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ランス ~another story~

作者:じーくw
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第3章 リーザス陥落
  第66話 サテラの思惑



 ハイパービル内で予期せぬ再会を果たしたユーリ。
 それなりに消耗していた所でクルックーと再会した事は嬉しくもある。彼女は優秀なAL教団の司教見習いであり、神魔法に関しても恐らく解放軍の誰よりも上だろう。

 ……ロゼは、ワイルドカード的な所があるから 何とも言えないが。

 ロゼの事は 兎も角 クルックーがここに来た理由は ユーリにあった。

「以前、ユーリに頼まれていた約束を果たした報告を、と思いまして」
「ん、約束?」
「ええ」

 クルックーが指さした所から、1人の男が現れた。
 銀色の髪に青い瞳を持つ少年。『何処かで見た事がある?』 と思ったけれど、判らなかった。

「ランス! ユーリ!」

 ある程度、近付くと笑顔を見せながら早走りでこちらに近づいてきた。

「……? お前は?」
「んん? なぜ、オレ様の名前を……? いやー、有名人はこれだから困るんだよなぁ」
「まぁ、ランスは色んな意味で有名だからじゃない? うん、過去の被害者とか」
「コラァ! かなみ! どう言う意味だ!」
「怒ってるなら、判ってるって事じゃない。取り合えずアンタは退いといて。話が進まない」

 かなみが怒らせて、そして志津香が、粘着地面が炸裂させる。
 中々のコンビネーションだ。……だけど、流石にそろそろランスも慣れてきたのか、そこまで ガチガチに拘束するのは無理だったようだ。……魔法をかけ直そうおした志津香を止めるのはユーリだ。

「幾らなんでも 戦いの前に消耗するのは不毛すぎるぞ……」
「まぁ、それもそうね」
「コラァ! なら とっとと外せ!!」

 ランスがぎゃーぎゃー言っているけど、今はほっといて、あの少年に向き直った。
 正面から見てみるけど……、どうしても 思い出せない。多分、と言うより間違いなく見た事無い。

「悪いな、話が脱線して。……それで、お前は 誰なんだ?」
「リスのウーですよ、ユーリ」
「……は?」

 クルックーの一言で、珍しくユーリは、思わずスットンキョーな声を発して呆けてしまった。

 暫く意味が判らず理解も出来なかった。
 だから、ゆっくりと思い出す、記憶の中を探る事にした。そう確か、クルックーとの出会いの中で、リスと言うモンスター、いや ウーと言う名前のリスがいた事はある。

 『人間になる!』 と言って出ていった記憶も、勿論ある。

 そう、確かAL教で、バランスブレイカーの存在の中で、それを可能にする代物があったのだ。。

「成る程、《転生の壺》か。……驚いた。この短期間で、見つかったのか…… 有難い」
「はい、そうです。比較的近くにあった事と、ウーさんに再会出来た事、色々と偶然が重なった結果です」
「うん! それで、神官様が僕を人間にしてくれたんだ! 本当にありがとうございました!」
「……いえ、私は ユーリとの約束を果たしたまでです」

 クルックーは、リスの笑顔に無表情でそう返す。だけど、心なしかその表情は穏やかだった。

「そう、か。約束か。……オレからも礼を言うよ、ありがとう。クルックー」
「……いえ」

 視線だけがきょろっと動くクルックー。だけど、表情はやっぱり変わらないポーカーフェイスだ。

「流石、クルックーさんです。私も見習わなければいけません……。全ての者に等しく平等に手を差し伸べる。そして、縋ってくる者達も必ず見極めて……、リスのウーさんのこともしっかりと見た上でのこと、だったんですね……」

 セルは、両手をぎゅっと握ってそう言っていた。
 話を聞く限り、相手はリスと言うモンスターだったのだろう。その運命を捻じ曲げる様なことは決して褒められたものじゃない、と感じるが、彼の熱意とクルックーの慈愛がこの結果を生んだのだと思ったのだ。

「………」
「ぅ……」

 なんだか、変な?空気だ、と感じたかなみと志津香。
 一先ずクルックーが赤らめたり、反応を見せなかったから、とりあえず良しとした。……クルックーを知っている者からすれば、十分反応してる、と思えるんだけど、その辺はご愛嬌。

「で、でも……、信じられないわ」

 かなみは改めて驚いていた。
 あの時、確かにクルックーに転生の壺なる存在をきいていたんだけど、話半分程度だったから。だが、結果的には最高だ。……これで、聖武具を取り戻すことが出来るのだから。

「僕もそうだったよ! でも、やれば出来る。神官様のおかげだけど、諦めずに最後まで頑張れば、願いは叶うんだって事、そしてローラへの愛が僕を支えてくれたんだ。……もう、誰も僕たちの愛を邪魔することは出来ない筈だよっ!」

 ウーは、八重歯をみせながら、本当に良い笑顔を向ける。あの時の、モンスターだった頃の彼とは比べ物にならない種類の笑顔だった。達成感に満ちいて、自信にも満ち溢れている。

 一人前の男の顔になっている、と感じた。覚悟と責任を取れるだけの男に。

「ローラと結婚して、幸せな生活を送るんだ! これで、何も文句はないよね? ランス! ユーリ!」
「ああ、そうだな。……よく、頑張ったな。おめでとう」

 ユーリは微笑ましそうにそう言う。
 
 この時のユーリを見て、顔とその言動・雰囲気。そして何よりその優しさを見て、やや悶えてしまう女性陣だった。トマトと志津香は、話について行けてないから、尚更その表情がダイレクトに入ってきているらしいから、さらに高威力。。

「いーや、オレ様は文句があるぞ!」

 そんな時、ランスが異議を唱えていた。まさか、異議を唱えられるとは思ってもなかったウーは、目を丸くさせ。

「ええっ! なんでだよー!」

 驚きながら、声を上げていた。
 それを聞いた他の皆も当然、非難の声がランスへと向けられる。。

「ちょっと! ランス! ウーさんは、あの時から必死に頑張ってここに来たのに!」
「……詳しい事情は知らないけど、ランスに止める資格は 一切ない、って事だけは判るわ。寧ろ、悪意しかないんじゃないの」
「そうですかねー。愛する人の為に頑張るなんて、憧れるですかねー! 恋路を邪魔する人は、うしに頭を蹴られるですよー!」
「そうですよ、ランスさん。今回の1件、確かに神からいただいた身体を変えることには、考えさせられるものがあります。ですが、種族を超えた愛、その為に走り、たどり着くことが出来た。……これこそが真の愛だとも取れます。……きっと、神も御許しくださると私は信じています」

 もう、大批難の的になってしまった。

 だが、ランスは至って冷静の様だ。軽く目を瞑った後。

「だぁぁぁぁ!!! 動けん事に文句があるのだ馬鹿者!! さっさとコレ外せぇぇ!!」

 冷静なんかじゃなかった。
 声を必死に溜めていた様だ。……そして、そのランスの叫び声は、ハイパービル内に響き渡るのだった。





 ランスの絶叫が響いいた数秒後。

「うるさいです」
「だな」

 やや遅れてクルックーがそう言う。
 建物の中だったから、それなりに響いてきた様だ。志津香も渋々ではあるが、魔法の粘着地面から解放した。拘束するのには、適している魔法だけど、煩くさせてしまうから、改良が必要だと考えていた。

「ったく、このオレ様をまたもや拘束するとは、どれだけ独占したいのだ! そんな事せんでも、後でいやって程抱いてやる! がははは」
「プチ炎の矢」
「うぎゃちゃあああっ!!!」

 志津香の返答はこれまで通りに実力行使。
 だが、どうしても言ってやりたい事はある。

「……はぁ、折角クルックーが回復してくれたんだから。あんまダメージを与えるな。それに、ちょっとは落ち着けって……」
「うっさいわね。全部アイツが悪いんじゃない」
「あ~……、ま、そうだけど、それを加味しても、だ。 ここから 戻ってからにしろ。戯れるのは」
「誰がするかっ!」

 志津香の返答は脚の踏み抜きだった。

「……ユーリさんには間違っても言って欲しくないですよね。『戻ってから戯れろ』なんて」
「ですかねー……。止める為のセリフにしても、ちょっと……キツいものがあるです。志津香さんには同情してしまうですかね……」

 志津香の気持ちを代弁するのはかなみとトマトだった。




 そんな感じで、色々とあったが、もう一度クルックーに回復をしてもらうのだった。
 彼女も1人?旅を続けているから、それなりの備えはしている様だ。AL教ならではのアイテムも多いし、普通の冒険者と比べたら何ら遜色ないどころか充実していると言っていいだろう。

 無表情で、『良いですよ』とは言ってくれた。

「……う~む、まさか本当に人間になるとは思わなかったぜ」

 ランスは、あの時やっぱりテキトーに言ったらしく、流石に驚きを隠せられない様だった。

「でも、これでよかったですね。リスさんを早くローラさんの所に連れて行きましょう」

 かなみが早速提案をした。これでシィルを取り戻す為のカードが整ったのだから。

「そう、だな。……」

 ユーリは、取り合えず、皆に事情を説明。
 あの時いなかった清十郎にも説明をした。リックは、バレスやエクス経由で、その聖武具の現段階での事を知っている筈だから、大丈夫だった。

 だけど、ユーリはまだ違和感が残っていた。

 それは、サテラが自分を指名している本意だ。

 一応、あの時慌てた様子だったのは判った。
 ……慌てた理由は、どう考えても、前の戦い。神威の事しか頭に浮かばなかった。

 あの時の戦い、自分は朧げだが覚えている。

 ガーディアン達を一蹴し、サテラも一蹴。圧倒的な力の差を見せつけた上で、見逃す。人間と想っていた相手にそこまでヤられ、魔人としてこれ以上な屈辱と敗北感を与えた事だろう。そんな男を呼ぶんだから、それ相応の準備をしているんだろう、と考えたのだ。望む所だと、思ってはいたが、流石にシィルの事を考えると、そこまで攻勢に出れるかどうかが微妙だ。

「……ゆう」
「ん?」

 考え込んでいた時、志津香に声をかけられ、ユーリは志津香の方を向いた。

「今、あのサテラの事、考えてたの?」
「まぁ、な。……まだ皆には言ってないが、オレはサテラと相対して、そして……撃退をしてるんだ」
「っっ!!」

 その言葉を聞いて、志津香は絶句した。
 あの時、解放軍の総出……とは言わずとも、将軍が何人もいて、カスタム解放軍の主力もいた。ついでにランスもいたのに、あっという間に壊滅的状況に追いやられたのだ。……そんな魔人を、撃退した事を聞いて、驚いたのだ。

「ゆぅが……、アイツを、たった1人で?」
「まぁ……な。だからこそ、今回 サテラがオレを指定してきているんだろう。……すまない。つい口が滑って志津香には話したが……、これに関しては 追求と他言はしないでくれ。仲間達を信頼してない訳じゃない、……だけど、オレの中にも あまり知られたくない事もあるんだ。……頼む」

 何処か真剣味な表情をしているユーリ。
 そんな顔を見たら、何も言えないくなってしまうのは仕方がないだろう。

 だけど、色んな意味で心配だった。

 サテラを撃退した事から、あの魔人がユーリを優先しようとしている、と言うユーリの話は納得できる。だけど……、本当にそれだけなのなら、あの表情が説明つかない。あの薄暗いハイパービルの中ですらはっきりと見えた、赤く染まった顔を。

「大丈夫だ。……サテラはオレをご指名の様だが、無茶な真似はしないよ。……残していく様な真似も、な?」

 そう言って、志津香の肩に優しく手を置いた。
 色々と心配は尽きないけど……今はまだいい、と志津香は思っていた。まだ、ユーリは、向こうに行っていないのだから。志津香は、その手を取って、そして頷く。

「……無茶なんかしたら、私も一緒に突撃するから。……白色破壊光線と一緒に」
「って、おいおい、オレまで吹き飛ばす気か?」
「何言ってんのよ。……ゆぅは、あの時だって大丈夫だって、『自分ごと撃て』っていったじゃない。それに、今更その程度でくたばらないでしょ」

 志津香は、そう言って笑った。
 本当は、サテラの心の事も心配だったけれど、ユーリがそう想ってくれているのを聞いて、これ以上言えなかった様だ。

「ユーリさん、志津香、行きましょう! 早く、ローラさんの誤解を解かないと」
「……だな」
「うん、判ってる」

 2人は、話をしていたから、少し遅れ気味だった。

 だから、かなみが呼んだのだ。どうやら、話は聴いていなかった様だから……一歩遅れてしまった事にかなみは気づいていない。……それが、或いは良かったのかもしれないのだった。












~ラジールの町~




 一行は、ハイパービルを出て、ラジールの町へと向かった。まだ、彼女があの街にいる事を知っている。そう、軍人の報告を受けたからだ。……そろそろ、切羽詰っている、と言う事も。同性であるハウレーンやメナド達は、勿論強硬手段を取る事には反対はしてくれていた。それでも、状況を考えたら、どうしても取らざるを得ない方向へと向かいつつあったのだ。だから、今日が最後だった。


 今日の説得が……。




 それは、ユーリ達が到着する数分前の事。





~ラジールの町・酒場~



 ローラは、その日も自棄酒を飲んでいた。
 それでも思い起こすのは、彼と、ウーと共に過ごした日々。確かに、洞窟の中で……薄暗く冷たい場所だったけれど、それでも一緒に過ごした日々は暖かった。傍から見たら、異常なのかもしれない。モンスターと共に、愛を誓い、ともに暮らしていたのだから。


――……それでも、良かった。


 ローラの怒り方は、子供の様に思える。癇癪を起こしてしまう子供。……だけど、真剣だった。真剣にウーの事を愛していたんだ。

 文字通り 命を賭けて。

 でも無ければ、無数のモンスターが蔓延っているあの洞窟にきたりはしないし、居住を構えたりしない。ウーと一緒なら、どこでも良かったから。そして 例え、この世の誰もが認めてくれなくても……ただ、一緒にいられるだけで良かった。
だけど……、その幸せはある日、突然打ち砕かれた。

 あの連中が来たからだ。

「……ウー君。……ウー……っ」

 瞳に何かが集まってきているのは判る。
 飲めば、酔えば、忘れる事が出来ると思った。それでも、飲んだアルコールは全て眼から、涙として流れ出てしまう。全く酔えない。全てが涙となって、流れ落ちてしまうから。ランス達が来ていた時は、怒りの感情が優っていたから、涙は流れなかった。だけど、今は無理だ。まるで壊れた蛇口の様に、涙が止まらない。


「……失礼する」


 そんな時だった。

 今日もまた、あの連中(・・・・)がやって来る。

 装備から考えて、リーザスの軍人だと言う事は、初めてきたあの時から判っていた。

 そして……、リーザスの危機を救う為に、あの武器防具が必要だと言う事も、もう、薄々だがローラは 理解しだしていた。

 でもなければ、軍人が、それも一般人ですら知っている様な、リーザスの大物将軍、総大将が自ら来たりしないだろう。

「何の用? ……私の考えは変わらないわ。言った筈よ、ウー君のいないこの世界に未練なんか、これっぽっちも無いんだから」

 複数の軍人を前にしても、決して億さず、恐れずそう言ってのけるローラ。

 でも、彼女の精神は限界に近かった。

――……未練はない。無いから、もう死にたい。……愛するウーの元へと連れて行って欲しい。

 ローラは そうまで考えていたのだ。
 ……だけど、最後の最後まで、ウーを奪ったあの男達へのせめてもの復讐。命が続く限り、拒否を続ける。それだけが、彼女の生き甲斐だった。それだけが、彼女をこの現世へと繋ぎ止める楔だった。

「……我々としては、貴女に手荒な事はしたくない。これは紛う事なき、事実です。……軍人とする以前、同性として……、同じ女として、貴女の想い、辛さは判っているつもりです」

 この場に来ていた 白の軍 副将ハウレーンが一歩前へ出て頭を下げた。


 事の顛末に関しては、全てユーリから聞いている。
 リスのウーが 生きている事実も、知っている。それでも、ローラには、どうしても信じてくれなかった。

「だから、何度でも、何度でも言うよ。どうか、どうか信じて欲しいんだ。……そのリス、ウーは生きている。だから、そんな悲しそうな顔、しないで」

 メナドも来て頭を下げた。

 ローラは、今日こそは拷問でもなんでもして、無理矢理に聴き出すんだ、と想っていた。どんな痛みによる苦しみでも、今の苦しみに比べたら何でもない。リスの所へ連れて行ってくれるのなら、痛みよりも喜びの方が大きい。でも、今日も違った。

「……なによ! さっさと私を拷問でもなんでもしてよっ!! 自分じゃ、自分じゃ……死ねないから、死ぬ事が出来ないから! だから!! あいつらに復讐して、そして私も、ウー君の所に、いけるって……信じてたのに」

 ぐっ、と涙ぐむ、ローラ。

 涙は煽れ、流れ出した。そんな彼女を見て、すっと前に出て彼女を包み込んだ。それは、メナドだ。

「……そんな悲しい事、言わないでよ。死ぬなんて、言わないでよ。……死んだら、悲しむ人がいっぱいいるんだよ? お父さんやお母さん、それに、ウー君だって」
「っ! リスは、リスはもういないっ!」
「お願い、信じて。……ランスは、あんなだから、信じられないかもだけど。……ユーリは違うんだ。ユーリは……僕を助けてくれたんだ。リーザスの時だってそう。僕が、僕が危なかった時、助けてくれた。……それに、ヘルマンの連中に囚われていた僕を、それに皆を助けてくれて。それだけじゃないよ。カスタムやレッドの町の皆も救ってくれて。……僕にとっても、皆にとっても、ユーリは 大切な大恩人なんだ。だから、そんなユーリが、嘘なんかつかない。絶対に、絶対につかない」
「っ……」

 ローラは、言葉に詰まった。

 確かに、あの洞窟で自分を襲ったのはランスだ。自分は、リスのモノなのに、その自分の身体を。でも、確かにユーリはあの時、外でいただけだった。

 あの紫色の髪を持つ少女と、神官と。

 でも、あの時は逆上して何もきかなかったし、何も信じられなかったそして、今も、これまでもそうだと。

「その通りです。……我らを信じなくとも、彼は、ユーリ殿は信じていただきたい。これは、後生の頼みです」

 ハウレーンも頭を下げた。
 そして、他の待機した軍人達も、皆が頭を下げた。

 ローラは、それを見てまた、絶句した。

 これほどの数が、それもリーザスを主君と崇めている軍人達の皆が、1人の冒険者を信頼しきっている。それがどれだけ異常な事か、よく判る。そして、なんでだろうか、ウーが生きていると言う事は嘘に思えても、これは嘘じゃない、と思ってしまった。

 直感してしまったのだ。

「わ、私は……私は……」

 ローラは俯いた。

 その時だ。

 酒場の入口が開く。
 その扉の隙間から光が漏れた。まるで……、光が入ってくる、と錯覚してしまう程に。





~そして、時間は元に戻る~





 ユーリ達は、ラジールの町に着いた。
 強行手段を取るかもしれない、と言う気持ちから、その脚を早めたのだ。

「ここに、この酒場に僕のローラがいるんだね」

 聞き覚えのある声が酒場に響く。そして、中にまず、ランスが入ってきた。それに続いてかなみや志津香も。

「っ……、な、なによ! ランス。 あ、あんたは嫌いだから、あっち行ってよ!」
「ふん! 俺様だけだというのか? 最初の頃は かなみや志津香、オレ様の下僕どもにも言っていたくせに」
「誰が下僕よ!!」
「ローラさんは、漸くわかってくれたのよ。……一体誰が真の悪か、をね」
「誰が真の悪だコラ!」
「自覚してんじゃない」

 いろんなやり取りをしながら。

「いいから止めろって。……手早く要件を済ませよう」

 続いてユーリが入って来た。

 そして、ローラにとって、その後にもう1人現れた人。それこそが、彼女の光だった。

「「ユーリ殿っ!」」

 ハウレーン、メナドの2人が顔を上げた。そして、ローラも。

「……さぁ、後は頼むよ。ローラに声が届くのはお前だけだ。……ウー」
「うんっ! 判った! 任せておいて。ありがとう、ユーリ!」

 リスは、勢いよく入っていった。そして、ローラの前に立った。

「え……?」

 いきなりの事で、戸惑ってしまった。目の前の人間が誰なのかも判らない。この町でも、見た事の無い顔だった。

「僕、僕だよ! リスだよ、ローラ。君と暮らすために、人間になったんだ」
「え、……う、うそよ。……、だ、だって、あの人は……もう……」

ローラは嘘だ、と言っていたけれど、その目の奥には光が戻っていた。
嘘だ、と言っている事が嘘だと言う事を。

「死んではいないよ! ちゃんと人間になって戻ってきたのだから。……ユーリや神官様のおかげで、全部、全部、僕たちを阻んでいた壁を除ける事が出来たんだよ! もう、僕達の愛を、……もう邪魔するものは、いないんだよっ!」

 ローラは、その人間をじ……と見つめた後、ユーリを見た。

 ユーリは目が合った途端に、表情を緩め、頷いた。そして、必死に説得しに来てくれた2人の女性軍人達も、笑顔でユーリを見て、そしてローラを見た。

「……まだ、判らないなら、信じてもらえないなら、証明するよ」

 ウーは、ローラを抱きしめると、ひと目もはばからず、自身の唇を、ローラの唇に、震えているその唇に押し当てた。

 その場にいた誰もが顔を赤くさせてしまう様な光景だが、それよりも 感動に包まれた。


 ローラは、その暖かさを直に感じた。
 目を瞑り……ウーの暖かさ、包み込んでくれる優しさを感じ、これまでの事を、出会ったあの時の事を……、全て思い出した。

 思い出が1つの形となり、答えに繋がる。

「……ウー、ウー、君…なの?」
「そうさ! まだ 信じられないなら、なんでも聞いて。ローラと出会った場所や会った時に言った言葉。家を建てた事、アレも大変、だったよね? とても楽しかったけどさ! あ、それに僕が上げた……初めてのプレゼント。そして、ローラがくれた僕にとっての宝物。なんでも答える事、出来るよ」

 そこまで ウーが言った所で、ローラはウーの身体に飛び込んだ。

 もう、疑う筈がない。この人は紛れもない。ウーなんだとわかったから。

「う、、ウーくん、ぅっ あ、会いたかった、会いたかったの……あい、た……か……」

 涙を流しながら何度も呟いた。『会いたかった』と。

「……これからはさ、もうずっと君と一緒にいるよ。離さない」

 抱きしめるローラの後ろ髪を撫でながら、リスはそう言っていた。

 この場にいる者達全員が2人を祝福していた。……あぁ、勿論ランスは除いてだ。つまらなそうに、鼻をほじっていたから。

 
 その中でも、特に 何度もローラの説得を試みていたメナド、ハウレーンは目頭を熱く、そして赤くさせていた。

「……本当に、良かったです。2人とも、とても幸せそう……」

 かなみも、思わず貰い泣きをしそうになったが、なんとか涙はこらえる事が出来た。
 こらえる事が出来た理由は……、感動を、羨ましさで覆ったから。普通の恋愛を強く憧れているかなみだったから。

「……そうね。うん。良かったじゃない」

 志津香も例外ではない。
 死んだと想っていた相手との再会は、自分にも経験があるのだから。……こんな熱い抱擁と口づけは無かったけど。

「愛する2人は結ばれるべきですかねー。当然ですです」

 トマトもうっとりとしながら2人を見ていた。
 その2人を自分に置き換えて。ペペがいたら、このシーンを写真に残してアイコラして、とか一瞬考えたけど、それは幾ら何でもダメだろう、って事で頭から削除。

「真の愛が、リスさんを導き、そして 困難を乗り越え2人は結ばれました。……神も祝福してくださるでしょう。……勿論、私個人としても、本当に微笑ましい事です」

 セルも、両手を組み祈りを捧げた。
 純血は神に捧げた身とはいっても、セル自身も女の子だ。愛する2人を見て、心情的にも、一女の子として祝福してあげたいと思っていた。

「ふぅ、良かったですね。軍人として、一般人に手を掛けるのは反対でしたから」
「……何はともあれ、だな。……だが、呑気なものだ。今の状況をわかっているのか?」

 リックも安堵し、清十郎は頷いていはいたものの、苦言を付け加えた。それでも、穏やかな表情をしているから、そこまでは思っていないのだろう。

「だぁぁ! キサマら、いつまでイチャイチャとラブコメしてるのだ! それより、どうだ!ローラ! オレ様の言ったことは本当だっただろうが!」

 当然、ランスはこんな場面をずっと見ているのもいやだった様だ。鼻をほじっていたのをやめ、頃合を見て叫び声を入れていた。ランスにしては、大分待ってくれた方だろう、とこの時大体のみんなが思っていた。

「……ウー君」
「そうだ! このひょろガキがウーだ! それでは、オレ様から盗んだ物を返してもらおうか」

 そしてランスの言葉を聞いて、反応したのはリスだ。

「ローラ、何か盗んだりしたのか?」
「っ……」
「ローラさん。聖剣と聖鎧を返して。……お願い。あれはリーザスにとって」
「うん。……ごめんなさい。みなさん。……ユーリさん」

 ローラは、ランス以外の皆を見ながらそう言う。あからさまだったから、ランスは。

「コラぁぁ! まずは オレ様に謝れ! と言うか、さっきもよく考えたら、オレ様をスルーしてただろう!」
「はいはい。ランス。オレから聞いておくから、待っててくれ。シィルちゃんを早く助け無いといけないだろ」

 まだ割り込もうとするランスを抑えつつ、ユーリが割って入った。

 ランスと話してたら埓があかないと言った所だから。それに、如何に感動的な再会を果たしたローラとは言え、ランスにされた事まで 超消しに出来る訳はないだろう。
 

 ランスは、最後までダダこねていたけど、軍人の人が気をきかせてくれたのだろうか、ラレラレ石を手渡して、手を打っていた。

「良かったですね。ウーさん、ローラさん。 後、リスさん。転生の壺はAL教団が回収しますので。構いませんよね?」
「あ、うん! 大丈夫です神官様。勿論、その壺を使った事は誰にも言いません」
「はい。そうしてください。 じゃないと、壺の存在を知り、且つ壺の成功者として、回収されてしまう可能性もありますので」

 クルックーは何やら最後の方に物騒? な事を言っていたが、兎も角、壺は回収された、と言う事になった様だ。

「そう言えばクルックー」
「はい、なんでしょう? ユーリ」
「あの白い生き物は どうしたんだ? 確か、名はトローチ……、だったか?」
「ああ、先生なら、バランスブレイカーの確保登録を先に済ませに行ってもらいました。早く私の成果としたいとの事です」
「ああ、成る程。……クルックーは結構ルーズな所がありそうだ。……特にその手の手続きは」
「私は、神に与えられた使命があればそれでいいので。そう言うのには興味がないです」

 クルックーはそう言う。
 表情もまるで変えずにそう言っているので、本当に興味がなさそうだ。

「……らしいな」

 ユーリは笑っていた。

 だけど、笑えない所もあった。クルックーが信じている神の事だ。正直、セルにも思うところはある。

 2人とも。……彼女達はいい子達だ。

 だが、彼女達は知らない。崇めているそれ(・・)が、どう言う存在なのかを。その眩く、直視する事が出来ない白い世界の中にある本性を。

「……ユーリ?」
「いや、何でもない」

 クルックーが首をかしげながらユーリの方を見るが……ユーリは何も言わずに首を振った。真実を知るのは酷だし、それが真実だ、と証明する事も……難しいから。

「ユーリさん」
「……ん、ああ。かなみか。武具は返してもらえそうか? 隠し場所は何処なんだ?」

 かなみが、ユーリの下へ。
 ローラに聖武具を返してもらえたか、隠し場所を教えてもらえたか、と聞いた。すると、かなみは苦笑いをしながら答えた。

「えっと……、聖武具、ですが。……ローラさんのいたテーブルの下にあったとの事です……」
「……は?」

 ユーリは思わず二度見をした。
 かなみの手にあるのは聖鎧と聖剣。……間違いなく、あの時の武器防具だと言う事は判った。と言うより、かなみが間違えるとは思えない。

「……ん~、その、何処にあったって?」
「えっと……」

 ユーリが頬をぽりぽりと掻きながらもう一度聞くと、かなみも苦笑いをしていた。それだけでもよく判る。聞き間違いじゃなかった、と言う事を。

「ごめん。ユーリ……。ずっと私の足元にあったの」
「……あれか。あの段ボールで隠してたってわけか。……灯台下暗しとはこのことだ」
「うぅ……ぼく、ずっと説得してたのに、全く気がつかなかったよ。こんな近くにあったなんて……」
「わ、私もです……。副将として、恥ずかしい限りです」
 
 メナド、ハウレーンも肩を落としていた。

「いや。確かに時間はかかった。それでも、このタイミングが一番良いタイミングだとオレは信じたいよ。後はサテラとの取引のみだしな」

 ユーリはそう言って、彼女達を慰める。……勿論、その対極の位置にいるランスは、そんな事はしない。

「そんなトコに隠していた事に誰ひとり気づかんとは、情けない!」

 ランスがギャーギャー言うのだ。ここぞとばかりに。まぁ……この時は、ごもっとも、と言う事で、誰もツッコまなかったのだった。



 何にせよ、これで、手札(カード)は 全て揃った。



 後は、ハイパービルに囚われているシィルを奪還、そして聖盾も取り戻す事が出来れば、それが理想の形だ。


 ……そう上手くはいかないだろうとは思うが、皆がそれを意識していたのだった。












~ハイパービル~






 一行は、聖武具を携え再びハイパービル前へと向かった。正直、ランスはうるさかったけど、一先ずシィルのことを考えたらしく、それなりに言った後、向かうことになったのだ。

 そして、エレベータに乗って、以前クルックーと再会した場所にまで到達。幸いなことに、モンスター達は前回程はいなかった。

「ユーリ、大丈夫ですか? いたいのいたいのとんでけー」

 いなかった、とは言え、それなりにはモンスター達は存在する。前回のが異常過ぎただけなのだ。

「ああ、ありがとう」
「いえ、当然の様に治しただけです。以前の様に」
「はは、そうだったな」

 クルックーはそう一言 言うと、ユーリは、ニコリと笑ってクルックーの頭を軽くぽんっと叩いた。そう、確かマルグリッド迷宮の第1層を共に冒険した時もこんなやりとりをした。ユーリはそれを思い出して、笑った様だ。しっかりと、覚えてくれていたから。

 クルックーは、きょとん……としていたが、僅かに口元を緩め、そしてユーリに触られた頭部を軽く撫でる。

 今までになかった不思議な感覚をクルックーは味わっていたのだ。いや、前回も同じような感覚を味わえた事がある。


――……ユーリと一緒に、マルグリッド迷宮を冒険をした時だった。

 
 それをもう一度味わいたくて、クルックーは言ったのだ

『私で良ければ、ユーリ達に連れて行ってください。多少なら神魔法も使えますので』

 ラジールの町から出る時に、そう、クルックーがいったのだ。AL教の仕事は大丈夫なのか? とユーリが訊いたが、軽く首を縦に振る。神の使命はもう遂行したと、一言だけ据えて。

 今までこんな感覚になった事など一度もなかった。

 ただ、命の恩人だと言う事は感謝もしているし、ありがたかった。だけど、この感じはそれだけではなかったんだ。ユーリについていけば、探る事が出来る。自分の判らない感覚、感情を。

 後もう1つ理由はある。

「(クルックー。コイツについて行けば、バランスブレイカーを回収出来る機会が増える可能性が高いぞ。見る限り極めて優秀な冒険者の様だし)」

 と、言う助言があったからだ。

 因みに勿論助言の相手はトローチ先生。離れた~と言っても、実は彼は身を屈め、クルックーがいつも携帯しているバッグの中に入り込んでいる。……窮屈じゃないか? と思ったけれど、ぬいぐるみみたいな物なので、大丈夫だろう。


「むむむ~、ですかね……」

 後ろで見ていたトマトは、警戒心を顕にしている。それを見たかなみが声をかけた。

「ど、どうしました? トマトさん」
「トマト式・乙女センサーがビンビンに働くですよー。あのクルックーさん、と言う人からですー」

 どうやら、ロゼが言うセンサーの別ヴァージョンが働いている様だ。

 面白センサーじゃなく、乙女センサー。恋する乙女を見つける? センサーの様だ。

「はぁ、馬鹿言ってないで、さっさと行くわよ。あの子のおかげで助かってるのは事実だし」
「志津香さんー、余裕ですかねー? でも、足元救われますですよ! トマトも虎視眈々ですかねー」
「ば、馬鹿なこと言わない! それにここ、敵陣も同然なんだから、ちょっとは自重しなさいっ!」
「はぁ、お前ら相変わらずだな……」

 ここにいるのは魔人。

 それでもいつもの自分たちを崩していない彼女たちを見てほんとに頼もしくも思えるユーリ。まさかの本人登場(これもほんと恒例だけど)で、びくっとなっていたけれど、聞いてなかったようすだ。いつも通りの志津香の強めなツッコミをユーリにいれて、終了した。

「いつまで遊んでいるのだ! 少しは集中したらどうなのだ?」
「ランスが言うなっ!!」

 ここぞとばかりに、言ってくるのはランス。ほんといつも通りだ。 皆がユーリユーリと言う状況には 複雑過ぎるランスだったが、まるで ユーリが気づく様子がないから、何れは 自分の方へと来るだろう、と根拠のない自信を持っていたのだった。

「……本当に頼もしいですね」
「緊張感が無い連中だな。……其の癖、戦闘力はあるときている。……こちらの世界の女も強い」
「こちら? とは何ですか? 清十郎殿」
「いや、……戯言だ。何でもない」

 清十郎はそう言うと軽く手をあげた。
 リックはそれ以上何も言わなかったし、きかなかった。彼にも帰るべき故郷と言うものがあるのだろう、と思ったからだ。安易に立ち入っていい所じゃないと言う事も。




 そして、一行は前回の地点を超えた。


 その先にあるのは、奇妙な部屋だった。いくつもの太い線が床、天井に這い回り、そして見た事の無いような機械が大量に並んでいる。

「……ユーリさん」
「ああ、確かに聞こえたな」

 かなみが声を掛けると、ユーリも辺りを見渡し、耳を澄ませた。微かに奇妙な声が聞こえたのだ。人間の様であり、だが何かが違う。ちぐはぐにされている、そんな感じがする声質。

【ワタシハ、ハイパービル セイギョコンピュータ。 エロヤックALV】

 再び声が聞こえてきた。今度は微かにではなく、はっきりとだ。

「奇妙な声、ですね」
「これは、機械音声……だな。この機械の声という訳だ」

 清十郎がそう答える。
 機械が話すのか? と思ったが、間違いなく、その機械から声が聞こえてくるのだから間違いないだろう。

【オマエタチハ デバッガー チガウノカ? ワタシハ 322ネンカン デバッガー マッテイタ】

 再び声が響いた。

「どうやら、この部屋全体が巨大コンピュータみたいですね」
「……凄いわね。マリアが見たらどんな反応をする事やら」

 かなみの言葉に志津香は苦笑いをする。
 どんな反応をするのか、それはこの場にマリアがいなくても、はっきりと判る。

「狂乱だな。喜びのあまり」
「……否定しないわ」
「まぁ、 アイツは機械バカだからな、オレ様の女たちの中でも珍しい部類だ」

 ランスも同じ意見の様だ。
『オレ様の女たち』とは一体誰のことを指しているのだろうか? っと、思った(ナレーションが)瞬間、女性陣は皆が顔を背けていた。否定する様に……。

「おい、ボロコンピュータ。オレ様に何かようなのか? さっきから、デバッカーだのわけのわからないことを言いやがって」

 ランスがそう言うと、エロヤックとやらは、明らかに声を落としていた。落ち込んでいる、残念そう、と言うのがはっきりと判る様に。

【デバッガーチガウノカ。……ザンネン】

 声で感情を表すとは大したものである。

「…ふむ」
「清、何か判るのか?」
「ああ。デバッガーと言うのは、プログラムのバグを取り除く作業をする者だ。……もしくは、その為のプログラムの事、だ」

 清十郎がそう説明をする。
 この世界の文明と自分がいた世界の文明は明らかに違う部分が多い。遅れてはいるものの、魔法であったり、凄まじい効果をもたらすアイテムだったり、とファンタジー要素が強い。こう説明した所で理解出来るのかどうかは不明だったが。

「ん、大体だが判った。このコンピュータにとって必要な者、と言う訳か。バグを取り除く為に」
「……ああ、どうやら、バグと言うモンスターがいる様だ。それを排除してもらいたい、と言う事だろう」

 そこも圧倒的に違う所の1つ。
 所謂コンピュータのシステムの中、プログラムの中に存在するバグなのだが……、この世界ではまるでゴキブリの様に這い回っている。はっきり言ってしまえば、『訳が判らん』と言う事なのだが、こういうのは殆ど眼を瞑る事にしている。

 ここには戦う為にいるのだから。


 エロヤックの頼み。

 それは、清十郎の言うとおりバグの消去。それを望んでいたのだが、ランスが一蹴した。『そんな時間は無い』 と。

 セルは、人助けを……と言っていたが、アレを人と言うには抵抗があるだろう。ランスもはっきりと『人ではなくコンピュータだ』と言っていたし、珍しく正論である。今はシィルの事もあるから、ユーリもセルを説得し、また手が空いた時にでも、助けると言う条件の元、先へと向かう事にしたのだった。










~ハイパービル 201F~




 そこは、広めの部屋。なんの模様もない無骨な壁に囲まれた薄暗い部屋の中だ。その場所に、シィルが縛られ、吊るされていた。

「ぅぅ……、は、離してください!」
「っ……(ゆ、あ、アイツが来てる……、も、もうすぐしたら、ココに……)」

 サテラはシィルの言葉など、懇願など、まーーったく聴いていない。何故だか、ただただ 頬だけが赤く染まっていた。ずっと 思っていた事だが、実際に来る事を考えたら、仕方がないのである。

「お願い、離してっ! ランス様の所に返してっ!!」

 シィルが暫く騒いだ所で、漸くサテラが気づいたのか。……或いは集中? していたのを邪魔された、と思ったのか。

「う、うるさいなっ!! 今サテラは、一世一代の場面なんだ! 静かにしてろっ!」
「なっ、なんですかっ! それ!!」
「お前が知る必要などないっ!」
「うぅ……、ランス様、ユーリさん……助けて……」
「っ……!」

 サテラの身体がぴくっ!と動いた。

「(……そうだ、ユーリの傍にはあのバカいる。……あのバカも 着いてくる可能性が高いんだ。幾ら指定しても……、ユーリは頭がキレそうだし。……嫌だ。あ、アイツ以外が来るの)」

 サテラはそう思うと同時に シィルの方を見た。

「ふん! 指定したのは、ゆ、ユーリだ! あのバカはココには来れない。それ以外の連中も! し、シーザーとイシスそうするように言ってあるっ! (……すぐにだ。急いでシーザーたちに、言っておこう。ゆ、ゆーりだけは直ぐに通す、聞かないなら、この娘の命使ってでも、って!)」

 サテラはそう考えた。

 ユーリの性格についてはよく理解したつもりだった。以前、戦った時も 自分より遥かに弱い人間たちを守っていた。どんな仲間でも決して見捨てないと言う事。……見捨てない、と言う感情は判らない事はない。

 主君であるホーネットの事を考えたらそうだ。

 だから、サテラはシーザー達に命令を追加する事を考えていた。シィルの命を使った脅しへと変える様に。

「で、でもっ! ユーリさんなら、きっと何とかしてくれますっ! ランス様にとっても、他の皆さんにとても頼りになるお人なのですっ!」
「ふ、ふんっ! アイツ、ユーリの事は認めるが、他は弱っちい馬鹿ばかりだ! そ、それに、ユーリは、わ、わ、わ わたし、がもらうんだっ!! 聖武具とい、いっしょにっ!!」
「……ええ!」
「っっ!! ちがうっ! ご、ごかいするなよっ!! 人間とは言え、アイツは多少は強いんだ!! ほ、放っておくと、後々めんどーになるかも、だからだ! 他意はないんだっ!」

 サテラは慌ててシィルにそう言うと、ぷいっ! と顔を反らせた。


 その言葉と仕草を見たらよく判る、はっきりと判る。サテラがユーリに好意的だと言う事が判る。

 シィルはこんな状況だというのに、縛られ吊るされている状況だというのに。すっごく怖い状況なのに。

 サテラの仕草を見て 思わず ほっこりとしてしまっていたのだった。




 ただただ、かなみの事、志津香の事を考えると……、ちょっと複雑な部分も持ち合わせているのだった。































~人物? 紹介~



□ エロヤックALV


 ハイパービル55Fにある部屋一つまるまる展開している巨大ビルの管理コンピュータ。
 バグが発生してしまっており、機能が完全に低下。そのスペックの半分も発揮できていない状態で、只管放置されていた。バグを駆除するデバッガーが居ないと自分自身では、どうすることも出来ない為、322年もの間、ずっと待ち続けている。


 因みに、一通りの説明を聴いていた清十郎は、何処か苦笑いを浮かべているのだった。



 
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