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ランス ~another story~

作者:じーくw
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第3章 リーザス陥落
  第75話 ホッホ峡の決戦Ⅳ



 ホッホ峡の最前線と言っていい激戦区。

 最もジオの街に近い位置だと言う事もあり、数ある戦線の中では最も危険地帯だ。如何に地の利がある奇襲とは言え、攻める相手の数が多ければ多いほど、突き崩すのは難しい。チューリップ3号の様な攻城兵器とも呼べる圧倒的な破壊力があれば、相手が人間である以上、攻略も難しく無いのだが、道幅も狭く 進軍には適さない地形となっているのだ。

 だが、それらの不安要素はまるで問題にならない。

「ふんっ!」
「はっ!」
「くく……はぁっ!!」

 先陣を切るのはたった3人の猛将。
 数で圧倒的に勝るヘルマン軍をいいように切り開いていくのだ。

「く、くおおっ!! と、止めっ……」
「がぁぁっ!!」

 屈強なヘルマン騎士でさえ、単純な命令を伝えることもできずに、絶命していく。指揮系統が崩されていき、連携もままらない為、烏合の衆に成り果てているのだ。

「し、しし……死神っ!? こいつ、赤い、死神っ……ぐおぁぁぁっ!!」
「あ、あいつ、ら、羅刹だ!! 悪鬼羅刹ッ! なんで、こんな…… ぐああああっ!!」

 勿論、その背後には 赤の軍を始め、中でも突破力の高い精鋭たちが続き、浮き足立つ敵を蹴散らしていく。たった1人であっても、逃さない様に。

「速度このまま、敵将を狙い、混乱を誘います。……そちらは、問題ありませんか?」
「愚問だ。……この程度、ものの数ではない」
「私も大丈夫。リック将軍。清十郎さん。こっちのフォローは必要ないわよ。病み上がりでも、問題なし」
「ふふ、そうですか」

 リックは、背中合わせに3人で戦っている時、敵を切り倒しながらも、やや逡巡する風をみせていた。

「む? どうした? リック」
「いえ。……こう言うと不謹慎ですが、誰かと、尊敬しうる強者と、そして軍人と、戦場を駆け巡る事が……楽しくて」
「……成る程。オレも同感だ。血湧き踊る、と言うもの。戦とはこう言うものだったな」

 リックは、清十郎とレイラを見て、そういい。清十郎もニヤリと笑っていた。それを訊いたレイラは、ややため息を吐く。

「尊敬、って……。正直 剣の腕は貴方達には敵わないわよ? 間近で戦ってたらよく判るけど」

 そう、これまでの戦闘でそれは嫌という程よく判っている。
 レイラが、敵を1人、倒したかと思えば、リックと清十郎は、ゆうに3人は超えている。それも騎士や弓兵、例外は1つも無い。明らかにガードである兵士でも、例外ではないのだ。さらに言えば、全力で戦っているがそこまで会話を楽しむ様には出来ないし、そこまでの余裕がある訳ではないのだ。

「強さだけではなく……、あ 強さもありますが、それだけではなく、心構え、と言うか……」
「騎士道精神、と言う奴、だ。真の強者には、誰しもが備わっていると言える。……ただ、強い(・・)だけの者であれば 多数いるだろう。だが、心技体の全てを兼ね備えている者がいるか、と問われれば、頷き兼ねるな。リックはそれを言いたいのだろう?」
「あ、えと……はい。そうです」
「……ぷっ」

 超人的な体捌きと剣技で、敵陣を切り開いている最中だと言うのに、出る言葉はとても不器用なリック。そして、寡黙であり孤高の戦士のイメージが強い清十郎がまるで教師の様に説いている姿を見れば、ミスマッチとおもえて少しおかしくなる。

「自分は、まだまだなんです。軍人としても、剣士としても。今回、幾度も痛感させられています」
「……人は向上心を無くせば、そこで成長は止まると言うものだ。オレも常に心構えている。故に強者と戦うのは心躍るのだ。まだまだ、高みを目指せるのだからな」
「……そう、ね。私も、一緒の部分はあるかな。それに、ずいぶんと迷惑をかけたみたいだし……」

 この中、レイラとリックは魔人に操られて、手先となっていた事実がある。……その時の記憶は殆ど無いのだが、それでも少なからず残ってはいるのだ。その記憶が、レイラの心を縛るのだ。

「レイラ将軍は、任務を。……同胞を守るために、身を挺したのですから……立派です」
「本来であれば、戦場に立てる程、快復しているとは思えないんだがな。……オレは差別をするつもりはない、が。女の身で、その気高さは感服する」
「あ、あはは……。貴方達にそう言われたら、嬉しいわね。やっぱり」

 レイラは、軽く笑いながらそう言う。
 ひとしきり笑った後、リックの方を見て。

「後さ」
「は?」
「自分で言っておいて、なんだけど…… 将軍は今の内は止めましょうか。親衛隊も赤の軍も今はないんだし。清十郎さんの様に」
「……あ、バレス、殿にも言われました。それは」
「ふふ。リックの生真面目は筋金入りね」

 リックに比べたらいくらか年下のレイラなのだが、それでもいままでもそうだったが、呼びすてにしているのだ。……リックは今までも特に何も言わなかった。

「オレの事は呼びやすい呼び方で良い」
「ん~ 清十郎さんは なんていうか、《さん》付けの方がしっくり来るのよね。リックと違って」
「……あまり、歳は変わらないと思うんだが……。まぁ その辺りを含め、呼びやすい方で良い」
「判りました。清十郎殿。レイラ……殿。ではもう少しヘルマンに打撃を与えるとしましょう」
「無論だ」
「殿……、ね。うん 了解」

 話を交わしあってみて、なぜか軽やかになった気持ちを抱え、レイラは手の中のレイピアを握り直した。これも 不謹慎だと思うが、リック以上に、戦場を楽しんでいる自分が確実にいた。……心惹かれてる、から。

 



 そして、戦場を駆ける3本の矢。

 束ねれば決して折れず、戦場を射抜かん如きの速度で 切り開いて行く。

「はぁぁぁっ!!」

 疾風の剣閃。それがヘルマン兵の頭部を穿った。

「ガ、ギッ!? ぎゃあああああ! め、目がぁぁぁぁ!!」

 レイラの細剣(レイピア)は、名の通り刀身が脆くなるギリギリの位置にまで研磨され、細く仕上げられている。それは、切り裂くのではなく、一点を穿つ刃だ。如何に鎧で守られたとは言え、僅かな隙間を狙い、ヘルマン兵の身体を穿ったのだ。

 それは、卓越した早さ、そして技術があればこその攻撃だ。

「ちょ、調子に乗るな!! 小娘ェェ!!」

 だが、それを力で押し返す底力がヘルマンの兵士にはあった。如何に人体の急所の1つである眼球を狙われた、穿かれたとは言え、片方の視力が失うだけであり、脳には達していない。生きている限りは反撃が出来るのだ。

「きゃあっ!」

 鮮血を撒き散らし、目を潰されてもなお、黒鉄の騎士は咆哮をあげて押し返した。

「我らはヘルマンの軍の中においてすら、最強と名高い第3軍! キサマらリーザスの軽い剣など効かぬわぁ!!」
「くっ! なんてタフさっ!」

 レイラの圧される剣を見て、たじろいでしまう赤の軍だったが。

「赤の軍との共闘、か。オレの()も、お誂え向きだな。……遠慮なくいかせてもらおうか?」

 その背後には清十郎が控えている。
 最小限度の防御しかしておらず、所々の傷跡も増えつつある。……が、それは清十郎の戦術の1つでもあるのだ。……彼の異能を最大限に活かす為の。

「舞え、犠血。我が敵を穿て!」

 傷口から 血が吹き出す。だが、それは周りに散らばるのではなく、意思がある様に槍の形に形成すると、まるで蛇の様にしならせ、ヘルマン兵士に襲いかかる。

「がぁぁぁぁ!!」

 目を潰され、それでも押し返していたのだが、うねる血刀を回避する事など出来ず、もう片方の目も突かれ、鎧内部へと侵入した血刀は身体中を穴だらけにした。


「ウラララララァァァ!!!!」

 そして、清十郎の傍では、襲い来るヘルマン兵を一蹴。
 リーザスの剣を軽いと称し、押し返す事など訳も無い、と言う第3軍の兵士だったが、その軽く早い剣の極地。リックの斬撃が目にも止まらぬ速度で全身を切り刻まれ、あっと言う間に絶命させられたのだ。

 命がなくなれば、反撃のしようがない。

「流石……ね」

 2人を見て、呟くのはレイラだった。 

 清十郎の犠血については、何度か見た事がある。恐ろしい業だと思えていたが、今はとても心強いのだ流れ出た血が、ヘルマン兵を蹂躙していく。リーザスの流した血も 多い。……まだまだ、返しきれていないのだから。

「怯むな! 恐るな!! 我らは赤の軍! 戦場を進む一本の槍!」 
「得物は使い様だ。……どんなモノでも使い方次第で 幾らでも強い手段となる。身体の力だけではない事を証明しろよ。貴様ら」

 リックの赤い魔法剣が振られる度、煌く赤色はリーザスの兵士を鼓舞する。
 そして、清十郎の血の刀、槍は 同じく赤色である事から、ヘルマン側にはこれ以上ない威嚇となっていた。如何に攻撃しようとも、血を流させようとも、まるで不死身か? と思わせる程に。

「ひぃぃぃぃぃっ! こ、これが赤い死神!!」
「お、鬼だ! 悪鬼羅刹がきたぁぁぁ!!」

 赤い死神と言う名前は、元々その実力の高さから既に轟いているのだが、清十郎は今回が初だ。血を操り、切り刻む悪魔の様な戦い方。そして 戦場を喜々として、駆け巡っているかの様に嗤うその表情。……そこから連想されたのが、《鬼》であり、悪鬼羅刹なのだ。
 リックの場合は、仮面で素顔を隠しているからこそ、その表情は見えない。清十郎は 防具等で覆っていないから 鬼と形容した、と言う理由もある。







 そして、部隊を率いるロバート・ランドスター中隊長は、その光景を遠くから眺めていた。

「どーーーにも隊の様子が妙だと思えば……あの赤色でようやく判ったぜ……。はっ! こりゃ、大物だ!! 死神に鬼とは 随分と歓迎してくれてるじゃねえの!」

 状況は最悪と言えるのに、笑っている。こちらも笑っていた。

「おい、お前、兵を正面に集中させろ! ありったけだ!」
「はっ? ですが、それではほかのところが手薄に……」
「お前もオレの部下なら知ってるだろう! オレのやり方は、一点突破だ! ケツ掘られたくなきゃ動け!」
「は、はいぃっ!!」

 ロバートの妙な 恫喝は 兵士達を迅速に動かすのには 適している。本人はマジでやりかねないので、色々と畏怖している為だ。

「さぁ、て どうなるかな……」
「あ、……あ、あいつ……は……」

 ロバートの隣にいたセピアが、か細く鳴く様な声で、呟いていた。

「…………」

 その様子を、横顔をじっと見るロバート。いつもであれば、戦場で余所見をするな、と言われるだろう。だが、セピアは 震える身体を抑えきれなかった。
 
――……身に覚えの無い記憶が、その扉が開こうとしていた。

 それは、兄を追いかけて、このホッホ峡に来た時の事。気づかぬ内に背後を取られ、圧倒的な実力差で 何もされていないと言うのに 動けないまま 捕まってしまった事。……そして、襲われかけた事と、情報操作をされた事だ。

「そ、そんな……、わ、わたしの、わたしのせいで……」

 如何に操作をされていた、とは言え 偽の情報を回したのは自分自身だ。己の不甲斐なさと部隊を危険に晒してしまった事への後悔で、頭が割れそうだった時。

「黙ってろ。セピア」

 ロバートがゆっくりと口を開いた。

「奇襲を受けた時に、ピンと来た。……今回の件に、お前が何も言わない状態で、ずっと黙っていた上での奇襲だったら、よもや お前が、と思ったが、……お前はしきりに 心配をしていたな。今回の進行を。……向こうの連中に何をされたのか、大体分ってる」
「分かってた……?」
「ああ。敵情報を盗んだまでは良かったし、信憑性のある密書だった。筆跡の類も一応確認させたしな。……だが、それだけの情報なのに、得たお前が心底怖がっていたんだよ。オレにF○○Kされた時よりもずっとな。それを見て 何かがある、とは睨んでいたが、まさか ここまでとは思ってなかった」
「……っ それでも、進軍させたの……?」
「まぁ、な。それでも 向かった理由は 何が来ようと簡単に折れる程、ヘルマンは脆くないからだ。分かったら黙ってろ。……後悔や懺悔、そんな後ろめたさは、戦場じゃ不協和音しか呼ばねえ」
「………」

 セピアは、それ以上は何も言えなかった。俯いたその頭をロバートのごつい掌が乱暴になでていた。

「中隊長! 用意完了しました!」
「おお、そうか! ―――ッ、はははは! エレガントじゃないな! あーまったく、オレの趣味じゃない! だが、原始的な方法が一番ということもある。あの糞馬鹿野郎どもを黙らせる為にはな! 可愛い顔したあの男がいない分、幾らかマシってもんだしよ!」

 ズラリと大量に並んだランドスター隊、その工作兵達が獲物を構えた。

「おらぁ! お前ら! ケツ掘られたくなきゃ、ケツに力を入れろ! しっかり、締めとけ! はははは!! 死神と鬼のフルコースだ! 鎌に大棍棒持ってくるぞ! 来るぞ来るぞ来るぞ来るぞぉぉぉぉ!!」

 ロバートの一声により、部隊はさらに力強さを増した。内容は 聞くに耐えないセリフなのだが、その実、力は篭もりやすく、士気も上がるのだ。……誰もが死ぬよりも、中隊長に 掘られる事の方が嫌だから、と言う理由があったりする。

 とにもかくにも、圧倒的な人数差と言う武器を背負って、最後の攻撃、特攻が始まろうとしていた。





 それは、数秒後の事。

「……来た」
「えっ?」

 まず始めに察知したのは、清十郎だった。彼の並外れた五感は この熱気や怒号の渦巻く戦場でも十分過ぎる程発揮している。この辺りだけは、鎧に身を包んでいるリックは劣る部分だ。軽装備の利点でもある。感覚が研ぎ澄まされている。

「は? なに、あれ……」

 レイラも、数秒後に目視した それ(・・)を見て唖然とした。

「ふむ。恐らくはアレが全て。この場に配置された戦力のほぼ全てだろう。こちら側に投入してきた様だ」
「ですね……。規模が先程までとは違う」

 清十郎の言葉に、リックも冷静に返す。 だが、レイラは唖然としている。……勿論、臆したわけではない。ただ、呆れた、と言う理由があるのだ。

「他はガラ空きになってるでしょ? 無茶な配置、いや 馬鹿げた配置」
「しかし、利はあります」
「……ああ、この前線を止めるのが最重要だと悟ったんだろう。確かに、リックやレイラの様に将軍を討つ事が最も重要だ。上が討たれれば、必ず影響する」
「ですね。ここが正念場。リーザスが敗れる訳には行きません」

 リック、そして清十郎とレイラも構えた。

「ったく、こんな馬鹿げた配置をさせた上司の顔、しっかりと拝まなきゃね」

 奇策を仕掛けてくる、そしてその奇策を疑う事無く全力で迫ってくるヘルマン兵。信頼がなければできない事だろう。その顔を見てみたくなったのは、軍人としての性だった。


 「スクラム組んで出迎えろ!! こっちも向こうも一点突破だ!! なら、槍と槍、その穂先、どちらが折れるかだ!」

 正面衝突を望む兵達の数は夥しい、と言う言葉がよく似合う。視界の何処にも穴は無く兵士たちで埋まっているのだから。

「ふっ……」
「くく……」

 しかし、武勇を誇り、兵を鼓舞を仕事の1つとする赤の将軍 リック・アディスン。
 その異能の特異性により、1対多数の不利を物ともしない、いや 得意とさえする異国の地より降り立った強者 神無城 清十郎。

 その2人の足を止めるには――。

「ッ! ラァァア―――――――ッ!!」
「ハァァァァァ―――――っ!!!!!」

 数が圧倒的に足りなかった。

 正面衝突。矛と矛の戦い。或いは矛と盾だったとしても、今回は矛盾は生まれない。
 
 敗れたのは 圧倒的に数で勝る筈のヘルマン軍。

「FUUUUUUUUUUUUUUUUUUU○K!!!!!!」

 ロバートの魂からの叫びが戦場に木霊した。

「FU○K! F○CK! F○○K! F○○○! ○○○○!!! 可愛い顔して、ふざけたことするじゃねぇか、ええ! 可愛い子ちゃんの死神、に鬼よ!!」

 瞬く間に壊滅の一途を辿ったランドスター隊だったが、それでも 中隊長であるロバートを、リーザス側の将であるリック達の元へとたどり着けせたのは、彼らの執念だった。

「貴様がここの隊長か……」
「良かったな? あの男(・・・)がここにいれば、即座にその首、飛んでるぞ」

 リックと清十郎は、身構えつつ そう言う。
 圧倒的有利になった今でも、決して油断の欠片が無い。故に隙もまるでない。だからこそ、もう勝目は無いであろう事はロバートにも判っていたが、撤退の二文字は彼には無かった。

「ハハハハハ! その通りだ! そして、こっからがサプライズ開始だぁぁ!!」

 ぷっ! とロバートが加えていたタハコを飛ばした。すると、それが地面と接する瞬間――、火種が火薬、そして油に引火し、爆発と共にあたり一面が炎に包まれた。

「こ、これは……。ここまで来る間に油を撒いていたのね。多分、さっきの特攻兵達も」

 炎は、ぐるりと4人を包み込み、あまりの勢い故に 少しずつその包囲を狭めていた。

「ふっ、そんなガチガチの軍靴じゃ、気づかなかったろう。オレみたいに裸足になれ、裸足に」
「って、貴方はどうする気よ!? このままじゃ、全員死ぬわよ!?」
「あ…………、そうか、不味いな。そこまでは考えてなかった。まあ、いいさ! ここで、お前らを殺す事が、オレの仕事だ。それ以外を考えるのは余分だ!」
「………狂ってる」
「だが、死を恐れん者は強いぞ。狂人と強靭は紙一重だ。……気を抜くな。それに、炎が厄介だ」

 清十郎は周囲を見渡した。轟々と揺らめく炎は 獲物を捕食せん勢いでうねり続けている。

「今のうちに走り抜けましょう。多少の傷は負うでしょうが、まだ、今であれば突破出来そうです。脱出を――」
「――それをさせない為に、オレがいる。お前ら3人、オレ1人。まぁ 逆立ちしたって勝てねぇが、足止めするだけならなんとか出来るぜ? 鬼ちゃんのその馬鹿げた剣も、この炎ん中じゃ、蒸発しちまうんじゃねぇか?」
「ふん。……それなりに、頭を使える様だ。見縊っていたな」
「このっ……!!」

 復讐の血刀 《犠血》は 確かに元が血液である以上、高温の炎には弱い。形を保てなくなるのだ。だが、それに頼りきっている訳ではない故に清十郎の表情に曇りは無かった。レイラも、嫌な汗が伝う。1秒でも惜しい状況なのだ。道連れにされる可能性が極めて高いのは事実だった。首を撥ねたとしても、この男は離さない。そんな気配がするのだ。

 そんな時だ。

「兄さんっ!!」

 この修羅の場、炎に囲まれた文字通り地獄とも言っていい場所に、女の声が響いた。

「な、この馬鹿! どうしてここにいる!?」
「兄さんがポリタンクの中身を間違えるからでしょう!」
「な、なにをいって……」
「兄さんが持ってるのは、いつもの油! 火を防ぐ《ぬるぬる水》はこっち!!」
「what!? ならオレは逃げ出す瞬間に、頭から油をかぶるところだったのか!?」

 それは勿論、リーザス側にも聞こえている。

「ただの狂人じゃなかった、か」
「だね……。一応脱出の策は練っていた、って事でしょ。抜け目ない奴」
「ですが、これで互いに決め手が無い以上、どう出るかわかりません。注意しましょう」

 そして、ロバートはある事に気づく。

「だが、それの中身は一人分だ! お前はどうするつもりで……」
「……ドジふむ兄のフォローは、昔から妹の私の仕事でしょう」
「この馬鹿やろう……」

 そう言い切った所で、ロバートは拳をセピアの鳩尾に沈めた。ずしり、と身体の芯に衝撃が走り、息も出来ない。

「ぐ、っ!? な、なん、で……!?」
「お前は兄貴の言う事を聞かんからな。こうするしかないだろう」
「―――ッ! だめ、兄さ、ん、やめ……」

 気を失いかけているセピアに、妹から受け取ったポリタンクの中身をロバートはぶちまけた。

「……悪いな、可愛子ちゃん達。オレは馬鹿のお守りをせにゃならん。お前らは勝手に抜け出しな」
「その子を抱えて脱出をする気か……」
「しょうがねぇだろ……、妹を守るのが兄の仕事でな」

 ロバートはセピアを肩に担いで炎の中に飛び込んでいった。

「清十郎殿! レイラ殿! 自分達も!!」
「ええ!」
「………ああ。リック、剣を全力で振るえ。衝撃波を使って、炎を断つ。焼石に水だが、気休めにはなるだろう。先行はオレがする」

 清十郎は、何処か複雑な表情をし、2本の刀を引き抜いて、正面に交差させる様に振り抜いた。クロスした剣閃が炎に辺り、交差部分が特に威力が高かった為か、炎が✖の形に裂かれ、僅かに勢いも左右に割れた。

「今だ!」
「おう!!」
「くっ……!!」

 レイラは加われなかった事に苛立ちがあった。主に技巧派であるレイラは絶対的に力は弱い。故に炎を裂ける飛ぶ剣撃を出す事等出来ないのだ。だが、今は嘆いている場合ではない故に、全力で駆け抜けていった。


 業火の中、全力で駆ける3人。そして,遂に炎の届かない場所にまで到達する。

「ぶはっ! リック、清十郎さん 無事!?」
「ええ、なんとか!」
「服が焦げた程度だ。問題ない」

 3人は互いに無事である事を確認する。

「あの男は……?」
「流石に人、1人抱えてとなると……」
「………」

 後方の、まだ炎が猛っている場所を見たその時だ。

『ぎゃああああああああああああああ!!』

 炎を挟んでリック達の反対側から、ロバートの悲鳴がホッホ峡に響き渡った。そして、その声も徐々に小さくなり、軈て、猛る業火の中に飲み込まれていった。

「死んだようね……、強敵だった、訳じゃないけど、壮絶な敵だったわ」
「……進みましょう」

 レイラとリックは 頷き合うが、清十郎は 少し、ほんの少しだけ 炎の方を見ていた。
 そして、リックやレイラが声を駆けるよりは早く歩きだした。

「……ユーリがこの場にいなくて良かった、な」

 その言葉を訊いて、リックも頷いた。

「はい。……ユーリ殿であれば、己の身も顧みず、救うかもしれませんから。……兄妹、ですから」
「………」

 それ以上、皆何も言わず 先へと急いだ。





 それ以降の戦いは、別段問題は無かった。
 ロバートの部隊は、本当に戦力の大部分を注いだったのだろう。それを抜けた以上 必要最低限度の戦力しか配置をしてなかった様だ。
 それでも、死角から放たれる矢や、奇襲攻撃は続くが、まるで意味をなさなかった。

 その時だ。


「アントラキノン…… フタロシアニン…… インジゴイド………」


 その時だ。
 戦場の喧騒にまぎれて、力ある言葉が流れた。

「(遠距離、殺気……!!)」 
「っ! 下がれ!! いや、伏せろ!」

 同時に反応した2人は、レイラを押し倒す様に、身を伏せ、そしてその直後。


「――――藍色破壊光線!!」


 3人の頭上を青い光線の様なものが貫いた。

「う、っ……!? せ、石化……?」
「お……っ、あ、ぐあ………? か、からだ、が……っ!?」

 背後に続いていた兵士達が、避け損ね、光線に貫かれた部分が青い結晶と化していく。

「っ……! ま、魔法!?」

 見た事の無い症状を見て、驚きを隠せられない。
 その時だ。

「ちっ……! 外したっ……!!」

 岩影から、声が聞こえてくるのを、逃さない。

「そこか! 行け、犠血!」

 命じられた血の刀が、岩陰にまで伸び、直撃する。
 だが、手応えは無かった。

「ふぅ、随分とクレイジーなアタックをしてくる」

 回避した様だ。だが、姿は顕になった。

「お前か!!」

 その姿を捉えたレイラは、一気に間合いを詰めた。

「……ファインドアウト。見つけましたよ、レイラ」

 出てきた女は、攻撃をしてきた清十郎には目も呉れず、レイラに注目をしていた。

「……? 誰……」

 呼ばれても身に覚えがない。それに、上半身裸、トップレスの痴女とも言っていい女に知り合いはいないのだ。

「あぁ……、メモリーはありませんでしたね。ならば、名乗りましょう。アイゼル様の使徒が1人、サファイア」
「使徒……!?」

 名乗った所で、その正体を見極める。
 相手は人間ではない。……故に、先程の凶悪極まりない、人間の身体を、鎧で包まれているのにも関わらず、容易に砕ききった青い光線も納得が出来た。

「図々しくも、アイゼル様の寵愛を受けておきながら、元に戻って生きながらえているなんて……」
「………」
「けど、エネミーになってくれて良かった。これで遠慮なく、クラッシュできます」
「……悪いけど、覚えてないの。その、魔人の事も、あなたのことも。……でもね」

 レイラは眼を鋭くさせ、サファイアを穿った。

「女の意志を奪って、操り人形にする男なんて、下衆の極みよ。最低だわ」
「お、まえっ…………!!」

 そのレイラの言葉に、脳が煮えたぎるほどの怒りとともに、サファイアの両手に蒼く魔力が篭った。

「なんと、言った…… アイゼル様を、何といった!!」
「――その名前、自分にも借りのある名前だと伺いました」
「そちら側の都合は知らん。……久方ぶりの強者、腕がなる」

「っ……!!」

 反射的に、サファイアは、魔力の放出よりも身の安全を優先し、背後に跳躍した。
 それは、リックや清十郎から発せられた殺気だ。

「男だろうと、女だろうと……、洗脳能力者は危険すぎます。ここで討ちます」
「強者に老若男女、関係ない。戦場に降り立つ以上、覚悟はあるだろう。……いかせてもらう」
「そうね。もう操られるのはゴメンだわ」

 3人は臨戦態勢に入る。
 間違いなく、この戦場では指折りの強者である事はよく判ったから。

「アイゼル様の、為……… スタチューになって、クラッシュなさい!!」

 両手の篭らせた強大な魔力を周囲にばら蒔きながら、サファイアが襲いかかってきた。






 サファイアは、基本的に魔法使い。
 接近戦を主体とする戦士達と戦うのには分が悪いだろう。だが、それはあくまで普通の人間と比べたら、である。

 超一流である3人を一度に相手にするのには……、間違いなく悪手だ。

 レイラへの怒りが、彼女に冷静さを奪ったのが一番の。

「あぐっ!」

 リックの剣撃が、サファイアの身体を捕らえる。
 常人では考えられない身の熟しで躱し続けていたサファイアだったが、次第にパターンを読まれ続け、捕らえられてしまったのだ。

「手応え、あった……!」
「気を抜くな。行くぞ!」

 リックと清十郎は、とどめをさす勢いで、剣を振るが。

「く、あ、くぅぅぅぅっ……!! まさか、二度もヒューマン、にッ……!!」

 サファイアは、耐え難い悔しさを歯噛みしながら、両手に込めた魔力を地面に放射。身を隠すと同時に、その威力を利用し、後方へと逃げていったのだ。

「逃がさ、ない!!」

 レイラが逃がさない様に追いかけるが。

「レ、イラ!! ―――藍色破壊光線!!」
 
 逃げる最中に、詠唱を終わらせていたのだろうか、レイラに向かって破壊光線を放った。
 だが、それは距離がある。

「あの魔法、来ます!」
「回避だ! 右へ飛べ!」
「くっ!!」

 2人の声が、レイラの頭の中に響き、咄嗟に跳躍する事が出来た。
 その破壊光線は、無差別に撃ち込まれている様で、味方であろうヘルマン兵にも直撃していた。

「う、くおおおおっ!!」
「うぐあああっ! 使徒殿、な、なにを………!!」

 破壊光線、否 結晶化光線に、晒され、いくつもの青い彫像が作られていく。苦しみ悶えたその表情が、その光線の威力を物語っていた。

「っ、と……覚えてなさい…… リメンバーミー!」

 無理になぎ払った反動で足をふらつかせつつ、サファイアは一目散に姿を消した。



「流石は、魔の使徒、と言うだけのことはあるな。……常人であれば、良くて致命傷だ」
「……そう、ですね。これ以上はもう追えません。不利になるだけでしょう」
「ちぃ……」

 周囲では、まだ両軍の激突は続いている。少なからず、サファイアによって被害は出ているものの、矛が収まるのはまだ先だ。 もう撤退した敵相手に時間を使っている場合ではないのだ。

「……このままヘルマン軍の横腹を貫きます」
「そうね……了解」
「まだまだ続く、か……。くくく。やはり 面白い」

 3人は、そのまま再編の被害を狙うヘルマン兵達を切り捨てていった。

 サファイアの攻撃によって、分断されかけたリーザス兵だったが、死神のリックの一声もあり、レイラや清十郎の健在、魔人の使徒、サファイアの撃退によって、再び士気を取り戻し、一本の槍となって、動き始めたのだった。










~後方高台・ジオの街 側~


 
 戦況を静かに見極めているのは魔人アイゼルだ。
 今の状態を幅広く、確認をし続けていた。

「ふむ……またしても、あの……戦車ですか。あれが大勢を覆す鍵になっていますね……」

 形の良い指さきを唇によせて、アイゼルは沈思する表情を作った。
 そして、自陣の様子も確認する。

「ガーネット、そしてサファイアも敗れましたか……(もう少し、希望が見えなくなった状態の方が興味深いものを見られそうか……、そして、あの男(・・・)も……)」

 今後の行動を考えていた時、そのアイゼルの横顔に見とれている者がいた。最後の使徒の1人、トパーズである。

「はぁ……アイゼル様……、アイゼル様の物憂げな横顔、独り占め……ふふ、うふふふ……」

 使徒の全員がアイゼルに心酔しているが故に、アイゼルの一挙一動を見逃さない様にしているのだ。そして、負けず嫌いでもある彼女達。だから、トパーズは非常に喜んでいた。

 そんな時。

「トパーズ」

 アイゼルに突然呼ばれてしまって、声が裏返ってしまう。

「あ、あっ! は、はいアイゼル様! どうされましたか」
「私も戦場に身を投じたくなりました」
「あ、あっ……で、では私も……」
「いえ、貴女はここに。2人が戻ってきたら、兼ねてからの手筈通りにしなさい」
「は、はい。アイゼル様。あれですね」
「では、……任せましたよ」

 高所より、ふわりとアイゼルは落下していった。











~解放軍 最後尾 高台~



 戦況をしっかりと見ていたのはアイゼルだけではない。この場で何もしていない? と言ったら五月蝿いが、殆ど何もせず、茶をしばいていたランスが双眼鏡を片手に見ていた。

「おー……」

 敵陣の分厚い所が、赤色の人並に強引にこじ開けられ、突破されていく。突撃にまるで耐えられず、崩壊していく。

 そして、マリア達の部隊によってさらに動きが止まって、ミリやラン、トマトの部隊によって切り離された先遣隊が見る見るうちに、崩壊の一途を辿っていった。

「どうしたんですか、ランス様」

 戦場が気になるのはシィルも同じだ。
 だけど、双眼鏡はランスしかないから、どう言う状況になっているのかが判らない。だから、不安なのだ。……そんな不安なシィルを見て、意地悪をしたくなるのは、ランス。

「……………お前には教えてやらん」
「えっ、そ、そんな……」

 さらに不安感が押し寄せてしまい、シィルは涙目になってしまうが。

「大丈夫。……かなり優勢よ。一番危険、って言われてた場所だけど、あの3人が先陣切って、敵を倒してる。勝ちはもう目の前ね」
「あ、こら! フェリス!!」
「ただの独り言。……戦争に関係あるでしょ?」
「ぐぬぬぬ……」

 フェリスのしてやったりに、ランスは歯噛みをする。シィルは、状況が知れて、皆が無事で嬉しいのか、笑っていた。

「わ、ありがとうございます! それに流石は、 リックさん、清十郎さん、レイラさんですね」
「ふん。まあ オレ様程じゃないにせよ、なかなかだな。ただの戦闘馬鹿とはよく言ったものだ。……あの黒いぼけ老人とはわけが違う」
「ランス様、そんな……、でも、バレスさんも、ほら……!」

 シィルが指さした先には肉眼でかろうじて見える距離の高台にて、陣をとっていたバレスが、弓をつがえた兵を指揮していた。

「む、右30度……放て!」

 丁度こちら側の部隊に追い詰められ、戦車の砲撃で足が止まった部隊に、容赦なく矢の雨が降り注いだ。的確な指示と弓矢に、成す術なく、倒れていく。

「撃ち方止め! 全員、掃射! 次は右60度! 角筋受けにくし、じゃ! 上から敵を分断せい! エクス、ハウレーン隊にも伝令を。この2分間の攻撃で、さらに分断される! その西側を付け、と!」

 散々に矢を掃射して、敵部隊に痛手を与える。そして、未来(さき)を見据えているのであろう、的確な指示、そして状況判断も優秀な、エクスやハウレーン達、部隊の連携で 瞬く間に殲滅をしていった。


「……高台から弓で一方的に虐殺するとは。卑怯なじじいだ」
「それ、ランス様の指示です……いたっ」
「ふむふむ。そうだ、あとはかなみか。あいつらは……?」

 配置をした辺りを見てみるが、角度のせいもあって、よく見えない。

「……判らん。あいつ、サボったりしてないだろうな……?」
「大丈夫だろ。……(あいつ(・・・)に)頼まれたんだ。最高のパフォーマンスをする」
「がはははは! そうだ、な! オレ様の指揮であれば当然だ!」
「…………」

 フェリスは呆れながらも、戦場を見ていたのだった。
 


























~魔法紹介~


□ 藍色破壊光線
 使用者:使徒サファイア

 蒼い光線を放つ破壊光線。 これまでの種類とは違い、身体を破壊するのではなく、結晶化させ 動きを完全に封じてしまう。無理にその場所を動かそうものなら、砕けてしまい、更に当然ながら顔面部分に受けてしまえば息が出来ず、胸部に受けてしまえば、心臓も固められてしまい、動きを止める為、喰らえばただではすまない凶悪な魔法である。

 
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