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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第9話 斜め上

 
前書き
いつも閲覧ありがとうございます。

仕事の疲労と、三回書き直しで一日飛ばしました。
期待していた方には申し訳ありません。

士官学校に帰寮しての一幕です。ヤンとJrの微妙な距離感が出てるといいなぁ。 

 


 宇宙暦七八三年 テルヌーゼン


 三日間の夏休みをハイネセンで過ごした俺は、来た道をそのまま逆に士官学校へと戻ってきた。

 アントニナにはフライングボールの練習場に連れて行かれ空中ですっこけるという赤っ恥を掻かせられ、イロナには勉強の邪魔ですと一言いわれて敬遠され、ラリサには一日中軍艦の絵を描かせられたあげく肩車をさせられた。相変わらず親近感のあるアントニナとラリサはともかく、イロナとの距離が急激に広がったようで、俺はそれが心配だった。

 母親であるレーナ叔母さんより真っ黒でウェーヴのきつい髪とグレゴリー叔父のスラブ系の赤白い肌というイロナは、その容姿から姉妹の中で少し浮いているのかもしれない。と、いうより本人が浮くことを望んでいるようにも見える。レーナ叔母さん曰く、それも少女の成長期に見られる一現象だと言っていたが、果たして本当にそうだろうか。
 
 ……まぁとにかく。同室戦友の望みなどかなえてやる義理はないが、とりあえず家族の写真を撮ることは出来た。当然ばっちりグレゴリー叔父の顔も映っている。それが邪な欲望を抱く同室戦友の悪落ちを阻止してくれるに違いない。どうでもいいことだと思いつつ、大きな溜息を吐くと、俺と同じように帰還した候補生第四学年の一群の中へ紛れ込んでいく。

「……まぁ、家族の写真というのはうらやましいというか、なんというか」
 俺とウィッティがカフェでその写真を巡って応酬しているのを見たヤンが、いつものようにのんびりとした顔つきで寄ってくると、ぼっそりとそう呟いた。ヤンが天涯孤独(エル・ファシルの脱出の後に分かる程度の遠縁はいるらしいが)の身であることはウィッティも知っており、若干気まずそうに俺を見てくる。俺もヤンが寄ってくるとは最初から思っていなかったわけだから、『スマンな』と視線でヤンに応えた。ヤンもそれが分かったようで、逆に無言で小さく頭を下げて応える。

「そういえば、ウェンリー。お前今度『あの』ワイドボーンと戦略戦術シミュレーションで対戦するんだってな」
 話題の転換の必要性を感じ、ウィッティがそう話を振る。相変わらずE式がしっくりと来ないウィッティはヤンをいつも名前で呼ぶので、しばらくの間はヤンも訂正していたが、最近は諦めたようで完全にスルーしている。
「一〇年来の天才の胸を借りるつもりで頑張りますよ。機関工学の成績、今回かなり悪かったので、少しは挽回しなくてはいけませんからね」
「相変わらずダメなのか、「機関工学」?」
「ええ、まぁ。私にはこちらの方面の才能はないようでして……」
 ウィッティのノリに、ヤンも苦笑を浮かべつつ応える。原作では全く接点のなかった二人が、目の前でリラックスして話しているのを見ていて、俺は一体どれだけ原作の世界を引っ掻き回しているのか、今更ながら不安を覚える。

 それと同時になんとなくヤンの、一線を引いて常に傍観者でいようとする態度が、どうにも最近気になって仕方ない。もちろん本人が軍人になる意志を持って士官学校に入って来たわけではないことは十分に承知している。それをことさら否定しようとは思わないが、逆に言い訳にされてしまっているようにも思えるのだ。

 肉体的な要素が必要な分野を除いて、ヤンに才能がないわけがない。将来の不敗ぶりもさることながら、あれだけ難しい入学試験に、いくら上位からほど遠いとはいえ、宇宙船暮らしで基本自学自習だけで合格するのだ。塾にも行かず効率よく勉強できる能力に継続できる努力は、ほかの欲求に目を逸らしがちな少年時代にあって、大した物だと言える。なぜその努力が機械工学に向かないか……興味のないことには可能な限り手を抜いているのだろう。落第さえしなければいいと考えているのは間違いない。

「機関工学は正しい計算式から正しい答えが出る学問だ。才能あるなしは正直関係ないだろう」
 俺の少し強い声での呟きに、ウィッティもヤンも俺に視線を動かす。
「ヤン。君はただの好き嫌いを、才能という言葉で逃げてないか?」
 図らずもテーブル上は沈黙に包まれる。今度は俺とウィッティの視線がヤンに向かい、ヤンの視線は手元の紙コップの底に注がれたままだ。
「好き嫌いも含めて、才能なんじゃないかと、私は思うんですが」
「才能とは生まれつき物事を巧みにこなせる能力の事だ。負の才能という言葉はない。才能が必要なのは開発部門だけであって、運用部門には必要ない。そこに必要なのは努力だ」
「……」
「得意・苦手はわかる。俺だって「帝国公用語」と「仮想人格相手の戦略戦術シミュレーション」が苦手だ。だがだからといって努力だけは惜しんだことはないぞ」
 俺の言葉に、ヤンは相変わらずこちらに視線を向けることなく、残り少ない紅茶が生き延びている紙コップの底を見つめている。沈黙はおそらく数分だったろうが、俺に取ってみれば三〇分近い時間が過ぎたように思えた。

 先に破ったのはヤンだった。 

「伺いたいことがあります。勿論、ご不快ご不満であればお答えいただかなくても結構です」
 俺に向かってそう言うヤンの視線は、原作ではクーデター鎮圧寸前の、エベンス大佐との会話時の鋭さだった。
「ボロディン先輩が努力を惜しまない人だというのは分かります。苦手科目についても人一倍苦労しているのは、ここ数ヶ月お付き合いさせていただいてよく分かっているつもりです。『興味がないからといって才能がないとは限らない』という言葉は、今でもはっきりと覚えています」

 記憶力に自信がないとか、ハイネセンで道に迷うとか、原作では言っていたような気がするが、俺はヤンの真剣な態度に、正直飲まれていてそれどころではない。一度区切って、残り少ない紅茶を喉に流し込んだヤンは、俺にはっきりとした口調で問いかけた。

「人には向き不向きがあることを承知した上で、何故そこまで努力されるんですか? 名誉欲ですか? 出世欲ですか? それとも“ボロディンという家名に対する義務感”ですか?」

 その台詞は一三年後に、俺と同い年の「不良中年」がお前に聞く質問だ……と言うことは出来ない。原作云々ではなく、ヤンの心の底に漂っていてなかなか表層に出てこない鋭い本音の矛先が、俺の喉を勝手に締め付けてくるからだ。原作におけるエベンス大佐のことを俺は今でも大嫌いだが、あの対話でどれだけ苦しんだかは分かるような気がする。そして結局、自分の信じたいと思う信念に殉じるように死を選択したことも。

 だからこそ俺は本音で応えるしかない。その結果ヤンにどう思われようと、中途半端など許されることではないことを、俺は理解できる。

「名誉欲はある。出世もしたい。漆黒の艶やかで癖の全くない髪に、端麗で眉目整った、やや小柄な美女にモテたいとも思う。つまるところ俺は俗人が抱くであろうありとあらゆる欲望に貪欲だ、と自覚している」

 俺の口は俺の腹の中から出てくる言葉を勝手に紡いでいく。そして俺自身がその異変に高揚しつつある。

「ボロディンという家名に対する義務感も当然だ。俺を産んだ実の両親、そして育ててくれた叔父夫婦。彼らが何処へ行っても『ヴィクは我々の自慢の息子だ』と誇れるようにありたいと思う。だが一番の、俺の最優先の欲望は……『平和』だ」
 
「……『平和』ですか?」
 意図せず緊迫から急激に開放されてしまったと言わんばかりの、唖然とした表情でヤンは聞き返してくる。
「帝国と戦う事をほぼ義務づけられている軍人になることに精練する目的が、どうして平和なんです?」
 俺は頷いた後、目の前に置かれたボールペンを右手の指の間で廻しながら応えた。

「俺の家、というか叔父の家には九歳を筆頭に三人の義妹がいる。みんな俺の自慢の義妹だ。今のところ軍人になる気配はないが、国家の存亡がかかるとなれば志願するかもしれない。俺は彼女達から志願する自由を奪うつもりはないが、戦場に立たせるつもりもない。その前にあの要塞を陥落させる。」

「……仮にイゼルローン要塞を陥落させたところで平和になりますか?」
「それは正直分からない。だが攻撃選択権を帝国から奪うことが出来れば、少なくとも可能性はある。選択権のない今の状況ではそれすらも望めない」
 そしてその時までに、食器の名前をしている癖に役立たずな准将を、掣肘出来るような地位にいなければならない。あるいはあの作戦を立案する段階で、口を挟めるだけの権威と実力が。
「……その平和が恒久平和になりますか?」
「歴史に造詣の深いヤンなら分かるはずだ。人類歴史上に恒久平和などありはしない」
「……ですね」
「つまるところ、俺は僅かな期間の平和しか望んでいない。だがな、ヤン。お前さんが戦史編纂室の研究員で一生を終えるくらいの期間くらいはあると思うんだがな」

 俺の言葉は終わったが、聞き終えたヤンは、下を向いて大きく溜息をついた。その姿からは先ほどまであった殺気に近い気配は全く感じられない。
「校長閣下が先輩に『軍人に向いていない』と言われた理由が分かるような気がします」
「なにしろ口先から産まれたらしいからな」
「義妹さんは美人なんですか? それこそご自分の命を賭けるまでに」
「美人に決まっているだろうが!!」
 机を叩いて立ち上がる俺の正統な激怒に、それまでずっと黙っていたウィッティも、そして言ったヤンも、笑いを隠しきれていなかった。ウィッティなんかは腹を抱えて笑っている。お陰で周囲の視線がかなり痛い。俺が不承不承で腰を下ろすと、ヤンは指で笑い涙を拭きながら応える。

「先輩と話していると、自分が何となく虚しく見えてくるから、ちょっとばかり嫌なんですよね」
「そうか?」
「とにかく面白いお話は伺いました。私には私なりの主義主張もあるので譲れない部分もあります。が、これからはなるべく手を抜かずに頑張ってみますよ。『永遠ならざる平和』の為に」
 ヤンはそう言うと席を立ち、俺に向かって敬礼する。久しぶりに見る整った敬礼だ。立ち去ろうと回れ右するヤンの背中に、俺は声を掛けた。
「とりあえずは明日、ワイドボーンに負けるなよ」
「負けるわけないじゃないですか」
 それに対してヤンは人の悪い笑顔で応えた。
「大変不本意ですが、私はどうやら『悪魔王子』の一番弟子らしいですからね」

 そしてヤンは翌日、原作通りワイドボーンに戦略戦術シミュレーションで勝利した。

 ただしワイドボーンの補給線を一点集中で撃破するところまでは原作と同じだったのだが、そこから様々な戦術を駆使して挑んできたワイドボーンの主力艦隊を、犠牲らしい犠牲を出さずほぼ一方的に撃破したそうだ。教官達の衝撃は相当なモノらしく、ヤンを戦略研究科に転科させたらどうかという話もあるらしい。俺は授業の関係上リアルタイムで見ることは出来なかったが、見ていたウィッティが言うには

「『悪魔王子』の弟子なんて可愛いものじゃない。あれは『悪魔提督』だ」

……俺はなにか間違ったことをしたのだろうか。一抹の不安を抱かずにはいられなかった。

 
 

 
後書き
2014.10.01 更新 
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