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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第8話 休暇

 
前書き
いつも数多くの閲覧ありがとうございます。

今回は一応本編ですが、少し雰囲気が違う感じになります。

義妹の登場を楽しみにしていた読者の皆様、お待たせしました。 

 
 宇宙暦七八三年 テルヌーゼンより オークリッジ


 同盟軍士官学校四年生というのは、非常に微妙で、実に美味しい地位である。

 現役合格なら最後の一〇代。軍人としては下士官上位の兵曹長待遇(半給だが)。最上級生である五年生が実地演習や航海実習で留守がちな故に、士官学校内では最上級生のように振る舞える。

 士官学校は基本的に寮生活であり、週一休暇(初年生は外出すら認められないが)はあっても、外泊は特別な例を除いて認められていない。軍隊は乗艦勤務が多いから、休暇が少ないのも候補生の頃から慣れさせるという意味もある。

 だが四年生には夏休みがあるのだ。特別な例というわけではなく、夏期に三日間も。

 初年生の頃から外泊できず、せいぜい夜間脱柵して安くて量があり、それなりの味があるスタンドで食欲を満たす程度でストレスを発散していた候補生達は、ここぞとばかりに休暇を楽しむことになる。
 テルヌーゼンから遠い故郷のある候補生は、軍から特別に配給されるチケットで家族を呼び寄せたり、候補生同士で近場の避暑地へ小旅行(含むナンパorデート)に出たりする。もちろん寮に残っても別段問題はないが、殆どの候補生は外の空気を吸いたくて外泊を選択する。

 かくいう俺も外泊を選択したが、グレゴリー叔父の官舎はテルヌーゼン市から飛行機で目と鼻の先のハイネセンポリスにある。グレゴリー叔父もレーナ叔母さんも当然のことながら元士官学校候補生であるから、外泊可能な休暇期間があることを知っており、一ヶ月前にレーナ叔母さんから、脅迫状に近いビデオレターが届いていた。
 なお同室戦友のウィッティの養父であるアル=アシェリク准将の官舎もハイネセンポリスにあるが、こちらは奴も含めて家族水入らずで別荘地に赴くとのこと。

「義妹さんをプールへ連れて行く機会があったら、是非三次元ビジョンで撮……」
 と言った同室戦友を、俺はハイネセンポリス第二空港の到着ロビーで、人目をはばからずぶっ飛ばしてからターミナルビルを出た。ただしゲート側に並ぶ無人タクシー乗り場ではなく、地下の市街方面連絡鉄道の改札口に向かう。 
 無人タクシーは家まで直行してくれるが、公共サービスとはいえ、寮生活の士官学校で無人タクシーを使う機会などあるわけがない。故に士官学校の学生証(同盟市民カードに等しい)では乗ることが出来ず、なけなしの財布から現金で精算しなければならない。正直面倒くさいし、なにより俺は無人タクシーが大嫌いだった。

 もっとも鉄道もあまり好きではない。が、前世では実用化されていない高速地下リニアは無人タクシーより安上がりであるし、なにより乗り継ぎとかが面倒でも市街地まで速く到着できる。惑星ハイネセンの大気圏内旅客航空を主に扱う第二空港利用客の大半は一般中所得者層なので、鉄道を利用する客は非常に多い。いまも三分置きに、ハイネセンポリス方面や近郊の衛星都市への列車が慌ただしく発車していく。

 大きなトランクを押す家族連れ、太った年配の旅行者、黒いスーツにビジネスバッグといった前世が懐かしくなる姿もある中で、俺は座りたいが為にしばらく列車を待つという、相変わらずせこい考えでホームに設置されたベンチに腰掛けていた。リニアに乗り込んでいく人の群れを見送りつつ、空港内のキヨスクで買ったパンを囓っていると、一つ席を挟んだ右隣に座っていた顔色の薄い三〇代後半くらいの女性がいきなり胸を押さえて苦しみだした。

 突然のことで俺も一瞬何が何だか分からなかった。というか、なにかのドッキリ番組かと思うくらいのタイミングだった。思わずどこかで撮影しているのかと思って俺は辺りを見回したが、視界にはいるのは忙しそうに列車に乗り組む乗客ばかりだ。誰も女性の異変に気がついていない。

 あるいは気がついていても無視しているのか……経済的にもやや斜陽な同盟にあって、ここは中心からやや外れているとはいってもハイネセンのはずだ。近年経済も治安も悪化していると言われる辺境領域ではない。それとも時間に追われ、面倒には関わりたくないということか。となると、時間に余裕があって、家に帰るだけの俺が対処するしかない。

「大丈夫ですか?」
 俺は出来うる限り最高に『穏やか』な口調で女性に話しかけると、きつく閉じていた両目のうち左目が僅かに開いて俺を見つめる。黄みがかった薄茶色の瞳には力が感じられない。
「だいじょう、ぶ、です」
 どう見ても大丈夫ではないのに、そう言葉を続ける。俺はあまり容姿に自信がある方ではないが、少なくとも前世のように心配して若い女性に声を掛けただけで痴漢扱いされるほどではない……はずだ、きっと。しかも士官候補生の制服を着ている。身元もばっちりだ。少なくとも周囲から痴漢呼ばわりはされないだろう。

「大丈夫なわけないでしょう。これから医務室に連れて行きます。身体を持ち上げるので力を抜いてください」
 俺は女性の右脇に左肩を入れ、女性の身体をベンチから持ち上げると、今度はゆっくりと腰を曲げて女性の膝裏に右腕を差し込む。いわゆる『お姫様だっこ』の状態だ。女性の身体は見るからに痩せていたが、意外と重い。
「荷物は何処です?」
 俺の問いに、女性は小さく首を振る。それを『ない』と判断した俺は、腰に力を込めて歯を食いしばって立ち上がる。太腿と背中に負荷がかかるが、“ウィレム坊や”の“砂袋体操”に比べれば大したものではない。

 すぐに周囲に目を走らせ、階上の改札口へと向かう。久しぶりの負荷に足はきつかったが、徐々に慣れてくると、スムーズに足が出てくる。だがその足に後から衝撃が走った。
「イテェェェ!!」
「お母さんを何処に連れて行くつもりだ!! この痴漢野郎!!」
 この場でもっとも聞きたくなかった言葉が俺の背中から聞こえてくる。首だけ振り返って少し視線を落とすと、若干ウェーブのかかった金褐色の髪の少女が、少し大きめのショルダーバックを肩に掛けて立っている。苦しんでいる女性を腕に抱える士官候補生と、それを睨み付ける美少女の図と叫び声には、さすがに行き往く人の足も止まるらしい。一瞬の沈黙が周囲を漂う。

「黙れ小娘!! 前に立ってさっさと道を空けるか、荷物を持って付いてこい!!」
 こういう空気の時は、周囲の人間に『事件』ではなく『内輪もめ』と認識させて、余計な干渉をさせないようし向けること。前世で二度ばかり同じような場面で職質にあった俺の、ささやかな小知恵だ。
「おふくろさんが苦しんでるんだ、早くしろ!!」
 まさか怒鳴られると思っていなかった美少女は、しばらく呆然とした後、周囲が急激に無関心へと変化していくのを感じ取り、再び俺を見上げ唇を噛みしめている。俺は母親と同じ色の瞳を見返すことなく、母親を抱えたまま歩き始めた。エスカレーターを歩き上りしている間、一度振り返ると美少女は黙ったまま俺の後に付いてくる。

 改札口まで来て駅員に医務室の場所を聞くと、逆に部屋の中に導かれ、俺はそのまま女性を駅長室のソファに横たえることになった。美少女が横たわった母親の側に駆け寄るのを見て、俺は溜息を一つつくと、駅員に医師の手配を頼んだ。
「あ、一応ですが、名前をお願いします。規則なんで」
『モノ盗んでいませんよね?』と確認するような前世そのままの駅員の態度に、俺は無言で差し出された紙に自分の名前を書いて叩きつけると駅員室を出た。構内は相変わらず乗降客でごった返している。
「……ま、どうせ急ぐ道でもない」
 “労多くして益少なし”か、と俺は自嘲すると、人混みに混じり込んで、ハイネセンポリス行きのリニアへ乗り込んだ。

 グレゴリー叔父の家があるオークリッジの軍官舎街に着いたのは、それから二時間後。リニアを二度乗り換え、最寄り駅から二〇分ほど歩いてからだった。
 一車線の道路に面し、やや広めの敷地には芝生が敷き詰められ、平屋のガレージに二階建ての母屋がある。家屋の素材は当然木ではないが、ぱっと見ではそれが分からないようにデザインされている。前世のアメリカ地方都市に多く見られる町並みを見て、俺はホッとした。ウサギ小屋と評される日本の建て売り住宅も郷愁を誘うが、こちらの世界に生まれてこのかた、寮を除いてずっと官舎暮らしだ。死んだ両親とも、今いる義理の両親とも。

「あ、ヴィク兄ちゃん」
 家の前の、幅の広い歩道に設置された消防用の散水栓の上で、腰掛けていたアントニナが俺を見つけて手を振っている。レーナ叔母さんの薄茶色の肌と鮮やかな黒い瞳にやや厚めの唇、グレゴリー叔父や俺と似た琥珀を薄めた、真っ直ぐな金髪を肩口で綺麗に揃えている俺の自慢の義妹。久しぶりに自分の目で見る九歳の妹は、背もグンと大きくなり、スマートな身体を薄手のピンクのキャミソールとホットパンツで包んだその容姿は、年齢以上に大人びて見える。

「遅かったね。寄り道しちゃダメじゃない」
「アントニナ、お前、いつもそんな格好をしてるのか?」
「兄ちゃん何処、見て言ってるのかな? 大声で叫んでもいいんだよ?」
「それは今日、第二空港のホームで経験済みだ。二度はゴメンだな」

 溜息混じりに俺は候補生制服のポッケから、PXで買ったチューインガムを放ってやると、アントニナは器用にも人差し指と中指で挟んで取った。
「他になんかないの?」
「貧乏軍隊の、さらに未成年ばかりの士官学校のPXに、お前は何を期待してるんだ?」
「『アルンハイム』とか」
「未成年者は飲酒厳禁だ」
 散水栓の上に器用に立ったアントニナに向けて、ついでとばかりに俺は候補生用のジャケットを放り投げた。それをアントニナは“空中で一回転して”から掴んで地面に着地する。五歳の頃から器械体操をしていたはずだが、ここまで成長しているとは聞いていなかった。

「ねぇ!! 見た!? 驚いた!?」
「そりゃ驚いたがお前、曲芸師にでもなるのか?」
「ううん。フライングボールの選手になる。先月ようやくリトルリーグに入ったんだ」
「……ま、何してもいいけどな」
 一瞬だけ亜麻色の髪の完璧超人面が俺の頭の中を横切ったが、それを振り払うように一見すると少年にも見えなくもない義妹の頭の上に左手を置いて掻きむしってやる。
「怪我だけはすんなよ。フライングボールは結構危険なスポーツだからな」
「上級生より上手な僕が、そんなヘマするわけないじゃん」
「そう言う油断が禁物なんだ」

 俺がそう言うと、アントニナは俺の左手からすり抜けて、母屋の玄関を空けてくれた。まったく良くできた義妹だと思う。玄関で靴裏を自動消毒してから入ると、リビングではエプロンをしたレーナ叔母さんが夕食の準備をしていた。その横で次女のイロナは書き取りの練習をしており、真似するように三女のラリサが緑のクレヨンで絵を描いていた。横に長い長方形で、後ろが太く、紅いラインがあって所々に節があるから、たぶん軍艦だろう。しかも旗艦クラスの。

「おかえり、ヴィク。遅かったじゃない」
 相変わらず引き締まった体つきのレーナ叔母さんは笑顔で迎えてくれる。
「ヴィク兄ちゃん。お帰りなさい」
 書き取りを続けている六歳のイロナは、視線だけ俺に向けて見るからに面倒くさそうに応える。
「ヴィクにいちゃん、しぇんかん」
 まだ描き途中なのに俺に向かって絵を掲げる三歳のラリサ。近寄ってその絵を手に取ると、艦首の番号が白で〇五〇一と描かれている……どうしてこの子が“リオ・グランデ”を描けるんだろうか? 
「叔母さん。最近、宇宙ドックに行った?」
「グレゴリーが統合作戦本部施設部次長になった関係で、特別に見せてもらったのよ。ラリサはどうやら就役したてのその艦をいたく気に入ったみたいでねぇ。絵を描くとなるとその艦ばかり描くんだよ」
「そう、ですか」
 機密とかその辺りどうなんだと思いつつも、俺は“リオ・グランデ”の未来を、家族の将来を重ね合わせて考えてしまう。

 原作で同盟が帝国に滅ぼされるのは、宇宙歴八〇〇年だから一七年後。俺は三六歳。アントニナは二六歳。イロナは二三歳。ラリサは二〇歳。去年竣工し、今年就役した“リオ・グランデ”は彼女達の妹のような艦だ。そして“彼女”は同盟軍最後の宇宙艦隊司令長官アレクサンドル=ビュコック元帥の墓標となった。

 自由惑星同盟は選抜徴兵制を敷いている。だが女性は志願制で、前線での勤務も奨励されてはいない。まず今のままなら義妹達が軍人を職業に選ぶとは考えられない。レーナ叔母さんが強烈に反対するだろうから。

 だが先月レーナ叔母さんから送ってもらったビデオレターの最後に映ったグレゴリー叔父の顔は、若作りであり、特徴的な髭もなかったが、俺の前世の記憶にある同盟軍第一二艦隊司令官にそっくりだった。もちろん実父アントンのように戦死してしまう可能性もあるだろうが、内勤数年で少将、そして中将へと昇進するのであれば、もう疑う余地はない。

 もし、俺がこのまま軍人としてのキャリアをスタートさせたとして、原作通り帝国領侵攻作戦が発動するまで何も出来なかったとしたら……尊敬する叔父は、帝国領ボルソルン星域で限界まで戦い、自決するだろう。
 充分に円熟した用兵家と評され、俺をこの歳まで育ててくれた温厚で責任感の強い紳士である叔父のことだから、旗艦“ペルーン”以下八隻まで戦ったというのは、ルッツの奇襲による玉砕の結果ではなく、第一二艦隊を撤退させる時間稼ぎの為に、殿をした結果ではないかと思う。

 そんな叔父を戦火で失った時、義妹達はどう思うだろうか? まして産まれ育った同盟が滅びるとなったら?

 俺はどんな手を使ってでも、それだけは阻止しなければならない。

「あら、お帰りなさい、グレゴリー。ヴィクももう帰ってきてるわよ」
 レーナ叔母さんの声に、俺は玄関を振り返り、そこに一ヶ月前にはなかった微妙な髭の生えているグレゴリー叔父の顔を見て、俺は固くそう誓わざるを得なかった。


  
 

 
後書き
2014.09.28 更新
2014.09.29 リオ・グランテ→リオ・グランデ と一部文脈修正
2014.10.01 爺さんの名前を修正 
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