い間柄ではあるものの、ユーリは少しは知っているつもりだった。


 だからこそ、……彼女が、戦争に魔人を使うなどとは考えられなかったし、考えたくもなかった。それに、カラーとして、人間とは比べ物にならない程の年月、悠久の刻を生き続けてきた彼女だからこそ、『魔人』の本質を知らないわけじゃないだろうから。


「……宮廷抗争に巻き込まれ、自棄を起こし、……甘言に乗ったか」
「…………」
「それを、なぜお前が止めなかった。……お前程の男が、なぜ 諦めているんだ」
 

 ユーリの言葉には、怒気が増してゆく。

 魔人の襲来のせいで、何人が死に絶えた? 魔人が直接手を下した訳ではないが、間接的にも、どれだけの兵士が。……住民が、死に絶えた?

 その中には、親しい者達も、きっといただろう。

 冒険者として、依頼を受け、笑顔で 感謝されたリーザスや自由都市の町の住人達。全ての顔と名前を思い出す事は流石に難しいが、目を瞑れば鮮明に浮かび上がる。

 そして、その笑顔に亀裂が入り……粉々に砕け散った。


 魔人がいなければ、ヘルマン側もここまでの強硬手段は取れなかっただろう。歴史上においても、これ程の進撃は無かった筈だから。




 ユーリの言葉から、どれだけ立っただろうか……。
 1秒程? いや、1分以上?
 有り得ない程の緊迫感に、体感時間が、その感覚の全てが完全に麻痺をしてしまったかの様に、時を刻む感覚が一切判らなくなってしまったのだ。

 それらの全てを、目から目に……、眼光を叩きつけれたトーマは、遂に攻撃を止めた。



 ゆっくりと目を瞑り……静かに、そして 重く、語った。


「主の目には……、そう映っておった様だ。違いはない。……儂は、皇子の眼を覚ます為に、と行動をしてきた。……皇子ご自身で、何を起こしてしまったのか。そして、どうなったのか、それらを知らしめる為に。―――その、つもりだった」

 トーマは告白をし、戦鎚を下へとおろした。
 
「……全てを放棄。か。……儂が、皇子を止める事ができたと言うのに、止められなかった。事を起こしたのは、決して皇子だけではない。……儂自身も、十分すぎる程に、関与していると言うのに。…………主の言う通りだ」

 武人として、男として、……いや 人間として、間違った行動を取ってしまった。

 トーマ自身も、その事を意識の深層域で重々思い知っていたのだろう。……それが、最後の戦と銘打って討って出たこの場で顕著に現れてしまった様だった。迷いは力を鈍らせる。それはやはり間違いない事だろう。それを自らで体現し、実演をしてしまったのだから。

「『諦めている』か。目をそらし続けた事で、儂は、諦めてしまっていた様だ。――皇子を見ると言う事を、ヘルマンの未来を、見ると言う事を。『皇子の目を覚ます』『次に託す』と言い訳を重ねながら………。ふははっ……、それは、歳を理由に誤魔化していたのかもしれん、な……」

 トーマは、ゆっくりと眼を開いた。


――……その目は、先程のものとは全く違って見えた。


 恐らく、いや間違いない。

 国を超えて、各国の兵士達が人類最強だと称した男のもの。目に力が戻ってくるかの様に、その黒い瞳の色の中に、炎が見えた気がした。

「……諦めるのには、まだ早い、か」
「ああ」
「まだ、すべき事は残っている。――目をそらし続けるわけにも。……死に、逃げるわけにもいかん、か」
「……ああ」

 尋常ではない圧力を、ユーリは全身に浴びていた。
 それを全身に受けながら、ユーリもポツリと呟く。


「もう――残念などと、……その程度なのか? などとは言えないな。……覚醒、と言った所か」


 額に流れる自身の汗を感じながら、ユーリは前言を撤回していた。
 そこで、声が聞こえてくる。

「……このまま一騎打ちでは、まずいかも知れないな? ユーリ。お前は、……とんでもないものを、起こしてしまったかもしれんぞ」

 清十郎だった。
 トーマの姿が、先程のものとは比べ物にならない程の気迫をまとった姿になった為、ユーリにそう言っていたのだ。自他ともに求める戦闘狂である清十郎も、そう言ってしまうまでのレベルだと言う事だ。

 そして、傍に来ていたのは清十郎だけじゃない。

「……です、ね。あれこそが、我々の知る。……いや、恐れる 黒鉄の重騎士。―――……人類最強の男」

 リックも、同様だった。
 これまでに相対してきたどの敵よりも、重厚な気迫を感じるからだ。無論、魔人は除くが、決して見遅れなどはしない程だ。

 緊迫した空気の中、2人だけが ここまで接近する事が出来ていたのだ。
 勿論……、空気を読んで、黙って見ているつもりだったが、ここまで トーマが変われば……思わず言わずにはいられなかった様だった。

 そんな2人の言葉を訊いて、今度 嗤うのはユーリだった。

「なら……、お前らだったら、また撤回するか? 『その程度か?』や『残念だ』を撤回したばかりなのに、今度は『さっきの無しにしよう』とか?」

 ニヤリ、と笑いながらそう言うユーリを見て、2人は軽く首を振った。

 そう、前者の言葉は兎も角、後者。
 ……男が一度口にした言葉を、再び飲み込む様な真似はできない。……己の誇り(プライド)を守る為にも。


「儂としても、名誉挽回をさせて欲しいもの。――部下たちに、情けない姿を見せてしまった故にな」


 トーマは、下ろした戦鎚を再び握り締めた。
 それだけの所作だと言うのにも関わらず、強大な威圧感が全身を叩く。……風を巻き起こしたかの様に、戦塵が舞う。

 その後ろには、トーマの部下達全員が、彼の背を見ていた。
 驚愕をしていた、あの劣勢の刻の様な姿ではない。完全に信頼。非の打ち所のない軍人としてのあり方を学んだ師。信頼と尊敬、それだけを向けていた。


「――それに、言った筈だろ? これ以上犠牲者は増やしたくはない。……それに、正直な気持ちは、オレ達の真の意味での敵は、互いじゃない。今は、人類共通の敵。『魔人』と言う共通の敵がいるんだ。って所かな。……まぁ そう言う訳にもいかんだろうが」
「御最もな意見だ。……が、今更 反旗を翻す様な真似をし、恥をさらすわけにはいかん……」


 そこまで言った所で、ユーリの視界に入ってくる者達がいた。

「………ゆぅ」
「ユーリ、さん……」
「ユーリ……」
「ユーリさん……」
「ユーリさんっ」
 
 
 志津香やかなみ、メナド、ラン、トマト。
 続いて、無言だが、その直ぐ傍にいるクルックー、ミリ。


「はは。……世話、かけるな。いつもいつも」
「ほんと、不器用、なんだから………」

 皆を代表するかの様に、一歩前に出て、そう言うのは志津香だ。
 ロゼやセルも、勝負の行方を見届けるつもりの様だった。

 そして、再び互いに向き合う。

 もう、誰の邪魔も入らない2人だけの領域。


「始まっても無かったが、……ここからが、最終局面だ。――……トーマ・リプトン」
「望む所よ。――……ユーリ・ローランド」




 場の気が一段階濃密になり、そして 最終局面が始まるのだった。

























~サウスの町~



 ノースで人類最強との一戦を繰り広げている最中、サウス側にも負けない程の激闘があり、そして……予想だにしない光景が広がっていた。

「なんじゃこりゃああああああ!!!!!」
「ら、ランスさまぁぁぁ!!」

 盛大な叫び声が響く。
 そんな叫び声さえもかき消す轟音が木霊する。

 町の背後に聳える鉱山が爆破したかと思えば、崩落を起こし、頭上より振って来たのだ。

「だぁぁぁぁ! 男どもは良いが、女の子達は絶対に死なすんじゃないぞ!! くっそぉぉ! あんの筋肉ババァ」
 
 悔しがるランスと鳴り響く崩落音。

 その影で、薄く……そして 冷徹に嗤う。いや 嘲笑う女の姿。
 隆々たる体躯と鼻の上に一本傷を持つ赤髪の女大隊長。

「ククク……。敵が雑魚ばっかで、困ってたって所に、活きのいいのが来たんだが、まさに面白いぼーやだった、っても、まぁ これじゃ生きていられないだろうねぇ……。100%って訳じゃないか。悪運強けりゃ判んないってね。……フッ、アハハハハハハハハ、ア―――――ッハハッハッハッハッハッハッハ!!」

 高笑いを続ける女大隊長。

 これまでのヘルマン軍の中でも、異色中の異色。

 その攻撃が及ぼした被害は、敵だけではないのだ。

 崩落する鉱山は、リーザス解放軍だけでなく、ヘルマン軍も同じだった。
 頭上より降り注ぐ岩は、むしろ後方にいたリーザス解放軍以上に、ヘルマン軍に襲いかかっていた、と言えるかもしれない。


 それは、全て自分で考えた冷酷非情な作戦。
 結果が良ければいい。いや―――自分以外の命をゴミ同然にしか思っていない酷薄な人物。


 遠い未来―――人類圏内最後の敵として立ちはだかる者。……強者であっても敬意を示せず、そして 最も嫌うタイプの敵。




 ヘルマン第3軍 大隊長 《ミネバ・マーガレット》



 
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