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ランス ~another story~

作者:じーくw
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第3章 リーザス陥落
  第57話 レッドの町の戦い・決着


~レッドの町 地下道~


 ここから、町長の屋敷までは一本道。その作りはさながら、王族を逃がすための隠し通路の様なものだった。

「レッドの町もかつては、独立していて、その名残がこうして残っているのかもしれませんね」

 かなみは、その通路を通りながらそう呟く。王家に仕えている忍者である自分だからこそ、そう思ったのだろう。ただ単に、偶然こんな通路が作られたとは思えないからだ。

「かもしれないな。……趣味で作るにしては距離がありすぎる。金も相当掛かってそうだ」

 通路に一定の間隔で灯っている燭台を見ながらユーリはそう呟く。まだ灯っている時点でも凄い事だと思える。恐らくは、何名かを逃がす為にここを使ったんだろう。
 そして、今回は逆にヘルマン側に使われているのだろう。

「がはは、これで足元から一気に殲滅してやるぜ! そして、乱交パーティだぁ!」
「ら、ランス様……」

 ランスの馬鹿な発言は、当然この通路にはよく響き渡る。色々と今後のこと、潜入した後での戦いについての考えも張り巡らせているのに、それも馬鹿らしくなってしまう程だ。

「はぁ……本当にあの馬鹿は」
「安心してくださいですよー、ユーリさん! トマトは、参加しないですかねー! ユーリさんと一緒なら考えますですが!」
「馬鹿なこと言ってないで、しゃんとしなさい。……優希も待ってるんだからね」
「そう、ですね。……必ず」

 志津香の言葉に、力をぐっと入れるのはランだ。あの時の会話は、勿論ランも聞いている。優希には、色々と世話にもなっているし、歳下だから、彼女達にとっても妹の様にも思えるのだ。愛くるしい笑顔に、……罪悪感をまだ持ち続けている自分は、何度も助けられていた。だからこそ……。

「そうだな。片っ端からやってやろうぜ。血の代償は今まさに、ってやつだ」

 ミリも剣を担いでにやりと笑った。そして、ランと志津香の間に入り。

「どーせなら、優希とオレも入れて5Pにしないか? あ、勿論相手はユーr「馬鹿なこと言わないで!」っとと!!」

 ミリの脚に痛みが走る!?……気がした。
 地団駄を踏むように、志津香の踏み抜きは、ミリの脚を捉えず、地面に当たっていたのだ。地面に ひびが入っている様な気がする……、それ程の威力。

「(……あんなの何度も受けてたのかよ、ユーリは)」

 この時、若干冷や汗をミリは掻いていたのだった。

「そ、そうですよ! い、いくら残念賞でも、そ、それは……ちょっと……」

 後半部分がどんどん聞こえなくなっていくラン。それを聞いた志津香は僅かに首を傾げる。

「ん? 残念? 一体何のことなの? ラン」
「ぅぇ!? な、何でもないわ。志津香! ほらっ! 早くいこっ! ユーリさん達と離れちゃってるよ!」
「やれやれ……」
「トマトも気になるですかねー! それは、一体何の話ですかー?」
「な、何でもないからっ!!」

 ランはやや強引に話を終わらせ、そして先へと向かっていった。訝しむ志津香だったけど、とりあえず話を終わらせたい、という意味では同意見の部分があった為 それ以上は何も聞かずに先へと向かっていった。

「おい。……そろそろ出口だ。はしゃぐのはそれくらいにしておけよ。……まぁランスの馬鹿が突っ込んでいったから、入り口付近は問題ないとは思うが」

 ユーリが、皆に向かってそう言う。流石に敵本拠地の入り口に到着したのに、それ以上はしゃぐ訳にはいかないだろう。

「ユーリ、行くぞ……」
「ああ」

 清十郎がそう言うと、ユーリも皆から視線を外した。ランス達は、先につっ込んでいった様だが、何も騒ぎにはなっていない。つい先ほども見たが、問題はなさそうだ。

「……こっからは、後回しにした方が良さそうだぜ」
「……ミリが言うな!」
「トマト、武者震いして来たですよー……」
「はい……、私もです。でも、頑張りましょう。ヘルマンなんかに負けません」

 女性陣は、しっかりと気を引き締め直した様だ。
 ここから先がレッドの町、最後の関門。……この町での最終決戦だから。








~レッドの町・ヘルマン軍司令部~


 今は、司令部となっているが、元々この場所はレッドの町の町長の屋敷。だが、今では軍事司令部となっている。そう、ヘルマン軍の自由都市侵攻においての拠点、軍事司令部に。

「ふむふむ、おい。シィル。この黄色の花はなんだ?」
「あ、これはフリージアですよ。ランス様、とっても綺麗ですね!」
「ふん。確か、ここの司令官の名はフレッチャーだったか? ……下手なシャレだな」

 一室に備え付けられている花瓶の花を眺めているランス。
 別にシャレのつもりで置いてる訳じゃないのだが……、そもそも、ここはレッドの町の町長の屋敷だし。

「馬鹿言ってないでさっさと行くぞ。……どうやら、もうすぐそこが司令室の様だ。気配が色濃く出てきた」
「ふん! オレ様よりも遅くに入ってきたくせに」
「この馬鹿っ! ユーリさんや清十郎さんは、全員の確認をしてたからでしょ」
「……かなみ、かばってくれるのは嬉しいが、とりあえず小さな声で頼む。一応敵陣ど真ん中だしな」
「ぁぅ……」

 ユーリの言葉に思わず口を抑えるかなみ。自分自身が忍者だと言う事を忘れているのだろうか?……いや、違うだろう。心底安心しているから、思わず素の自分が出てしまったんだろう。それだけ、頼りになる皆だから。

「ほら……、行くわよ? かなみ」
「う、うん……」
「がーっはっはっは! 怒られた怒られたー!」

 ここぞとばかりに罵倒するランス。グウの音も出ないかなみだが……。とりあえず、ユーリはランスに注意を。

「ランスも静かにしろ……」
「馬鹿者、こそこそと攻める等オレ様らしくないではないか!」
「んじゃあ、男連中に囲まれても良いんだな? フレッチャーだけを叩けば散る相手なのに、全員を相手にするのか?」
「む……むさくるしい男など相手にしてられんわ! さぁ、さっさとそのフレッチャーとやらを殺りにいくぞ!」

 そう言うとずんずんと先へと進んでいくランスだった。一応、効果はあったようだ。

「……やれやれ、想像以上に大変そうだな。子供の世話は」
「そうだろ? ま、腕は立つのは確かなんだがな。如何せんムラもある。……が」
「ムラがあるが、ここぞと言う時には本領発揮してくれる。か?」
「ああ。そうだ。アイツは天運がある。……運も実力の内、と言うが、それをふまえるとしたら、間違いなく人類屈指の使い手だ」
「随分と買い被っているな、と言いたいが……、ユランとの一戦も見ているし、何よりもユーリがそう言っている以上……間違いはないのだろう」

 清十郎は、そう言うと剣を確認する。
 鞘をゆっくりと持ち上げ、刃を少し引き抜き……そして納めた。

「……ここからが本番」
「ああ」

 ユーリと清十郎は、共にランスの後へと続いた。

「ひゅ~……、本当に後ろ姿がパネェな。あの2人。ああ言うのが 真の強者ってヤツなんだな?」
「ユーリさんもそうですが……、清十郎さんも間違いなくそうですね……、あまり戦いを見た訳じゃないですが、身に纏う雰囲気が……、凄いです」

 ミリとランは、2人を見ながらそう言っていた。纏っている、雰囲気……オーラが違うと表現した。それなりに修羅場をくぐってきた彼女達だからより強く感じるのだろう。
 心強い事此処極まれりだ。

「トマトも負けませんかねっ! ユーリさんの隣に立てる様にするですよ。……そして、ヘルマンをやっつけるです!」

 トマトも剣を引き抜き、いつでも戦える様に臨戦態勢を取った。いつもの陽気な彼女、アイテム屋のトマトは、やや息を潜め……。戦場に赴く戦士の顔になっていた。

 志津香も……そっと、ユーリ達が向かっている先を見つめながら歩く。

 例え、どんな相手が来たとしても、絶対に魔法で支える。自然と手に入る力も増していった。それだけの戦いがまっているんだと、先に見える雰囲気のそれがヒシヒシと伝わってくるのだ。

「……メナドっ」

 かなみも、周囲に気を配らせた。
 ここに赤の軍がいる事は判明しているのだ。

 そして、今 自身が想い馳せている親友は、副将の実力者。外での戦いの際には、見られなかった。間違いなく、ここにいるはずなのだ。

「全部纏めて片付けるわよ。……ヘルマンの連中も、リーザスの人たちのことも」

 志津香は、そっとかなみの肩に触れた。
 かなみも、志津香の言葉にゆっくりと、そして力強く頷いた。







~ヘルマン軍司令本部~



屋敷の最奥の部屋。
そこに座して待ち構えている男がいる。

「ぶーぶー……、ふん。ここまでやるとはぶー。だが、あの鉄の化物もここまでは入ってこれないぶー。周囲も即席ではあるが、仕掛けを施してあるぶー。さっさと 援軍を呼んで一気に叩くぶー」

 ヘルマン軍司令官 フレッチャーである。
 左右には、彼の弟子であり、文字通り手足である男2人の武闘家、ボウ、リョク。そして、部屋の護衛兵であるヘルマン兵……。一番後ろには、金髪の男。

「……もう、ここまで攻め込まれては 終わりではないでしょうか? フレッチャー殿の策は全て覆されてしまった様ですし、今は籠城よりも どうやって離脱をすべきかを考えた方がよろしいのでは?」
「馬鹿言うな、ぶー、このフレッチャー様が本気を、ぶー 出せば楽勝ぶー。それに……」

 チラリと、ボウの方をみると、静かに頷いた。そして リョクも続いた。

「はっ……、配置は済んでおります。洗脳兵という事もあり、気配を消す事にも申し分ないかと……」
「ふん。自我の無い人形も同然だからぶー。だが、戦力を見れば完璧ぶー。ここが落とされる事は、万が一にも無いぶー」
「フレッチャー様、恐れながら申し上げます」
「許すぶー」

 ボウは、片膝を落としながら、進言した。

「リーザスの全兵を隠せば、こちら側にはヘルマン側だけとなり、敵も警戒するやもしれません。故に、少々は表側にも配備するのが最善かと」
「ふむ……ぶーぶー」

 ボウの進言に、ぶよぶよの二重あごに手を当てながら考え込む。

「(成る程成る程……、この2人の人間がいるから、と言う事ですか。この醜い男が、こうまで安心をしていられるのは。ですが、これで世界最強の格闘家と呼ばれていたのだから、ヘルマンの人間と言う存在は実に美しくないですね)

 金髪の男……、その正体は ヘルマン側にいる最大の脅威の一角。魔人アイゼルである。



 そして更に数十分後。


「よーし、ここが司令官の部屋だな?」
「慎重に進むわよ? ランス。ここくらいは」
「いや、オレ様らしくない。もう、この部屋のむさ苦しい男共は、殺すのだから、どうどうと進むぞ! がはは」
「……ったくもう、この馬鹿は」

 かなみの言葉を無視して、本当にどうどうと扉を蹴破って突入していく。志津香は、もう何言っても無理だとは思っていた筈だが、悪態をついたのは仕方がないだろう。

「……清十郎」
「ああ」

 ユーリは、静かに清十郎の名を呼ぶと、直ぐに返事が返ってくる。彼も理解していたようだ。ここから先にいる者の気配。その1つが尋常じゃない気配を纏っている事を。そして……。

「この先に 魔人がいる可能性が極めて高い。……清十郎なら その気配で判ると思うが、そいつは後回しにするんだ。……それ以外を集中的に殲滅しろ」
「お前がそう言う以上、それ程の相手なんだろう。……判った任せろ」

 清十郎は、素早く二刀を引き抜き、そして逆手に持って構えた。独特な構えだが、それが彼の型である。

「ラン」
「……はい」
「最後尾にオレが立つ。ミリとトマトもランスと清十郎と共に前衛を頼む。かなみ、志津香、シィルは中衛。5-3-1の陣形で頼めるか?」

 ユーリの言葉に皆が頷いた。
 そして、ランス達に続いてゆっくりと歩を進めていった。

 その中で、志津香だけがユーリの方を見て聞き返す。

「……珍しいわね。ユーリが最後尾なんて。私は まっ先に飛びかかると思ったけど?」

 もうすぐに戦いが始まると言うのに、本当に大した心臓の持ち主だ。からかう様な仕草だったが、ユーリは真面目に返答した。

「……いや、背後に得体の知れない気配を感じた。前にも感じるが……、こっちにも強く感じる。抑えているが、抑えられない。そんな気配……殺気が」

 ユーリは、背後の方をチラリと見ながらそう答える。他の部屋の全てを調べている時間は無かった。無理に調べようとしたら、悪戯に兵を呼び寄せるだけだし、かなみだけを行かせるのは危険が伴う上に戦力も減るから。

「そう……」

 志津香は頷いた。だけど、前をはっきりと見据える事は出来る。後ろから守るのが魔法使いの役目だ。だけど、その更に後ろで頼りになるひとがいるんだ。

「後ろは任せたわよ? 敵兵の1人でも接近させたら、魔法暴発させるから」
「……無茶苦茶だな。だが、任せろ」

 志津香の言葉に強く頷き……そして、警戒を強めながら部屋の中へと入っていった。


 そこは、広い部屋。目算で10㎡……いや、それ以上はあろう部屋だった。本部にしたのも頷ける広さだろう。


 その奥で、巨大な影が見える。
 大きな椅子、まるで玉座とも言える様な頑丈な椅子に座っている巨体が。

「ぶーぶー。よく、ここまで来られたな? ぶー」

 顔の肉が喋るたびに、ぶるぶると動く……。巨体は巨体なのだが、それは明らかにぜい肉。惰眠を貪り尽くしている様な姿。日頃の生活が手に取るように判る。

 フレッチャーは、チューリップ3号が来た時には慌てふためいていたのだが、今はすっかりと調子を取り戻している様だ。己の兵力と力に過信をしているのである。

「わ、わぁ……ランス様、立派な格好のぶたバンバラが椅子に座って話をしてます。不思議です」
「がははははははは!! ぶたバンバラを対象に据えるとは、意味が判らんぞ、ヘルマン!がはははは!!」
「ぶ、ぶっ……! 違うわーーーっっ!!」

 ランスとシィルの毒舌に、顔を真っ赤にさせるフレッチャー。側近の二人も呆気にとられたのだろうか、言葉を直ぐに出せなかった。

 だがランスなら兎も角、シィルが毒舌を発するとは……、と一瞬思ってしまったのは無理はないだろう。だが、彼女は本気でぶたバンバラだと思っているのであり、そう言っても不思議じゃない程太っているのだが……。

「ぶたバンバラに失礼って思うくらいの体型ね。でも、あれがヘルマン軍の司令官、フレッチャーみたいだから、とにかく倒してしまいましょう」

 更に追い打ちをかけるが如く追撃をかけるのは志津香だ。挑発してるつもりは志津香には無い。……元々志津香は思った事は言う性質だから。それは勿論、事恋愛状は別だけど……。

「……元々聞かなくなった事もあったし、ハンティにも聞いてたが……見る影もないとはこのことなんだろうな」

 かつては、人類史上最強の格闘家として名を馳せていたと言われているフレッチャー。

 その格闘技能はLv3と言われ、歴史上でも彼1人しかいないとさえされている。

 幾らそれだけの力を持ってたとしても、怠惰な生活を続けていればああなってしまう。反面教師と言う事で、身に染みておいた方が良いだろうか? 自分も怠けすぎればああなる可能性もあるから……とユーリも思っていた時。

「ユーリさんは、あんな風にならないですかねー!!」
「やめてくださいっ!! そんな事想像するだけで、失礼です!」

 トマトは考えを読んだかの様に否定し、ランはありえないと言い切った

「ははは! ぶたバンバラ料理が出来るじゃねぇか」

 ミリはミリで、剣を包丁の様に構えてるし。

「き、キサマら!! 伝説の格闘家であるフレッチャー様に失礼であろう!」
「絶対に許さん。1人残らず骨まで粉砕してくれる!」

 師匠であるフレッチャーに罵倒?を浴びせられたのだ。それに、2人は盲信してるし、許せるものじゃなかったんだろう。

「ふん……、が、フレッチャーと言う名、確かに聞いた事はあったが、ここまでくれば本物の家畜だな。豚は豚小屋から出てくるものじゃないぞ」

 清十郎は、興味なさそうにフレッチャーを見ていたが……、2人の男には興味がある様だ。それなりの実力者だから。

「ぶーぅ……ぶーぅ!! 無礼な事を!! ぶーぶー言う輩だ! 絶対に許さないぞ、ぶー! さぁ、さっさと殺してしまえぶー!」

 フレッチャーの一言で、場の兵士全員が臨戦態勢に入った。そして、兵士たちの隊列が乱れたその時。

「っ!! れ、レイラさん!」

 かなみの視界に飛び込んできたのは、レイラ。リーザス親衛隊隊長のレイラだった。

「……リーザス将軍クラスの実力者だな?」

 洗脳されているが、醸し出す雰囲気のそれは、一介の戦士とはわけが違うのが判る。その言葉に、かなみは。

「は、はい! 親衛隊隊長、金の軍 将軍です。実力は……リーザス最強の女戦士と称されてます」

 慌ててそう言った。
 そして、奥には更に何名かのリーザス兵。それも攻撃重視の強者揃いである赤の軍の兵士達だ。

「ッ……!?」

 かなみは、息を飲んだ。もう1人……出てきたから。長い槍を携えた姿、そして兜から僅かに見える青い髪……。

「め、メナドっ……!?」

 そう、洗脳兵の中にいたのだ。かなみが、そしてハウレーンが思っていた相手が。

「かなみ、落ち着け……。一先ずヘルマン兵を片付けるんだ!」

 ユーリは、かなみの肩を強く叩いて、落ち着かせると、後衛から 飛ぶ斬撃を飛ばして飛びかかってくる兵達を吹き飛ばした。

「がはは! ランス・あたぁぁっく!!」
「ぐわぁぁっ!」
「ぎゃああっ!!」

 ランスの一撃で、ヘルマン兵達は吹き飛び、壁に激突して外まで飛んだ。

「むさい男はいらーんっ!! おおおっ、中には可愛子ちゃんがいるではないか、がはは!!」
「こらぁぁぁっ!! 親友に手を出したら、許さないからね!!」

 ランスはランスでいつも通り。メナドに目をつけた様で、かなみも警戒した様で叫ぶ!

「乱戦なんだから、集中しなさい! 火爆破!!」
「やぁっ!!」
「おらぁぁあ!!」
「てりゃーー!! ですかねーー!!」

 志津香の炎の魔法が飛び、そして 三人衆、ラン・ミリ・トマトはまさに三位一体の様な連携プレーで瞬く間にヘルマン兵を倒していく。数の不利が全く意味を成さなかった。


「ぶーぶー! 減らず口を叩くだけの実力は有るみたいだなぶー! でも、もう無駄だぶー。ボウ、リョク!」
「「はっ!フレッチャー様!」」

 ボウが、何やら懐からスイッチを押した瞬間だった。背後の天井部が “ガコッ”と言う音とともに開いた。

「!!」

 まっ先に気づいたのがかなみ。
 忍者である彼女の聴覚は常人よりも優れているのだ。そして、そこで目にしたのは……長い長い赤い剣。敵に己の存在を知らしめ、そして味方を鼓舞する為に使用する、と言われている長剣バイ・ロード。

 リーザス赤の軍の将軍が使う代々受け継がれてきた魔法剣。つまり……。

「駄目ッ! トマトさんっ、ミリさんっ!!」

 比較的一番後ろにいた2人に叫んだ。

 あの剣は伸縮自在の剣。その剣は、正確に、そして恐るべき速度でその刃が向かっていた。

「えっ……」
「っ……」

 返事を返す間もなく、到達するる。

 狙いは首筋。2つの首を同時に狙っていたのだ。

「ぶーぶー! まずは2人ぶー」

 遠目で、ニヤニヤと笑っていたフレッチャーは、そう言っていたが。

“がきぃぃぃんっ!!”

 明らかに人を斬る音ではなく、金属音が周囲に響き渡った。

「……後ろから、無粋な真似はするな。彼女達には彼女達の戦いがある。……オレが相手になってやろう。……死神」
「………」

 自らの一撃を防がれた。
 それは、如何に洗脳されている状態でも一瞬表情を歪めていた。

 そう、天井から降りてきたのは、リーザスの赤い死神 《リック・アディスン》

 リーザス最強と謳われている赤の将軍だ。

「ゆーっ!?」
「こっちは大丈夫だ。……が、コイツで手一杯。他は頼むぞ、志津香!」
「う、うんっ!!」

 志津香は、手助けをと考えていたが、まだ敵は多い。そして、個々の能力ではこちらの方が勝っているが……、数はまだまだ向こうが上。……奥にもまだ異様な雰囲気を醸し出している男が2人いるのだ。


「ぶーー!? まさか死神を止める男がいるとはぶー!」

 確実に2人を殺したと思っていたのだが、閃光の如き速度で間に入って捌いた男がいたのだ。そして、死神を確実に止めている。

「ちっ、ぶー! ボウ、リョク!」
「はっ!」
「我々が片を付けます」

 2人は素早い動きで、戦陣を突き進むと暴れている女戦士達に拳を向けたが。

“がずっ!!”

 その両方の拳は止められた。2つの掌で……。

「ほぅ……強そうなのが来たな? ……一番強そうなのは、ユーリが相手をしてるから、肩透かしか? と思ったが 中々骨がありそうだ」
「貴様ッ……」
「ふん、初撃を防いだのは中々やるが、まさか貴様、我々にたった1人で挑むつもりか?  我らは世界最強のフレッチャー様の弟子だぞ」

 拳を素早く引き下げ、後ろに飛んで距離を取る2人。そして、姿勢を低くし、構える。

「無手か。……なら、オレも無手で相手をしよう」

 清十郎は、そう言うと構えた2本の刀を鞘へと戻した。

「我々相手に、拳闘で挑む、というのか! 舐めるのも大概にしろ!!」

 ボウは1人、突っ込んでいくが……。
 清十郎はその拳の軌道を正確に読むと、頬に掠る程の最小限の動きで、躱すと……。

“ずがんっ!!”

 固く作られた清十郎の拳。それが正確にボウの側頭部を捉えた。

「がっ!!」
「ほう、衝撃を逃がしたか。……武闘家と言うのは間違いない様だ。……が」

 カウンターで決まった一撃だったが、手応えが思った程なかったのだ。あの直前、首をひねり、衝撃を逃がしたのだ。
 そして、清十郎は腕を振り……再び構えた。

「頭に血が昇って周りが見えてないな……。無手の方が弱いとは思わない事だ。……オレをもっと楽しませてくれ」
「ぐっ!!」
「折角2対1にしてやってるんだ。……それで対等だ」
「舐めるなッ!! 行くぞボウ!」

 2人は、単独こそはやめたが、やはり頭に昇った血は落ない様で。単調な攻めばかりを繰り返していた。それでも、その実力は生半端ではない、これまでの雑兵とは比べ物にならない為。

「ふんっ……!」

 清十郎も、この間は 2人との攻防に集中せざるを得なかった。



「ボウ、リョク。……ぶーぶー。アイゼル、レイラ! お前らも行くぶー! 魔人の力でコイツらを一掃するぶー!」

 まさか、死神に続いて弟子2人も抑えられるとは夢にも思っていなかったフレッチャーは、焦りが隠せない様子だ。その額には 脂汗がダラダラと流れていた。

 だが、アイゼルはフレッチャーを見なかった。

「……私は、そんな醜悪極まるものを見に来たわけではないのですよ。先ほどまでの威勢のよさはどこへ行ったんですか?」
「ぶー! なんだと、ぶー!!」
「貴方も、一軍の将であるのなら、危地は己の力で覆しなさい」

 アイゼルはそう言うと、レイラの方を向いた。そして、耳元で囁く。

「まだ、私の傍にいるんです。醜いあの男の指示を聞く必要も助ける必要もない。時が来れば、また指示を出します」
「……はい。……アイゼル様……」

 虚ろな目のままに、レイラは頷いた。

「ぶー! アイゼル、許さんぶー! 後でパットン皇帝に連絡してやるぶー!」
「なら、ここから生きて帰らねばなりませんね。貴方の2人の弟子。……そして死神と呼ばれる男をご覧なさい」

 アイゼルの言葉を聞いてフレッチャーは、反射的に……と言っても贅肉が邪魔して遅いけど、そちらを見た。



「………!」
「ふっ……!」

 伸縮自在の剣、バイロード。
 それは、距離を詰めようが、遠目で攻めようが利は無いに等しい。相手の獲物に合わせながら変えられるのだから。長剣の類に入る武器を信じられない速度で使う死神と、それを捌くユーリ。

 強者2名の戦いに立ち入れる者は誰もおらず、志津香も手助けをしようと当初は思っていたが、魔法よりも早い動きと攻撃。

 下手に手が出せなくなってしまったのだ。


「洗脳されていて、この強さとは恐れ入るな。だが……」

 ユーリは、かなみの忍者刀で素早くバイ・ロードを弾くと、妃円の剣で峰打ちを打つ。
人体の急所、脇下へと当てた。その衝撃は肺を貫く。空気の供給がままらなくなり、動きが止まった所で。

“どどどどどどっ!!”

 ユーリは、二刀を乱舞させ、肝臓、腎臓、顎、こめかみ……、人間の弱点とされている部位に連撃を放つ。如何に、洗脳されているとは言え、人間の身体。超人となった訳ではないのだ。顎を打てば脳も揺れる。みぞおちを叩けば動きも止まる。
 だが……。

「……見事」
「………!」

 リック・アディスンは立ち、構えていた。

 それは、洗脳されているから、ではなく……恐らく誇りの為。あのバレス将軍やエクス将軍、ハウレーンからも感じた、一将としての誇りだ。リーザスを守れなかった無念、その想いも載せている様だ。

「……死神。次で最後だ。全力で戦えないのは心苦しいと思うが、今回は甘んじて認めろ。……まだ、その闘志に、心に武人としての誇りが残っているのなら」
「っ……!」

 その言葉にリックの目に一瞬だけ、正気に戻ったかの様な色に変わっていた。だが、直ぐに目の色は失われる。……だが、その顔は笑っていた。

 突きの構えのリック。

 そして、ユーリは刀を鞘に収めた。……抜刀術の構え。




「ふっ……向こうもそろそろ終わりか、そしてこっちも」

 清十郎は、ボウとリョクの2人の攻撃を捌きながらも戦況を見ていた。はじめこそは、集中していたため、無理だったが、今は体力の消耗 手傷を負わせた事も重なり余裕も生まれた。2対1でここまで圧倒された事を認めたくない様だった。

 そして、ランスの方は。

「がははは! べろべろべろー!」
「こらぁぁぁぁぁ!!! メナドになんて事すんのよっ!!」

 マウントポジションを取ったランスは、メナドと呼ばれた女戦士の顔に迫っていた。それを止めようとかなみが加わっている。
 正直な所、メナドの実力もかなりのものだ。ランスの力だけでは無傷で、とは行かなかった。そこにかなみが加わって攻撃を続けたのだ。無傷で拘束、無力化する為に、それが今の状態をうむのは、かなみにとっては誤算だったのだろう。

「てりゃあ!!」
「おらぁぁ!!」
「せいっ!!」

 トマトとラン、そしてミリも所々負傷はしているようだが問題なさそうだ。
 そして、志津香も大体片付いた所で。

「……炎の矢」
「ぎゃああっ! コラ!! 何をするのだ! 志津香!!」
「あら、ごめんなさい。敵を狙ってたんだけど」
「ら、ランス様、まえ、前をっ!」

 炎の矢に炙られて、ランスは思わずマウントポジションを解除してしまった。そのせいで、メナドは自由になり、槍を構えてランスに向かったが……。

「メナドっ!」
“どっ!!”

 かなみは、素早く手刀を首筋に当てた。正確に当てたその一撃は、メナドを昏倒させる事に成功した様だ。

「……っと」

 崩れ落ちる彼女を背負うかなみ。無傷は無理だった。彼女も所々負傷はあるものの、大事には至らない様だ。

「……かなみ、アイツが操ってる見たいよ。レイラって言う人もそうかもしれない」
「……うん。だね。でも……」

 問題はあった。そう、レイラの傍で佇んでいる男。1人だけ、明らかに雰囲気が違うのだから。
 だが、幸いにも距離は離れている。

「大丈夫。私が援護するわ。……アイツが来たら、でかいのを一発撃つ」
「うんっ」

 かなみはそう言うと、素早く跳躍し 一気に迫っていった。


 清十郎は、ニヤリと笑った。

 勝負ありだからだ。
 女性陣やランス、そして ユーリも勿論。





 ユーリとリックの戦いも

「………」
「………」

 ……2人の強者が交差した。まだ、2人とも立っているが……。

「また、戦ろう死神……。次は 今度は互いに万全な状態で、な?」
「……ふっ」

 2人の内、1人が崩れ落ちる。
 軍配が上がったのは、ユーリだった。リックの胸部に斜めに抉れた傷が出来ていた。

 ユーリの肩には血が流れている。

 渾身の突きがユーリの肩を直撃したのだが、ユーリの一撃の方が早く、技の威力に圧され、深手は負わなかった。


「清。そっちは大丈夫か?」
「……問題ない。オレ的にはお前の相手と仕合たかったが……な」

 まだ、戦いの最中だったが、清十郎は首を振っていた。明らかに圧倒的に負けている2人だったが。

「「舐めるなぁ!!」」

 決してそれを認めようとしない。2人の放った一撃。それは、ユーリの放つ飛ぶ斬撃に似ている。飛ぶ打撃、真空波。高速で放つ音速の拳。それは、衝撃波を生み出し、当たれば、拳大の大きさの穴が開く。……直撃すれば、だが。

「……ふん」
「っ!」
「なっ!?」

 瞬時に懐へと飛び込む清十郎。

「同じ技を何度も見せるヤツがあるか……。一度見れば二度とは通じるものではない。それが真の強者だ。……その技は、初期動作で既にばれている」

 清十郎は、そう言うと両の拳を2人の身体に密着させた。

「……虎の猛威が如く。……虎砲」

 清十郎が裂帛の気合と共に打ち放つ拳。

「ギッ!!」
「ガッ!!」

 ゼロ距離で、2人の身体を打ち抜いた。その一撃の衝撃が身体を突き抜け……筋を残し……、そして壁にめり込む。ボウとリョクは、衝撃をいなすことが一切できず、そのまま糸の切れた人形の様に倒れ込んだ。

「がはは、おいぶたバンバラ。屠殺場へと行く時間だぞ! オレ様の下僕達は貴様の部下など相手にもならんのだ! これが上に立つ者の差と言う事だ、がははは!!」
「誰がランスの部下よっ!!」
「そんな事より……、あんな醜いぶたバンバラ、食べたくないわ」

 かなみが、吠え、そして志津香は冷静にそう言う。

「ユーリさんと一緒にいるトマトは最強ですかねー!」
「コラ、明らかに俺らは雑魚専門だっただろ? あんまり前に出すぎると、火傷するぞ」

 ミリは、トマトの肩を掴む。
 あのぶたバンバラは、問題ないと思えるが、その後ろに控えている男の異常さに、ミリは気づいた様だ。

「……良い判断だミリ。……アイツは魔人。間違いない」
「……だよな? 1人だけ明らかに違うんだ。嫌にでも目に付く」

 髪をかき分けながら、こちらを見据えている金髪の男を見てミリはそう呟いた。

『……魔人アイゼル。あの娘と同じだな』

 ……何処からともなく声が聞こえる。心に響いてくる。聞こえているのは恐らく自分だけだろう。

「(……やはりか。……ホーネット)」

 ユーリは、少し俯かせていたが、だが前を向いた。

 まだこれから……いや、ここからが本番だからだ。

「ぶーぶー!! そんな事を言ってられるのも今のうちぶー! 昔はヘルマン帝国最強の拳法家と言われた私の力を見せてあげようぶー! ……よいしょっぶー」

 フレッチャーは、醜く太った体をゆすって向かってきた。……どうやら自力で動けたようだ。あの椅子に座ったまま、何もできずに終わるものだと思っていたのだが。

「……あれがさっきの2人の師か? にわかに信じがたい」
「ああ見えても本当に大した男だったらしい。……聞いた話だから実際にどうか? と言われても答えられんがな。……あの姿を見たら説得力に欠ける」

 ユーリと清十郎は、そう呟く。そして、隣のランスも。

「醜いぶたバンバラは即刻処刑だ! オレ様のメナドちゃんをいい様にしていたかと思うと無性に殺したくなるわ!」
「誰がランスのよっ!!」

 しまいにはかなみは、手裏剣投げつけ様としてるし。……シィルに何とか止められてたけど。

「ぶーぶー!! 30年ぶりに、大陸一と呼ばれた武をみるがいい!」
「ぶーぶーうるさいわ! それに、なんだ、大陸一のぶー? そりゃお前みたいなぶたはそこらにはいないだろうな! がははは! いい加減人間の言葉を喋れ!」
「武だぶーーーー!! 人間だぶーーー!! 死ねぇぇぇ!!!」

 最終的に、皆いい加減相手にムカついているのはランスと同じようで。

「……何枚にオロしてやろうか?」
「止めてください。……あんなの食べたくないです」
「目にゴミだわ……。さっさと丸焼きにするわよ」
「トマトも同感ですかねー! 志津香さんには、ヴェリー・ヴェルダン以上の焼き加減で頼むですかねー!」
「……あはは」

 女性陣も完全に臨戦態勢で……。勿論、ユーリや清十郎も。

 その後の結末は勿論……。

“ずばっ!ずどんっ!!ぼごっ!!ずばばっ!!ちゅどぉぉぉんっ!!”
「ぶひーーーーー!!!! か、身体が動かない……ぶー…… なんで、ぶーの、モーデル脚が……」

 フルボッコフルボッコ……、とされて、叫びを上げるが、それでも容赦など皆はしない。そのまま、あっという間に切り刻まれ、焼かれ……、肉料理になってしまった。自慢のモーデル脚とやらを披露できる筈もなく……。

 当然ながら、誰もその料理?された肉には手は出さなかった。
 そして、ランスは剣の血を振って飛ばす。

「けっ。口ほどにもないとはこの事だ。それにお前が大陸一なら、オレ様は世界一だ雑魚めが!」
「ランス様。それあまり変わらない気がしますが……」
「ぬ? うるさいぞ、この……」

 その時だった。不意にパチパチパチ……と拍手の音がこの部屋の中に響いた。

 魔人アイゼルは、ゆっくりと周りを見渡すと、朗らかに笑みを見せた。

「……素晴らしい。勝ちを拾ったのはあなた方でしたか」
「なんだ? お前もヘルマン軍か??」

 ランスは、いやに睨みを効かせながらそう言う。いけ好かない、とでも思っているのだろう。

「いいえ、私は違いますよ……ふふ、私の正体 貴方以外は判ってるようですよ」

 アイゼルは笑いながらそう言う。
 そして、それを訊いた面々は口々に言う。相手は魔人だと言うことを。

「はい。私は魔人アイゼルです。……そして」

 アイゼルの傍に控えているのはレイラだ。

「さぁ、今のでは足りませんよ。もっと貴方たちの力を、意思を見せてください」

 アイゼルは指をさしながらレイラに囁く。

「では、やりなさい。レイラ。手加減の必要はありません。……少々、貴女には荷が重いかもしれませんが……。貴女も見せてください。その美しき強さを」
「はい…… アイゼルさま。 すべては、アイゼルさまの為に……」

 レイラは、優雅な動きのままに、その細剣を構えて襲いかかってきた。

「がははは! こーんな美人はオレ様の獲物だー! 誰も手を出すなよー!」

 ランスは大笑いをしながらそう言う。それを見たかなみは。

「レイラさんを傷つけたら許さないわよっ!」
「馬鹿者、判ってるわ。あんな上玉もったいないだろ。綺麗な身体に傷でもつけたら大変だ」

 と、言っていたのだが、いくら洗脳されているとは言え、レイラは金軍の将。その実力は生半可なものではなく、先ほどのフレッチャーなどは 天地の差があるといっていい。劣勢に立たされたランス。それを眺めている皆。シィルが悲しそうに お願いをして、仕様がなく、他のメンバーも手を貸すのだった。

「ぜ、ぜーはー……つ、疲れたぞ。ちょっとばかりな……」
「このバカ! レイラさん相手に、手を出すなーとか言うからよ!」
「ふん! あそこから本気を出す予定だったのだ! それに、ちょっとばかり、と言っただろう。力を出せば楽勝だ!」

 最終的には、大体皆に手伝ってもらっていたランスがそう言っても説得力がない。ただ、1対多数の状況だったから、フレッチャーの時じゃあるまいし、そこまで全力戦闘出来なかった、と言えばそうだろう。

「ほう……、これは驚きました。今のレイラは使徒に近い力を持っていた筈ですが……それも明らかに手を抜いた状態で……」
「ふん……、オレ様にかかれば、楽勝なのだ!」
「そうですか……」

 ランスの言葉を訊いて僅かに微笑みを見せるアイゼル。当然、その視線にはランスだけではなく、他の者達も写っている。赤軍の将を破った男、そして ヘルマン軍、フレッチャー隊の中でもトップクラスの実力者2人を倒した男を。

「名前を、伺っても構いませんか?」
「がははは! 地上最強の男、ランス様だ! ありがたく名前を頂戴しやがれ!」
「いえ……。ああ、構いません。覚えておきましょう」

 アイゼルが訊いたのは、ランスではなく、まだ後ろで警戒をしている男達についてだ。特に、黒髪の男は纏う気配が違う故に。

「さて、それでは失礼を………」
「おいこら! 逃げるのか!」
「見えている勝負で、余韻を汚すこともないでしょう。まして、今戦えばあの醜い肉塊の仇討ちになってしまう。ささやかな報酬を起き、去らせてもらいますよ」

「ファイヤーレーザー!!」
「む………」
「志津香……っ!」

 志津香が不意打ち気味に、魔人の顔面に炎の光線を叩き込んだ。比較的、志津香の傍にいたユーリが、撃ちはなった後、その肩に手を賭ける。

「……ほう。 無駄、ですよ。魔法使いのお嬢さん。魔人の無敵結界。ご存知ありませんか?」

立ちもぼったけむりの奥から出てきたのは、無傷の魔人の姿。

「知ってるわ。でも、そんなの 勝手にそっちが吹いてまわってるだけでしょ。試す前に、実際に見る前に諦めるなんて、馬鹿馬鹿しいわ」

 志津香は、決して油断することなく、見据えていた。確かにあのファイヤーレーザーを叩き込んだ筈なのだが、服さえ焦げ付いていない。完全な無傷なのだから。ユーリは、志津香の肩を掴むと、前へと出る。

 あの結界を前にしたら、人間では抗うことができない。それはよく知っているから。

「―――成る程。……ふふ、成る程成る程。確かに道理、ですね。 そして お嬢さんを護る騎士(ナイト)の貴方も中々良い目をしている。……美しく、良い意思をもみました。それでは、私はこの辺で……」

 アイゼルは目を見開いて、ゆかいそうに笑うと背を向けた。その時だ。

「まて、……アイゼル」
「……ん」

 アイゼルの直ぐ後ろにはユーリがいた。すぐ後ろにまで間合いを詰めたのだ。先ほどまでは 志津香の傍にいた筈なのに。

「(ほう……人間の割には素早いですね。……ですが)先ほど、試したばかりでしょう? 無敵結界の前には剣も魔法も無力。……たった1人でこの私に向かってくるのですか?」

 アイゼルは明らかに見下した姿勢をとっていた。そして、あまりに滑稽なのか笑すら浮かべている。それも無理はないだろう。

 魔人と言うのは、圧倒的に人間よりも強い能力、身体を保有しているから。人間側からすれば、害虫の様にしか見えていないだろう。

「あまり、得策とは言えませんね。レイラもそう、そして……あの醜い肉塊は置いといたとしても、それ以外にも中々の強者は沢山いた筈です。消耗しているのは貴方方だ。……それでも、引き止めるのですか」
「………」

 ユーリは、アイゼルの目を見た。その瞬間。

『……サテラに続き、お前もか?アイゼル』
「(っ!)」


 再び……世界が止まった。


 それは、魔人であるアイゼルも同じだった。身体が全く動かないのだ。

「(これは、幻覚魔法、ですか? いや、其の筈は無い。我らの無敵結界はあらゆる属性の魔法であろうと通さない。……なら、一体これは……?)」
『……不可侵派であるお前達が離反するとはな? 余程、ホーネットには器が無いと見える。ついて行く将を見誤ったか?』

 その言葉を言った瞬間、アイゼルの目に狂気が走った。世界が止まっているのにも関わらず、動けないのにも関わらず、殺気を飛ばす。

「(何をしてるか知りません、……が、ホーネット様を侮辱するのは、流石に頂けませんね)」

 声だけで、人間であれば、或いは殺せる。そう思える程の狂気を孕んだ怒気。その口調からは考えられない程、それは顕著に現れていた。
 そう、人であれば立ちすくみ、動けない程のもの。だが、この声は全く動じる様子もない。

『……ふ、ふふ。なるほどなるほど……、お前らの離反は、ホーネットの意思じゃないという訳か。……企てたのが誰かは知らんがな』

 その言葉を訊いて、アイゼルは動揺を隠せられなかった。鎌をかけられた、と言うことなのだ。

「(貴方は……何者ですか?)」
『……知る必要は無い。魔の者よ。サテラ、そしてアイゼルか。魔人は二枚岩と言う訳ではあるまい。……何をしようとしているのかは知らんが、努努油断しない事だ。……人間を』

 そして、その次の瞬間。

 先ほど自身が放った殺気がまるで子供。……いや 赤子にさえ思える程の巨大な、強大な何か(・・)が、アイゼルの全身を覆った。


『………人間を、舐めるなよ』


 その殺気がアイゼルの身体を通り抜けた瞬間、再び世界が動き出した。


「………」
「………」


 アイゼルとユーリは互いににらみ合ったまま。その時だ。

「うっ……、ここは?」
「あ、あれ? ボクは一体……?」
「ぐっ……」

 洗脳されていたリーザスの面々が目を覚ましたのだ。

 その一瞬の気の乱れ。その間にアイゼルは煙の様に姿を消した。

「ちっ……、アイツの結界も見るつもりだったんだがな」

 瞬間移動に似た速度。
 もし、ハンティの様な事が出来るのであれば、もう追いかけても無駄だろう。

「レイラさんっ!!」
「ぐぁっ……、あ、アイゼル……様……」

 清十郎が、完全に攻撃を防ぎ、隙あらばセクハラをしようとしてるランス。そして、かなみが後ろから、レイラの首筋に一撃を入れた。その一撃で、身体は崩れ落ち……、そしてかなみは、レイラを拘束ロープで縛り上げる。心苦しいが、彼女を助ける為だと、自分に言い聞かせて。



 こうして、レッドの町での戦いは終わった。



 アイゼルがいなくなった事も知り、一先ず敵は誰もいなくなった。

「……あ、あれ? かな……み?」

 そんな時、メナドが覚束無い足取りで、かなみの方へと向かっていた。今の自分の現状が判らない様だった。

「メナド……っ、本当に良かった。よかったよぉ……。ごめん、ごめんねっ……、助けるの……遅れちゃってぇ……」

 メナドの姿を見て、これまでの事を思い、かなみは涙を流しながら崩れ落ちていた。

「わ、わ? な、なんで泣くのさ……? あ、あれ……? 脚が……」

 メナド自身も洗脳が解けたばかりであり、フラフラだったが、それを支えるのはユーリだ。

「大丈夫か? メナドはヘルマン軍達に拘束されてたんだ。魔法で自由を奪われてな?暫くは無理をしない方が良い」
「……え? あれ? 君は…… ユー、り……」

 メナドは、視界もまだぐらりと揺れていたが、ユーリの顔はしっかりと見る事が出来た。朦朧とする意識の中で、確かに覚えている顔。知っている顔。……密かに想っていた顔だったから。

「あのとき、ありがと……、 それと、ごめん、ね。なんだか、身体のじゆう、きかなくて……」
「ああ。気にするな。……かなみの親友とはメナドのこと、だったんだな。……無事で良かった」

 ユーリは、そう言うとメナドの頭を軽く撫でた。メナドはふにゃりと笑う。

「ほら……、かなみも、泣かないで、よ……。以前にかなみにも話したよね? あの人のこと、だよ……。無事で、良かった……っ」

 それが最後にメナドは意識を再び手放した。

「……これじゃ、どっちが助けられたか判ってない様だな」
「ひっく、ひっく……。あ、は、はい……っ」

 かなみは、まだ涙を流していたが……、兎も角大丈夫だと言う事を自身に言い聞かせながら涙を拭った。

 因みに、かなみはメナドが無事だったことで安堵しきっていた為、メナドの言葉は頭の中には入っていない。故に、以前話した、と言っていたのも判っていなかった。

 判った時が、かなみにとっては あまり宜しくない事態になるのだけど。

「さて。よっと……」

 ユーリは、そのメナドの身体を抱き抱えた。鎧をつけているのに、随分と軽く感じる身体。それなのに、あれだけの戦いぶりを見たら、さすがは、リーザスの武将と言えるだろう。

「一度、ここを出よう。バレス将軍達とも合流したいしな」
「は、はい。そうですね(……お姫様抱っこ……)」

 冷静に戻れたかなみは、メナドが無事で良かった、と思ったのと同時に、羨ましさも思っていたのだった。

「がははは、やわやわ~~」
「ら、ランス様……」

 ランスはと言うと、縛られているレイラを運ぶと言う名目でその身体を弄んでいた。

 そして。

「ユーリ殿、ランス殿っ!」
「皆ー大丈夫っ!?」

 この部屋に飛び込んできた者達がいる。
 マリアとバレスの2人だった。

「がはは、遅いぞ? マリア。もうとっくに倒して終わった」

 ランスは、がはは、と笑いながらポーズをとっていた。

「やはりそうでしたか、表で捉えていた洗脳兵達が正気に戻っていったので。やはり流石ですな」

 バレスは、勝利した事にほっと胸をなでおろした。そして、ユーリはバレスを見て。

「ここにも何名か、負傷した洗脳兵がいる。急かすようで悪いが、何名かこの屋敷によこしてくれないか?」
「うむ。任せてくだされ」

 バレスは、外に待機していた兵達に伝えた。

「ふぅ……、お疲れだ。清」
「ユーリもな。……退屈せずに済んだ。この分じゃ、外の連中も勝っただろう」

 清十郎は、窓から外を眺めた。外の連中とは、抵抗軍(レジスタンス)のことだろう。

 そして、後方にいたメンバーも戻ってきた。

「皆もよくやってくれたな。お疲れ様」
「………、で? その子はどうしたって言うのかしら? さっき戦ってたかなみの友達みたいだけど?」
「ん? さっき目を覚ましたんだが、無理をした様でな? また倒れてしまったんだ」
「……そう」

 志津香の顔が何やら怖い。
 なんでそんな顔をするのだろうか、と思っていたユーリだったが、戦いが終わったばかりで、まだ気が立っているのだろう。と決めた様だ。

「その子の変なトコ、触るんじゃないわよ!」
「……何でそうなるんだよ」

 その後も志津香の厳重な監視の元……、メナドを無事リーザス解放軍の所へと連れて行く事が出来た。妙に緊張したのは、志津香の視線があったからだろう……。


「はー、トマトもして欲しいですかね? お姫様だっこ! でも、志津香さんはあからさま過ぎですかね~」
「……ですよね。でも、あれだけしても、気づかないユーリさんは……」
「流石って事だろ? ロゼ仕込みだ。ま、オレが志津香の立場だったら、裸で迫ってやるがな?」
「そそ、それは、まだハードルが高すぎですかね……トマトの想いは、マルグリッド迷宮よりも深いですが……」
「あぅ……私も それは……」
「ははは! 本当にお前らは可愛いなぁ! オレが可愛がってやりたいねぇ」

 女性陣がそうきゃいきゃいと話していた。
 勿論、志津香も聞いていて、顔を赤く染めるのだった。……会話が聞こえないふりをして。

「先は長いです……」
「っ……まぁ そうね」
「……色んな意味で」
「っ……」

 かなみと志津香もため息を吐いていたのだった。




























 

〜人物紹介〜


□ レイラ・グレクニー

Lv20/52
技能 剣戦闘Lv1 盾防御Lv1

見た目麗しい女性だけで、構成されているリーザス親衛隊(金の軍)の隊長。
その実力は折り紙つきであり、剣の腕においては、赤の軍リックに続いてNo.2とも言われている。
……が、今回は魔人であるアイゼルの催眠術によって敗北を喫した。

余談だが、「強い男になら抱かれても良い」主義である為、処女ではない。
……密かにリックを想ってからは、主義も薄れてきている。


□ 魔人・アイゼル

Lv110/170
技能 催眠術Lv2 剣戦闘Lv1

サテラ同様、ヘルマン側に位置する魔人の1人。
ホーネット側の1人だが、とある理由により離反している。
別名:妖術魔人とも呼ばれ、その妖術を駆使した催眠術で、リーザス軍の大半を手の内にした。
……が、自分から催眠術をかけるのは女性限定であり、その他はナース等の者に力を授けて洗脳させている。醜い者は嫌い。故にフレッチャーをかなり毛嫌いしており、我慢ならなかった。(なので、殺されてかなり喜んでいる模様)



 
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