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ランス ~another story~

作者:じーくw
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第3章 リーザス陥落
  第40話 神威


 ユーリの物言いに明らかに不快感をあらわにしたサテラが一歩前に出た。

「どうなるか判らない? ふん、人間の癖に、サテラに勝てると思ってるのか?」

 鞭を撓らせ、地面に打ちつけながら接近する。
 一発振るうたびに空気が弾け、破裂音をあたりに木霊させている。その音を聞くだけで威力がかなり高いのはわかる。

 だが、ユーリはゆっくりとした動きでサテラに近づいていく。

 先程までの雰囲気ではない。……どこか、おかしい。

「サテラサマ。我々モ!」

 シーザーは、何かを感じ取ったのか、命令をされているのにも関わらず、サテラに意見を言っていたのだ。サテラはその事にやや驚いたが、直ぐに首を振った。

「バカ言うなよシーザー。サテラ1人で十分だ! そこで見てろ」

 サテラは、そう檄を飛ばしていた。
 人間だと、下に見ているのならそこまで大きな声を出さないだろう。だが、サテラは本能的に何かを察していたようだ。そう、シーザーやイシスと同じように。

「皆がいない状況なのが良かった。……正真正銘、オレの最終手段。……アイツらもどうなるか判らないからな」

 ユーリは2本の剣を離した。

 それは、鞘に収めた、などではなく完全に放棄。……敵を眼前に武器を放棄したのだ。
 
 サテラは目を丸くさせていた。だが、直ぐに激昂する。

「お前……さっきからサテラを舐めすぎだ!!」

 サテラは、一気に弾けるように飛び出した。

 ユーリとの距離を一瞬で縮める。鞭を振るうその狙いは、ユーリの首筋。肉を裂き骨を粉砕するその一撃は、確実にこの男を絶命させる。

 だが、思いがけない事が起こった。その瞬間、世界が光に包まれたのだ。







~リスの洞窟入口~


「ランス様ぁ……あの、今はノアさんもいるので、あまり触らないでくれませんか……?」
「がはは、ここの入口は狭いのだ! 仕方が無いではないか!」
「ひんひん……」

 あの狭い入口の前で、シィルがランスにそう言うが、ランスはきっと聞き入れてくれないだろう。

 あの後、ランス達は、直ぐに引き返していた。
 ラークとノアの2人が負傷しているし、何よりも……。

「ユーリさん……」

 ユーリが戦線離脱をしていると言う自体。普段ならば、問題ないだろう。

 彼の実力はここにいる全員が知っているのだから。

 ランスでさえ、女が絡んでいなければ、問題視は絶対にしないのだが、今回は相手が魔人かもしれないと言う事実もある。……奥にローラと言う女性が待っている? のに、引き返すと言う道を選んだほどだった。

「馬鹿者」

 落ち込んでいるかなみの頭にゲンコツをひとつ落とした。

「ッ!!な、何するのよっ!」
「いつまでもウジウジとしてるんじゃない、へっぽこ忍者」
「へっ……!! なんですって!!」
「ったく、ユーリユーリと……あんな童顔の何処が良いんだか判らんが、あのガキの心配をするだけ無駄だって言ってんだ。オレ様でしかアイツは倒せん。アイツがやられるとかありえん事で悩むくらいなら、さっさとその男を連れて外に出ろ」

 ランスはそう言うと、ぶっきらぼうに入口の方を指差した。
 かなみは、まさかそんな事を言ってくるとは夢にも思わなかったようで、きょとんとしていた。……が、次第に落ち着きを取り戻す。
 そして、ランスの方を見て僅かに微笑んだ。

「驚いたわ……まさか、ランスに慰められるなんて」
「可愛いコにはオレ様は優しいのだ。ぐふふ、後で優しく抱いてやろう!」
「絶対にイ・ヤ! ……そうよ、ユーリさんならきっと大丈夫。ランスもユーリさんの事、信じてるんだ」
「馬鹿、そんなんじゃない。ただ ありえん事をありえんと言っただけだ。アホなこと言うんじゃない」

 ランスは、そう言うとさっさとシィルの方へと戻っていった。かなみはそれを見送ると、ラークを背負い力を入れた。

「んっ……、ユーリさんなら、大丈夫。きっと大丈夫……」

 そう呟いた後……、ラークを背負ったまま器用に狭い入り口を進んでいった。外の光を目指して。

 さっきの光の中では、掴む事が出来なかった。でも、きっとその先で待っててくれていると信じている。……ユーリがきっと。











~リスの洞窟前~


 かなみは、ラークを引きずる事無く、何とか外へと出られていた。時折振動は身体を当して伝わったと思うが、それは致し方ない。ラークも鍛えている冒険者だから そのくらいは大丈夫のようだ。

「ふぅ……、メナド。貴女と一緒に鍛えていたから今の私がいる……、貴女も、貴女もきっと助けるから。だから……お願い、もう少しだけ待ってて」

 これまで一緒に鍛えていた親友の事も思う。

 彼女と共に切磋琢磨していったからこそ、今の自分がいる。それはこれまでも、そしてこれからもずっと続いていくんだと、胸に誓っていた。リーザスを奪還し、そしてきっと彼女も無事だと信じて。

 その為には、ユーリの力も借りなければならないだろう。迷惑をかけてしまうと言う罪悪感も勿論ある。……笑って頷いてくれたユーリの好意に甘えてしまっている部分もある。
 ……その全てを、自分の中の葛藤を全て甘んじて受け入れる。その代わり、自分自身も命をかけて、全力を尽くすと決めていたから。

「ユーリさん。一体何処に……」

 ユーリの事を思うかなみ。
 あの洞窟から一瞬にしていなくなってしまった為、何処へ行ったのか皆目見当も付かない。

 だから、しらみつぶしに探すしかない。どれだけ時間がかかっても、ユーリとの合流は果す。それは きっと国を思うのなら間違えている行動なのかもしれない。
 だけど、彼女にはその選択以外ありえなかった。

 そんな時だ。

 ……嫌な、とても嫌な光景を目にしたのは。


「あ、あれ……? 誰か倒れてる……?」


 かなみが、四方を見渡した時に離れた場所で見つけた。目測で40m先と言ったところだろうか。

「ま、まさかっ……!?」

 かなみは、傍にあった木にラークを寝かせると素早く動き出した。その誰かが倒れている場所へと。嫌な予感が……したから。

「ランス様、外に出ました」
「うひひ……おしりが1つ、おしりが2つ!」
「ひんひん……ランス様ぁ……」

 シィルとランス、そしてシィルに抱えられているノアは、かなみより少し遅れて外に出た。……ランスはと言うと、当然いつも通りの反応だった。先にシィル達を行かせて後ろでお楽しみだったようだ。

 外に出たことでもう終わりだった。

「あ、あれ? かなみさんは……?」
「む? オレ様に黙って勝手に帰ったというのか? へっぽこ忍者め!」
「い、いや、かなみさんに限って……」
『――……リさんっ!!』
「!!」

 シィルが辺りを探そうとした時だ。少し遠くから声が、聞こえてきた。

 ……2人はかなみの物だと直ぐに気がつく。

「ランス様っ!」
「ええぃ! これだからへっぽこは、それにラークの馬鹿もここにおきっぱなしでは無いか! ……まあ、それは良いか」
「い、いえ、あまり良くは無いかと……」
「兎も角、行くぞ。ノアさんは置いてくな。危ないからな」
「あ、はい」

 シィルは頷いた。
 ランスの言うとおり、傍にはラークが木にもたれかかる様にしていた。かなみが、ラークをそこへと安置させたのは判った。多分、何か合ったんだろう。シィルは、流石にノアと一緒に運ぶ事は流石に出来ない為、ランスの言うとおりノアだけを運ぶ事にした。……軽くラークにお辞儀をして。


――……そして、そこで、その先で見たのは。


「ユーリさんっ!! ユーリさんッッ!!」

 倒れているユーリと、そして、そのユーリに縋りつき、泣いているかなみの姿だった。

 そして、ユーリは、全く動く気配をみせなかった。

「……死んでるのか? ユーリ」
「そ、そんな……」

 流石のランスも言葉が出ない。いつもの毒舌も息を潜めていた。
 そして、シィルも思わず口元を抑えた。
 何かあった、という事は判ってた。でも、まさか……ユーリが倒れているなんて夢にも思わなかったんだ。彼の強さは知っているから。……ユーリの事をお兄さんの様にシィルは思っていた、だから目に涙が溢れていた。

「そんなっ! ユーリさぁぁんっっ!!」

 かなみは大声で泣いていた。

 外に出て、誰かが倒れているのは直ぐにわかった。
 傍に近づけば近づく程、信じたくない人だと言う事がわかってきた。認めたくなかったんだ。でも、その姿を見たら……、

 ユーリは、上半身の防具がまるで紙の様に破かれた状態でそこに倒れていた。まるで眠っている様に……倒れていたんだ。息はしてなかった。

「うっ、ううっ……そ、そんなのや……だ……っ やだっ ユーリさんっ……」

 ユーリに縋りつき、涙を流し続けるかなみ。

「わ、わたし、わたし、きっとあなたに、……ユ……ーリさんに、いおう……いおうって、ずっと思ってたのに……ど、どうしてっ…… どうしてこんなっ……」

 ユーリの胸元に顔を埋めて……涙を流し続けるかなみ。

 ランスも流石に、今の状態でかなみに何かを言う事など出来ず、黙って見ていた。シィルも、……ただただ涙を流し続けていた。



その時だった。



「……何をオレに伝えたかったんだ?」


 声が、訊こえたんだ。

「えっ……?」

 何も聞こえない、周りも見えていない状態だったかなみだが、突如、声が聞こえてきた。まるで、頭の中に、心の中に響いてきたかのように。

「ふぅ………」

 ユーリは、上半身をゆっくりと起こした。それはまるで何事も無かったかのように。さっきまで、息をしていなかったのに、ちゃんと息をしていた。

「なんだ、生きてたのか。お前はそんなんばっかだな。何だ? それ、狙ってんのか? 男らしくないヤツ」
「んな訳あるか……。相手が相手だったんだぞ? ふぅ……あぁ、疲れた。それに勝手に殺すなよ。かなみ」

 腕を軽く振ると、ユーリは 傍にいた かなみにそう言っていた。

 かなみは、まだ状況が飲み込めず、信じられない様なものを見ているかのようだった。

「全く人騒がせな。忍者の癖に。わんわんの様に泣くんじゃない。だからへっぽこなのだお前は」
「……うっ ううっ」

 かなみは、ランスに『うるさい』と言いたい様だが、口が回らないようだ。

 ただただ、両手で必至に涙を拭っていた。

「でも、心配をかけて悪かったな。かなみ、それに皆も」
「良かったです……ユーリさん……」
「ふん、誰が心配なんぞするか! 金ズル、下僕がいなくなれば、オレ様の負担が増えると思ってただけだ」

 ランスはそう言うと、シィルの頭を軽くこついだ。

「いつまでグズグズとベソをかいておるのだ! さっさと行くぞ!」
「は、はいっ……ランス様……」

 シィルはそう言うと、ユーリの方を見て。

「良かった、良かったです……ユーリさん、ご無事で……」

 そう一言 言って涙を拭い……離れていった.
 シィル自身も、かなみから聞いたあの魔人という言葉。人間が魔人に勝てるなんて聞いた事が無い。それはきっとユーリだって同じだと思ってしまっていた。だからこそ……ユーリの事が心配だった。

 心底安堵感に包まれていたけれど、やっぱりランスの命令は絶対である。

 ……かなみと2人にしてあげたかったと言う意味もあるだろうけれど。

「やれやれ……また下僕って、いつオレはアイツの下僕を卒業できるんだよ。まあ そもそもなった覚えはないが」

 ユーリは苦笑いをしていたが、あれはランスなりに、ランスなりに心配をしてくれてたんだろう事は判った。逆にはっきりと口で言われた方が少し気味が悪いとも思える。

「……かなみ」

 ユーリは、今だ震えている彼女の肩を優しくつかむ。

「心配かけたな。大丈夫だ。まだまだ オレにはしなきゃならない事が沢山あるんだ。死ねないよ」
「う、ううっ……よ、よがっだ……よがっだでず……」

 かなみは、必至に言葉を搾り出せていた。

 ……死がこんなにも怖いものなのだという事を改めて実感した瞬間だった。自分のじゃなく、他人の死が……。かなみは、ユーリの身体にしがみ付き、暫く嗚咽を漏らしていた。



 かなみが落ち着きを取り戻す事が出来たのは、それから数十分後の事だった。

 勿論その間、その場から動ける訳も無く、ユーリはずっと彼女の傍にいた。……当然だが、遠くで待たされていた(頼んだわけではないが)ランスは不機嫌であり、普段の2,3倍増しの毒舌も待っていたのだった。



「あーあ、全く、どっかの泣き虫へっぽこのせいで、ノアさんを病院に連れて行くのが遅れたではないか」
「あーもうっ!! 何度も何度もねちっこく言わないでよランスっ!」
「ら、ランス様、かなみさんも落ち着いて……」
「なんか、コメントしづらいな……、原因は俺にあるから」

 一時アイスの町の病院へ2人を連れて行こうと帰っている途中の事だ。

 ランスの毒舌と言うかいびりと言うか……兎も角、まだまだ続いていて、かなみもムキになって言い返していると言う状況だった。ユーリはユーリで、いつもならぼやいていそうだが、今回ばかりは発端が自分の事だから、言うにいえない状態。……状況を考えたら仕方が無いと思えるのだが、ランスには通じないのだから。

「それにしても、ユーリさん よくご無事でしたね。あの人たちはどうしたのですか?」
「ん?」

 シィルがユーリにそう聞く。
 あの女が魔人であるのなら、ただで済みそうには無いと思えるのだが、ユーリは見つけた当初こそ倒れていた、だが その後は問題なさそうに振舞っている。あの後、シィルもヒーリングをかけたが 必要が無かったかもしれないと思える程だ。

「ああ、あの後 戦ったよ。少しだったけどな。それでその後あいつ等何処かに行ったんだ。……一言で言ったらとんでもなく強い連中だったって事だな」
「魔人さん……ですか? あのひとは」
「……なぜ、そう思ったんだ?」
「かなみさんが、ユーリさんが消えてしまった後に、そう言ってましたので」

 シィルはそう言うと ユーリは頷いた。

「あの2人がやられる程の相手だ。只者じゃあないって思ってたが……」
「なら、やっぱり……」
「ああ、ガーディアンを操っていたあの女は魔人だ。《魔人サテラ》と言う名前らしい」
「魔人さん相手に……本当に大丈夫だったんですか? ユーリさん」
「ああ。ほら、この通りだ」

 ユーリは、軽く腕を回し、力コブを作る仕草をした。

 本当に身体は大丈夫のようだ。ヒーリングをする為にユーリを診たシィルだからそれは良く判っていたけれど、やはり心配は尽きないようだった。そもそも人間が魔人に勝てるなんてありえないのだから。

「おい、シィル!」
「あ、はいっ ランス様!」

 ランスは、ちらりとこちら側を見たかと思えば ユーリと何かを話している姿を見て即座に呼んでいた。……そんなに大事ならもっと大切に扱ってやれと思うのは、皆きっと同じだろう。

 シィル自身もこんな扱いを受けているが、ランスの事を想っているから。

「ら、ランス様っ!?」

 ランスは駆け寄ってきたシィルの胸を鷲づかみ!

「あ、あんっ! ど、どうしたんですかっ!?」
「えーい うるさい! 奴隷はオレ様に従えば良いのだ!」
「ひんひん……」

 その後は、胸やお尻……秘部にまで弄られまくられたシィル。明らかに嫉妬をしている様に見えるのだが。

「はは……話してたのはほんの数分だったのにな」

 ユーリはそう呟いていた。

「ユーリさん……本当に大丈夫なんですか?」

 そして、シィルの次にかなみがそう聞いてきた。
 かなみからはもう何度目のやり取りだろうか……、とも思えるが、それだけ、心配をかけたのだ。甘んじて受けようと思うユーリだった。


 そして、暫くしての事。

「それで、かなみ」
「あ、はい!」

 ユーリはかなみに聞きたい事があった為、話を変えた。

「さっきの事だが。かなみは、オレに、何を言おうって思ってたんだ?」
「っ!?!?」
 
 そう、かなみが泣きついていたあの時の事を、ユーリは聞きたかったようだ。
 何かを言いたかったとかなみが言っていたところから、ユーリは目を覚ましたのだから耳に残っている。

「あ……っ/// そ、それは……」

 かなみの顔は一気に紅潮する。まるで、火に炙られた様に、火炎ブレスを直撃してしまったかの様に。……或いは、火丼の術を暴発させてしまった時の様に。

「ん? 大丈夫か?」

 ユーリは、顔を赤らめている彼女を見て心配をしているようだ。……やはり、ヒトミの言うとおり、天然の鈍感女っ誑しなのである。

「い、いえっ……、そ、そのですね……」

 かなみの頭の中は混乱に包まれている……。

 今、言ってしまうとも思えていた!
 大変な時期で、そんな事を言ってられるような状況じゃないって判っているんだけれど。いつ、伝えられなくなってしまうかも判らない状況なんだという事もさっきの事で良く判ったのだから。だからこそ想いを伝えようとかなみは……。

「わ、わたし、はユーリさんの、目から見て……せーちょーしてますっ??」
「うん?」

 明らかに声のトーンがおかしいのだが、とりあえず質問をされたためユーリはゆっくりと頷いた。

「初めてあったあの時に比べたら見違えているよ。忍者の仕事……諜報もしている上での成長。成長速度は戦いに身をおいている者、軍や冒険者よりも上なんじゃないか?とも思える」
「あ、はい! ありがとうございますっ! ゆーりさんにっ そ、それをいってもらいたくてっ!」
「……?? オレに伝えたい事があったんじゃなかったのか?」
「ま、まちがえたんですっ! ゆーりさんにつたえたいこと~じゃなくて、ゆーりさんにひょーかを、してもらいたかったので!!」

 ……正直声色もおかしいかなみだった。

 その後暫くかなみの挙動不審ぶりは続くのだった。











~リーザス前 街道~


 3つの影が街道を歩いていた。

 どうやら、リーザスの方へと向かっているようだ。

 巨大な影が2つと小さな影が1つ。そう、あの時の3人だ。

「ぐぅっ……」
「サテラサマ……大丈夫デスカ?」
「大丈夫……なんかじゃない。な、なんなんだよ、アレは!?」
「ワカリマセン……」

 サテラは、恐怖をしていた。
 その恐怖を誤魔化すように、ヒステリックになってしまっていたようだ。脚も震えている。身体も震えている。イシスやシーザーが傍にいて支えてくれていなければ倒れてしまうほどに。

「うぐっ……」

 サテラは、両腕で身体を抱きしめる。

 震えを止める為に強く自分自身を抱きしめた。

 この人間の世界であんな事になるなんて夢にも思っていなかった。人間相手に……コレほどまでの恐怖を味わせれるなんて 夢にも思っていなかった。

「いや……、あれはあの男とはまったくの別人だ。あんなのが、人間な筈が……」

 サテラの脳裏に浮かぶのは、あの男の姿。確かに姿形は然程変化は無かった。……だが、あの瞬間のあの男の中身がまるで違ったのだ。












~リスの洞窟前 ≪数十分前≫~



 サテラは、ユーリに向かって飛び掛った。

 そして、鞭を振るう。それは、1秒にも満たない時間でユーリの首筋に当たるだろう。そんな刹那の時に……ありえない現象が起きた。突如光に包まれたのだ。

「っ! ふ、ふん! さっきの目晦ましか! そんなの、もうサテラには効かないんだよ!」

 サテラはそのまま、鞭を止める事はない。
 効かないとは言っても多少は目も眩み、標的の輪郭も光でかき消されてしまっている。……が、ここまで接近し、攻撃寸前の状態だ。なら目晦ましなど殆ど意味を成さないだろう。

 だが……。

「っ!? な、なんだ!? 鞭が……動かない!?」

 振るった鞭が何かに当たった感触は合った。

 そして、自身へと戻ってくるように返しを入れたがまるで戻ってこない。力いっぱい引っ張っても……まるでビクともしないのだ。

『……全く、無茶をする』

 その光の世界の中、声だけが聞こえてきた。

『まだまだ 未熟な器で我を身に纏わすか……? 以前 どうなったか覚えが無いわけでも無かろうに』

 その声は……さっきまで話していた者のものでは無い。声色は確かに同じだが、根本的に何かが違う。サテラは、直ぐに直感した。

「くっ! な、誰だ!! お前っ!!」

 サテラは、大声でその声の方に向かって叫んだ。

『だが、魔人が相手ならば致し方なしか』
「うわっ!!!」

 サテラは、思いっきり引っ張られる。
 鞭を握り引っ張っていたのだが、逆にとんでもない力で引き寄せられたかのようだ。まるで、高所から落下するような力。サテラは、引き寄せられた後 鞭を離してしまい 地面に突っ伏してしまう。

 口の中に砂が入り 不快感を更に上げた。

「ぺっ! ぺっ! こ、このぉぉ!!」

 顔を上げようとした時。あの光の中から人物が出てきた。さっきまでの男がそこにはいた。厳密に言えば少し違う。
 来ていたフードもその下につけていた鎧も剥がれ落ちており、ショートヘアだったその髪は肩より下に伸びており、その髪の色も変わっている。光のせいで色はわかりにくいが、さっきまでの黒い髪では無い。

「誰だ! お前は!」
『ふむ……』
「おい! 聞いてるのか! 人間の分際でぇぇ!!」

 サテラは、激昂し再び飛び掛った。

 男は腕を振ったり、身体を見たりして、サテラにはまるで眼中に無いと言わんばかりだったから。武器が手元に無い状態のサテラだったが、単純な体術でも人間に比べたら遥かに上回った力を持っているのだ。手刀の構えをし、男を貫こうとしたその時だ。サテラの手刀は男の指先で止められてしまう。

「なっ!?」

 そして、相手方の手でサテラの首をつかまれ、持ち上げられてしまった。

『感じないのか? ……我の力はお前とは格が違う。格じゃない。次元が違うのだ。……身の程を知れ、魔の者よ』
「か、かっ……!! な、そんなはずっ……くっ!」

 まるで万力に締め付けられている様な苦しみがサテラを襲っていた。空気を必至に吸おうとするが、中々体内に入らない。そして、この男の表情を見ても 力を入れているとは思えない。まるで無表情なのだ。

「ぎ……ぁ……」
「サテラサマ!!」
「!!」

 2体のガーディアンは、サテラの姿を見て飛び掛った。
 絶対命令を受けている筈のガーディアンだったが、主を救う為にその命令を破棄したのだ。無機物である筈の者達の筈だが

『成程……、な』
「「!!!」」

 シーザーとイシスの攻撃は、そのまま身体をはさむ様に左右から受けたが、まるでビクともしない。

「ナッ……!?」

 サテラを掴んでいる為、脇ががら空きだった。そこを貫こうとしたのだが、まるで身体に入っていかない。人間の身体だと言うのに、自分達よりも遥かに硬度が高い物質、鋼鉄、否 金剛石(ダイヤモンド)を突いたような感覚だった。

 貫こうとしたシーザーの指先にひびが入っているのだから。

 男は、サテラを無造作にシーザーの方へと投げつける。

「きゃあっ!!」
「サテラサマ!!」

 シーザーは、サテラの身体を何とか受け止める事に成功。サテラも、まだ苦悶の表情をしていたが、意識はしっかりとある様だ。

『我と貴様達の力差 理解したか? 理解したなら、見逃してやる。去れ……。まだ、死にたくなかろう』
「ぐっ……うっ……、に、にんげんが……!!」

 サテラは必至に顔をあげ、男を見ようとした。
 完全にまわりにあった光は消えているが、男の輪郭には、まるで後光の様に光を纏わせているようだった。そう、魔人が無敵結界を纏わせているかのように。

「サテラサマ、我々デハ束ニナッテモ 勝チ目ハ……」
「う、うるさい! こ、このサテラが……人間なんかに、負ける筈無いんだ!!」

 サテラはそう言うと、まだ苦しい身体を奮わせ、 飛び掛った。

 それを見て、軽くため息した後、男はゆっくりとした仕草で腕を動かし……飛び掛ってくるサテラにあわせて掌底打ちを放っていた。

 まるで スローモーションのようだ。

 はっきりサテラは、その動きが、攻撃の初動、どこへと当てようとしているのか、その全てが判る。魔人の動体視力は、人間のそれを遥かに凌いでいるのだから。なのに、何故だろうか。

「(な、なんで……!? サテラ、はっきり見えているのに……、こ。これ、は…… か、躱せない)」

 まるで、予め決まっていたかのように、その掌底打ちはサテラの顔面に迫ってきた。

 避ける事が出来ない。それは頭の何処かで判ってしまっていた。そして、最後の瞬間、後、本の一寸の距離に掌底が迫った時、サテラは思わず目を閉じた。

 その瞬間にそれは来る。

 サテラの耳に届くのは轟音。まるで空気が破裂したかのような、轟音が聞こえてきた。だが、自身の身体は何とも無い。

「ッ……な、に……?」

 目を開けると目の前にはあの男がいた。
 そして、その掌底打ちはサテラを打ち抜く事は無く、頬の直ぐ隣の空間を貫いていた。その凄まじい衝撃の後が空間上に軌跡を残している。あれを受けてしまえば、自分の身体など 粉々になり何も残らないと瞬時に理解出来た。無敵結界も、まるで意味を成さないだろう事も。

『まだ、やるつもりか? 寛容な我でも2度までだ。……3度目は……無い』
「っ……」

 サテラは戦慄した。

 確かに自分より強い魔人は何人もいる。だけど……魔人同士の戦いでも、ここまでの力の差を感じた事は無い。単純に力の差と言い表して言いのだろうか? 根本的な何かが違うと感じた。

 例えシーザー達を何100体生み出したとしても、まるで 紙を破るかの様に……。虫を蹴散らす様に、やられてしまうとイメージが頭の中に過ぎっていた。

 男は、再びサテラをシーザー達の方へと投げ飛ばす。

『……此処から去れ』
「ッ……」
「化物……」

 シーザー達も言いようの無い何かを感じた様だ。サテラは、身体を震わせながら……。

「にげ……逃げるぞ。シーザー……イシス……は、はやく……っ」
「ハイ……」
「ッ……」

 そう言うと、サテラ達は光に包まれた。

 そして、光が消えたと同時にその身体も消え去ったのだった。



 辺りには静けさが戻る。
 この時は、まさに天災でも起こったかの様な轟音と気配が立ち込められていたからか、獣は勿論、魔獣、男の子モンスター。……全ての生物がこの場から逃げ去ったかの様に静寂に包まれていた。
 
 風でさえ、吹くのを躊躇っているかの様だ。


『……ふむ。おい、聞こえているか?』

 そこには誰もいない。だが、男は誰かに語りかけるように小さく声を出していた。

「(……ああ、聞こえている)」

 その声、返答は頭の中に、響いてくる。そう、彼は今は、《自分の中にいる男》と話をしているのだ。

『以前、我を呼び。そして、どうなったか……よもや忘れた訳ではあるまい?』
「(ああ……覚えている。年齢が年齢だったが、確かにな。だけど あの時も今日も、オレは後悔は1つも無い)」
『だろうな。……だが、今回の1件で我を呼ぶ事はもう出来ないと心得よ。主の身体がもたぬ可能性が極めて高い。……そして魔人はあの子娘1人ではない』
「(心得ているさ。以前呼んだ後にも聞いているし。それに、アイツの最大の脅威でもある無敵結界はもう《見た》。……後は何とかしてみせる)」

 その声にゆっくりと頷く男。その顔には何処か笑みさえ浮かべていた。

『……この悠久の時、我を唯一、身に、《神威》をその身に纏わせる事が出来た人の子だ。死ぬなよ』
「(死ぬつもりは無い……俺には成さなければならない事があるからな)」
『ふふ……』

 そう答えると同時に、男の身体は崩れ落ちるように倒れた。仰向けのまま倒れている。その後も暫く話は続いた。傍から見れば独りごとの様にしか見えないだろう。

「(アイツを仕留めなかった理由は何故なんだ?)」
『ふむ、意識があったのか?』
「(いや、はっきりしたのは呼ばれた時にだ。だが、そんな気がした)」
『……あの魔人。……娘は、ホーネットの魔の者だ。此処で失うには惜しい。アレを呼び起す為には、必要な者だからな』
「(……不可侵側だからか。成程、納得した)」
『頭も良く回る男だ』
 
 そう言うと目を閉じる。
 この存在は、この世界に要られる時間は極端に短い。あまり長くにい続けると、身に纏わせている者の身体がもたないのだから。

 そして、何よりも あまり目立つ訳にはいかないのだから……。














~リーザス前 街道~


「う……」

 サテラは まだ震えている。
 だが、その震えを早くとめなければならない事をサテラは知っているのだ。あの強さは間違いなく リーザスを襲撃した3人の魔人よりも遥かに強い。何故、あの男が見逃したのかは知る由も無いサテラだが、今件を話す訳にはいかないのだ。魔人とは好戦的な者が多い。

 2人も人間に対しては 勿論そうであり、蔑んでいるからこそだろう。

 何よりも、自身が人間に敗れた、人外の強さを持っている人間がいると言う事を認めたくないのかもしれない。

「サテラサマ……」
「大丈夫だ。……シーザー イシス、アイツの事を誰にも話すなよ」
「デスガ……」
「いいから誰にも話すな。私達だけの秘密にしておけ!」
「ハイ、ワカリマシタ」

 サテラはそう言うと、腰を降ろした。シーザーにもたれかかり 空を見上げた。

「アイツはなんなんだ……? なんであんな男が存在するんだ?」

 考えるのはあの男の事。
 初めて出会った時に既に何かを感じた。普通の人間としか見えなかったが……それでも何かを感じた。あの場にいる人間達の中でも異質な何かを。

「ちっ……、あの変なヤツにならなかったら、サテラが勝ったのに」

 不思議とサテラは、もう二度とユーリに会いたくないとは思わなかったようだ。

 何故だろうか?あれほどの恐怖を味合わされた切欠の人間。あの男とユーリが同じだとはどうしても思えないし、思いたくない。

「ん? なんで、サテラはアイツとアイツを一緒に思いたくないんだ? それに、そもそもなんでアイツのことなんか強く考えてる? イシス達を傷つけたから、か?」
「サテラサマ、ワタシに聞イテイルンデスカ?」
「い、いやっ! 何でもナイ! 独り言だ!」
「ワカリマシタ」

 シーザーはそう言うと再び黙った。
 サテラは僅かながら自身の顔が赤らんでいる事に気がつかなかった……。

























〜人物紹介〜


□ シーザー

Lv-/Lv-
技能 剣戦闘Lv1

魔人サテラが製作したガーディアンの一つ。その製作した仲でも非常に古いガーディアンであり、サテラのお気に入りとなっている。強大なパワーと堅い装甲、そして強靭な戦闘力を有するガーディアンであり、その戦闘力はサテラにも匹敵する実力がある。


□ イシス

Lv-/-
技能--

魔人サテラが製作したガーディアンの一つ。戦闘力自体はシーザーにやや劣るものだが、スピード重視で作られている為、圧倒的な速度を持ち、並の人間ではまず相手にならない。
……ラークとノアの2人も相手にならず圧倒した。



□ ???

Lv???
技能???

ユーリの身体を使い、サテラ達を圧倒的な力で退けた存在。
その口ぶりから察するに、以前にもユーリと入れ替わった事が在る模様。
時折、重要人物の頭に聞こえてくる≪声≫の正体がこの存在である。
ユーリと一体化?している状態を≪神威≫と呼ぶ。

……一体何者なのかはいずれユーリから語られるだろう。……多分



 
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