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ランス ~another story~

作者:じーくw
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第3章 リーザス陥落
  第73話 ホッホ峡の決戦Ⅱ


 人間同士の戦に介入する人外。……魔人。

 それがどう言う意味を成すのか、よく理解しているのはヘルマン側だろう。なぜなら、リーザスを陥落せしめた一手が魔人の力だったのだから。僅か一日、いや 実質、1時間足らずの間に、リーザス城を占拠し、陥落させたのだから。

 そんな凶悪極まりない魔人一派が、今回の決戦に介入してくる。……いつかは魔人が介入してくるだろう、と思っていたリーザス側だが、それでも 一夜の襲撃で大ダメージを負ってしまったのは記憶に新しい故に、悪夢でしかない。

 魔人、そして魔人の部隊。それは そんな悪夢の象徴……なのだが。

「むむむ!!」
「ステイっ!! 私がエネミーをキルしてきます!」
「負けた癖に!!」
「うぐっ……!」

 まだ、言い争っているのは その魔人の配下、使徒達だった。
 傍から見れば、ただの子供の言い争いだ……。もしも リーザス側が彼女達を見たら、呆けてしまうだろう事は想像しやすい。


 見かねたアイゼルは、少しばかりため息を吐いた。この戦場で間違いなく あの時の男、いや 存在(・・)がいる筈だと言う事を彼は判っているから。だからこそ。


「……構いませんよ。2人とも。……存分に、したいようになさい。……ただ 彼ら(・・)の事は甘く見ない様にお願いします」

 使徒達に命じて 気を伺う方を選んだ。

 囮、と言えば 聞こえが悪いだろう。……だが、これも最善だといえる。使徒の力は魔人には及ばなくとも、人間からしたら、十分すぎる程驚異だからだ。そんな使徒が集まり、暴れたとすれば、間違いなく大きな打撃を受ける。……打撃を受ければ、出ざるを得ないだろうから。

「は、はいっ……!」
「ん、ありがとアイゼル様。じゃ、行ってくるよーーー!」

 使徒のサファイアとガーネットは、アイゼルに頭を下げると同時に、一目散に敵へと向かっていった。……例え、アイゼルが本当の事を話し、囮の様に扱ったとしても、2人は意にも返さないだろう。……アイゼルより生まれし使徒故に、主人の事は絶対であり、心酔しているのだから。

「……トパーズ。貴方は良いのですか? 行かなくても」
「いえ……、その 私はアイゼル様と一緒が一番いいですから……」

 トパーズだけは、この場に残った。三姉妹の中でも 頭1つ抜ける程の狡猾な少女故に、アイゼルを独り占め、と考えていると言う事は、勿論直ぐに判った。だが、アイゼルは 意に介するでもなく笑みを浮かべていた。
 ただ、考えているのは一点のみ。……集中している理由はその一点のみ。


――……この戦場で相まみえるであろう、あの男。


 魔人でさえ、停止させる。いや、時空そのものを停止させる程の力を持つ者。
 故に、その存在は……、とある程度アイゼルの中では 推測をしていたのだ。

「……ふむ。(……人間側からすれば、我々魔人の介入事態が、フェアではないと言えばそうです。……同じ様な事が、魔人(我々)側に起こったとして、慌てふためくのは美しくない事です、ね)」
「アイゼル様? 何かありましたか?」
「いえ、何でも。……トパーズ。貴方も警戒はしておいた方がよろしいですよ。……人間を、いえ、彼ら(・・)を甘く見ない様に」
「は、はい」

 トパーズは、アイゼルの傍にいられて、ホクホク、とさせていたのだが、その心中を見破るかの様にいわれて、慌てて頷いていた。それを横目に見て薄く笑うと、喧騒漂う戦場の方へと視線を移した。

「さて……、次は何が見えますか。……見せてくれますか」

 アイゼルがそう言ったと同時にだった。

 ヘルマン軍の先陣が、あの戦車の砲撃によって、まるでゴミクズの様に吹き飛んだ。






 


                                                                    













 突然の奇襲に驚きを隠せられないのはヘルマン側だ。
 こちらから、攻めようとしているのに、逆に攻められている。……人はそこが一番脆くなるのだ。

「り、リーザス軍ッ!! て、敵襲だ! 敵襲ーーーーーっっ!!!」

 叫び声を上げ、知らせようとするが、最早手遅れだ。
 チューリップ3号は、固まっているヘルマン兵達に、一撃を見舞ったのだから。ただでさえ、巨体であるヘルマン軍が 固まっているとすれば、それは外す方が難しい、と言えるだろう。

「がははは! よーしよし! 突撃しろーー!」

 フェリスによって、一際高い岩山の天辺で 人差し指を盛大に指し示し、指示を送るのはランスだ。その指示が無くとも、ランス眼下の兵士達は、一斉の鬨の声を上げている故に、止まらないだろう。……ヘルマン側はろくに陣形を作ることもできていない。突撃し、どんどん斬り破っていく。



 戦車の装填時間を補う様に、兵士達が突破力をみせているのだ。

「ぐああああ!!」
「ぎゃあああっっ!!」

 瞬く間に、数の差が全く意味がないと言える程に、次々に屠られていくヘルマン兵。

「な、な! なんだって奴らが!? く、くそ!! 応戦だ! 応戦しろ!!」

 事前に、油断をするな、と伝令されていたヘルマン側だが、よもやここまでの兵力が待ち構えていたなどとは思ってもいなかったのだ。中でも、チューリップ3号の存在が、彼らを恐怖させた。あのレッドの町での悲劇再来なのだから。










「………ふむふむ。どうやらビンゴだな。やつら、慌てふためいておるわ。がははは!」

 見物するのは、ランス。

 チューリップ3号の傍にいるのは、志津香やユーリ、そしてマリア、搭乗している香澄。そして、チューリップの砲撃範囲に入らない様に散開しつつ、殲滅していく。

「ランス様、それは?」
「マリアの試作品だ。主砲の狙いをつけるために作った双眼鏡みたいなものらしい。昼間だろうと、夜間だろうと、ばっちり見えるのだ。つまり、ユーリのガキがサボってないか、チェックするのに持って来いなのだ!」

 まだ、さっきの事(前話:フェリスへの命令)で怒っているのだろうか? ランスはユーリに対して一番ダメージのいく暴言を言っていた。

 恐らく、今くしゃみをしているだろう……。

「……はぁ、さっきから あの戦車(チューリップ)に近づこうとする連中を片っ端からすっ飛ばして、ぶっ飛ばしてるし。あの戦車より……、とはいかないけど、殆ど無双してるのは、どこの誰だ?」
「うるさいぞ! それでも、しっかりと下僕を監督するのが、優秀なご主人様と言うものだ!!」

 フェリスは、大鎌担いで、ため息しながら 眼下の戦いを見てそう言う。ランスも勿論判っている。だが、ユーリにも言える事だが、互いに長い付き合いだから、判っているのだ。

 そして、近接戦闘主体と言える戦士が、剣士が、なぜ この場面で、遠距離戦で 魔法使いやチューリップ砲撃部隊よりも活躍するのかが正直おかしいのだ。遠目から見ても、霞む程の剣の速さから繰り出される鎌風に似た斬撃は、真空の刃。
 ヘルマン軍のその堅牢な黒鎧をいとも容易く斬り飛ばすから、近くにいても遠くにいても同じ事の様だ。……あれを止めるのは、同等クラスの剣技、いや、少なくとも飛ぶ斬撃の太刀筋を見極めた防御が必要だろう。

 ランスの筋違いな発言は置いといたとしても、ユーリの力の強さには やはり 舌を巻くと言うものだ。
 
 ……完全に力を取り戻した状態の自分。第六階級の悪魔の力をもってしたとしても……、と何処かで考えてしまうフェリス。



――……人間なんかに。



 と、出会った当初のフェリスであれば、悪魔としてプライドを強く持っているフェリスであれは、そう思った事だろう。意識しつつ、強く敵視するだろうとも思える。

 だが、今はそんな事は考えられない。

 ……ユーリと言う人物をよく知っているから。よく、知ったから。
 ……だけど、それでも 本当に人間なのか? と疑うレベルの強さだ。異常とも呼べる強さなのだ。ユーリには、本当に想う所が多い事もある。だからこそ、フェリスは戦闘状態を見極める、と言う名目でユーリの姿ばかりを追いかけていた。


「おい、シィル。あまり前に出すぎるな。お前は鈍臭いから、ここから落っこちかねん(・・・・・・・)
「ぁ……、は、はいっ」

 ランスに心配された事が嬉しかったのだろう。
 フェリスの実況を訊いて、身を乗り出していたシィルだったが、それを訊いて、シィルは笑顔になってランスに駆け寄った。

 フェリスはと言うと、なぜか慌てていた。

「だ、誰が落ちるか!!」
「むおっ!? 何を突然大声を出しているのだ! 馬鹿者。悪魔の貴様は 羽生えてるんだから、落ちるとか無いだろ。寝ぼけてないで、しっかり働け!」

 慌ててそういったフェリスは、不覚ながら ランスに盛大にツッコミを入れられてしまっていた。






 この時、フェリスは、《迷子の森》での時の事を思い出していたのだ。







『ほれ、楽しいだろ? アイツ等見てると』

 ミリがゲラゲラと笑いながら指をさしていた。その指し示す先にいるのはユーリと志津香やかなみ達。……()を慕うメンバーだ。

 確かに、見ていて本当は楽しかったのかもしれない。……悪魔となって、必死に上に上に、と考えていた事が多かったかもしれなかったから。階級を落とされ、色々とショックがでかすぎた事は置いといたとしても。

 その辺は、知られない様に 限りなく表情に出さずに、フェリスは続けた。
 この時は、まだ(・・) しっかりと線引きを出来ていたから。

『楽しい、と言うか……、何と言うか……、私は あれ見てたら 若干イラっと来る方だ』

 それも、フェリスにとって 勿論正直な感想だった。

 前世と言っていい存在、カラーだった頃の記憶も多少は残っている。人間の御楽である漫画やTVも見た事がある。……こう言う周囲の好意に全く気づかない様なキャラクターも見た事がある。どれをみても、例外なく、『イラっ』っと来ていたから。一体何が良いのか判らない。ただ、ムカつく、と言うヤツだった。明確な理由はよく判らない。

 そして、丁度 フェリスがミリの次のセリフを思い出していた時に、ランスが似たような事を言ったのだ。

『おっ? って事は フェリスは志津香やかなみ派って事か? ふふ、フェリスもアイツに落ちる(・・・)なよ? 茨の道だぜー?』
『お前は鈍臭いから、落っこちかねん(・・・・・・・)






 そして、場面は元に戻る。

「おいこら! 訊いているのか!」
「わ、判ってる。ここに近づく様なヤツがいたら、私が蹴散らすから!」
「ふん! 判ればイイのだ! ……今はあのガキのせいで無理だが、これが終わったら、今存分に抱いてやるからな! ありがたく思え!」
「…………。はぁ」
「沈黙の後に、ため息をするんじゃないッ!!」

 ランスがどれだけ、ぎゃあぎゃあ 言っても 今 フェリスを召喚しているのはユーリである為、主従契約はユーリを優先されている。だから、言動までは縛られない。
 だけど、あまりやりすぎると後々が酷い目に合わされる事も判りきっているので、そこそこで止めておくフェリスだった。

 そして、きっちりと周囲の警戒をしつつ……。

「(……アイツは私の力目当て、アイツは私の力目当て、アイツは私の力目当て……∞)」
                      
 フェリスは、頭の中で復唱を繰り返していた。
 何処となく、考えれば考える程、違和感もあるし、何より考えると……。

「フェリス……さん?」

 シィルが、フェリスに視線を向ける。    
 フェリスは、心此処にあらず、と言った感じだった。     

 どうしたのだろうか? とも一瞬だけ 思ったシィルだったが 直ぐに悟り、頬を緩める。にこりと笑う。

 フェリスは、多分無意識になんだろう。……この眼下で戦い続ける。猛威を奮っている黒髪の剣士を目で追いかけていたのだった。  


 ランスはと言うと、すっかり気を取り直して、司令官ポジションに以降。眼下で戦う自身の部隊が圧倒をしているのを見て、気分も良くなったようだ。

「が――――――っはははははははは!!!! 無駄だ無駄だ! まとめてこの土地の養分になるが良いわ!!」

 ……気分良くもなると言うものだ。
 ランス軍、ではなく リーザス解放軍達は、怒涛の攻めをみせており、敵という敵を蹴散らしている。喊声、悲鳴、そして無慈悲な砲撃が混じっている。
 戦争故に、仕方が無いだろう。ランスはと言うと、それを訊いてテンションが更に上がった様だ。完璧な采配(ランス談)だから、熾烈な夜戦はその規模を瞬く間に拡大させていくのだから。

「どれだけの雑魚が集まろうと、オレ様の超天才的な作戦の前には、無駄なのだ! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁぁぁっ!! っと言うヤツだな。がはははは!!」

 八重歯むき出しにし、笑い続けるランス。シィルはハラハラとさせながら、見ていて。……更に隣で呆れているのはフェリス。

「……何処かの吸血鬼みたいなセリフを。もう、悪役だな。……悪魔の私が言うのもなんだけど」      

 と、ボヤいていたのだった。      










~ユーリ・志津香・マリア・香澄 side~




 ランスが盛大に笑っている時、眼下 チューリップ3号を前進させ、正面突破を図っていた。強力なチューリップ3号故に、死角は無い、と思えるのだが この地形の死角をこちらが活用し、他の部隊が奇襲できた様に、敵側も出来るのだ。チューリップ3号に正面にいる以上、正面から攻めてくるのは最早勇敢ではなく 無謀なのだから。

 死角に死角に忍び込み、そして 側面から攻撃を仕掛ける。チューリップ3号の砲撃は強力だが、その速度は遅く、照準を合わせるのにも時間がかかるからこその接近戦だ。

 だが、それをものともしないのが、チューリップ3号の傍にいる3人のパーティ。

「ええーーーいっ!!」
「火爆破!!」

 マリアが、チューリップ1号を使い、近距離砲撃を放ち、そして 追い打ち そして 広範囲攻撃である火爆破で焼き払う。    
 たった、2人の連携攻撃で、追いやられてしまうヘルマン兵。……だが、数に物を言わせる攻撃を放てば、当然 2人の戦闘スタイルは 後衛だ。波状攻撃をしてくれば、穴が開き、突破されてしまうだろう。……だが、それは有り得ない。


――……それは、この圧倒的な兵力、戦闘力を誇るチューリップ3号を破壊するよりも難しい。


「煉獄・乱閃」

 立ちはだかるのは、ユーリ。
 彼を超えなければ、チューリップ3号は疎か、志津香とマリアにも届かないのだから。

「ば、化物……ッ!?」
「こ、こいつらバケモンだ!!」

 接近すれば、分がある、と計算した上での攻撃、特攻だった。……だが、それでも 圧倒されたのだ。それは、遠距離からの強力な砲撃よりも、絶望的な戦力差を感じたのだ。
 近づいても駄目、離れても駄目と言う袋小路。

「はぁ、何だか失礼ね」
「えー、そうかなぁ? チューリップは最強なんだからっ♪」

 志津香は一括りにされるのが、何処となく不本意の様だ。『強い』ならまだ良いけれど、『化物』『バケモン』と呼ばれるのは 流石に嫌なのだろう。

「……ははは。まぁ 仕方ないだろ。志津香やマリア達も十分無双してるんだから。防具とか、身体の大きさとか全く関係ないし」

 ユーリは、剣を鞘へと収めながらそう呟く。もう、何人倒したのか、数え切れない程だったから。

「う、うるさいわね! 余計な事言う前に、戦いに集中しなさい!」
「はいはい」
「はいは、1回っ!!」
「はーい」

 笑いながら、怒る志津香をにそう言うユーリ。
 何だか楽しそうにしている様に 2人を見たマリアも、同じ様に笑う。

「な~んだか、私邪魔だったかな? かな? 志津香ぁ~??」
「ふんっ!!」
「ふぁっ!? い、いふぁ~~いっ(痛~~いっ)!??」

 つまり結論。

 戦場だと言うのに、かなりの規模の戦闘だと言うのに、このメンバーは本当に皆いつも通り、だった。

 そして、そうこうしている内に、遊んでいる3人を尻目に、香澄が頑張っておりヘルマン軍の中に只管 チューリップ3号の砲撃を撃ち続けていた。

 当然、敵は近づけない。遠くにいても吹き飛ばされる。……だから、ヘルマン側の部隊に必然的に風穴が開く事になるのだ。

「香澄、さっすがー!」
「工場長、いや マリアさんっ! 遊んでないで、観測手(スポッター)もしてください! 私の目視だけじゃ精度が落ちちゃいますし、装填の速度だって落ちてしまいますっ!!」
「おおっと、そうだったわね! 強すぎるチューリップに改めて感動して、心ホクホクさせてたからさ?」

 そう、チューリップ3号は強力無比。だが、当然ながら、乗りながらの指揮、とっさの判断は難しいからこその、マリアの徒歩随伴だ。そのマリアがこの調子だから、香澄が盛大に文句を言っても仕方が無いだろう。

 だが、それでも仲間達が頼もしすぎるから出来る芸当なのだ。


「く、くそおお!! このまま、殺られてたまるかぁ!! 遠くでは、本当に何もできんっ! ヘルマンの勇気をみせろ! 何もできず死ぬくらいなら、前に出て死ぬ気で戦え!!」

 恐らくは、中隊長の激。
 その激は、戦意すら奪われかけたヘルマン兵達を奮い立たせた。

「……敵ながら天晴、と言うんだろうな。こう言うのを」

 それを訊いて、そして 奮い立った兵士達を見て、ユーリはそう呟く。戦意を失っても良い状況だ。……如何に数の利で優っていたとは言え、如何に見下している部分があるとは言え、

「……しつこいだけよ。こんなの」

 志津香はユーリの言葉に呆れてしまう。さっきから何度も倒している筈なのに、減らない、とさえ思ってしまうのだ。

「ひぇぇぇ~~ 近づかれすぎると、幾ら無敵のチューリップも厳しくなるわよっ!!」

 マリアは、これまで以上の突進を見て、たじろぎ、慌ててしまうが。

「はぁ、何慌ててるんだよ、マリア」

 ユーリは、そんなマリアに苦言を呈した。
 それは、『まるで、問題ない』と言わんばかりに。……そして、実際に問題ないのだから、言うまでもない事だったのかもしれない。

「……ここから先、1人も通す訳無いだろ」

 ユーリの闘気、いや 殺気とも言える気配が周囲に、……いや ヘルマン達向けられた。

「ふふ、そうね。……マリアは香澄を、チューリップ3号の砲撃に専念して。ここは私達で十分」
「ああ。……ここから先の通行税は高くつく。……死ぬ覚悟が出来た者から、かかってこい」

 志津香、そして ユーリが並んで立つその姿は本当に堂に入っている、と言えるだろう。マリアはからかう、などではなく 本当にそう思った。

「ふふ、任せたわよっ! 香澄! こっちに接近してくる連中は全部無視して構わないわ! 遠くにいる連中を狙うわよ!」
「了解ですっ!!」
「剣と魔法、そして科学の力を思い知りなさーい!!」
「それ、殆ど全部の力ですね」
「弓兵がいないから、全部じゃないですっ! 行くわよっ!」

 軽口を叩く余裕を見せながら、マリア達チューリップ3号は正確に敵を撃破し続けた。最も強力な砲撃に身を晒され続けるヘルマン兵。……故に、砲撃が届く間合いの戦闘は死路

「ファイヤー・レーザー!!」
「煉獄・居合!」

 志津香とユーリ。

 剣と魔法の力が合わさったかの様に、こちらも宣言通り 誰ひとりチューリップ3号に近づかせず、殲滅していったのだった。

 それは、チューリップ3号よりも先に、小回りがきき易い歩兵、ユーリ、志津香、マリアが先導をしていた時の事だった。敵兵を一掃しつつ、進んでいった先で、岩肌剥き出しであり、天然のアーチ作りの道を進んでいった場所にて。

『グォォォ………』

 地の底から響いてくるかの様な、人の物ではない雄叫び、吠え声が聞えて来た。

「わっ。今の声って……」
「モンスターの吠え声、ね。かなり大きいと思うわ」
「……ああ。100点の回答だ 志津香。……デカント、か。……かなりでかいな。5m級か」

 目を瞑り、その吠え声に耳を傾けながら、敵の姿を思い描くユーリ。それを訊いて マリアは呆気に取られていた。

「え、なんで判るのユーリさん。 モンスターの種類は兎も角、大きさとか」

 そう、ユーリは種類だけではなく、その大きさも言っていたのだ。デカントと言えば、大体が3~4m程の大きさだ。だが、希に一体何を食べてきたのか? と思える程の大きさのデカント、変異種の類もいるのもある。だが、それは勿論姿を見てから判るモノであり、声を訊いただけじゃ普通は判らないだろう。

「大きければ大きいほど、声質も変わってくるんだ。……長年の経験と勘ってヤツだな。長く冒険者やって来るとそれなりに備わってくるモノなんだ。 中々頼りになる勘だから オレは重宝している。……ま、話半分に聞いてくれ。声からデカントなのは間違いないが」
 
 軽く笑いつつも、ユーリは 前方に集中していた。鞘に収められていた剣を握る力も心なしか、篭っている気がする。

「ふふ。やーっぱ 凄いね。志津香」
「ええ。……どっかの冒険者とは大違い、って訳よ」
「ああ……、ま、まぁ アイツは 本能のおもむくままに動くんだし……。それは、それ。これは、これ じゃない??」
「……別に擁護しなくたっていいんじゃない?」
「え、えっと……」

 マリアはしどろもどろになる。

 志津香は、すごく複雑だが マリアがランスに惹かれている事は判っている。……ランスの方だったから、良かった。と思う所もやっぱりあるけれど、それでも、それ以上に複雑なのはランスの性質だから。

「さて……、と」

 ユーリは、歩む足を止めて志津香達に向き直った。

「吠え声から察するに、この聞こえる範囲には大体3体はいる。……比較的傍にな。1ブロック先程度 って所か」
「うへぇ……、どうする? 3号の露払い、出来るならした方がいいけど……、そろそろ いい感じの連戦だから、消耗具合も考えた方がいいかも。まだ始まったばかりで、長丁場だし……」
「そうね。……暗くて見えづらいし。このまま進んだから 突然の鉢合わせの可能性だってある。魔物使いがいるんだから、デカントに声を出させない様にして、隠れてるのもいるかもしれないし。このまま警戒しつつ、遭遇したら 各個撃破が良いんじゃない? 倒せば楽になるし」

 志津香も自分自身の状態と相談した上での判断だ。負けず嫌いな所がある志津香であり、かなりの激情家でもある。熱くなれば、回りを見ない癖もある。……が、今はそれは身を潜めている。
 自分をそれ以上に熱くさせる人がいるから。

「オレは志津香の案でいい。……無理はするなよ。敵を視界に捉えたら、攻撃しつつ後退しろ。前はオレが抑える。後ろに抜かせるつもりはないが、警戒はしておいてくれ」

 そう、熱くさせるのはユーリなのだ。本当に、色んな意味で……。
 志津香は、軽く首を振った後、ユーリに言う。

「……私は 別に負けないわよ。モンスターにだって」
「別に負けるとは思ってないさ。だが、適材適所だ。それに、デカントと力比べする様な展開はごめんだろ?」
「ま、まぁ それは……」
「うひゃ、それ、一抜けたっと」 

 眉を顰める志津香と、両手を振るマリア。

 デカントの大きさで、不意打ちは恐らくは無い。こちらが絶対的に早く気づくとは思うが、それでも100%ではないのも事実だ。そんな場面で 基本的に後衛であるマリアや志津香の危険度は 比ではないのだ。

「……後ろを任せた。マリアのこともな? 頼んだ。志津香」

 ユーリは、そう言うと志津香の肩を軽く叩き、そして 前進を開始した。
 
 何度か、こう言う触れ合いはしている。……それでも、中々慣れるモノではない。温もりが肩から身体に。心に広がっていくのだから。

「えっへへ~ 守られるのも悪くないよね? 志津香?」
「っ……。ふん、さっさと続くわよマリア。ランスのバカに双眼鏡渡してるんでしょ? サボった、とか因縁つけられても知らないわよ」
「あぁ、それも有り得そう……。もう、高みの見物決め込んじゃって癖に、そう言う所だけは目ざといんだから」

 後ろの高台で うるさくしているであろうランスに文句を言われない様に、と少なからず考えつつ、志津香とマリアは ユーリの後を追いかけていった。


                       
 そして、その数分後。漸くシルエットが確認できた敵部隊。……巨人の群れ。不意打ちこそされなかったが、ユーリが言った事が的中した。見える範囲のデカントの数は3体。明らかに、平均的な大きさを超えている。

「うわ……。しょーじき、冗談だと思いたかったのに……」
「生憎、だったな」
「ヘルマンの魔物使いの部隊、って訳ね。このルートじゃ、どうやっても 鉢合わせになるわ。……モンスター達を全面に前に出してるから、魔物使いを先に叩くのも難しそう」

 志津香も、前の状況を覗き込みながら、呟いた。確かに相手の戦力は高い部類だ。デカントは身体が大きい分、スピードこそでないものの、耐久力、攻撃力は 普通の人間とは比べモノにならない。その巨大棍棒は、一撃でも振り下ろすと、大地を揺るがせ、人間などは 容易く吹き飛ばしてしまうだろう。

 だが、それは普通(・・)の人間であったら、だ。

「問題ない」
「……ゆーなら そう言う、って思ってたわよ」
「そうだよね…… ユーリさんだもん」

 呆れ果てる2人。
 当然ながら、この呆れている志津香やマリアの2人も十分普通ではない。

 この少数精鋭で。チューリップ3号があるとは言え、中央突破を図る一番目立つ場所での戦場で 戦い、勝ち抜けているのだから。
 
 デカント数体は、ユーリが。そして 後続に待機していた魔物使いや弓兵達は 志津香とマリアがあっさりと撃破した。デカントを完全に宛にしていた部隊だった故か、デカントが屠られた後、瞬く間に壊滅の一途を辿った。

「た、たった……3人、に……」

 最後のひとりが倒れた所で、マリアは ため息を吐く。

「ふぅ、おーわりっ。これで 障害物も完全に取り除けたし、3号は問題なく進めるわね~」
「そうね。……うん。ユーリもちょっと来て」

 デカントを倒し、まだ周囲を警戒していたユーリを志津香は呼んだ。

「お疲れ様だ。怪我は無かったか?」
「うん。一番厄介なのをユーリが片付けてくれたし。あの程度だったら、数にもならない」
「ふふ。勇ましいな」

 ユーリも合流し、今後の事を話す。

「一度、主力と合流しない? 向こうもどうなってるか、判らないし。戦況を把握しておいてもいいと思う」
「そうだな。こちら側は十分片付いた。……敵戦力が思ってた以上に多い。ホッホ峡も広く、入り組んでいるから、別ルートで 増援が駆けつけてる可能性もある」
「うへ……、これ以上多いのはもう、正直やだな……。皆大丈夫かなぁ?」
「ここより多いかもしれんぞ? チューリップは警戒されているんだ。無策で突っ込めば玉砕は必死。敵も考える頭を持ってるだろう」

 配置された兵隊達は殆ど特攻に等しい戦いぶりだったから、見たとおり玉砕した。離れたら砲撃。近づいたら剣と魔法。そして砲撃。無理ゲーと言うヤツなのだ。


 ……当然、練度の低い者達にとっては、だ。



 主力部隊は、各将軍達が熟考を重ねて、リーザスの全色軍を満遍なく投与して編成された部隊だ。リック達の様に 秀でた部分、突出した部分は無いものの、戦力バランスも良く攻撃としても守備としても 遺憾無く戦果を上げる事が出来るであろう。

 だが、それでも劣勢に立たされている。

「ちっ……煉獄・斬光閃!」

 駆けつけたユーリ達が見たのは、想定よりも随分と多いヘルマン兵の数だった。出会い頭に一撃を入れる。丁度、ヘルマン軍がリーザス解放軍の兵士を斬ろうとした瞬間を狙って。

「ぎゃああ!」
「っ!? 支援感謝します! 前衛、これ以上やつらを好き勝手にさせるな!!」
『おおおおおっっ!!』

 リック達の様な一部を除いたとしても、流石の軍人の練度である。数で劣っているのにも関わらず、彼らもヘルマン軍をよく止めていた。

「ち、あっちの比じゃないわね。これじゃっ……! エンジェルカッター!!」
「ぎゃあああっ!?」

 志津香も、乱戦の中でも正確に確実に魔法を当て続けている。これだけ入り乱れてしまえば、味方側にも当てかねない。……故に、誤爆を避ける為に、魔法を使う時も注意力、そして精神力も要求されるのだ。

「これじゃ、チューリップ3号の砲撃は は危なくて使いどころが難しいわね」
「ああ。白兵戦だ。チューリップはもしもの時に備えろ、と伝えてくれ」
「ん。りょーかい!」

 マリアが香澄に伝令を伝え、その間にユーリ、志津香は 即席で作成されていくしたいを踏み越え、援護をしながら進んでいく。

「志津香。大丈夫か?」
「ええ。まだ全然。ユーリは?」
「問題ない」
「……ふふ。でしょうね」

 やはり頼りになる、の一言だ。
 パーティを組んだ故に互いの連携を大事にとっている2人。何度かあったやり取りだが、志津香もそうだが それ以上にユーリは本当にブレない。魔人やその使徒、ガーディアン達と戦ったからそうなのか? とも思えるが そうでも無いだろう。

――戦闘経験が成せる業。

 いくつもの戦いを経験してきたが故にたどり着ける極地。

「(……ほんと、顔に似合わず……なんだからっ)」

 ボソッ、と いや 口に出していない。思っただけだ。
 これを言ったらユーリは絶対に怒るから。……今は ふざける様な場面でもないから。

 でも、何かを察したのだろうか? 『くっしゅんっ……』っと、ユーリは くしゃみをしていたのだった。

                           


「マリア、あれっ!!」
「っ!?」

 離れてみていた志津香が気づいた軍人には見えない紅い魔法使いが突如、空から降りてきた。いや、正確には高台からだろうが、魔法使いとは思えない行動。先陣を切って解放軍に襲いかかったのだ。

「キナクドリン・ペリレン・ジケトピロロピロール……。やっちゃうよっ! 紅色破壊光線!」

 両手に持つ、紅い水晶が光り輝いたかと思った瞬間。紅い閃光が矢となり 解放軍に襲いかかる。矢を受けた何名かは その身体の内側から大爆発を起こし、叫ぶ間もなく絶命していく。

「ぐぁ……、なんだ、この露出女……! 敵魔法使いか!?」
「えーーーいりゃっ!」
「なっ……! ぐ、ぐあああああっ!!」
「こ、これは……ぁ……」

 次々と放たれる紅い一条の光線。
 無情にも、その光線は 鎧をも貫通し、身体を爆発させる。爆発故に、紅い光線を直撃しなかった者達も巻き添えをくってしまい、更に浮き足立ってしまうのだ。

 遠くでそれを見たマリアが青ざめた。

 人間が内側から爆発。爆散する光景を見てしまったのだから仕方が無い。

「うえ……魔法、なの、あれ…… ヘルマン側の、魔法使い……?」
「あれは、確か……! あんな魔法を使うヤツがいるなんて……」
「私は知らないけど、教わってたっけ?」
「文献でちょっと見ただけよ。……説明をしてる暇はないわ。マリア、煙幕を!」
「あ、うんっ!!」

 カートリッジを換装したチューリップ1号が吼え、紅い魔法使いの姿を白霧で覆う。

「っ!? 煙幕!」

 突然視界を遮る白霧に足が止まる紅い魔法使い。

「ファイヤーレーザー!」
「いっけーー! チューリップ!!」

 困惑した所に、魔法と砲撃を叩き込む。
 煙幕は、敵の視界を遮り、こちらの身を隠すモノ、だが それは自分たちも同じなのだ。敵の姿を正確に見る事が出来なくなる為、直撃させられているか判らない。が、それでも マリアのチューリップの爆風は勿論、志津香の魔法の余波も期待できるから、無意味ではありえない。

「志津香! ユーリさんは?」
「アイツは、前で戦ってる。向こうも数が多いわ。……あまり、無茶、させられないでしょ」

 この紅い魔法使いが現れる数分前に、再びデカントを従えた魔物使い達が解放軍を襲っていたのだ。デカントが1体でもいれば、分断させられる上に、守りも薄くなってしまう。……デカントの攻撃力もかなりの驚異だ。
 だからこそ、まっさきにユーリがデカントを始末しに言ったのだ。被害を最小限にする為に。そして、乱戦故に 離れてしまうもの仕方が無い事だ。
 
 志津香がそう言っていたその瞬間だ。

「ッと! へぇ、面白いやつ、見つけた!!」
「え……っ、きゃああっ!!」

 煙幕も吹き飛ばす爆風。マリアと志津香の魔法の爆風の中から、あの魔法使いが飛び出してきて、一直線にマリアの首を掴んで押し倒したのだ。

「へぇ……、これ。これがずっとヘルマン人を打ち負かしてきた、っていう妙な筒?」
「あ、くっ……ぐっ……」

 その魔法使いは、片手でマリアの首を、そしてもう片方の手で、チューリップを弄びながら、マリアの額に、間近から紅い光を照射する。

「マリア!! 炎の矢!!」
「ふっふ~ん。ちょーっと遅いね。さ。お友達とお別れしな。今に頭がなくなるから」
「あ、あぐっ……くっ………ぁっ……」

 マリアが思い浮かぶのは、先ほどの紅い光線を受けて、内側から爆発し、吹き飛んだ兵士達。そんな魔法を至近距離で、それも頭に受けてしまえばどうなってしまうか、火を見るよりも明らかだった。
 拒もうと、必死に身体を動かすが、相手の力も魔法使いとは思えない程、強く強固。

「じゃあね」

 光輝く紅い光線を見た瞬間、マリアは眼を瞑った。

「マリアっっ!!」

 志津香も駆け出すが、どうしても距離がありすぎる。一番最速で出せる炎の矢も届かないのだから。

――マリアが、死ぬ?

 志津香の脳裏にそれが浮かんでしまった。確かに戦場では人が死ぬ。……敵だろうと味方だろうと、それは等しく同じだ。同じ命なのだから。……だけど、ずっと一緒だった親友だったマリアが、死ぬなんて、考えられなかった。……考えたくもない事だった。

「止め……!!」

 声にならない声を振るいあげようとしたその時だ。

『煉獄』
「ッ!!!」

 とてつもない気配が、紅い魔法使いの全身を覆った。

 それと同時に、手に宿る光も解除されてしまう。

「な、なん……! うわっっ!!」

 それは本能から察した、危機感。
 マリアから、飛び退いた瞬間、場所に何か(・・)が通った。
 その何かは、そのまま岩肌に直撃し、深い切れ込みを作っていた。

「……危なかった。 散慢だぞ。マリア! 戦場でそれは、命取りだと思え。煙幕だけで安心するな。完全に敵を仕留めるまで、油断するな」
「ぁ、う、うんっ……!」

 マリアの上を通過した何かは、……ユーリが放った煉獄。飛ぶ斬撃だ。あの場所にあの女が留まっていれば、真っ二つ、とはいかずとも、大ダメージが見込めただろう。危機回避力も半端ではないと言う事だ。

「無事! マリア!!」
「うん、な、なんとか……。生きた心地しなかったけど……」
「間一髪、だ。危なかった」

 敵を視界から決して逸らせず、返事を返す2人。志津香も、ユーリの傍。すぐ横へときた。あの紅い魔法使いも驚いていたようだが。

「っ~……殺気、か。人間の世界で あんな殺気を受けるなんて、思わなかった」

 そう呟くと、直ぐに体制を立て直した。

「ユーリの攻撃を避けた。……と言う事は攻撃は届くって事ね。……アイツは魔人じゃない」
「……だな。が、無関係と言う訳でもなさそうだ。紅色破壊光線か。あれを使える事も考慮して」

 人が放つ威圧ではない。気配そのものが違う。あの魔法にしたってそうだった。だからこそ、直感したのだ。そして、その答えは本人から還ってきた。

「ガーネット。アイゼル様の第一使徒が1人だよ」

 にやり、と笑う魔人の使徒、ガーネット。
 だが、内心はそうでもなかった。明らかに強い男が現れたのだから。

「アイゼル……、あの金髪の魔人……!!?」
「……つまり、サテラの使徒、あのガーディアンクラス。……いや、魔法使い(ソーサラー)だから、強度は劣るだろう」

 ユーリはゆっくりと前へと出た。

「おい。……退屈、してるんだろ? ……オレが遊んでやる。来いよ」

 剣を鞘に収め、ユーリは更に一歩、前へと出た。

「ちょ、ゆっ……!」

 ユーリは、志津香が止めようとしたその時、手を伸ばして、遮った。遮ったと同時に、指をさす。
 そのさされた方を反射的に見た志津香は、悟った。虚ろな眼をした、リーザス兵士。先ほどまで、一緒に戦っていた軍人達が 周囲から現れたから。兵士達はゆっくりと、そして確実に近づいてくているのだ。

「ひえっ、ど、どうしたっていうの??」
「マリア、暗示だわ。洗脳されてる!」
「……サファイア、と言う使徒と同じだろう。……ガーネット(アイツ)も、使えるようだ。アイツは任せて周囲を頼む。彼らは仲間だ。抑えてくれ」

 ユーリが言う事もよく判る。確かに相手は強敵だ。今回の戦闘の中で、これまでにない程の。そして更に洗脳兵士達も来た。この状況で使徒1人に人数をかけるのは得策ではない。……洗脳兵士達を殺す訳にもいかないから。

「洗脳の速度なら、アイゼル様にだって、負けないよ。……人間は、情にもろい所がある。それが弱点、ってね。あまり、格好よくない事だけど……君を相手にするんだ。これくらいはさせてよ」

 ガーネットは、直感した。……主人であるアイゼルが警戒をしている事には勿論気づいていた。人間界で一体何に警戒をする必要があるのか? と思ったのだが、見てみれば一目瞭然だ。……人間とは思えない得体の知れない殺気。そして、眼前に立って更に判る威圧感。……とても、人の物とは思えないのだ。

 ユーリは、息をめいいっぱい吸い込むと同時に、叫んだ。

「全員! あの女に近づくな!! 洗脳される。極力避けろ!」
 
 ゴウッ と言う暴風にも似た声量は、戦っていたまだ、洗脳されていない正気を保っている解放軍達全員の耳に届いた。注目すると、ガーネットの回りにも洗脳兵士達はいるのだ。

「っち。ずっこいね」

 洗脳速度に特化しているのだろうか、ある程度近づかなければ発動しない。だからこそ、洗脳、の言葉を訊いて離れた兵士を見て ガーネットは舌打ちをしていた。

「……相手を洗脳する様なやつに言われたくないな。力を持ってるのなら、お前が出ろ。……かかってこいよ、小娘」
「子供みたいな顔してる奴に、小娘なんて言われたくないわよ!」
「………」


                
―――ユーリの戦闘力が向上した。いや、向上を続ける。



 それは、魔人の使徒。宝石三姉妹の1人ガーネット、最大最悪の悪手である。

「へ……? な、なに? なにこれ?? 更に強くなってない??」

 それは、訊くまでもない事である。身震いさえしてしまう殺気。更にそれが高まり続けているのだから。

「……………煉獄」

 返答をする筈もなく、込められるのはどす黒い殺気。剣に帯び始める殺気は まるで黒水晶(モリオン)の様に、美しくも、何処か恐ろしい。

「爆砕(怒号)!!」
「え……! きゃ、きゃあああああっっ!!」

 大地に、その黒水晶の剣を叩きつけた。
 その攻撃は、ガーネットに届いてもいないと言うのに、一体何をしているのか? とガーネットが呆気にとられたのは一瞬である。
 剣を叩きつけた場所に 亀裂が生まれ、ガーネットの方にまで伸び、一気に爆発。まるで火山が噴火したのか? と思える様な爆発が生まれたのだ。 ガーネットは その爆撃に吹き飛ばされてしまったのだ。


 それは、チューリップも真っ青な一撃である。




             

 
「あ、あははは……ちょっと相手が可哀想に思えた」
「……はぁ。いつも思うけど、ほんと、どんだけ気にしてんのよ。アイツ」
「ま、まぁ ね? それにしても、ロゼってほんと凄いよね……」


 マリアは、殺されそうになった、と言うのにガーネットに同情。志津香も半ば呆れていた。……さっき、自分も思った事だが とりあえず置いておく。
 ユーリをここまで敏感にさせたロゼを思ってしまうのも仕方がない事だった。







 そして、その後。突然戦場に現れて、場を乱したガーネットだったのだが、まさに鬼神と化したユーリの攻撃に逃げの一手しか取れなかった。
 その上、チューリップ3号まで合流し、砲撃の雨あられ。魔力と魔法で勝負が真骨頂である、と言える魔法使い。そして、暴言(・・)。完全な選択ミスである。


「ぅぅぅぅ……、な、なんなんだよーーー! アイツはーーーっっ!! 反則! 卑怯っ!! ちーとだぁぁ!!」


 泣き声、とも言えない哀愁じみた声が響き渡る。
 女にも、暴言(ガキ)を言われたユーリは容赦がない。……訳でもない。男だったら 多分生きてはいないだろうから。これまでの敵がそうだった様に。

 色んな意味で、散々であり、楽しみつつ、アイゼルの役に立とうと張り切っていたガーネットだったが、全く駄目駄目だった。

 






                                                                                                  














                                                           


















~人物紹介~



□ 使徒ガーネット

Lv-/-
技能 魔法Lv2

 サファイヤ同様、魔人アイゼルの使徒、宝石3姉妹の一角。今までは別場所で洗脳をし、主に裏方ばかりをしてきたのだが、一転しアイゼルの許可をもらって前線に趣いた。魔法の強さは志津香を驚かせる程であり、実力も十分。ただの人間では抑え切れる様な相手ではないのだが……、怒っちゃったユーリによって、まるでギャグキャラの様にされ、負けてしまった。

 なんとか逃げ切れたのだが、大見得を切った挙句の状態。暫くは涙で枕を濡らしてしまう日々が続きそうだ……。






~魔法紹介~


□ 紅色破壊光線

 名の通り、紅い光線を打ち放つ魔法Lv2の代名詞、とも言える破壊光線系の魔法の1つ。
 紅い光線自体に攻撃力はないのだが、それが敵を貫いた瞬間、身体を透過し 体内に爆発物質を生成し、内部から破壊する極めて危険な魔法。
  鎧も盾も殆ど意味を成さない危険な魔法なのだが……、2~3発放った所で打ち止めとなってしまった。
 
使用者:ガーネット
 
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