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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第10話 10年来の天才 

 
前書き
本日は会社がお休みなので、少し早めにUPします。

Jrは四年生の中盤から後半。原作登場人物も次々と登場します。
主に魔術師の当て馬であるタイトルの人なのですが。
 

 

 宇宙暦七八四年初頭 テルヌーゼン


 ワイドボーン事件以降、俺はヤンの紹介でジャン=ロベール=ラップと知り合い、さらに何故かそこから事務監の娘のジェシカ=エドワーズを紹介された。
 ラップは原作通りの典型的なアメリカン優等生で、初年生の中でも人望が厚いことを実感せずにはいられない。結果としてヤンに手も足も出ず、“一〇年来の天才”から“普通の優等生”へと転落してしまったワイドボーンとも平然と会話できるコミュ力は、前世でいささかコミュ障気味だった俺としてはうらやましい限りだ。
 そしてジェシカ。確かに『すれ違う男の半分が振り向く美しさ』というだけあって美人で、ヤンやラップと結構つるんでいるというのも原作通り。だがどうやらヤンやラップから俺の変な噂を聞いていたらしく……

「“悪魔王子”と伺っていたんですけど、ちっとも悪魔らしくないんですね」
 と、宣った。さっそくウィッティと一緒に、ヤンとラップにヘッドロックによる制裁を加えたが、初対面でしかも士官学校の有力支配者である四年生相手に、そういうことをいきなり言えるというのはどういう心臓をしているんだか。婚約者のラップを失った衝撃もあるだろうが、トリューニヒトを、しかも六万人の遺族と軍人が揃う慰霊祭の場で痛烈に面罵するのも分かるような気がする。だが、後でそっと近寄ってきて、ヤンやラップに聞こえないくらいの小さな声で
「……ヤンのやる気スイッチを入れて下さってありがとうございます」
 と囁いたのには驚いた。

 考えてみれば幼い頃に母親を亡くし、壺磨きと歴史に没頭するという、偏った少年時代を過ごしていたヤンにとっては、ジェシカは母親に近い意味での初恋を抱く相手であったろう。そしてジェシカもそれを意識しつつ、やもすれば世捨て人になりそうなヤンを、それとなくラップと一緒にフォローしていたに違いない。そう考えると、女性は実際の年齢以上に成熟しやすいものだと実感せずにはいられなかった。

 いずれにしても、ヤンやラップ(実のところヤンは全く貢献できていないが)を通じて、俺は初年生の知己を順調に増やしていくことができた。だいたいはラップを介しての一・二分の立ち話や紅茶の一杯を奢る程度だったが、ワイドボーンだけは別格だった。
 ヤンに敗北してから一月後、奴はラップを介することなく俺とウィッティがアントニナの魅力について語り合っているカフェのテーブルに近寄ってくると、いきなり深く頭を下げてきた。

「お手数とは思いますが、どうか小官に「戦略戦術シミュレーション」をご教授してくださいませんでしょうか?」
 両手をきつく握りしめ、顔を強ばらせ、背筋が硬くなっているワイドボーンの姿は、“屈辱”とでも題した彫刻そのものだった。四年生の俺にも頭を下げるのはプライドが許さないかと一瞬だが階級を意識したが、むしろヤンにコテンパにのされた原因が俺であり、ヤンを上回るためにはヤンの師匠(笑)と思われている俺に話を聞くべきと言う境地にようやく達したからなのだろう。原作通り「奴は逃げ回っていた」といきり立って叫ぶわけにもいかず、相当鬱屈していたに違いない。元々それなりに整っていた顔つきも、若干頬がこけて色あせている。

 そんな状況でウィッティは沈黙を守りつつ、面白そうに俺とワイドボーンを見比べている。俺の高級副官殿はどうして肝心なときになると沈黙するのか……俺は小さく溜息をついた後、ワイドボーンを睨み付けて言った。
「俺は教師じゃない。担当教官に頼むべきじゃないのか?」
「聞きました。ですが『学生を個別指導して贔屓するわけにはいかない』と断られました」
「正論だ。俺からも言うことはない」
「ですがボロディン候補生殿はヤン候補生に……」
「なぁウィッティ、俺はヤンの奴に「戦略戦術シミュレーション」の指導をしたことあったか?」
「俺の覚えている限りでは『ない』」
 ウィッティの返事に、「そんな……」と言わんばかりの表情を、ワイドボーンは浮かべている。当然だ、あの不敗の魔術師に俺が用兵学を教えるなんて、勘違いも程々にしろと思う。いろいろな意味で。

「ワイドボーン。つまりは“そういうこと”だ」
 俺の宣告に、ワイドボーンは立ったまま震えていた。はっきりとお前はヤン一人に負けたのだと言われて、残り少ないプライドを削り取られているのだろう。他の教科に関してはヤンを遙かに上回っているのだし、それほどヤンを強く意識することもないと思う。だが自分に対する周囲の評価があの一敗で大きく変化したことに耐えられないのだ。そう考えると小心な日本人だった俺としては、ワイドボーンをいささか哀れに感じてしまう。

「……ワイドボーン候補生、君は俺より遙かに優秀だと思う」
 そのまま食器と同じように身体硬直の上に、床へぶっ倒れることは勘弁だったので、椅子に座らせてしばらく落ち着かせてから俺は言った。
「俺はかろうじて成績上位者にいる平凡な一学生に過ぎない。だから不得意科目のない君が羨ましく思える」
「ですが」
「ヤンはある意味で“天才”だ。仮に俺とヤンが「戦略戦術シミュレーション」の正面決戦シナリオでぶつかったとすれば、君と同じようにほぼ一方的に敗れるだろう。というか勝利する自信がない」
「……」
「変なプライドを持たず、少しぼんやりしながら結果を見てみれば、なにか違ったものが見えてくるんじゃないか?」

 そう言い切ると、ワイドボーンは俺の顔を見ながら口で「ぼんやり……ぼんやり……」と独り言を言っている。見るからに不気味だったが、自分にそうやって言い聞かせているんだろう。あんまり突っ込んでやるのもかわいそうなので、俺はウィッティに視線を送ってたちあがると、座ったままのワイドボーンの肩に手を置いてやった。
「あぁ読書なんかいいぞ。“退屈な”過去の戦史なんか読み漁ってみると、意外と気持ちよく眠れるもんだ」

 これは余計なお節介だったかもしれないな、と思いつつ俺はワイドボーンを置き去りにして、ウィッティとその場を去った。カフェの出口から一度だけ振り返って見ると、ワイドボーンは席に一人座ったままだ。
「随分と優しいな、お前は」
 ウィッティが俺に軽く肘を当てると、俺は頭を掻いてごまかした。
 ワイドボーンは第六次イゼルローン攻防戦の序盤で、金髪の孺子の狩猟の餌食となった。だがその時点で、二七歳で大佐だった。ヤンも大佐だ。エル・ファシルのハンデがなく、不敗の魔術師と同じ地位にいる。しかもヤンのように本営の幕僚ではなく部隊の参謀長として、だ。そうしてそんな奴が無能なものか。金髪の孺子が規格外なのであって、優秀な軍事指揮官になる素質はある。ヤンに負けただけで潰れるとは思わないが、少しぐらいフォローしたっていいだろう……
「俺が優しいってこと知らなかったとは、高級副官失格だぞウィッティ」
「だから俺がいつからお前の高級副官になったんだよ」
 二度目の肘鉄は、完璧に俺の鳩尾にクリティカルしたのだった。

 以来、ワイドボーンは一人で図書ブースに長時間籠もっている姿が見受けられた。さすがにヤンの隣に座るということはなかったが、夏から秋、秋から冬にかけて、ワイドボーンの読書席の座り方が最初はキッチリ背筋を伸ばしていたものがいつの間にか猫背になり、年明け頃にはデスクに足を載せていた。そこまで見習う必要はないだろうが。

 だがそうやって暢気に四年生をやっていてもいずれ終わりはやってくる。

 学年末試験でヤンの席次は少しだけ上がった。落第スレスレが平均点ソコソコといったところまでに上昇している。だが「射撃実技」や「戦闘艇操縦実技」は普通にダメな成績だった。
「肉体的欠点です。これは“努力”じゃ無理ですよ」
 別に成績を見せに来なくてもいいのに、ヤンはそう言って“悪い点数だけ”俺に見せに来る。入れ違いにワイドボーンもやってくるが、二人は軽く敬礼するだけで言葉を交わさない。
「相変わらず仲が悪いのか」
性格(そり)が合わないんですよ。彼とは」
 すっかり口調の角が取れてしまったワイドボーンも、俺に成績表を見せる。別に俺は親でも教師でもなんでもないのに、何故か親しい下級生はこぞって俺に席次表を見せに来る。
「お前は首席だっているのは分かっているから見せに来なくてもいい」
「そういう先輩は七番ですか。残念でしたね。やはり「帝国公用語」と「対仮想人格戦」の成績ですか」
「努力はしているぞ」
「分かっております。八五点と八二点というのは、決して悪い成績ではないですよ」
 肩を竦めるワイドボーンというのは原作では絶対に見ることはない絵面だろうなと、俺は妙なことに感心しつつワイドボーンを眺めていると、その本人が顔を寄せてきて小声で話しかけてきた。

「そういえば来月卒業式ですが、“ウィレム=ホーランド”なる五年生から、パーティーのお誘いがあったんですが、いかがしましょうか?」
「……なんのパーティーだか知らないが、俺の手元にはそんなお誘いは届いていないがね」
 俺は小さく舌打ちしてそれに応えた。パーティーというのは大なり小なり候補生だったら開く自由はある。だいたい週一休暇の前日夜とかに、親しい友人やクラブ活動の内輪で開くことが多い。校外との交流があるクラブや、クラブOB(士官の多数はみな“士官学校OB”なんだが)主催となると、外のホテルやレストランで開かれることもある。そこで将来有望な士官候補生を紹介(or捕獲)したい側と、若い女性の関心や有力者の支援を得たいと思う士官候補生側の需要と供給が成り立つのだ。学校としても風紀が乱れる心配から、そう多くの回数を開くわけにもいかないが、規則に則っているならば社交教育の一環になるだろうと黙認している。

 だが最上級生で、実習や演習でなかなか学校構内にいない“ウィレム坊や”が、直接面識のない学年首席のワイドボーンを誘っているというのは、何となく目的が透けて見える。
「では、欠席した方がよろしいですか?」
「それはお前の勝手だ。お前が決めろよ。行って見聞を広めて来るもよし、図書ブースで昼寝するもよし」
「先輩は“ウィレム坊や”の事をお嫌いだと、ウィッティ先輩から聞いていますが?」
「嫌いだ。向こうも俺の事を目の敵にしている」
 俺ははっきりとワイドボーンに言ってやった。
「だがお前は誘われたんだ。行って“ウィレム坊や”の顔を見てこい。ついでに話をして来ればいい。相手も学年首席だ。なにか参考になるようなネタもあるかもしれない」

 ここまで角の取れたワイドボーンが、ホーランドの閥形成パーティーに行って、そのまま取り込まれてしまう可能性はある。それを惜しいとは思うが、本人が俺にこういう事で許可を求めるような真似をしていることが、ワイドボーンにとって決して良いことではないはずだ。指揮官の性格としては、独善的な決断をすることの方が優柔不断で上司の顔色を伺ってから決断するよりも、まだマシな事が多い。

「そうですね。じゃあ行ってきます。会場はレストランのようですから美味しそうな夕飯にありつけそうですし」
「ワイドボーン」
 俺は心配性だと思うが、一言いっておかずにはいられなかった。
「俺の目から見てもウィレム=ホーランドという男は極めて優秀だ。敢闘精神にあふれ、決断も早いし、決断した後の行動力は賞賛に値する。常に自信と誇りを持ち、指揮官としての能力は俺より数段上だろう」
 嫌いだといった奴を高く評価する俺の態度に、ワイドボーンは首をかしげている。
「だが視野が非常に狭い。そして身の丈を越える、過剰なほどの自信を抱いている。それでいながら、心の奥底の器は小さい。そういう人間は部下に服従のみ求め、意見をいたく嫌う。自分の考えと異なる者を認めたがらない」
「……」
「だから言うまでもないことだが“気をつけろ”。俺が奴に殴られなかったのは、士官学校規則があり、なおかつ俺の両父親が将官だからだ……わかったな?」
「……わかりました。気をつけます」
 話しているうちに、過去の自分の事を言われていると気がついたワイドボーンは、真剣な眼差しで俺に頷いた。ヤンとは違って賢い奴だから、“ウィレム坊や”と衝突することはないだろう。俺が手振りで“帰れ”というと、ワイドボーンは敬礼して俺の視界から下がっていく。それを眺めつつ、俺は大きく溜息をついた。

 正直いうと、俺もあらゆる方面からパーティーのお誘いがある。
 
 なにしろ亡父が准将、養父も現役准将で期待の若手。俺自身、無謀な努力でなんとか学年で一桁の席次。だからグレゴリー叔父に近づきたい奴、“ボロディン家”に入り込みたい奴、俺を取り込んで勢力強化したい奴……見せる笑顔とは正反対の黒い一物をみな腹に抱えている。
 顔だけ笑って、その供応に預っていればいいのだろうが、俺自身はともかく、グレゴリー叔父やボロディン家に迷惑がかかるような事態は絶対に避けなくてはいけない。だから小心者の俺としては校内で開催されるパーティー、それも研究会の打ち上げみたいなものにしか今まで参加していない。

 だがこれから軍人としてのキャリアを進めるに従い、俺も給与のうちとしてそういうパーティーに参加せざるを得なくなる。相手もOBや地元有力者だけでなく、場合には国家の指導層になる場合もあるだろう。欲望と権威の渦巻く中、言葉の白刃の上で俺は果たして上手にダンスを踊れるかどうか……ワイドボーンに説教出来るほどの自信は正直なく、将来に憂鬱さを感じるのだった。

 なお、それから数日後。ワイドボーンは俺のところにやってきた。
「あのレストランの生ハムは最高ですね。素材は一流、腕は二流というところですか」
「……ホーランドと話してこなかったのか?」
「話しましたよ。数と火力と機動力こそ戦争を勝利に導く原点だと彼は言ってました。私が「そうですか、なるほど」と答えたら、結構怖い笑顔を浮かべて太い手で私の肩を陽気に何度も叩いてくれました。お陰様で今朝から筋肉痛です」
 肩を回しつつ応えるワイドボーンに、俺は溜息をつかざるを得なかった。


 
 

 
後書き
2014.10.01 更新 
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