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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第7話 魔術師 入学

 
前書き
多くのPVありがとうございます。

前話より少し飛んで4年生となった主人公が、大した人生経験もないのに
偉そうに魔術師に人生訓をたれる話です。


  

 

 宇宙暦七八三年 テルヌーゼン市 士官学校

 士官学校に入学して三年が過ぎ、いよいよ四年生となる。先に敬礼する相手は間違いなく少数派になった。それだけで自分が小心者だと自覚しつつも、偉くなったようで少し胸を張りたくなる。“ウィレム坊や”が最上級生になり、実習航海やなんやで士官学校にいる時間は減るから、俺としても今年一年は伸び伸び学校生活を送れるようになるだろう。

 しかしシトレの校長としての手腕は贔屓目抜きにしても実に見事だった。

 欠点のない秀才よりも異色の個性を伸ばすところに教育の重点を置いている事により、「一芸に秀でているものの全体としての成績はそれほどではない」といった中の下とか下の上位の成績の候補生のやる気を一気に向上させた。それは彼らの別教科への学習意欲をも向上させ、かつ秀才達の尻に火を付けるような形となって、士官学校全体の向学心は間違いなく上昇した。

 その上で校内におけるいかなる体罰の厳禁と、年間休日と校外学習を増加させることで、密閉式に近い士官学校の溜まり澱んだ雰囲気が少しずつではあるが改善してきた。校外学習と言っても軍事関連企業が中心で、俺としては後方支援の根幹となる基礎国力と戦災関係の企業や支援施設などを巡るべきだとは思うが、主戦派で占められている国防委員会は士気が落ちると懸念して承認しないのかもしれない。

 旧弊打破という意味でも、士官学校の風通しはかなり良くなった。それを不満に思う者もいないわけではないだろうが、新入生にとってみれば朗報だろう。なにしろ今年はかの魔術師が入学する。原作通りあの軍人らしからぬ軍人が育つ校風は整っていた。

 まぁ入学してくる魔術師はともかく。俺は四年生の総合席次でようやく一桁に達した。座学も実技もこれまで以上に努力した。努力した分が報われるというのは、恵まれている状況というべきか。

 そして評価基準が自分とは明確に異なる「戦略戦術シミュレーション」については、少しだけ考え方を変えてアプローチしてみようと考えた。戦略最優先目標を阻止する為に相手はどういう手を打ってくるかという方向に、である。

 早い話が以前とは全く逆の視点でシミュレーションに臨むという事だ。損害を顧みず自分をぶち殺すには自分ならどうするか。強行突入・進撃包囲・伏兵・誘導・機雷戦・通信妨害など、考えつく限りの方策を作り、その中で空域や戦略条件下ではどのシナリオが一番被害が大きくなるか選択、それに対応できる作戦を立案し、万が一の為の戦略予備も計画した上で事に臨む。

 この変化で、俺は二年・三年と僅かではあったが成績を上昇させることができた。対仮想人格戦の場合の成績は全くと言っていいほど変わらなかったが、対有人戦(つまり候補生同士)の成績はある程度向上した。対戦する相手が誰だかわかっている場合は、ほぼ勝利を手にすることが出来るようになった。対戦相手は当然俺に向かって「勝つために」挑んでくるのだから、相手の癖や性格がわかれば、勝利への道はかなり近くなる。なるほど「敵を知り己を知れば百戦危うからず」というのはよく言ったものだと心の底から感心できた。

 もっともその過程において、進んで人を罠に貶めることに慣れていくドス黒い不愉快さと、その影にちらつく毒々しくも甘美な味を知ってしまったわけで。毎朝鏡を見る時、自分の頭に羊の角が生えてないか、確認するようになってしまったのだが。

 それはともかく、変な偶然というものはあるもの。それとも入学四年目にしてようやく弟子入りした小悪魔に大悪魔が褒美を与えてくれたのか、それとも俺をこの世界へと転生させた何者かの超常的な力が働いたのか。俺は入学式から二ヶ月もせずして魔術師に出会ってしまった。

 その日はたまたまウィッティが俺とは別の訓練を受けている関係で、部屋に戻っても一人しかいない状況になり、ぼんやりと自室自習するならと次の対戦に備え、地球時代の戦史や公文書記録を読んでみるかと俺は校内の図書ブースへ向かっていた。

 既に五限目が始まっており、図書ブースには学課のない候補生がある程度の間隔を取って、各々勉学に励んでいるようだった。俺も同じように周囲がそこそこ空いている席を探していたのだが、その中でも一番奥の辺りに位置する読書席で、どう見ても勉強ではなくボンヤリと映画鑑賞しているような雰囲気で座席にもたれかかっている魔術師の卵を見つけてしまった。両足を上げて座席で胡坐をかいて画面を見ている姿は、多少若作りとはいえヒューベリオンの司令艦橋にいたあの姿とまったく同じだった。

「ヤン=ウェンリー提督……」
 俺は近寄ってその姿を見て、思わず呟いてしまった。そりゃそうだ。原作アニメを見ていた人間なら、誰だって無条件でそう呟きたくなるに違いない。
「はぁ? ……」
 胡坐をかいたまま、こちらを見上げるヤンの顔が、半分寝ぼけた表情から『ヤッチマッター』という表情に変化するのを見て、俺は苦笑を堪え切れなかった。そしてヤンは、俺が怒るよりも苦笑している事に安堵を感じたのか、気恥かしそうに例の収まりの悪い髪を右手で二・三度掻いた後、座席から立ち上がって敬礼した。

「大変失礼いたしました。戦史研究科初年生のヤン=ウェンリーです」
「戦略研究科四年生のヴィクトール=ボロディンd……だ」
 俺が『です』と言いたくなったことも無理ない事だと、内心で皮肉を感じざるを得ない。あの金髪の孺子に比類するこの時代の主人公を前にして、今の俺はただの年齢順序とはいえ『先輩』なのだ。強烈な違和感が身体中を這い廻るのを、俺は感じた。

 俺が何も言えず、妙な感動に震えているのをヤンは困ったように見つめていたが、思い出したように「あ」と口に出して俺に言った。
「『戦略研究科の悪魔王子』のお噂は常に耳にしています。特に「戦略戦術シミュレーション」の対候補生戦における戦いぶりは、戦史研究科でも有名です」
「……それは今まで聞いた事がない異名だが、褒められていると思っていいのだろうか?」
 悪魔と言われて思わず俺は右手で側頭部を撫でてみたが、今のところ角が生えた様子はない。俺の児戯のような仕草に、ヤンも苦笑を隠せないらしい。口を手で押さえて体を震わせている一六歳のヤン=ウェンリーというのもなかなか見ていて面白い。

「ボロディン先輩が他の候補生と会話する目的は、相手の弱みに探りを入れることであって、それが「戦略戦術シミュレーション」での勝利に通じているらしい、そうです……これはあくまでも噂ですが」
 図書ブースで長々と会話するのもまずいと思い、俺はヤンをカフェに誘った。どうやら授業がない(本当かどうかはわからないが)らしいヤンは素直に付いてきたが、先ほどの『悪魔王子』について聞くと紙コップ入りの紅茶を傾けながらそう答えた。
「相手の癖や性格を知ろうとして会話している事は否定しない。だが『悪魔王子』とはどうしてだ?」
 顔も容姿もごく平凡なロシア系で、この世界で俺の事を『カッコイイ』と呼んでくれたのは、唯一義妹のアントニナだけという経歴なのに、『王子』というのは強烈な違和感だ。
「……お気を悪くすると思いますが」
「わかった。亡父が准将で、養父も准将だからだな。では『悪魔』とは」
「それは先輩のあまりにも苛烈で容赦ない対艦隊戦闘指揮がそう言わせていると思います」

 俺はヤンの答えに首をかしげた。
 確かに『敵艦隊撃滅』を最優先目標とするシミュレーションにおいて、艦隊を攻撃する手を緩めたことは一度もない。だが対有人戦では特殊な例を除き戦力差のない一対一の勝負になる。容赦なく戦うのは対戦相手によっては通信妨害下でこちらの側腹を急襲してくる場合であり、その時にはバーミリオンで奇しくもヤンがラインハルトを追い詰めたように、陣形をC字に変更して一気に回頭し包囲戦へと移行するという場合ぐらいだ。意図して苛烈に戦うこともない。敵旗艦および分艦隊旗艦を撃破すれば勝敗は決する。長時間味方を戦線に置いていらぬ犠牲を払わせてまで敵を殲滅する意味などないし、俺はそういう指示をシミュレーションで出したことはない……敵が金髪の孺子でない限り、実践することはないだろう。

「苛烈で容赦ない戦いぶりと言われるのはいささか心外なんだが」
「……私は用兵というものにあまり興味を持っていないので、これは友人の受け売りなのですが」
 戦略研究科の俺に対し、初年生が四年生に『用兵学に興味がない』と告げるのは、いかにヤンであっても勇気がいったのだろう。一旦俺から視線を逸らしてから話し続けた。
「まず補給部隊を粉砕。あるいはそう見せかけつつ、次に敵の主力部隊を集中砲火により個別分断し、たちまち旗艦周辺を丸裸にして撃破する。相手が奇妙な位置に旗艦を置いたとしても、まるで『最初から知っているかのように』攻撃し、短時間のうちに撃滅する。全ての事象を知る『悪魔』のようだ……そうです」

「別に最初から知っているわけではないんだが」
 俺は自分の無神経な行動で、転生者であるという事実が意図せず漏れてしまったかと内心びくびくしながら、一言ずつ答えた。
「戦場において敵の全てを相手にする必要はない、と俺は思っている。補給艦を真っ先に狙うのは、相手の戦闘可能な継続時間を短くし、撤退に追い込みたいというせこい考え方から出ているにすぎない」
「……」
「極端なことを言うと戦わずして最重要目標を達成するのが一番望ましい。シミュレーションはあくまでも仮想的なものだが、戦闘艦一隻に百人以上の将兵が搭乗している。目標を達成するのに犠牲が出るのはやむを得ない場合が殆どだが、犠牲は極力減らしたいし、俺自身も死にたくない。つまりそういうことなんだ」
 俺がそこまで言い切ると、ヤンは黙ったままじっと俺の顔を見つめていた。ヤンには同盟の生存のために、必要不可欠な人材だ。とりあえずは二年生になった時、一〇年来の天才を打ち破ってもらわなくてはならない。
 こんなご教授など本来不要なのだろうが、言わずにおれない転生者の度し難い性なのかもしれないが。

「遠い昔、『戦わずして勝つことが最上』と言っていた希代な兵法家がいたそうです」
「たしか孫子だな。そのうち戦史科目でテストに出るぞ」
「それは……ありがたいですね。進級に自信が持てそうです」
 俺の即答に、ヤンは笑みを浮かべ、紙コップの底に残る紅茶を惜しみつつ、肩を竦めて応えた。
「私は歴史を学びたかったのですが、運がいいのか悪いのか、母は幼い時に、父親はつい最近事故でなくなりまして」
 それは知っている……とは俺は言えない。ただ「そうか」と頷くしかない。
「いささか資金的に苦しい中、タダで歴史を学べるところはないかと探した結果が、ココでした。私自身、自分のやれる範囲での仕事をしたら後はのんびりと暮らしたいと思っているんです」

「……それは怠け根性だな」
 俺はしばらくの沈黙の後に、応えざるを得なかった。意外と諦観をない交ぜにした苦笑を、ヤンは俺に向けている。話の分かる先輩だと思っていた俺に、軽く失望しているのかもしれない。
「たった三歳しか年上でない俺が偉そうに人生論を言うのもなんだが、興味がないことと才能がないことは一致しない。興味がないことでも将来興味が湧くこともある。今ある自分が全てである、と判断するのは人生を怠けていると俺は思うよ」
「はぁ……」
「かくいう俺も、校長閣下に『軍人に向いてない』と二年前に言われたクチだ。いろいろあって今も軍人を目指すことに迷いはないが、時折考え込むこともある。あ、これは秘密だぞ。友人にも言うなよ」
「言いませんよ。そんなおっかないこと」
「つまり人生何があるか分からない。自分にあんまりタガをはめるな。自発的に苦労を買って出たわけではないのはよく分かるが、士官学校に入ったのは何かの縁だ。縁のある場所でじっくり考えてみるのも悪くはないんじゃないか?」

 俺の説法になっていない説法に、ヤンは首をかしげていたがとりあえず納得したようだった。
「とりあえずは頑張ってみたいとは思います」
「俺で良ければいつでも話しかけてきてくれ。地球時代の歴史には俺も興味があるし、たまには下級生とこうやって腹を割って話すのも悪くない」
「それは戦略戦術シミュレーションの事前偵察として、ですか?」
「違うな。ただ俺はいろいろな人を知りたい。この時代の人間を肌で感じたい。たまたま俺が話した相手が、何故か『偶然』戦略戦術シミュレーションの対戦相手になっただけなんだ。まぁ『偶然』というのは怖いな」
「ええ、『怖い』ですねぇ」

 頭を掻きながら苦笑するヤンは、やはり画面の向こうにいた不敗の魔術師そっくりだった。


  
 

 
後書き
2014.09.27 更新
2014.09.28 文脈一部修正
ネタバレ:「戦略戦術シミュレーション」は基本的に同学年間でしか対戦しません。
     ボロディンJrごときが、不敗の魔術師に勝てるとは思えないんですがね。
 
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